第57話  『ショウほど素敵な商売はない』
  名画座の中。
  拓弥が足を投げ出して座っている。
  やってくる宇佐美。
  拓弥の横に座り。
宇佐美「はい」
  と、都こんぶを差し出す。
拓弥「なに?」
宇佐美「都こんぶ」
拓弥「え?」
宇佐美「ポップコーンはもうないって」
拓弥「あ、そう」
宇佐美「そう・・売店の棚、がらがら・・」
拓弥「都こんぶ・・だけ」
  そして、宇佐美、あたりを見回し。
宇佐美「俺達だけ?」
拓弥「うん・・」
  と、携帯を見て。
宇佐美「あ、もう始まっちゃう時間じゃない」
拓弥「うん・・俺達二人の貸し切り状態かもよ」
宇佐美「うそ・・」
拓弥「ほんとほんと・」
宇佐美「だって、今日で終わりなんだよ、この映画館・・」
拓弥「知ってるよ、知ってるから来たんじゃない」
宇佐美「関係者とかさ・・来ないの? 映画館のさ・・最後を見届けに」
拓弥「いないみたいだね、関係者」
宇佐美「関係者いないってことはないでしょう」
拓弥「いや、わかんないけどさ・・とにかく、俺達だけだよ・・」
宇佐美「なんで?」
拓弥「なんでって? なんで?」
宇佐美「こうさあ・・なんていうか・・昔、みんなここで映画を見たわけじゃない・・ロードショウが見る金なくて、ここで二本立てとか三本立てとかを見たわけでしょう・・その映画館が閉館になる・・最後の日の、最後の上映だよ・・なんかもっとみんなさあ・・想像してたのと、全然違う」
拓弥「え? なに、なんかそういうことで盛り上がってるところでカンドーとかしたかったの」
宇佐美「そう・・そうだよ」
拓弥「いや、俺はこんなもんだと思ってたよ」
宇佐美「そうなの? え? 映画館の最後の上映をたった二人の貸し切りで見れると思ってたの?」
拓弥「だってさあ・・みんなもうこういう映画館で映画を見なくてもさあ、TUTAYAでDVD借りてさ、自分の部屋で寝っころがって、5・1チャンネルで見てるんだもん」
宇佐美「それはそうだけどさ、映画はさあ・・」
拓弥「なに?」
宇佐美「映画なんだからさあ・・映画館で見るべきだよ」
拓弥「映画館で見る意味ってなにがあるの? こういう椅子にきちんと座って見なきゃなんないしさあ・・その時間に映画館に行かなきゃなんないしさあ、人の携帯は鳴るしさあ、鳴った携帯に出ちゃうしさあ、そのままロビーに出るのはいいとしても、話しながら行くからさあ、そっちが気になってしょうがないしさあ・・予告編とか見なきゃなんないし・・サウナレインボーとか、くっさい芝居の指輪のCMとかさ・・もういいよって思うじゃない」
宇佐美「そりゃそうだけどさあ・・」
拓弥「まあ、予告編はいいよ。予告編まではよしとしよう」
宇佐美「あ!」
拓弥「なに?」
宇佐美「今日、予告編とか、ないんだよ」
拓弥「あ、そうか」
宇佐美「今日で終わりなんだから」
拓弥「いきなり本編が始まるんだ」
  間。
宇佐美「やっぱこれはあれなのかな・・」
拓弥「なに?」
宇佐美「SARSの影響かな」
拓弥「やっぱり?」
宇佐美「じゃないの?」
拓弥「うそ、もう?」
宇佐美「じゃないかなあ」
拓弥「早いなあ」
宇佐美「遅かれ早かれ、人が集まるところに人が行かなくなるとは思ったけど・・」
拓弥「SARSってさ・・」
宇佐美「うん」
拓弥「生物化学兵器だよね、どう考えても」
宇佐美「そうじゃないの?」
拓弥「バイオハザードだよね」
宇佐美「あっという間に五百人亡くなってるし、死亡率十五パーセントだし、十歳以下の子供が死ぬ確立が低いってのもね・・」
拓弥「おかしいよね」
宇佐美「なによりもこのスピードがさ、早すぎるよね」
拓弥「よく、香港でインフルエンザが流行って日本に来るじゃない」
宇佐美「うん・・」
拓弥「こんなに早くないよね」
宇佐美「勢いにね、ついていけないんだよね」
拓弥「感染の仕方もわからないしねえ」
宇佐美「あれ、知ってる? 五人からウイルスを検出したんだけど、五人が五人とも違うウイルスに進化してたって」
拓弥「え、それ、知らない、知らない」
宇佐美「だから、仮にワクチンが開発されたとしても、それが効くかどうかは、わかんないんだよね」
拓弥「へえ・・そりゃとんだことだなあ」
宇佐美「だいたい、いつワクチンが出来るんだろう」
拓弥「できたとしても、そのワクチンが必要な場所にあって、必要な時に使える状態でないとまずいんでしょ?」
宇佐美「そうそう」
拓弥「もう北京の小学生は一ヶ月近く学校に行ってないつーし」
宇佐美「関西国際空港から出てる北京行きの飛行機は欠航しちゃってるし・・中国に留学している学生が強制的に送還されたのって天安門以来じゃない・・」
拓弥「日本にいつ入ってくるか?」
宇佐美「もう入ってるかもしれないし」
拓弥「あ、そうか・・」
宇佐美「これから映画館で映画見るって、ものすごい勇気がいることになるかもよ」
拓弥「ああ・・ねえ」
宇佐美「北京のさあ」
拓弥「うん・・」
宇佐美「映画館にさあ・・『ハリーポッター』と『ロードオブザリング』のポスターがはってあってさあ」
拓弥「うん・・」
宇佐美「扉が封鎖されてるんだよね・・」
拓弥「そうか・・見たくても、封鎖されちゃうかもしれないんだ」
宇佐美「いろんな映画見たなあ・・この映画館で・・」
拓弥「『カリオストロ』やるたびに来てたもん」
宇佐美「エボラとかはまだ対岸の火事だったけど、SARSは此岸(しがん)だからなあ」
拓弥「『カサンドラクロス』だね・・」
宇佐美「そうそう『12モンキーズ』」
拓弥「『アウトブレイク』だ」
宇佐美「『復活の日』もそうだよね・・見てないけど」
拓弥「ああ・・角川映画のね・・草刈正雄の・・監督、深作さんのやつだ・・亡くなっちゃったしなあ、深作さん
宇佐美「あ、『バトルロワイヤル2』」
拓弥「あれ、夏でしょう」
宇佐美「もう封鎖されてるかなあ・・」
拓弥「『マトリックス』はどうよ」
宇佐美「『マトリックスリローデッド』?は、いつ?」
拓弥「六月七日公開」
宇佐美「ぎりぎり・・」
拓弥「え、ホントに?」
宇佐美「うん・・俺の読みね」
拓弥「『ターミネーター3』は?」
宇佐美「あれは・・七月の中頃だっけ」
拓弥「そうそう、今度は女のターミネーター」
宇佐美「七月ってさあ・・電気もなくなるじゃない」
拓弥「電気?」
宇佐美「うん・・原発、今、停まっちゃってるから、電気がさ、足りなくなってる頃だね」拓弥「足りなくなると、どうなるの?」
宇佐美「そりゃあれだよ、クーラーがまず効かないからね」
拓弥「つらいね、それは」
宇佐美「だって、信号機の電力が足りるのか、とか、銀行のATMの電力が・・とか言われてるんだからさ、劇場のエアコンなんて・・一番最後でしょう」
拓弥「まあねえ・・なきゃ、なくても死なないものだからねえ」
宇佐美「『チャーリーズエンジェル』も劇場で見たかったなあ」
拓弥「え? え?・・ホントにそうかな、ホントにダメなの?」
宇佐美「俺だって、なにか安心できるさあ・・希望があれば、すがりたいよだって、劇場で『チャーリーズエンジェルフルスロットル』見たいもん、あの三人が今度はどんなバカやるのか見たいもん」
拓弥「ああ・・そう・・・そうなんだ・・もう、そうなんだ」
宇佐美「いっぱい見たよ、この映画館で・・いつも一生懸命見てたよ・・でも、こんなになっちゃった今にして思うと、もっともっと一生懸命見ておけばよかったと思うよ・・悔いはないけど・・残念でしょうがないよ・・」
拓弥「そうだね・・」
  そして、一ベル(?)が鳴る。
拓弥「あ、始まる、始まる・・」
  場内が暗くなり・・
拓弥「こうして、席につき、場内が暗くなり、目の前でなにかが始まる。
 映画館や劇場で毎回味わうこのときめき。
 今日はなにを見せてくれるのだろう。
 今日はどこへ連れていってくれるのだろう。
 今日、僕は泣くのだろうか、笑うのだろうか、どんな驚きがそこに待っているのか。
 パンとワインにありつけたら、人は次にサーカスを求める。
 パンはある、ワインもある。
 けれども、サーカスがなくなってしまう。
 劇場が封鎖されてしまうなんて夢にも思わなかった。
 今年の夏。
 たぶん暑いんだろう。
 でも、僕はきっと、その中で凍えていると思う。
 震えていると思う。
 サーカスに飢えて・・
 サーカスに飢えて・・」
 ?暗転。