第53話  『この空は・・』





  明転すると屋外のフリーマーケット会場。
  拓弥が一人、やる気があるんだかないんだか・・
  目の前にはところ狭しとガチャガチャのフィギアが並べられている。
拓弥「どうぞ、見てってくださーい・・どうぞ・・見てってくださーい、見るだけならただですよー、どうぞー、どうぞー、どうぞー」
  と、やって来るアトムのグッズを詰め込んだスーパーの白い袋を下げた亜希。
  ガチャポンの山に目を留め、足も止める。
拓弥「筋肉マン、お好きですか?」
亜希「いえ、筋肉マンは・・ちょっと」
拓弥「どんなのが・・」
亜希「手塚治虫系は・・ないですか?」
拓弥「手塚・・治虫・・先生ですか?」
亜希「ええ・・っていうかアトムとか」
拓弥「(亜希の下げている袋を一瞥して)アトム・・集めてらっしゃる」
亜希「ええ・・」
拓弥「手塚先生ですか」
亜希「ありませんか?」
拓弥「あります」
亜希「ホントですか?」
拓弥「あります、山のようにあります・・」
亜希「お好きなんですか?」
拓弥「好きです・・大好きですねえ」
亜希「どこに?」
拓弥「大好きなんで・・家に・・」
亜希「ここには?」
拓弥「ここに・・置いておくとほら、売れちゃうから・・」
亜希「ないんですか?」
拓弥「すいません・・ちょっと、売れないんですよ・・僕的には・・あ、でも」
亜希「なんですか?」
拓弥「メルモちゃんならありますよ」
亜希「メルモちゃんか・・」
拓弥「赤いキャンディと青いキャンディもついてますけど・・」
亜希「できれば・・アトムを」
拓弥「アトムか」
亜希「ええ・・」
拓弥「アトムグッズを今、集めるのって大変じゃないですか」
亜希「え? どうしてですか?」
拓弥「先月、ほら、誕生日だったし、新しくTVアニメは始まるし、来年はあれでしょ、ハリウッドで作ったフルCGのアトムの映画が公開になるんでしょ」
亜希「よくご存じですねえ」
拓弥「ええ・・まあ・・だから、今、アトムグッズ集めるっていったら・・もう・・」
亜希「でも、そういう新しいアトムじゃなくて・・昔のを集めてるんです」
拓弥「ああ、今のこの俄(にわか)ブームではなくて」
亜希「ええ・・そうです」
拓弥「(感動している)ああ・・」
亜希「なんですか?」
拓弥「世の中捨てたもんじゃない」
亜希「(褒められていることはわかっている)なんですか、それ」
拓弥「新しく始まったアトム、見ました?」
亜希「一応は」
拓弥「主題歌、ZONEですよ」
亜希「(否定)ねえ!」
拓弥「アトムの歌をZONEが歌っちゃいけないでしょ・・」
亜希「ですよね」
拓弥「手塚先生が亡くなってから、生まれてますよ、ZONEは・・」
亜希「なんで歌、変わっちゃったんですか?あれ・・」
拓弥「アトムのキャラクターの権利と一緒に売っちゃったみたいなんですよ」
亜希「え・・じゃあ、もう使えないってことなんですか、あれ」
拓弥「そういうことです」
亜希「ちょっと待って下さい。売っていいものと悪い物あるでしょう」
拓弥「そうですよね、ホントにそうでえすよね」
亜希「百年くらいしたら、すっかりディズニーのキャラクターの中に混じってたら、いやですね」
拓弥「いやですねえ・・でも、あり得ますよ」
亜希「ねえ・・」
拓弥「この前今やっているアニメの『アトム』の放送が始まった日って、アトムの誕生日の前日だったじゃないですか」
亜希「二千三年四月の七日」
拓弥「そうです。それでアトムの誕生日の前夜祭で、高田馬場でパレードがあったの知ってますか?」
亜希「ああ・・みんなで手塚治虫先生のキャラの仮装をしてパレードするってやつ」
拓弥「そうです、そうです」
亜希「ありましたねえ」
拓弥「あれ、行きました?」
亜希「いや・・行きたかったんですけど」
拓弥「行きませんでしたか」
亜希「ええ・・行きたかったんですけど・・」
拓弥「ああ・・」
亜希「行かれたんですか?」
拓弥「いえ、僕も行きたかったんですけど、行けなかったから、もしも行ってたらお話を聞きたいなって思ったんですけど」
亜希「すいません・・」
拓弥「あ、いや、そんな・・」
亜希「私、あの・・行きたかったんですけど、でも、別のところに行ってて」
拓弥「別のところ? あ、練馬の文化センター」
亜希「練馬文化センター?」
拓弥「そう、そこでもアトム祭りをやってたんですよ」
亜希「詳しいですねえ」
拓弥「ええ・・まあ、好きですから・・僕も一応ね・・」
亜希「そこにも行かなかったんです」
拓弥「ああ・・そうですか・・」
亜希「私、あの・・デモ・・に行ってたんです」
拓弥「デモ?」
亜希「デモ・・・反戦デモ」
拓弥「あ、この前のイラクの・・」
亜希「その・・反戦デモ、です」
拓弥「へえ・・僕も行ってたんですけど」
亜希「デモに?」
拓弥「ええ・・代々木公園の方だったんですけど・・」
亜希「デモ、初めてだったんですよ」
拓弥「僕も・・」
亜希「あ、そうなんですか・・」
亜希「結構、あっちこっちでやってたんですよね、あの日、デモ」
拓弥「みたいですね」
亜希「でも、なんでアトムのパレードじゃなくて・・」
拓弥「いや・・『アトム』を見るまでは行こうと思ってたんですけど、そこに混じっちゃうとこの新しい『アトム』をなんていうか、歓迎するっていうか、受け入れちゃうことになるんじゃないかって思うと・・」
亜希「ああ・・」
拓弥「あの『アトム』は僕の知っているアトムじゃありませんから・・」
亜希「私は日比谷公園・・の方に」
拓弥「ああ・・」
亜希「に、集合してそっから歩いたんですよ」
拓弥「あれは集合するんですか?」
亜希「そうですよ、しませんでしたか?」
拓弥「いや、僕はもう歩き出しているやつの一番後ろについて行ったんですけど」
亜希「途中参加・・」
拓弥「そうです、最初、渋谷の方に行ったんですけど・・」
亜希「あ、駅前とかすごかったでしょう」
拓弥「そうそう、そうなんです。こっちでは反戦のダンスやってるし、こっちでは反戦のラップやってるし」
亜希「反戦のラップ・・」
拓弥「歌ってるんですよ。へいへい、渋谷の街から、渋谷の街から、俺達は反戦しよう!って」
亜希「え? ホントに?」
拓弥「ええ、なんか、こう言っちゃなんなんですけど・・ちがうなって感じがしました」
亜希「ああ・・それはちょっとねえ・・」
拓弥「あれはどうなんですか?」
亜希「どうって?」
拓弥「いや、デモって・・意味があるんでしょかね」
亜希「どうだろう・・結局、三月くらいからずっと反戦、反戦ってみんな言ってましたけど、結局、戦争は始まって、終わっちゃったんですよね」
拓弥「いや、歩いてみて実際楽しかったんですけど・・」
亜希「楽しかった?」
拓弥「なんだろう・・うん、楽しかったんですよ」
亜希「へえ」
拓弥「え、そうじゃなかったですか? もっとみんな真面目な顔して訴えているものだとばかり思ってたら、なんかくっちゃべりながら歩いているし・・え? そうじゃありませんでした?」
亜希「そうなんですよね、なんかお祭りなんですよ」
拓弥「そうですよね、なんか俄(にわか)お祭りですよね。ちょっとしたフェスティバルなんですよね」
亜希「そうですよ・・ほんとそうでしたよ・・なんかアレって思ったんですけど・・」
拓弥「だから、なんか楽しいモノなんだって思いましたけど・・気分が高揚していくのがわかるんですよ。みんなで同じ言葉を叫びながら歩いてると」
亜希「それはありますねえ」
拓弥「今年の四月七日がアトムの誕生日だってわかって・・それで、その日になにをしようかって考えたんです」
亜希「ええ・・・」
拓弥「それで、せっかくアトムの誕生日なんですから、空を見上げようって思ったんです」
亜希「ああ・・いいですね」
拓弥「アトムが飛んで来るんじゃないかって思って」
亜希「ああ、いいですね」
拓弥「でも・・その、二千三年四月の七日の・・アトムの誕生日に戦争してたんですよ。アメリカとイラクは」
亜希「・・そうですね」
拓弥「手塚先生が聞いたら、どう思ったでしょうねえ」
亜希「ああ・・・」
拓弥「アトムの誕生日に自分が戦争反対のデモの一番後ろを歩きながら、空を見上げるとは思いませんでしたよ」
亜希「私は・・なにかしなきゃって思ったんです・・別にデモしたからってなにか変わるとはみんな思ってませんよ・・でも、なにかしなきゃと思った人達が、四千人とか、五千人とか、あの日、いろんな街にいたってことじゃないですか」
拓弥「なにかしなきゃと思うけど、なにか行動を起こす度に・・自分の無力さ加減を思い知りますよ」
亜希「そんな・・」
拓弥「いや、みんなもどこかで思っているはずですよ・・きっとね」
亜希「これに意味があるのか・・」
拓弥「そうです・・」
亜希「それでも・・それでもって・・思うから、ああやって人が集まるんじゃないんですか」
拓弥「僕はね、思うんですよ」
亜希「ええ・・」
拓弥「アトムはいったいいくらで売られていったのかって」
亜希「アトムのキャラクターの権利ですよね」
拓弥「くまのプーさんって七年で四百億なんですよ」
亜希「ええ・・そんなに?」
拓弥「七年で四百億以上の収益が見込めるからディズニーだってお金をだすわけじゃないですか」
亜希「そうですよね」
拓弥「まあ、僕達は無力ですから、アトムが売られていくことを止めることもできない・・でも、でもですね、どうせならって思うんですよ・・どうせならアトムというキャラクターだけではなくて、手塚先生がその生涯において、十五万枚ものマンガで訴えつづけたことも、一緒に売られていけばと思うんです。そして、アトムのキャラクターと一緒に世界中に広まればいいと思うんです」
亜希「ええ・・そうですね・・本当にそうですね」
拓弥「人の命の尊さとはなにか、人間の尊厳とはなにか・・そして、運命とはかくも残酷で、情け容赦のないものであるのか。けれども、人々が力を合わせればそれは乗り越えられるものなのだということを・・」
亜希「そうですね・・」
拓弥「アトムが飛ぶはずだった空を、戦闘機が飛んじゃいけませんよね。爆撃機が飛んじゃいけませんよね。対空砲の火花が散ってはいけませんよね。この空はアトムが飛ぶはずだった、二十一世紀の空なんですから」
  暗転。