第52話  『史上最大のショウ』





  宇佐美葬儀社の事務室。
  葬儀ディレクターの宇佐美。
  その側でメモをとって宇佐美の話を聞いている真由実。
宇佐美「だいたいさあ『徹子の部屋』って何回続いてるの?」
真由実「二十周年記念特番があったみたい・・あ、待って、平成十二年三月三十一日までで六千百八十二回」
宇佐美「え? 今、平成・・」
真由実「平成十五年・・(計算して)・・」
宇佐美「六千百八十回プラス三年分か」
真由実「約七千回くらいですね」
宇佐美「七千回?・・七千人・・みんな来るかな」
真由実「どうだろ・・でも、二回出てる人とかいるし」
宇佐美「そっかぁ・・そうだよね。あれって『いいとも』と同じで何回出てもいいんだもんね」
真由実「そうそう・・年末はタモリさんで、年明けは加山雄三さんって決まってるじゃないですか」
宇佐美「一番多く出てるのって誰なんだろう?」
真由実「永六輔さんあたりじゃないかな」
宇佐美「ああ、しょっちゅう出てるよね」
真由実「『徹子の部屋』の放送回数って、目安にはなりませんねえ」
宇佐美「なにから考えればいいの?」
真由実「黒柳・・徹子さん・・は・・なんだったら満足するのか? やっぱり御本人にお会いして、どうしたいのか聞いた方がいいんじゃないんですか?」
宇佐美「それはさあ、黒柳さんの事務所の人にも言ったんだけどさあ」
真由実「言って・・それで?」
宇佐美「いや、本人と会うと、とにかくしゃべりまくっていろんなことを思いついちゃってかえってとっちらかっちゃいますよって」
真由実「ああ・・なんとなくわかります」
宇佐美「だいたい、俺、葬儀会社は長いけどさあ」
真由実「ええ・・」
宇佐美「生前葬なんて初めてだからさ」
真由実「なんか決まり事とかあるんですか? 生前葬って」
宇佐美「ない」
真由実「ない・・」
宇佐美「普通のね、葬儀だったら、宗派とかさ、形式とかはなんとなく決まってるもんなんだけどね」
真由実「ほんとになにも決まってないんですか?」
宇佐美「なんにも・・とにかく生前葬をやりたいから、そのプランをね・・葬儀ディレクターの宇佐美さんに考えて欲しいって」
真由実「葬儀ディレクターもいろんなことやんなきゃなんない・・」
宇佐美「あんまりいないからじゃないの、葬儀ディレクターの資格持ってる人ってのが・・」
真由実「知らないですよ、葬儀ディレクターっていう職業があるのを・・私もここでバイトを始めるまで知りませんでしたもん」
宇佐美「生前葬なんて初めてだからな・・普通の葬儀なら勝手がわかるんだけどさ・・どうすりゃいいんだろ? なんだったら、黒柳徹子さんが喜んでくれると思う?」
真由実「そんなの私に聞かないでくださいよ」
宇佐美「だってわかんないんだもん」
真由実「葬儀ディレクターが何言ってるんですか」
宇佐美「もうね・・ダメ。生前葬?」
真由実「でも、仕事なんだから、依頼されたんだから・・」
宇佐美「やらないとね」
真由実「そうですよ」
宇佐美「やらないとねえ」
真由実「どういうのがいいんですかねえ」
宇佐美「なんつーか、こうバシッとしたのがいいね」
真由実「バシッって、バシッってなんですか」
宇佐美「俺の生前葬儀、一発目だからさ」
真由実「ああ・・ねえ・・記念すべき、代表作だ」
宇佐美「バシッっとね」
真由実「バシッっと」
宇佐美「これ、成功したら、ひっきりなしに来ちゃうかもね」
真由実「俺も私も・・生前葬!」
宇佐美「よし・・バシッっとね」
真由実「バシッっとですよ」
宇佐美「にしても誰が何人来るんだ? まったく読めないな」
真由実「『徹子の部屋』だけじゃないですからね、黒柳さんといえば、ベストテンもあるし」
宇佐美「ああ・・」
真由実「『ベストテン』のテンに入った人も来るでしょう・・」
宇佐美「『ベストテン』は何回続いたの?」
真由実「それは資料には書いてないですねえ」
宇佐美「『ベストテン』は毎週十人出てたんだよねえ」
真由実「『ベストテン』ですからねえ」
宇佐美「みんな知り合いじゃない、黒柳さんとは」
真由実「『ふしぎ発見』も・・」
宇佐美」「ふしぎ・・『ふしぎ発見』か・・」
真由実「『不思議発見』の回答者は来るでしょう」
宇佐美「ああ、それは来るね」
真由実「レポーターの女の子も来るでしょう」
宇佐美「ミステリーハンターか」
真由実「ミステリーハンター」
宇佐美「会場はどこになるんだろう・・もう築地本願寺とかでやらないと、入りきらないだろう」
真由実「ああ・・hideさんの時みたいに」
宇佐美「そうそう」
真由実「あ!」
宇佐美「なに?」
真由実「一般の人はどうするんですか?」
宇佐美「一般・・一般の人は来るかなあ」
真由実「だってhideさんの時はさ、だーっと並んだじゃないですか、尾崎の時もそうだし」
宇佐美「徹子ファン?」
真由実「そうそう」
宇佐美「どれくらいいるものなの、徹子ファンって」
真由実「知らない人いないじゃないですか」
宇佐美「まあ、そうだけど」
真由実「黒柳徹子大嫌いって人に会ったことありませんよ」
宇佐美「それもそうだけど」
真由実「でしょう? 『窓際のトットちゃん』なんて七百万部売れたんですよ」
宇佐美「七百万・・一割で」
真由実「七十万」
宇佐美「七十万人?」
真由実「そんなには来ませんね」
宇佐美「七十万人入るところなんてないよ・・」
真由実「一パーセントで、七万人か・・」
宇佐美「一パーセントで七万人・・恐るべし、黒柳徹子」
真由実「アフリカの子供達とかは来たら・・」
宇佐美「それはどうなの?」
真由実「学校とか作ってますよ」
宇佐美「どうする? 通訳は?」
真由実「アフリカは何語?」
宇佐美「通訳って・・俺は葬儀屋だよ・・」
真由実「待ってください。『窓ぎわのトットちゃん』アメリカ、イギリス、中国、アラビア語圏などの世界31カ国で翻訳出版されてるって」
宇佐美「来ないだろう」
真由実「どうだろう?」
宇佐美「『ハリーポッター』の作者が亡くなったら、世界中から集まるか?」
真由実「え・・・」
宇佐美「集まるよな」
真由実「集まりますよ・・そうするとレポーターとか報道陣が・
宇佐美「ああ、控え室が必要か・・」
真由実「会場のそこかしこで、『徹子の部屋』のベストを流す」
宇佐美「『徹子の部屋』のベストって、誰がわかるんだ?」
真由実「全部見てる人?」
宇佐美「今から見直すってわけにもいかないだろう? 六千回もあるんだよ」
真由実「生前葬ってご本人はいらっしゃるんですか?」
宇佐美「もちろん」
真由実「もちろんなんだ」
宇佐美「もちろん来て挨拶したいって。自分の葬儀でしゃべりたいってのが、そもそものこの生前葬やろうって事の発端なんだから」
真由実「そうか」
宇佐美「一応、お葬式なんだから、みんなが徹子さんの想い出とかを語るわけじゃない」
真由実「ええ・・それを御本人は陰で聞いてる」
宇佐美「聞いてられるのかなあ・・出て来ちゃって話始めちゃったらどうしよう・・」
真由実「喪主は誰になるんですか?」
宇佐美「アイボだって」
真由実「アイボ?」
宇佐美「黒柳さんはアイボを飼ってて、ものすごくかわいがってるんだって」
真由実「いや、かわいがっているのはいいけど、喪主がアイボ?」
宇佐美「それも決まってる」
真由実「ちょっと、先に決まってることを全部教えてくださいよ」
宇佐美「いや、決まってるのはそんなもん」
真由実「喪主の挨拶とかはどうするんですか? アイボってしゃべれませんよ」
宇佐美「・・だよねえ」
真由実「あ、いいのか、喪主の挨拶は。御本人がいるから」
宇佐美「そうだよ、挨拶はしたいんだから、御本人が・・一番最後にね」
真由実「徹子さんの挨拶がメイン・・(とメモる)徹子挨拶がメイン」
宇佐美「そうそう」
真由実「これがラストでいいんですか?」
宇佐美「それは向こうの指定」
真由実「知人、友人の挨拶も・・」
宇佐美「誰がやるの?」
真由実「永六輔さんかな・・一番多く『徹子の部屋』に出てるからねえ。こういう時もやっぱり・・」
宇佐美「それはさあ」
真由実「巨泉さんとか」
宇佐美「いやいやいや・・それは徹子さんに決めてもらわないと・・だって、そういうことにあれこれ口が出せるのが生前葬なんだからさ」
真由実「ああ・・そうですよね、それが生前葬のいいところなんですからね」
宇佐美「ゴルバチョフ」
真由実「え?」
宇佐美「ゴルバチョフまで出てるんだよ『徹子の部屋』って・・これってすごくない?」
真由実「じゃあ、ゴルバチョフさんにお願いしましょうよ」
宇佐美「なにを?」
真由実「知人代表の挨拶」
宇佐美「ああ・・それはいいねえ」
真由実「ゴルバチョフさんってまだ生きてますよね」
宇佐美「知らない、全然、知らない。今、言われるまで気にしたこともなかった」
真由実「どこの国の人なんですか?」
宇佐美「知らない」
真由実「なにしてる人なんですか?」
宇佐美「わかんない」
真由実「頼んだら来てくれますよね」
宇佐美「だって、断ったら二度と『徹子の部屋』には出られないよ」
真由実「ゴルバチョフさんは、また出たいと思うのかな」
宇佐美「わからん・・うう・・わからんことだらけだ」
真由実「でも、永六輔さんよりはゴルバチョフさんの方がね」
宇佐美「それはねえ」
真由実「巨泉さんとゴルバチョフさんだったら」
宇佐美「ゴルバチョフだね」
真由実「なんなんでしょうね、ゴルバチョフさんの魅力って」
宇佐美「音だよ音」
真由実「音?」
宇佐美「ゴルバチョフって・・なにか期待させる音じゃない?」
真由実「ゴルバチョフ」
宇佐美「ゴルバチョフ・・ゴルバチョフの電話番号ってわかるの?」
真由実「だって、ゲストに呼んでるんですから」
宇佐美「ああ、そうか連絡はつくんだよな」
真由実「そうですよ」
宇佐美「待って・・誰が電話すんの? ・・・俺?」
真由実「葬祭ディレクターですからね」
宇佐美「俺?」
真由実「それが仕事じゃないですか」
宇佐美「やらないとね・・」
真由実「それから・・普通のお葬式の段取りで考えると」
宇佐美「そう、そうやって考えないと・・その方が早いよ。そうやって考えると普通の葬式にはない生前葬のなんていうの? 魅力がはっきりしてくると思うんだ」
真由実「生前葬のメリット」
宇佐美「普通の葬儀ではできないけど、生前葬ならできるということを、普通の葬式を考えながら考えようよ」
真由実「なるほど」
宇佐美「献花」
真由実「献花・・お花はなににします?」
宇佐美「なにがいいのかな・・そういうのもあれだろ、こっちが提案したりしなきゃなんないんだろ」
真由実「プランニングの一部ですからね。徹子・・さんを花に例えると・・」
宇佐美「・・・タンポポ」
真由実「私も今、タンポポって思いました」
宇佐美「タンポポってちっちゃいからなあ」
真由実「大きなタンポポって感じですよね」
宇佐美「うん・・感じは感じなんだけど・・タンポポって発注できるの?」
真由実「どうだろう?」
宇佐美「っていうか大きなタンポポって存在するの、この地球に」
真由実「地球にねえ・・」
宇佐美「地球にないものを提案して、徹子が気に入っちゃったら、もう大変だよ」
真由実「そうか・・」
宇佐美「存在する物にしようよ」
真由実「あ、あれはどうですか? スーパーでお刺身とかのパックに入っている」
宇佐美「あ、黄色いこういうタンポポみたいな奴」
真由実「そうそう」
宇佐美「いや、お刺身に添えるものを・・御本人に添えられないだろう」
真由実「そうか・・」
宇佐美「タンポポ・・たぶんもうその段階で却下だな・・だいたいお刺身のタンポポって小さいじゃない」
真由実「・・でもタンポポが七万ですよ」
宇佐美「ああ・・それは綺麗かもなあ」
真由実「トットちゃんですから」
宇佐美「よし、それはそれ・・それで・・お返しの品も考えないと」
真由実「靴下とかハンカチじゃ絶対納得しませんよ、黒柳さんは」
宇佐美「だよな・・」
真由実「こう見る度に黒柳さんの事を思い出す品」
宇佐美「たまねぎ・・」
真由実「やっぱり?」
宇佐美「うん・・え、でもちょっと待てよ・・タンポポどうでしょう? タマネギどうでしょう・・提案するのか?」
真由実「色とりどりのタマネギ」
宇佐美「うん・・まず却下だろうな」
真由実「アイボとかは」
宇佐美「高いよ」
真由実「抽選で・・当たる」
宇佐美「ビンゴとかね・・」
真由実「そうそう」
宇佐美「ダメ・・盛り上がっちゃうし、本人もやりたがっちゃうからダメ」
真由実「そうか・・ダメか」
宇佐美「葬式だから・・」
真由実「いいと思ったんだけどなあ・・ビンゴでアイボ」
宇佐美「ビンゴでアイボ・・」
真由実「捨てがたいなあ・・ゴロが良すぎるね」
宇佐美「ビンゴでアイボ!」
真由実「黒柳徹子とビンゴでアイボ」
宇佐美「徹子さんやりたがるぞ・・」
真由実「誰もあの人を止めることなんてできませんからねえ」
宇佐美「なんなんだろうね・・あのエネルギーは」
真由実「なんなんでしょう・・やっぱり好奇心かな」
宇佐美「好奇心だよね」
真由実「尋常でない好奇心」
宇佐美「人間ってさ、だいたい同じ時間生きるわけじゃない。平均寿命。でも、時間の密度がちがうよね。なんていうんだろう・・体感時間ってあるでしょ。体感人生・・時間がまったく違うんだろうねえ」
真由実「体感人生時間」
宇佐美「アフリカって行ったことある?」
真由実「ありませんよ」
宇佐美「行くチャンスあると思う? この先」
真由実「いやあ(ないでしょう)」
宇佐美「何度も行ってるんだよ・・ユニセフで」
真由実「アフリカに・・何度も・・」
宇佐美「七百万部売れる本を書くこともさ」
真由実「ないない」
宇佐美「その印税で学校建てちゃうんだよ、よその国に」
真由実「もし、もしもね・・私が六百年生きたとしても、余所の国に学校を建てることはないと思いますよ」
宇佐美「『徹子の部屋』七千回。二回出る人や三回出る人がいるとしてもだよ。四千人、五千人の人とさ、四十分近く話し込むってことはさ」
真由実「ないない・・」
宇佐美「ないよね・・五千人の人と四十分話し込むって・・しかも、二十三年にわたり・・」
真由実「その黒柳さんを満足させるんですよ・・葬祭ディレクター!」
宇佐美「ピンチ・・宇佐美君・・人生最大の
ピンチ」
真由実「誰が何人来るかわからないけど、来た人々、誰もが納得し、黒柳さんの好奇心の恐るべき力にふれて・・ちょっと元気になる・・そんな」
宇佐美「そんな・・史上最大のショウをね・・ばしっとね・・」
  暗転。