第51話  『サーキットの女』




  明転。
  イメクラのプレイルーム。
  龍之介が待っている。
  やってくるレースクイーン姿の咲美。
咲美「ども、レースクイーンです」
龍之介「あ、はい」
咲美「ども、レースクイーンです」
龍之介「ああ・・いいねえ」
咲美「レースクイーンです」
龍之介「いいねえ」
咲美「よろしくお願いしまーす」
  と、龍之介の隣に座る。
  龍之介、寄ってくる咲美に押し出されるように、椅子から立ち上がった。
龍之介「・・・いいもんだねえ」
咲美「(自分の隣の椅子を示し)どうぞ」
龍之介「はい・・」
  しかし、龍之介、動かない。
咲美「どうぞ・・どうしたんですか?」
龍之介「近寄りがたい・・あ、いや、俺の中でね・・ちょっとね、レースクイーンってのはさ」
咲美「はい」
龍之介「俺の中ではね、レースクイーンってちょっと特殊な存在なのよ」
咲美「近寄りがたい・・ですか?」
龍之介「・・なんていうか、高嶺の花っていうかさ・・だって、ほら、そうそう会えないでしょ、レースクイーンなんて」
咲美「ちょっと、あんまりじろじろ見ないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですか」
龍之介「恥ずかしいって・・その恥ずかしいところがいいんじゃないの」
咲美「レースクイーンです」
  と、ポーズをとってみせる。
龍之介「いいねえ・・」
咲美「やっぱ恥ずかしい・・なんかあれですね」
龍之介「え、なに?」
咲美「本物のレースクイーンってよく、こんな格好でレース場に立ってますよね」
龍之介「男達の視線を浴びてねえ」
咲美「恥ずかしくないんでしょうかね」
龍之介「そこが・・そこがね、なんともいーんだろうね」
咲美「レースクイーンです」
龍之介「はい・・」
咲美「レースクイーンと今日はどういったプレイをしますかぁ・・」
龍之介「そんな及び腰の俺に、なにができるのか・・」
咲美「なにしましょう・・」
龍之介「だもんだから、ね。困ってるのよ。イメクラでしょう」
咲美「イメクラですよ」
龍之介「でもね、なんでもできるんだけど、簡単にここでなにかしちゃうと俺の中の高嶺の花感がなくなっちゃうでしょう」
咲美「でも、なにもしないんですか? じゃあ」
龍之介「いや、そうじゃないけど・・ほら・・(と、迫りかける)すぐこう行っちゃうと、なんか、俺的に違うなって・・やっぱり、レースクイーンって、ほら、俺の中で特殊な存在でありたいと、ね」
咲美「でも、それだとなにもしないで終わっちゃいますよ」
龍之介「どうやったら、Hに持ち込めるのか?」
咲美「どういうプレイだったらいいんですかね。高嶺の花・・であることはくずさない」
龍之介「そう、それははずさない。高嶺の花」
咲美「それでいて親しげ」
龍之介「そういうこと」
咲美「デビューのきっかけになった人とか」龍之介「俺が?」
咲美「そう、私を見つけだしてくれた・・レースクイーンとして・・」
龍之介「俺が、スカウトだ。それで・・」
咲美「高嶺の花に・・育てる」
龍之介「レースクイーン育成プレイ」
咲美「そうです」
龍之介「ものすごく、いいんじゃない!」
咲美「わかりました」
龍之介「わかった? ってなにが?」
咲美「薄汚れた普通の女の子だった私がいます」
龍之介「はい」
咲美「その私の中に、レースクイーンの素質を見いだす」
龍之介「レースクイーンの素質? レースクイーンの素質ってなに? それはどうやって見いだすの?」
咲美「君は全国二百万人のレースクイーンに憧れる女の子達の頂点に立つ子になるんだ」
龍之介「ああ・・育て上げるわけね。俺はなに? どんな人なの?」
咲美「代理店の人」
龍之介「ああ・・いきなりリアルな人が登場してくるんだね」
咲美「ちょっと、用意してきますね」
龍之介「用意? 用意ってなんだ?」
  と、咲美、上手にはけるがすぐに岡持を持って入ってくる。
  頭には白い帽子がちょこんと載っている。
咲美「へい、お待ち」
  と、岡持からラーメンを取りだす。
龍之介「ちょっと、待って・・これはなに?」咲美「ラーメン屋の出前です。ちょっと今、着替えている暇がないんで、このレースクイーンの服は嘘だと思ってください」
龍之介「ああ・・そっちがウソなのね」
咲美「イメクラですから多少のことは目をつぶってください」
龍之介「どこからどこまで目をつぶればいいの? これ・・これはさ・・今日は俺、夢をいだいてね、レースクイーンに会えると思ってきたのよ・・」
咲美「レースクイーンです」
龍之介「ちがう・・俺の、俺のレースクイーンは出前しない」
咲美「そんなことはいいですから、早くお楽しみに進みましょうよ」
龍之介「お楽しみ・・なの?」
咲美「へい、お待ち。私はレース場のすぐ側のラーメン屋さんの一人娘なんです」
龍之介「はい」
咲美「レースが好きで、好きでたまらない。つい、お客さんのところにラーメンを届けにきたのに、テレビに映っているレースに夢中になっている」
龍之介「好きなんだね」
咲美「ぼおっとしてしまう。ラーメンなんかもうすでに伸びきっていて、スープはないくらい」
龍之介「好きなんだね」
咲美「はい・・(と、時計を気にして)あ! いけない、もうお店に戻らないと、ラーメン屋のオヤジにどやされちゃう。またどっかで油売ってたろうって」
  と、身を翻して、部屋から出ていこうとする咲美に。
龍之介「待ちなさい」
咲美「はい? なんですか?」
龍之介「君、レースクイーンになってみないか?」
咲美「え? 私がレースクイーン?」
龍之介「そう、レースクイーンになって、サーキットの真ん中でパラソルを揺らしてみたいとは思わないか?」
咲美「でも、私には・・ラーメンの出前が・・」
龍之介「君はレースクイーンになるべきだ」
咲美「突然の誘いに私の心は揺れ動くの。今日、ここにラーメンを届けなかったら、きっと私の人生は今まで通りのラーメン屋の一人娘として、一生、近所の人達にちやほやされるだけで終わってたかもしれないのに」
龍之介「さあ、更衣室に行って、コスチュームに着替えるんだ」
咲美「右も左もわからない私は言われるままに更衣室で、憧れのレースクイーンの衣装を身につける」
龍之介「慣れないもんだから恥ずかしいんだよね」
  と、更衣室に消えた咲美に、
龍之介「着替えた?」
咲美「もうちょっとです・・」
  そして、更衣室から顔だけ出して。
咲美「あの・・着てみました」
  と、おずおずと出てくる。
龍之介「すばらしい・・」
咲美「でも・・恥ずかしい」
龍之介「恥ずかしい」
咲美「恥ずかしい・・です」
龍之介「女の子が恥ずかしがる姿」
咲美「はずかしい」
龍之介「それが、男がね、明日、生きる力となるのですよ」
咲美「見ないで」
龍之介「見ないで」
咲美「見ないで・・ください」
龍之介「俺ね、この世で一番好きな言葉、見ないで」
咲美「ほんとですか?」
龍之介「見ないでと闘魂」
咲美「恥ずかしいです・・」
龍之介「胸を張って、歩いてごらん」
  と、咲美、歩き始める。
咲美「こんな・・こんな感じですか?」
龍之介「そう、そうだよ・・やっぱり君はレースクイーンになるべきだよ」
咲美「その言葉を信じ切った私は、ラーメン屋を経営する両親を説得するの。でも、ラーメン屋一筋でこれまでやってきた父と母がそう簡単に納得するはずもないの(父になる)おまえにレースクイーンなんか務まるものか。ほらチャーハンとコーンラーメン、二丁目の中川さんだぁ」
龍之介「お父さん、厳しいねえ」
咲美「昭和二十年代の人ですから(次に母になり)おまえのことだから、三日で飽きるよ。ほら、チャーハンとコーンラーメン二丁目の中川さんだよ」
龍之介「お母さんだ」
咲美「両親との話合いはどこまで行っても平行線。やがて、私はお客さんを頼って家出してくる」
龍之介「家出だ。夢の実現のためにね」
咲美「お父さん、お母さん、私、レースクイーンになるまで、うちの敷居はまたがないから」
龍之介「決意は固い」
咲美「そして、レースクイーンになるための修行をする寮に入るの」
龍之介「寮、寮があるんだ」
咲美「そう、その寮にはいろんな年の女の子が集まって、毎日レースクイーンになるために修行をしているの」
龍之介「待って、その寮はさ・・レースクイーンだらけなの?」
咲美「お客さん、変な妄想を働かせないで」
龍之介「変な妄想って・・ここはイメクラでしょう? レースクイーンの寮? そこの管理人さんを(俺が)・・」
咲美「高嶺の花は一輪です。さすがお客さんの見込んだ私。すぐにレースクイーンとして花開き、そんな居並ぶライバル達を飛び越えて、オーディションの合格通知を手にする」
龍之介「最初は小さなレーシングチーム」
咲美「小さなレーシングチームだけど、私がレースクイーンになったとたんに、そのチームは連戦連勝・・」
龍之介「君はレーサー達にとって幸運の女神でもある」
咲美「いつもレースが終わる度に届けられる七色のバラ。そこにカードが添えられている」
龍之介「お・・俺?」
咲美「君はレースクイーンになるべきだ。そう言ったあの日から、ずっと私のことを見守ってくれている」
龍之介「まだ見守ってる・・まだまだ見守ってる」
咲美「でも、月日が経つにつれて、その七色のバラの花束が、次第に私の重荷になっていくの」
龍之介「バラの花が重荷に・・」
咲美「ある日、私はあなたの元を訪ねるの。私、レースクイーンをやめます」
龍之介「どうしてだ?」
咲美「有名になればなるほど、私を見る目が変わってくるのに気づいたの。男の人たちのいやらしい視線が、私に刺さる。やっぱり、恥ずかしい、私、こんな格好でみんなの前に出るの、嫌です」
龍之介「今更、なにを言うんだ」
咲美「私は本当に好きな人だけに、見られたい」
龍之介「本当に好きな人? それはいったい」
咲美「最初に会ったその時から、私はあなたに・・その先は言葉にならない。最初に出前を届けた時、私はラーメンを出すのも忘れてしまっていた。それはTVに映るレースに見とれていたからじゃない。そこにあなたがいたから・・私はただ一人の人に見てもらいたい」
龍之介「ただ・・一人の人」
咲美「それは・・」
  と、咲美、龍之介の腕の中に飛び込む。
龍之介「本当に? 本当にそうなのか?」
咲美「どうして、私を選んだんですか? 私のなにがレースクイーンに向いていると思ったんですか?」
龍之介「君の中にレースクイーンの才能を見いだしたからだ」
咲美「レースクイーンの才能ってなんですか?」
龍之介「レースクイーンに向いているってことだ」
咲美「私のなにがレースクイーンに向いてるって言うんですか」
龍之介「ん・・・ちょっと待ってね」
  と、考え込む。
咲美「私を見て、私のどこがレースクイーンに向いてるの?」
  龍之介、見る。
龍之介「・・私を見て」
咲美「え?」
龍之介「私を見て・・そう言えるところだ」
咲美「え・・でも」
龍之介「私を見て、私はここにいるの。誰もがみな、そう思っている。そう口に出して言いたい。でも、そうやって正面切って言えるやつが、今の世の中にどれだけいる?君は少なくとも、それを口に出していえるじゃないか。私を見て、そう思うことはいけないことじゃない。君がそうやって人々の前で、好奇の視線を浴びながらも、それをものともせずに、それでもまだ私を見て、と叫んでいる。君は自分を見て欲しいんだろ」
咲美「そう・・そうなの、私は私を見て欲しいの」
龍之介「そして、世の男達も君を見ていたい」
咲美「でも・・でも、それで、どうなるの?レースをするサーキットはレースをするためのところでしょ」
龍之介「それはそうだよね」
咲美「そのレース場に、私は本当に必要なの?」
龍之介「必要だよ」
咲美「どうして? なんのために? 私は、レースクイーンはなんのためにいるの? 私のいる意味ってなんなの?」
龍之介「じゃあねえ、じゃあ、考えてみろ。レースクイーンのいないレース場がどんなものか」
咲美「私がいない?」
龍之介「そう、君のいないレース場を」
咲美「私がいなくても、車がいて、レーサーがいて、観客がいれば、レースはできるんじゃないの? なんの問題もないじゃない」
龍之介「違う」
咲美「なにが違うの?」
龍之介「よく考えろ。レースとはなんだ? 極限のスピードで何台もの車が、スピードを競ってしのぎを削る、サーキットとはそんな場所だろう。一歩間違えば、死ぬことだってある。そんな場所だろう。爆音をとどろかせてマシン達が走る。いたるところに死が、危険が潜んでいる。そんなサーキットの中に、一つだけでいいから、命を感じるものが欲しいと思うだろう。そんな生命力の溢れる存在が・・それはなんだ?」
咲美「それが・・私」
龍之介「そう。死と隣り合わせの世界で、君は唯一、命を感じさせる光。むき出しの肌のきらめき」
咲美「真夏の日の下で、さらすこの体、この笑顔に、サーキットはさらにヒートアップする」
龍之介「焼けるアスファルト、耳をつんざくエンジンの咆哮。時速三百キロで走るマシン達。そして、君のきらめく肌」
咲美「見て、私を」
龍之介「俺が君を初めて見た時、その屈託のない笑顔の中に、なにかを感じた。そのなにかがあったから、君にレースクイーンになることを薦めた。そして、今、満場の男達の視線を浴び、トップの座についた君が微笑む。恥ずかしさもなにもかもを越えて、そこに私を見てという、ゆるぎない、堂々たる自信がまぶしい。私を見て、と素直にそして堂々と言える命溢れるその存在が・・・」
  曲、落ちていき。
咲美「やがてチェッカーフラッグが振られ、レースは終わる。表彰台にレーサーが並び、シャンパンが抜かれる頃、お客さんはサーキットに背を向けて歩き出す。花は高嶺で見事に咲き誇った・・待って! 私は駆け出す。あなたを追って。突然、走り出したレースクイーンに場内は騒然となる。人を掻き分け、掻き分け、人の群に見え隠れするあなたの背を見失うまいと、必死に走る。待って、という私の声は届かない。レース場を後にする人混みの中で、ついにあなたの姿を見つける。私は抱きつく。それがそれが私の・・私のサーキットのゴールだった。私を目で追っていたレース場の男達の視線が、一瞬にして羨望のまなざしに変わる」
龍之介「男達の嫉妬の視線が俺の体をつらぬく。俺はものともせずに、おまえを抱きしめる。男達に見せつけるようにして・・そして、そのまま俺達は・・」
咲美「お客さん・・」
龍之介「うん?」
咲美「やらしい・・」
  暗転。