第50話  『どうにか・したい』
  明転。
  居酒屋。
  津村が生中を目の前にして、ぶつぶつ言っている。
津村「はあ・・・二十分だよ・・マジかよ・・ほんと来ねえな・・え? なんでだ? なんで俺、一人で飲んでんだよ・・ふう・・落ちてるなあ、落ちてんなあ・・落ちてる、落ちてる」
  と、やって来る吉野。
吉野「津村さん」
津村「おお!」
吉野「遅くなりました」
津村「遅いよ、遅い、遅い。・・」
吉野「すいません、どうも」
津村「お疲れ・・お疲れ」
吉野「津村さん、また急に呼び出すから」
津村「ごめんね、ほんとごめんね」
吉野「なにがですか」
津村「いや、ほんとにね、来ないかと思ってた」
吉野「大丈夫ですよ、なに言ってんすか」
  と、座る。
  同時にビールをつぎ始める津村。
吉野「あ、すいません」
津村「ま、まずね」
  吉野、グラスを持った。
吉野「とりあえず・・」
  と、二人乾杯する。
津村・吉野「お疲れ様でーす」
津村「ああ・・」
吉野「うまいっすねえ」
津村「これだよ、これ・・いや、つらかった」
吉野「津村さん」
津村「え? 今日、おめでとうございます」
津村「え? なんで知ってるの」
吉野「いや、知ってますよ、誕生日ぐらい」
津村「それで遅くなったの? もしかしたら」
吉野「え?」
津村「いや、プレゼント買ってたとか」
吉野「いや、俺が来ることが、なによりのプレゼントじゃないですか」
津村「あ・・ああ・・」
吉野「ねえ・・」
津村「まあ、そうだよね・・俺につきあってくれる人はね、座長ぐらいしかいないから」
吉野「そうですよ・・プレゼントが来ましたよ」
津村「うれしい」
吉野「そうですか?」
津村「覚えててくれてるだけでも、感謝しなきゃなんないことなんだよね」
吉野「そうですよ・・二十六?」
津村「二十七!」
吉野「二十七!なっちゃいましたか?」
津村「二十七の誕生日に、一人で飲むのはさあ」
吉野「彼女はどうしたんですか、彼女は」
津村「あ、いいの、いいの、それはね、いいの」
吉野「いいんですか?」
津村「いいの、いいの、聞かないで、それは」
吉野「一緒に過ごしたいんじゃないんですか、俺と飲んでていいんですか?」
津村「それはいいんだよ、大丈夫、大丈夫」
吉野「そうなんですか?」
津村「実はさあ」
吉野「はい」
津村「実はね」
吉野「やっぱなんかあるんじゃないですか?」
津村「ぶっちゃけね、ケンカしたんだよね、昨日」
吉野「ケンカしましたか?」
津村「昨日、なんでケンカするかなって感じだよな」
吉野「そうですよ、なにもよりによって誕生日の前日にさあ」
津村「そうだよなあ」
吉野「なんでケンカになったんですか?」
津村「今日、誕生日じゃない、俺」
吉野「はい、二十七の」
津村「それでね・・二十七の今年、俺はどうなるのか?」
吉野「ああ?」
津村「どうなると思う?」
吉野「どうなる?」
津村「どうにかなると思う?」
吉野「ああ・・ねえ・・」
津村「向こうはね、二十九なのよ」
吉野「ぎりですね」
津村「ぎりよ、ぎり。あなたは今年二十七だけど、私は今年、三十なの」
吉野「二十九の次は三十ですからね」
津村「それで、私をどうするつもりなの?」
吉野「どうするつもりなんですか?」
津村「どうするつもりだと思う?」
吉野「知りませんよ、そんなの」
津村「あいつもさあ、俺達のね、こういろんな状況はさ、いろんな機会にさ、話してきたつもりではあるのよ・・最近ちょっとうるさいっていうか・・」
吉野「なにが問題なんですかね」
津村「まあ、まずね、一番簡単な問題からいうと、金がない」
吉野「ないですよね」
津村「座長はさ、いいよ『アカサビダー』があるからさ。なに、印税とか入ってくるんでしょ」
吉野「原作料だけですよ」
津村「でも、オモチャとかになってるじゃない」
吉野「まあ、あれのおかげで貧乏しなくてすんではいますからねえ」
津村「まあねえ、座長がやってる子供番組のおかげで、劇団が公演の赤字をね、劇団員の頭数で割らなくても済んではいるよ、それはたしかに、感謝している」
吉野「いや、それはは・・まあ、ボクも好きやってるわけだから」
津村「・・でもだあ、俺は・・・ほら、余裕ないから」
吉野「ああ、ねえ」
津村「お金しかり、芝居・・そのもの?」
吉野「そんなのガツンと言ってやったらいいじゃないですか? 今、劇団がどんな状況になっているのか? とか」
津村「うん、そうなんだけどね」
吉野「いかに客を集めているのか、注目を集めているのか? 三年でここまで大きくなってる劇団はそうそうないんでしょ」
津村「ないよな」
吉野「ないですよ、自信持ちましょうよ」
津村「俺はさ、自信あるんだけどね・・じゃあ、あいつがなんて言ったら安心するのかって?」
吉野「未来があるからいいじゃないかって」
津村「未来ってさ・・」
吉野「はい」
津村「なに?]
吉野「え?」
津村「俺達はどうなるの?」
吉野「どうなるって? なるようになりますよ」
津村「劇団はさ、どうなっていくの?」
吉野「それは前から言ってるじゃないですか、とにかく日本でストレートプレイでね、ミユージカルじゃなくて、ストレートプレイでロングランできるクオリティと体力を持った劇団にしていく」
津村「そうだよね、座長はね、そうやってきちんとした夢があって、その夢に向かって邁進してるよね」
吉野「動員も増えてるし、評価もあがってきてるし」
津村「劇団は上り坂だよね」
吉野「上向き」
津村「劇団は大丈夫」
吉野「大丈夫でしょ・・気を抜かないで、慎重にそして」
津村「大胆に」
吉野「そうそう・・」
津村「劇団はそれでよし」
吉野「よし」
津村「あとは俺」
吉野「そう・・どうするんですか? どうしていきたい?」
津村「映像に向かって出ていく」
吉野「ああ・・売れたい」
津村「売れたい・・ね。納得してもらいたいのね、今、自分がやっていることをね。説得するためにはさ、まず言葉がなきゃなんないじゃない。俺のやりたいことを言葉にして、それで説得」
吉野「じゃあ、それを言葉にしてくださいよ」
津村「言葉にね・・漠然としてるんだよね、正直。俺はね、こういうビジョンがある、って言いたいけど、それがね、なんだかぼやけてんだよね。むしろ、俺がいいたいことを言葉にしてくれって感じなんだよね。作家さんにさあ」
吉野「え・・つまり」
津村「つまり」
吉野「映像とかの世界に出たりする、有名になって・・」
津村「有名になる・・有名になりたいのか?」
吉野「そこはどうなの?」
津村「なんで映像に出たいのか?」
吉野「なんでですか?」
津村「まず金だよね。食っていかなきゃなんない」
吉野「芝居では食えない」
津村「食えない。食ってる人、いないよね」
吉野「いませんね、五人ぐらいじゃないんですかね・・ほんとに芝居だけで食っているのは」
津村「映像に出るっていってもね、最初は小さな役だと思うんだよ。すぐに殺されちゃう役とかね」
吉野「ああ、まあねえ」
津村「でもね、こうそこから、ちょっとずつ台詞が一つ増え、二つ増えして・・バイプレーヤーの地位を固めていくわけじゃない」
吉野「名脇役として」
津村「そう、そう・・それよ。三十代は俺、バイプレーヤーの地位固めと、平行してね、座長の夢であるロングラン公演の実現」
吉野「それで、次は四十になりました」
津村「四十になる・・四十はね、ちょっと落ちぶれたいね」
吉野「落ちぶれる」
津村「そう、あの人はどうしちゃったんだろう・・っていうくらいに、どうしようもなくなる・・底辺を生きる」
吉野「それ・・そういう目標かかげるんですか?」
津村「そう、それでね、なんていうの、役者としてものすごく味わいが出る・・俺的にはね」
吉野「ああ・・」
津村「それでね、こう脇にはなくてはならない、名脇役として、名を馳せる」
吉野「はあ・・」
津村「そして、そうやって稼ぎながら、芝居は続ける」
吉野「結局芝居は好きなんですよね」
津村「大好きさ」
吉野「そこは良し」
津村「聞いててさあ、説得力ないでしょ」
吉野「ええ」
津村「ないんだよね。考えてもね、この程度なんだよ、俺」
吉野「彼女と暮らすために金がいる、そのために映像に出る」
津村「そうねえ・・」
吉野「なんだか、聞いてても・・」
津村「なに?」
吉野「痛快じゃないんですよね」
津村「痛快じゃないよな・・」
吉野「一言でいうと夢がないですよね」
津村「よくないよな」
吉野「よくないですね。我々は夢を売る仕事なんですから」
津村「どうしよう、今日中になんかしたいんだよな。帰れないんだよ、ぶっちゃけ」
吉野「練習します?」
津村「練習?」
吉野「ボクが舞ちゃんやりますから」
津村「あ、ほんとに?」
吉野「舞ちゃん、ですよね」
津村「怒ってる舞、ね」
吉野「怒ってるんですよね。はっきりしないから」
津村「そう、シビアなところからスタートして欲しいね」
吉野「シビア、シビアな舞ちゃん」
津村「じゃあ、いくよ」
吉野「はい・・(芝居に入る)あのさあ、それでどうなのよ。答えは出たの? 結果は出してくれるの?」

津村「結論っていうかさ、まずね、なにがそんなに不安なのかと、逆に聞きたいね」
吉野「なにが不安って、現状が不安、昨日も不安、今日も不安、明日も不安、たぶん明後日も不安」
津村「うん・・劇団がね、こんなに急成長していて、その中でね、中心的な存在の俺なのよ・・劇場のレベルだって、毎回毎回上がってきているわけじゃない」
吉野「なにを説明しているのかわかんない・・」
津村「え? え? なんで?」
吉野「だから、私が聞きたいのは、あなたの二十七歳の目標、ならびに豊富を述べてって言ってるの」
津村「そう、そうだよ、それ、昨日、舞に言われた」
吉野「似てますかね」
津村「そっくり、なんていうの? 思考の完コピだよ」
吉野「だから、私が聞きたいのはあなたの二十七歳の目標、ならびに豊富なの」
津村「二十七歳の目標と豊富だろ」
吉野「そうよ、昨日からずっと言ってるじゃない」
津村「だからね、今年はチャンスをつかみとる一年なんだよ」
吉野「なんのチャンス?」
津村「上がっていくチャンス」
吉野「どこに上がるの」
津村「上に」
吉野「上ってどこ?」
津村「上は上だよ。劇団が売れていって、俺自身も売れていく」
吉野「そのためにどうするの?」
津村「(ちょっと逆ギレする)だから、失敗しないようにがんばるって言ってるじゃない!」
吉野「・・・・・」
津村「ごめん、やめよう誕生日じゃない」
吉野「誕生日だから話してるんじゃない」
津村「わかってるよ、わかってるんだよ」
吉野「だって自分の問題じゃない。自分の問題だし、私達の問題じゃない」
津村「わかってるよ」
吉野「どれだけわかってるの?」
津村「俺はね、やってるよ。ちゃんとやってるんだから・・」
吉野「なにを?・・なにやってるの?」
津村「劇団の中でさ」
吉野「劇団の中でなにやってるの?」
津村「劇団を大きくしていくためにさあ」
吉野「なにやってるの?」
津村「様々なことだよ」
吉野「様々ななんですか?」
津村「だから・・」
吉野「わかんないよ、ちゃんと言ってくれないとさ」
津村「人のつながりとかさ・・」
吉野「誰と誰よ」
津村「みんなをもり立ててるんだよ」
吉野「みんなもり立ててどうするのよ。回りの人もり立てて自分はなにをしてるのよ」
津村「なにが聞きたいの、舞ちゃんは?」
吉野「だから、何回も言ってるじゃない。二十七歳のあなたの目標、ならびに豊富」
津村「うん・・うん・・そうだよね、そうなんだよね」
吉野「具体的に言ってって」
津村「だから、がんばるって」
吉野「具体的じゃ、ない!」
津村「具体的だろ」
吉野「がんばるが?」
津村「まあ、あれだ・・一番具体的な話としては、映像だな」
吉野「うん・・」
吉野「映像も具体的ではないよ」
津村「今年はね、火サスに出る」
吉野「カサス?」
津村「火曜サスペンス劇場ね。それはまあ、きっかけに過ぎないけどね」
吉野「出れるの? そういうの?」
津村「出れるよ。それくらい今、うちの劇団は注目されてるんだよ、何度も言ってるように」
吉野「そんなに甘くないでしょう。どうせ最初に出てきて死んじゃうような役なんでしょう」
津村「そうだね。でも、きっかけとしてはそうでしょう。出ていく道筋だよ」
吉野「それでいいの? ほんとにそれでいいの?」
津村「どうして欲しいのよ、ぶっちゃけ」
吉野「そんなのは自分で考えなさいよ」
津村「なんでわかんないかな」
吉野「それはこっちの台詞だよ・・なんでそんな死体やりたいの?」
津村「きっかけだって言ってるじゃない。死体はきっかけよ。最初は死体かもしれないけどさ」
吉野「どうするの、最後まで死体だったら」
津村「死体から始めないと生きていけないんだよ」
吉野「死体がしたいの?」
津村「死体はしたくないよ」
吉野「誰が死体やってくれって言ったの?」
津村「言ってないよ、誰も言ってないよ。俺はね、今、自発的に言ってるんだよ。今年の目標、ね、死体。まず、殺される」
吉野「バカじゃないの?」
津村「バカって・・バカって言った奴が、バカだろう」
吉野「なに言ってんの?」
津村「舞ちゃんねえ、見たらほんとびっくりするよ」
吉野「なにがよ」
津村「俺の死体姿」
吉野「バカじゃないの。死んでるだけでしょ」
津村「うわ・・わかってない、わかってないよ、舞ちゃん・・そんなねえ、誰でも彼でもできるような死体をね、俺がやるわけないじゃん、ね。ちょっとさあ、考えてみてよ、イメージしてみてよ。火サス、火曜サスペンス劇場、始まりました・・ね、すぐにうわ・・死にます。殺されます。次のシーンはもう俺の死に顔。チョークでさあ、こう体の線とか書かれて、パシャッ! パシャッ!って鑑識が写真撮ってるのね」
吉野「よく見るよね、そんなの」
津村「よく見るのとちょっと、違うんだよ。なにが違うか、俺が死んでるから」
吉野「一緒じゃない、誰が死んでても」
津村「俺、もう迫真の演技だから。舞、おまえねえ、びっくりするって。ほんとに死んじゃったんじゃないかなって」
吉野「思わないわよ」
津村「思うよ、思わせるって、それくらいの芝居ね、役者として、それくらいの芝居をしないとさあ・・上がってはいけないんだよ。同じことやらせても、こいつはなにかひと味違うぞ、って思わせること、ね。そこから次が繋がって行くんだから」
吉野「そうなの?」
津村「そうだよ、そうじゃなきゃ、なんでこの俺が死体なんかやるんだよ。もう俺がやるからにはね、とびっきりの死体だよ。最上級の死体。舞ちゃん思うよ、一瞬どきっとするよ、うわ、ほんとに死んだんじゃないかなって。もうねえ、一瞬にしていろんなこと思い出すよ」
吉野「いろんなことって?」
津村「出会い」
吉野「出会い」
津村「二人の出会い。清里でさ、夏休みにクレープ焼いてた俺と、慰安旅行で来ていたOLの舞ちゃんとのさ、出会い。それで東京でまた会って『タイタニック』見てさ、大泣きしたじゃない、俺が。ね、そんなあれこれを思い出すって。芝居のチケットをさあ、舞ちゃんがいっぱい、買ってくれてさあ、それを年賀状のやりとりしかしてない友達にも売ってくれてさあ。でも、それで無理矢理来た友達が、また見たい。って言ってくれて、二人で喜んだりしたこととかさあ。俺が芝居に煮詰まって、どうしようもなくなってる時、夜中に気分転換とか言って、首都高をぐるぐる回ってさあ・・途中でケンカになって、舞ちゃん車止めて降りろとか言ったじゃない。好きなことやってるんだからぐちゃぐちゃ言うなよ。って舞ちゃんの声、首都高に響きわたったよね」
吉野「ああ・・ねえ」
津村「・・・あの頃ってさあ」
吉野「うん」
津村「生きてたよなあ、少なくとも」
吉野「今は?」
津村「死体」
吉野「なんで?」
津村「なんでなんだろう」
吉野「殺されるのは、誰のため?」
津村「誰って・・」
吉野「もしかして、もしかしたら、私のため? 私がなんとかしろって言ってるから、死ぬの?」
津村「え? いや・・自発的に言ってるってば・・誰に言われたわけでもない、俺は、今年、まず殺される」
吉野「死なないで」
津村「え?」
吉野「死んじゃダメ」
津村「え・・」
吉野「あなたは生きるの。生きて好きなことを好きなだけやるの」
津村「うん・・」
吉野「あの頃はさあ・・生きてたんでしょ、少なくとも」
津村「生きてた」
吉野「死体じゃなかったでしょ」
津村「死体じゃなかった・・生きてた」
  ゆっくりと暗転。