第49話  『未知 なる母』



  明転。
  未知の部屋。
  部屋の真ん中に大きなベビーベッド。
  そこを覗き込んでいる真由実。
  未知の双子の子供達が寝かされている。
  しばらくそれ見ているが、そのベビーベッドの中の布に包まれた赤ん坊の左右の位置を変えた。
  と、未知が台所から戻ってくる。
未知「もうねえ・・この時間だけだよ、一息つけるのは」
真由実「大変でしょ」
未知「大変だよ・・バタバタだもん、知らないことだらけでさあ・・」
真由実「双子はねえ」
未知「双子だからねえ」
真由実「二人もいるもんねえ」
未知「あ、そうだ・・さっき健太郎にミルク飲ませたんだっけ」
  と、未知、ベビーベッドの側にぶら下げてあるノートに記入する。
未知「えっと、今は?」
真由実「時間?」
未知「そう・・」
真由実「(時計を見て)二時九分」
未知「二時九分、健太郎授乳・・と」
真由実「つけてるんだ、そういうの」
未知「もう、つけとかないと、どっちにいつなにしてあげたかわかんなくなるのよ・・だって三時間おきにミルクだからさ」
真由実「きついね・・三時間おきは」
未知「それもさあ、きちんと三時間おきに起きて、飲んでくれればいいんだけどさ」
真由実「え、バラバラなの。二人が?」
未知「そうなの」
真由実「三時間おきのおっぱいが二人バラバラ?」
未知「もう、こっちも寝ぼけていると、どっちになにやったのか? 今が何時なのか、朝なのか夜なのかも、わかんなくなる時があるよ」
真由実「起きて、泣いたらあげるの? ミルクは?」
未知「いや、あんまり寝てる時は、起こしででも、飲ませる」
真由実「そりゃ、どっちに何時に飲ませたか書いておかないと」
未知「大変でしょう? さっきおっぱい飲んですやすや眠ってるのを、いきなりたたき起こしておっぱい飲まされたらさあ」
真由実「そうだよね、片方はおなか空かせたまま寝てたりしたらねえ」
未知「私、日記だって、家計簿だってこんなにまめにつけたこと、ないのにさあ」
真由実「母は強いね」
未知「強くもなるよ」
真由実「ねえ」
未知「ああ、よく寝てる・・」
真由実「ほんとによく似てる・・なんか気持ち悪いね」
未知「なによ、失礼ね」
真由実「だって、双子の赤ちゃん見たのなんて初めてだからさ」
未知「びっくりしたよ・・私も」
真由実「これってさあ、どっちがどっち?」
未知「(片方を示し)健太郎(もう片方を示し)康太郎」
真由実「健太郎、康太郎、二人合わせて、健康太郎?」
未知「よくわかったね。まあ、そんなもんよ」
真由実「母の願いだね」
未知「健康だけがね・・」
真由実「これ、間違ったりしないの、健太郎と康太郎と」
未知「うん・・今までは・・私が気づいてないだけかもしれないけど」
真由実「普段はどうやって見分けてんの? 服の色とか決まってるの」
未知「決まってない」
真由実「じゃあ、どうやって?」
未知「なんとなく」
真由実「え? なんとなく?」
未知「最初はね、靴下とかに、け、とか、ことか書いてやってたんだけどね」
真由実「うん」
未知「そしたらさあ、お風呂入れてる間に、片方が泣き出したりしてさあ、吐いたりとか、漏らしたりとかさ・・もう、もう、もうもう、ねえ・・けも、こもなくなっちゃうんだよね」
真由実「・・やばいじゃん」
未知「いっこだけ違うところがあるんだ」
真由実「うそ、どこ?」
未知「うんこ」
真由実「え? なにそれ」
未知「なんかさあ、健ちゃんは黄色いつるんとしたのが出るんだけどさあ。体良さそうな」
真由実「うんこするの?」
未知「うん・・」
真由実「黄色いつるんが健康なんだ」
未知「すごい健康」
真由実「ふうん・・」
未知「悪玉菌のないうんこ」
真由実「それで? 康ちゃんは?」
未知「なんか、緑色のうんこ、ぬるぬるっとした」
真由実「ええ! だって同じ物、飲んでるんでしょ」
未知「そう」
真由実「なんで違うの?」
未知「わかんない」
真由実「なんで?」
未知「私もさすがに心配して、お医者さんに見せたのよ、そしたら、こういうもんですって」
真由実「いいんだ、緑でも」
未知「うん」
真由実「ぬるぬるっとしてても」
未知「うん」
真由実「いいんだ」
未知「ま、ちょっと胃腸が弱いかもねって」
真由実「ああ・・じゃあ、うんこで見分ける」
未知「そうそう、健ちゃんが泣いてると思っておむつ開けるとさ、あ! 緑色だ」
真由実「康ちゃんだ」
未知「ってなるの」
真由実「間違ってるんじゃん、健ちゃんとちゃんを」
未知「そこでリセットするの」
真由実「そうなんだ」
未知「あとはね・・ないね、見分ける方法は、今のところ」
真由実「足の裏に、け、とか、こ、とかマジックで書いておけばいいんじゃないの?」
未知「またどうせ逆に書いちゃうよ」
真由実「綱渡りだねえ」
未知「そうかな」
真由実「いいけどね・・」
未知「今日、助かったよ、来てくれて」
真由実「え、だって、コンビニ行っただけじゃん」
未知「こいつらいるとどこにも行けないんだもん」
真由実「どこにも行ってないの?」
未知「行けないよ。首座ってないし(おんぶする)こうもできないし(だっこする)こうもできないのよ。首がぐにゃんってなっちゃうから」
真由実「ああ、ねえ」
未知「もう首が座ってないから、こうやって普通にだっこするしかできないのよ」
真由実「一人限定」
未知「そう、一人づつしかだっこできない」
真由実「どうすんの? 二人いっぺんに泣き出したりしたら?」
未知「どうしよもない」
真由実「そうだよねえ」
未知「そればかりはどうにもならない。あるよ、おむつ変えるじゃん、おっぱいあげるじゃん、それでもうたいていはねえ、おっぱい飲んでげっぷさせたら、寝かしつけて終わるでしょ。そうするとね、こっちが泣き出して、って順繰りだとベスト」
真由実「ああ・・ベストなんだ」
未知「こうやっている間にさあ、こっちが泣き出したりして。なんもできない」
真由実「どうするの、そういう時は」
未知「待っててねって」
真由実「泣かせっぱなし」
未知「だってどうしようもないじゃん」
真由実「まあねえ・・きびしい」
未知「こっちもなんかつられて泣き出したりして。どうしようもなくて、私も泣いちゃう・・かんべんしてぇ」
真由実「へえ・・」
未知「まあ、ミルクの方が楽なんだけどね」
真由実「そうなの?」
未知「だって同時にあげたりできるんだよ、二人」
真由実「おお・・」
未知「そしたら、睡眠時間が増えるのに」
真由実「母乳は一人づつなんだ」
未知「あるんだけどね、同時授乳ってのは」
真由実「ははは・・犬みたい」
未知「いいよね、犬は。寝てればいいんだからさ」
真由実「そうだよね。犬は生まれた時から首が座ってるしねえ」
未知「・・・いいなあ」
真由実「まだだいぶかかるんでしょ」
未知「四ヶ月とかね」
真由実「ちょくちょく来るよ」
未知「ほんとに?」
真由実「たまには外の空気を吸わないとね」
未知「そうだよね」
真由実「だってなにもかも一人でやってたら大変だよ」
未知「そうだよねえ・・父親はねえ・・」
真由実「うん・・」
未知「いた方がいいねえ」
真由実「ここんちはねえ、子供が親の数よりも多いからねえ」
  と、未知、ストローを取りだした。
未知「見てて、見てて・・」
真由実「なに?」
  と、未知、ストローで赤ん坊の顔を吹く。
  そして、一人で笑う。
未知「はははは・・」
  真由実も笑いながら、
真由実「なになに、今のなに? なんで? なになに? 今、なにやったの?」
未知「はははは・・・」
真由実「にやっとしたよ、なんで、なんで、なんで、なにやったの、今」
未知「(唇の上を示し)ここ吹くの」
真由実「ここ吹くと笑うの?」
未知「笑うの」
真由実「なんで?」
未知「わかんない、康太郎(にやってみない?)」
真由実「え? 大丈夫?」
未知「ここ吹くの、ふうって」
真由実「起きちゃわない?」
未知「大丈夫、大丈夫」
  真由実、吹く。
二人「ははははは・・」
真由実「すごい、百発百中じゃん」
未知「はははは・・・」
真由実「すっごい、なにこれ」
未知「いや、赤ちゃんってさ、笑わないのよ全然」
真由実「あ、それ知ってる、知ってる」
未知「なんで?」
真由実「なんでって、勉強した。大学の発達心理学の授業で、三ヶ月目までは笑わないんでしょ」
未知「そうそう」
真由実「三ヶ月微笑みっていうんだけどね。笑うんだけど、顔は笑ってるんだけど、実は笑っていなくて、それは、外敵から襲われた時、私はかわいいのよってアピールして身を守るために、にやって笑うの」
未知「え、うそぉ」
真由実「今のは三ヶ月微笑みっていうの」
未知「笑ってるよ」
真由実「これは笑ってるんじゃないもの」
未知「筋肉がくちゃってなってるだけなの?」
真由実「今、外敵から身を守ったんだよ。これ、ストローは外敵なんだよ」
未知「今、こいつら外敵から身を守ったんだ」
真由実「ね・・よくできてるよね」
未知「へえ・・」
真由実「勉強になった?」
未知「なった、なった・・へえ・・九十五へえ・・ぐらい」
真由実「でも、このストローで吹くっていうのは知らなかったなあ」
未知「伊東家の食卓でやってたんだよ」
真由実「これは私知らなかった。七十五へえって感じ」
  二人、赤ん坊を覗き込んで。
未知「へえ・・」
真由実「へえ・・」
未知「笑わないんだもん」
真由実「しょうがないよね」
未知「全然笑わないんだもの」
真由実「でなに、これで自分で和んでるの?」
未知「そうそう・・」
真由実「かわいそうじゃん。やめなさいよ、そんなの」
未知「だってつまんないんだもん」
真由実「やめなさいよ、そんなの、良い迷惑じゃない」
未知「でも、うれしいじゃない赤ん坊がにゃーって笑うのって」
真由実「それはそうかもしれないけどさあ」
未知「あ、ちょっと、ちょっと、ちょっとさあ・・待って」
  と、未知は台所へ。
真由実「なになになに・・なにやってんの?」
  と、未知は台所へ。
  未知、すぐにストローをもう一本持ってくる。
未知「ちょっとさあ、二ついっぺんにできない?」
  と、真由実にストローを渡す。
真由実「え・・二人いっぺんに笑わすの?」
未知「そうそう」
真由実「なんで?」
未知「あのさあ、おばあちゃんにさあ、赤ちゃんをね、写メールしてあげようかなって思って」
真由実「え? おばあちゃんに写真送るってなに?」
未知「写メール、写メール」
真由実「なに? 未知ちゃんちのあのおばあちゃん、写メール持ってるの? すっげえハイテク」
未知「持っててって私達が言ったんだけどね」
真由実「あ、そう、押しつけ?」
未知「そうそう」
真由実「いっぺんに笑わせること、できるの? これさあ、先の曲がっているストローといかないの?」
未知「ないよ、そんなの」
真由実「練習、練習」
  と、真由実、吹いてみせる。
真由実「ああ、こんな感じか」
未知「いける?」
真由実「難しいよ、これ、いいやるよ」
未知「うん、いいよ」
真由実「一回しかできないからね」
未知「オッケー、オッケー」
真由実「行くよ、行くよ」
未知「はい」
真由実「せーの(吹く)ふうう」
  未知、撮った。
未知「はははは・・」
  未知、撮った写真を見せる。
真由実「大成功」
未知「ははははは」
真由実「ははははは」
  二人、写真を見て笑い合う。
未知「いい、いい、いい・・」
真由実「ばっちり、ばっちり、いいじゃない、いい、いい」
未知「よかったあ・・・だって、さあ、これはねえ、さすがに一人じゃできないんだよね」
真由実「そうだよね、おばあちゃん喜ぶよ」
未知「喜ぶよ、なんじゃこりゃーって」
真由実「まだおばあちゃん、見に来てないの?」
未知「まだ・・寒いしねえ」
真由実「そうかあ・・」
未知「でも、まだ二人生まれたって言ってないんだよ」
真由実「あ、そうなんだ、なんで?」
未知「いや、びっくりするかなって・・」
真由実「それは・・それはびっくりするよ」
未知「なんじゃこりゃー」
真由実「そんなんで済むの?」
未知「まあ、この写メール見て、とりあえずびっくりしてもらおうと・・」
真由実「直接対面した方がびっくりするんじゃないの?」
未知「そんな・・そんなことしたら、びっっくりして死んじゃうよお」
真由実「あ、そうか」
未知「そうそう、これがびっくりの第一段階、徐々にならしていかないとね」
真由実「いくつになったの、おばあちゃん」
未知「八十・・六」
真由実「八十六で写メール」
未知「そのうち、この二人の孫と撮ったりするんじゃないかな」
真由実「いいねえ、夢が膨らむねえ」
未知「いいねえ、やって欲しいねえ」
  二人、またストローを持って赤ん坊に息を吹きかけようとする。
真由実「またしても外敵が」
  吹いた。
  赤ん坊笑った。
二人「ははははは・・」
  ひとしきり笑って。
未知「今、何時? 康ちゃんに、おっぱいあげないと・・」
  と、未知、康太郎の方を覗き込んでいるが・・・
未知「・・取り替えたでしょ」
真由実「なにを?」
未知「しらばっくれんじゃないわよ」
真由実「・・ごめん」
未知「もう・・・」
真由実「わかるんだ・・」
未知「あたりまえでしょ・・ったくもお」
  と、未知、入れ替える。
  その背に向かって。
真由実「未知ちゃんはさあ」
未知「なに?」
真由実「母になったんだね」
未知「そうだよ・・」
真由実「そうだよね」
未知「そうだよ・・」
  暗転していく。