第四十八話  『WELL COME TROUBULE』





  コンビニの控え室。
  赤いコンビニのエプロンを掛けた津村と拓弥が退治してパイプ椅子に座っている。
拓弥「・・困るんだよね」
津村「はい」
拓弥「前もさあ、そうだったじゃない」
津村「はい」
拓弥「急に公演が決まったとか言ってさあ」
津村「はい」
拓弥「そうだったよねえ」
津村「はい」
拓弥「シフトさ、みんなに出してもらってるのはさ、割り振ってみんなが順番に働くためなわけじゃない」
津村「はい」
拓弥「その出してもらったシフトをさ、一人のバイト君がよ、自分の都合でそんなにしょっちゅう変えてたらさあ、シフト組む意味がなくなっちゃうじゃない」
津村「はい・・すいません」
拓弥「いや、はい、すいません、じゃなくてさあ」
津村「はい」
拓弥「公演が、公演がって・・芝居が最優先なのはさ、君だけでさ、俺達はさ、シフトの方が大事なのね。誰が、いつ入るのか?・・これが大事なのね。津村君がね、使えない奴だったらこんな話はしないよ」
津村「はい・・ありがとうございます」
拓弥「演劇やろうがね、なにしようがいいと思うよ。好きなことやってさあ、いいと思うよ。でも、さあ、津村君がさあ、好きなことをやるために、他の人が迷惑していいってことはないと思うんだよね」
津村「はい」
拓弥「演劇、辞めた方がいいんじゃないの?」
津村「それは・・ちょっと」
拓弥「この前さあ」
津村「はい」
拓弥「見てくれって言われてほら、なにあの・・」
津村「チラシ、ですか?」
拓弥「そう、それもらって見に行ったじゃない」
津村「はい、ありがとうございます」
拓弥「すごいと思ったよ、津村君」
津村「はい、そうっすか」
拓弥「だってさあ・・あんなに台詞覚えてさあ」
津村「はい」
拓弥「それをさあ、順番にさあ、言うわけじゃない」
津村「はい」
拓弥「すごいよね、あれは・・台詞覚えて順番に言うなんてさあ」
津村「いや、それは・・まあ、普通ですけど」
拓弥「普通じゃないよ、俺はできないもん、あんなこと・・」
津村「はい」
拓弥「まあ、おもしろいかどうかって言ったら、ところどころ笑えたけどさあ・・でも笑いたいって思ったらさあ、ナイナイの岡村とか中川家の方が上だと思うよ」
津村「ええ・・笑う・・っていうか笑わせることが目的かっていうと、そうでもなかったりするんですけどね」
拓弥「なんで演劇やってるの? 楽しいの、そんなに」
津村「楽しい・・ですけど・・でも、楽しいだけじゃないんですけど」
拓弥「楽しいだけじゃなくて・・なに、苦しいの?」
津村「苦しい・・苦しいこともあります」
拓弥「なんでやってるのかな、演劇」
津村「なんで・・かなあ」
拓弥「その公演ってのはどうしても出たいの? でなきゃならないものなの? 俺はさあ、役者さんやってるだけあってさあ、津村君と酒飲んだりするのはすごく楽しいのよ。だからさあ、まあ、これが普通のバイト君だったら、じゃあもういいよおまえってことになるけどさ、そうしたくはないんだよね」
津村「すいません、ほんとにすいません。拓ちゃんさんが心配してくれているのは、ほんとにありがたい事だと思ってます」
拓弥「だいたいさあ。なんでこんなに急に公演が決まるの?劇場が空いたからやるの?」
津村「いや、劇場はだいたい一年とか一年半とか前に決まります」
拓弥「そうだよね、劇場だってスケジュールがあるでしょ。ねえ、バイトのシフトみたいなもんがあるでしょ。いついつはどこそこの劇団が使います。何曜日の深夜にはバイトの誰々君が入りますとかってのがさ」
津村「あります」
拓弥「じゃあ、なんで?」
津村「ちょっと大きな劇場がキャンセル空きになったんで」
拓弥「劇場が空いたからやるの?」
津村「そうですね・・」
拓弥「やりたい事があるから、劇場を予約するとかするんじゃないの?」
津村「やりたいことよりも、まず場所が決まらないと、やりたいことをやるための場所」
拓弥「え、だから、あれでしょ、やりたいことがあって、場所じゃないの?」
津村「場所が決まって、さあ、どうしようかって・・感じですかね」
拓弥「それはさあ・・」
津村「はい」
拓弥「計画性がないよ」
津村「それはそうなんですけどね・・でも、まあ、そういういろんな要素がからみあって・・決まっていくものなんです・・」
拓弥「え、どういう順番でなにが決まるの?」
津村「だから、あれです。劇場が決まって・・役者が決まる」
拓弥「それから? 脚本を書いたりするの?」
津村「いや、脚本は後です」
拓弥「脚本が後ってのは・・なんで?」
津村「なんででしょうね・・劇場が決まって、日程が決まって、役者が決まって」
拓弥「劇場が決まって、日程が決まったらまず脚本でしょう? それから、脚本にあわせて役者さんが決まるんでしょ、違うの?」
津村「ああ・・そういうふうに思ってるんですかね・・一般の人は」
拓弥「違うの?」
津村「違います、劇場が決まって、役者が決まって・・ですね」
拓弥「役者が先に決まるの? お話よりも、先に?」
津村「そうですね」
拓弥「え? 脚本が先でしょう? 脚本、お話、どういうお話なのか? どんな演劇なのか? やりたいことはなんなのか?」
津村「それが、そうじゃないんです。キャストが先なんです」
拓弥「出演する役者さんが先? 劇場を押さえて、出演する役者さんが決まる?」
津村「そうです」
拓弥「え、なんで? それおかしいでしょう」
津村「いや、だいたいそうです」
拓弥「どういうお話とかさ、どういうことをやるのか? が、先じゃないの? それが決まるから、こういう人が必要で・・」
津村「違います・・」
拓弥「嘘・・知らないと思って騙してるでしょ」
津村「ほんとですよ。ほんとなんです」
拓弥「だって、劇場を押さえて、役者さんを集めて・・それで・・なに、このメンツなら、こんな話ができるかなって?」
津村「順番としてはそうです」
拓弥「え? やりたい事が先にあるんじゃないの?」
津村「微妙なところなんですけど、ちがいます」
拓弥「まず、人ありき?」
津村「ですね」
拓弥「小学生が放課後集まって、なにして遊ぼうかって・・」
津村「近い・・かな」
拓弥「え? そうなの? ほんとにそうなの?」
津村「・・うん、そんなこと拓ちゃんさんに言われるまで気づかなかったけど、それが一番近いかな」
拓弥「まず劇場」
津村「次に役者」
拓弥「それで脚本」
津村「いや、まだまだ・・」
拓弥「え? じゃあ、次にはなにがあるの?」津村「その次は・・チラシ」
拓弥「チラシって、あの、今度こんな芝居やりますっていう」
津村「あの、宣伝に使う」
拓弥「よくもらうけど」
津村「あれを作りますね」
拓弥「嘘だあ」
津村「ほんとです」
拓弥「だって、お話がまだ決まってないじゃない、なのになんで、こんなお芝居やりますっていう宣伝のチラシが作れるの?」
津村「作れますよ」
拓弥「作れないでしょう」
津村「いや、これがね、できるんですよ」
拓弥「だって、だってさ・・まだ内容がさ・・」
津村「はい」
拓弥「内容が・・ないよう」
津村「内容は、ないんですけど、まあとりあえずタイトルを決めるんです」
拓弥「なにやるかわからないのに」
津村「でも、タイトルは決められますから」
拓弥「それは、そうだけど・・」
津村「それで稽古の頃に」
拓弥「脚本ができあがる」
津村「・・・ん」
拓弥「ん・・って」
津村「それが・・」
拓弥「まだなんだ。まだ脚本はないんだ」
津村「稽古しながら、ちょっとづつ脚本が来る」
拓弥「え? ということは、どんな話になるかは、チラシの段階ではまだ全然」
津村「わかってない」
拓弥「お稽古が始まっても」
津村「まだわからない」
拓弥「それで・・どうするの? だって先がわからないわけじゃない」
津村「そうですねえ」
拓弥「そんなんで練習できるの?」
津村「とりあえず、できてるところまでやったり・・」
拓弥「役のない人とかいるんじゃないの? まだほら、出てきていない人、とか」
津村「ああ、いますねえ」
拓弥「そういう人は遅れて練習に参加?」
津村「いや、最初からいますね」
拓弥「なんで?」
津村「いや、そういう・・なんていうのかなあ」
拓弥「習わしだ」
津村「そう・・ですね。演劇の昔からの風習ですね」
拓弥「そのさあ、自分がなにをやるのか、どこででてくるのかわからない人はさ、他の人が演劇のなに、練習している時はなにしてるの?」
津村「見てますね」
拓弥「あ、そう」
津村「人の芝居を見て・・」
拓弥「勉強だ」
津村「いや、笑ってたりしますね」
拓弥「なんで?」
津村「あとは・・廊下でタバコ吸ってたり」
拓弥「無駄じゃない、そんな時間」
津村「無駄ですね」
拓弥「じゃあなに、津村君も今までバイト休んだりして、そういう無駄な時間を過ごしてたの?」
津村「いや、ボクは人の芝居を見て勉強してますから」
拓弥「ほんとに?」
津村「ほんとです、ほんと、ほんと」
拓弥「ほんとに? でも、一部でしょ、そんな劇団。津村君の回りだけなんじゃないの?」
津村「そうやって作っている人・・多いです」
拓弥「ほんとに? ほんとのほんとに?」
津村「多い・・ですね。多いっていうか、ほとんどそうです」
拓弥「大変じゃない、そんなの」
津村「大変なんです」
拓弥「それはさ・・」
津村「はい」
拓弥「誰が悪いの? さっきから聞いてるとさ、計画性がないからじゃないの?」
津村「そこなんですよ」
拓弥「ね、そこでしょ」
津村「計画性がね・・っていうか計画が立たないんですよ」
拓弥「なんで?」
津村「いや、うちの劇団は今、けっこう、こう(上に)来てるんですよ。お客さんもいっぱい来てくれるようになって」
拓弥「いっぱいだったよねえ」
津村「そうすると、一年先に押さえている劇場に入りきれなくなっちゃったりするんですよ」
拓弥「ああ・・人気になりすぎてね」
津村「映画ならロングランとかできますけど、演劇はそうもいかないんですよね」
拓弥「でも、きちんきちんと同じだけのお客さんを同じだけ集めてればいいんじゃないの?」
津村「それができればいいんですけど」
拓弥「できない?」
津村「入りきれない、となると、せっかく来てくれたお客さんを帰すことになりますよね。そうすると、もうそのお客さんの足って遠のいちゃうんですよ」
拓弥「ああ・・まあねえ」
津村「だから、状況を見て、臨機応変に対応していかなきゃなんないんです。今は確かにお客さんが来てくれています。でも、一年先に同じくらいのお客さんが来るとは限らないんですよ。保証なんてなにもない」
拓弥「え? そういうものなの?」
津村「予定を立てて、計画的にってのが、まあ、理想といえば理想なんですけど。とにかく、状況に合わせて、とにかくやっていく。今、少し上がり気味だったら、無理してでも大きな劇場でやって、少しでも知名度を上げ、お客さんを増やし・・ってやっていかなきゃなんないんです」
拓弥「まあ、それはわかったけどさあ」
津村「それが、実は最もいい方法だったりするんです・・ウエルカムトラブル。これですね。基本は・・もういろんな事が、様々起こって大変なんですけど、それを全部引き受けて、それで・・なんとかする」
拓弥「それが・・あれなの・・楽しくて」
津村「苦しい・・とこですね」
拓弥「でも、好きなんだ」
津村「ええ・・そうですね。ちょっと、だからかもしれませんけど、やめられないっていうか」
拓弥「でもさあ、それはさ、そっちの世界のルールでしょう?」
津村「はい」
拓弥「話は戻るけど、バイトはバイトじゃない」
津村「はい」
拓弥「ウエルカムトラブル。いろんなことを全部なんとかする。それで演劇はなんとかなるかもしれないけど、バイトのシフトはどうにもならないじゃない」
津村「それはもう・・ほんとにすみません」
拓弥「話聞けば聞くほど、なんか津村君のそういう楽しくて苦しいことのために俺達にしわよせが来ている気がするよ」
津村「すいません」
拓弥「なんかさあ、そういう大変な時間を過ごして、俺達よりも生きてる実感をさ・・」
津村「はい」
拓弥「感じてるんじゃないかって思うと、腹が立つね、正直」
津村「なんか、あれですね」
拓弥「なに?」
津村「これだとあれですよね・・助けてやろうとか、そういう気持ちにはならないですよね。情状酌量の余地っていうか・・そういうのがねえ・・ないですよね」
拓弥「ないねえ」
津村「ですよね・・あの・・辞めますよ」
拓弥「え?」
津村「いや、バイト辞めます・・っていうかクビにしてください」
拓弥「簡単に言ってくれるじゃない」
津村「いや、やっぱり迷惑掛かっちゃうと思うんで」
拓弥「迷惑だよ、迷惑だけどさあ・・」
津村「はい」
拓弥「だからって、そう簡単に辞めさせると思わないでよ。津村君、ここ辞めてどうするの?どうせまた新しいバイト探すんでしょ」
津村「ですねえ」
拓弥「だったら、ここで働くしかないじゃない」
津村「でも・・」
拓弥「ごちゃごちゃ言わないの、辞めさせないから、覚悟してね」
津村「・・でも」
拓弥「あのねえ・・演劇やっているぐらいで大変、大変とか言わないでね。バイトはバイトで同じくらい大変なの。いろんな事が起きて、それをね、とにかくなんとかしていかなきゃなんないの。日々、お客さんの好みは変わるし、競合のお店は増えるしね。俺はバイトだよ。でも、バイトだからってそういうの気にしないでいいって思わないのね。そういうのを気にするのも時給のうちだと思ってるからね。俺はね、このバイトに誇りを持ってるの。わかる?」
津村「わかります」
拓弥「いや、わかってない」
津村「わかってますって」
拓弥「いや、絶対にわかってない。演劇って作ってて、あれなんでしょ」
津村「はい」
拓弥「ぎりぎりまでどうなるかわかんないんでしょ」
津村「ええ・・」
拓弥「現実のね、こういうバイトだってね、ぎりぎりまでどうなるかわかんないんだよ」
津村「それは・・そうですね」
拓弥「ウエルカムトラブル」
津村「はい」
拓弥「シフトの組み替え? やりますよ」
津村「はい?」
拓弥「それが俺の生き甲斐だからさ。いいでしょ、演劇が生き甲斐の人がいて、シフトの組み替えが生き甲斐の人がいて」
津村「・・はい」
拓弥「勝負だね」
津村「ありがとうございます」
拓弥「お礼の必要はないよ」
津村「・・・」
拓弥「俺も今日からウエルカムトラブルだから・・」
津村「ウエルカムトラブル・・です」
拓弥「ウエルカムトラブル」
  二人、しばし黙って。
  暗転。