第47話  『ダシはとること、風邪はひかぬこと』
  明転すると
  龍の部屋。
  臨月の未知が遊びに来ている。
  夕方。
  二人でTVを見ているおばあちゃんと未知。
龍「・・つまらん」
未知「変えれば?」
龍「変える?」
未知「うん」
龍「変えてもつまらん」
  と、未知、リモコンに手を伸ばし、
未知「(リモコンを押して)はい」
龍「国会か・・誰がなに言っても同じだよ。変えて」
未知「うん(変える)」
龍「やっぱこういうのか・・『大岡越前』・・」
未知「おもしろい?」
龍「他に見るもんないて・・・これは・・『大岡越前』?」
未知「『大岡越前』でしょ」
龍「なんで鶴太郎がでとる?」
未知「鶴太郎?」
龍「鶴太郎・・あ、ちがうわ・・ああ、そうだ、『大岡越前』だ・・」
未知「鶴太郎・・これ?」
龍「似とる」
未知「あ、ほんとだ・・似てる」
龍「危ない、危ない・・騙されるところじゃったよ」
未知「なにに?」
龍「鶴太郎に」
未知「鶴太郎じゃないじゃない」
龍「じゃから、鶴太郎の偽物に・・騙されるところじゃった」
未知「なにもやってないんだね、この時間」
龍「やっとらんね・・あれじゃね」
未知「なに?」
龍「最近の『大岡越前』はさ」
未知「うん」
龍「マンネリじゃありゃせんか」
未知「・・わからん」
龍「バカにしおって・・視聴者を・・こんな似たようなこと、毎回、毎回やって喜ぶと思うてんか」
未知「なんかおなかすいた」
龍「おなかすいた」
未知「うん・・」
龍「おなかすいたか・・うん、まあ、そろそろなあ・・どっちにしろ、そういう時間か・・なにが食べたい」
未知「ピザ」
龍「ピザ」
未知「うん、ピザ」
龍「はいダメ」
未知「なんで? なんで?」
龍「なんでちゅうことがあるか。妊婦がそんなしょーもないもの食べとってどうするんね。もっと栄養のある物食べんでから。あんた一人の体じゃないんやからね」
未知「えぇ・・・」
龍「ええ、じゃあらせんよ。ほんにわかっとらんち、からに」
未知「ピザ」
龍「刺身にしょうかね」
未知「刺身?」
龍「刺身、好きやったろ」
未知「最近、食べてない」
龍「なんで? 金がないんか?」
未知「いや・・ほら、なんか子供できてから、食べるものが変わっちゃったから」
龍「ほうね」
未知「うん・・」
龍「ああ・・そうか、そうじゃったね・・食べるものが変わるよね・・そりゃ」
未知「そうだよ」
龍「もう、そんなことはすっかりあれじゃ・・」
未知「忘れてた?」
龍「そう、そうじゃ」
未知「私も言われてたけど、こんなに食べる物の好みが別人のように変わるとは思ってなかった」
龍「ほんじゃ、刺身と・・あとはなににしょ」
未知「刺身は刺身なの?」
龍「買いにいかんと」
未知「買いに行くの? 刺身」
龍「買いにいかんと、あるわけないやろ。そんな未知、おまえ、突然来ておいて」
未知「あ、ああ・・そうだけど・・そんな買いに行かないでさ・・なんかあるものでいいよ」
龍「刺身にしょ・・刺身と・・なにがいい?・・」
未知「ん・・・」
龍「(強く)なにがいいね」
未知「(動じない)おすまし・・餅入れて」
龍「雑煮? 雑煮か? 雑煮食べたいの?」
未知「うん」
龍「作ったるよ、そんな簡単な」
未知「簡単じゃないよ」
龍「なにが? 雑煮のなにが難しいのよ」
未知「簡単じゃないよ」
龍「なに作っとんのあんたは、いつも」
未知「なんかさあ、ダシ取らないじゃない」
龍「なんでダシとらんの?」
未知「自分でダシは取らないでしょ。そんなさあ」
龍「ダシとらんで、なにで作る?」
未知「味の素とかいろいろあるじゃない。ダシの素とか」
龍「あれでできるんか?」
未知「うん」
龍「おいしいの?」
未知「おいしくはないよ」
龍「だろ」
未知「うん、だよ」
龍「そりゃそうだろう」
未知「だから作ってって」
龍「雑煮と、刺身・・きんとんも作るか」
未知「なんで?」
龍「だって正月みたいじゃない」
未知「いいよ、栗きんとんなんて」
龍「きんとんじゃって」
未知「栗は?」
龍「栗はなし」
未知「なんで?」
龍「なんでって、そんな正月でもないのに」
未知「なんだよ、それ・・」
龍「まあ、もうちょっとしたら行ってくるわ」
未知「うん・・ああ(おなかが)重い」
龍「あ、おでましだ」
未知「え?」
龍「大岡さんが・・ほら」
未知「あ、ほんとだ・・」
龍「眠いか?」
未知「うん?」
龍「眠いんか?」
未知「うん・・でも、いっつもだよ、いっつも眠い」
龍「ああ・・まあな、そういう頃かもな」
未知「ちょっとね」
龍「寝てりゃ(いいよ)」
未知「おばあちゃんち来ると、いっつも寝てるなあ」
龍「いっつも寝とる」
未知「おなか重いから、動きたくないし」
龍「いつだ?」
未知「あと、五週間って言われた」
龍「うん・・もうすぐじゃな」
未知「おばあちゃん」
龍「なに?」
未知「初曾孫だよ」
龍「おお」
未知「初曾孫だよ」
龍「そりゃ・・わかっとるけ」
未知「これ、おばあちゃんの曾孫だよ」
龍「曾孫か」
未知「ねえ、喜んでよ」
龍「なにが・・なにがめでたいんか? わしが長生きしたことか?」
未知「うん・・うん、そうじゃないの? だって滅多にいないでしょ、曾孫がいるなんて・・曾孫なんて見れないよ、そうそう」
龍「そうか」
未知「たいてい孫止まりじゃない」
龍「そうかなあ・・」
未知「そうだよ」
龍「ふうん・・」
未知「ね」
龍「初曾孫か」
未知「長生きしたね」
龍「なにしたろかな、初曾孫には・・そうか・・みんなおらんな、初曾孫は・・」
未知「いないよ」
龍「おらんなあ・・なにしろ、みんなおらんようになってしもうたからなあ」
未知「そうだよ」
龍「曾孫の顔が見れるか」
未知「そうだよ」
龍「とおちゃんの顔も見れるか」
未知「たぶん」
龍「たぶんか・・」
未知「まあねえ、それはねえ」
龍「そうか・・初曾孫か」
未知「嬉しいでしょう」
龍「嬉しいわな・・そりゃ嬉しいわ」
未知「うん・・」
龍「にしてもなあ、どうなもんだろうなあ。初孫ゆうのはよお」
未知「お兄ちゃん?」
龍「初孫、生まれた時は・・ほりゃ嬉しかったの」
未知「あ、そう・・」
龍「今でも覚えとるわ・・虎ノ門の病院じゃったろ」
未知「え?」
龍「未熟児でよ」
未知「虎ノ門は私だよ」
龍「お、ほうか?」
未知「お兄ちゃんは女子医大だもん」
龍「あ、ほうか、ほうか・・それは忘れちょった」
未知「もう・・・」
龍「あんなにかわいいもんだとは思わんかったでなあ・・孫はあんなにかわいいと思わなかったなあ・・」
未知「へえ・・そういうもんなんだ」
龍「責任ないしね」
未知「責任?」
龍「責任ないじゃろ、孫なんだから・・かわいがってるだけでいいんじゃから」
未知「あ、そうなの? そういうものなの」
龍「そうそう・・かわいい、かわいいっていっとりゃいいんじゃから・・そりゃかわいいわな」
未知「そういうもんか」
龍「おまえも、孫ができてみりゃわかるよ」
未知「孫? 孫って」
龍「(と、未知の腹を示し)その子の子供よ」
未知「うひゃー、いつのことやら」
龍「すぐよ、すぐ。そんなのあっという間よ」
未知「そうかなあ・・」
龍「そがの・・虎・・虎・・わしの息子ちゃ誰じゃ?」
未知「虎蔵・・お父さんでしょ、虎蔵よ、虎 夫」
龍「そう・・虎蔵、生んで、未知が生まれるまでは、ほんにあっという間じゃったからな」
未知「あっという間か」
龍「あっとう間よ」
未知「まあ、五週間ってすぐだろうしな」
龍「あっという間よ」
未知「初曾孫・・」
龍「かわいい・・のかな・・わからん、見たことないから」
未知「そりゃ見たことないよ、初曾孫だもん。誰も見たことないよ。初だもん。かわいいわよ・・(と、おなかに向かい)ねえ・・かわいいよねえ」
龍「なにしてやれるかな」
未知「どこ行こうか」
龍「この子と一緒にか?」
未知「うん」
龍「とうちゃんは?」
未知「いるから・・いないわけじゃないんだから。運動会とか見に来なよ」
龍「誰の?」
未知「この子の」
龍「いくつよ、小学生は?」
未知「六つとか七つとか」
龍「おれへん」
未知「へ?」
龍「わしはもうおれへんね」
未知「大丈夫でしょ」
龍「わからへんよ・・いつまで生きる気だ、わしは?」
未知「そんなの知らないよ・・おばあちゃんさあ」
龍「なに?」
未知「お兄ちゃんと言ってたんだけどさあ。携帯持たない? 携帯」
龍「携帯って、電話か?」
未知「買ってあげるからさあ」
龍「いいわ」
未知「持った方がいいよ、便利だし」
龍「あなもん、字読めんし」
未知「画面大きいのあるから」
龍「いいよ、誰が電話してくるのよ、わしに・・電話、あるようちに」
未知「写真とか撮れないでしょ」
龍「なんで? なんで電話で写真撮るんかね、写真はカメラで撮るもんじゃろうが」
未知「今、携帯でも撮れるだからさ」
龍「それでなに撮るんだよ」
未知「初曾孫」
龍「初曾孫?」
未知「(と、やってみせる)こうやって、ぱしゃ!って」
龍「それでどうする?」
未知「携帯だから、携帯する」
龍「携帯?」
未知「初曾孫を携帯」
龍「そんな・・そんなの普通の写真でよかろうて」
未知「外に持っていけるよ」
龍「持っていかんよ。電話を外になんか。誰がかけてくるんよ。外にいるわしに」
未知「今、公衆電話とかなくなってるんだよ」
龍「なんで?」
未知「なんでって、みんな携帯持ってるから」
龍「携帯持ってたって、公衆電話なくすことはなかろうが。別もんやろうが。そんなものは」
未知「私に言われても困るよ」
龍「ああ、そう・・言われてみれば、公衆電話・・見かけなくなったなあ」
未知「でしょ」
龍「そんな携帯なんか持ってたら、どこにおっても電話に出なならん。うっとおしくてしょうがない、そんなの」
未知「でも、外出してて・・あ、電話って思ったらさ」
龍「そんなの、その辺の人つかまえて携帯借りりゃいいじゃろ」
未知「借りるの? 見ず知らずの人に?」
龍「だってみんな携帯は携帯しとるんじゃろ」
未知「そりゃ、そうだけど」
龍「そんな、こんな老人が困まっとったら、誰も邪険にはしやせんだろうて」
未知「それはそうだろうけどさあ・・あ、そうだ、初曾孫のお父さん、見る?」
龍「え?(なにを言われているかわからない)」
  未知、自分の携帯を取りだした。
  そして、画面を見せる。
未知「これ」
龍「この人か?」
未知「うん」
龍「今、話せるんか、この人と」
未知「いや・・話せるけど、話さないで」
龍「ふうん」
未知「あと・・(と、また別の画像を見せる)どっちか」
龍「どうするんか、決めたんか?」
未知「うーん」
龍「生まれてからどうするのか?」
未知「どうしようかねってとこ」
龍「二人とも・・一人者か?」
未知「(笑っている)・・・」
龍「一人者じゃなくて、どうやってお父さんになるんじゃ?」
未知「(首を傾げ)ね、どうするんだろね」
龍「なにを言っとんじゃ、おまえは」
未知「だって・・」
龍「二人とも、一人者じゃないのか?」
未知「いや、一人は一人者」
龍「もう一人は」
未知「家庭がある」
龍「それはあれだ」
未知「なに?」
龍「(未知のおなかを示し)その子の父は、そっちの家庭持ちの方じゃね」
未知「なんで? なんでわかるの?」
龍「なんでって・・おまえ、そういうものなんだよ、世の中」
未知「なんで? なんでそういうものなの?」
龍「物事はね、だいたい、たいてい、最悪の方に動くんものなんだよ」
未知「私はいいんだけどさあ、やっぱお父さんっていた方がいいんじゃないかなって」
龍「ん・・まだ若いでわからんかも知らんが、そりゃおった方がええで」
未知「うん」
龍「お父さんはおった方がええで・・小さい頃は・・父親はよ」
未知「うん・・」
龍「んでも、おらんなら、おらんでやってくしかないがな」
未知「うん」
龍「やっていけんことはないからな」
未知「うん・・」
龍「五週間か」
未知「うん・・・んふふふふ・・んふふふふ・・」
龍「おまえは、ほんとに・・」
未知「なに?」
龍「ダシもとらんし」
未知「・・んふふふ」
龍「おまえはあれだぞ」
未知「ん?」
龍「風邪はひかんようにせんとだぞ」
未知「うん・・・んふふふふ・・んふふふふ・・」
龍「それから・・ダシはとらんとな」
未知「うん・・・んふふふふ・・」
  ゆっくりと暗転。