第46話   『ぐるまきー』


  タクちゃんの部屋。
  タクちゃんと咲美がいる。
  咲美は風呂上がり。
  髪を乾かしているがやがて、
咲美「ぐるまきー、しない?」
拓弥「へ?」
咲美「ぐるまきー、ぐるまきー、しようよ」
拓弥「え? え? え?」
咲美「最近さあ、そういえば、ぐるまきーしないよね」
拓弥「え?」
咲美「しない、しない・・そうだよ、最近、ぐるまきーしなくなったよねえ・・大人になったらやらなくなるものなんだねえ、ぐるまきーって。拓ちゃんはいつまでぐるまきーしてた?」
拓弥「いや、しない、しない」
咲美「私、小学生くらいまでしてたよ」
拓弥「ちょ、ちょ、待って」
咲美「でも、六年生くらいまでかな、してたのは」
拓弥「なにを?」
咲美「ぐるまきー」
拓弥「ぐるまきー? ぐる・・まきー?」
咲美「あ、ごめん、そうか、そうだよ」
拓弥「なに納得してんだよ。今、なにがわかったんだよ」
咲美「ぐるまきーって言わないんだ、拓ちゃんちでは」
拓弥「なにそれ」
咲美「ぐるまきーだよ、ぐるまきーはぐるまきーじゃん」
拓弥「ぐるぐる・・巻くの?」
咲美「そうそう、わかってんじゃん、わかってんじゃん」
拓弥「わかってない、わかってない。だから、あれだろ、ぐるぐる巻くんだろ。なにを? なにを巻くの? これはなに? なぞなぞ?」
咲美「なぞなぞじゃないよ」
拓弥「じゃあなに? そのココロは?」
咲美「なにわけわかんないこと言ってんの拓ちゃん。人と話しようよ」
拓弥「してるよ。してないのは、咲美ちゃんの方でしょ。なに、さっきからぐるまきー、ぐるまきーって・・とうとう・・あれなの?」
咲美「なに?」
拓弥「壊れた? 咲美ちゃん」
咲美「壊れてないよ」
拓弥「ぐるまきー?」
咲美「ぐるまきー」
拓弥「ぐるまきー・・・?」
咲美「やらなかった? うちは妹もやってたよ。男の子ってやんないのかな?」
拓弥「男の子はやらない・・もの?」
咲美「わかんないけど」
拓弥「ぐるまきーってなに?」
咲美「拓ちゃん、東京?」
拓弥「東京」
咲美「東京だと言わないのかな。うちは親が九州だからなあ。じゃあ、拓ちゃんちではぐるまきーのことなんて言うんだろ」
拓弥「九州ではポピュラーなものなの? みんな知ってるの? ぐるまきーって。ぐるまきーしよ、はい、ぐるまきーねって」
咲美「知ってるよ、拓ちゃんも。絶対知ってるって、やってたって、呼び方が違うんだよ」
拓弥「方言ってこと?」
咲美「ぐるまきーは方言かもしれないけどさあ・・え? なんだろ・・やってるはずだよ、やってるって、絶対にやってるって」
拓弥「ぐるまきーしてって、言ったよね」
咲美「うん、だってそんなの自分一人じゃできないじゃない」
拓弥「ぐるまきーしてもらうんだ」
咲美「そう、うちでは、はいぐるまきーするよとか、ぐるまきーしてって言うもん」
拓弥「活用はそうなんだ」
咲美「ぐるまきーすれば? とか」
拓弥「ぐるまきーする時」
咲美「ぐるまきーしろ」
拓弥「命令形だとそうなるんだ」
咲美「ぐるまきーしろ!」
拓弥「ぐるまきーは自分ではできないんだ」
咲美「そうだよ。やったでしょ、ぐるまきー」拓弥「だから、まず、そのぐるまきーの説明をしろよ。気持ち悪いなあ・・なんだかわからないものについて延々話すのは・・だいたい咲美ちゃんねえ・・ぐるまきーって言葉だけでひっぱれるだけひっぱってるよ」
咲美「もうわからんちゃんだなあ」
拓弥「わからんちゃんは咲美ちゃんだよ」
咲美「冬・・冬ね」
拓弥「冬?」
咲美「寒いでしょ?」
拓弥「寒いよ」
咲美「体とか」
拓弥「寒いよ」
咲美「(胴の)この辺とか」
拓弥「それで巻くんでしょ、毛布とか」
咲美「タオルケットとか」
拓弥「ぐるぐるって」
咲美「そうそう」
拓弥「寒い夜に、毛布をぐるぐるっと巻いて、ぐるまきーだ」
咲美「ちがうの」
拓弥「ちがうの?」
咲美「それだと、こう寝相の悪い私なんかははだけてしまいますでしょ」
拓弥「寝相悪いよね」
咲美「昔からなの」
拓弥「ああ、そうなの」
咲美「だから、ここのね(足の)ここと(胴の)ここを紐で縛るの?」
拓弥「縛る?」
咲美「そう、ロールキャベツみたいに」
拓弥「ロールキャベツって・・」
咲美「それでぐるまきー」
拓弥「いや、縛らないだろう」
咲美「縛らなかったらぐるまきーにはならないじゃない寝る時にほら、ロールキャベツの気分で」
拓弥「寝る時は・・寝る時も人間として寝てたよ、けしてキャベツになって寝たりはしなかったよ」
咲美「だって、ぐるまきーしたら、どんなに暴れても暖かいままなんだよ」
拓弥「それはしょっちゅうやっていたんですか?」
咲美「毎晩だよ。寝る前にお母さんがさ、毛布広げてくれるの」
拓弥「はい、ぐるまきーするよー」
咲美「それで咲美がこうやって端っこに寝ると」
  と、咲美、お母さんに巻かれるようにコロコロと転がっていく。
咲美「ごろごろごろってお母さんが転がしてくれて、それで最後に、ぐるまきー用の紐があるから、それでここと、ここを縛る」
拓弥「ぐるまきー用の紐? そんなのがあるの?」
咲美「いや、そんな専用の紐をお店で売っているわけじゃないよ。ぐるまきー用、紐とかはないよ。なんでもいいんだけど、毎晩使っている、そのぐるまきー用の紐で縛る」
拓弥「それでぐるまきー完成だ」
咲美「そう!」
拓弥「それで、ぐるまきーかぁ」
咲美「ぐるまきーしたら、あとは寝るだけ」
拓弥「トイレは?」
咲美「行かない」
拓弥「動けないもんね」
咲美「転がることはできるよ、だから、こうやって転がって、自分の好きな場所へはいける」
拓弥「行けないでしょう・・え、じゃあ、火事にあったらどうするの?」
咲美「火事は・・火事にはならないから大丈夫」
拓弥「ああ・・泥棒とか入ったら・・仕事一つ減ってるだよ」
咲美「ああ・・それは・・考えたこともなかったけど・・」
拓弥「部屋の中を物色している泥棒をじっと、ぐるまきーのまま見てなきゃなんないんだよ」
咲美「そんな非現実的なことを心配してたら、ぐるまきーはできないよ」
拓弥「非、現実的でもないと思うけどなあ・・ああ、そう・・ぐるまきー・・紐で縛る・・」
咲美「起きるまで、このまま。あれ、起きた時、どうやって起きてたんだろう」
拓弥「手は中だもんね」
咲美「手は外だったかな」
拓弥「毎晩やって寝てたのに、そういうところ、忘れちゃうかな」
咲美「手は外だったような気がする」
拓弥「そりゃいくらぐるまきーが暖かいっていっても、こうやって気おつけして寝たら、ほんとにロールキャベツだよ」
咲美「手は外だ。そうだ、巻かれる時にお母さんが、ばんざーいって言ってくれるんだ。そうだ、思い出した。拓ちゃんちでもばんざーいって言ってたでしょ」
拓弥「言ってないよ、言わないよ、だってうちそんなのやってないもん」
咲美「そういう習慣はないの?」
拓弥「ない?」
咲美「寝る時になにか体に縛り付けたり」
拓弥「しない、しない」
咲美「どうやって寝てたの、そんなんで、拓ちゃんは?」
拓弥「そういう時はかいまき着てたもん」
咲美「かいまき」
拓弥「こうやって布団みたいなのを着るやつ」
咲美「ああ・・」
拓弥「うちはね、あれ」
咲美「あれはねえ、ほんとみっともないよね」
拓弥「みっともないって・・」
咲美「なんか、あれ着てると大学とか受からなさそうな感じ、しない?」
拓弥「それはただ、咲美ちゃんが、なんていうのかいまきに予備校生のイメージを持ってるだけでしょう」
咲美「あれ着て寝るくらいだったら、素っ裸で寝るよ、私は」
拓弥「ちょっと待って、ちょっと待って・・かいまきを着ている状態と、ぐるまきーで縛られて寝ている、というか転がされている状態とどっちがみっともないと思ってるの、咲美ちゃんは?」
咲美「だって、あれ貧乏くさいよ」
拓弥「そんなことないよ、暖かいよ」
咲美「万年受験生だよ、あんなの」
拓弥「そっちは人質じゃないか」
咲美「ぐるまきーが?」
拓弥「そうだよ、お仕置きじゃない」
咲美「縛るってことにこだわりすぎだよ。そんなの」
拓弥「立ち上がれないよ、人間が一番大事にしなければならないこと、それは自由でしょう」
咲美「うん」
拓弥「ぐるまきーにはね、それがないよ、自由がないよ。だって寝ころんだら最後、立ち上がれないじゃない」
咲美「立ち上がれるよ・・両手は出てるんだよ」
  と、咲美、寝転がる。
咲美「いい、こうやって・・」
  と、足を片足づつ立てて、起きあがる。
拓弥「嘘!(と、咲美の足を示し)それは嘘でしょ。だって(膝を示し)ここ、結んでるんでしょ、ぐるまきー用の紐で。今、こうやったでしょ、これができないはずでしょ」
咲美「ああ・・そうか・・」
  と、ごろごろと転がってみせる。
咲美「手を使うんだよ」
  と、腕立て伏せの状態になる。
咲美「ほら、ほら、拓ちゃん、見て」
拓弥「そっからどうすんだよ」
咲美「きっつー・・きついよ、拓ちゃん・・・」
  そして、その状態のままひっくりかえる。
咲美「ああ、ここまできた」
拓弥「どこまでよ」
  そして、そのまま足を引き寄せてブリッジに近い状態になる。
拓弥「それでどうするのよ」
咲美「うん・・うん・・」
  と、がんばってみる咲美。
拓弥「待って、待って・・手が出てるんだからほどけばいいんじゃないの?」
咲美「あ、そうだよ、そうじゃない・・」
拓弥「な、そうだよな」
咲美「そうだよ、朝になったら自分でほどいてたよ」
拓弥「そうだよね、そうなんだよね」
咲美「ああ、びっくりした」
拓弥「そうか・・そんなぐるまきーみたいなこと、うちではやんなかったな。かいまきだったよ、かいまきで暖かく寝てた」
咲美「かいまきー」
拓弥「いや、かいまきは、かいまきーって伸ばさないの。かいまきはかいまき」
咲美「うちではまったく普通のことだったよ。風呂入ったか、ご飯食べたか、ぐるまきーしたか・・」
拓弥「おかしいよ、もう日常になっているから、逆に疑うことすらしなかった事だよ」
咲美「拓ちゃんちだってさあ、なにかあるでしょ、拓ちゃんちだけに代々、伝わってきた変な風習がさ」
拓弥「変な風習?」
咲美「そう、あるでしょ、なんか・・そんなね、我が家のぐるまきーだけじゃないと思うよ。各家庭に必ずあるって、なにかが・・」
拓弥「(考えてみるが)・・ないね・・いやあ、ないよ。うちは普通のまっとうな家だったからねえ」
咲美「うちだって普通のまっとうな家だったよ」
拓弥「まっとうな家は(胸と足)こことここを紐で縛ったりしないでしょう」
咲美「拓ちゃんさあ・・」
拓弥「なに?」
咲美「時々さあ、ザブンしてくるって言って、お風呂場に行くじゃない」
拓弥「行くよ」
咲美「あれ、なにしに行ってるの?」
拓弥「なにしにって、ザブンだよ」
咲美「ザブン・・」
拓弥「そう、ザブンしに」
咲美「ザブンって・・なに?」
拓弥「え? ザブンはザブンだよ」
咲美「だから、ザブンって、なに?」
拓弥「(気づいた)・・・ザブンって、言わない?」
咲美「言わない」
拓弥「ウソ・・ウソだあ・・」
咲美「私ねえ、拓ちゃんと暮らすようになって、初めて聞いた。ザブンって言葉」
拓弥「ウソ・・ウソだよ・・また・・またそうやって・・」
咲美「ほんとだよ・・拓ちゃんが、じゃあ、ザブンして寝るかって、普通にさあ、あまりにも普通に言ってるから、聞くに聞けなかったんだけどさあ・・もうこうなったら、はっきりさせてもらうよ。ねえ、ザブンって、なに?」
拓弥「なにって・・ザブン・・だよ」
咲美「お風呂に入るなら、普通にお風呂に入るって言えばいいじゃない」
拓弥「いや・・・だって、普通にお風呂に入るのと、ザブンするのは違うじゃない」
咲美「なにが違うの?」
拓弥「え? ええ?」
咲美「お風呂にザブーンって入るからザブンなんでしょ」
拓弥「それは、そうだよ・・だけど、お風呂に入るのとザブンは違うじゃない」
咲美「なにが違うの?」
拓弥「おかしいよ、咲美ちゃん、そんなの・・ちがうじゃない」
咲美「どうちがうの?」
拓弥「待って、ちょっと待って。じゃあ、咲美ちゃんちでは、ザブンのことなんて言ってたの?」
咲美「だから、ザブンってなにか説明してってば、さ」
拓弥「ザブン・・ザブンを説明?」
咲美「ザブンってなに?」
拓弥「・・まずね」
咲美「なに?」
拓弥「眠いです・・」
咲美「はい」
拓弥「お風呂に入るのがめんどくさいです」
咲美「はい」
拓弥「湯船にザブーンって入って、ちょっと暖まります」
咲美「はい」
拓弥「それで・・あがってきます」
咲美「・・それが、ザブン?」
拓弥「そうです」
咲美「なんのためにザブンするの?」
拓弥「日本にはね、行水という文化があるんだよ」
咲美「文化?」
拓弥「行水だよ、行水」
咲美「行水なら行水って言えばいいじゃない」拓弥「子供の頃は行水っていわれるよりも、ザブンしよ、ザブンって言われた方がさ、素直に、ザブンしようってことになるじゃない」
咲美「プールに入る前にちょこっとつかるみたいなもん」
拓弥「だから、行水なんだってば」
咲美「なんのためにザブンというものが存在するのか、ということの答えはまだ出てない」
拓弥「こんなところで、我が家のザブンが、・ぐるまきーしてる人に・・責められるなんて・・」
咲美「ぐるまきーがそんなに特殊な物だったなんて・・」
拓弥「紐で縛らないって・・普通は思いつかないよ、そんなの」
咲美「ちがうよ、そうじゃないよ。お母さんがね、考えたんだよ。や、お母さんじゃないかもしれないけど、お母さんのお母さんがね・・おばあちゃんが考えたことかもしれないけど、子供がね、寝相が悪いから、どうすればいいんだろう・・って考えて、ある時、ひらめいたんだよ」
拓弥「そうだ! こことここを紐で縛ろう!って?」
咲美「そうだよ。必要は発明の母っていうじゃない」
拓弥「ああ・・まあねえ」
咲美「必要は発明の母、母なんだよ、母。だからお母さんなんだよ」
拓弥「途中からなに言ってるか、わかんなくなったよ、咲美ちゃん」
咲美「もしも、私とタクちゃんの間に子供ができたら、ぐるまきーしてやるつもりだよ。だって、暖かいもん。だから、タクちゃんはタクちゃんで、子供をザブンしてあげてよ」
拓弥「ああ・・まあ・・ねえ」
咲美「え、ちょっと待って、そしたらすごいよ、ぐるまきーとザブンが当たり前の子供になるんだよ」
拓弥「そうやって、いろんなものが当たり前になっていくのか」
咲美「・・・・ザブンか」
拓弥「・・・・ぐるまきーか・・」
咲美「拓ちゃん」
拓弥「ん?」
咲美「お風呂、まだ抜いてないよ」
拓弥「うん」
咲美「ザブンしてくれば?」
拓弥「・・そう・・だね」
  と、立ち上がる。
拓弥「・・ちょっと、ザブンしてくる」
  と、下手に立ち去る。
咲美「・・行ってらっしゃい」
拓弥「はい」
  咲美、見送って、
  暗転。