第44話  『ピーターマリック』
  歩道橋付近の公園。段ボールハウスの前。



  立っている東。
東「失礼します。どうも遅くなりました」
  と、中嶌が段ボールハウスのサンルーフを開けて、顔を出した。
中嶌「おお、お待ちしてました」
東「すいません、遅くなっちゃって」
中嶌「いや、まあ、俺ら時間、あんま関係ないから、気にしないで」
東「すいません」
中嶌「まあ、どうぞ、その辺に腰おろして」
  と、段ボールハウスの前が倒れて、ちょっとした応接空間になる。
東「あ、ここにね」
中嶌「どうぞ、どうぞ」
東「はい、失礼します」
中嶌「呼び立てて申し訳ないね」
東「順番が逆になってすみません、私、住民課の東と申します」
中嶌「え? 住民課? 公園管理課じゃないの?」
東「いや、たまたまなんですけど、私も映画撮影招致プロジェクトの一員でして」
中嶌「あ、そう・・私は中嶌っていいます」
東「存じております」
中嶌「え? あ、そう、俺、有名なの、そんなに?」
東「ええ・・このあたりの人をまとめていらっしゃる」
中嶌「まとめてるっていうとね、なんか上に立っている感じだけど、このあたりに住んでる人のね、代弁担当ってとこなんだけどね」
東「四百人近いって伺ってるんですけど」
中嶌「ああ・・それくらいかなあ」
東「中嶌さん」
中嶌「はい」
東「さっそくなんですけど・・」
中嶌「はい」
東「先だってお話させていただいた、映画のロケーションが決定いたしまして・・申し訳ないんですが・・この場所を明け渡していただくという方向で・・」
中嶌「明け渡しね」
東「はい」
中嶌「四百人の移動」
東「はい・・」
中嶌「うん・・・」
東「いかがでしょうか」
中嶌「いいっすよ」
東「ほんとですか?」
中嶌「はい・・三ヶ月・・でいいんですよね」
東「はい、充分です」
中嶌「もちろん協力いたしますよ」
東「ありがとうございます」
中嶌「協力させていただきますよ。私達もこの街の一員ですから」
東「・・・はい」
中嶌「協力させていただきますけど・・その映画ってのはおもしろいんでしょうね」
東「はい?」
中嶌「いや、その・・この街で撮影するっていう映画はおもしろいんでしょうねえ」
東「ああ、それはもう」
中嶌「アメリカの・・」
東「映画です」
中嶌「ハリウッド」
東「では、ないみたいなんですよ」
中嶌「ハリウッドとアメリカの映画ってのは違うんだ」
東「ですねえ・・」
中嶌「なにが違うの?」
東「予算が・・ちょっと・・少ない」
中嶌「そうだよねえ・・そんなのこんな街でロケしなくても、CGでやっちゃえばいいんだもんね」
東「でも、低予算の映画からブレイクしていく監督もいますからねえ」
中嶌「ああ・・『タイタニック』のジェームズ・キャメロンだって、最初は『殺人魚フライングキラー』とか撮ってたからねえ」
東「お詳しいですねえ」
中嶌「(俺は)うるさいよ」
東「うわ・・」
中嶌「なに、うわって」
東「いや、やっかいな方のところに来ちゃったなあって」
中嶌「・・おもしろいねえ、あんた」
東「そうですか」
中嶌「素直だねえ」
東「はあ、もうそれだけですから」
中嶌「なんて監督なの?」
東「ロジャー・スタインベック」
中嶌「誰?」
東「明日の有名監督です」
中嶌「主演は?」
東「ピーターマリック」
中嶌「明日の有名俳優か」
東「そうです」
中嶌「それで・・おもしろいのかな」
東「まあ・・」
中嶌「まあ・・じゃ、困るな」
東「いや、おもしろいですよ」
中嶌「ストーリーとか、聞いたの?」
東「ええ・・一応」
中嶌「むやみに人が死んだり、殺されたりする映画には協力したくはないんだよね」
東「いや、そういうのじゃないですね」
中嶌「ほんと?」
東「むやみには・・死にません」
中嶌「死ぬの?」
東「まあ・・」
中嶌「人が死ぬのはあんまり見たくないんだよね」
東「でも、必然性があれば・・」
中嶌「必然性のあるものなんて最近見たことないよ。テレビドラマでもなんでもさあ」
東「ああ・・ドラマとかはよくご覧になるんですか?」
中嶌「見るよ」
東「・・どこで?」
中嶌「(と、段ボールハウスを示し)中で」
東「中に・・テレビが・・」
中嶌「液晶のこんなちっちゃい奴ですけど」
東「はあ・・電源は」
中嶌「電池」
東「・・ですよね」
中嶌「かなり観てるよ。ナンシー関亡き今、だれかがご意見番をやらないとね。最近、テレビドラマとか観てる?」
東「いや・・観てないっすねえ」
中嶌「観たいと思わないでしょう」
東「ええ・・」
中嶌「ドラマ観るんだったら、ニュース見た方がおもしろいって思わない」
東「ああ・・思います」
中嶌「あれ、なんでなんだろうねえ」
東「いや・・やっぱりおもしろくないからじゃないですかねえ」
中嶌「そうだよね、おもしろかったら人は観るもんねえ。人はおもしろいものに集まるもんねえ。たまに観るとさ、みじめったらしいのばっかりでさ。なんか嫌な気持ちになるんだよね」
東「ああ・・ですねえ」
中嶌「なに観ても竹中直人が出てる気がしない?」
東「ですねえ」
中嶌「野際陽子、出過ぎじゃない?」
東「はい」
中嶌「マンガをドラマにするの、多すぎない?」
東「はい」
中嶌「大河ドラマってなんであんなに回想シーンが多いの?」
東「はい」
中嶌「男と女がスキー場で知り合うのはいいと思うんだ」
東「はい」
中嶌「その二人が新しい配属先でばったり顔を合わせるってのもまあ、あるかもしれない」
東「はい」
中嶌「でも、その二人が実は同じアパートに住んでたってのはどうだろう」
東「それは・・ねえ」
中嶌「あり得ないよね」
東「ちょっと、それは・・」
中嶌「ドラマってのはさ、そういうことに疑問をもってはいけないものなのかね」
東「すいません」
中嶌「いや、君が謝らなくてもいいんだけどね」
東「いや、なんか、申し訳なくなってきて」
中嶌「昨日、今日思いついたことが、ドラマになっているような気がしない?」
東「しますねえ」」
中嶌「それにさあ」
東「はい」
中嶌「むやみに人が死に過ぎるよな」
東「ですねえ」
中嶌「人が死なないといけないのかなあ」
東「いや、そういうことでもないと思うんですけど」
中嶌「人が死ぬ方が感動するからかな」
東「まあ、それはそうですよね」
中嶌「そうだよねえ、だって人の生き死にって大変なことだもんねえ」
東「ですよ・・」
中嶌「そういうのなしでさあ、泣いたり笑ったりしたいじゃない」
東「むやみに人が人を殺さないで・・」
中嶌「ねえ」
東「はい」
中嶌「まあ、こっちもねえ、いろんな経験の末にこんなになっちゃってるわけだからねえ。生半可なものじゃ、笑えないし泣けないねえ・・」
東「はい・・」
中嶌「最近、泣いた? なんか観て」
東「いや」
中嶌「ほんとに笑ったことは?」
東「ん・・」
中嶌「楽しくて・・おかしくて・・笑ったこと・・ね」
東「はい、もちろん(わかってます)」
中嶌「ね・・ないでしょ・・・テレビつけるとねえ・・ニュースがまず暗い。ドラマはみじめったらしい。それじゃあ元気はでませんよ」
東「だからかな・・」
中嶌「え?」
東「スポーツニュースしか見なくなったのは」
中嶌「ああ、スポーツニュースはねえ・・可もなく不可もなくだからね・・でもさあ」
東「はい」
中嶌「泣いたり笑ったりしたいねえ・・」
東「暗くて、みじめったらしいのは嫌ですよね」
中嶌「暗いニュース見せられて、ドラマも殺伐としていて・・なんかスカッとするものが欲しくなるじゃない」
東「ですよね」
中嶌「だから、暴力のシーンが多くなって、激しくなっていくんだよ・・でもね、そうやって、暴力を見慣れていくとね、それがあたりまえになってくるんだよ。その時に、その暴力にさらされるのは俺達なんだ・・わかるか? 東さん」
東「・・・はい」
中嶌「泣けて笑えるものを・・最後には人が人を許せるものを・・作って欲しいってのは、誰よりも、俺達が思っていることなんだよ」
東「はい」
中嶌「なんで・・なんでこの街で映画を作るの?」
東「それは・・」
中嶌「お金になるからでしょ」
東「・・それは」
中嶌「映画のロケが来たら、スタッフやらキャストやらの宿泊で金が落ちる・・もしくは、お金をかけないで、この街の宣伝になる」
東「それは、そうです・・そういうプロジェクトですから」
中嶌「それで作ったものってさ、なんかそれが見えちゃうんだよね」
東「それが・・?」
中嶌「なんていうんだろ、映画を作ったりさ、ドラマを作ったりするのにお金がかかるし、その宣伝にもお金がかかるのはわかってるんだけどね・・でも、最近、ドラマそのものよりも、その裏の金の動きまで見えちゃって、それで、さらに元気がなくなるんだよね。なんなんだろうね。見えちゃうって。こんな感じのものを作ってればみんな見るんだろって、画面の向こうから言われているみたいな気がするんだよね」
東「はい・・」
中嶌「この映画は違うんだろ」
東「・・・はい」
中嶌「おもしろいんだよな」
東「はい」
中嶌「それで、むやみに人が死なないんだよな」
東「・・・はい」
中嶌「ほんとうだな・・東さん、ほんとうなんだな」
東「すいません」
  と、東、頭を下げた。
中嶌「?」
東「・・・まだ中嶌さんに申し上げていないことが一つあります」
中嶌「なんでしょう」
東「すいません。騙すつもりじゃなかったんです」
中嶌「なんのことだ?」
東「すいません。ピーターマリックは・・・・・ハムスターです」
中嶌「え?」
東「ピーターマリックはこの街、リトル東京に住むハムスターです」
中嶌「ハムスター・・」
東「ええ・・リトル東京に住んでるネズミ達を束ねている、牡のハムスターなんです」
中嶌「主人公のピーターマリックは、CG」
東「もちろん、人間も出てきます」
中嶌「じゃあ、映画の撮影中に、その主役のピーターマリックというハムスターは・・」
東「いません、あとから合成です」
中嶌「その映画は子供向け?」
東「大人から子供まで楽しめる・・」
中嶌「むやみに人が死なない」
東「むやみには死にません」
中嶌「でも、死ぬんだろ」
東「孤児のピーターマリックをずっと育てていたハツカネズミのおじいさんが・・」
中嶌「死ぬ」
東「老衰で・・」
中嶌「必然のある死」
東「ええ・・どんな生き物にも必ず訪れる・・」
中嶌「必然のある死」
東「はい」
中嶌「どうして最初からそう言ってくれなかったんですか?」
東「いや、ハムスターが主人公の映画のために、ここから退去してくれって」
中嶌「言い出しにくかった」
東「はい・・」
中嶌「ピーターマリック」
東「明日の・・有名俳優です」
  二人、見つめ合ったまま。
  暗転。