第43話  『二次会にて』
  明転。
  パーティ会場の別室。
  拓弥がカラオケを歌っている。
  やがて入ってくる礼服姿の裕太郎。
裕太郎「拓弥、おまえ、なにやってんだよ」
拓弥「どうよ? 何人だった?」
裕太郎「三十四」
拓弥「三十四人」
裕太郎「ダメだ・・何回数えても三十四人だ」
拓弥「どうするよ?」
裕太郎「どうするって、どうしようもないだろう・・」
拓弥「困ったなあ」
裕太郎「困ったなあって、おまえ、なに歌ってんだよ」
拓弥「だって、だからってほら、深刻な顔しててもさあ・・なにも変わらないじゃない」
裕太郎「そりゃそうだよ・・そりゃそうかもしれないけどさあ・・歌、歌ってることないだろう」
拓弥「ごめんごめん・・さーて、どうしようかねえ。三十四人か」
裕太郎「すごいよ。料理がテーブルから溢れてるもん」
拓弥「だって、六十人分の料理だろ」
裕太郎「そう」
拓弥「今から変更はできないの? 六十人の予約でしたけど、三十四人にしてくださいって・・」
裕太郎「いや、もう六十人分の料理は出てるからねえ」
拓弥「飲み物はだって・・」
裕太郎「そういう交渉ってできるのかな」
拓弥「そういう交渉をするのが幹事の仕事なんだから」
裕太郎「そうだけどさあ、そうなんだけどさあ・・えっと・・会費が一人八千円だろ。三十四人で、二十七万二千円」
拓弥「ほんとうなら、八千円が六十人で四十八万」
裕太郎「せっかく、せっかく俺がさ、一人八千円で六十人、四十八万円のところを三万値切って四十五万にしてもらったってのにさ、そんな努力ももう台無しだよ」
拓弥「え? なにそれ? みんなから四十八万集めて店に四十五万払って、残りの三万は?」
裕太郎「お礼だよ、お礼フォーミー」
拓弥「ええ! 聞いてないよ」
裕太郎「それくらいあってもいいだろう・・だって、事前に店にさ、足を運んで、料理決めたり、みんなに二次会の案内の告知したり、出席者の確認をとったり・・どれだけの手間暇がかかったと思ってるのよ。それくらいは、まあ、ごくろうさんってことでもらっても、なんにも疾しかないよ」
拓弥「俺は? 俺もさあ」
裕太郎「副幹事のおまえはなにをしたっていうんだよ」
拓弥「いや、電話したりさあ」
裕太郎「どうなってるの? よろしく頼むよ・・って俺に言っただけだろ。それで仕事した気になるなよ」
拓弥「いや・・おまえに頼りきってたからさあ」
裕太郎「頼りきってたから、こーゆーことになるんだよ」
拓弥「ああ、俺も悪いよな」
裕太郎「・・え・・四十五万から、二十七万二千円を引いたらいくらだ?」
拓弥「四十五万から・・二十七万二千円でしょ・・四十五万・・二十・・二万七千円」
裕太郎「ちがう、二十七万二千円」
拓弥「二十万八千円」
裕太郎「二十万? 二十万八千円足りないの?」
拓弥「どうする?」
裕太郎「どうしようか」
拓弥「こういう時は、どうすりゃいいの?」
裕太郎「そんなの・・誰に聞けばいいのかな・・」
拓弥「「新郎新婦に相談してみる?」
裕太郎「それは、できないだろう」
拓弥「でも二十万だぜ」
裕太郎「わかってるよ・・二十万だろう」
拓弥「折半・・しても、一人十万四千円」
裕太郎「折半・・折半か?」
拓弥「幸和と桂子ちゃんのため?」
裕太郎「そんなには出せない」
拓弥「どこ行ったんだよ? ここに来てない・・えっと、六十引く三十四の」
裕太郎「二十六人!」
拓弥「御出席に丸したくせに」
裕太郎「そう、御出席の御は消してあったんだよ」
拓弥「そういう礼儀がわかってるんならさ、出席するのも礼儀ってもんだろう」
裕太郎「出席に丸つけたなら、出席しろよ」
拓弥「拓弥、そうだよ、出席しないなら、出席しないに丸だろう」
裕太郎「困るだろう、困り果てるだろう、幹事がさあ」
裕太郎「今日はね、俺、スピーチが最大のヤマ場だと思ってたのよ」
拓弥「友人代表だから?」
裕太郎「っていうか、ほら、俺、最近さあ・・ん・・」
拓弥「なに?」
裕太郎「離婚したのね」
拓弥「うっそ、友紀ちゃんと?」
裕太郎「友紀と結婚してたんだから、友紀と離婚しないで、誰と離婚するんだよ」
拓弥「そうだよなあ」
裕太郎「そうでしょ」
拓弥「あ、そう、離婚したの?」
裕太郎「だから、そう言ってるじゃない」
拓弥「へえ・・バツイチだ」
裕太郎「離婚したからね」
拓弥「じゃあ、今、なに、一人モノ?」
裕太郎「離婚したからね」
拓弥「へえ、離婚したんだ」
裕太郎「だからそうだって言ってるでしょ」
拓弥「え? なんで黙ってたの? 言ってくれよ。そんな一大事」
裕太郎「だってさ、だってね、友人代表でスピーチするのがさ、離婚直後の人間ってのも、ほら、まずいでしょう」
拓弥「あ、なるほどね」
裕太郎「辞退しようかなって思ったんだけどさあ・・幸和に相談したら、あいつほら、俺の結婚式の時にやっぱり友人代表でスピーチしてくれたんだよ。それでその時に、おまえの結婚式の時には俺がスピーチするからって」
拓弥「いい話じゃないの」
裕太郎「でも、その時はさ、ほら、結婚式の直後だったから、まさか俺が離婚するなんて思ってもみなかったからなあ」
拓弥「そういうのはどうよ? バツイチのは友人代表でスピーチしてもいいものなの?」
裕太郎「いけないってことはないけどさあ・・みんなが、バツイチがそこに立ってるって思っちゃうとねえ、スピーチでなに言ってもねえ・・幸和君、桂子さんどうぞ末永くお幸せに・・」
拓弥「おまえは幸せにならなかったじゃねえかよ・・」
裕太郎「って思うでしょ」
拓弥「思う、思う、今、そう思ったもん」
裕太郎「二人の愛の結束は固く、揺るぎないものでありましょう」
拓弥「なんで、失敗したおまえにわかるんだよ」
裕太郎「思うでしょ」
拓弥「思う、思う」
裕太郎「おまえみたいな奴がいるからさ」
拓弥「思う、思う、思うよ」
裕太郎「だからねえ・・ほんとドキドキしたよ」
拓弥「そういう目で見てたら、まったく違ったスピーチに見えたわけだ。違う味わいっていうかね」
裕太郎「違う味わいなんかしなくていいんだよ・・ああ、そのスピーチもなんとか、どうにか切り抜けることができたと思ったらこれだよ。二次会はくつろげると思ったのに」
拓弥「来ない連中はどこ行ったんだよ?」
裕太郎「ちっちゃなグループで三々五々」
拓弥「あれだ、みんな、俺達が行かなくても大丈夫だろ、とか思ってるんだよ」
裕太郎「俺達がいかなくても他の奴が行ってるだろ」
拓弥「そんなことみんなが思ってたらさ、誰も来ないんだよ」
裕太郎「それで来てないんだよ」
拓弥「損害賠償だよ、そんなの」
裕太郎「普通ならね」
拓弥「そうだよ」
裕太郎「でもまあ、お祝いだからなあ・・事を荒立ててもなあ」
拓弥「普通、来るじゃない、二次会なんて」
裕太郎「幸和って、なんていうの、人望がなかったのかな」
拓弥「思ったよりね」
裕太郎「あったら、来るもんね」
拓弥「そうだよ。そんな三々五々にばらけないよ」
裕太郎「とんでもない奴の幹事を引き受けちゃったもんだな・・さて一人千円づつ会費をあげると・・」
拓弥「会費を上げるの?」
裕太郎「そう、さらに徴収」
拓弥「割り勘?」
裕太郎「公平でしょ、一人千円づつで、三万四千円」
拓弥「三万四千円」
裕太郎「そうすると、二十万八千円の赤字が・・十七万二千円」
拓弥「焼け石に水」
裕太郎「十七万二千円といえば・・俺の初任給だよ(と、会場の方を見て)やつらがこの瞬間にも俺の初任給を飲み食いしているかと思うと段々、腹がたってきたな」
拓弥「・・二千円上乗せしたら?」
裕太郎「二千円上乗せ・・三十四人で・・六万八千円」
拓弥「二十万八千円から引くと」
裕太郎「十四万ジャスト」
拓弥「まだまだぁ」
裕太郎「一人三千円上乗せすると?」
  と、また計算し始める。
裕太郎「十万六千円・・」
拓弥「まだか・・」
裕太郎「一人四千円上乗せすると・・」
拓弥「これさあ・・足が出てる二十万八千円を人数分で割った方が早いんじゃないの?」
裕太郎「あ、そうか、そうだよね」
  と、電卓を叩く。
裕太郎「二十万八千円割る、三十四」
拓弥「いくら?」
裕太郎「六千百十七円六十四銭・・」
拓弥「一人六千円・・」
裕太郎「(会場で述べる口調で)え・・宴もたけなわではございますが・・諸般の事情により先ほどお預かりいたしました八千円とは別に六千円ほどさらに徴収させていただきます」
拓弥「ブーイングだね」
裕太郎「詐欺だよ、これは・・」
  間。
拓弥「二十万」
裕太郎「二十万・・」
拓弥「これがさあ、三万くらいだったらねえ」
裕太郎「三万くらいならねえ・・まあ、五万でもさあ・・五万くらいだったら、しょうがないかって思えるけど」
拓弥「俺は五万は出せないなあ」
裕太郎「そうか?」
拓弥「だってさあ、おまえは役所勤めしててさあ、毎月決まった給料ってものが入ってくるわけじゃない」
裕太郎「おまえだって、きちんとバイトしてれば、きちんと毎月振り込まれるわけだろう」
拓弥「有休なんかないんだぜ」
裕太郎「ああ・・」
拓弥「ボーナスなんかないんだぜ」
裕太郎「ああ・・まあねえ」
拓弥「それがさあ、三万と五万の違いだって」
裕太郎「じゃあ、おまえが、三万、俺が五万・・」
拓弥「まて、出すの、俺達が?」
裕太郎「他になにか手があるなら、挙手して発言してください」
拓弥「はい(と、手を挙げた)」
裕太郎「はい、塚本君」
拓弥「はい、嫌です」
裕太郎「おいおいおい・・」
拓弥「だいたい金がありません」
裕太郎「貯金とか・・」
拓弥「貯金はあるよ、貯金はあるよ」
裕太郎「いくら?」
拓弥「・・二十万くらい」
裕太郎「持ってんじゃん、金」
拓弥「俺だけの金じゃないし」
裕太郎「誰の金なんだよ」
拓弥「ガールフレンドと貯めてるんだよ」
裕太郎「結婚資金か」
拓弥「まあ・・ねえ」
裕太郎「それ、貸せ」
拓弥「なに?」
裕太郎「ここの支払いするから貸せ」
拓弥「なんで?」
裕太郎「俺はね、今日はキャッシュカードを持ってないんだよ」
拓弥「だからって、なんで?」
裕太郎「俺が払うよ」
拓弥「二十万?」
裕太郎「二十万・・だから貸せ」
拓弥「それは・・貸してもさ、いいけど・・ほんとに? ほんとに一人で支払うの?」
裕太郎「友達のために・・二十万か」
拓弥「よく考えろ・・二十万払うほど仲良かったの?」
裕太郎「ん・・・」
拓弥「二十万、自分で使ったらさ・・なにができると思う? なにが買えると思うよ」
裕太郎「あ・・でも、それいいかも」
拓弥「なに?」
裕太郎「俺、とりあえず、幹事引き受けたしさ・・ここから逃げ出すこともできないからさ、それに十五万出す」
拓弥「どういうことだよ?」
裕太郎「そういう自分のプライドのために十五万、幸和のために五万円」
拓弥「プライド?」
裕太郎「こういう時に、こういう場所から逃げ出さない・・自分のプライドを守るために、十五万」
拓弥「なに言ってんだよ」
裕太郎「だから貸してくれ、おまえの結婚資金」
拓弥「でもさあ」
裕太郎「いいだろ、おまえには迷惑かけないんだから」
拓弥「・・・・」
裕太郎「返すよ、絶対」
拓弥「それは・・信じてるけどさあ」
裕太郎「エーエム・ピーエムが出たところにあるよ」
  拓弥、立ち上がった。
裕太郎「いいのか、俺・・それでほんとにいいのか、俺・・強がってるだけじゃないか、俺・・いや、俺の・・俺一人の貯金なんだから、俺の好きなように、俺の悔いが残らないように遣えばいいんだよなあ」
拓弥「あのさあ」
裕太郎「なんだよ」
拓弥「これはさあ・・幸和と桂子のためってことじゃないだろ」
裕太郎「そうだよ」
拓弥「友達だから俺払うよ、ってことじゃないよな」
裕太郎「そうだね。友情ではないね」
拓弥「じゃあ、なんだよ?」
裕太郎「俺、結婚、失敗したからさあ・・これから結婚して幸せになろうって奴らのさ、大事な日に、たとえ不可抗力であっても・・ミソが付くのはさ」
拓弥「ふうん・・」
裕太郎「・・ああ、そういうことだ。今、聞かれたからさ、俺の中でもはっきりした・・そうだよ、そういうことなんだよ」
拓弥「なるほどね」
裕太郎「そういうことだ」
拓弥「俺、三万出すよ」
裕太郎「え?」
拓弥「俺のプライド代・・でも、悪いな。三万が限界だ」
裕太郎「そうか・・助かるよ」
拓弥「おまえの十七万には及ばないけどね」
  拓弥、出ていく。
拓弥「すぐ戻るよ」
裕太郎「ああ・・」
  裕太郎、札束を机の上に投げ出すと、歌本をぱらぱらとめくる。
  そして、一曲選んだ。
  リモコンで入力した。
裕太郎「まちがってないよな・・俺はさ」
  すぐにイントロが流れはじめて、裕太郎、マイクを持つと歌い出す。
  やけくそな歌。
  しばらく歌っていると・・
  拓弥、戻ってくる。
  裕太郎、それを目の端で見る。
  だが、歌をやめることはない。
  拓弥、裕太郎の側までやってきて、マイクを拾うと一緒に歌い始める。
  しばらく歌ったところで。
拓弥「祐太郎・・」
裕太郎「なんだよ・・もういいんだよ」
拓弥「みんな来た」
裕太郎「え?」
拓弥「残りの連中、みんな来たぞ」
裕太郎「え?」
拓弥「(歌っている)・・」
裕太郎「早く言えよ・・ほんとに?」
  と、見に行く。
拓弥「(歌っている途中で)裕太郎、ちょっとかっこよかったぞ(曲のかけ声)へい!」
  カットアウトの暗転。