第41話  『落ちたモノ』
  明転。
  小雪の部屋。
  店が終わってから咲美が寄った。
  咲美、だらっといる。
  小雪、すぐにミネラルウォーターの五百ミリペットボトルを持ってくる。
小雪「はい、これ」
咲美「あ、え? ええっ?」
小雪「いいよ、呑んで」
咲美「ええ?」
小雪「どしたの?」
咲美「なんでミネラルウォーターなの?」
小雪「なんでミネラルウォーターじゃだめなの?」
咲美「なんかおいしいものとかできてるのかなって思ったらさあ、いきなりミネラルウォーター出してきてさあ、はいだって。今これ出して『はい』って言ったよ。今、『はい』って・・」
小雪「違うよ、『はい、これ』って言ったんだよ」
咲美「これ・・これ出して、『はいこれ』、って」
小雪「だって、ここにある物は『これ』って言うでしょ。はい、あれ、って言わないじゃない」
咲美「はい、これって・・」
小雪「はい、これだって」
咲美「それはもういいって・・これは、なに?」
小雪「水」
咲美「なんで、水?」
小雪「だってもう夜中じゃん」
咲美「だっていつも前はさあ、仕事終わってから焼肉行ったりしてたじゃん」
小雪「えー、焼肉?」
咲美「あたしてっきり今日はゆっくり飲めるのかなって思ったんだけど」
小雪「エー、っていうか、あたし今そういうの食べてないし」
咲美「そういえば飲まないよね、最近、みんなとも」
小雪「お酒も飲まないなあ・・」
咲美「飲んでないの?」
小雪「飲んでない。まあだから、仕事終わって帰ってきたら、ミネラルウォーター」
咲美「ふううん・・なんか痩せてから変わったよね」
小雪「そーかなー」
咲美「何キロ落ちたの?」
小雪「えーとね、八十二からね、四十九にした」
咲美「すごいじゃん、何ヶ月で落としたの?」
小雪「二ヶ月半」
咲美「いくらかかった?」
小雪「月、六十万」
咲美「だからキャバクラやめちゃったの?」
小雪「キャバクラだとね・・限界あるしねー」
咲美「ん・・やればできなくはないけどね」
小雪「だから、イメクラ、紹介してもらったの・・イメクラ・・いーねー」
咲美「いいの?」
小雪「いいね・・合ってる、私に」
咲美「そりゃよかった」
小雪「がんばろう・・とにかくお店のトップにならないと・・」
咲美「なんかさあ・・」
小雪「うん」
咲美「しゃべり方・・変わったよね」
小雪「えー? 変わってないよ」
咲美「変わったよ」
小雪「前どんな風にしゃべってた?」
咲美「なんかもっとねえ、声のトーンがふわーっとしてた。いまダイレクトにねえ、こうがんがん、がんがんきてて、あ、なんか怒ってるでしょ」
小雪「ううん、怒ってない怒ってない」
咲美「うそ。なんか」
小雪「ううん、あたし普通、普通・・」
咲美「なんかこう、さっきっから睨まれてる・・・」
小雪「ううんううん」
咲美「視線が鋭くなったんだ」
小雪「ちがうよ、それ肉に埋もれてたんだよ」
咲美「あー、でもちょっと埋もれてたかもしれないや」
小雪「そうでしょ」
咲美「でもあたし好きだったよ。あのなんか優しそうな感じが」
小雪「え・・今優しくない?」
咲美「やー、優しくないと言えば優しくない」
小雪「あたし、じゃあ肉とともに優しさもそぎ落としちゃったってこと?」
咲美「そぎ落とされちゃったのかなあ」
小雪「ていうか・・ちょっと待って・・前は、優しかった?」
咲美「うん優しかった」
小雪「そうなんだ・・」
咲美「そうだよ」
小雪「なんかもう忘れちゃった」
咲美「まあ、今も優しいけどねえ」
小雪「うん」
咲美「なんか違う」
小雪「えー、なんだろう」
咲美「覚えてないの? だってさ、そういう風にしゃべってなかったよ。テンポがまず遅かったもん」
小雪「それはだから肉が付いてるから、早く動けないから」
咲美「そうなの?」
小雪「そういうこと、そういうこと。痩せて早く動けるようになったの」
咲美「きれいになってさ、彼氏とかいっぱいできたでしょ。たかし『捨てられた』って言ってたもん」
小雪「捨てられたんじゃなくて、あれは他の女に逃げたんだよ」
咲美「違うよ、なんか、あいつ最近変わっちゃってって、言ってたもん」
小雪「え?あたし・・」
咲美「言ってた。なんかねえ、別の人になったんだって」
小雪「別の人? そんな人間が簡単に別の人になるわけないじゃん」
咲美「私も、そう思ったんだけど、見たらさあ、たかしが言ってる事、なんかわかるなって・・なんか別の人なんだもん」
小雪「それはひどくない?」
咲美「なんか、なんか違う人としゃべってるみたいだもん。別にね、嫌いなわけじゃないよ。今の違う小雪ちゃんも」
小雪「ていうかていうか、たかしは、太った君が好きだったとか言ってさあ、冗談じゃないよねえ」
咲美「だってなんかねえ、側にいるとすごい落ち着くって・・」
小雪「肉のせいだよそれ」
咲美「だーけーどー、でもたかしはそれがいいって」
小雪「たかしデブ専だったんじゃん?」
咲美「まあ、・・あたしは言えなかったけど、多少はデブ専かなって思ってた」
小雪「思ってたでしょ?」
咲美「だけど、デブ専はデブ専だけどさあ・なんか・・愛もあったって思うよ、あ、ごめんね・・デブ専って別に、あの・・」
小雪「いや、今あたしデブじゃないから全然気にしないけど」
咲美「男とかいっぱいできた? じゃあ」
小雪「うーん、彼氏はできないけどね」
咲美「ふーん」
小雪「なんて言うの? セックスフレンドってのは、もう・・もう・・ひっきりなしだけどね」
咲美「あ、セックスどう? 感じるようになった?」
小雪「聞いて、それもね、前さ、この辺、さわられてる気がしてたの、今もう直(じか)だもん」
咲美「ほんと? 違うんだやっぱり」
小雪「全然違う。ほんとに違う。これはね、あたしもびっくりした」
咲美「へえ、違うんだ」
小雪「うん、だからねえ、たかしにさわられてても、なんかこう、綿にくるまれてるって感じしてたの」
咲美「・・そのセックスフレンドって・・愛は?」
小雪「ない」
咲美「ないんだ」
小雪「ないよ、そんなの」
咲美「ああ、そう」
小雪「もう体だけ・・なんつーの、オンリー体って感じ?」
咲美「そこが違うんだよ。前はやっぱり、愛だ! とか言ってたもん」
小雪「うん。だから、あたしが好きな人が好きなのあたしは、今あたしが好きな人だったら誰でも好きだし」
咲美「で、今は好きな人はいないの?」
小雪「うん」
咲美「あ、そうなんだ」
小雪「みんな好き」
咲美「あー、それはちょっとわかる」
小雪「わかる?」
咲美「わかるよ、わかるともさ」
小雪「そうだよね。やっぱ、そうだよね」
咲美「そうだよ」
小雪「そうだよね、自分をかわいがってくれる人はみんな好きなんだよね」
咲美「ああそうか、それは変わってないんだ。じゃ何が変わったんだろ」
小雪「何が変わったんだろ」
咲美「ああ、カラオケよく行ってたじゃん。歌ってる曲とかって、最近なに歌う?」
小雪「なんだっけ、最近はMisiaとか・・・hitomiとか、あゆとか・・あ、最近、あれも歌ってる」
咲美「なに?」
小雪「アニータ」
咲美「どうして? だってああいうのだめって言ってたじゃん」
小雪「アニータって最近だよ」
咲美「いや、アニータの事を言ってるんじゃなくって・・ああいう企画物とかがさ・・」
小雪「え、だってさ、なんかさ、アムロとかさ、歌うと踊れっていわれてたじゃん。キャバクラいたときさ」
咲美「踊りながら歌うの基本だったよね」
小雪「ね。で、あたし、動けなかったじゃん」
咲美「まあ、ねえ、動けってほうが無理だったけどね」
小雪「いや、こういうちっちゃいのはできたよ。だからなんか、大きいアクションとか、こんなんやられるともう腕つかれちゃうし、心臓とかバクバクいってさあ」
咲美「だから鬼束ちひろとか歌ってたんだ」
小雪「そうそうそうそう、もうねえ、店では泣いた、泣いた」
咲美「え? 泣いてたの?」
小雪「あたし泣いてたよ。お客さんにいじめられてたじゃん」
咲美「いじめられてたっけ?」
小雪「うん」
咲美「え、あたしかわいがられてると思ってた」
小雪「そんなことないよ」
咲美「そうなんだ。ごめんね、気がつかなくって」
小雪「お客の前じゃ泣かなかったよ」
咲美「見たことないもん」
小雪「やれカバだとかブタだとかさ、なんでお前がこんなとこにいるんだとかさ、さんざん言われてたけどさ」
咲美「あれもかわいがられてんだと思ってた」
小雪「違うよ、全然違うよぉ」
咲美「・・そっかあ、気がつかなくてごめんね」
小雪「うん、ちょーつらかった」
咲美「でも、もう痩せたんだもんね」
小雪「そうそうそうそう、だから今はなんにも気にしてない」
咲美「そうか・・・でもあたし歌ってるとこって好きだったな、こけしがこうやってるみたいで」
小雪「こけし? あたし昔こけしみたいだったんだ」
咲美「・・・ん・・ちょっと柔らかいこけしって感じ」
小雪「え、今は?」
咲美「今はね・・・わかんない・・でも鷹みたいだよ、今は」
小雪「え? た・・・」
咲美「鋭さを感じる。いい女風だよ。うん。痩せてきっとシャープになったんだよ」
小雪「だってわかんないもん、どこが変わったかなんて自分で」
咲美「いや変わったよ」
小雪「いやだからさ、しゃべり口調とかさ、見た目は肉が落ちてるから、明らかに違うけどさあ。中身は全然あたしのままだし」
咲美「怒ったりするでしょ、最近」
小雪「怒る怒る」
咲美「前、全然怒んなかったもんね」
小雪「ていうか、がまんしてた、かなあ」
咲美「じゃ、我慢がなくなったんだ」
小雪「待って、じゃあたし我慢も肉と一緒になくしちゃったの?」
咲美「やせて、我慢と笑顔と・・」
小雪「ちょっと待って。笑顔とって何、笑顔はあるよ」
咲美「ちょっと笑ってみて。だってなんか、きしんでるって感じ。ギスギスしてる。音が聞こえてきそう」
小雪「え、そんなことないよ。前もおんなじだったって」
咲美「もっぺん声出して笑って」
小雪「うふふ」
咲美「なんかメチャメチャ無理があるじゃん」
小雪「今、笑えって言われてやってるから無理があるんだと思うよ」
咲美「そうかな・・」
小雪「聞いてよ、あたしお尻に肉切れできちゃって」
咲美「やばいよ、それ」
小雪「そんでね、エステの人に相談したら、一センチ二十万円で、ここで治せますよって」
咲美「えー、うそー、たいへんじゃん」
小雪「だってそのために働いてるんだもんひとつは。ひとつはやっぱお金のためじゃん」
咲美「変わった。そこが違うんだよ、前と」
小雪「え、何が?」
咲美「あたしがそうだったのね。お金が絶対あった方がいい。だけど違うよ、来てるお客さんたちを、暖かい気持ちにして帰してあげるんだよ、って言ってたじゃん」
小雪「え、そんなこと言ってた? あたし? 言ってた」
咲美「お疲れさまでした、とか言って、あたしが、早く、早く寒いから上行こうって言ってるのに、角曲がるまでとか言って」
小雪「嘘、あたしそんな生ぬるい女だったの?」
咲美「あたしは好きだったけどね、生ぬるくても」
小雪「あ、そう。で? 今のあたしは?」
咲美「自分にとって素直になったんだろうね。前は無理が多かったんだ」
小雪「前はねえ、偽善者だったんじゃん、あたし」
咲美「そうなんだ・・」
小雪「そうそう、今の私がほんとの私」
咲美「じゃあさあ」
小雪「うん」
咲美「前の小雪ちゃんは誰だったの?」
小雪「誰だったんだろうね・・ほんと」
咲美「そっか・・」
小雪「そうそう」
咲美「もういけないね、飲みに」
小雪「うん・・もうねえ、昔の私とは違うからね」
咲美「そうか・・じゃあ、ミネラルウオーターで乾杯だ」
  と、咲美と小雪、乾杯する。
小雪「じゃあ、今の素敵な私に」
咲美・小雪「カンパーイ」
  暗転。