第37話  『その日には空を見上げて』』




  明転すると屋外のフリーマーケット会場。
  各々のスペースが上から下に並んでいる(らしい)。
  真由実が一人。
  彼女のスペースには、手塚治虫のマンガが雑然と並べられている。
  その隣のスペースには、ところ狭しとガチャガチャのフィギュアが並べられている。
  やがて帰ってくる拓弥。
拓弥「すいません、どうも・・」
真由実「トイレ、やっぱりそっちでした?」
拓弥「ええ・・あっちのビルの地下のを、みんな借りてるみたいですよ」
真由実「ああ、そうなんだ」
拓弥「ええ・・」
真由実「じゃあ、もうちょっとしたら、私も・・」
拓弥「ああ、今度はボクが店番してますから」
真由実「ああ、お願いします・・」
  一応、確認として聞く拓弥。
拓弥「・・売れてませんよね、ボクの」
真由実「ええ・・」
拓弥「朝から、三つだもんなあ・・」
真由実「みたいですねえ」
拓弥「半日いて、百五十円ですよ・・」
真由実「おじいさんが一人」
拓弥「え?」
真由実「おじいさんが一人、手にとって見てらしたんですよ」
拓弥「おじいさんが? これを?」
真由実「それで・・なんだ、どこも動かないのかって言って」
拓弥「動きませんよ、どこも・・フィギュアなんだから・・やっぱり分かってなかったか、おじいさんは・・朝から三つですよ、売れたの」
真由実「もう手放しちゃうんですか、これ?」
拓弥「ええ・・これ、全部ダブってるやつなんですよ」
真由実「ダブってる?」
拓弥「こっちはガチャガチャっていう・・二百円とか三百円とか入れて、こうやってガチャガチャってまわすと出てくる・・ほら、よくあるでしょ、レンタルビデオ屋さんの前とか、オモチャ屋さんの前とかに」
真由実「これ、一個が二百円とか三百円」
拓弥「そうです」
真由実「ずいぶん投資しましたねえ」
拓弥「選べないんですよ、あれ・・ガチャガチャってやって、なにが出てくるのかわからないんですよ」
真由実「そうなんだ。じゃあ、欲しい物が出るまで」
拓弥「続けなければならないんです」
真由実「じゃあ、同じのが出てきたりするんだ」
拓弥「しますよ」
真由実「その時は、どうするんですか?」
拓弥「どうしようもないですねえ・・フリーマーケットで売るくらいしか」
真由実「え? じゃあ、ここにあるのは全部・・・」
拓弥「ダブりです」
真由実「これ全部」
拓弥「ダブっちゃった奴ですよ」
真由実「ってことは、ここにある以外に、全部揃ってるのが・・」
拓弥「部屋にはあります・・」
真由実「これはじゃあ、氷山の一角なんですか?」
拓弥「いや、どっちかっていうと、これがダブっているものの氷山の一角ですね・・今日、さすがに全部は持ってこれなかったんですよ」
真由実「はあ・・」
拓弥「言わないでください」
真由実「え?」
拓弥「言わないでください。わかってるんです。自分でもよくわかってるんです。いや、自分が一番よくわかってるんです・・なんで買うのか?」
真由実「・・・・・・」
拓弥「六種類、どうしてコンプリートしたくなるのか? あの、コンプリートってのは全部がきちんと揃った状態のことを言うんですけどね」
真由実「運にまかせてとにかく買うしかないんですか? そのコンプ・・」
拓弥「コンプリート」
真由実「コンプリートのためには」
拓弥「そうです。こっちは(と手にとり)食玩」
真由実「食玩?」
拓弥「コンビニで売っているやつです。コンビニでオモチャを売れないんですよ、だから、あくまでも、お菓子のおまけとしてついているものなんですけど、でも、最近はこっちのおまけの方が主体になってるんですよ」
真由実「へえ・・」
拓弥「これはチョコエッグ、卵型のチョコの中にこれが入ってるんです」
真由実「ってことは、あれですか、これもまた何が出てくるかわからない?」
拓弥「そうです、だからコンプリートするためには」
真由実「全部揃えるためには?」
拓弥「箱買いです」
真由実「箱買い?」
拓弥「一個一個買うのではなく、段ボールごと買ってしまうんです。そうするとだいたい揃います」
真由実「段ボールには何個入ってるんですか?」
拓弥「物によりますけど、下手したら十二ダース入ってたりしますからね」
真由実「十二ダースっていうと・・百四十四個」
拓弥「そうです」
真由実「それは・・あれですか・・」
拓弥「なんですか?」
真由実「えっと、ちょっと待ってくださいね・・えっと、なにから聞けばいいんだろ」
拓弥「チョコだって、そんなには食べ切れませんよ。チョコの卵を割った破片を集めてるんです。それを湯煎して、一度チョコをどろどろに溶かして、型に流し込んで、また新たな板チョコを作って、それをきれいにラッピングして、知り合いの女の子とかに配って、喜ばれたりしています」
真由実「へえ・・そこまで・・」
拓弥「そこまでが、なんていうか、集めるってことなんです」
  そして、拓弥、真由実のスペースのマンガに目をやり。
拓弥「ほとんど売れちゃいましたねえ・・朝はあんなにあったのに」
真由実「根強いですね、やっぱり、手塚治虫は」
拓弥「もう読まないんですか?」
真由実「いえ・・買い換えようと思ってるんです・・全集が出てるの、知ってます? 手塚治虫の」
拓弥「知ってます・・知ってますよ。ボク、マンガ喫茶で全集四百冊、読破しようと思ってるくらいですから」
真由実「あ、そうなんですか・・お好きなんですね、手塚治虫」
拓弥「ええ、好きですよ・・ファンクラブにも入っているくらいですから」
真由実「へえ、そうなんですか・・」
拓弥「え、じゃあ、四百冊全部これから買い直すわけですか? え? あれって全部買うと二十万くらいになるんじゃないんですか?」
真由実「そうです・・・十八万円くらいかな・・」
拓弥「十八万か・・」
真由実「でも、四百冊ですからねえ・・」
拓弥「いいなあ・・でも、うちはもうそんな四百冊の本なんて置くとこないからなあ」
真由実「ちょっと臨時収入があったもんで・・この際だから買っちゃおうかなって」
拓弥「へえ・・」
  と、拓弥、なにげにフィギュアを並べ替えたりする。
真由実「それはあの・・・」
拓弥「はい」
真由実「全部名前とかわかってるんですか」
拓弥「ええ、まあ一応」
真由実「怪人とか、怪獣とか・・」
拓弥「ええ・・だいたい」
真由実「ちなみにそれは?・・」
拓弥「サボテグロンです・・二号ライダーの最初の敵ですね」
真由実「こっちのは?」
拓弥「イカデビルです。ライダーキックが効かなくて、ライダーが苦戦するんです」
真由実「どれくらい憶えてるんですか? 数でいうと」
拓弥「数?」
真由実「全部の・・・」
  拓弥、そんなこと考えたこともなかった。
拓弥「・・わかんないなあ」
真由実「『仮面ライダー』の怪人ってどれくらいいるんですか?」
拓弥「そうねえV3が出る前で九十八話だから、九十八体かな・・それからV3、X(エックス)、ストロンガー、スーパーワン、アギトやら、クウガ・・仮面ライダーだけで軽く四、五百いってるんじゃないかな。え? それはちょっとすごいな・・ウルトラマンのシリーズも、セブンから、帰ってきた、タロウ・・怪獣の名前だって二百や三百は憶えてるもんですからねえ・・いやいや、『ドラクエ』なんか憶えるつもりはないのに、繰り返し戦ってると憶えちゃうもんなんですよ」
真由実「ああ、『ドラクエ』はそうですよね」
拓弥「『ドラクエ』はやりますか?」
真由実「ええ、私、『FF』より『ドラクエ』の人なんですよ」
拓弥「ね、メイジキメラとか」
真由実「はぐれメタルとか」
拓弥「ミミックとか」
真由実「ももんじゃとか」
拓弥「生活にまったく役に立たない単語の数々」
真由実「魔法の名前も、みんな憶えてますからねえ」
拓弥「ルーラ」
真由実「ベホマズン」
拓弥「ギラとかメラとか」
真由実「バシルーラとか」
拓弥「ああ、そうか・・そうなると『仮面ライダー』だって、ライダーと怪人だけじゃないんですよ、藤兵衛さんとか、滝とか・・サイクロンだの、ハリケーンだの」
真由実「すごい数ですねえ」
拓弥「うーん・・それを覚えているからなんだっていう・・ねえ、もしかしたら、まったく無駄な情報ですよね」
真由実「加藤茶、っているじゃないですか」
拓弥「ええ・・」
真由実「加藤茶の血液型って知ってます?」
拓弥「いや・・」
真由実「AB型なんですよ」
拓弥「へえ・・」
真由実「私もこれ知った時って、へえって思ったんですけど」
拓弥「ええ・・」
真由実「これ、もうこの後、一生使う機会のない情報ですよね」
拓弥「ああ・・ほんとだ」
真由実「考えてみれば・・ものすごく無駄なことを、ものすごくいっぱい憶えてたりするもんですよねえ」
拓弥「あ、じゃあ、これは知ってますか?」
真由実「え、なんですか?」
拓弥「二千三年・・つまり今年の四月七日は、アトムの誕生日なんですよ」
真由実「アトムの誕生日?」
拓弥「ええ・・二千三年四月の七日に『鉄腕アトム』が生まれたんです」
真由実「生まれたって、まだ来てもいない時間が過去形になってますよ」
拓弥「あ、そうですね・・ん、なんて言えばいいんだろう・・でも、そうなんですよ『鉄腕アトム』の原作のマンガの中では、二千三年四月の七日にアトムが生まれるんです」
真由実「へえ・・アトムの誕生日か」
拓弥「二千三年、四月七日、もう少しです・・もう少しで、アトムは生まれるんですよ」
真由実「じゃあ、今頃は天馬博士が・・」
拓弥「この同じ空の下で・・アトムを作ってるんですよ」
真由実「いいのかな、フリーマーケットしてて・・どっかでアトムが生まれる頃に」
拓弥「いや、それを言われると、ボクだって・・アトムが生まれるってのに、ガチャガチャのダブったやつをねえ・・一つ二百円だったのに、それを五十円で売ってるんですから。それで、三つしか売れてないんですから」
真由実「そうか、もう手塚治虫のマンガの中では天馬博士がアトムを作ってるのか・・」
拓弥「あ! すごい!」
真由実「なんですか?」
拓弥「天馬博士って、ちゃんと知ってるんですね。そうなんですよ、アトムを作ったのは天馬博士なんですよ」
真由実「そうですよ、だって」
拓弥「いや、アトムを作ったのはお茶の水博士だって思っている人が世の中には多いんですよ」
真由実「ああ・・まあ、ねえ」
拓弥「それはまあ、しかたないっちゃしかたないんですけどね」
真由実「なにか、するんですか、四月の七日に」
拓弥「誕生日ですか?」
真由実「ええ・・アトムの生誕祝いに」
拓弥「そうですねえ・・なにかしたいですねえ」
真由実「アトムの誕生日ですからねえ」
拓弥「あれ、なんで今年の四月七日がアトムの誕生日になったのか、知ってます?」
真由実「それも理由があるんですか?」
拓弥「アトムの連載が始まったのが昭和二十七年なんです。千九百五十三年。手塚治虫は五十年後の世界を描きたかったんです」
真由実「だから、二千三年か」
拓弥「そうです」
真由実「手塚先生は五十年前に、今の世界がどうなっているのかって考えていたんだ」
拓弥「すごいですね。すごいことですよね、それって、今、二千三年で、五十年後の二千五十三年に世界がどうなっているのか、なんてボクには想像つきませんもん」
真由実「アトムみたいな人型ロボットにはまだ、時間がかかりそうですね。犬型のロボットくらいですかね」
拓弥「アイボですか・・」
真由実「ええ・・あ、知ってます?」
拓弥「え? なんですか?」
真由実「アイボってAIを積んでるんですよ」
拓弥「ええ」
真由実「AIを積んでいるロボットだから、AI、BOで、アイボ」
拓弥「へえ・・」
真由実「私もこれを聞いた時、へえって思わず言っちゃったんですけどね」
拓弥「あれですね、これもまた、もう・・」
真由実「使うことのない情報でしょう」
拓弥「そうですね、でも・・それでも犬型ロボットはできたんだ」
真由実「五十年前に手塚先生が思いをめぐらした未来に今、私達はいるんですよね」
拓弥「そういうことです」
真由実「アトムの誕生日か」
拓弥「関係ない人にはどうでもいいことかもしれませんけどね・・」
真由実「でも、知ってるんですからね、アトムを」
拓弥「知ってるから、知っちゃってるからしょうがないですよね」
真由実「アトムの誕生日には、なにをするんですか?」
拓弥「なにしましょうかね・・四月、七日・・」
真由実「なにかしないとね」
拓弥「そうですね・・こんなにガチャガチャ集めておいて、その日になにもしないってわけにはいきませんね」
真由実「そうですよ・・手塚先生の全集読んでて、アトムの誕生日になにもしないってわけにはねえ」
拓弥「ねえ・・」
真由実「なにがいいかな」
拓弥「そうだな・・あ、こういうのはどうですか?」
真由実「え? なんですか?」
拓弥「空を見上げるってのは」
真由実「空を?」
拓弥「そうです、空を見上げる」
真由実「アトムが飛んでこないかな・・って?」
拓弥「そうですね、アトムの姿を探して、ちょっと気にして、空を見る」
真由実「いつもよりちょっと長く、空を見る」
拓弥「飛んでこないとも限らない」
真由実「アトムが?」
拓弥「そうです」
真由実「手塚先生のマンガの中では、飛んでるんですからね。じゃあ、私も・・空を見上げますよ・・アトムの姿を探して・・」
拓弥「二千三年、四月七日」
真由実「五十年前に、手塚治虫が空想した未来の一日・・」
  ゆっくりと暗転。

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