第35話  『同棲のススメ』



  明転するとタクちゃんの部屋。
  段ボールの山。
  その山が動くと、拓弥が現れる。
拓弥「よっこいしょ・・あ、これは重いや」
  と、よろめきそうになる。
拓弥「なに、なにこっちの山は・・」
  と、咲美の声。
咲美「そっちはね・・本」
拓弥「本・・・本か・・」
  と、拓弥、別の場所にその本の入った段ボールを置く。
拓弥「あれ・・あのさあ・・」
咲美の声「なに?」
拓弥「咲美ちゃんって、本読む人なの?」
咲美の声「え、そうだよ・・そっちに積んである段ボールは全部本」
拓弥「へえ、あ、そう・・」
咲美の声「これでも結構ブック・オフに売って処分したんだけど・・」
拓弥「え、まだあったんだ」
咲美の声「うん・・そっちのはねえ、どうしても捨てられない分」
拓弥「へえ・・マンガとか?」
咲美の声「違うよ、本だよ、本。普通の本・・マンガは本じゃないでしょう」
拓弥「え、マンガも本じゃない」
咲美の声「え、ちがうよ。マンガはマンガっていうでしょう・・あ、これ、台所用品」
拓弥「ああ、持って行こうか?」
咲美の声「あ、いや、いいよ、持ってく」
  と、咲美が立ち上がり、初めてその姿が見えた。
  今まで段ボールの向こう側にしゃがみ込んでいたらしい。
咲美「お茶碗とかどうする?」
拓弥「とりあえず、台所へ持ってって・・」
咲美「あいよ」
拓弥「これは・・なんの本なの?」
咲美「横溝正史」
拓弥「え・・」
咲美「え、知らない? 横溝正史。『獄門島』とか『八つ墓村』とか『犬神家の一族』とか・・」
拓弥「咲美ちゃん」
咲美「なに? 拓ちゃん」
拓弥「これさあ、見てわかると思うんだけどさあ」
咲美「うん」
拓弥「この部屋に入り切らないよ」
咲美「私もなんか、そんな気がする」
拓弥「このままだと、この荷物の間で寝起きすることになると思うけど」
咲美「なるなる」
拓弥「いや、ボクもね・・部屋に来ていいよ、って言ったことは言ったからさあ」
咲美「うん、そのお言葉に甘えちゃった」
拓弥「うん・・うん、甘えていいんだけどね」
咲美「ごめんね、ホントに、拓ちゃんってホントいい人だよね」
拓弥「うん・・そう言われるとねえ・・そのあとに言おうと思っていたことがね、とても言い出しにくくなっちゃうんだよね」
咲美「え、なになに?」
拓弥「咲美ちゃんが引き払ったアパートってさあ・・」
咲美「アパートじゃないよ、マンションだよ」
拓弥「ああ、マンションね」
咲美「2LDKのマンション」
拓弥「マンションね、マンション」
咲美「あれ、拓ちゃんちってさあ」
拓弥「うちはねえ、コーポなの」
咲美「コーポ? コーポってなに? 生協?」
拓弥「コーポっていうのはねえ、見ての通りで、アパートでもなし、マンションでもなしっていう感じの住まいね」
咲美「ふうん・・なんか、どっちかっていうとアパートだよねえ」
拓弥「うん、まあねえ、キミの住んでた2LDKのマンションと比べたら、それはアパートでしょう・・ちなみに生協はコープね」
咲美「あ、そうだ、生協はコープだよ」
拓弥「ここはコーポ」
咲美「惜しい・・」
拓弥「んとねえ・・キミが来るのはいいんだよね・・」
咲美「これからしばらくお邪魔しまーす」
拓弥「うん、いいよ、いいよ・・でも、ちょっといろんな話合いする前に、いろんなモノが来ちゃったから、ほら、いつ話合おうか、って思っちゃったりしてねえ・・けっこう、ほら、キミと話しているとね、ボクがね、悪い意味じゃないよ、悪い意味じゃないけど、丸め込まれちゃったりするからさあ」
咲美「丸め込む? なにを?」
拓弥「あ、いやいや・・・ん、と、まずなにから話そうかな・・家賃、これ大事だからね。前のマンションの家賃ってどれくらいだったの?」
咲美「十五万」
拓弥「十五万・・ちょっと今月休んじゃったなあ、って思った時のバイト代と一緒だ」
咲美「あ、でも管理費別だから」
拓弥「ああ、ボクのバイト代では、その家賃は払えないと・・」
咲美「そうねえ・・隣近所みんな風俗とか、水商売とかばっかだったからねえ」
拓弥「でも、もう、毎月十五万を払う必要はなくなったわけだ」
咲美「そう・・楽になった」
拓弥「ずいぶん楽になったよね」
咲美「これで働かなくてすむ」
拓弥「いや、いや・・そうなの?」
咲美「よかった、拓ちゃんありがとう」
拓弥「いやいや、だからね・・ここの家賃なんだけどね」
咲美「うん」
拓弥「ここがだいたい月に八万円くらいなんだよね」
咲美「半額だね、うちの・・広さは三分の一くらいだけど」
拓弥「あのね・・どうだろう・・一つ提案なんだけど、ここの家賃を折半するっていうのは」
咲美「折半?」
拓弥「半分に折ると書いて、折半」
咲美「折半」
拓弥「八万円を四万、四万で分けるのを折半っていうの」
咲美「え? だってここ、拓ちゃんの家でしょう?」
拓弥「そうだよ」
咲美「拓ちゃんもさあ、私と住みたいわけでしょ」
拓弥「住みたいよ、うん」
咲美「だから、まあ、まあ、ねえ。咲美も拓ちゃんと住みたいでしょ」
拓弥「うん、そこは一緒ね」
咲美「二人でいる楽しい時間は、お金には換えられない」
拓弥「うん・・それはもちろん、そうだよ、お金には換えられない」
咲美「そうでしょ。咲美がいなかったら、この部屋はただの地獄でしょ?」
拓弥「ただの・・地獄?」
咲美「むさくるしい、男の一人住まいじゃない」
拓弥「確かにね・・それはそうだけどね」
咲美「そこにね、咲美というなんちゅーか、なんちゅーかが来たんだよ。光明来たれりでしょ。電気かなんかだと思って? 家賃はね、楽しさで払う。楽しさで部屋代、楽しさで光熱費」
拓弥「え? 全部?」
咲美「拓ちゃん、ベッド持ってないよね」
拓弥「うちは布団だからね」
咲美「咲美がベッド持ってきてあげる。ウオーターベッド」
拓弥「今まで使ってたベッド?」
咲美「あれ、五十万くらいしたよ」
拓弥「だから、もうこの部屋には入らないよ」
咲美「ウオーターベッドだよ。家賃は払えないけど、ベッド持ってくるから」
拓弥「この状態ではベッドは入らないって」
咲美「まだ、マンションに大きな家具が残ってるんだけど・・」
拓弥「どうするのよ、それは」
咲美「なんかさ、物が多すぎるんだよね。だって私のテレビどこに置くの?」
拓弥「テレビあるじゃない、そこに」
咲美「咲美がもっといいの持ってきてあげる」
拓弥「なに?」
咲美「知ってる? プラズマテレビ」
拓弥「え?」
咲美「プラズマテレビ」
拓弥「置く場所がないでしょ?」
咲美「薄いんだよ」
拓弥「薄くてもさ、こんだけ狭いとさ、テレビとの距離がないからね」
咲美「壁にはり付いて見る」
拓弥「嫌だよ、そんなの」
咲美「すごい大画面なんだよ・・『笑っていいとも』観てごらんよ」
拓弥「なんでプラズマテレビで『笑っていいとも』観るんだよ」
咲美「タモさん、実物大だよ」
拓弥「そうだけど・・視界からテレビがハミ出しちゃうじゃない」
咲美「わかった」
拓弥「なにがわかったの?」
咲美「拓ちゃんの、あのビデオの山をなんとかすればいいんじゃないの」
拓弥「なんとかするって、どうするのよ」
咲美「捨てる」
拓弥「え? ダメだよ!」
咲美「『ギミアぶれいく』とか、なんでとっておくかな」
拓弥「おもしろいもん」
咲美「『ギミアぶれいく』を、わざわざ持っている人なんていないよ」
拓弥「いないから貴重なんじゃない。そんな映画とか、誰かのコンサートのビデオとかなら、TSUTAYAに行けばすむことでしょ。でも、『ギミアぶれいく』は全国どこのTSUTAYAへ行っても、観れないんだよ。『笑うセールスマン』の特番とか入ってるんだよ」
咲美「それはちょっと貴重」
拓弥「貴重だよ。それがいつでも観れるんだよ」
咲美「『なるほど・ザ・ワールド春の祭典』も?」
拓弥「貴重でしょう」
咲美「『わくわく動物ランド』も?」
拓弥「そうでしょ」
咲美「私、あれ持ってるよ。DVDレコーダー。もう全部DVDにしちゃおうよ。便利だよ、DVD。デジタル、ビデオ・・デジタル」
拓弥「ディスクだよ、最後は」
咲美「あれでさあ、こんなCDみたいなのにすればいいんだよ」
拓弥「CDじゃないよ、それがDVDなんだってば!」
咲美「とにかく捨てようよ。私、人の物捨てるの得意なんだ」
拓弥「人の物は捨てちゃダメでしょう」
咲美「だってもうこれから一緒に住むってことはさ」
拓弥「住むってことはなに?」
咲美「ここは拓ちゃんの家でもあり、私の家でもあるわけだから」
拓弥「だからって好き勝手なことしちゃダメなの」
咲美「そうなの?」
拓弥「そうなの」
咲美「この家の憲法に従わなきゃなんないの?」
拓弥「憲法・・そう、憲法みたいなものがあるの」
咲美「それは誰が決めたの?」
拓弥「まだ決まってない」
咲美「いつ決まるの?」
拓弥「これから決めるの」
咲美「誰が?」
拓弥「ボクと咲美ちゃんで」
咲美「それは決めなきゃいけないの?」
拓弥「そうなの、その話がしたかったの・・決めないとダメなの。こういうのをきちんとしておかないと、すぐにケンカになっちゃうんだから」
咲美「ケンカなんかしないじゃん・・私、拓ちゃん大好きだし、拓ちゃんも私のこと大好きで・・いつもいつも恋人気分」
拓弥「いやいやいや・・一緒に住むとなるとね、いつまでも恋人気分じゃいけないんだよ」
咲美「え? そうなの?」
拓弥「そうなの」
咲美「あら、大変」
拓弥「決めようね」
咲美「はあい・・」
拓弥「ん・・まず、なにから決めようか」
咲美「第一条」
拓弥「ん・・まずねえ」
咲美「なんでしょう?」
拓弥「お茶を入れる時には、一声掛けるようにして欲しいね」
咲美「それ? それが第一条?」
拓弥「うん、順番はまあいいんだけどね・・思いついた順に言ってるだけだから・・お茶を入れる時は、一声掛けるようにする」
咲美「入れるよーって?」
拓弥「いや、入れるよー、じゃなくて、入れるけど飲む? って」
咲美「ああ、お伺いする」
拓弥「そうそう・・いつもね、咲美ちゃんは自分で自分の分しか入れないじゃない。ボクにも、っていうタイミングをいつも逃すんだよね」
咲美「ああ、それは思いもしなかった。お茶なんて個人的な事だと思ってたから」
拓弥「一緒にお茶を飲みたいじゃない」
咲美「あ、そういうことね、第一条、お茶は一緒に飲む」
拓弥「ん・・第一条っていうほどのことでもないかなとは思うけど、まあ、そういうこと」
咲美「お茶は一声」
拓弥「あとねえ、ボクが買ってきた物を食べた場合は、食べましたって言う」
咲美「ククレカレーとか?」
拓弥「ククレカレーもそうだし、冷凍餃子もそうだし、フルーチェもそうね」
咲美「拓ちゃんが帰ってきたら、報告する」
拓弥「そう。でなかったら買ってまた置いておくとかね」
咲美「あ、昨日、いろいろ食べました」
拓弥「今、言うかな」
咲美「え? でも言った方が良いんでしょ、報告した方が良いんでしょ」
拓弥「そう、それはそうなんだけどね・・いろいろ・・か」
咲美「だいたい食べました」
拓弥「食べようと思った時にないとね、悲しいのよ、実際」
咲美「はい・・第二条、食べたら食べたと言う」
拓弥「そうです・・」
咲美「食べたら、食べたと言う。食べたら食べたと言う。食べたら食べたと言う・・」
拓弥「そんなに繰り返さないと憶えられないの?」
咲美「大丈夫、大丈夫・・」
拓弥「あとね、小銭をね、募金しようと思って貯めてるんだけどね、二十四時間テレビのためのものね」
咲美「武道館に持っていく」
拓弥「そう、そこでモー娘に握手してもらうの。毎年行ってるの」
咲美「そうなんだ」
拓弥「それでね、こないだちょっと手に持ってみたらね、なんか軽くなってるんだよね」
咲美「不思議だねえ」
拓弥「中を見たら、一円玉と五円玉しかないんだよね。結構、ボクはね、気づいたら百円玉とか五百円玉とかを入れてるんだけど、そいつらの姿がないのよ。いや、疑っているわけじゃないんだけど、ほら、この部屋には二人しか人がいないわけだからさ。一応ね、それも話合って決めておいた方がいいかなって思うんだよね。ね、募金は盗まない」
咲美「募金を盗りましたって報告する?」
拓弥「いや、ダメ。報告してもダメ。募金に関してはとにかく盗まない。いつか寝たきりの老人のためのお風呂カーになるものなんだからね」
咲美「はい。第三条、募金は盗まない」
拓弥「あとは、お風呂場の石鹸箱にシャワーの水が溜まりっぱなしになってて、いつも石鹸がどろどろになってるんだよね、クラゲみたいになってるんだよね。できればやめて欲しいんだけどね」
咲美「第四条、石鹸をクラゲにしない」
拓弥「そう、石鹸をクラゲにしない。あとはねえ、お互いの携帯とかは見ないようにしようね。それからインターネットをやる時、ボクの『お気に入りフォルダ』の中を見たりしない。メールも読んじゃダメ。ね。あとは、家に来たボク宛の届け物は開けない。家に帰ってきた時に、留守電のランプがピカピカしてても、勝手に聞かない」
咲美「今までそんなことしたことないじゃん」
拓弥「うん、してないよ。でも、ほら、一応確認のためね。これから二人で暮らしていくための確認事項」
咲美「咲美の携帯とか、メールとかは見ちゃっていいよ」
拓弥「え? なんで?」
咲美「どうぞ見ちゃってください。って感じだよ」
拓弥「そうなの?」
咲美「私、ほら、オープンだから」
拓弥「オープンって・・いや、見ないよ、ボクは見ないから、そんなの」
咲美「見たければ見ていいよ。郵便物も開けていいよ」
拓弥「プライバシーってもんがあるじゃない」
咲美「プライバシーないよ」
拓弥「あるでしょ」
咲美「プライバシーいらない」
拓弥「なんで?」
咲美「全然、やましいとこないし」
拓弥「いや、やましいとこがあるから見るなって言ってんじゃないの」
咲美「え? じゃあ、なんで拓ちゃんは見るなって言ってるの?」
拓弥「だから、それはプライバシーの侵害だから」
咲美「なんか、私に見られてまずいものがあるんでしょ」
拓弥「ないよ、ないって」
咲美「じゃあ、見られても平気なはずでしょ」
拓弥「え、いや、違うよ」
咲美「私は平気だもん・・あ、拓ちゃんが嫌だっていうなら、別に見ないよ、そんなにほら、そーゆーとこであれこれ詮索するうざったい女にはなりたくないしさ」
拓弥「ん・・プライバシーなんだってば」
咲美「プライバシーなんでしょ」
拓弥「プライバシーだよ」
咲美「いらないでしょ」
拓弥「必要じゃない。プライバシーだよ」
咲美「え? プライバシーって日本語ではなんていうの?」
拓弥「プライバシー?」
咲美「日本語じゃないでしょ」
拓弥「日本語じゃないよ」
咲美「漢字じゃ書けないもんね、日本橋とか、勝ち鬨橋とか(ばしーと読む)」
拓弥「プライバシーは橋じゃないよ」
咲美「合羽橋(ばしー)」
拓弥「もういいって」
咲美「太鼓橋(ばしー)」
拓弥「プライバシーでしょ、プライバシーを日本語でいうと・・個人の自由を尊重する?」
咲美「メールを読んでいい自由」
拓弥「いやいや、それはちがう」
咲美「手紙を開けちゃっていい自由」
拓弥「いや、そんな自由はない。それを認めるとね、困るの。困る人が出てくるの・・そう、そうなの、困るんだよ」
咲美「なんで? やましくなければ困らないじゃない」
拓弥「やましくなくても、困るの。その・・なんていうの、なんか自分のね、領域っていうのがあってね、他人に入ってきて欲しくないのね」
咲美「他人じゃないよ、咲美だよ」
拓弥「うん、この場合の他人っていうのは、自分以外の人のことね」
咲美「咲美と拓弥ちゃんは一緒でしょ。これから一緒に生活するんだから」
拓弥「生活は一緒、でも、一緒ではない部分があるじゃない」
咲美「ないでしょう」
拓弥「いや、あるの」
咲美「秘密の部分?」
拓弥「秘密っていうのとは、ちょっとちがうの」
咲美「じゃあ、なに?」
拓弥「だから、それがプライバシーなんだってば」
咲美「だからプライバシーってどういう意味?」
拓弥「ん・・・んとね」
咲美「日本語で言って」
拓弥「プライバシーを日本語で言うとね」
咲美「なに? なに、なになに?」
拓弥「プライバシーはね」
咲美「うん」
拓弥「ほっといてくれってこと」
咲美「ほっといてくれ?」
拓弥「そう、こっちこないでって意味」
咲美「プライバシーの侵害?」
拓弥「そう、こっちこないでの侵害。だって咲美ちゃんはこっち来ちゃうからねえ」
咲美「なるほど」
拓弥「ね、わかったでしょ。だから、咲美ちゃんはプライバシーいらない人ね」
咲美「うん、いらない」
拓弥「でも、ボクはプライバシーが必要な人なの」
咲美「守るものが多いんだねえ」
拓弥「多いの、そうなの、物も捨てたくないし、プライバシーも侵害されたくないの。個人を尊重して欲しいの」
咲美「尊重してるじゃない・・今までも拓ちゃんが嫌がることは、なるべくしないようにしてきたじゃない」
拓弥「なるべくね・・」
咲美「そりゃ、拓ちゃんが嫌だって思っても、咲美の事も尊重してもらいたいじゃない」
拓弥「それはね、それはまあ、お互い様だからね」
咲美「拓ちゃんがこうしたいって、言ったら、咲美はついていくつもりだよ」
拓弥「うん」
咲美「拓ちゃんが安楽死したいっていうなら、安楽死させてあげるよ」
拓弥「なんで? なんで話は安楽死なの?」
咲美「だって、自分の生き死にを自分で決める。これがさ、なによりの本人の意思の尊重じゃない。もうこれ以上、生きてはいたくないから、延命装置をはずしてくれ・・って」
拓弥「まあ、そうだけど」
咲美「ね、尊重するから」
拓弥「なんか、それ・・うれしくないなあ」
咲美「拓ちゃんには生きていて欲しいけど、でも、拓ちゃんがどうしても死にたいっていうなら、それは・・咲美・・しょうがないって思うから」
拓弥「う、うん・・」
咲美「拓ちゃんは残された私がどんな気持ちなのか、とかよりも自分の意志なんだもんね、個人の尊重なんだもんね」
拓弥「ち、ちがうだろう」
咲美「咲美、かわいそう」
拓弥「なんで? なんでかわいそうなの? え、ちょっと待って、なんで俺は安楽死しなきゃなんないの?」
咲美「・・だって・・」
拓弥「なんで?」
咲美「ダメ! やっぱりダメ、拓ちゃんの意見なんか聞かない。そんな息苦しい世界はまっぴらごめんだ」
拓弥「なにい!」
咲美「咲美憲法、第一条、プライバシーはなし!」
拓弥「なんで?」
咲美「第二条、寝ている時は起こすべからず」
拓弥「おいおい」
  暗転スタート。
咲美「第三条、洗濯物は干さずに乾燥機で乾かす。第四条、ライターは部屋のいたるところに置いておくこと。第五条、テレビはつけたまま寝ること。第六条、拓ちゃんはなるべく物を捨てる。第七条、人の寝言は聞かない」
  暗転。