第34話  『アイボ哀歌』




  暗転中にオルゴールの音が聞こえる。
  曲は『オーバーザレインボー』。
  やがて明転する。
  路地。
  カセットデッキが路上に置かれ、オル
  ゴールの音はそこから流れている。
  そのデッキの側に立っている善之。
  すぐにしゃがんで辺りを見回す。
  下手の方を覗き込んだりしている。
  そうこうしているうちに上手から真由実  が来る。
真由実「善之君、どお?」
善之「ダメ、いない・・」
真由実「もう五時過ぎたよ・・」
善之「うん、わかってる・・」
真由実「大家さんの家は、もう今日は探すの はやめるって」
善之「そうなんだ」
真由実「最後に充電したのが朝で、バッテ  リーは八時間持つか、持たないかなんだっ て」
善之「うん、それは聞いた」
真由実「そろそろバッテリーが切れるころだ から・・今日はもうって」
善之「・・そうなんだ」
真由実「田端さんも、どうもありがとうござ いましたってさ」
善之「お礼、言われても・・まだ見つかって ないんだしさ・・・よくわかったね、ここ」
真由実「だって、このオルゴールの音目指し てくればさ」
善之「あ、そうか」
真由実「アイボって、バッテリーが切れたら、 どうなるの?」
善之「動かなくなるんじゃないの?」
真由実「(と、犬が歩く真似をして)こうや って歩いていても、バッテリーがなくなる と・・」
  と、停まってみせる。
善之「うん・・バッテリーもね、やっぱり激 しい運動させると、早く電池がなくなるみ たいなんだけど」
  と、善之、この近隣の地図を取り出し。
善之「これ・・」
  真由実、覗き込んだ。
善之「ここが大家さんの家。今、僕らはここ ・・」
真由実「この赤く塗ってある通りはもう探し たってこと」
善之「そういうこと。この星印のところでラ ジカセを置いてこの曲を流した」
真由実「この曲に惹かれて出てくるのかな、 ほんとに」
善之「ほら、ホントの犬だったら匂いとかで 寄ってくる可能性もあるけど、アイボは音 の方に反応するらしいんだ。いつも大家さ んところはリビングでこのオルゴールを鳴 らして、アイボを呼んでたらしいから」
真由実「探して歩くよりも、呼んだ方がいい のか?」
善之「どっか潜り込んでたりしたら、探しよ うもないし・・」
真由実「そうか」
善之「そうそう」
真由実「今日、何時からこれやってるの?」
善之「昼過ぎくらいかな・・大家さんところ へ家賃を払いに行ったら、アイボがいない、 アイボがいないって・・家中で大騒ぎして るからさ・・どうしたんですか? って聞 かないわけにはいかないじゃない・・健弥 君もなんか半べそかいちゃってるしさ」
真由実「アイボってロボットなんでしょ・・」
善之「犬型自律ロボット」
真由実「自律ロボット?」
善之「うん、ロボットだから電気で動くんだ けど、電池がなくなってきたなって思った ら、自分でACの充電器のところに行って、 自分で充電したりするらしいよ、だから自 律ロボット」
真由実「へえ・・」
善之「とりあえず、探すためにアイボのパン フレットとかもらってきて、ずっと読みな がら探してたから・・もう、今日一日で俺、 アイボ博士」
真由実「アイボ博士か・・」
善之「そんなに遠くには行ってないはずなん だけどなあ」
真由実「警察には?」
善之「行った。あと小学校も」
真由実「小学校?」
善之「うん、子供が拾って帰る可能性がある からさ・・その時は警察に届けて下さいっ て」
真由実「ああ・・そうか」
善之「なんか大家さんとこ、健弥君とおばあ ちゃんしかいなかったからさ、もうなにし ていいかわかんない感じで・・」
真由実「かわりにやってあげたんだ」
善之「うん・・健弥君がね、やっぱちょっと ショックだったみたいで・・飼ってた犬が 逃げ出した・・って感じだからさ」
真由実「でも、ロボットなんでしょ」
善之「ロボットでも家族だし、ロボットでも 友達なんだよ」
真由実「ふうん・・なんか、マンガみたいだ ね」
善之「よくできてるからね、アイボは」
真由実「二十万って言ってたよ」
善之「AI積んでるからね」
真由実「AI?」
善之「人工知能」
真由実「頭いいんだ」
善之「ずっと学習し続けて、進化していくん だって・・最初、買ってきた時ってねえ、 自分の名前を呼ばれても全然返事もしない けど、頭を撫でたり、ここ(顎ね)をこう (撫でて)やったりすると、段々慣れてき て、名前呼ぶと寄ってくるし、遊んでって 言ってくるようになるらしいよ」
真由実「でも、逃げるってことは自由になり たいわけ?」
善之「だから相当頭が良くなったんだな。あ れねえ、だんだん進化するんだから」
真由実「ああ・・それがAIってこと?」
善之「そうだね」
真由実「あのさあ・・AIってなに?」
善之「アイボだよ。AIBO、アイボ」
真由実「うん」
善之「AI、ぼ・・でアイボ」
真由実「え? アイボってそういうこと?  AIのロボットだからアイボなんだ」
善之「そうそう。頭いいんだよ」
真由実「へえ・・・」
善之「頭がいい・・ロボット」
真由実「頭が・・いい、ロボットなんだ」
善之「そうそう」
真由実「ほんとに? アイボ博士、いいかげ ん・・それさあ、新しいの買っちゃった方 が早くない? ロボットなら・・」
善之「違うんだって」
真由実「なにが?」
善之「ずっとねえ、育ててると全然ちがった アイボになるんだって」
真由実「へえ・・」
善之「飼い主によってどんどん変化していく らしいよ」
真由実「でもさあ・・どうして本物の犬じゃ なくてアイボだったの?」
善之「そりゃ知らないけどさあ」
真由実「本物は死んじゃうからかな」
善之「アイボは死なないか」
真由実・善之「でも、いなくなる」
真由実「ロボットの犬が本物の犬みたいに逃 げ出す・・ってこれは進化なのかな」
善之「そこまで進化したってことなんじゃな いの?」
真由実「逃げ出してさ・・」
善之「うん」
真由実「こうやってみんなが心配して、探し てさ・・」
善之「うん」
真由実「悲しい思いする健弥君がいてさ」
善之「うん・・」
真由実「そんなふうに進化したアイボってさ」
善之「うん」
真由実「ほんとに必要なの? それが・・リ アルなのかな・・ほんとにほんとに必要な のかな」
真由実「こんなふうな悲しい気持ちを生み出 すために、誰かがアイボを作ったの?」
善之「そんな事は思ってないよ。作った人だ って」
真由実「そうかな」
善之「そうだよね」
真由実「そうだよね」
善之「そうそう・・」
真由実「じゃあ、なんでこんな事が起きるん だろう・・誰のせいでもないんだとした  ら」
善之「わかんないけど・・」
真由実「どうして?」
善之「ペロがいなくなった話、前にしたじゃ ん」
真由実「善之君が子供の頃に飼ってた犬?」
善之「そう、ペロ」
真由実「うん」
善之「大家さんちの健弥君くらいの年だった んだけど・・散歩の途中で鎖はずしたら・ ・」
真由実「いなくなったんだ」
善之「うん」
真由実「・・つらいねえ、それは」
善之「ペロがいなくなって、見つからなくて ・・それで、ずっとその事を考えた。何度 も何度も考えた。どうしていなくなるの? なんでいなくなったの? 嫌だったのか  な、家がって・・でもね、ペロだって逃げ たくて逃げたわけじゃないと思うんだよ。 帰りたかったと思うんだ。帰りたかったけ ど、帰ってこれなかったんだと思うんだ。 そういう事が起きちゃうんだよ」
真由実「なんかさあ・・」
善之「うん・・」
真由実「悲しいことだよね」
善之「悲しいけど、しかたないことなんだっ てわかるまで時間がかかった」
真由実「うん」
善之「あ、いや、うそうそ」
真由実「なに?」
善之「まだ、わかってない・・そんなのわか りたくないって思ってる。今でも・・ずっ とね」
真由実「・・あたしも、そっち・・そっちの 人でいたい」
善之「ペロがいなくなってね・・」
真由実「うん」
善之「でも、すぐに帰ってくるだろうって思 ったんだ」
真由実「うん」
善之「だから、家で待っていればいいだろう って・・でも、次の日になっても、その次 の日になっても帰ってこなかった。あの時、 いなくなったその日にもう少しがんばって 探していればってずっと思ってた」
真由実「気が済むまでやればいいじゃん」
善之「うん・・」
真由実「やれば・・」
善之「バッテリー、切れちゃってるかな」
真由実「たぶん」
善之「どっかで事切れちゃってるのかな」
真由実「たぶんね・・」
善之「どっかに、潜り込んじゃってたりした ら、わかんないよね。明日、日が昇って明 るくなってからの方がいいかな」
真由実「明日、バイトは?」
善之「休む」
真由実「だよね」
善之「っていうか、見つかるまでは」
真由実「バイト行かないの?」
善之「ごめん」
真由実「ごめんって・・言うな・・」
善之「いや、せっかくヤッ君さんに紹介して もらったのに」
真由実「バイトなんていくらでもあるよ」
善之「・・いやいや、そう甘くもないんだけ どね、世の中」
  と、ずっと鳴っていたオルゴールの曲が  急に不安定になる。
善之「あ・・」
真由実「なに?」
善之「電池切れだ」
真由実「うわ、もう切っていい、切って切っ て・・私こういうのダメなの・・」
  と、真由実、切る。
真由実「どうする? それでもまだ待って  る?」
善之「・・うん」
真由実「電池、買ってくる?」
善之「ごめん」
真由実「ごめんって、言うな」
  真由実、立ち上がって。
真由実「じゃあ、行って来る」
善之「うん・・」
真由実「なんか食べる物とかも買ってくるね」
善之「うん・・」
真由実「ホカロンとかもあった方がいいでし ょ」
善之「うん」
  と、真由実、コンビニに向かおうとする。
  善之、ポケットからブルースハープを取  りだした。
  真由実、足を止めてなにをするのか、見  ている。
  善之、オルゴールの曲を吹き始める。
  真由実、見ている。
  善之、気づいた。
善之「これでも、反応して近づいてくるかも しれないし」
真由実「もう、バッテリー切れてるって」
善之「うん、わかってる・・わかってるけど さ」
真由実「善之君・・」
善之「ん?」
真由実「大好きだよ」
  と、真由実、それだけ言うと立ち去る。
  善之、またブルースハープを吹き始める。
  ゆっくりと溶暗。