第33話  『恋人気分』



  イメクラの控室。
  咲美がだらっといる。
  やがてやってくる鷲尾。
  買って来たタバコを差し出す。
鷲尾「すいません」
咲美「あ、どもね」
鷲尾「今、吸いますか」
咲美「うん」
  鷲尾、タバコの封を切る。
咲美「あのさあ」
鷲尾「はい」
咲美「店長がこの前、ちょろっと言ってたんだけどさあ」
鷲尾「ええ」
咲美「今度、また新しいコースできるんだって?」
鷲尾「ええ・・」
咲美「三番のプレイルームを改装しているのって、それ?」
鷲尾「そうっす」
咲美「なにすんの? なんか大がかりじゃない」
鷲尾「ちょっと力入ってるみたいっすね」
咲美「なにやらされんの? 今度は」
鷲尾「恋人気分・・っす」
咲美「へ?」
鷲尾「恋人気分コースっていうんですけど」
咲美「恋人?」
鷲尾「恋人気分」
咲美「・・気分ってなに? え? 三番プレイルームはどうなっちゃうの?」
鷲尾「ですから、女の子の部屋を作るんです。ごく普通の女の子の部屋。テレビとかあって、カーテンがあって、ベッドがあって、流しがあって・・」
咲美「それでなにすんの?」
鷲尾「お客さんがその部屋にやってきて、恋人気分を味わう」
咲美「だから恋人気分ってなによ」
鷲尾「あるじゃないっすか、恋人気分な時って」
咲美「あのさあ、恋人コースならわかるんだけど、恋人気分コースってのがわからないんだってば。気分ってなに?」
鷲尾「恋人のような」
咲美「うん」
鷲尾「気分」
咲美「うーん・・」
鷲尾「え? わかりませんか?」
咲美「なにが?」
鷲尾「え?」
咲美「なにがわかるの? 今の話で・・誰がそんな恋人の気分を味わいにくるの? イメクラに」
鷲尾「いや、これ、よその店でも最近大流行なんですよ」
咲美「なにがいいの、それ、誰が来るの?」
鷲尾「だから、今まで女の子とつきあったことがないお客さんが、彼女の家にやってきて、恋人気分を味わうんですよ」
咲美「うーん・・女の子とつきあったことがない人か」
鷲尾「レースクイーンとかナース服とか、そういう非日常にお客さんが飽きてきたんですよ」
咲美「まあねえ、嘘っちゃ嘘だからね」
鷲尾「もっと地に足のついたエッチを求めているんですよ」
咲美「リアルなエッチ」
鷲尾「そうです、リアルなエッチです」
咲美「それで、その恋人気分ってなに? なにすればいいの?」
鷲尾「え、咲美さん、カレシいるんでしょ」
咲美「うん、いるよ」
鷲尾「普段、どんな話してるんですか?」
咲美「普段?」
鷲尾「そう、いつも・・」
咲美「いつもか・・なに話してるだろ・・」
鷲尾「そういう普通の会話がいいんですよ。恋人同士が交わす、なにげない会話。側に人のぬくもりがある、幸せなひと時」
咲美「言ってることはわかるんだけど、なんだったら、満足するのお客は」
鷲尾「普通の会話ですよ」
咲美「普通の会話ってなに? え、なに話してるかな」
鷲尾「どんな話してるんですか?」
咲美「うわ、そう言われると・・なに話してるだろ・・ん、くだらないこと」
鷲尾「それですよ、それ」
咲美「え? だって、ホントになんでもない話だよ。テレビ一緒に観て・・」
鷲尾「一緒にテレビ観て、どんな話をしてるんですか?」
咲美「金正日の話とか」
鷲尾「そう、それでいいんですよ」
咲美「くっだらないことだよ」
鷲尾「そういうのです・・求められているのは」
咲美「マスゲームの話とか」
鷲尾「いいですねえ」
咲美「いいの?」
鷲尾「いいですよ、それっすよ」
咲美「そうなの?」
鷲尾「二人でテレビを観ながら、金正日の話をしたりする・・恋人同士の気分が味わえるじゃないですか・・それこそまさに恋人同士の気分っすよ」
咲美「そんなの友達でもいいじゃない」
鷲尾「女友達?」
咲美「そう」
鷲尾「女友達と二人でテレビを観てる設定でもいいんですよ」
咲美「そうなの?」
鷲尾「それで金正日の話をしているうちに、なんとなく・・」
咲美「恋人気分だ!」
鷲尾「そうです!」
咲美「友達だと思っていたのが」
鷲尾「金正日の話をしているうちに、一線を越える」
咲美「それでエッチ」
鷲尾「完璧ですよ」
咲美「そういうことか」
鷲尾「夢がかなう」
咲美「それが夢なんだ」
鷲尾「夢じゃないですか」
咲美「小さな夢だなあ」
鷲尾「一番簡単そうにみえて、なかなか実現しない小さな夢がかなうイメクラ」
咲美「へえ・・」
鷲尾「いやあ」
咲美「なんでそんなに嬉しそうなの?」
鷲尾「行ってみたいっすよ、そんなコースあったら」
咲美「そうなの?」
鷲尾「なんか、妙にリアルなのっていいじゃないですか」
咲美「ワッシー、彼女いないの?」
鷲尾「いますよ」
咲美「普段、どんな話するの?」
鷲尾「普段・・っすか?」
咲美「そんなの自分の家でやればいいじゃない、彼女いるんだったら・・これって彼女がいない人のためのコースなんでしょ」
鷲尾「まあ、そうなんっすけどね」
咲美「普段、なにしてんの?」
鷲尾「普段か・・」
咲美「ね、そうやって改めて言われると、考えちゃうでしょ」
鷲尾「うん・・・」
咲美「ワッシーはどんなときに彼女と恋人気分になるの?」
鷲尾「ビデオ観たりしている時かな、二人で」
咲美「ビデオね、それは」
鷲尾・咲美「恋人気分」
咲美「だよね」
鷲尾「ホラー映画とか」
咲美「ホラー映画を二人で観る。それは」
鷲尾・咲美「恋人気分!」
咲美「最近、なに観た? ホラー映画」
鷲尾「あれ、いいっすよ、『呪いのビデオ』」
咲美「え?」
鷲尾「『呪いのビデオ』」
咲美「なに、それ?」
鷲尾「すっごい怖いんっすよ、『呪いのビデオ』」
咲美「それは・・ホラー映画?」
鷲尾「違います、違います・・本物が映ってるんですよ」
咲美「本物?」
鷲尾「霊ですよ、霊」
咲美「それ、怖くない?」
鷲尾「すっごい怖いっすよ。小学校の運動会の五十メートル走とかあるじゃないですか」
咲美「うん」
鷲尾「小学生がこう走ってるんですけど、その前を通るんですよ、女の人の」
咲美「霊が?」
鷲尾「そうです」
咲美「でも、それが霊だってどうしてわかるの?」
鷲尾「半透明なんです」
咲美「本物だ」
鷲尾「本物ですよ、だからマジ怖いんすから」
咲美「それ、彼女と観てるの?」
鷲尾「そうっす。それでもうカノジョなんて(自分の二の腕)ここ掴んで、もう俺もカノジョ抱きしめたりして」
咲美「恋人気分!」
鷲尾「ですね」
咲美「『呪いのビデオ』で」
鷲尾「恋人気分」
咲美「それか」
鷲尾「用意しますよ」
咲美「『呪いのビデオ』?」
鷲尾「『呪いのビデオ』・・今度、咲美さんもカレシと観てみてくださいよ。絶対盛り上がりますって」
咲美「いやいやいや、それはダメだね・・」
鷲尾「盛り上がりますって」
咲美「ダメなの・・怖いのダメなんだもん」
鷲尾「カレシ?」
咲美「そう・・『バイオ』でもダメなんだから」
鷲尾「『バイオ・ハザード』がダメ?」
咲美「そう」
鷲尾「あれでダメか」
咲美「ダメなのよ」
鷲尾「あ!」
咲美「なに?」
鷲尾「二人でゲームして!」
咲美「恋人気分!」
鷲尾「ですよね・・『バイオ』とか」
咲美「・・『バイオ』ダメな人は・・『桃鉄』」
鷲尾「『桃鉄』か・・『桃鉄』で」
鷲尾・咲美「恋人気分!」
咲美「なんかわかってきた」
鷲尾「いいでしょ、恋人気分コース」
咲美「え、じゃあさ、女の子が寝込んでいて、男の人が看病する」
鷲尾「うわ・・」
咲美「ね、いいでしょ」
鷲尾「うわ、うわ・・うわ、たまんねー」
咲美「それはあれだ、こうやって待合室でお客さんが待っていると、携帯が鳴るのよ」
  と、咲美、適当な歌を口ずさむ。
鷲尾「なんですか、それ?」
咲美「着信したの」
鷲尾「ああ、着メロが鳴ってるんだ」
  咲美、また曲を口ずさむ。
  と、鷲尾、携帯をとる(芝居をする)
鷲尾「はい・・もしもし・・」
  と、咲美、咳を交えて話す。
咲美「鷲尾君、あたし・・げほげほ・・」
鷲尾「どうしたの、風邪?」
咲美「うん・・熱出た」
鷲尾「え? まずいじゃん・・いつから?」
咲美「昨日の夜・・」
鷲尾「なんでもっと早く電話してこないんだよ」
咲美「なんか・・鷲尾君に心配かけたくなくて・・げほげほ・・」
  と、鷲尾、一瞬、素に戻り。
鷲尾「なんか、いい子ですよね・・」
咲美「恋人同士でもね、やっぱりその辺は気をつかったりして」
鷲尾「(呆れながらも嬉しい)バ・・バカだな・・なに言ってんだよ・・食べる物とかあんのかよ」
咲美「げほげほ・・ない・・冷蔵庫、空になっちゃった・・げほげほ」
鷲尾「バカ・・なんか買って行くから・・」
咲美「ごめんね・・げほげほ」
鷲尾「暖かくして寝てるんだよ」
咲美「うん・・げほげほ・・三番プレイルームです。鍵は開けておくね」
鷲尾「あ、うん、わかった・・」
咲美「一応、どこの部屋かわかるように、言わないとね」
鷲尾「大事ですよね」
咲美「もうこれで部屋に入ってくる時から、気持ち入って来れるからね」
鷲尾「もうもう、気持ち入りまくりですよ」
咲美「ホントにコンビニとかでなんか買ってきたりしてね」
鷲尾「おにぎりとか」
咲美「お粥とかね」
鷲尾「いい、それ、いい、すごくいいですよ」
咲美「あ、じゃあ、このコースにはさ、『持ち込み自由』って書いておいた方がいいね」
鷲尾「そうですね、そういう小道具があるとないとじゃあ、大違いですからね。あ、フロントでも売りましょうか」
咲美「お粥?」
鷲尾「梅とか鮭とかの」
咲美「お粥?」
鷲尾「ええ・・」
咲美「イメクラのフロントでお粥?」
鷲尾「ちょっと割高でも、バンバン売れますよ」
咲美「じゃあ、二千円とかで売ろうよ」
鷲尾「ボリますねえ」
咲美「でも、ほら、部屋に来た時にさあ、こうやって」
  と、咲美、芝居に入る。
咲美「げほげほ・・あ、どうぞ・・入って、すごく散らかってるけど・・げほげほ」
鷲尾「ああ、もう(自分は部屋に)来てるんだ」
咲美「来てるの、私はベッドで寝てるの・・床とかすごく散らかってるの」
  と、咲美、また芝居に戻って。
咲美「ごめんね・・汚くて」
鷲尾「しょうがないだろう、熱は?」
咲美「ちょっとある・・」
  と、鷲尾、額に手のひらを当てる。
鷲尾「ほんとだ・・」
  すぐに鷲尾は手を引っ込めようとする。
咲美「あ、それだけじゃイヤ」
鷲尾「え?」
咲美「もっと、こうやって熱計って・・」
  と、咲美、手の甲を相手の額に当てる。
  左に当て、次に右にも当てる。
鷲尾「わああ・・」
  感動している。
咲美「こうやって熱を計る。それが・・」
鷲尾・咲美「恋人気分!」
鷲尾「ほんとですよ・・そうそう・・熱とか、そうやってみますよね・・大丈夫? とか言って、こうやって」
  と、鷲尾、咲美の両頬を手のひらで挟み込むようにして、少しさするように動かした。
鷲尾「うん、熱、あるね・・」
咲美「ちょっと、ちょっと、ワッシー、いいわよ・・病人ならではのスキンシップ」
鷲尾「ですね」
咲美「ワッシー、おなかすいた」
鷲尾「おなか?」
咲美「すいた・・なんも食べてない・・こんなんじゃ風邪が治るわけないよ」
鷲尾「なにが食べたいの?」
咲美「お粥」
鷲尾「お粥・・か・・」
咲美「買ってきて、お粥」
鷲尾「うん、わかった」
咲美「フロントで売ってるから」
鷲尾「・・すばらしい!」
咲美「これでイヤっていう男は・・」
鷲尾「もう死ねって感じですよね」
咲美「それでお粥あっためるだけで、また感謝される・・」
鷲尾「本気で考えましょうよ、そのオプション」
咲美「いいよね」
鷲尾「いいですよ」
咲美「ね」
鷲尾「あと、なんかないっすか?」
咲美「あ、じゃあねえ、おみくじとかは?」
鷲尾「おみくじ?」
咲美「(先に盛り上がってる)おみくじよぉ!」
鷲尾「(理解した)おみくじかあ」
咲美「ね!」
鷲尾「おみくじとか、二人で引いて」
鷲尾・咲美「恋人気分!」
咲美「小さい夢だけど」
鷲尾「かけがえのない夢ですよ」
咲美「でしょ、でしょ、でしょ」
鷲尾「大吉じゃなくても、小吉でも中吉でも、二人は幸せじゃないですか」
咲美「あれ、買おうよ・・なんつーの、あのおみくじが出てくる機械」
鷲尾「ああ、おみくじが出てくる、こういうの」
咲美「そうそう、喫茶店とかで昔よく見た」
鷲尾「そうそう、おみくじがこう、出てくる」
咲美「こういう銀色で、丸くてさ」
鷲尾「百円入れるんですよね」
咲美「そうするとおみくじが出てくる・・なんて言ったっけ? あれ?」
鷲尾「おみくじマシーンじゃないですか?」
咲美「そう、おみくじマシーンよ、おみくじマシーン」
鷲尾「百円入れるとおみくじが出てくる、おみくじマシーン」
咲美「そうそう・・それもボッちゃっていいんじゃないの?」
鷲尾「じゃあ、一回千円ってことで」
咲美「二人で二千円」
鷲尾「でも、全然安いっすよ。二千円で大吉とか中吉とか小吉が買えるんですよ」
咲美「だよねー」
鷲尾「いいなあ・・」
咲美「あれ? ちょっと待って喫茶店に置いてあったのって、星占いじゃなかったっけ?」
鷲尾「あれ、そうでしたっけ?」
咲美「そうだよ。なんか十二星座が書いてあった気がするもん」
鷲尾「でも、ありますよ、おみくじマシーンはおみくじマシーンで」
咲美「そうなの?」
鷲尾「うち、実家に確かあったと思います」
咲美「ワッシーの実家におみくじマシーンがあるの?」
鷲尾「ええ・・うち、実家がアコムやってるんで、そういうのいっぱいあるんですよ」
咲美「アコムって金貸し?」
鷲尾「いえ、総合レンタルショップ、アコムです。たこ焼き機の屋台のセットとか、キャンプのバーベキューセットとか、スーツケースとか・・」
咲美「へえ・・」
鷲尾「オヤジが跡を継げってうるさいんすよ」
咲美「じゃあ、ワッシーの家からおみくじマシーンを借りて・・三番プレイルームに」
鷲尾「それで二人で、おみくじを開ける・・」
  二人、おみくじを開ける。
咲美「中吉だ」
鷲尾「俺も中吉だ・・」
咲美「二人一緒だ・・」
鷲尾「二人は中吉・・」
咲美「いいねえ・・いいよね、ワッシー(と、続きを読む)結婚運・・今すぐにするべし」
鷲尾「え?」
咲美「結婚運、今すぐに結婚するべしだって・・」
鷲尾「ホントですか?」
咲美「ワッシー・・結婚して」
鷲尾「え? え? ちょっと待ってくださいよ」
咲美「結婚しよ」
鷲尾「でも、俺、バイトだし・・」
咲美「うちのさ」
鷲尾「うん」
咲美「お父さんとお母さんに会って?」
鷲尾「う・・うん・・」
咲美「結婚してぇ」
鷲尾「今、一気に心拍数が上がりましたよ。手のひらに冷たい汗が・・」
  と、咲美、鷲尾の胸に手を当てる。
咲美「ドキドキしてる」
鷲尾「当たり前ですよ」
咲美「これが、おみくじ引いて」
鷲尾「プロポーズ・コース」
咲美「ね、いいでしょ」
鷲尾「イメクラでイメクラ嬢にプロポーズされる」
咲美「夢よ、夢、夢じゃない」
鷲尾「そうですよ、夢ですよ、ドリームですよ、ドリームカムトゥルーですよ」
咲美「ドリカムよね」
鷲尾「ですよ」
咲美「(と、またプレイに入って)でもね、ワッシー」
鷲尾「なんですか?」
咲美「結婚するとなると、今までは気にすることなかった問題が、いっぱい出てくると思うの」
鷲尾「ああ・・そうですよね」
咲美「だからね、ワッシー」
鷲尾「はい・・」
咲美「・・いつまでも恋愛気分じゃいられないと思うの」
鷲尾「そうだよね・・」
  と、鷲尾、素に戻り。
鷲尾「きびしー、きびしーなー」
咲美「でしょ、でしょ」
鷲尾「でも、でも、そうですよね、そういうものですよね」
咲美「そうよね、恋人同士ってそういうものでしょう?」
鷲尾「恋人同士であったとしても、いざ結婚するとなると、いつまでも恋人同士ではいられない・・その現実に直面する」
咲美「もう恋人同士ではいられないのかもしれない」
鷲尾「もう恋人同士ではいられない、現実」
咲美「そう、恋人同士に必ず訪れる転機。もう恋人気分ではいられないのか・・」
鷲尾「もう、恋人気分ではいられない・・そう思う瞬間が、まさに」
咲美・鷲尾「恋人気分!」
  暗転。