第30話  『五十一回目の夜』

  東の部屋。
  見えないが、相当散らかっている部屋。
  明転するとすぐに東が入ってくる。
東「うわぁあ(意味不明)・・まあ、まあ、ゆっくりしちくり」
  と、龍之介、入ってくる。
龍之介「お邪魔します」
  東と龍之介、二人とも役所帰りに一杯ひっかけてここへやってきた。
東「ちょっとな、ちょっと散らかってるけど、その辺に適当に場所作って・・自分の居場所は自分で作る・・な」
龍之介「(と、部屋を見渡して)な・・なに・・この散らかり様は」
東「(気にせず)なに飲む・・ってビールしかねえんだけど」
龍之介「焼酎」
東「ビールな」
龍之介「お湯割り」
東「ビールしかねえって」
龍之介「梅干しある?」
東「梅干しはあるよ(と、手にビールを持ってやってくる)はい、ビールね」
  東、龍之介にビールを渡すが、龍之介はまだ立ちつくしたまま。
龍之介「ねえ・・なにこれ・・」
東「とりあえず、座れよ」
龍之介「座れよって・・この部屋のどこに?」
東「自分の場所を見つけて座れ」
  龍之介、なんとか座る。
東「すおおおお(意味不明)」
龍之介「すごいな・・この散らかりようは・・独身寮かよ」
東「マーラー」
龍之介「マーラーってなんだよ」
東「作曲家」
龍之介「つまんねえ・・なんか前、来たときはさ」
東「乾杯!」
龍之介「ああ・・ども、お疲れ」
東「ルービーをみーのー」
龍之介「なんか、え? こんな、こんな部屋だったっけ?」
東「掃除してないからな」
龍之介「なんで?」
東「え?」
龍之介「掃除、しないの?」
東「休みにする」
龍之介「休みだけ?」
東「休みにはやろう、やろうと思ってたら」
龍之介「やってねえんじゃん」
東「その通り」
龍之介「なに、偉そうに」
東「役所の人間は偉そうなんだよ・・」
龍之介「俺は違うよ・・腰低いよ」
東「そこがね・・住民課と・・」
龍之介「すぐやる課の違いか」
東「そうそう」
龍之介「いっつもそうだよ・・すぐやる課は違うからって言われて・・」
東「お、出た、役人の愚痴」
龍之介「ちがうよ・・そんなのはどうでもいいんだよ・・(と、再び部屋を見回し)これ、なんだよ、これ、どうしたんだよ」
東「これはこれでいい感じになってくるものなんだよ」
龍之介「気に入ってんの?」
東「寝たい時にその辺で寝る」
龍之介「ホントに独身生活みたいだな」
東「そうそう」
龍之介「奥さんはなにも言わないの? あれ? 奥さんは、今日?」
東「え? 女房? いない」
龍之介「お出かけ?」
東「みたいなもん」
龍之介「みたいなもん?」
東「いない」
龍之介「とかなんとか言って・・どっかにいるんじゃないの?」
東「どっかにいる」
龍之介「隠れてるんだ」
東「隠れてるのかなあ」
龍之介「呼びなよ、奥さん」
東「おーい」
  しかし、誰も出てこない。
龍之介「・・・いないの?」
東「いないよ」
龍之介「寝てる?」
東「いないんだってば」
龍之介「なんだよ、いないって」
東「いないんだよ」
龍之介「旅行?」
東「でもない」
龍之介「なに、旅行でもないって」
東「まあねえ、ぶっちゃけねえ」
龍之介「ぶっちゃけ、なに?」
東「わかりましぇん」
龍之介「なに、わかんないって」
東「わかんないのよ・・女房の行方、女房がどこ行ったか」
龍之介「なんでどこに行ったかわかんないの?」
東「知らない・・・ある日ね、役所から帰ってきたらね」
龍之介「うん」
東「ちゃぶ台の上にね、探さないでくださいって手紙があったの」
龍之介「え?」
東「探さないでください」
龍之介「探さないでください?」
東「探さないでっていうお願いの手紙」
龍之介「なにを?」
東「女房の居場所」
龍之介「自分を? 探さないで?」
東「そういうことだろう」
龍之介「それでいなくなっちゃった」
東「そーゆーこと」
龍之介「それ! いつ!」
東「え?」
龍之介「いつよ!」
東「かれこれ五十一日」
龍之介「五十一日?」
東「今日で五十一日・・数えてんだ・・毎日・・カレンダーに丸つけて」
龍之介「五十一日って何ヶ月だよ」
東「一ヶ月と三週間」
龍之介「まもなく二ヶ月?」
東「来週でね」
龍之介「あれ? あれれ? なにそれ、なにそれ! え? あ! 実家に帰ってるの?」
東「いや、帰ってない」
龍之介「電話した?」
東「した」
龍之介「なんて?」
東「え? なにって言われちゃった・・そこにいるんでしょって言われたから・・ああ、います、いますって電話切っちゃった」
龍之介「それはいつ?」
東「十六日目くらい」
龍之介「十六日目? 十六日目って」
東「二週間とちょっと」
龍之介「その間はなにをしてたの?」
東「いや、帰ってくるだろうなって」
龍之介「ホントに帰ってこないの?」
東「ちょっともう、その話しはいいよ」
龍之介「え?」
東「まあ、そんなのいいんだよ、どうだって、いつかは帰ってくるんだから、そんなの気にしないで、飲もうよ・・」
龍之介「いいの? そんなの・・」
東「いや・・食堂にさあ・・新しくバイトの女の子入ったの知ってる?」
龍之介「いや・・」
東「これがね、結構かわいい・・お勧め」
龍之介「いいよ、そんなの・・なにがなにがお勧めだよ・・なんで嫁に逃げられたやつにお勧めされなきゃなんないんだよ」
東「まだ言うかな」
龍之介「言うよ・・だって、だって・・だってそんなの一言も言わなかったじゃない」
東「言わないよ、そんなの、いちいちいちいち・・女房がいねえ、女房がいねえ、女房がいねえ・・女房がいねえ、女房がいねえ・・なんて」
龍之介「別にふれて回れって言ってんじゃないんだよ・・なんで言ってくれねえんだよ。いちいちじゃねえよ、一回言ってくれればいいだろうって」
東「おまえだって、もしも彼女がある日突然いなくなったら、言う? 彼女いねえ、彼女いねえ、彼女いねえ、彼女いねえ・・」
龍之介「彼女いねえ、ってふれて回ったら、ただの彼女ができないもてない奴みたいじゃねえかよ」
東「言って回る?」
龍之介「(ちょっと言葉につまる)言う・・かな・・」
東「言わないよ、普通」
龍之介「あんた・・なに落ちついてんの? 女房いなくなって五十一日経ってんだよ・・」
東「でもね、でもね・・ここしか帰ってくるところはないんだからさあ」
龍之介「でも、ここに帰ってこないじゃんよ。五十一日も・・あ! 友達のところは? 電話してみた?」
東「してない」
龍之介「なんでよ!」
東「知らないもん」
龍之介「なにを?」
東「友達」
龍之介「友達の電話番号とか?」
東「ん・・・」
龍之介「そんなの104掛けて調べてもらえばいいじゃん」
東「誰の・・電話?」
龍之介「友達の・・だよ」
東「友達は・・なんて名前?」
龍之介「え?」
東「どこに住んでるの?」
龍之介「それ、知らないの?」
東「知らない・・どこに住んでるなんて名前の友達?」
龍之介「・・俺が・・俺が知るかよ!・・おまえの方が知ってるだろう・・住民課なんだから」
東「無茶言うなよ・・住民課がなんで女房の友達を知ってるんだよ・・そんなの誰が届け出するんだよ」
龍之介「友達とか・・・わかんないか・・」
東「いや、俺もさあ、ちょっとびっくりしたんだけどね・・冷静にね、ちょっと電話でもしてみるかって思った時に・・あれ、あいつの友達って・・誰?名前ってなんだっけ? どういうつきあい・・だったっけ?って」
龍之介「ああ・・そう・・そうか・・」
東「そうなんだよ」
龍之介「そうか・・そういうもんかな」
東「そうだろ・・おまえ自分の彼女の友達・・何人知ってる? 連絡先知ってる?」
龍之介「いや・・なるほどねえ・・」
東「な」
龍之介「ああ・・・」
東「これはねえ・・これはビックリ」
龍之介「それはビックリだね」
東「ああっ! って思っちゃった」
龍之介「え、それで実家に電話したんでしょう」
東「した。だってそれしか連絡先知らないから」
龍之介「じゃあ、それ以外はなにを?」
東「なにも」
龍之介「警察には?」
東「行ってない・・」
龍之介「失踪ではないのかな」
東「手紙あったし・・荷物全部持っていったし・・それに警察届けたらさあ・・TVに出ちゃうじゃん・・それは役人としてまずいだろう」
龍之介「なんでTVに出ちゃうんだよ」
東「(顔の)この辺、モザイクかかって・・(インタビューに答えるように)いやあ・・知りませんねえ・・って」
龍之介「なんでTVに出ちゃうんだよ」
東「出ない?」
龍之介「出ないよ・・訪ね人なんだから・・あとはなにしたの?実家に電話しただけ?」
東「・・・かな」
龍之介「それでわかんないって言われて・・それだけ? あとはできることって・・ないの?」
東「うん」
龍之介「ほんとにないの?」
東「ない・・・っていうか、やってくれよ、すぐやる課」
龍之介「ああ・・すぐにやらなければならないことは・・・すぐにやります・・」
東「すぐやる課」
龍之介「そうなんだけどね・・」
東「やってくれよ」
龍之介「なにを?」
東「すぐにやらなければならないこと」
龍之介「すぐにやらなければならないこと・・すぐにやらなければならないこと・・」
東「掃除」
龍之介「え、そっちか?」
東「そうねえ」
龍之介「探さなくていいの? 困ってるんじゃないの?」
東「ん・・・それがねえ・・」
龍之介「女房いなくなって困ってるんじゃないの?」
東「それがねえ・・」
龍之介「なに」
東「そうでもないんだな」
龍之介「なんで?」
東「生活にね・・支障はないんだな、今んとこ」
龍之介「え?」
東「俺、ほら、一人暮らし長かったじゃない・・学生の頃から・・だから、一人でもなんとかできちゃうのよ・・まあ、掃除は苦手なんだけど・・飯は作れるし、掃除は苦手だけど、洗濯は嫌いじゃないし・・」
龍之介「でも、だからっていない方がいいってもんでもないでしょう」
東「いない方がいいってことはないよ」
龍之介「でしょう、だよね」
東「でも、いなきゃいないでなんとかなるもんだわ」
龍之介「なんとかなる」
東「なんとかなっちゃった」
龍之介「いなくなってなんとかならないものってないの?」
  東、しばらく、しばらく考えているが。
東「・・・・・ない」
龍之介「ない?」
東「ないなあ・・そう言われると余計にない」
龍之介「ああ・・そう」
東「ない」
龍之介「ええ・・トンちゃんが困っていないってことはさあ・・トンちゃんにとってはさあ・・奥さんってなんだったの?」
東「女房?」
龍之介「そう」
東「女房はなにって、配偶者でしょう」
龍之介「それは住民課の考えだよ」
東「龍ちゃんにとって彼女って、なに?」
龍之介「愛している人」
東「そりゃそうだよ、俺だって愛してるよ」
龍之介「一緒にいたかったりする人」
東「俺もそう」
龍之介「でも、今、一緒にいなくてもなにも変わらないんでしょ。平気なんでしょ、楽なんでしょ」
東「そこなんだよね・・なんとかなっちゃってるし」
龍之介「なんとかなっちゃってるって・・なんとかなっちゃえばいいの?」
東「とりあえずは・・」
龍之介「いや、生活じゃなくてね・・トンちゃんの中で・・」
東「俺の中には、いるもの」
龍之介「それは、それは死んでるだろう」
東「あ、そうか」
龍之介「なに言ってるんだよ」
東「死んでるわけないもんな、届け出、出てないもん」
龍之介「それが住民課の考え方だって」
東「あ、そうか、そうか」
龍之介「奥さんってさあ」
東「ん」
龍之介「一言で言うとなに?」
東「一言で言うと?」
龍之介「そう、一言」
東「なんだろう・・一言ねえ・・ん・・・便利」
龍之介「便利」
東「(言い切る)便利」
龍之介「便利って・・人を便利って」
東「いや、でも・・ほら、いなくなって・・なにもかも自分でやるようになってさあ・・自分でもなんとかできるんだけど・・やっぱりあの頃は楽してたから・・今から思うと・・」
龍之介「彼女の存在っていうのは」
東「便利」
龍之介「ねえ・・それっておかしいと思うでしょ・・人だよ、愛してさあ・・結婚してさあ・・ずっと一緒に住んでた人をさ・・思い出してみてさあ」
東「便利」
龍之介「それはないだろう!」
東「ちょっと待って・・」
龍之介「なんだよ」
東「いや、俺もね、言っててわかってるんだよ・・そんな事を言っちゃいけないんだよ」
龍之介「そうだよ」
東「でもね・・でも、他に言葉が見つからないんだよ・・なんだったんだ、あいつと暮らしたあの時間は・・あいつの事をなにも知らなかったんだよ・・龍ちゃん」
龍之介「うん・・うん、それはわかったよ」
東「それで・・俺にとって、あいつはなんだったんだ? って今、聞かれてさあ・・思いつく言葉がさ・・便利なんだよ・・俺・・そんなにひどい人間だったんだ・・やっぱそうだよ。だからだよ・・そういう人間の側に、女がずっといるわけないんだよ・・」
龍之介「いや、ちょっと待って、そうと決まったわけじゃないじゃない」
東「いや、そうだよ・・こういうのって長い間暮らしてたら、わかるんだよ・・俺はもうさあ・・精一杯・・目一杯愛していたつもりだったけど・・そういう部分が足りなかったんだよ・・欠けてたんだよ」
龍之介「いや、それはね・・それはね・・ちがうよ」
東「なにがちがうの、どうちがうの」
龍之介「だって・・俺だってね・・今、初美がさ、俺の彼女がぷいっといなくなったら、トンちゃんと同じだもん・・なにも知らない・・初美の会社くらいはわかるけど、そういうんじゃなくてね・・もっとこうプライベートなところって・・全然わかんないもん」
東「わかんないよな・・そんなの。知らないもんだよな」
龍之介「知らないよ、そんなの・・そんなの知らなくてもさ、だって、そんな友達関係とかが好きなわけじゃないもの、俺は初美が好きなんだもの・・」
東「そうだよね・・」
龍之介「そうだよ」
東「そうなんだよね」
龍之介「いや、人ごとじゃない、人ごとじゃない」
東「みんなそうだよなあ・・俺だけじゃないよな・・俺が特別ってわけじゃないよな」
龍之介「出ていった理由は・・本当にわからないの?」
東「・・・・(小声で)わからん」
龍之介「まったく?」
東「わからん」
龍之介「興信所とか使って調べてみたら?」
東「それは思った」
龍之介「それで?」
東「でも、この家から・・というか俺の前からいなくなりたかったわけだからな・・」
龍之介「でもさあ・・」
東「龍ちゃん・・」
龍之介「なに?」
東「今、すごく不安になってるだろう」
龍之介「・・うん」
東「おまえの女は大丈夫か?」
龍之介「・・・うん」
東「おまえは大丈夫か?」
龍之介「・・・うん」
東「おまえが・・俺みたいになった時に後悔しないように・・今を過ごせよ」
龍之介「ああ・・」
東「帰ってもいいよ」
龍之介「いや、そんな・・だってトンちゃんは、一人で・・今晩」
東「今に始まったことじゃないんだ・・五十一回目の・・一人の夜だから・・俺は、慣れてきた・・大丈夫だよ・・帰んな・・帰って・・俺みたいにならないために・・少し初美ちゃんと話てみなよ・・」
龍之介「・・・でも」
東「いいから・・帰んなよ、龍ちゃん。・・」
  龍之介、立ち上がる。
龍之介「悪いな」
東「悪くはないよ・・」
  龍之介、帰ろうとして振り返った。
龍之介「一言でさあ・・」
東「ん?」
龍之介「一言で言ってって・・俺が言ったのがいけなかったんだよ・・」
東「そんなことないよ」
龍之介「いや・・・トンちゃんと奥さんの関係なんてさあ、一言では言えないものなんだよ」
東「・・・ん、ああ」
龍之介「そうだろ」
東「かもな」
龍之介「一言で言えるような簡単な物だったらさ・・人はこんなに悩んだり、泣いたり、笑ったりしないものだよ」
東「そう・・かもな」
龍之介「じゃ、おやすみなさい」
東「おやすみ・・初美ちゃんによろしく・・」
龍之介「ああ・・」
東「初美ちゃんを大事に」
龍之介「ああ・・」
  龍之介、出ていく。
  一人残った東。
  テーブルに残ったビールの缶、二つを掴むと立ち上がり、それを台所へと捨てに行った。
  空舞台がしばし。
  やがて戻ってきた東。
  テーブルの横にごろんと横になる。
  丸まって一人寝るその姿があって。
  暗転。