第29話  『サクラ』



  喫茶店。
  勉がと亜希が小さなボックス席にいる。
  今、アイスコーヒーが届いたところ。
  二人、ガムシロップを入れたり、ミルクを垂らしたりしている。
  その間は、無言。
  小さくBGMがかかっている。
  やがて、
勉「じゃ・・あの・・改めまして・・幸せさがそう相談所で亜希さんを紹介されました、中嶋勉です」
亜希「どうも(と、頭を下げて)山城亜希です」
勉「いや・・亜希さんの方からお会いしたいと言われたって、センターの方から言われまして・・」
亜希「そうです・・そうなんです」
勉「プロフィールをご覧になって(ですか)?」
亜希「はい・・ちょっと・・いいなあ、お会いしたいなあって思いまして」
勉「ああ・・そうですか」
亜希「はい・・」
勉「でも、想像していた人とは全然違いましたよ」
亜希「私・・ですか」
勉「ええ・・」
亜希「え? ええ・・それはどんなところが?」
勉「いや、こんなに若くてかわいい女の子だとは・・・」
亜希「あ、いやいやいや・・」
勉「かわいいって言われるでしょう」
亜希「え・・ええ、まあ」
勉「あなた・・」
亜希「はい」
勉「サクラでしょう」
亜希「はい?」
勉「あなた、サクラでしょう」
亜希「サクラ? サクラってなんですか?」
勉「知りませんかサクラって・・」
亜希「・・・・」
勉「・・・バイトでこういう仕事をしている人のことです」
亜希「ええ・・そういう話しは聞いたことあります」
勉「あなた・・サクラでしょう」
亜希「ちがいますよ」
勉「あなたはサクラだ」
亜希「どうして? どうしてそう思うんですか・・失礼ですよ・・そんなの初対面の人に・・」
勉「初対面のサクラに、サクラと言って・・それがどうして失礼なんですか?」
亜希「サクラと決めつけているところですよ」
勉「だって、サクラでしょう?」
亜希「違いますったら・・」
勉「サクラじゃないと・・証明できますか?」
亜希「会員証・・ありますよ」
勉「幸せさがそう相談所の?」
亜希「女性会員の」
勉「会員証?」
亜希「ありますよ」
勉「そんなの、あの結婚相談所のサクラなんだから、会員証なんか結婚相談所が用意するでしょう・・こんな事態の時のために」
亜希「こんな事態?」
勉「見破られた時のために」
亜希「そんな・・そんなこと言ったら、会員証の意味なんてないじゃないですか?」
勉「ええ・・意味はありませんよ」
亜希「じゃあ、どうやって証明すればいいんですか?」
勉「証明できないでしょう? サクラじゃないって」
亜希「ちょっと待ってください、サクラだと証明されたわけでもないじゃないですか」
勉「一回のお見合いで、いくらくらいもらえるものなの?」
亜希「もらってません・・払っています」
勉「僕も・・払ってますよ」
亜希「あの・・どうすれば・・私がサクラじゃないって信じてもらえるんですか?」
勉「・・今までバレたことってないの?」
亜希「サクラ呼ばわりされたのは初めてです」
勉「へえ・・」
亜希「あの・・」
勉「ん?」
亜希「帰ってもいいですか?」
勉「どうして?」
亜希「だって、サクラだと思っている人とこれ以上話していても、意味ないじゃないですか」
  と、立ち上がり、帰りかける。
勉「待って・・」
亜希「はい?」
勉「座って」
亜希「だって・・」
勉「座って」
亜希「でも・・」
勉「座って」
亜希「はい」
  と、再び席に着く。
勉「あなた、サクラでしょう・・」
亜希「ちがいます」
勉「頑固だなあ」
亜希「そっちこそ」
勉「何年生まれなんですか?」
亜希「七十五年です・・昭和五十年・・」
勉「干支は?」
亜希「ウサギです」
勉「まあ・・この辺は基本だね」
亜希「年齢偽ってると思ってますね」
勉「ん・・ちがうの?」
亜希「もう・・どうしたら信じてもらえるんですか・・」
勉「おにゃんこクラブって幾つの時だった?」
亜希「覚えてないな・・」
勉「ほら・・」
亜希「ほらってなんですか・・」
勉「わかんないでしょう」
亜希「覚えてないですよ・・あ、光ゲンジは五年生でした」
勉「ああ・・そうか、女子のグループだから覚えてないのか」
亜希「(ほっとしたように)そうですよ・・ほら、あの頃って男の子と女の子の興味の対象が違うじゃないですか」
勉「ああ、そうだよね、失敬、失敬・・じゃあ、一番最初に買ったレコードってなに?」
亜希「レコード?」
勉「レコード・・だよね・・CDじゃないよね・・」
亜希「ええ、レコードでした・・最初に買ったのは・・あ、あれだ!」
勉「え、なに?」
亜希「高井まみことゆーゆ」
勉「おにゃんこでしょう」
亜希「そうなんですけど」
勉「うしろ髪ひかれたいだ」
亜希「引かれたいは、工藤静香がいるやつでしょ」
勉「そうそう」
亜希「いないんです」
勉「うしろ指さされ組!」
亜希「そう、それです・・あれが最初に買ったレコードでした」
勉「最初に見た映画ってなに?」
亜希「『ダンボ』」
勉「『ダンボ』? リバイバル?」
亜希「どっかのホールでした」
勉「ホールか・・うまく逃げたな・・『ダンボ』ってどうだったの、見た感想は・・」
亜希「いや、覚えてない・・」
勉「・・記憶にございませんか」
亜希「なんですか?」
勉「今まで何人かの人とは会った?」
亜希「はい・・何人かは」
勉「何人?」
亜希「言うんですか?」
勉「差し支えなければ」
亜希「七人です」
勉「他の人とはどんな話しをするの?」
亜希「映画の話とか」
勉「映画の話しね・・最近、なんか見た?」
亜希「いやあ・・映画好きじゃないんで」
勉「ああ、俺も」
亜希「年に一本、見るか見ないか・・」
勉「ああ・・そうそう、俺もそう」
亜希「終わっちゃいましたね、映画の話」
勉「休みの時とかはなにをしているの?」
亜希「なんだろう・・TV見てるかな・・あ、でも、家のTVは写りが悪いんですよ・・十二チャンネルとNHKしか映らないんです」
勉「へえ・・」
亜希「だからいつも株式のニュースとか見てますよ」
勉「そうなんだ・・」
亜希「最初、こうやってプチってスイッチ入れると十二チャンネルとNHKしか映らないんですよ・・」
勉「あ、そう」
亜希「いつもNHKの人とか集金に来るんですけど、映らないから見てませんとか言うんです」
勉「その話はまだ続くの?」
亜希「あ、いや、これで終わりです」
勉「TVか」
亜希「『プロジェクトX』とか・・好きですよ」
勉「いいよね・・あれは」
亜希「お好きですか? 『プロジェクトX』」
勉「いいよね・・(と、マネを始める)男が男に頭をさげた・・もう少し待ってください・・そういってからもう八ヶ月が過ぎていた」
亜希「あ、そうそう、そんな感じなんですよね(『プロジェクトX』のマネをする)病床の妻にこの知らせを届けた」
勉「そうそう」
亜希「いいですよね『プロジェクトX』・・」
勉「いいよね」
亜希「いつも録画して見てます」
勉「ああ・・俺も俺も」
亜希「私の回り、いないんですよ『プロジェクトX』好きが・・」
勉「あ、俺の回りもねえ・・あの良さ・・わかる奴がね・・いないんだよ」
亜希「私、あれ『浅間山荘』の回が一番好きです」
勉「浅間山荘に鉄球をぶつける」
亜希「兄弟の話」
勉「あ・・あれねえ・・あれ一番視聴率がよかったんだよ」
亜希「だってあれ、前後編でもう、超大作だったじゃないですか」
勉「もう番組の進行のパターンは見えてるんだけどね・・泣けるよね」
亜希「いいですよね『プロジェクトX』」
勉「いいよね『プロジェクトX』」
亜希「・・・・・」
勉「・・・・」
亜希「まだ・・まだ私のことサクラだと思ってますか」
勉「思ってる」
亜希「じゃあ・・やっぱり帰ります」
勉「どうして?」
亜希「だって、サクラだと思われてるんだったらこれ以上話をしても意味ないじゃないですか・・私だって・・本気で結婚したくて、本気で結婚相手を探してここに来てるんですから」
勉「なんで・・」
亜希「はい?」
勉「なんで結婚したいの?」
亜希「なんで・・・なんで・・いや、二つ下の妹がいるんですけど、もうすぐ結婚しそうな勢いなんですよ・・それで、長女の私がねえ・・結婚してないっていうのもって・・」
勉「ああ・・なるほどねえ」
亜希「それで両親がせっつくもんだから」
勉「へえ・・」
亜希「それで結婚相談所とかに行ってみようかなって」
勉「それは実話なの?」
亜希「実話ですよ・・当たり前じゃないですか」
勉「へえ・・妹ってどこの高校行ってたの?」
亜希「え?」
勉「妹さんってどこの高校行ってたの?」
亜希「妹ですか?」
勉「そう」
亜希「妹は・・」
勉「どこの高校?」
亜希「・・ええっと・・」
勉「今、考えてるでしょう」
亜希「いや、そんなことないですよ」
勉「焦ってますよ」
亜希「そんなことないですよ」
勉「今、頭の中で知っている高校の名前をものすごい勢いで検索してるでしょう」
亜希「ちがいますよ」
勉「じゃあ、言ってよ、早く言ってよ・・妹さんはどこの高校?」
亜希「あ・・思い出した・・藤村女子です・・藤村女子です、吉祥寺の」
勉「あ、そう・・」」
亜希「そうです、そうでした、藤村女子だ」
勉「藤村女子か・・」
亜希「そうです」
勉「どんな制服?」
亜希「はい?」
勉「どんな制服だった? 藤村女子の制服は・・」
亜希「制服・・制服ですか?」」
勉「二つ下の妹さんだよね・・制服のまま家の中をうろうろしたりしてたよね」
亜希「・・・・はい」
勉「見たことないってことはないよね」
亜希「・・・はい」
勉「見たことあるよね・・」
亜希「夏服ですか? 冬服ですか?」
勉「どっちでもいいよ」
亜希「・・・難しいですねえ・・制服ってなんて表現すればいいんだろう」
勉「なんでもいいよ・・ブレザーだったのか、セーラー服だったのか・・」
亜希「・・・・・」
勉「言って、今、携帯から藤村女子のホームページに行ってみるから」
亜希「・・・」
勉「藤村女子に行ってる妹の制服はブレザーだった? セーラー服だった? それとも?」
亜希「でも、制服、今とはちがうかもしれないし・・」
勉「藤村女子のホームページから問い合わせ先を聞いて電話してみるよ。制服はここ十年くらいの間に変わったかどうか。変わったのなら、なにからなにに変わったのか? もしも、これでボクが間違っていたら、この場で土下座して謝らせてもらう」
亜希「・・・・」
勉「土下座するつもりはないけどね」
亜希「・・・・」
勉「詰んだ?」
亜希「はい?」
勉「チェックメイト?」
亜希「・・・」
勉「ゲームオーバー?」
亜希「どうして・・私がサクラだって思ったんですか?」
勉「・・ときめき」
亜希「ときめき?」
勉「そう・・こうやって、人と会うでしょ。それも、結婚相談所の紹介で会う・・もしかしたら、人生の伴侶となるかもしれない人と待ち合わせしている・・でも、あなたにはその初対面ののときめきがなかった・・もしも本当に結婚相手を探しているのなら、初対面のその緊張に慣れるってことはありえないんですよ・・」
亜希「ときめきですか」
勉「ときめきを売ってお金もらってる・・」
亜希「・・よくないですねえ」
勉「でも・・あなたの中にときめきがまったくなくなったわけでもない」
亜希「・・そうですか?」
勉「『プロジェクトX』の話をしている時のあなたは・・ちょっと素敵でした」
亜希「そうですか」
勉「ええ・・・」
亜希「あの・・東京タワーの回って見ました?」
勉「日本中の鳶職が集まって・・」
亜希「みんな日本一高い東京タワーのてっぺんに立ちたいと思った」
  暗転スタート。
勉「そしてさあ」
亜希「台風が来るんですよね」
勉「あれはねえ・・」
亜希「奥さんとの挙式も迫ってて」
勉「十五分間だけ風が止まるんです」
亜希「そこで東京タワーの一番上の部分を上げて」
勉「夕暮れぎりぎりだったんですよね」
  暗転。