第27話  『どっちにするの』



  拓弥の部屋。
  拓弥と咲美がだらだらといる。
咲美「暑い・・・暑い・・暑いよお・・クーラー・・」
拓弥「ついてます」
咲美「涼しくなんないよ」
拓弥「壊れてるからです」
咲美「暑い・・暑いよお」
拓弥「クーラーが壊れているからです」
咲美「暑いよお」
拓弥「暑いねえ」
咲美「溶けちゃう・・」
拓弥「うん・・溶けちゃうねえ」
咲美「なにか涼しいこと言って」
拓弥「涼しいこと?」
咲美「涼しいこと」
拓弥「氷河期」
咲美「ああ・・・ダメ」
拓弥「ダメって」
咲美「扇風機・・」
拓弥「氷河期の方が涼しいだろう?」
咲美「扇風機・・買ってきて」
拓弥「お金ないよ・・」
咲美「私もない」
拓弥「え? 今日、稼いできたんじゃないの?」
咲美「稼いだ・・」
拓弥「でしょ」
咲美「がんばった・・今日、五本・・」
拓弥「五人・・」
咲美「そう、五人、抜いた」
拓弥「ああ・・ご苦労さんねえ」
  と、咲美、拓弥に手を伸ばし・・
咲美「ねえ・・」
拓弥「ん?」
咲美「セックスしたい」
拓弥「なんで?」
咲美「なんで? なんで?」
拓弥「なんで?」
咲美「なんでって・・・セックスしたいからしたいの・・ねえ・・しようよ」
拓弥「疲れてるんじゃないの?」
咲美「疲れてるけど・・疲れた時ほど、ほら・・」
  と、咲美、拓弥の方へとごろごろ転がっていく。
咲美「しよー・・ねー、しよー」
  だが、咲美、のしかかった直後に、
咲美「ダメ! 暑い! 暑い!・・ああ、セックスしたいのに、暑くてできない」
拓弥「いいじゃん、無理にしなくても・・」
咲美「いや、したいの・・したいのぉ!」
拓弥「暑いよ」
咲美「暑いよお・・扇風機・・買ってきて」
拓弥「お金」
咲美「ない」
拓弥「なんで? 五人、抜いたんでしょ」
咲美「パチンコした」
拓弥「え」
咲美「CR・・やられた」
拓弥「全部かよ」
咲美「全部・・・暑い」
拓弥「五人分かよ・・」
咲美「がんばったんだけど・・ねえ、エッチしよー」
拓弥「暑いよ」
咲美「ああ・・・ああ・・どうすればいいの?」
拓弥「自分ちに帰ったら?」
咲美「いや・・」
拓弥「なんで?」
咲美「一緒にいたいもん・・・エッチしたいもん」
拓弥「なんで・・お店でさあ」
咲美「ちがうの・・仕事でエッチするとね・・どっかでなんかブレーキがかかるっていうか・・溜まってくるの」
拓弥「なにが?」
咲美「うーん・・・エロエロな気持ち」
拓弥「エロエロな気持ち?」
咲美「エロエロな気持ちが溜まってもう、どうしようもなくなるの・・私が、私でなくなるの・・」
拓弥「なんだよ、そりゃ」
咲美「セックスしたいよぉ」
拓弥「うるさいなあ」
咲美「暑いよお」
拓弥「わかったから」
咲美「セックスしたいよぉ」
拓弥「うるさいよ」
咲美「暑いよお・・」
拓弥「仕事ってさ、楽しい?」
咲美「え? イメクラ?」
拓弥「イメクラ」
咲美「うん、楽しいよ・・いろんな変態さんが来るし」
拓弥「楽しいんだ」
咲美「楽しい、楽しい」
拓弥「仕事さあ・・」
咲美「うん」
拓弥「辞めない?」
咲美「え、なんで?」
拓弥「なんでって・・イメクラ嬢でしょ・・」
咲美「そだよ」
拓弥「こう、毎日毎日、複数の殿方の相手をするわけじゃない」
咲美「そーゆー仕事だからねえ」
拓弥「それがさ・・」
咲美「うん」
拓弥「耐えられないのよ」
咲美「え、楽しいよ」
拓弥「いや、俺が」
咲美「え、だって関係ないじゃん」
拓弥「うん、そう思ってたんだけどね」
咲美「でしょ」
拓弥「だんだん、そう思えなくなってきたわけよ」
咲美「そうなの?」
拓弥「そうなの」
咲美「え・・私が、イメクラ嬢やってるのが、拓ちゃんの負担になってる?」
拓弥「うーん」
咲美「でもさあ・・おうちに帰るとイメクラ嬢がいるんだよ、男の夢でしょう、それは」
拓弥「最初はね、そう思った」
咲美「おうちでイメージプレイができるのよ」
拓弥「うん・・まあねえ」
咲美「(と、婦警のマネをする)ども・・婦人警官です」
拓弥「うん・・うん・・」
咲美「ああ・・腹へったぁ・・」
拓弥「それはなんのマネなの」
咲美「え、女子高生」
拓弥「最近の女子高生は、そんななの」
咲美「そうだよ・・」
拓弥「そうかな」
咲美「女子高生はみんなそうだよ・・(と、またマネしてみる)腹へったなあ・・マック行こうぜぇ」
拓弥「そんな感じなの・・ホントに」
咲美「ホント、ホント、今、すごく似てた」
拓弥「なんかさあ・・それはどうなんだろうって思うのよ・・なんかキミがね、とても遠いところに行ってしまっている気がするのよ」
  咲美、ごろごろと寄って来て。
咲美「近くにいるじゃん・・」
拓弥「や、や、そういうことじゃないのよ」
咲美「拓弥ちゃんの側に」
拓弥「いや、俺が求めているのはそういう距離じゃないの・・今はいるよ。確かにいるよ・・でも、咲美がね、ひとたびお金を稼ぐとなるとね、いろんな人とあーだこーだするわけじゃない」
咲美「拓ちゃんだってそうじゃん・・コンビニでさ、いろんな人とあーだこーだ・・私だってそういう仕事だもん」
拓弥「そういうが、どういうだよ」
咲美「だから、そういう・・」
拓弥「コンビニはさあ・・役に立ってると思うんだよね・・」
咲美「私だって、人の役に立ってるよ・・ありがとうとか言われるし・・」
拓弥「日の当たるところに行こうよ」
咲美「だって深夜のコンビニだって、日は当たらないじゃない」
拓弥「当たってないけどさあ・・当たってないんだけどさあ・・なんていうかな・・・・俺はキミにとって、なに?」
咲美「拓ちゃん」
拓弥「うん・・」
咲美「私の拓ちゃん・・」
  と、咲美、またゴロゴロと拓弥の方へと転がってくる。
拓弥「あふあふあふあふ・・それはね、すごくうれしいよ・・ありがとう・・」
  咲美、喜んでいる。
拓弥「ちがう、ちがう、ちがう・・ちがうよ・・そういうことじゃないんだよ・・なにが悪いんだ?」
  と、起きあがりはじめる。
拓弥「わかった、この姿勢が悪いんだ・・・この姿勢から醸しだされる、ダラダラ感がすべてを悪い方向へと向かわせているんだ・・あのね・・話、聞いてくれる」
  咲美もまた起きあがり。
咲美「うん、いいよ」
拓弥「あの・・・俺達は今、つきあってるよね・・」
咲美「うん」
拓弥「一個、一個確認していこう」
咲美「うん」
拓弥「二人は今、つきあっている」
咲美「うん」
拓弥「浮気は」
咲美「しない」
拓弥「しないよね」
咲美「しあわせー」
拓弥「しあわせー・・咲美と出会ったイメクラには、キミとつきあうようになってからは一回も行ってない・・」
咲美「行きたくは?」
拓弥「ならない・・だって家に帰ればいるんだから」
咲美「かわいい咲美がねえ」
拓弥「そうそう・・家でプレイはしない」
咲美「してもいいのに」
拓弥「それはねえ・・あの場所に行くからできるんであって・・あの場所だからってね・・・家でできそうなものだけど、図書館に行って勉強したりするわけじゃない・・自習室に行くとかね」
咲美「・・・・」
拓弥「聞いてる?」
咲美「(はっと我に返ったように)あ、ああ・・聞いてる聞いてる・・だいたい聞いてた」
拓弥「だいたいじゃダメでしょう・・」
咲美「もう一回言って」
拓弥「聞いてないのか・・いい、もう一回言うよ。俺達はつきあっている。(咲美を示し)浮気はしない。(自分を示し)浮気はしない。イメクラにも行ってないよ」
咲美「うん」
拓弥「俺はイメクラに行くのをやめたけど、キミは行くよね」
咲美「うん」
拓弥「すごく行くよね」
咲美「うん、だって仕事だもん」
拓弥「だから、それを仕事にするのはどうだろうか? あのね・・あの・・今日も仕事してきたわけじゃない」
咲美「五本」
拓弥「うん・・その五本っていうのもどうなんだろう」
咲美「三本とか?」
拓弥「いや、本数じゃないの・・んとね・・一日の仕事が一本とか二本とか五本とかね・・そういう単位の仕事じゃない、仕事にしないかな」
咲美「五本がダメなの?」
拓弥「うん・・ダメっていうか・・ダメなんだけど・・今日ね、がんばってきたんだよって言われてね・・そうか、五本か、よしよしって素直に言えないわけね・・なんだかとても大きなものを裏切っているような気がね、したりしなかったりするんだよね」
咲美「うん」
拓弥「わかるかな」
咲美「全然わかんない」
拓弥「わかんないよね」
咲美「わかんない」
拓弥「わかんないんだよなあ」
咲美「え、拓ちゃんはさっきからなにを言ってるの?」
拓弥「うーんとね」
咲美「イメクラで働いてるのが嫌なの?」
拓弥「そう! そうなの! それが言いたかったの・・わかってるんじゃん」
咲美「嫌なの? 私がこの仕事しているのが?」
拓弥「うん・・そう、そうなの」
咲美「なんで?」
拓弥「いや、それはさっきから言ってるじゃない」
咲美「もう一回言って」
拓弥「んとね・・いい?」
咲美「いいよ」
拓弥「ボクがね、コンビニでバイトしている間にね」
咲美「うん」
拓弥「咲美ちゃんはイメクラでね、他の殿方とあーだこーだしているわけじゃない」
咲美「そう、それが仕事だから」
拓弥「もうねえ・・それがね、頭をよぎるとね、居ても立ってもいられなくなるのよ」
咲美「なんで?」
拓弥「それはね、咲美ちゃんの事が好きだから・・大事だから・・宝物だから・・人にね、それも見ず知らずの人にあーだこーだされたくないの。黙ってらんないのよ」
咲美「でも、それが仕事なんだよ」
拓弥「だからね・・仕事を辞めてほしいの・・」
咲美「辞めたくない・・だって、だって・・だって、イメクラ好きだもん」
拓弥「俺はもう、本当のこと言って、心配で心配でしょうがないのよ・・体がね、参ってきてるの」
咲美「体が参って・・どうなってるの?」
拓弥「ハゲてきてるの」
咲美「ああ(と、自分の額を示し)この辺?」
拓弥「そう、その辺も・・他のところも」
咲美「かわいそう」
拓弥「そう、そうでしょ、かわいそうでしょ」
咲美「拓ちゃん・・ハゲちゃダメ」
拓弥「ダメって・・それは俺だってハゲたくはないよ・・だから、もし、咲美ちゃんにとって俺が大事な存在だったらね」
咲美「仕事を辞めた方がいいってこと」
拓弥「そう、そういう事」
咲美「うーん・・」
拓弥「俺が言っていることわかってくれた?」
咲美「わかったけど・・」
拓弥「本当に?」
咲美「わかんないところもある」
拓弥「どこよ」
咲美「え、なんで拓ちゃんか、仕事かって二者択一なの? どうして、両方取っちゃだめなの? 私、欲しい物は全部手に入れることにしてるんだから」
拓弥「そんなことはできないの、どっちか一つなの」
咲美「どうして? どうしてどっちかを選ばなきゃなんないの? だってがんばれば手に入れられるんだよ・・どっちか選ばなきゃなんないって思った時点で、どっちかを選ばなきゃなんなくなるんだよ。諦めちゃダメだよ拓ちゃん」
拓弥「ちぎゃう・・」
咲美「ちがわないよ。私間違ってないよ・・私ね、ずっとこうやって生きてきたし・・これからもずっとこうやって生きていくよ・・だから拓ちゃんにも会えたし、一緒にいられるし、楽しい時間が過ごせるんじゃない」
拓弥「俺はさ・・楽しくない時間もあるわけよ」
咲美「そんなになにもかも楽しいだけの人生なんてないよ」
拓弥「そんなの! そんなのわかってるよ」
咲美「どっかで我慢しないと」
拓弥「なに、我慢は俺がするの?」
咲美「そうだよ・・」
拓弥「なんで?」
咲美「私はなんの問題もなく生きてるのに、拓ちゃんがあれこれ言い出したんでしょ・・それは私の問題じゃないもん」
拓弥「自分が働いている間に、他の男にあれこれされるのを黙っていられないってのはさ、二人の問題じゃないの?」
咲美「ううん・・拓ちゃんの問題」
拓弥「うそ」
咲美「ほんと、ほんと」
拓弥「うそだあ」
咲美「私は役に立っているし、人からありがとうと言ってもらっている。そこに生き甲斐を感じている。他のOLよりも全然もらうお金だっていいんだよ」
拓弥「でもね、でもね、でもね・・」
咲美「なに?」
拓弥「いつまでもできるものでもないでしょう」
咲美「そんな事はわかってる。いつまでもできるものでもないかもしれない。でも、逆に考えれば、これは今しかできないの・・そう思わない?」
拓弥「思わないって言われたら、思うよ」
咲美「だから今、やるの・・なにがおかしいの?」
拓弥「おかしい・・」
咲美「なにが? 言ってみて?」
拓弥「なにかがおかしい」
咲美「もしもね」
拓弥「うん」
咲美「もしも、どうしても、拓ちゃんか仕事かどっちかを・・どうしても、どうしても、どうしても選ばなきゃなんないとして」
拓弥「うん」
咲美「私が仕事を選んだら、拓ちゃんどうする?」
拓弥「どうするって・・そんなのさあ」
咲美「どうする?」
拓弥「どうしようもないよ」
咲美「それって、それって、別れるってこと?」
拓弥「ん・・・」
  拓弥、長考に入った。
拓弥「ん・・・」
咲美「仕事を取るか、男を取るかっていう選択を女に迫るってことは、そういうことなのよ」
拓弥「いや、そういうことじゃないでしょう」
咲美「拓弥ちゃんは絶対私が拓ちゃんを選ぶと思ってるでしょう」
拓弥「ん・・ん・・そうかな」
咲美「甘いな」
拓弥「そう? そうなの?」
咲美「女の子にだって・・どうしても失いたくない職業ってものがあるってことが、わかってないよ」
拓弥「イメクラ嬢が?」
咲美「職種の問題じゃないと思う」
拓弥「じゃあ、なんの問題なの?」
咲美「私が仕事を続けるためになにが犠牲にできるか、ってこと」
拓弥「犠牲?」
咲美「拓ちゃんのこと」
拓弥「俺が・・」
咲美「犠牲」
拓弥「なんの?」
咲美「イメクラ嬢であるために」
拓弥「君がイメクラ嬢であるために・・俺が・・」
咲美「拓ちゃん・・」
拓弥「ん?」
咲美「どっちにするの?」
拓弥「ん・・んん・・俺が選ぶのか?」
咲美「私が選んでいいの?」
拓弥「いや、いや・・俺が選ぶ」
咲美「選んで、選んで・・」
拓弥「ん・・でも、ちょっと待って」
咲美「なに?」
拓弥「今、俺が選べる選択肢ってなにがあるの?」
咲美「ん、とね。禿げるか、禿げないか」
拓弥「ちがうだろう・・」
咲美「(かわいく笑う)ははははは・・うそ、うそ・・一つは私が仕事を続けるから、拓ちゃんはそれをあれこれ言わないで、我慢する。でもこの場合、禿げる」
拓弥「うん・・もう一つは」
咲美「私と・・バイバイする・・この場合は」
拓弥「禿げない・・ん・・キミが仕事を辞めることは?」
咲美「ない」
拓弥「ない・・ないんだよね・・その選択肢は最初からない」
咲美「ない・・なぜなら私は必要とされているし、感謝されているし、それで十分なお金も稼いでいるから・・聞いてる?」
拓弥「聞いてる、ちゃんと聞いてる」
咲美「わかった?」
拓弥「わかった、それはもうよくわかった・・」
咲美「拓ちゃんの側にいたいのに・・」
拓弥「のに・・のにってなんだよ」
  と、咲美、寄ってくるが・・
咲美「暑いよぉ!」
  と、飛び退く。
咲美「そばにいていちゃいちゃしたいのに・・できない・・暑いよぉ・・暑いよぉ・・ねえ拓ちゃん暑いよぉ」
拓弥「そお?」
咲美「暑くないの、拓ちゃん」
拓弥「うん・・なんか、寒くなってきた」
咲美「禿げるか・・別れるか・・でも・・禿げたら・・別れるけど・・」
拓弥「・・もっと寒くなってきた」
  暗転。

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