第25話  『その節は・・』



  市役所の応接室。
  スーツ姿の杉本が座っている。
  お茶などはすでに出されている。
  やがて、入ってくる龍之介。
龍之介「どうも、どうも、どうも・・」
杉本「お久しぶりです・・」
龍之介「どうも、どうも、どうも・・」
杉本「どうも、その節は・・」
龍之介「あ、いやいやいや・・」
  と、龍之介、座る。
龍之介「こちらこそ・・お元気そうで・・」
杉本「はい、おかげさまでやっと荷物が落ち着いたので、ご挨拶にと思いまして・・」
龍之介「今はどちらにお住まいで」
杉本「ええ・・多摩の方に」
龍之介「多摩・・」
杉本「はい、地盤が丈夫だって聞いたもんですから」
龍之介「ああ、地盤がね」
杉本「ええ・・大丈夫です・・もう、それで多摩、選んだようなものですから」
龍之介「丈夫らしいですね、多摩は」
杉本「ええ・・このあたりよりは・・全然」
龍之介「もう、地盤、基準で・・」
杉本「そうですね・・ずいぶん狭くはなったんですけど・・やっぱり安全にはかえられませんからね」
龍之介「ボクなんかまだこの近くに住んでますよ」
杉本「怖くないですか」
龍之介「まあ、ねえ、それはもうしょうがないですからね・・そういえば、原因がわかりましたよ」
杉本「そうなんですか?」
龍之介「ええ・・地下鉄の十二号線ってあるじゃないですか」
杉本「ええ・・・」
龍之介「あれ、地下掘っている最中に水脈に当たったらしいんですよ」
杉本「地下水の」
龍之介「ええ、そうです、そうです・・それで、その水脈をよぎって掘っちゃったもんだから、地下水の流れが変わっちゃったらしいんですよ」
杉本「はい」
龍之介「それでその流れの変わった地下水が、ちょうど杉本さんちの下に」
杉本「溜まっていたってわけですか」
龍之介「そうです、そうです・・かなり溜まっていたんですね、プールみたいに」
杉本「相当溜まってたんですよね・・三件分ですから」
龍之介「ちょっとしたプールより、全然大きいねえ・・範囲で」
杉本「そうですか、そういうことだったんですか・・ああいうことが現実に起こるとは思わないじゃないですか」
龍之介「ボクだって思いませんでしたよ」
杉本「よくニュースでやってましたよね、岡山の方で倉庫が沈んだとか」
龍之介「はいはいはい」
杉本「ああいうの見てても、自分の家は大丈夫だろうって・・思うじゃないですか」
龍之介「そうですよね、ほんとそう・・なにかにつけて、自分だけは大丈夫って思っちゃうもんですからね、人間」
杉本「そうですよね・・ほんと」
龍之介「この、すぐやる課に配属されて、もうずいぶんになりますけど、はじめてでしたよ、あんなのは・・だいたいねえ、蜂の巣とったり、側溝が詰まったとかね・・そんなのばっかですから・・」
杉本「ボクがすぐやる課に電話したのも、うちの前の一方通行の標識が曲がってるから、なおしてくれって、そういうので・・すぐやる課なら、すぐなおしてくれるんじゃないかって」
龍之介「もちろんですよ。すぐにやらなければならないことは、すぐにやります」
杉本「ええ・・それで電話したんですよ」
龍之介「ちょっとした事だったんですよね・・」
杉本「一方通行の標識ですからね・・違うところ指してると、危ないですからね」
龍之介「全然違うほう向いてましたからね・・でもね、行ってみて、まさかね、ボクもあんなに簡単に片手で(とやってみせる)こうやって直せるとは思わなかったですから・・地面が柔らかくてね・・こんにゃくみたいだったですからね・・でもあそこで、おかしいって思うべきだったんですよね・・今にして思えば」
杉本「なんかいつも揺れてたんですよ・・」
龍之介「杉本さんが?」
杉本「ええ・・いつも家に帰るとめまいがするんです・・最初は地震かなって思ったんですけど・・テレビつけてもそんなニュースはやってないし・・それで、病院に行ったんですよ・・どっか体がおかしいんじゃないかって思って」
龍之介「人間ドックとか」
杉本「そうです・・でも、精密検査しても、どっこも悪いとこなくって・・」
龍之介「そりゃそうでしょう・・揺れてたのは杉本さんじゃなくて」
杉本「家だったんですからね」
龍之介「そうですよ・・そうそう・・今は揺れてませんか」
杉本「ええ、大丈夫です・・多摩ですから」
龍之介「・・今でも時々、夢に見ますね」
杉本「ああ、ボクもです」
龍之介「見ますか?」
杉本「見ますね」
龍之介「やっぱりね・・・夢はもちろんですけど、机でこうしてても・・この辺に」
杉本「フラッシュバックが」
龍之介「そう、フラッシュバック!」
杉本「ああ、やっぱり見ますか」
龍之介「見ます、見ます」
龍之介「強烈でしたからね」
杉本「まさかねえ・・」
龍之介「標識なおして・・」
杉本「ほんとにすぐに直して下さってありがとうございますって・・お茶でもどうぞなんてボクが言ったばっかりに・・」
龍之介「いや、お言葉に甘えてあがりこんじゃったボクもボクですから・・」
杉本「あのお茶出している間に、標識はまた違う方向を向いちゃってたかもしれませんよね」
龍之介「かもしれませんねえ・・」
杉本「それでそのお茶飲んでる間に・・」
龍之介「お茶飲んでる間にねえ」
杉本「一瞬でねえ」
龍之介「三階建ての家がまるごと、水の中に落っこっちゃうなんてねえ」
杉本「まるごとですよ・・」
龍之介「どーんって・・地下水のプールに」
杉本「あるんですねえ、ああいうことが・・」
龍之介「だってお茶飲んでて・・(とやってみせる)ドーンですよ・・叩きつけられたもん、天井に・・当たりました?」
杉本「もちろんですよ」
龍之介「あれ、杉本さんちもこういうソファでよかったですよ・・」
杉本「あれがクッションになって助かったんですよ・・」
龍之介「思いもよりませんよ。建物が水の中にドーンって落っこちゃうなんて・・」
杉本「すごい揺れがあって・・いや、揺れっていうか・・衝撃でしたよ」
龍之介「電気が全部消えちゃって・・」
杉本「真っ暗になりましたね。一瞬で・・」
龍之介「よく懐中電灯ありましたよね」
杉本「天井に当たって戻ってきたときに足に当たったんですよ・・」
龍之介「懐中電灯が?」
杉本「そうです、懐中電灯です」
龍之介「あ、そう・・ものすごい偶然ですよね・・懐中電灯あります?って言ったらすぐに、はい!って出てきたじゃないですか」
杉本「運がよかったんですねえ・・でも、懐中電灯で照らしてみても・・なにが起きたのか全然わかりませんでしたよ・・」
龍之介「とにかく部屋の中、めちゃくちゃでしたからね」
杉本「テレビつけようとしたんですけどね」
龍之介「テレビ粉々でしたよね」
杉本「柳沢さんはストーブ探してたじゃないですか」
龍之介「ストーブ、ストーブは? 火の元をまず・・って」
杉本「夏なんですから」
龍之介「真っ暗だから・・耳とか研ぎ澄まされていくのがわかるんですよね」
杉本「目に頼れなくなった分ね」
龍之介「そう、そうそうなんですよ。それでちょろちょろちょろちょろと水の流れている音がしたじゃないですか」
杉本「窓際でね」
龍之介「あれがもう怖くて、怖くて・・」
杉本「それで実際、懐中電灯で照らしてみたら・・」
龍之介「ほんとに水がちょろちょろちょろちょろ出てるじゃないですか・・そりゃちょろちょろちょろちょろ聞こえるよ」
杉本「でも、今でも思いますけど、あの窓ガラスはものすごい強度でしたね」
龍之介「割れなかったからね・・・」
杉本「あの時はまだね・・割れてなかったですからね」
龍之介「杉本さん、憶えてます?・・水、水・・」
杉本「だって水が・・」
龍之介「だからって・・『水、水・・水が・・水だ・・水、水』って、『水ですよ、水、水があ!』、 連呼してましたよ」
杉本「わかりやすくなるんですよ・・ボクはパニックになると」
龍之介「連呼系ですよね」
杉本「とにかく窓の外が水なんですから」
龍之介「地震かと思ったけど、どうも違って・・」
杉本「津波なのか?」
龍之介「でも、津波で窓の外が水?」
杉本「津波中?」
龍之介「そこでもわかんないこと言ってましたよね・・津波中って」
杉本「だから津波の最中なのかなって」
龍之介「いや、津波中の説明はいいんですよ・・・それはありえないんですから」
杉本「それでとにかく上に上がろうって話になって・・」
龍之介「階段に向かったら」
杉本「階段は粉々で・・」
龍之介「天井の穴ですよ」
杉本「天井にこんな小さな穴を見つけて・・」
龍之介「この穴から二階に上がるしかないって」
杉本「どうやって?って聞いたら、柳沢さん、答えるより早く棒を掴んで」
龍之介「(とやってみせる)こんなこんなで・・キチガイみたいに棒でつついて」
杉本「火事場の馬鹿力ってああいうのなんでしょうね」
龍之介「もう、必死でしたから」
杉本「あの時もね、ボクはただ懐中電灯で照らしているだけで・・柳沢さんばっかりに働かせて・・」
龍之介「いやいや・・誰かが照らしてくれてなかったら・・棒でこんな、こんなつっつけませんから・・でも、あの棒はいったいなんだったんでしょうか・・未だにわからないんですけど」
杉本「でも、天井をぶち抜いたんですから」
龍之介「そうとうな、棒ですよ」
杉本「なんの棒だったんだろ?」
龍之介「杉本さんの家じゃないですか」
杉本「いや、うちにあんな棒はありませんでしたよ」
龍之介「え・・え・・なんだったんだろ?」
杉本「それで・・穴があいたと思ったら」
龍之介「その上に家具」
杉本「本棚」
龍之介「それを・・こうやって、テコの原理で下から倒して・・・本棚の本が部屋中に散らばっちゃたんですよね」
杉本「お恥ずかしい・・」
龍之介「いやいや・・うらやましいですよ・・あの」
杉本「それで天井の穴が高くて手を伸ばしても届かなかったから・・」
龍之介「杉本さんが台になって・・」
杉本「(膝を差し出し)ここ、ここを踏み台にしてください」
龍之介「すいません・・とおっ!(と、飛ぶマネをする)」
杉本「天井の穴に手を掛けて・・」
龍之介「必死に開けた穴をくぐって二階に」
杉本「それで二階から柳沢さんが、『なにかロープになるものを』って言われたんで」
龍之介・杉本「腰紐、腰紐、腰紐、浴衣の腰紐、浴衣の腰紐・・」
龍之介「また杉本さんが連呼して」
杉本「やっちゃうんですよね・・」
龍之介「タンスの中で浴衣の腰紐を見つけて何本も結んでロープ作って」
杉本「二階の穴から腰紐が垂れて来て」
龍之介「これに捕まってください・・引っ張り上げますから・・」
  と、龍之介が引っ張り上げるマネをする。
  そして、杉本が引っ張り上げられるマネをする。
杉本「すいません!」
龍之介「それで二階に上がったら・・」
杉本「お恥ずかしい」
龍之介「エロ本が・・部屋中に」
杉本「お恥ずかしい」
龍之介「いやいやいや・・ボクがね、ボクが倒したんですよ本棚は・・テコの原理で・・そのせいで杉本さんの愛読書が・・」
杉本「捨てられないんですよ・・どうしても」
龍之介「わかります、わかります・・でも、拾っていくわけにもいかないから」
杉本「全部見捨てて・・」
龍之介「悲しかったですね・・あれは・・」
杉本「それで二階から三階へ上がろうとしたら・・」
龍之介「階段が・・」
杉本「ガラスの破片だらけで・・」
龍之介「二人とも靴下だけですよ・・観ました? 『ダイハード』って」
杉本「観ました観ました」
龍之介「あんな感じだったじゃないですか・・あのシーン観るだけでいっつも、嫌だなあって思ってたんですよ」
杉本「ええ・・・」
龍之介「自分があんなになるとは思わなかったですからね」
杉本「階段がガラスを敷き詰めたみたいになっちゃって・・靴下で歩こうものなら・・」
龍之介「足の裏、ザクザクですよ」
杉本「それでボクが・・」
龍之介・杉本「おぶっていく」
龍之介「そんなのねえ・・」
杉本「いや、ボクの家にボクが呼んだばっかりに・・」
龍之介「そんなことやらせませんよ、私はねえ、すぐやる課ですよ・・そんな市民相談室の人間が、市民の足にガラスの破片が突き刺さるのを黙って見ていられると思いますか?・・頭の中はもうフル回転ですよ。ああっ!この『ダイ・ハード』のような状況をどうやって切り抜ければいいんだ!でもね、ブルース・ウイリスで考えるからいけなかったんですよ。やばい!ジャッキー・チェンならどうする!って思ったとたんに」
杉本「(とやってみせる)思いついたんですよね、これ」
龍之介「ジャッキー・チェンのあれで!って思いついたんです」
杉本「よくやってますよね、ジャッキー・チェンが」
龍之介「やってますよね・・でもね、正直、ジャッキー・チェンの映画がこんなところで役に立つとは思いませんでしたよ」
杉本「ねえ、二人で・・ガラスだらけの階段を、こうやって・・」
龍之介「上がっていって・・」
杉本「ボクも柳沢さんのあとをついていきましたよ」
龍之介「よくついてこれましたよね・・」
杉本「柳沢さんが大丈夫だから、ボクも大丈夫なはずだ、って」
龍之介「大丈夫じゃなかったんですよ・・」
杉本「え? そうなんですか?」
龍之介「そうですよ・・そんなジャッキー・チェンにできるからって、すぐにボクらがマネしてできるわけないじゃないですか・・一番、開ききったところで、こんなに手がプルプルプルプル震えちゃって・・」
杉本「そうだったですか?」
龍之介「なりませんでした?」
杉本「楽勝でした」
龍之介「ああ、そうだったんですか・・」
杉本「柳沢さんは冷静に対処しているからついていこうと思って・・ただそれだけで・・」
龍之介「冷静なら(とやってみせる)これやりませんよ」
杉本「ああ・・そうですよね」
龍之介「無茶ですよ、今、思うと」
杉本「ですよね」
龍之介「それでようやく三階に辿り着いて・・」
杉本「でも、よかったですよね、不幸中の幸いっていうんですか・・三階建ての建物がズドーンと落ちたのに、三階の窓を開けたら地面がこの辺で・・」
龍之介「なによりも光がね、差し込んでいて」
杉本「ああ、助かったって・・」
龍之介「思いましたよね」
杉本「思いましたよ・・ほんとに・・」
龍之介「あれがまるっきり沈んでたら・・」
杉本「どうなってたでしょうねえ・・」
龍之介「脳裏に焼き付いてますよ・・あのうっすらと明るい三階」
杉本「それで窓を開けて・・」
龍之介「這って出たんですよ」
  と、二人、匍匐前進をやってみせる。
杉本「こうやってね」
龍之介「二人してね・・」
杉本「それで振り返ってみたら・・」
龍之介「向こう三軒が・・」
杉本「地盤沈下してて跡形もなく・・」
龍之介「でっかい・・巨大なプールに沈んでて」
杉本「あれは・・」
龍之介「すごかったですよね・・」
杉本「その時ですよ・・」
龍之介「杉本さんが叫んだの・・則夫がいない!」
杉本「則夫が! 則夫が! 則夫が!」
龍之介「連呼ですよ・・則夫が! 則夫が!」
杉本「則夫を残してきてしまったんです」
龍之介「則夫? 則夫って・・お子さんですか?」
杉本「いえ、ペットです?」
龍之介「ペット?」
杉本「飼っているムササビです」
龍之介「ムササビ? ムササビなんか飼ってるんですか?」
杉本「ええ・・二週間くらい前にうちに迷い込んできたんです・・その則夫が・・さっきの建物の一階に」
龍之介「あの、お茶を飲んでいた部屋に・・」
杉本「そうです・・」
  と、杉本、建物の方へと戻っていく。
龍之介「どこ行くんですか?」
杉本「決まってるじゃないですか?」
龍之介「ムササビを助けに戻るつもりですか?」
杉本「やっと慣れてきたんです」
龍之介「またあの一階に?」
杉本「見殺しにすることはできません」
  と、龍之介、杉本を後ろから羽交い締めにした。
龍之介「せっかく脱出できたんですよ」
杉本「でも、でも、則夫を見殺しになんてできませんよ・・離して、離してください!」
龍之介「わかりました、ボクも行きます」
杉本「え?」
龍之介「ボクも一緒にいきましょう」
杉本「いや、これはボクのペットの問題ですから」
龍之介「それは今、すぐにやらなければならないことなんでしょう」
杉本「はい」
龍之介「すぐにやらなければならないことは、すぐにやります。ボクは市民相談室、すぐやる課の柳沢龍之介です」
  二人、しばし、顔を見合わせている。
龍之介「さあ、行きましょう」
杉本「・・・お願いします」
  と、二人、建物に再び向かおうとするが、
杉本「待ってください」
龍之介「なんですか?」
杉本「靴を・・靴があれば・・」
龍之介「そうですよ・・靴がないと、あのダイ・ハード階段が・・」
杉本「それで、二人で振り返って叫んだんです」
龍之介「僕たちを取り囲んでいる野次馬のみなさんに向かってね」
杉本「(叫ぶ)靴を・・どなたか靴を貸してください」
龍之介「僕たちに靴を!」
杉本「そしたら・・」
龍之介「もうみんなが一斉にこうやって・・」
  と、靴を脱ぎ、その靴を差し出すマネをする。
杉本「もう子供から、おじいちゃんおばあちゃんまで・・」
龍之介「みんなが、靴を差し出して」
杉本「私の靴を使ってください、ボクの靴を使ってください、俺の靴を使ってくださいって・・」
龍之介「すぐに目の前に靴の山ができましたよね」
  そして龍之介、その靴を履きながら、
龍之介「ありがとうございます。新しい靴の請求書は市民相談室すぐやる課へ」
杉本「そしたら・・どうせ税金だろ、なんて心ない声がして」
龍之介「でも、そんなものを気にしている場合じゃありませんからね」
杉本「(靴を貸してくれた人に向かい)ありがとうございます。お借りした靴は必ず、必ずお返ししますから」
  そして、後ろを向いて靴を履き終わった瞬間、曲、カットイン!
  二人、ゆっくりと振り返る。
  そして、それはまるで『アルマゲドン』で宇宙船に乗り込むブルース・ウイリス達のように。
  それはまるで『男たちの挽歌2』でラスト、敵の屋敷に乗り込んでいくチョウ・ユンファ達のように。
  それはまるで『ダーティ・ハリー4』で、オートマグを手に現れるクリント・イーストウッドのように。
  ゆっくりと歩き出す。
  そして二人は、水没したマンションの三階の窓から中へと飛び降りる。
  降り立つ龍之介。
  その横に飛び降りる杉本。
  足場が悪くふらついた。
  咄嗟に龍之介が杉本に手を差しのべて体を支えてやった。
  散乱した部屋の中を歩いていく二人。
  階段を降り、二階へ。
  すぐに一階へ降りるための穴に着く。
  そして、その穴をのぞき込み。
杉本「ああ、もう水があんなに溜まっている」
龍之介「さっきのあれですよ・・隙間からちょろちょろちょろちょろ流れていた水が溜まって」
杉本「早くしないと」
龍之介「則夫君が!」
杉本「則夫! 今、行くからな」
  そして、杉本が穴に降りる。
  ジャボン!
  一階の水位は杉本の足が着くか着かないかくらいだ
  杉本、立ち泳ぎしながら部屋を見回す。
杉本「則夫! 則夫! 」
  見つけた。
杉本「則夫! 家具の上に避難してたのか・・こっちこい・・大丈夫だから・・早く!」
  則夫、杉本の腕に飛び移った。
杉本「則夫! よかったなあ、無事で」
  そして、杉本、二階の龍之介に向かって。
杉本「柳沢さん! 腰紐をください! 則夫を無事に救助しました!」
龍之介「よーし、行くぞぉ」
  と、龍之介、つないだ腰紐を投げ落とした。
  それを掴む杉本。
  しかし、すぐに、
杉本「だ、だめだ・・水で滑って・・」
龍之介「なにやってるんですか・・早く、早く!」
杉本「ボクも普通に生きていて、こんな台詞を口にすることがあるとは思ってもいませんでしたよ。『柳沢さん、もういいです・・ボクのことは放っておいて、こいつと一緒に早く上へ』」
龍之介「なにを言ってるんです! あきらめちゃダメです」
杉本「でも・・でも、水が・・」
龍之介「いいから早く・・上がって!」
杉本「柳沢さんこそ、早く則夫を連れて上へ!」
龍之介「あきらめないで」
杉本「ダメです! もうダメです!」
龍之介「あんたさっき、その借りた靴を返すっていったじゃないですか。必ず返すって、言ったじゃないですか。さあ、諦めないで!」
杉本「でも、でも・・」
龍之介「こんな時は・・こんな時はあれですよ・・ファイトォ!」
杉本「一発!」
  と、その掛け声とともに杉本の手を掴んで引き上げた。
  二人、息が荒い。
龍之介「いや、しかし、言ってみるもんですねえ・・」
杉本「効きますねえ、ファイト一発は」
龍之介「飲んでないのにねえ」
杉本「いや、あれは疲れたときの滋養強壮、体力回復のための飲み物ですから」
龍之介「あ・・ああ」
  と、納得した瞬間。
  二人の足下である、二階の床、一階の天井が崩れ落ちた。
龍之介・杉本「ああっ!」
  そして、一階の海へと落下した。
  二人、荒波に揉まれながら。
杉本「その時ですよ・・足下が崩れて、二人一緒に一階の海に落ちたんです」
龍之介「ああっ!」
杉本「二階の床が、一階の天井が崩れ落ちたんです」
龍之介「二階の床、一面に散らばっていたエロ本も一緒にね」
杉本「エロ本が、エロ本が、エロ本が・・」
龍之介「杉本さん、連呼です!」
杉本「エロ本が、エロ本が、エロ本が・・」
龍之介「二人は大量のエロ本の海を泳いでいたのです」
杉本「十八年、溜めに溜めたエロ本が」
龍之介「エロ本の海ですよ」
杉本「ああ! ボクのエロ本が!」
龍之介「なにを言ってるんです、杉本さん、エロ本はまた買えますけど、あなたの命は買えないんですよ・・さあ、急ぎましょう!」
杉本「柳沢さんと二人で・・エロ本の海を全力で泳いだんです」
龍之介「杉本さんの肩には、丸まったムササビの則夫」
杉本「見上げれば遙か遠くに二階の天井が」
龍之介「とてもじゃないけど、昇ることなんてできっこないところです」
杉本「どうしたらいいんだ?」
龍之介「どうすればいいんだ?・・あ!」
杉本「なんですか、柳沢さん!」
龍之介「ボクが潜って一階の窓を割ります」
杉本「一階の窓を割る?」
龍之介「そうすればこの部屋に水が流れ込んできて、その水の力で上に押し上げてもらいましょう」
杉本「うまくすれば、三階まで押し上げてもらえるわけですね」
龍之介「そうです・・やってみますね」
杉本「お願いします」
  龍之介、息を胸一杯に溜めて潜った。
  潜水しながら窓際へと近づいていく。
  そして、なんの棒かわからないが、棒を探し出して、それで窓を叩いていく。
  やがて、
  SE ガッシャーン!
  窓ガラスが割れた。
  外の水が一気に流れ込んでくる。
  その水に押され、流される龍之介の腕を杉本が掴んで止めた。
杉本「水が、水が、水が・・」
龍之介「わかってます!」
杉本「水が、どんどん・・」
龍之介「よし、これで・・」
杉本「一階の窓から流れ込んできた水で、あっという間に僕たちの体は三階への階段のところまで来ましたよね」
龍之介「早く、こっちです・・」
杉本「ダイ・ハード階段を駆け上がりましたよね」
龍之介「そして、すぐに三階の窓から地上へと」
杉本「大脱出です」
龍之介「外に出てみると」
杉本「ものすごい人でしたね」
龍之介「野次馬がもう、降りる前の何倍、何十倍にもなっていて・・」
杉本「とにかく近所のマンションの階段にも見物人がひしめきあっていて・・」
龍之介「電柱にも人が昇り・・」
杉本「その人々が一斉に拍手ですよ」
龍之介「わー、って・・」
杉本「歓声と拍手が、僕たちを包んだんですよね」
龍之介「だから我々もその声援に応えるべく、まるで『ライオンキング』のオープニングで、すべての動物達の前に、新しいライオンの王の子を差し出したように」
杉本「命からがら助け出したムササビの則夫をみんなの前に突き出してみせたんですよね」
  そして、その通り、突き出してみせる。
杉本「おおおおおぉぉぉ!」
  『ライオンキング』で、差し出した王の子供を雲間から差し込む光が照らし出したように、一条のスポットライトが、龍之介と杉本の姿を貫く。
  曲、さらに盛り上がる。
  龍之介もまた、なにかを宙に差し出した。
龍之介「うおおおぉぉぉ」
杉本「なんですか?」
龍之介「救出した、何冊かのエロ本です」
杉本「ありがとうございます」
  やがて、杉本はムササビを肩に乗せた。
  そして、二人は拍手を送り続ける野次馬達に手を振り、頭を下げていく。
  曲、静かに消えていき、照明もまた地明かりに戻る。
  杉本、龍之介の方に向き直り。
杉本「その節は・・本当にお世話になりました」
龍之介「いえ、お元気そうでなによりです」
杉本「ありがとうございました」
  と、深々と頭を下げて・・
杉本「・・失礼します」
  と、去ろうとする。
龍之介「もしも・・」
  杉本、足を止めて振り返る。
龍之介「もしもまたなにか、すぐにやらなければならないことがありましたら、いつでもお電話ください。すぐにやらなければならないことは、すぐにやります。市民相談室、すぐやる課です」
  曲、カットイン。
  二人、立ちつくして。
  暗転。