第24話  『上を向いて歩こう』

  明転すると、道ばた。
  真由実が立ちつくしている。
  右上を見ながら、
真由実「どんぐりー、どんぐりー」
  左上を見ながら、
真由実「どんぐりー」
  しかし、なんの反応もない。
  やがて缶コーヒーを二つ手にした善之が入ってくる。
善之「いた?」
真由実「いない・・」
善之「こっちもダメ」
真由実「どうしよう・・」
善之「どうしようか・・はい」
  と、缶コーヒーを差し出した。
真由実「ありがと・・どこ回ってきたの?」
善之「家の前の通りから・・ずっとあのフィットネスクラブのビルの裏回って・・吉牛の角曲がって・・住宅街に入ったんだけど・・よく見ると、庭に高い木のある一軒家なんてないんだよね・・」
真由実「ああ・・そうかもね」
善之「一件だけ、木のぼうぼう生えてる家を見つけたんだけど」
真由実「うん」
善之「覗いてたら・・おばさんが出てきて、『なんですか?』 とか言われちゃって」
真由実「(それで)どしたの?」
善之「うん、一瞬ちょっと迷ったんだけど。ホントのことを言っていいものかどうか・・」
真由実「ムササビが逃げ出したんですけどって」
善之「そうそう、言っていいものかどうかさ」
真由実「それでどしたの?」
善之「ペットが逃げ出したんで探してるんです・・って」
真由実「なんのペットですかって聞かれなかった?」
善之「聞かれた、聞かれた・・だから、リスなんですって」
真由実「まあ、リス科だからね、ムササビは」
善之「嘘は言ってない・・そしたら、おばさんが急に親切になって、家の庭に入って探していいよって・・」
真由実「へえ・・いい人だね」
善之「庭に入らせてもらったんだけど・・でも、いなかった・・木とか囓ったあとがあるかと思ったけど、なくて・・」
真由実「どこ行っちゃったんだろ」
善之「それで、宮前公園に行ったんだけど、あそこけっこう高い木あるじゃない」
真由実「うん、木があったのは覚えてるけど、高い木だったのかどうかは・・」
善之「普段、上見て歩いてないもんね」
真由実「そうそう・・今日一日で、いかに自分が下を見て生きている人間だったのかって分かったよ」
善之「公園の木・・けっこう立派でさ・・でも、立派すぎて上の方は見えないんだよね」
真由実「茂ってて」
善之「そうそう・・だから、登ってみた」
真由実「え? 公園の木に登ったの?」
善之「登った・・木登り得意だったんだよ、俺」
真由実「そんなの初めて聞いたよ」
善之「言ってないもん・・・っていうか忘れてたよ・・木登り得意だったこと」
真由実「怒られなかったの? 公園の木に、三十になったオヤジが急に登りはじめて」
善之「ホームレスがベンチで寝てたんだけど、起きあがって俺のこと見てたね」
真由実「公園の木って、どうやって登ったの?」
善之「一番下の枝にこうやって飛びついてね・・あとはこうやって上がっていって・・すいすい」
真由実「怖いじゃない」
善之「下見ると怖いよ」
真由実「上しか見ないんだ」
善之「そうそう・・俺の生き方」
真由実「なに言ってんの?」
善之「それで上がっていたら、見つけたんだよ」
真由実「どんぐり?」
善之「いや、カラスの巣」
真由実「カラスの巣? カラスって巣があるの」
善之「あるよ・・なくてどうするの? カラスはどこに帰るの?」
真由実「山に帰るんだと思ってた」
善之「山ないじゃない、この街には・・」
真由実「そうだけど」
善之「二十・・いや、もっとあるかな・・三十くらいのハンガーがこんなに重なって」
真由実「ハンガー? 洋服掛ける? あれ?」
善之「そうそう・・あれで巣を作ってるの」
真由実「へえ・・ベランダとかから盗んだのかな」
善之「カラスもねえ・・大変だよね」
真由実「ハンガーの巣か・・そうだよね・・どっかに家を作らないと・・生きていけないよね・・」
善之「どんぐりはもう巣を作ったのかな・・」
真由実「まだじゃないかな・・ムササビって夜行性だから・・今はどっか木の上で寝てるよ」
善之「だよなあ・・」
真由実「もともと一生のほとんどを木の上で暮らす動物だからね・・」
善之「まあ、ねえ・・」
真由実「嫌になっちゃったのかなあ・・」
善之「そおか?」
真由実「だってさあ、家のベランダからさ・・すごく気持ちよさそうに飛んで行ったじゃない・・あんなに滑空してるのなんて、家の中じゃ見れないじゃない」
善之「座布団が飛んでるみたいだったよな」
真由実「ほんとほんと」
善之「座布団がぴゅーって・・」
真由実「家のベランダから・・」
善之「座布団ぴゅー」
真由実「どんぐりが手足広げて、四角くなったまま、ぴゅーって・・気持ち良さそうだったなあ」
善之「ああ・・」
真由実「善之君がケージの掃除してるなんて思わなかったからさあ」
善之「俺も・・洗濯物干してるなんて知らなかったからさあ」
真由実「まあ・・お互い悪かったんだけどね」
善之「お互いってことで・・しょうがないやね」
真由実「大丈夫かな、どんぐり・・冬とかになったら・・」
善之「まだ夏になってないよ」
真由実「餌とか大丈夫かなあ・・」
善之「ドングリ食えばいいじゃん」
真由実「ドングリか・・」
善之「どんぐりはドングリが好きだったからねえ」
真由実「だから、どんぐりって名前にしたんじゃん」
善之「でも・・今日さあ」
真由実「うん」
善之「街中をさあ・・」
真由実「うん」
善之「(呼ぶマネをする)どんぐりー、どんぐりーって言いながら歩いててさ」
真由実「うん」
善之「ちょっと恥ずかしかった」
真由実「なんで、かわいいじゃない、どんぐり」
善之「かわいいけどさあ」
真由実「公園の木を登り降りする方が、よっぽど恥ずかしいと思うけどなあ」
善之「どんぐりー、どんぐりー、どこ行ったのどんぐりー」
真由実「帰ってきて・・どんぐりー」
善之「どうしようかなあ」
真由実「張り紙とかする」
善之「張り紙?」
真由実「電柱に」
善之「ムササビ探してます。もしも見つけたら・・って」
真由実「ドングリのあの目つきの悪い写真も添えて」
善之「かわいくないよね・・顔は」
真由実「けど、なんか(肩の)ここから、善之君の肩にぴょーんって・・」
善之「それでまた(自分の肩から真由実の肩に)ぴよーんって」
真由実「ほっとくとずっと繰り返してるんだよね、それを」
善之「狂ったようにね」
真由実「うん・・痛いの・・血が出ちゃったりするの」
善之「痛いんだよね・・加減知らないから」
真由実「(手で)ガッて掴むから」
善之「こっちからこっちにジャンプはできるのに、ムササビのさ、滑空はできないんだよ」
真由実「そう、ホントはムササビって、ここを(翼を)使って飛ぶのに・・」
善之「なにもかも教えてあげなきゃなんなかったからさ」
真由実「最初は、ひまわりの種の食べ方からだもん、(食べる仕草をして)こうこうこうって」
善之「そうそう・・(と、ひまわりを食べ始める)こうやって、こうやると・・中が出てくるだろって」
真由実「あれ、善之君が言っていること、わかってたのかな」
善之「一生懸命説明しても、きょとんとしてたけどねえ・・でも、教えないとねえ・・ほら、寒くなって木の葉がなくなったら、ひまわりの種とか、ドングリとか、クヌギとかを食べなきゃなんなくなるじゃない・・」
真由実「そうだよ・・」
善之「(再び、ひまわりの種を食べ始め)ほら、おいしー、おいしー・・やってみろ」
真由実「見てないんだよ(と、無理矢理善之の方を向かせる)こっち向け、って押さえつけておいてさあ」
善之「それでドングリも(と、ドングリを割ってやる)こうやってやるの・・そうすると中がおいしいんだから・・ほら・・はい、今度は自分で」
真由実「手で持たせてね・・」
善之「食べる物はね・・すぐに覚えてくれたんだけど」
真由実「飛ぶのがやっぱ・・」
善之「自分が空を飛べる動物だって・・どんぐり自身が気づかないと飛べないからねえ」
真由実「壁とか登るようにはなったんだけど、上まで行って、怖くてそのまま降りてきちゃってね・・」
善之「空を飛ぶほ乳類は二種類しかいないんだよ」
真由実「え、ムササビとなに?」
善之「モモンガ」
真由実「あ、そうなんだ」
  と、善之、立ち上がりタオルを背に。
善之「ほら、どんぐり、見てろ・・」
  と、飛ぶマネをする。
真由実「バスタオルだったんだよ」
善之「どんぐり、見てろ・・ここでこう! こう! こう!・・ここでこう! こうやって飛ぶんだ! ほら! ほら! ほら!」
真由実「私がまた押さえて・・どんぐり、見てなさい・・ほら」
善之「こう! こう!」
真由実「それで一緒にやったんだよ(も、またドングリの脇腹を持って)せーのこう! こう! こう!」
真由実「一週間くらい掛かって、ようやくカーテンレールから飛んだんだよね」
善之「どんぐり! 飛んじゃえ!」
真由実「飛んだどんぐりよりも、私たちの方が感動しちゃったから」
善之「だって俺達は飛べないくせに、飛び方教えるんだからさあ」
真由実「おかしいよね・・自分はできないのに、教えてるんだから」
善之「いろんなこと教えたよね、どんぐりに」
真由実「飛び方・・教えなかったら、ベランダから飛んでっちゃったりしなかったかなあ」
善之「かもね・・」
真由実「こう! こう! って飛び方特訓しちゃったから」
善之「でも、飛べる動物が飛べないのはかわいそうだよ」
真由実「ああ・・ねえ」
善之「飛べる動物は飛んだほうがいいじゃない」
真由実「そうだよね」
善之「そうだよ・・絶対そうだよ」
真由実「ドングリの食べ方も教えたからね」
善之「ひまわりの種の食べ方も・・」
真由実「葉っぱもいろいろ食べさせたから・・なんでも食べれるようになったし」
善之「よかったね・・あの時、いろいろ教えておいて」
真由実「覚え悪かったけど」
善之「根気よくやっておいてねえ・・」
真由実「そうそう・・手とか傷だらけになったもん・・囓られたり、引っ掛かれたり」
善之「これでもしも、戻って来なかったとしても、自分一人でなんとかやっていけるとは思うよ」
真由実「飛べる動物は飛んだほうがいいもんね」
善之「飛べるから・・逃げちゃうこともあるよ」
真由実「飛び方教えてよかったんだよね」
善之「だって・・気持ちよさそうに飛んでったじゃない、」
真由実「ぴゅーってね」
善之「座布団ぴゅー」
真由実「座布団ぴゅー」
  ゆっくりと暗転。