第22話  『万引きストーカー』



  お台場の公園。
 ベンチに一人座っている亜希。
  と、スタバのコーヒーを持ってくる植田。
  一つを亜希に渡し。
植田「これでいいのかな」
亜希「あ、ありがとうございます」
植田「あ、気をつけてね」
亜希「はい」
植田「モカってやつ?」
亜希「ああ・・モカ」
植田「モカね」
亜希「モカで」
植田「スタバは難しいね・・」
亜希「コーヒーですよね、モカって」
植田「チョコレートが入ってるやつ」
亜希「ありがとうございます」
  と、植田、亜希の横に腰を下ろし。
植田「いや・・待っててくれるとは思わなかったよ」
亜希「まあ、一応・・お昼の食事代もまだ払ってないし」
植田「逃げちゃうかと思ってた」
亜希「いや、そんなあ・・」
植田「だって、逃げられるでしょ・・今、チャンスだったじゃない」
亜希「ああ・・まあ、ねえ、そうだったんですけど・・お寿司のお金、払わないと」
植田「いや、いいって、あれは」
亜希「いや、払います・・あとで銀行に行って」
植田「俺が誘ったんだから」
亜希「私がお寿司食べたいって言っちゃったばっかりに」
植田「そんなそんな・・かえって悪いじゃない」
  と、植田、亜希がずっとさっきからモカを飲んでいないことに気づき、
植田「あ、冷めないうちに・・あ、でも、すっごい熱いかもしれないけど」
亜希「あったかいのが飲みたかったんで」
植田「あ、そう」
亜希「ちょっと寒くなっちゃって・・」
植田「観覧車?」
亜希「ええ・・高い所ちょっと苦手だし」
植田「でも、ほら、きれいだったでしょ」
亜希「・・・はい」
植田「きれいだったよねえ」
亜希「寒かったかな」
植田「寒かった?」
亜希「ちょっと」
植田「窓開けたのが、あれだったかな」
亜希「そうですね・・恐怖倍増でした」
植田「風冷たかったしね」
亜希「はい・・」
植田「・・飲みな、あったかいの」
亜希「あ、はい」
植田「あ、ちょっと」
  亜希のカップを取り上げて口をつける。
植田「あ・・うん、あったかい」
  そして、それを戻す。
植田「はい」
亜希「あ、どうも」
  亜希、飲む気をなくしたよう。
植田「次、どこ行こうか」
亜希「まだどっか行くんですか?」
植田「え、疲れた?」
亜希「ええ・・疲れました」
植田「一日(いちんち)だからねえ・・」
亜希「ええ・・まさかこんなに遠くまで来るなんて思ってもみませんでしたから」
植田「映画行こうか、映画」
亜希「映画・・どうして?」
植田「だって寒いんでしょ」
亜希「はい」
植田「あったかいじゃん、映画」
亜希「ああ、室内だから」
植田「そう、なに観ようか・・『エピソード2』は?」
亜希「『スター・ウオーズ』ですか?」
植田「そう」
亜希「おもしろいんですか、あれ」
植田「おもしろかったよ」
亜希「もう観たんですか?」
植田「観たよ」
亜希「え、それで今からまた観るんですか?」
植田「そう」
亜希「解説とかしないですよね、耳元で」
植田「え、なにそれ」
亜希「いや、ほらよくいるじゃないですか。一度観た映画の解説する人って・・次の
シーンのこととか先に言ったりして」
植田「ああ・・いるねえ・・え、なに、解説して欲しいの?」
亜希「いえ・・そういうことじゃないんですけど」
植田「シネコンあるからね、お台場は」
亜希「メディアージュ」
植田「シネマコンプレックス・・ね、シネマ・・映画・・コンプレックス・・劣等感」
亜希「複合映画館です」
植田「観ようか、『エピソード2』」
亜希「他のにしませんか・・」
植田「え、なになになに? なにがいい?」
亜希「『模倣犯』とか」
植田「え、『模倣犯』って今朝、万引きしたじゃない」
亜希「ええ・・」
植田「上巻」
亜希「でも、分厚いから読むのめんどくさいかなって・・映画なら2時間で全部わかるし・・」
植田「じゃあ、なんで万引きしたの?」
亜希「なんとなくです・・」
植田「へえ・・そうなんだ」
亜希「はい」
植田「そうだよねえ・・お金に困って万引きしてる感じじゃないもんねえ」
亜希「お金じゃないですよ」
植田「じゃあ、行こうか・・『模倣犯』」
亜希「あ、いや・・」
植田「え、どうして、『模倣犯』がいいって言ったのはキミでしょう」
亜希「ええ・・そうなんですけど・・でも、本も持ってるし」
植田「読むの面倒くさいんでしょ」
亜希「うーん・・でも、私のそういうところってよくないかなって・・せっかく手に入れたのに・・ねえ・・」
植田「じゃあ、なににしようか『メン・イン・ブラック2』は?」
亜希「(乗り気ではなく)ああ・・・」
植田「おもしろかったよ」
亜希「観たんですか?」
植田「観た観た」
亜希「・・映画じゃないところは・・」
植田「映画じゃないところ? それはどこ?」
亜希「うん・・だから・・」
植田「どこ行きたい。言ってよ」
亜希「だから・・だから・・いいんです、行っても・・警察に」
植田「警察行きたいの?」
亜希「いや行きたいわけじゃないですけど」
植田「警察行っても・・」
亜希「でも見てたんですよね。私が万引きするとこ。私を・・どうしたいんですか? どうするつもりなんですか」
植田「どうする・・どうしようか?」
亜希「あの、警察行くんだったら行って下さい。私、別に怖くないですから」
植田「そう」
亜希「ええ・・どうしたいんですか? あ、私と寝たい?」
植田「うん?」
亜希「そうなんですか? それが目的なんですか?」
植田「ちがうよ・・なに言ってるの、突然・・こんなお台場で・・女の子が急に・・寝たいんですか? なんて・・お台場だよ・・自分から言っている女性なんて一人もいない所だよ」
亜希「・・・万引き見つかって、お寿司ごちそうしてもらって、観覧車乗って・・映画観せてもらって。それで私にできる事といったらホテルに行く事ぐらいしかありませんね」
植田「だめだよ、自分を大事にしなきゃ」
亜希「あの、じゃあ、帰ります。(立ち上がる)」
植田「なんで」
亜希「いや、用事がないんであれば、帰ります。本当に今日はありがとうございました」
植田「待てよ」
亜希「はい?」
植田「帰るなよ」
亜希「・・・」
植田「帰るなよ」
亜希「だって」
植田「いろよ」
  亜希、座る。
植田「どこ行こうか。なんか買ってあげるからさ・・欲しい物言って」
亜希「別にないです」
植田「ほんとに?」
亜希「今は・・欲しい物は」
植田「ほんとに今、欲しい物はないの?」
亜希「欲しい物・・帰らせてほしい」
植田「ん・・それ以外」
亜希「ですよね」
植田「彼氏いる?」
亜希「いたら・・なんなんですか?」
植田「いたら悪いかなあと思って」
亜希「悪いって・・なにが悪いんですか」
植田「彼氏にこういうとこ見られたらまずいでしょう」
亜希「まずくはないですよ」
植田「道行く人にはどういうふうに映ってるのかなあ」
亜希「恋人・・じゃないですかね」
植田「恋人かぁ・・」
亜希「・・・初めてですよ」
植田「なにが?」
亜希「初めて見つかりました。生まれて初めてです」
植田「なに?」
亜希「万引き。二十年やってて初めて。もう誰も見つけてくれないんだって思ってました」
植田「二十年・・・?」
亜希「5つの時から。5つの時に、『なめ猫』の下敷きをジャンパーに隠して」
植田「なめ猫?」
亜希「流行ってたんです・・好きだったんです。横浜銀蠅・・」
植田「そうなんだ」
亜希「それから二十年。だからいいですよ、警察行っても。来る時が来たってだけですから」
植田「警察に行ってどうするの?」
亜希「うーん。とりあえずひととおり怒られるのかな。子どもの頃はよく捕まったときのことを考えてたんですけど、最近全然考えてなかったなあ・・子どもは泣けば許してもらえるだろうけど、私でも大丈夫だと思いますか?」
植田「どうだろうね」
亜希「どう思います?」
植田「わかんないなあ」
亜希「私、やっぱ二十年分怒られるのかなあ?」
植田「言わなきゃいいんじゃないの」
亜希「だって刑事さんに責められたら。言っちゃうかもわかんないし。二十年分言ったら・・何日かかるかな」
植田「いいじゃない、警察じゃないところに行こうよ・・どこ行こうか?」
亜希「もうやめて下さい。すいません。いま私それどころじゃないんです、ほんとは」
植田「そう言わないでさあ」
亜希「行きたいとこありました」
植田「え、どこどこ?」
亜希「プリクラ」
植田「プリクラ?」
亜希「プリクラを、見つかった記念に、二十年目に見つけた人と、見つけられた私とツーショットで」
植田「やったことないけど、それでもよければ喜んで」
亜希「・・見つけた瞬間とかって、どういう気持ちなんですか?」
植田「なにしてんだろう・・ってかんじかな」
亜希「ああ・・参りました」
植田「でも気にしなくていいよ」
亜希「でも、負けは負けです。死ぬまで見つからないと思ってましたから」
植田「そうか・・じゃあ、今日のあの一瞬は運命の出会いだね」
亜希「運命の出会いか・・」
植田「あのさあ、オレのこと、どう思う?」
亜希「どうって何がですか? まだ会ったばっかりですから。会って6時間くらいですけど」
植田「もっと長く一緒にいればわかってもらえるのかな。オレのこと」
亜希「え? え? わかるって、どういうことですか?」
植田「・・また今日みたいなデートしようか」
亜希「・・デート」
植田「今日のこれ、デートでしょ・・お昼一緒に食べて・・お台場来て、観覧車乗って・・スタバのモカ、飲んで」
亜希「あの、彼女とかいらっしゃらないんですか」
植田「いたよ」
亜希「今はいらっしゃらないんですか。
植田「うん。死んだ」
亜希「え?」
植田「2年前」
亜希「・・すいません、変なこと聞いちゃって」
植田「オレのこと・・好き?」
亜希「はい?」
植田「オレのこと・・好き? ・・どう?」
亜希「すみません。あの、ほんとにもう帰らせて下さい」
植田「ダメだよ」
亜希「・・・・・・・」
植田「・・でも、あれだな。あまりしつこくすると嫌われちゃうかな。オレ、こういうの久しぶりだから、わかんなくなっちゃったんだよね」
亜希「はあ」
植田「オレってしつこい? しつこいかな? これ以上無理につき合わせると嫌われるか。今日はこの辺にしとくか。楽しかったよ。じゃ、また」
  と、植田立ち上がった。
亜希「あの警察は?」
植田「警察に行きたいの?」
亜希「え、でも」
植田「じゃいいよ」
亜希「あの、今日はなんだったんですか?」
植田「デートだよ、デート。楽しいデート。またね」
  と、植田、登場した時と同じように何気なく立ち去った。
  亜希、それを見送って。
亜希「これで・・これでなにもかも終わると思ったのに」
  唐突に暗転。