第20話  『流れ星、落ちる先』



  コンビニの狭い控え室。
  エプロンした善之がパイプ椅子に座って
  一人で煙草をふかしている。
  店内放送がかすかに聞こえている。
  やがてやってくる拓弥。
拓弥「お疲れさまね」
善之「あ、おはようございまーす」
拓弥「ああ(ため息のようなもの)」
善之「あ、拓ちゃん、拓ちゃん、拓ちゃん・・」
拓弥「え、なになに?」
善之「あのさあ」
拓弥「うん」
善之「ちょっと話あんだよね」
拓弥「なになになに」
善之「あのさあ、辞めたいんだけどさ」
拓弥「なにを?」
善之「ここ」
拓弥「え?・・バイト?」
善之「そう」
拓弥「辞め・・なんで?」
善之「なんでっていうか」
拓弥「え、いつ?」
善之「今日じゃなくてもいいんだけど」
拓弥「(呆れて)今日・・今日は困るよ」
善之「でしょ、今日じゃなくてもいいんだけど・・なるべくすぐ」
拓弥「え?なんで辞めるとか・・言ってんの?まだ入って三ヶ月じゃん」
善之「うん・・・三ヶ月・・キリもいいし」
拓弥「なんのキリがいいんだよ・・全然わかんないよ。ようやっとさ、仕事も全部教えてさあ、一人でなんでもできるようになったわけじゃない・・これからでしょう・・」
善之「うん」
拓弥「ここでさ、これからってとこでしょうが」
善之「これからっていうか、覚えちゃったから、これで終わり、かなって」
拓弥「なんで覚えて終わりなんだよ。覚えてからが仕事でしょう」
善之「まあ、ねえ、そうなんだけどさあ」
拓弥「そうでしょ・・なんかあれ、それが理由? 違うでしょ、なんか他に理由あるの? あるんでしょ。なに?なんなの?」
善之「いや、・・なんか違うな、みたいな」
拓弥「何それ?そういう理由で辞めるって言ってるわけ?そんな理由じゃ認めらんないよ。だって、ほら今、辞められるときついんだよ。ね、わかるでしょう」
善之「わかるわかる。それはわかる」
拓弥「だって辞めてどうするの?」
善之「いろいろ・・考えてはいるんだけどね」
拓弥「たとえば?」
善之「たとえばとか・・いいじゃん」
拓弥「この先どうすんの?」
善之「まだいいじゃん」
拓弥「だって奥さんいるんでしょ」
善之「うん・・ペットもいるよ」
拓弥「どうすんのよ」
善之「どうしようかねえ」
拓弥「ここ以外でさ、田端君を必要としているところってあるの?それ、聞いてみたいんだよ」
善之「失礼だな、ありますよ、そんなのいくらでも」
拓弥「どこよ」
善之「どこでも」
拓弥「どこよ」
善之「それ言わなきゃいけないの?言わないと辞めさせてくれないの」
拓弥「そう、辞めさせてくれないの」
善之「なんで?」
拓弥「だって、こっちだってさ、ここよりも田端君を必要としているところがあるんだなって、わかればしかたないって納得できるってもんでしょう」
善之「うん、まあ、それはね」
拓弥「どこよ・・ほらぁ。店長もさ、いや田端君はよくできてすごいねえ・・」
善之「あ、ほんとに?」
拓弥「仕事、覚えんのは早いし、遅刻も欠勤もないし・・って。なかなかねえ、三ヶ月じゃここまでなれないよ、って」
善之「あ、そう・・」
拓弥「言ってたんだよ、店長が」
善之「申し訳ない」
拓弥「すごいまじめにやってくれてるって・・だから、任せられるねえ、店をって」
善之「任せないで、俺に」
拓弥「他にいないじゃない、使えるバイトが」
善之「拓ちゃんがいるじゃない、この店には」
拓弥「いやいやいや・・俺だってね、いつまでいるかはわからないじゃない」
善之「辞めるの、拓ちゃん」
拓弥「辞めたいよ、俺だって」
善之「辞めたい?」
拓弥「辞めたい」
善之「辞めてどうすんの、明日から・・」
拓弥「いや、今日辞めるってわけじゃないけど」
善之「いつ辞めるの?」
拓弥「なるべく早く」
善之「どうすんの辞めて」
拓弥「この十一年、同じところに来て、同じことやって来たんだよ・・どうよ、それ」
善之「これからも続けていけばいいんじゃないかな」
拓弥「繰り返しじゃない」
善之「それが仕事ってもんでしょ」
拓弥「さっきと言ってることが違うじゃない」
善之「なんで?」
拓弥「さっきは仕事ひと通り覚えたから辞めるっていったじゃない」
善之「それは自分の場合でしょ・・」
拓弥「人にはちがうこと言うの?」
善之「そうだよ・・当たり前じゃん。自分に優しく人には厳しくでしょう・・」
拓弥「なに言ってんの?」
善之「忙しいことはいいことでしょう」
拓弥「いいことか?・・俺、去年と、二年前と三年前の区別がつかなくなってきてるんだよ・・毎日毎日同じ事ばっかりやってるから・・節目とかないんだよ」
善之「今、辞めるじゃない・・それでその次の日から自由だって思うじゃない」
拓弥「うん」
善之「一日もたないと思うよ。なにしていいのかわからなくなるよ」
拓弥「なんで?」
善之「コンビニバイトが体をむしばんでいるから」
拓弥「むしばむってなんだよ、むしばむって」
善之「やられてるんだよ・・コンビニに・・もう体の八十パーセントくらい・・」
拓弥「ちがうよ。俺だって毎日ちがったことくらいできるよ」
善之「気になるよ・・店のことが辞めてしまったのに、気になっちゃう・・」
拓弥「なんないよ」
善之「なるって」
拓弥「なるか」
善之「なるよ」
拓弥「なるか・・」
善之「テレビ観てていいのかな、俺って」
拓弥「なるか」
善之「なるよ」
拓弥「そうなるのか俺は・・・え、ってことはもうコンビニなしでは生きられないってことか」
善之「十一年だからね・・人生の・・半分?」
拓弥「三分の二?」
善之「どっぷりはまってるんだよ。ここに・・」
拓弥「そこから俺は脱却していかないとマズくない?」
善之「ホントに脱却するつもり、あるの?」
拓弥「あるよ・・だから田端君にこの店を任せてね・・がんばってもらってね」
善之「でも、輝いてるよ」
拓弥「誰が?」
善之「拓ちゃん」
拓弥「いつ?」
善之「レジにいても、品出ししてても・・ここが俺の生き場所だ、って感じ」
拓弥「生き生きしてんの?」
善之「してるしてる」
拓弥「コンビニで?仕事中に?」
善之「だって、全部、完璧じゃん」
拓弥「十一年もやってくりゃさあ・・」
善之「値段わかんない時に、拓ちゃんに、これいくらですか?って聞いたらさ」
拓弥「うん」
善之「バーコード読んで、三百四十円ですって」
拓弥「嘘だよ!いくら俺が十一年コンビニにいてもバーコードは読めないよ」
善之「だから拓ちゃんは辞めちゃだめだって」
拓弥「だからって・・だからが繋がってないじゃない」
善之「ダメだろう」
拓弥「なんでだよ」
善之「いないと・・必要な人なんだよ」
拓弥「俺は一生、このコンビニに必要な人として生きていくわけ」
善之「なんで辞めたいの?」
拓弥「だってこのままじゃいられないでしょう。だって今、俺、二十六だよ。あと四年で三十だよ」
善之「ああ、今の俺の年ね」
拓弥「三十でさあ、コンビニのバイトはやってられないでしょう」
善之「え、ちょっと待って」
拓弥「ねえ」
善之「え、俺は?今の俺は?」
拓弥「いや、田端君は田端君の人生、俺は俺の人生、ね」
善之「うん、それはそうなんだけど・・」
拓弥「新しいことをこれから始めてさあ、それでも、二年三年かかったら、すぐにね、もう三十なわけじゃない。そう考えると、俺は今が辞め時なんだよ。三十で一人前になるために、なの・・田端君みたいにいい加減な気持ちで辞めるって言ってるんじゃないの」
善之「ふうん」
拓弥「聞いてる?」
善之「ああ・・もちろん、だいたい聞いてた」
拓弥「だいたいじゃ、ダメでしょう」
善之「でも、もう俺は・・辞めた・・わけじゃない」
拓弥「辞めてないでしょう」
善之「辞めたことにして話を始めない?」
拓弥「始めないよ」
善之「いや・・でも、早い者勝ちでしょ、こういうのって」
拓弥「決断が早すぎると思うよ。時給だってね、上がっていくよ、すぐに」
善之「ああ・・ねえ」
拓弥「さっきも言ったじゃない、店長がね、田端君のことすごく評価してるのよ。だから、時給がね・・もうすぐ上がると思うんだ。異例だよ。三ヶ月で時給があがるなんて」
善之「そうなの」
拓弥「そうだよ・・」
善之「どれくらい上がる?」
拓弥「十円」
善之「十円?」
拓弥「そう・・能力給として十円・・今時給は?」
善之「八百二十円」
拓弥「ね、すぐだよ、もうすぐ八百三十円になるんだから」
善之「十円?」
拓弥「十円」
善之「金とか・・そういうんじゃないんだけどなあ」
拓弥「なに、それは十円だから?十円しか上がらないから」
善之「いや、それはね」
拓弥「そうでしょ」
善之「そうですよ」
拓弥「そうだよな」
善之「だって十円だもん。十円・・って、八時間働いて、八十円でしょ。なにが買えるの?八十円で・・八十円・・八十円かよ・・能力給でしょ・・俺の能力十円?」
拓弥「上がらないより上がった方がいいでしょう・・いいじゃない、やっていこうよ」
善之「だって俺、八時間働いて八十円だよ・・八十円ってさ・・なんか懐かしいよね・・」
拓弥「そお?」
善之「八十円ってさ、言わないもん最近」
拓弥「言うよ・・八十円大事だよ」
善之「八十円って、なにも買えないじゃない」
拓弥「買えるよ・・うちだって置いてるじゃない、チキンラーメンとかさ」
善之「チキンラーメン・・」
拓弥「あ、だめだ・・チキンラーメン買えないや、八十二円だ」
善之「買えないの?」
拓弥「買えないよ・・八十二円だもの」
善之「なに?俺、一日働いても、チキンラーメンさえ手にすることができないの? コ
ピー八枚・・とっておしまいだよ」
拓弥「ああ、それはねえ」
善之「俺、いつも置く方向間違っちゃうから、二枚くらいは無駄になるんだよ・・」
拓弥「間違うなよ、間違わなきゃいいじゃん・・あ、お茶も買えるよ」
善之「お茶?お茶か・・」
拓弥「お茶いいよ。汗ダラダラかいてさあ、涼しいコンビニに入ってお茶を買う・・ね」
善之「なんで、なんでなんでなんで? 八時間涼しいコンビニで働いてるのに、なんで汗だらだらなの?」
拓弥「生き返ったって思うよ・・生き返ったって思うってことはそれまで死んでたってことなんだよ、死んだって・・ねぇ。あ! 香典袋! 六十円!」
善之「香典袋、六十円で・・あと二十円しか入れられないじゃん」
拓弥「まあ、ねえ」
善之「お悔やみ申し上げます・・・とか言って、チャリンチャリンって袋の中から音がしちゃうよ。・・八十円ってそんなもんなんだよ。タクシーのメーターだって八十円単位で上がるじゃない」
拓弥「ああ、そうだよね」
善之「二百・・」
拓弥「二百八十メートルが八十円」
善之「走ったら、三十秒くらいで着くじゃん・・それが八時間だよ」
拓弥「すでに単位が違ってきてないか?」
善之「深夜だったら三割増しになっちゃうんだよ・・二百メートルくらいだよ・・十一時以降の二百メートルだよ・・八十円って・・けっこう近いよ、二百メートルって・・俺は二百メートルなの?」
拓弥「だから単位が違ってきてるって」
善之「八十円ってそんなものなんだよ・・見えるよ、二百メートルって・・だって能力給でしょ、俺の能力は二百メートルなの?」
拓弥「なんの単位なの?俺の能力、二百メートルって・・あ!八十円切手買えるよ」
善之「八十円切手か・・あ、でも、切手だけだと送れないじゃない・・八十円切手のどこに住所を書けばいいの?」
拓弥「どうしたの?嫌な汗かいてるよ」
善之「辞めさせて!」
  と、手を合わせる。
拓弥「手、合わせなくてもいいからさあ」
善之「辞めたいんだけど」
拓弥「いや、辞めたいのはわかったから」
善之「いいじゃん。俺、悪いことしてないじゃん。俺、一生懸命やったよ」
拓弥「やったよ、やってたよ。だから今、辞められたらつらいなって話なんじゃん。でしょ。先に辞めるなよ。俺の方が長いんだからさ。辞めるならまず俺からでしょう」
善之「いや、いやいやいや」
拓弥「それはほらあれだよ。親よりも先に死ぬようなもんだよ」
善之「辞めるの、拓ちゃん」
拓弥「辞めたいよ。もう・・」
善之「なんで、なんで辞めるの・・ここまでずっとがんばってきたんでしょう、コツコツと」
拓弥「う、うん・・」
善之「辞めちゃだめだよ」
拓弥「なんでだよ」
善之「だってここの中心じゃん。このコンビニは店長と拓ちゃんでもってるんだからさ」
拓弥「これからは店長と田端君でやっていくんでしょう」
善之「辞めちゃだめだよ。どうすんのここ」
拓弥「だからしばらくの間、田端君がね・・」
善之「いや、今まで通りに店長と拓ちゃんの二人三脚でね・・やっていけばいいじゃないの・・俺はね、たまには買いにくるから」
拓弥「たまにか・・たまに来るなよ。たまになんか来るなよ・・だってさあ、今、田端君が辞めたら千成さんでしょ(と、やる気のない千成のまね)いらっしゃいまへえ・・あと誰?ヨッシーでしょ」
善之「ああ、ヨッシーねえ」
拓弥「ヨッシー来ねえもん」
善之「今日も来てねえもんな」
拓弥「でしょう、だから俺入ってるんだから・・あとは誰?ガンちゃん?・・あいつ来ると仕事増えるから」
善之「やる気はあるんだけどなあ」
拓弥「やる気はあるけどさあ」
善之「からまわっちゃうからなあ」
拓弥「レジに二人並ぶと、もういっぱいいっぱいだからさ」
善之「この前、五人並んだんだよ」
拓弥「うそ!まじで?」
善之「見てて、もうおっかしくって」
拓弥「見てないで助けてやれよ」
善之「だって、シャンプー電子レンジに入れるかな」
拓弥「それ、ビデオに残ってないかな」
善之「あ、あるかも・・三時半くらいだったよ」
拓弥「あ、そう」
善之「夜中だからもう半分くらい寝てたと思うよ」
拓弥「そんなんしか残ってないんだよ。それでその穴埋めるために、俺と店長が必死こいてさあ・・店長だって今週もう九十時間入ってるってよ。九十時間。人間の働く時間じゃないよ。九十時間って・・」
善之「一日十八時間とか言ってるからなあ」
拓弥「いつ寝てんだろね・・だからさ・・そんな店長を助ける意味でもさあ。残ってよ」
善之「ん・・・」
拓弥「なんだよ」
善之「助けるか・・」
拓弥「お世話になってるだろ」
善之「ん・・・」
拓弥「店長も頼りにしてるんだからさ、田端君のこと」
善之「頼りにされてもさあ・・」
拓弥「だってさあ、俺がいなくなって田端君もいなくなったらこの店、どうなるのよ・・大変でしょ、店長とか」
善之「いなかったらいないで、人間ってどうにかするもんだよ」
拓弥「それでどうにかなってたら、今までだってもっとどうにかなってるでしょう。店長は今週も九十時間働かなくてもすむんじゃないの?」
善之「だから拓ちゃんがいるからでしょう」
拓弥「なにが?」
善之「拓ちゃんがいるから、ほんとにね、ほんとに大変になんないんだよ。店長が大変な時は、拓ちゃんがいるからさ・・店長が拓ちゃんにね、悪い意味で頼っていると思うんだよ・・」
拓弥「そ、そうなの?」
善之「俺はね、この三ヶ月、ずっとね、そう思ってた」
拓弥「ずっと?」
善之「ずーっと・・もしも拓ちゃんがいなかったらね、なにがなんでもガンちゃんを使える奴に教育しているはずじゃない」
拓弥「ああ・・」
善之「ね・・そうでしょ、でも拓ちゃんがダメなガンちゃんの分まで働いちゃうから・・状況は変わらないのよ」
拓弥「はあ・・無駄に年くってないねえ」
善之「拓ちゃんが店のために働けば働くほど、店の労働環境は改善されないんじゃないかな」
拓弥「ホントに?」
善之「ホントホント」
拓弥「俺か?」
善之「店長も、ガンちゃんもヨッシーも、みんな拓ちゃんがいるから成長できないんじゃないかな」
拓弥「じゃあなに、俺はこの店のためにも辞めたほうがいいってことか」
善之「そういうことだね」
拓弥「あ、そうなんだ」
善之「だからさ、一緒に辞めようよ、拓ちゃん」
拓弥「え、ちょっと待って、ちょっと待ってよ、本当にそれでいいのか?本当にそういうことなのか?」
善之「それが店のためだよ」
拓弥「店のために辞める?俺のために辞めるんじゃないの?」
善之「みんなのためだよ」
拓弥「俺はさ・・必要とされてないの?」
善之「それはねえ・・わかんないけど・・」
拓弥「え、ちょっと待って、今は嘘でもいいから、必要だよって言ってくんないかな・・俺は必要とされてないの?俺はさ・・なんのために辞めるの?」
善之「自分って遠くから見ないとねえ・・」
拓弥「遠くからって」
善之「だいたいねえ、拓ちゃん、宇宙から見たらこんなコンビニなんてねえ」
拓弥「なによ」
善之「見えないんだよ」
拓弥「宇宙から見るからだろうが」
善之「そんなものよ、そんな宇宙から見たら見えないくらいの小さな場所が拓ちゃんのすべてなの?」
拓弥「すべてじゃないよ・・別にすべてじゃないよ」
善之「すべてじゃないんなら辞めようよ」
拓弥「え、ちょっと待って、ちょっと待って・・だんだん腹が立ってきた」
善之「でしょ・・」
拓弥「ちがう」
善之「ちがうよね」
拓弥「ちがうよ、みんな違うよ」
善之「そうだよね」
拓弥「あんたも違うよ」
善之「え、なんで?」
拓弥「だって俺、間違ってないもん・・おかしいよ、みんな・・そんなの、俺はね、やるべきことを精一杯やってきただけだよ。お金もらってそのぶん働いてるだけだもん。それでさあ、他のバイトよりも長くやっているし、長くやっている分要領もいいし、経験値もあるから仕事はできるよ。でも、それは当たり前じゃない・・俺的には当たり前なんだよ、それでいいんだよ。他の奴がどうだかしらないけど、今、俺がそんなふうに働き過ぎでみんながそれに助けられているのか、頼っているのか、なんなんだかわかんないけどさあ・・でも、それで俺がこの店を辞めたら、俺がやってきた事が間違ってたってことになるよね」
善之「いや、そうはさ言ってないんだけどね」
拓弥「俺はさ、役には立ってるんだよ。だからいいんだよ・・それで店を辞める必要なんてないんだよ」
善之「拓ちゃん辞めないの?」
拓弥「辞めない・・」
善之「俺は辞めるよ」
拓弥「辞めれば」
善之「いいの?」
拓弥「いいよ、辞めなよ・・俺は残るよ・・それで続けるよ」
善之「・・・すんません」
  間。
拓弥「田端君、辞めてもさあ」
善之「なに?」
拓弥「たまには店、来いよ」
善之「来るよ・・来る来る・・ちょくちょく来るよ」
拓弥「ちょくちょく・・」
善之「ちょくちょく・・」
拓弥「煙草・・一本くれよ」
善之「煙草?」
  と、善之、煙草を一本、拓弥にやる。
拓弥「ども・・」
善之「煙草ってさ」
拓弥「なに?」
善之「一本いくらか、知ってる?」
拓弥「・・・十四円?」
善之「俺の能力給じゃ、買えないんだよね」
拓弥「ああ・・そうか・・そうだよね」
  ゆっくりと暗転。