第19話  『タイホしちゃうぞ!』  




  イメクラのプレイルーム。
  待っている拓弥。
  すぐにやってくる婦警姿の咲美。
咲美「おまたせしました、婦人警官です」
拓弥「はい・・」
咲美「ども」
  と、敬礼したりする。
  拓弥もまた適当な敬礼を返したりする。
咲美「わあ、久しぶりに若い人だ。ラッキー」
拓弥「あ、ああ、そうですか」
咲美「さて、お客さん、今日はどんな感じの悪人さんをやりますか?」
拓弥「あ、あの、みなさんはどんな感じなんでしょうか?」
咲美「そうですねえ・・まあ、よくあるのが駐車禁止の場所に、路駐しているのを捕まえて、切符きらないでくださいっていうお客さんと押し問答になって、いつのまにか婦警さんはミニパトの中で裸になって・・リップサービス」
拓弥「はい」
咲美「それとお客さんが人んちの庭に入り込んで風呂場を覗いているところを、私(わたくし)婦警さんがトントンと肩を叩いて・・注意したりしたら、お客様が逆ギレなさって、ミニパトの中でリップサービス」
拓弥「なんか・・」
咲美「はい?」
拓弥「想像していたよりも地味ですねえ」
咲美「ああ・・みなさんね・・婦警さんってあこがれるみたいなんですけど、いざ、こうやってやってくると、なにをしていいのかわからないみたいなんですよ」
拓弥「ああ・・それで、そういう身近な」
咲美「駐車違反とか」
拓弥「新聞の三面記事で見かけるような」
咲美「風呂の覗きとか」
拓弥「に、なっちゃうわけだ」
咲美「みたいですね」
拓弥「なるほどね」
咲美「なんかもっと夢のあるのがいいんですけどねえ」
拓弥「夢?」
咲美「だって、ここはイメクラですよ。イメージクラブですよ。そんなのって、お客 さんのイメージが貧困すぎませんか?」
拓弥「まあ・・そうか・・なあ」
咲美「それで・・お客さんは・・どうなさいますか?」
拓弥「そうねえ」
咲美「どういったのがお好みですか?」
拓弥「うーん・・夢のあるものをね」
咲美「それ、いいですね」
拓弥「凶悪犯ね」
咲美「凶悪犯、いいなあ・・チンケな犯罪者ばっかりだから最近」
拓弥「だよね、凶悪犯。夢のある凶悪犯」
咲美「ああ・・」
拓弥「ドラマチックなね」
咲美「お客さん・・無理してません?」
拓弥「してない、してない・・ほんとにやりたいんだもん、そういう凶悪犯」
咲美「お客さん、人、良さそうですからねえ」
拓弥「え、えっ、そうですか?」
咲美「そういうのに憧れるのもよくわかります」
拓弥「あ、そうですか(うれしい)・・あのですね・・凶悪犯が捕まるんです」
咲美「はい」
拓弥「それでですね。手錠掛けられますよね。逮捕されたら」
咲美「はい」
拓弥「その手錠かけられちゃった犯人がですね・・手錠で繋がったままの婦人警官を逆に人質にして逃走するとかね」
咲美「ああ・・手錠のままの逃走」
拓弥「そう、そうです! 映画とかお好きですか?」
咲美「ええ・・まあ、よく見ますけど・・ビデオで」
拓弥「ああ・・映画館じゃなくてね」
咲美「ええ・・TSUTAYAが百九十円の時を狙って」
拓弥「あ・・時々やってますからね、TSUTAYA」
咲美「だから、結構好きですよ、映画」
拓弥「映画でバディストーリーってのがあるじゃないですか」
咲美「バ・・ディ・・ストーリー?」
拓弥「ええ・・あの一番簡単に言うと、仲の悪い白人の刑事と黒人の刑事が、犯人を追ううちに仲良くなって最後には力を合わせて犯人を逮捕するってやつです」
咲美「あ・・ああ・・『48時間』みたいな」
拓弥「ああ・・そうです。別に白人と黒人に限らないんですけど、最初はあまり仲良くない二人が、長い間一緒にいることで、意気投合していくんです」
咲美「最近だとあれもそうじゃないですかジャッキーチェンの『ラッシュアワー』とか」
拓弥「そうです」
咲美「ん・・だったら『ダイハード3』もそうですよね。ブルースウイルスとサミュエル・L・ジャクソン」
拓弥「詳しいじゃないですか」
咲美「ええ、だから映画好きだって言ったじゃないですか、いやだなあお客さん」
拓弥「あ、いや、でもTSUTAYAでって」
咲美「TSUTAYAでしょっちゅう映画を借りてるんですって」
拓弥「ええ・・わかりました。じゃあ、安心ですね。とりあえず、捕まえてみてください」
咲美「お客さんが凶悪犯」
拓弥「それで婦警さんと手錠で繋がれたまま逃走」
咲美「そうしているうちに二人は意気投合する」
拓弥「そうです。ちょっとやってみましょう・・捕まえてください」
咲美「はい」
  と、拓弥の手を普通に握る。
咲美「捕まえた」
拓弥「ちぎゃう!」
咲美「はい?」
拓弥「あ、いや、・・これ、手を繋いでるだけでしょ」
咲美「はい・・」
拓弥「手錠とかないんですか?」
咲美「手錠は・・あったんですけど・・今日はこれで・・」
拓弥「手錠ないと・・手錠込みで婦警さんでしょう」
咲美「すいません」
拓弥「ん・・じゃあですね」
咲美「はい」
拓弥「今日は僕のをお貸ししますから」
  と、拓弥、マイ手錠を取り出した。
咲美「持ってきてるんですか?」
拓弥「ええ・・こういった時のために・・」
  と、拓弥、慣れた手つきで自分の手首に掛けると、次に咲美の手を取って、その手首に掛けた。
  カシャン!
  そして、抜けないことを確かめるように少し振って見せた。
拓弥「いいよね」
咲美「なんかこれ」
拓弥「ん、なに?」
咲美「本物みたいですね」
拓弥「気のせいです・・さ、いきましょう」
  と、とたんに咲美、芝居に入る。
咲美「な! なにをするんです! そんなことしても逃げられっこないですよ」
  拓弥、ちょっと感心する。
拓弥「あ、もう始まってるんですね」
  咲美、頷いて続ける。
咲美「私を人質にとって、どうするんですか?」
拓弥「いいですね、そんな感じです」
咲美「車で逃走する気ですね」
拓弥「ちょっと待った、待った」
咲美「はい、なんですか?」
拓弥「あの・・ボクはまずなにをしたんでしょうかね・・あのそういうのは重要ではないんですか?」
咲美「いえ、重要です。お客さん、いいところに気がつきました」
拓弥「ですよね。何をして捕まったのかってのがないと」
咲美「なにがいいですか?」
拓弥「いや、なんでも・・こう、夢がね、あるような」
咲美「ん・・じゃあ、お客さんは駐車違反をして、私に捕まる」
拓弥「いや、あの夢が・・ないと」
咲美「夢のある、駐車違反」
拓弥「夢のある駐車違反」
咲美「駐車違反を見つけてみたら、その中にお客さんがいる」
拓弥「あ、ボクが乗ってるんですね」
咲美「ふと見ると(肩のあたり)この辺が血塗れになっている」
拓弥「え? え? なんで?」
咲美「車の後ろの席には現金の束が山のように」
拓弥「(自分は)銀行強盗だ!」
咲美「ピンポン!」
拓弥「それに失敗して」
咲美「仲間なんかやってきた警官に撃ち殺されちゃったりしてて」
拓弥「命からがら、ボクだけが」
咲美「逃げ延びたところを、駐車違反で」
拓弥「それで・・」
咲美「手錠」
拓弥「なるほど」
咲美「な! なにをするんです! そんなことしても逃げられっこないですよ」
拓弥「そこに繋がる」
咲美「私を人質にとって、どうするんですか?」
拓弥「逃走劇が始まるんだ」
咲美「無線で知らせたりしますね、私は(と、無線に向かって)人質に取られましたぁ」
拓弥「そういう風に言うかな、婦警さんは」
咲美「いや、ちょっとよくわからないから」
拓弥「ああ・・ねえ・・まいっか」
咲美「ま、いいでしょう。(再び無線に向かい)都内の道路に検問を!(そして、無線機からの声をやる)了解しました。都内に非常事態体制を敷きます(そして、拓弥に)大変なことなるわけです」
拓弥「どうする・・どこに逃げればいいんだ!」
咲美「この辺で、撃たれた肩の傷が痛み出す」
拓弥「うっ! ううっ!」
咲美「まだ弾が入ったままなのよ」
拓弥「(痛みながら)どうすればいい?」
咲美「私が弾を傷口からえぐりだすの」
拓弥「え?ええっ?」
咲美「我慢して・・」
拓弥「うっ!」
  そして、弾がとれた。
咲美「(弾が転がる音)カラン! とれたわ」
拓弥「すまない・・」
咲美「怪我人だから助けただけよ。あなたの味方になったわけじゃないから」
拓弥「あ、ああ、そうなんだ」
咲美「まだまだ、そんなに簡単には」
拓弥「そうだよね、そんなに簡単にはねえ」
咲美「イメクラだからってそんなに簡単にはいきませんよ」
拓弥「その方がいいよ」
咲美「検問を強引に突破したりね」
拓弥「車がこんな、ひっくり返るんだ」
咲美「でもまた車盗んで逃走を続ける」
拓弥「タフな二人だ」
咲美「食糧を確保するためにコンビニを襲ったりね」
拓弥「襲うの?」
咲美「襲うの」
拓弥「手錠を隠すために二人の手首にシャツを巻いたりして」
咲美「でも、勘の良い店員が気づいたもんだから、またそこでもね」
拓弥「凶悪犯だからね」
咲美「二人の仲がそれで険悪になる」
拓弥「嫌われちゃうんだ」
咲美「それでお客さんは、そっぽを向いている私に、パンを差しだして言うんです。ほら、なんか食っとかないと、この先、持たないぞって」
拓弥「うん・・うん、そうだよね」
咲美「それで私が言うんです。盗んだ物なんて食べたくない」
拓弥「強情だな、後で後悔するぞ」
咲美「夜が来て、二人は添い寝するの」
  と、二人、立ったままで拓弥の腕枕で咲美が寝ているような感じになる。
咲美「二人は手錠で繋がれているし、しょせんは男と女・・」
拓弥「うん・・うん・・そうだよね」
  拓弥、咲美の胸に触ろうとする。
  が、
咲美「でも、不思議なことに、凶悪犯は婦人警官に指一本触れようとはしないの」
  拓弥、触ろうとした手を引っ込める。
拓弥「そういうことじゃないんだよな」
咲美「気がつくと私のパンティストッキングは穴だらけになっている」
拓弥「伝線、入りまくりでね」
咲美「だから、新しいストッキングをゲットするために、またコンビニ襲ったりするの」
拓弥「また?」
咲美「そんなことを続けてもう三週間」
拓弥「結構、逃げ続けてるね」
咲美「都心はもうお客さんのために検問だらけになってるの」
拓弥「まあ、そんだけのことをやったらね」
咲美「だから、逃走するなら千葉方面」
拓弥「湾岸線をひた走る」
咲美「湾岸線を行けば・・」
拓弥「すぐにディズニーランドが見えてくる」
咲美「もう二人は逃走の疲れでぼろぼろなの。でもね、でもね、でもね・・ディズニーランドが見えた時は二人は顔を見合わせて、にっこりと微笑むの」
拓弥「ディズニーランドは人を幸せにする力があるからね」
咲美「二人はね、悲しいかな大人だから、このままどこまでも逃げ続けることなんてできっこないことを知ってるの」
拓弥「日本はね・・国境線があるわけじゃないから・・国境を越えたら逃げ延びられるとかさ、そんなドラマチックなものがないからね」
咲美「だからいつかは捕まってしまうことがわかってるの・・そして、その終わりの時はそう遠くないこともわかっているのよ」
拓弥「もうすぐ、ディズニーランドだ」
咲美「そうね」
拓弥「ディズニーランドについたら・・ディズニーランドについたら・・どうしよう」
咲美「凶悪犯の口から想像もしなかった言葉がでる」
拓弥「なんて?」
咲美「ディズニーランドに着いたら、この手錠をはずすよ」
拓弥「え? 手錠をはずす?・・解放しちゃうんだ」
咲美「そう・・」
拓弥「ディズニーランドの正面ゲートの前で君を解放するよ。すまなかったな、ここまでつきあわせて」
咲美「あれほど、逃げたいと思っていた婦人警官は、その言葉を聞いたとき、ちっともうれしく思わない自分にとまどったりするの。どうして私を解放するの? 今のあなたが人質を失ったら、警察は・・」
拓弥「ここまでだよ」
咲美「あきらめるの? 逃げることを」
拓弥「ん・・疲れたな、逃げ続けるのも」
咲美「ダメ、そんなのダメ」
拓弥「いや、ここまでだ・・いい旅だったろ」
咲美「そして、これで最後だって言って道路脇の公衆電話から国家に要求するの」
拓弥「国家に要求?」
咲美「なんかするでしょ、男なら」
拓弥「え・・ええ・・なにかって」
咲美「なんか国家に要求はないの?」
拓弥「国家に・・要求?」
咲美「あるでしょ。なんか・・」
拓弥「いや・・国家に要求って・・ストーンズも来ちゃったし・・巨人の中継も最近は衛生放送とかスカパーとかでやってるからなあ・・」
咲美「国家に要求するの」
拓弥「なんだろう」
咲美「なんでもいいの・・今しかないのよ。国家になにか要求するなんて」
拓弥「ん・・ゲーム機を統一しろ、とか?」
咲美「他には?」
拓弥「・・鈴木あみをなんとかしてやれ!」
咲美「他にないの?」
拓弥「ん・・なんだ? 俺はなにがしたいんだ?」
咲美「そんなことを言っているうちに、どんどんどんどん、ディズニーランドは近づいてくる」
拓弥「二人の別れの時間が近づいてくる」
咲美「なにを要求するの? 人質の私の解放と引き替えに」
拓弥「なんだろ」
咲美「なんなの?」
拓弥「ディズニーランドは営業中なのかな」
咲美「まさか」
拓弥「どうして?」
咲美「男と女が別れる時間よ」
拓弥「それは・・」
咲美「真夜中に決まってるでしょ」
拓弥「夜だ」
咲美「そう、それも真夜中」
拓弥「十二時になろうかとしている」
咲美「昼間、あれだけの人でにぎわったディズニーランドも今は静まり返っているの」
拓弥「僕達の乗る車の音だけが」
咲美「舞浜の駅前に響いていく」
拓弥「・・あった」
咲美「なにが?」
拓弥「国家に要求すること」
咲美「あったの?」
拓弥「ディズニーランドのロータリーの中の公衆電話の側に車を停めて、国家に電話するんだ。今、大ニュースになっている俺だ」
咲美「そう、もう名乗らなくても、俺、俺で通じるのよ」
拓弥「今、最も話題になっている人だからね」
拓弥「俺だ・・今から言う要求を日本国政府が無条件で受け入れるなら、彼女は解放する」
咲美「条件は何だ! 電話の向こうで怒鳴っている声が私にも聞こえるの」
拓弥「ディズニーランドに花火を上げろ!」
咲美「ディズニーランドに花火!」
拓弥「今から、二十分、時間をやる。二十分後に、いつものパレードが終わった時に打ち上げている花火を上げろ、いいな!」
咲美「そう言い放って、あなたは電話を叩き切るの。返事なんか聞かない。国家は要求を呑むに決まってるから」
拓弥「あたりまえだよ。君の命がかかってるんだから」
咲美「花火の打ち上がる二十分の間、二人はなぜか黙り込む」
拓弥「わかる、わかるよ」
咲美「それでお客さんが言うの。いよいよだな。すまなかったな。もしも、生まれ変わってもう一度君と会うことがあったら、こんな形ではなくもっと別の形で会えるといいなって」
拓弥「うん・・そういうことだ」
咲美「君はまだ若くれきれいだ。こんな薄汚れた俺なんかとつきあってもこの先いいことなんかひとつもない」
拓弥「そうなんだよ」
咲美「そして私が言うの。私も一緒に連れて行って・・私はあなたのことが・・」
拓弥「あなたのことが?」
咲美「叫んだ私の言葉をかき消すように、その時、ひゅるるるるって音がして、空一杯に花火があがるの」
拓弥「なんて言ったんだ?」
咲美「花火よ!」
拓弥「国家が俺達の要求を呑んだんだ」
咲美「夜空いっぱいの花火」
拓弥「それであれだ、俺は電話に向かって叫ぶんだ。国家に対してもう一つ要求がある」
咲美「なに?」
拓弥「浦安付近の住民にアナウンスしろ。今夜、空を見上げることはまかりならん。今、ディズニーランドに上がっている花火は、俺がこの婦警さんのために上げている花火だ」
咲美「私のために」
拓弥「そう、君のために」
咲美「(叫ぶ)わあぉ!」
拓弥「この花火は今、君だけのために」
咲美「受話器に向かってそう叫ぶあなたの瞳の片隅に、夜空に花咲く花火が映る。瞳の中にいくつもの花火が散るの」
拓弥「(叫ぶ)見るな! みんな見るな! これは俺達の花火だ!」
咲美「ちょっとセコイ感じもするけど、でも、生まれて初めて打ち上げられる、私一人のためのディズニーランドの花火をしばしみあげる。本当に自分の頭の真上で花開く赤や青や緑や黄色の花火達。首が痛くなるくらいにずっと見ているの。そして、夢中になって見ている間に、凶悪犯人はいつの間にか、私の手首の手錠をはずしているの」
  と、その言葉通り、いつのまにか(拓弥がはずしたわけでもないのに)咲美の手錠ははずれている。
拓弥「え・・ええっ?」
咲美「でもね・・もう自由になったはずの婦警さんは、凶悪犯の側を離れようとはしないの。離れようとはしないどころか・・ぴったりとよりそって、二人で・・二人のために次々と打ち上げられる花火をじっと見ているの。やがて、花火は終わる・・静けさがまたあたりを支配する」
拓弥「お別れだね」
咲美「それで私がが言うの・・お客さん、お時間いっぱいいっぱいですよ」
拓弥「わかってる、そんなことはわかってる」
咲美「どうしますか?」
拓弥「国家に要求する」
咲美「なにを?」
拓弥「三十分延長しろ!」
  拓弥、咲美を抱きしめて倒れ込む。
  暗転。