第18話  『砂糖菓子』




  イメクラのプレイルーム。
  椅子に杉本が座っている。
  すぐにやってくる私服の詩織。
詩織「いらっしゃいませ」
杉本「あ・・どうも」
詩織「こんにちわ・・」
杉本「こんにちわ」
詩織「あの・・普通の格好でいいって言われたんで、普通の格好ですけど・・ホントにこれでいいんですか?」
杉本「ええ・・いいんです」
詩織「いろいろありますよ。レースクイーンとかチャイナ服とか」
杉本「いや、それでいいんです・・もう、そのままで」
詩織「そうなんですか」
  と、詩織、座る。
詩織「それで今日はどんなプレイにしますか? 私はどんな役をやればいいのかな」
杉本「普通の女性を」
詩織「普通の女性」
杉本「はい」
詩織「このままでいいんですか?」
杉本「ええ・・充分です」
詩織「そうなんですか?」
杉本「ええ・・すごくいいです」
詩織「ああ・・こんな感じで」
杉本「はい・・」
詩織「それで・・お客さんは」
杉本「普通の女性を・・」
詩織「ええ・・それはわかりましたから、お客さんは、どんなキャラクターなんでしょうか?」
杉本「・・普通の女性です」
詩織「・・(理解した)ああ・・(自分を示し)普通の女性で(杉本を示し)普通の女性」
杉本「(わかってもらってうれしい)そうです」
詩織「で・・なにやるんですか?」
杉本「いや・・なにをやるってわけでもないんですけど・・いてくれれば」
詩織「普通のままでね」
杉本「そうです」
詩織「女性になりたい」
杉本「そうです」
詩織「服、ありますよ、いろいろ」
杉本「あ、いや、それはいいんです」
詩織「でも、女の人として応対してもらいたいんでしょ」
杉本「そうです」
詩織「じゃ、いろんなコスチューム着たりしてみた方がいいんじゃないですか。大丈夫ですよ、ここはイメクラですから。お客さんの夢をかなえてあげるところですから・・なにか持ってきましょうか?なにがいいですか? 看護婦さんでもレースクイーンでも・・一回やったら病みつきになるかもよ」
杉本「いや、なりませんけど」
詩織「わかんないでしょう、そんなのやってみないと」
杉本「やりました」
詩織「え?」
杉本「やったことあるんです」
詩織「女装?」
杉本「はい・・でも、病みつきにはなりませんでした」
詩織「ああ・・そうなんだ」
杉本「いろんなことはまあ、一通り試してはみたんですけどね」
詩織「はあ・・」
杉本「女装もね、最初はそっち系かと思ってやってみたんですよ。でも、ちがってました」
詩織「ちがってた?」
杉本「女の格好がしたいわけじゃないんですよ・・」
詩織「じゃあ、なんなんですか?」
杉本「女でいたいだけなんです」
詩織「わかったような、わからんような」
杉本「一言でいうと」
詩織「はい」
杉本「男に疲れちゃったって感じ」
詩織「男に疲れた?」
杉本「そう・・今の男に」
詩織「へえ・・だから女に」
杉本「ええ・・」
詩織「でも、女装は」
杉本「しない」
詩織「その場合、好きになるのはやっぱり男の人なんですか?」
杉本「ん、それはね・・わかんないな。まだこれだって人と出会ってないのかもしれないし・・」
詩織「ふうん・・そうか、誰かを好きになるための女じゃないんだ」
杉本「そう、そうなんです・・わかってもらえました?」
詩織「いや、まだ全然」
杉本「段々わかってきますから大丈夫です」
詩織「・・ほんとですか?」
杉本「普通に話してくれればいいです」
詩織「普通・・その普通ってのが」
杉本「(と、突然プレイに入る)あのさあ」
詩織「はい?」
杉本「結婚とかさ、しないの?」
詩織「なんですか?突然」
杉本「結婚」
詩織「あ、もう入ってるんですね」
杉本「結婚とか・・」
詩織「結婚か」
杉本「予定は?」
詩織「ないな・・」
杉本「でもさあ」
詩織「うん」
杉本「この年になると、親うるさくない?」
詩織「うるさい」
杉本「あれ、カレシはどうしてるの?」
詩織「あ、あれ、あれはね、別れた」
杉本「いつ?」
詩織「最近」
杉本「うっそ」
詩織「ホント、ホント・・二股かけられてさ、大変だったの」
杉本「うっそ、サイテー」
詩織「サイテーだよ」
杉本「それ、別れて正解だよ」
詩織「そうかな」
杉本「そうだよ」
詩織「やっぱね・・でも、まあ、つきあっててもあれとは結婚しなかったな」
杉本「なんで?」
詩織「だって、金持ってないんだもん」
杉本「ああ・・じゃあねえ」
詩織「金、大事だよね」
杉本「大事、大事」
詩織「こんなんでいいんですか?」
杉本「はい・・いい感じですね」
詩織「今のは・・ちなみになにがいいんでしょうかね」
杉本「解説しましょうか?」
詩織「できれば」
杉本「今の話を男として聞いてたら、金持ってないってところで、ふと我が身のことを考えて、ああ、やっぱり俺は金持ってないからな、とかね・・そういうところでちょっとへこんだりするじゃないですか」
詩織「ああ・・まあねえ」
杉本「でも、女として話してると、そんなこと気にしないでいられるでしょう・・男だとこうじゃなくっちゃいけないってのがね、気になってしょうがないんですよ」
詩織「それで疲れちゃうわけだ」
杉本「そういうことです」
詩織「でも、女は女で、そういうちょっとしたことで傷ついたりするもんですよ」
杉本「それもそうなんだよね」
詩織「そうですよ」
杉本「だからね・・なんか、男に生まれたかったなって思うんだよね」
詩織「え・・えっ・・あ、もう入ってるんですね・・あ、そうか、え、ええっ? もうちょっとわかんない・・」
杉本「え、わかんないかな、男の方がいいんじゃないかなって思わない?」
詩織「(まだついていけずに)ん・・そう?」
杉本「そうだよ。なんか男の方が楽しそうじゃん、いろんなこと自由で」
詩織「ああ・・そうかもね」
杉本「そうだよ、絶対そうだよ、自由だし」
詩織「自由か」
杉本「自由だよ」
詩織「でも、私はねえ」
杉本「うん」
詩織「女でよかったな」
杉本「なんで?」
詩織「だって、(と、そういう素振りをする)うふっとかやってるとちやほやされるし」
杉本「ああ・・ねえ」
詩織「なんかおいしいもの食べたいっていうと連れて行ってくれるし」
杉本「大変だと思うよ、ちやほやしたりするのって」
詩織「そうかな」
杉本「そうだよ・・きっと」
詩織「でもさあ、それが楽しいんじゃないのかな」
杉本「楽しい時もあるんだろうけど・・それがなんていうか義務みたいになっちゃうとね・・決められた段取り、こなしてるって感じになっちゃうじゃない」
詩織「ああ、いるいる、段取り通りにこなしていく男」
杉本「いるでしょ」
詩織「いるいる・・」
杉本「いつからかな」
詩織「なにが?」
杉本「男って金だよねって思うようになったのって」
詩織「・・え、いつだろ」
杉本「昔はさ、思ってなかったよね、そんなふうに」
詩織「・・・うん」
杉本「かっこいい男の子とかさ、おもしろい男の子とかさ、そういうのが好きだったじゃない」
詩織「そうだね・・そうだったよ」
杉本「そうだったよね」
詩織「あーあ・・」
杉本「なに?」
詩織「そう考えるとあれだね」
杉本「なに?」
詩織「私もさあ・・」
杉本「うん」
詩織「汚れちまったねえ」
杉本「(笑っている)・・・」
詩織「昔はねえ、私、こんなじゃなかったんだけどね」
杉本「しょうがないじゃん、大人になったんんだから」
詩織「大人になった?これって大人になったのかな」
杉本「ちがうのかな」
詩織「ん・・よくわからないけど・・よくわからないけど、こういう大人にならなくてもよかったんじゃないかなって思うけどね・・」
杉本「そう?」
詩織「うん・・昔の私が、今の私を見たら・・なんて思うかな」
杉本「どうかな」
詩織「こういうのでいいんですか」
杉本「ええ・・いいです」
詩織「なんか、切ないプレイですね」
杉本「そうですか?」
詩織「切ないっていうか・・」
杉本「ねえ」
詩織「ん?」
杉本「マザーグースって知ってる?」
詩織「マザーグース? あのイギリスの? 詩みたいなやつ?」
杉本「そう、子供向けの詩」
詩織「あ・・ああ(知ってる)」
杉本「あれでさ、男の子はなにでできてるのって、詩があってね」
詩織「うん」
杉本「男の子はカエルとかたつむりと犬のしっぽでできてるんだって」
詩織「へえ」
杉本「でもね、女の子はね」
詩織「うん・・」
杉本「砂糖菓子とスパイスとそれに素敵なものばかりでできてるんだって」
詩織「うん」
杉本「砂糖菓子とスパイスとそれに素敵な物ばかり、だって」
詩織「うん・・・」
  ゆっくりと暗転。