第17話  『先生の葬儀』




  喪服姿の龍之介が恩師への挨拶を練習している。
龍之介「えっと・・橋本先生・・先生の遺影を前にいたしまして、一言お別れの挨拶をいたしたく思います・・先生が永眠なされましたことは、まことに痛惜にたえません」
  と、やはり喪服姿の真由実がやってくる。
真由実「どお?」
龍之介「うん・・痛惜ってわかるかな・・」
真由実「つうせき?」
龍之介「痛んで惜しむ・・」
真由実「わかんない・・」
龍之介「わかんないよな」
真由実「使わないじゃない、普段」
龍之介「使わないよなあ・・」
真由実「それはなに、冠婚葬祭の本からひっぱってきたの?」
龍之介「いや、インターネット」
真由実「え、そういうのあるの? インターネットに?」
龍之介「あるよ、なんでも・・最近のインターネットはすごいんだから(と、再び読み始める)先生には、小学校五年から六年までの二年間をご指導いただき、その後も先生を中心にクラス会を持つようになりました」
真由実「人気あったからね・・橋本先生」
龍之介「うん・・結構、来ちゃったんだよ、教え子が、こんなにいっぱい来るんなら、この恩師への挨拶、誰かに代わってもらえばよかったよ」
真由実「・・先生の葬式ってこんなに生徒が来るものなのかな?」
龍之介「いや・・俺、初めてだよ。先生の葬式に出るなんて」
真由実「私も初めて」
龍之介「だって、小学校の担任の先生で年賀状やりとりしたりとかさ、クラス会やったりとかしたのは、橋本先生だけだもん」
真由実「地元に残ってるやつが意外に多かったって事かな」
龍之介「かもね・・マッキンは?」
真由実「来た、マチャキも」
龍之介「ああ・・」
真由実「呼んでこようか」
龍之介「いや、いい」
真由実「いいの?」
龍之介「うん、どうせ後で会えるんだから・・それより、こっちやらないと・・」
  と、再び読みあげ始める。
龍之介「・・先生は、うそをつくのは最大の罪悪だ、とよくいわれていましたね。正直に、誠実に、という先生の教えが、われわれのモットーとして、頭に焼きついています」
真由実「憶えるの?」
龍之介「憶えるよ」
真由実「読み上げていいんじゃないの?」
龍之介「いや、俺はねこういうの憶えて、こう遺影に向かって言うことにしてるの」
真由実「よくやるの? こういうの?」
龍之介「・・多いね・・年をとったってことかね・・」
真由実「ああ、もうそういう年齢になっちゃったってことだね」
龍之介「橋本先生が俺達の担任だった頃って、先生、三十三なんだよ、三十三。俺、今、三十五になってたけど、ちがうね。三十三だった橋本先生の方がさ・・全然」
真由実「大人だったよね」
龍之介「そうそう・・大人だった」
真由実「子供が大人を見ていたからっておいうのともちょっと違う気がする」
龍之介「だって俺、いまだに大人になったって気がしないし・・」
真由実「子供だからじゃないの?」
龍之介「いや、だから・・うん、言いたいことはそういうことなんだけどね・・子供・・だよねえ・・」
真由実「幼いっていうか」
龍之介「幼いね・・自分で言うのもなんだけど」
  そしてまた文面に戻る。
龍之介「先生に初めてお眼にかかってからの歳月、その間にご迷惑を山ほどおかけしたのに、どれほど多くのことを先生から教わったことか知れません。そして教わったことの何分の一も私は理解していないのではないかと申し訳なく思っています」
真由実「ああ・・いいねえ、涙を誘うねえ」
龍之介「なんかさあ、こういう弔文とか書いてるとさあ」
真由実「うん」
龍之介「自分の葬儀の時はなんて書かれるんだろうって思うじゃない」
真由実「いつかは、誰かが龍ちゃんの葬儀でね」
龍之介「お別れの時が来ました・・故人は生前って」
真由実「生前・・なにしてたの?」
龍之介「生前、なにしてたの?って、おもしろいね」
真由実「そう?」
龍之介「おもしろくない? あの人、生前はなにをしてたんだっけ?って・・」
真由実「なにしてたのよ」
龍之介「生前なにしてたか思い出せないってことは、生きていた印象が胸に残ってないってことでしょう。それは生きていたことになるのかな」
真由実「そうだよね・・」
龍之介「それで、葬儀になると生前なにをしていたか、四百字くらいにまとめられちゃうんだよ・・長いスピーチはなにより嫌われますからって・・書いてあるもん」
真由実「四百字か・・多いような少ないような」
龍之介「微妙でしょ」
真由実「微妙、微妙・・」
龍之介「しかもさあ」
真由実「うん」
龍之介「そのまとめられた四百字の内容がさ、密度の濃い、ぎっしりとしたものならいいよ。俺なんかさあ・・高校卒業と同時に地元の役所勤めを始め、早々に市民相談室すぐやる課に配属になりました」
真由実「それで?」
龍之介「・・・以上・・って感じ?」
真由実「このままずっと死ぬまですぐやる課?」
龍之介「それはどうだかわからないけどさあ」
真由実「転職したいとかは思わないの?」
龍之介「転職・・転職ねえ・・転職して、なにやるの?」
真由実「なにやるの?」
龍之介「なにやるんだろう」
真由実「いや、なにやってもいいんだけどさあ、そんなの私の知ったこっちゃないから」
龍之介「今、ぽっくりいって葬式やっても慕ってくれる生徒なんかいないんだよな、今の俺には」
真由実「市民がいるじゃない。すぐやる課のおかげで助かりましたとかさ」
龍之介「いや、いやね、そりゃありがたがられるけどね。困っている人の所へ行って、なんとかするのが、仕事だからさ。でもね、そうやって感謝してくれた人が、俺の葬儀に来て涙してくれるかっていうとね」
真由実「しないわ」
龍之介「しないだろ」
真由実「しない、しない・・っていうか税金払ってるんだから助けてくれてあたりまえって思うもん私だったら」
龍之介「そんなふうに思われてるのかな・・ものすごく感謝される時だってあるんだよ」
真由実「(プリントアウトの紙を見て)故人のエピソードを入れると喜ばれますって・・」
龍之介「故人のエピソードねえ・・いや、俺的にはものすごいのがあるんだけどね」
真由実「なになに・・」
龍之介「あれはねえ、忘れもしない小学校六年の時だったね」
真由実「六年の時?」
龍之介「マッキンとマチャキにカミングアウトされたの」
真由実「六年の時だったんだ」
龍之介「いつも三人で遊んでたのにさ・・二人で俺のところに来て」
真由実「・・僕達ホモなんだって」
龍之介「そう、そうなの!」
真由実「六年生か」
龍之介「六年生だよ」
真由実「早いね」
龍之介「早かったね」
真由実「・・そんな告られたんだ」
龍之介「告られて・・って言葉ちがわない? 告るってそういう時に使うの?」
真由実「告白されたわけでしょう?」
龍之介「そうなんだけどね・・あれ、おまえはいつ知ったの? マッキン、マチャキ、ホモ話は」
真由実「私はほら、中学入ってからだからさ。それまでにけっこう噂は飛び交ってたから、ねえ、心の準備もできてて・・それで・・だから」
龍之介「俺は突然だったからな」
真由実「それでどう思ったの?」
龍之介「ああ、そうなんだって」
真由実「それだけ?」
龍之介「うん・・だって別に関係は変わらないんだし」
真由実「なんとも思わなかったの?」
龍之介「うーん・・どうやってリアクションしていいのかわからなかったしねえ・・っていうかそういう局面でどんなリアクションが存在するのかもわからなかったから、困ったね。これでさあ、仲間外れっていうか、一緒に遊んでくれないんじゃないかって思って、やっぱり不安になるじゃない」
真由実「俺だけ違うのって?」
龍之介「そうそう、なに、だったらあれ、俺もホモにならなきゃもう遊んでもらえないのかなって・・すごい悩んだ」
真由実「三人いて、二人がねえ・・それじゃあ」
龍之介「俺、少数派じゃない」
真由実「三人のうちの二人がねえ、女の子よりも男の子の方がいいって言い出したらねえ」
龍之介「だって、子供の時って、友達が全財産なんだからさ」
真由実「ハブられちゃうんじゃないかって」
龍之介「その時は、ハブられた気がしたけどね」
真由実「でも、一緒に遊んでたじゃない」
龍之介「その時はね」
真由実「その時もなにも、ずっと」
龍之介「そりゃ、表面的にはそうだよ。そんなのわかるわけないじゃん。子供が三人遊んでてさ、あの子とあの子はホモで・・こっちの子はちがうから、ちょっと仲間外れにされてる気分になってるなって」
真由実「わかんない、わかんない」
龍之介「それでもね、一応、がんばったんだよ」
真由実「なにを?」
龍之介「とにかく、俺もホモになろうって」
真由実「なんで?」
龍之介「だってそれは素直にそう考えるでしょう、普通」
真由実「がんばってなるものなの?」
龍之介「そうしないとね、友達でいられないんじゃないかって思ったのよ」
真由実「でも、普通につきあってくれたんでしょ、二人は」
龍之介「そう。俺を置いて二人で帰るってこともない。ちゃんと待っててくれたりしたんだよ」
真由実「じゃあ、いいじゃない。疎外感はなかったわけでしょ」
龍之介「仲間はずれにされている感じはない」
真由実「うん」
龍之介「ただ、混じれなかっただけ」
真由実「混じれなかったんだ」
龍之介「向こうも、俺がホモじゃないからってどうこうするわけでもないのよ」
真由実「だからいいじゃない、それで」
龍之介「いやいやいや・・それでもね、なろうと思って努力したんだ」
真由実「努力したの?」
龍之介「したよ・・がんばったよ、ホモになろうとして」
真由実「どうやってがんばったの? なにやってたの、龍ちゃんあの頃」
龍之介「こいついいやつだなって思ったら、好きになってみた」
真由実「見境なく?」
龍之介「小学生は見境ないんだよ」
真由実「好きになろうと思ってなるって、どういうことだったの?」
龍之介「わかんないでしょ」
真由実「わかんない」
龍之介「俺もそこで悩んだ、悩んだ」
真由実「それで答えは(出たの)?」
龍之介「答えは最初からわかってるんだよ。俺、ホモには向いてなかったんだよ」
真由実「あたりまえじゃない」
龍之介「その当たり前のことがさ、わからなくて、いろんな壁にブチ当たってさ」
真由実「ホモになろうとして壁にブチ当たってたの?」
龍之介「複雑でしょう」
真由実「なんでダメだってわかったの?」
龍之介「男の子をね、好きになろうって思うでしょ。強く強く思うでしょ。でも、どうしても好きになれないんだよ。でもね、女の子がいるでしょ、かわいいでしょ。好きになるでしょ。全然強く思わないし、力入れてないのに、ものすごく好きになっちゃうんだわ」
真由実「好きだからねえ、女」
龍之介「自然に好きになっちゃうんだね・・何人も」
真由実「何人も?」
龍之介「何人も、何人も・・ほっといてもね、好きになるんだよね」
真由実「じゃあ、その時がんばってたら」
龍之介「うん、危なかったね」
真由実「そんなことないよ・・絶対」
龍之介「そうかな」
真由実「そうだよ・・」
龍之介「それでさあ・・俺、ホモになれないってわかった時にさ・・なんつーか絶望的な気持ちになってさ・・とうとう相談しに行ったの・・」
真由実「誰に?」
龍之介「このさ・・橋本先生にさ」
真由実「そうだったんだ?」
龍之介「そう・・でも、ほら、自分の話として聞くとね、いろいろまずいから・・友達の友達がですねって・・」
真由実「そんなのバレバレじゃない」
龍之介「いいの、バレバレでも・・隠してますよってことがね、自分のことですけど、言いにくいんですって雰囲気が伝わればいいのよ」
真由実「うん、それで?」
龍之介「それでね・・まず、マッキンとマチャキの話してさ・・」
真由実「うん・・」
龍之介「俺さ、ものすごくドキドキしたのよ・・なんかこう、ちくってるみたいじゃない。友達のことをさ・・でも、誤解されないように、慎重にね、言葉選んでね・・話したの・・友達が・・ホモなんですって」
真由実「そしたら? 橋本先生はなんて言ったの?」
龍之介「そういうのもありなんじゃないかって」
真由実「へえ・・橋本先生らしいね」
龍之介「そう、そうよ、そうなのよ」
真由実「言いそうだよ、そういうこと」
龍之介「それで、俺にはね、無理に無理するな、ホモになっちゃうのもしょうがないし、なれないのもしょうがないんだからって」
真由実「それも言いそうだな」
龍之介「・・あ、そっかって思った」
真由実「そうだね・・私も言われた。人にがんばれっていうな、充分みんながんばってるんだからって」
龍之介「そうなんだよな・・ほんとにさあ・・(と、弔文をまた読み始める)橋本先生、これからは、あの慈愛あふれる温顔に再び接することができなくなりますことが、誠に残念でなりません。私たちは、先生に学んだ幸福の時を、これからの励みとし、辛い試練にあっても生きていける自信がもてるような気がしています。先生、どうか安らかにお眠り下さい・・こんなもんかな」
  と、別のプリントアウトされた紙を見ていた真由実が、
真由実「こっちのこれも付け足したら?」
龍之介「どれ?」
真由実「(読む)悲しみは深く、ただ先生の思い出にひたりながらお別れの挨拶と致します、ありがとうございました」
龍之介「あ、いいね・・」
  と、龍之介、読み始める。
  それに合わせて真由実も読む。
龍之介・真由実「悲しみは深く、ただ先生の思い出にひたりながら、お別れの挨拶といたします、ありがとうございました」
龍之介「だけどさ」
真由実「うん」
龍之介「ほんとに助かったな、こういう大人がいて」
真由実「そだね」
  暗転。