第16話  『さわってみて』




  イメクラのプレイルーム。
  猿渡が座っている。
  雰囲気、暗そう。
  そこへやってくるナース服着た詩織。
詩織「お待たせしましたー」
  猿渡、顔を上げた。
詩織「看護婦さんコースでよろしいんでしたよね」
猿渡「え・・ええ・・」
詩織「今日は、どこか腫れているところはありませんか?」
猿渡「・・・」
詩織「(めげない)今日はどこか腫れているところはありませんか?」
猿渡「ええ・・ありません」
詩織「どこを治してほしいのかな」
猿渡「ええ・・それなんですけど」
  と、詩織、猿渡の横に座った。
詩織「なんでも正直に言ってくださいね」
猿渡「は、はい」
詩織「どうしましたか?」
猿渡「あ、あの・・正直に言います」
詩織「はい」
猿渡「あの・・EDって知ってますか?」
詩織「・・え、ええ」
猿渡「あの『ET』じゃないですよ」
詩織「はい」
猿渡「スピルバーグの宇宙人と子供のやつじゃないですよ」
詩織「え・・ええ・・EDでしょ」
猿渡「そうです」
詩織「勃起不全」
猿渡「はい」
詩織「・・・・」
猿渡「・・・・」
詩織「なの?」
猿渡「はい・・・」
詩織「勃起不全ってことは、勃起しないんですか?」
猿渡「はい・・勃起不全ですから」
詩織「今も?」
猿渡「ええ・・」
詩織「ずっと?」
猿渡「ずっと・・ですね」
詩織「どのくらいですか?」
猿渡「えっと・・約四ヶ月前からです」
  と、詩織、手にしているカルテに書き込んでいく。
詩織「四ヶ月前から・・勃起不全・・」
猿渡「そうです・・あのそれはなにを書いてるんですか?」
詩織「いや、書くじゃないですか、病院って・・書きませんか」
猿渡「いや、書きます」
詩織「勃起のぼってどういう字でしたっけ」
  と、猿渡、書いてやる。
猿渡「こういう字です」
詩織「へえ・・難しいからひらがなでいいですね・・ぼっ起不全と・・全然ダメ?」
猿渡「ダメですね」
詩織「それで今日は、イメクラで試してみようと」
猿渡「ええ・・まあ、そういうことです・・」
詩織「できないならできないで、それはそれでいいんじゃないんですかね・・」
猿渡「そんな・・人ごとだと思って」
詩織「でも、もしかしたらその方が人生を有意義に使えるかもしれませんよ。世の中のほとんどの人が、エッチ目的のために、無駄な時間とお金を使ってるんですから」
猿渡「いや、それはそうなんですけどね・・でも、女房と面と向かうと・・ちょっと」
詩織「あ、結婚していらっしゃる」
猿渡「はい」
詩織「奥さんはおいくつなんですか?」
猿渡「二十三です」
詩織「若いんだ」
猿渡「ええ・・」
詩織「じゃあ、EDだと」
猿渡「ええ・・」
詩織「まずいですよね」
猿渡「ええ・・」
詩織「まあ、そんなふうに四の五の言ってないで、とっとと始めちゃいましょうか」
  と、詩織が猿渡に寄ってくる。
猿渡「あ、ちょっと」
詩織「へ? なんですか?」
猿渡「ちょっと待ってください・・これねえ・・そんなに簡単な問題じゃないんですよ」
詩織「でも、やってみなきゃわかんないじゃないですか?」
猿渡「そうなんですよ、そうなんですけどね・・でも、仮にですよ、これでやってみて、もしもダメだったらですね」
詩織「ダメかどうかなんてわかんないじゃないですか」
猿渡「いやちょっと・・ちょっと人の話を聞いてください」
詩織「聞いてますよ」
猿渡「いいですか・・これでイケたらいいですよ、でも、もしですね・・・いや、もしっていうか、そのもしの方の可能性が高いからこんなにおびえてるんですけどね・・もし、ダメだったら・・」
詩織「ダメだったら?」
猿渡「もう、他に手がないんです」
詩織「病院は? あの・・こういうイメージの病院じゃなくて」
猿渡「行きました」
詩織「それで・・」
猿渡「EDになるのはいろんなケースがあって、糖尿病や高血圧、心臓病の人が併発したり、男性ホルモンが低下したりとか・・」
詩織「なるほど、なるほど(わかっちゃいない)」
猿渡「私の場合は・・」
詩織「はい」
猿渡「心因性のものなんです」
詩織「心因性?」
猿渡「ストレスや不安を抱えてしまったことから来るEDってことです」
詩織「原因は何なんでしょうねえ」
猿渡「それも・・・わかってはいるんですけど」
詩織「なんなんですか?」
猿渡「あの・・女房が出産したんですよ」
詩織「二十三で出産」
猿渡「はい」
詩織「あらまあ、それはおめでとうございます」
猿渡「ああ・・どうも・・どうもありがとうございます」
詩織「男の子? 女の子?」
猿渡「女の子でした」
詩織「何グラム?」
猿渡「三千三百二十です」
詩織「(と、書き込む)三千三百二十」
猿渡「あの・・それは」
詩織「大きなお子さんですね」
猿渡「ええ・・同じ日に生まれた子が四人いたんですけど、その中でも一番元気がよかったです」
詩織「はい、それで・・それはまあどっちかっていうとどうでもいい話なんでしょ」
猿渡「いや・・どうでもいいってわけでもないんですけどね」
詩織「え? 話は繋がっているんですか?」
猿渡「ええ・・微妙なんですよ・・出産がですね」
詩織「はい」
猿渡「ラマーズ法だったんですよ」
詩織「ひいひいふーってやつですね」
猿渡「よくご存じで」
詩織「姉がそれだったんですけど、もう私側にいておかしくておかしくて・・笑っちゃいけないって思うんですけど・・もう、なんかツボに入っちゃって」
猿渡「旦那が立ち会うんですよ、あれ」
詩織「ああ、そうなんですよね」
猿渡「それで・・立ち会ったんですよ」
詩織「ああ・・いいですねえ」
猿渡「それがよくなかったんです」
詩織「え? でも、あれ、感動的だっていうじゃないですか」
猿渡「ええ・・そう聞いてたんですけど・・」
詩織「感動しなかった」
猿渡「ええ・・逆にちょっとショックでした」
詩織「ああ・・」
猿渡「よくよく考えたらですね・・」
詩織「ええ」
猿渡「僕は、人が生まれるところはもちろん死ぬところにも立ち会ったことがなかったんですよ」
詩織「はあ・・・」
猿渡「立ち会って、人が生まれるところを生まれて初めて、見たんですよ」
詩織「・・はい」
猿渡「それから・・ダメになりました」
詩織「それは・・」
猿渡「ダメなんですよ・・なんていうか・・」
詩織「気持ち悪くなっちゃった」
猿渡「はい・・」
詩織「エッチが?」
猿渡「っていうか・・人間が」
詩織「人間が・・気持ち悪くなっちゃった?」
猿渡「ですね・・」
詩織「今、私のこと、どう思ってます」
猿渡「どおって・・」
詩織「女として見てます?」
猿渡「もちろん」
詩織「ほんとですか?」
猿渡「(戸惑う)え・・ええ・・」
詩織「その・・出産に立ち会ったおかげで、女の人を見る目が変わったんじゃないんですか?」
猿渡「どうなんでしょうか?」
詩織「女の人を女の人として見てますか?」
猿渡「どうなんでしょう」
詩織「最近、女の人と手を繋ぎました?」
猿渡「・・・・・」
詩織「最近、女の人の髪を撫でました?」
猿渡「・・・・・」
詩織「最近、女の人の肩を抱きました?」
猿渡「・・・・」
詩織「最近、女の人を抱きしめました?」
猿渡「・・・」
詩織「最近、女の人とキスしました?」
猿渡「・・・」
詩織「私に・・触われる?」
  猿渡、頷いた。
詩織「触ってみて」
猿渡「今ですか?」
詩織「そうですよ・・大丈夫。触るくらい。ここはイメクラなんだから」
猿渡「あ・・ああ・・はい」
  と、猿渡、手を伸ばして詩織の二の腕を触る。
詩織「そこじゃなくて・・」
猿渡「え?」
詩織「胸を・・」
猿渡「はい・・」
  そして、言われたとおりにする。
詩織「どうです?」
猿渡「柔らかいですよ」
詩織「忘れてたでしょう・・この柔らかい感じ」
猿渡「・・そうでもないですよ」
詩織「無理しなくていいですよ。童貞の子よりも、触り方、ぎこちないですよ」
  言われて、猿渡の手の動き、止まる。
詩織「気持ち悪いですか、私」
猿渡「いえ・・そんなことありません」
詩織「柔らかいでしょう」
猿渡「柔らかいです」
詩織「いいもんでしょう?」
猿渡「はい」
詩織「子供はどうなんですか? お子さんは気持ち悪いですか?」
猿渡「いいえ・・」
詩織「かわいいでしょう」
猿渡「ええ・・」
詩織「みんなそうなんですよ。生まれてくる時は・・みんなそうだったんですよ・・お客さんもそうだし、私もそうだし・・」
猿渡「はい・・そうなんです・・」
詩織「ね、そうでしょ」
猿渡「はい」
詩織「それで最後は焼かれて灰になっちゃうんですよ」
猿渡「ええ・・」
詩織「私の胸は・・温かいですか?」
猿渡「ええ・・」
詩織「柔らかいですか?」
猿渡「ええ・・」
詩織「気持ちが優しくなるでしょう?」
猿渡「・・ええ」
詩織「それもこれも・・みんなそうやって生まれきたからこそ・・なんじゃないのかな」
猿渡「・・ですね」
詩織「もっと触っていいですよ」
猿渡「はい・・」
  猿渡、さらに揉み始める。
詩織「もっと・・もっと・・」
猿渡「・・ありがとう」
  暗転。