第15話   『自己破産』
  善之の部屋。
  真由実と善之が対峙して座っている。
善之「まあ、ねえ・・一から出直すと思って さ」
真由実「一から出直す・・」
善之「しょうがないじゃない」
真由実「まあねえ・・」
善之「ね」
真由実「それって・・できるの?」
善之「うん・・できるみたいなんだ」
真由実「ほんとに?」
善之「ほんとほんと、大丈夫だって」
真由実「ペットショップ始めるときもさあ、大丈夫、大丈夫って言ってたじゃない」
善之「うん・・そうなんだけどね」
真由実「大丈夫じゃなかったじゃない」
善之「うん・・でもほら、世の中ねえ、捨てる神あれば拾う神ありって」
真由実「拾う・・神?」
善之「だいたいねえ、借金が年収の三倍ってのが目安みたいなんだ」
真由実「なんの目安なの?」
善之「危険ってこと」
真由実「目安っていうか・・まずいんでしょ、借金が年収の三倍になると」
善之「そーゆーこと」
真由実「今、うちは?」
善之「そう、それで俺も計算したんだけど・・」
真由実「したら?」
善之「三点二五倍」
真由実「危険じゃない」
善之「そう、危険ライン突破・・元々年収がさ、低いのにもってきて借金がまた多いんだよね」
真由実「どうするの?」
善之「うん・・だからね、もうさ、方法は一つだと思うんだよね」
真由実「自己破産?」
善之「そーそー」
真由実「そーそーって・・」
善之「捨てる神あれば拾う神あり」
真由実「拾う神ってのが、自己破産なわけ」
善之「そーそー」
真由実「そう来るとは思わなかったよ」
善之「いや、俺も」
真由実「うわ・・どこで道、間違っちゃったんだろう私」
善之「道がね・・なくなったって感じだよね」
真由実「うん、鼻歌歌いながら散歩してたら、断崖絶壁に飛び出したって感じ?」
善之「笑っちゃうね」
真由実「え、どういう状態だと自己破産って認められるの?」
善之「支払い不能の場合」
真由実「支払不能?」
善之「まず、財産がない」
真由実「うん、ない」
善之「借り主、つまり俺ね、その借り主の信用や、労力がない」
真由実「信用と労力がない」
善之「そうそう」
真由実「(とほほほほ)信用と労力がない」
善之「ないでしょ」
真由実「ないね」
善之「ないよね」
真由実「もういいから繰り返さないでよ」
善之「ただし・・これにプラスして」
真由実「なに?」
善之「支払い不能の状態が継続的であること。これが大事」
真由実「これから先、ずっと信用も労力もないってことだよね」
善之「そうそう。一時的に手元に金がないってのはダメ」
真由実「なるほど・・」
善之「本人の、信用、資産、給与、職業、年齢・・等々を裁判所が考慮して自己破産する資格が認められるの?」
真由実「それで善之君は認められるの?」
善之「うん、大丈夫だって」
真由実「大丈夫って・・なにが大丈夫なの?」
善之「資格ありだって」
真由実「自己破産すると・・どうなるの?」
善之「あんま関係ない」
真由実「そうなの」
善之「うん・・あんまり変わらないよ、今の生活と」
真由実「ほんとに?」
善之「ほんとほんと」
真由実「うそだ・・そんなにさ、今と変わらないんだったら、みんな自己破産するでしょ、すぐに・・」
善之「うん、だからみんな自己破産してるよ」
真由実「みんなしないでしょ」
善之「してるよ、知らないだけだよ」
真由実「そんなの、どこのお知らせに載ってるのよ」
善之「そうそう、毎年ね、うなぎ昇りなんだよ、自己破産する人って」
真由実「いないよ、私の周りには」
善之「いるよ」
真由実「いないよ」
善之「言わないだけだよみんな。だって去年、十四万件だってよ、破産申告」
真由実「十四万件?」
善之「十四万人が自己破産してるんだよ」
真由実「十四万って・・多いの?」
善之「多いだろう・・」
真由実「そんなの全然知らなかったよ」
善之「俺も」
真由実「それはどっかに載ってたりするの? 今月の自己破産者達・・とか」
善之「うん、破産者名簿ってのがあるらしい」
真由実「あるの?」
善之「らしいよ」
真由実「載るの、そこに善之君の名前」
善之「自己破産したら、みんな載ります」
真由実「じゃあ、(善之も)十四万人の仲間入り?ってことか?」
善之「そう、そうだよね・・十四万人仲間がいると思えば」
真由実「ダメだ・・」
善之「なにが?」
真由実「いや、なんかダメだ・・ダメな方へダメな方へ行っている気がする」
善之「違う違う、自己破産っていうのはね、やり直すためにあるものなんだから」
真由実「社会的な信用が・・」
善之「いらないだろ」
真由実「いるよ」
善之「なにに使うんだよ、社会的な信用って」
真由実「なににって・・」
善之「店とかやる気ないだろう、もう」
真由実「ないよ、もう商売はいいよ・・向いてないってわかったから」
善之「俺、もう一回ペットショップやる気力は残ってないね」
真由実「やるって言っても、今度はとめるもん、力づくで止めるもん」
善之「ペットは売るもんじゃなくて、飼うもんだよね・・やってみてわかった。いろんな動物好きだけど・・商売にすると違うわ」
真由実「それ、ペットショップ始める時に昭島のオジさんに言われたじゃない」
善之「ん・・・うん。わかったね」
真由実「それと引き替えに、自己破産か」
善之「そんなにねえ・・そんなに大変なことじゃないんだよ。手続き簡単だし」
真由実「ちがうの、手続きの問題じゃないの」
善之「じゃあ、なんの問題なの?」
真由実「社会的信用」
善之「だから、いらないって」
真由実「なんか・・ないと・・不安じゃないの?」
善之「別に・・いつ必要なの社会的な信用って、そりゃあれだよ、子供とかできたらねえ、子供が肩身の狭い思いをするかもしれないけどさ・・子供、欲しい?」
真由実「いらないよ」
善之「だよな」
真由実「だって・・倒産したペット屋の在庫動物達でこんな部屋の中もベランダももういっぱいいっぱいなのに・・」
善之「子供の方がまだ手がかからないかもな」
真由実「アルマジロやらエボシカメレオンとかハムスターのケージの間にベビーベッド置けないもん」
善之「ねえ・・子供はいなくても、家は大家族だからね」
真由実「どーしよー、やつらの餌代とかどうするつもりなの?」
善之「大丈夫だって、これで一からやりなおせるから」
真由実「どうやって?」
善之「働いて、だよ」
真由実「働くの?」
善之「でないと、みんなひからびちゃうだろ」
真由実「そうなんだけどね」
善之「自己破産すると銀行からの融資も受けられないらしいから」
真由実「融資はいいよ」
善之「それはいいんだ」
真由実「融資って返さなきゃなんないお金でしょう」
善之「まあ、そうだよね」
真由実「もう返さなきゃなんないお金はいいよ・・あとは? あとはなにがダメなの、自己破産すると」
善之「弁護士になれない」
真由実「当たり前じゃん」
善之「え? なんであたり前なの?」
真由実「破産している弁護士に誰が頼みに来るの?」
善之「まあ、そうだね」
真由実「だいたい、ならないでしょ、弁護士」
善之「ならないっていうか・・なれない」
真由実「じゃあ、いいよ、それは」
善之「・・あとはねえ、風俗営業がダメで、警備員がダメ」
真由実「ダメだろうなあ」
善之「それから長期の旅行」
真由実「えーっ!」
善之「なにえーっって」
真由実「旅行行けないの?」
善之「旅行行かないじゃん」
真由実「いかないよ」
善之「我が家が一番とかいつも言ってるじゃない」
真由実「言ってるよ」
善之「じゃ、いいじゃん」
真由実「でもさあ、行くなって言われると行きたくなるでしょう」
善之「天の邪鬼だからねえ」
真由実「そうだよ・・天の邪鬼だもん」
善之「おまえは行けばいいじゃん」
真由実「え? 一人で?」
善之「だって、俺は自己破産者だけど、おまえはちがうんだからさ」
真由実「でもさ・・旦那が自己破産してるのに、私が旅行とかばっかして遊び歩いてたら、近所の目ってのもあるでしょう」
善之「旅行行くの?」
真由実「行かないけど」
善之「じゃあ、いいじゃん」
真由実「財産の差し押さえとかは?」
善之「ないない」
真由実「なんか、赤い紙張られるんじゃないの、こういうの」
善之「うーん・・張られてもさ、使えばいいじゃない。テレビとか映らなくなるわけじゃないんだから」
真由実「なんかやっぱりそういうのって生活に介入してくるわけでしょ」
善之「それはちょっと我慢だね」
真由実「我慢できないぃ」
善之「わがままな・・」
真由実「わがままって」
善之「おまえ・・天の邪鬼でわがままなのな・・」
真由実「そんなの今に始まったことじゃないもん」
善之「そうなんだけどさ」
真由実「そこを好きになったんでしょ、善之君は」
善之「え、そうなの? そうなの?」
真由実「コンビニでさ、買ってきた物とかチェックされるんじゃないの?」
善之「うそぉ」
真由実「この丸ごとバナナはあなたの生活にとって本当に必要な物ですか?とかさ」
善之「うわ・・ないだろ、そんなの」
真由実「大丈夫なの?」
善之「それはないだろう・・だいたい、バナナは家の場合動物が食うじゃない」
真由実「そうだよね・・ねえ」
善之「動物飼っててもいいのかな・・」
真由実「破産して?」
善之「あれは・・家族だもんないいよな」
真由実「アルマジロとか?」
善之「大丈夫だよな」
真由実「私に聞かないでよ」
善之「離ればなれになるの・・寂しいもんなあ」
真由実「ねえ・・」
善之「なんか食いに行くかぱーっと」
真由実「大丈夫なの?」
善之「大丈夫だよ・・人生ね雨の日ばかりじゃないって」
真由実「どうしていつもそんなに根拠もないのに自信たっぷりなの?」
善之「いいんだよ・・さわいでもどうしようもないじゃない」
真由実「ふてぶてしいっていうか・・現実の認識に欠けるっていうか」
善之「え、おまえ俺のそこに惚れたんじゃないの」
真由実「ばーか」
  暗転。