第 13話  『ヤマアラシ達』

  牧野の部屋。
  だらっと牧野がいる。
  向こうから真由実の声。
真由実「すごーい、やっぱ見晴らしいいね」
牧野「まあ、十四階だからね」
真由実「これで月、いくら?」
  隣の部屋のベランダから、戻ってくる真由実。
牧野「いや、賃貸じゃないから」
真由実「え?買ったの?」
牧野「そうだよ・・三千八百五十万。税別」
真由実「がっこの先生って金あるんだね」
牧野「ローンだよ」
真由実「ローン組めるからいいよな」
牧野「なに善之君だって組めるだろう」
真由実「そんなもの、自営業で組めるわけないじゃない」
牧野「そうなの?」
真由実「そういうところからお金借りられるなら、倒産なんかしないわよ」
牧野「・・大変なんだな」
真由実「大変だからお兄ちゃんとこに助けを求めて来てるんじゃない」
牧野「そうだよなあ・・」
真由実「郵便受けがさあ」
牧野「うん・・」
真由実「催促状と督促状でいっぱいいっぱいになってるの」
牧野「金貸した方がいいの?」
真由実「いや、お金じゃないの・・」
牧野「そうなの・・おまえお兄ちゃんにはホントのこと言えよ」
真由実「(頷いて)ホントホント・・お金じゃないの・・」
牧野「お店始めたときはなんか景気のいい話してたじゃない」
真由実「そうだったんだけどね・・なんか坂道転がり落ちるみたいにねえ・・こんなになっちゃった」
牧野「そういうもんなのかな、商売って」
真由実「うん・・善之君もね、商売が好きってわけじゃなくて、動物が好きで始めたペットショップだからね」
牧野「それで・・俺が引き取るのは今日持ってきたの?」
真由実「いや、今日は私一人だったから・・無理だよ」
牧野「いや、ほら、調子こいて結婚式やったおかげで、とにかくマチャキと一緒に住むふんぎりがついたからね・・これからようやく二人で暮らせるなって思ってた矢先よ」
真由実「ごめんねー」
牧野「いや、いいよ」
真由実「結婚式も行けなくてごめんねー、とにかく店の動物の引取先を探し回って、奔走してたから」
牧野「なんとかなったの?」
真由実「うん、かろうじてって感じ・・ほら、普通のお店が倒産したらバッタ屋にたたき売ったり、最悪、品物は捨てるっていう処分の方法があるけど、うちペットショップだからさ・・在庫はみんな生き物だからね」
牧野「うん・・それで、どうしたの?在庫達は」
真由実「仲間のペットショップに引き取ってもらったり、バーゲンしたりしてようやく、ほんとにようやくなんとかなったんだけど・・うち、基本的に犬とか猫とかじゃないから」
牧野「ハリネズミかぁ」
真由実「え?」
牧野「俺とマチャキとハリネズミの三人暮らしになるんだよな・・」
真由実「え、ちがうよ」
牧野「いや、わかってるの。ハリネズミは人じゃないんだけどさ、なんとなく感覚として三人って感じなんだよな、俺の中では」
真由実「え、なに、ハリネズミって」
牧野「おまえハリネズミのジレンマって知ってる?」
真由実「ハリネズミのジレンマ?」
牧野「あのな、ハリネズミが二匹いてな、寒い冬に暖をとろうとしてお互いにこうやって身を寄せあうんだよ。でも、ほら、ハリネズミだからさ、体についている針で近づきすぎるとお互いの体を傷つけてしまうんだよ。だから、寒くもなく、傷つくこともない距離を見つけなきゃなんない。それをハリネズミのジレンマっていうんだよ」
真由実「お兄ちゃん・・ハリネズミってどういうものか知ってる?」
牧野「こんな・・(と、形を作ってみせる)こんなもんだろう」
真由実「うん・・大きさはそう」
牧野「それでこう体にちっちゃな針がでてるんだろ」
真由実「そう・・」
牧野「あってるだろう」
真由実「うん・・ハリネズミという動物の認識はあってる」
牧野「慣れるかな・・」
真由実「・・ん!」
牧野「なんだよ」
真由実「どこで間違ったのかな・・」
牧野「なにが?」
真由実「あのね、よく聞いてね。ペットショップ田端倒産にあたり、お兄ちゃんに飼ってもらいたい動物はね、ハリネズミじゃないの」
牧野「え?だっておまえ電話で」
真由実「私、はっきり言ったよ。ヤマアラシだって」
牧野「え、ヤマアラシなの?」
真由実「そう」
牧野「あ、そうなんだ」
真由実「それでね・・さっきのお兄ちゃんの話、ハリネズミのジレンマ」
牧野「ああ・・」
真由実「それも違うの」
牧野「え。ええっ!」
真由実「それは正しくはヤマアラシのジレンマなの」
牧野「え、俺、なにもかも全部違ってた?」
真由実「そう」
牧野「あ、そう・・え、そうだっけ?」
真由実「ヤマアラシのジレンマってあれでしょ、ショウペンハウエルが言ったんでしょ。それをね、フロイトが精神分析の理論に採用して有名になったんだよ」
牧野「あ・・うん・・詳しいな、おまえ」
真由実「だって、私、心理学科だもん」
牧野「いや、それでもさあ」
真由実「お兄ちゃんだって心理学科でしょ?」
牧野「うん・・そうなんだけどね・・なんか勉強してたことが、おまえと違うんじゃないの?」
真由実「なにやってたの、大学の心理学科で」
牧野「自分探し」
真由実「なにそれ?」
牧野「自分探してたね」
真由実「見つかったの、自分は」
牧野「うん・・思ったより近所で見つかった」
真由実「なにそれ」
牧野「そうか・・ヤマアラシか・・似てるから間違えちゃったよ、ハリネズミだとばっかり・・」
真由実「・・全然違うよ」
牧野「え、なにが違うんだよ」
真由実「ハリネズミはねえ、なんの仲間か知ってる?」
牧野「ネズミだろう」
真由実「モグラなの」
牧野「だってハリ、ネズミだろう」
真由実「プレーリードッグだって、リスなのよ。ドッグじゃないの」
牧野「おいおい」
真由実「ハリネズミは六十センチのケージで充分飼えるの、大きさも二十五センチくらいだから」
牧野「ヤマアラシは?」
真由実「ヤマアラシの針の長さがさ、四十センチくらいあるんだよ」
牧野「針が四十センチ?え、ちょっと待て、針が四十センチ?じゃあ、その・・あれだ本体の大きさは」
真由実「(作って見せて)こんなもん」
牧野「え!ええっ!えええっ!」
真由実「でかいのよ」
牧野「それはさあ、そのヤマアラシはなんの仲間なの?」
真由実「仲間?仲間でいうとネズミかな。齧歯類だから」
牧野「わからん。もういい、なんの仲間かはこの際どうでもいい・・え・・でかいな」
真由実「だから・・ケージは(と、また作って見せる)これくらいないと・・」
牧野「それがここに来るのか」
真由実「うん・・どこのペットショップも引き取ってくれなくて」
牧野「そりゃそうだろ」
真由実「あとね、注意しなきゃなんないのはね、そのトゲトゲの先がね、アイスピックみたいに尖ってるのよ」
牧野「うん・・」
真由実「アルミ缶あるでしょ」
牧野「うん」
真由実「突き通すくらいなの」
牧野「・・・うん」
真由実「しかも、抜けやすいから、刺さったらそのまま、どんどん中に入っていくらしいの」
牧野「・・・へえ」
真由実「さらにね」
牧野「・・・ん」
真由実「しっぽを振って攻撃すると、そのしっぽのトゲトゲが飛び散ったりもするの」
牧野「ハリ飛ばし攻撃か」
真由実「そうそう・・内臓を刺されたトラが死亡した例もあるくらいなの」
牧野「ちょっとまて・・ちょっとまてよ」
真由実「でも、草食だからご飯はあんまり手間がかからないと思うよ」
牧野「なんで・・なんでそんなものを入荷したんだよ、おまえんとこは」
真由実「いや、なにが売れるかわからないから、この商売」
牧野「後先のこと考えて・・考えてたら、倒産しないか」
真由実「だよね」
牧野「それは・・引き取り手がないわな」
真由実「ごめん・・ほんとごめん」
牧野「おまえの家では飼えないの?」
真由実「もう家もいっぱいいっぱいなの。スカンクとフェネックとトビネズミとエボシカメレオンとアルマジロ。リクガメ。あと、ハムスターが多数。熱帯魚も多数」
牧野「ううん・・」
真由実「ごめん、助けると思って」
牧野「四十センチのハリか・・」
真由実「・・・」
牧野「そりゃ、いくら寒くてもね・・体寄せあったら刺さっちゃうよな」
真由実「・・・」
牧野「おまえ、そんなさ、ヤマアラシの特性を全部俺に話してさ」
真由実「うん」
牧野「俺が嫌だって言ったらどうするつもりなの?」
真由実「そんなこと言わないって知ってるから」
牧野「だって、こんなでかいんだろ。四十センチのハリが、アルミ缶を突き通すんだろ。しっぽ振って、ハリ飛ばすんだろ」
真由実「うん・・でも、嘘つきたくないし」
牧野「それは大変だろ」
真由実「でも、そういうのお兄ちゃんに黙って預けるのは嫌だったから・・」
牧野「うん・・まあ、それは知らないより、知ってた方がいいけどさあ」
真由実「お兄ちゃんだって、最初に全部話してくれたじゃない」
牧野「・・・・」
真由実「女の子より男の子の方が好きだって」
牧野「・・・」
真由実「私、お兄ちゃんに今まで嘘ついたことないよ、一度も」
牧野「・・・・」
真由実「だから、全部ホントのこと話す」
牧野「・・・・」
真由実「そりゃあの時はね・・言われた時は、びっくりしたけど・・でも、本当の事言ってるってわかったから、納得した。頭の中でお兄ちゃんの言葉がぐるぐる回った。『なにかもし、いつか俺にできることがあったら、なんでもしてやるからな』って『この事でおまえにも迷惑がかかるかもしれないから』って。その時はまだよくわからなかったけどね。でも、納得した」
牧野「迷惑、かかったか?」
真由実「うん、ちょっとね」
牧野「・・どんな?」
真由実「言わない」
牧野「・・・・」
真由実「・・・・」
牧野「・・・ヤマアラシと同じように、俺の体にも、針がついているんだよな」
真由実「(頷いた)・・・」
牧野「俺の針はおまえに刺さっていたのか?」
  真由実、首を横に振った。
真由実「・・・大丈夫」
  間。
牧野「そうだよ、言ったんだよな。なんでもしてやるって・・」
真由実「そうだよ」
牧野「じゃ、しょうがないよな」
真由実「・・・・」
牧野「いつくるの?」
真由実「来週末は?」
牧野「いいよ」
真由実「うん・・善之君がいないと、私一人じゃとてもとても・・」
牧野「そんなでかいんだからな」
真由実「そうそう」
牧野「ヤマアラシか」
真由実「ネズミの仲間だから、根気よく世話すれば馴れると思うよ」
牧野「馴れるとどうなるの?」
真由美「ただいまーって帰ってくると、わーって寄ってくるの。かわいいぞぉ」
牧野「やっぱおまえ飼えば?」
真由美「いや、無理無理」
牧野「世界中でも珍しいだろ、地上十四階に住んでるヤマアラシなんて」
真由実「そうだよね・・」
牧野「そうだろ」
真由実「あ、それでね」
牧野「なに、まだなにかあんの?」
真由実「ちがうの・・善之君が結婚のお祝いをその時にって」
牧野「あ、ああ・・」
真由実「おめでとうございますって伝えておいてくれって」
牧野「あ・・ああ・・あ、そうだ」
真由実「なに?」
牧野「写真見るか、結婚式の写真、できたんだ」
  と、言いながら、片隅のカラーボックスの中の簡易アルバムを持ってくる。
真由実「ほんとにね、行きたかったんだけどね、お式」
牧野「まあ、しょうがないよ」
  真由実、見て。
真由実「あれ・・なんでこんな変な顔して笑ってんの?」
牧野「泣いてんだよ」
真由実「なんで?」
牧野「感動してだよ」
真由実「あ、そう」
牧野「だっておまえ感動するよ。生徒が『先生おめでとー』って周りにこんな来てさ」
真由実「これ、生徒?」
牧野「そう、教え子達」
  このあたりから曲、静かにフェードイン。
真由実「すごい数」
牧野「三百人の生徒が参列してくれたんだから」
真由実「すごいねえ・・」
牧野「予算の都合上、あんまり飲み食いはできなかったんだけど」
真由実「ものすごく派手な地味婚だよね」
牧野「そうそう、壮大な地味婚・・人だけは集まった・・」
真由実「人気モンだね」
牧野「珍しいんだよ」
真由実「ホモが?」
牧野「そう」
真由実「もう私、そういう感覚わかんないな」
牧野「まあ、おまえは当たり前として育ってきたからな」
真由実「あ、龍ちゃんだ」
牧野「スピーチしてくれたんだよ」
真由実「元気なの?」
牧野「あいつ?元気、元気、無駄に元気」
真由実「まだ結婚しないのかな」
牧野「わかんねえ・・」
真由実「お兄ちゃんの友達の中では一番早く結婚すると思ってたけど」
牧野「先のことはねえ・・わかんないからねえ」
  兄妹、寄り添うようにして、仲良くいる。
  ゆっくりと暗転。