第12話   『テレクラの人々』




  オペレーターの声。
声「相手がみつかりました。それではもしもしと挨拶してからお話ください」
詩織「もしもし」
善之「もしもし」
  明転。
  街のテレクラの一室が舞台下手にあり、上手は詩織の自室になっている。
善之「こんにちは・・あ、いや、こんばんわか」
詩織「こんばんわ」
善之「こういうとこよく電話するの?」
詩織「いや、よくじゃないですけど、暇な時とかに」
善之「あ、そうなんだ」
詩織「はい」
善之「今、暇なの」
詩織「ですね」
善之「あ、そう・・」
詩織「なにしてるんですか、今」
善之「いや・・テレクラにいるんだけど・・なにしてるの、今」
詩織「今?一人でテレビ観てたの」
善之「ああ・・テレビ観てんだ」
詩織「うん・・なんかテレビ観てたらさ・・」
善之「なに?」
詩織「なにもかも、嫌になってきちゃって・・このままじゃ、やばいって思ってたとこなの」
善之「やばいってなにがやばいの?」
詩織「いや、ほら、あるでしょ、いろいろ・・」
善之「あ、ああ、あるよね・・今、なに、自分ち?」
詩織「そう、自分ち」
善之「一人?」
詩織「うん、一人」
善之「いくつ?」
詩織「そっちは?」
善之「いくつでしょう?」
詩織「わかんないよ、そんなの」
善之「いくつでしょう?」
詩織「え・・ええ・・声は若そうだけど、けっこう、ほんとはそうでもないでしょう?」
善之「いくつでしょう?」
詩織「二十三くらい」
善之「おしい」
詩織「え、ホントはいくつなの?」
善之「二十六」
詩織「あ、そんなにいってんだ」
善之「いくつ?」
詩織「え?」
善之「キミはいくつ?」
詩織「私?いくつだと思う?」
善之「えーっ、いくつだろ?二十三・・いや、二かな?」
詩織「いい線いってる」
善之「あ、ほんとに?」
詩織「二十七」
善之「年上だ」
詩織「まあね」
善之「声かわいいから、もっと下かと思ったよ」
詩織「もっと下って?」
善之「十九とか」
詩織「え、うそお・・」
善之「ほんとほんと」
詩織「それみんなに言ってるでしょ」
善之「そんなことないよ、そんなことないって」
詩織「ほんとに?」
善之「ほんとほんと」
詩織「まあ、嘘でもうれしい」
善之「嘘じゃないって・・ねえ」
詩織「なに?」
善之「誰に似てるって言われる?」
詩織「え、誰に?」
善之「どんな感じ?かわいいときれいだったらどっち?」
詩織「どっちだろ」
善之「どっち、どっち?」
詩織「ん・・・」
善之「どっちかっていうとどっち?」
詩織「やっぱかわいいかな」
善之「かわいい?かわいいんだ」
詩織「うん、かわいい」
善之「あ、そう」
詩織「うん、けっこうかわいい」
善之「うっそ・・かわいいんだ」
詩織「うん、よく言われる」
善之「芸能人だと誰に似てるって言われる?」
詩織「井川遙かな」
善之「(驚き喜ぶ)ほんとに?」
詩織「ほんとに」
善之「ほんとかよ・・」
詩織「ほんと、ほんと・・」
善之「井川遙? 井川遙がテレクラ電話するか?」
詩織「井川遙じゃないの、井川遙に似てるの・・癒し系ってよく言われるもん」
善之「あ、そう」
詩織「そうそう・・仕事もね、癒し系だから」
善之「癒し系の仕事」
詩織「そう」
善之「看護婦さんとか」
詩織「ああ、看護婦さんもやったことあるよ」
善之「へえ、そうなんだ・・え、今は?」
詩織「サービス業」
善之「接客とかしてるの?」
詩織「そうそう」
善之「大変でしょう」
詩織「大変だね」
善之「嫌になるでしょ」
詩織「うん・・なっているところ」
善之「どっかさ、ぱーっといかない?」
詩織「行きたい、行きたい」
善之「行きたいよね」
詩織「うん、行きたいなあ、どっか」
善之「あのさあ・・じゃあさあ、ちょっとさあ」
詩織「そっちはさあ」
善之「え?」
詩織「そっちはさあ、誰に似てるって言われるの?」
善之「ん・・」
詩織「芸能人とかだと」
善之「ん・・誰に似てるでしょう?」
詩織「そんなのわかんないわよ」
善之「そうかな」
詩織「声だけじゃわかんないわよ」
善之「サッカー選手にいるタイプ」
詩織「サッカー?サッカーの誰?」
善之「誰ってこともないんだけどね」
詩織「え?」
善之「サッカー選手にいそうなタイプ。名もなきサッカー選手って感じ」
詩織「あ、そう」
善之「え、わかる、これで」
詩織「うん、なんとなく」
善之「あ、そう」
詩織「背、高い?」
善之「たぶん」
詩織「たぶんって、なに?」
善之「いいじゃん・・見る人によって印象が違うって感じ」
詩織「いや、背の高さってだって数字だから変わらないでしょう」
善之「それがね、違うんだな」
詩織「ふうん・・ねえねえ、どんな仕事してるの?」
善之「仕事?」
詩織「うん」
善之「仕事はね・・マスコミ」
詩織「マスコミなんだ」
善之「そう・・マスコミ」
詩織「マスコミって、どんなの?マスコミにもいろいろあるでしょう」
善之「うーんとねえ・・広告関係」
詩織「ああ・・広告なんだ」
善之「うん」
詩織「へえ・・すごーい・・じゃあ、年収とかすごくいいでしょう」
善之「いいね・・」
詩織「へえ」
善之「すごくいいね・・」
詩織「へえ・・でも、ほんと?」
善之「ほんと、ほんと」
詩織「ほんとに?」
善之「ほんとほんと、ちょっとさあ」
詩織「うん」
善之「会ってみない」
詩織「え、会うの?」
善之「そう、会うの」
詩織「ええ・・だってぇ・・ちょっと話しただけなのに、いきなり会うなんて・・」
善之「今どこよ、どこ?」
詩織「え、今、だから家(うち)」
善之「家はどこ?」
詩織「え・・教えらんないよ、そんなの」
善之「そんなの大丈夫だよ・・言ったって」
詩織「んとね・・小田急線沿線」
善之「小田急・・長いからなあ・・・箱根とかじゃないよね」
詩織「箱根じゃないよ」
善之「どのへん?じゃあ、下北より、新宿寄り? 箱根寄り?」
詩織「ねえねえねえ・・」
善之「なに」
詩織「ほんとうに背、高い?」
善之「高い、高い、実は高い」
詩織「どれくらい?」
善之「会ってみればわかるよ」
詩織「だからあ・・」
善之「大丈夫だって」
詩織「ええっ・・」
善之「ちょっと、会ってみない?」
詩織「え、会わなきゃだめ」
善之「ダメじゃないよ、ダメじゃないけど・・どっちかっていうとさ」
詩織「うん」
善之「会うっきゃないって感じ?」
詩織「え・・・」
善之「あ、ちょっと待って、切らないで、切らないでね、切らないで」
詩織「切らないけどさ」
善之「ちょとだけ、下北で会わない?小田急線なんでしょ、出てこない?」
詩織「もうちょっと、知りたいな、どんな人なのか」
善之「会えばわかるよ」
詩織「ええ・・なんか、簡潔に説明してよ」
善之「え?」
詩織「簡潔に説明してよ、どんな人か・・」
善之「例えば?」
詩織「性格とか」
善之「性格?」
詩織「うん」
善之「ほがらか」
詩織「ほがらかなんだ・・」
善之「そうそう」
詩織「ほがらかなんだ・・」
善之「明るい」
詩織「趣味は?」
善之「ん・・・野球」
詩織「野球好きなんだ」
善之「草野球」
詩織「草野球・・へえ・・あのさあ、彼女いる?」
善之「彼女?」
詩織「そう」
善之「どうでもいいじゃない」
詩織「ふうん・・教えて・・彼女いるか・・」
善之「うん、いたり、いなかったり・・」
詩織「そうなんだ」
善之「そう」
詩織「今は?」
善之「いたりいなかったりだな・・キミは?」
詩織「私?」
善之「そう、キミ」
詩織「私はねえ・・今、募集中?」
善之「ああ・・そうなんだ」
詩織「そうそう」
善之「なんか偶然こうやって喋ってるのにさ」
詩織「うん」
善之「運命みたいなもの感じてるのって俺だけ?」
詩織「私も・・なんとなくだけどね」
善之「でしょ、でしょ、でしょ」
詩織「え、今、どこからかけてるの?」
善之「今はね・・中央線沿線」
詩織「どこのことなの?だって中央線って長いじゃない・・それで下北まで来るの」
善之「うん、車とかだったらすぐだよ」
詩織「車持ってるの?」
善之「ん・・」
詩織「車持ってんだ」
善之「うん・・持ってるよ」
詩織「え、なに持ってるの?」
善之「・・・外車」
詩織「外車にもいろいろあるでしょう、車の種類は?」
善之「・・赤い」
詩織「いや、車の種類だって」
善之「赤い・・外車」
詩織「なにそれ」
善之「赤い・・なんでしょう?」
詩織「じゃあさあ、今からドライブに行こうよ・・ドライブだったら行ってもいいな」
善之「ああ、いいよいいよ・・・下北か?」
詩織「うん、下北」
善之「すぐ行くよ」
詩織「あ、ほんと?」
善之「ほんと?」
詩織「ほんとに?」
善之「うん・・行っちゃうよ・・もうがんばって行っちゃうよ」
詩織「海見たいな」
善之「あ、いいねえ」
詩織「海・・すっごい見てない」
善之「海、海行くか」
詩織「うん」
善之「じゃあちょっと、どこで会う?」
詩織「どこにしようかなあ・・車なんだよね」
善之「そう、外車みたいな車」
詩織「なに、みたいなって」
善之「いや、どこから見ても外車・・外車? うん、外車」
詩織「じゃあねえ・・どこがいいかな・・」
善之「あ、そうだ」
詩織「なに?」
善之「車だと混むかもしれないから電車で行こうかな・・なんて」
詩織「・・下北のねえ」
善之「・・うん」
詩織「ダイエーの前」
善之「ダイエーの前?あそこ、車入れるの?」
詩織「え、でも、下北で目印になるのってあそこしかないじゃん」
善之「そうかな」
詩織「そうだよ・・来てくれるでしょ。からかってないよね」
善之「え、俺はからかってないよ、絶対に行くよ・・でも、電車のほうが確実だと思うな・・ね、ダイエーの前には行くからさあ」
詩織「会ったらさ・・なんか買ってくれる?」
善之「いいよ、買ったげるよ」
詩織「なに買ってくれる?」
善之「なんでも」
詩織「なんでも?」
善之「うん」
詩織「おなかすいてるんだけど」
善之「うん」
詩織「焼き肉食べたいな」
善之「ああ、焼き肉ね」
詩織「うん」
善之「よし、焼き肉食べて、海見にいこ」
詩織「焼き肉食べて、海?」
善之「いいだろ?」
詩織「いいね」
善之「でもなあ・・この時間だから、電車で下北行って、レンタカー借りた方がいいかもしれないよ」
詩織「え、でも赤い外車乗りたい」
善之「乗りたいよね、そりゃ乗りたいよ。俺も乗りたいもん、赤い外車」
詩織「どんなかっこしてくるの?」
善之「赤いネクタイ」
詩織「赤いネクタイなの?」
善之「そっちはどんなかっこなの?」
詩織「まだ決めてないから・・私の方から声かけるよ」
善之「じゃあさあ、一応、電話番号」
詩織「電話番号?」
善之「ほら、すれちがっちゃった時とかに」
詩織「すれ違わないよ。下北のダイエーの前で、赤い外車で赤いネクタイでしょ。一人しかいないって」
善之「そうかな」
詩織「そうだよ」
善之「わかんないよ」
詩織「え!ええっ!」
善之「わかんないよ、下北だもん。あそこ変な奴多いからさ」
詩織「そうなか」
善之「そうだよ・・赤い外車なんか三台くらい停まってるかもしれないよ」
詩織「狭いよ、あそこ」
善之「うん、狭いけど」
詩織「外車三台は無理なんじゃないかな」
善之「無理だと思うでしょ、でもね、行ってみたら外車がひしめきあってたりするんだよ」
詩織「じゃ、私から電話するから電話番号教えて」
善之「え・・携帯?」
詩織「携帯、持ってないの?」
善之「携帯はねえ・・」
詩織「そこに私かけようか」
善之「素直にさあ、駅前の小田急オックスで待ち合わせするってのはどーかな」
詩織「え・・」
善之「それでさ、電車乗ってさ、行こうよ」
詩織「え、電車乗って海?」
善之「そう」
詩織「え、車で海がいい・・」
善之「車はねえ・・ダメなんだよ」
詩織「どうして?」
善之「車じゃ行けない海を見に行かない?」
詩織「え、どこのこと?」
善之「その待ち合わせにさ、持ってきて欲しいものがあるんだけど」
詩織「え、なに?」
善之「パスポート」
詩織「パスポート?」
善之「そう、パスポート持ってる?」
詩織「うん・・前にグアム行った時に、とったのがあるけど」
善之「持っておいでよ」
詩織「なんで?」
善之「日本の海じゃない海に行こうよ」
詩織「日本の海じゃなかったら、どこの海?」
善之「どこでもいいんだけど、スリランカとかサイパンとか上海とかメキシコとかカリブ海とか」
詩織「これから行くの?」
善之「そう」
詩織「え?」
善之「今なら間に合うよ、成田」
詩織「うそ」
善之「ホントホント・・行かない?」
詩織「でも・・」
善之「行こうよ、行きたくない?」
詩織「そりゃ行ってみたいけど」
善之「行こう、これから行こう」
詩織「これからって・・」
善之「これからさ、日本を出よう」
詩織「なんで?」
善之「逃げよう」
詩織「え・・」
善之「脱出しよう・・今さあ、俺達を取り囲んでいるなにもかもから・・逃げ出したくない?」
詩織「・・そりゃ逃げたいけど」
善之「行こう、逃げよう、どこまでも逃げよう・・大丈夫、金はなんとかなるよ」
詩織「ああ、そうだよね。そういう人だもんね。お金はあるんだよね」
善之「アコムで借りたっていいんだしさ」
詩織「それで行くの?」
善之「行こうぜ」
詩織「でも、明日、仕事あるし、私」
善之「仕事か」
詩織「うん」
善之「変な客とか来る」
詩織「時々ね」
善之「大変だよね」
詩織「大変だよ」
善之「仕事はもう大丈夫だよ」
詩織「どうして」
善之「だってもう、お客とかさ、関係ないんだから、俺達これからそういうものとは関係ない所へ行くんだから・・・もう君はね、二度と仕事なんか行かなくていいんだよ」
詩織「ほんとに?」
善之「どっかさ、逃げて逃げて逃げまくろう」
詩織「・・・・本気なの?」
善之「本気、本気・・いいでしょ、そういうの」
詩織「いいでしょ」
善之「やってみたいでしょ」
詩織「うん」
善之「言ってみな、やってみたいって」
詩織「え・・」
善之「ほら、言ってみなよ、逃げ出したいって・・」
詩織「やってみたい・・逃げ出したい」
善之「よし!行こう!逃げよう、どこまでも逃げよう。ここにいると嫌なこといっぱいあるだろう、それから逃げよう、逃げて逃げて、逃げて逃げて、逃げて逃げて・・大丈夫だよ、なんとかなるよ・・俺が何とかするよ」
詩織「本気なの?」
善之「ああ・・逃げよう、どこまでも、どこまでも逃げよう。嫌なことをやるのはもうやめよう。嫌いなことを嫌いだって言おう。誰にも命令されずに生きていこう。誰にも頭を下げないで生きていこう。地球のどこかでキミとボクで、二人で幸せに暮らしていこう」
詩織「焼き肉も・・食べる?」
善之「もちろんだよ」
詩織「じゃあさあ、待ってる」
善之「待ってて」
詩織「うん、待ってる」
善之「必ずだよ、必ず迎えに行くからね」
詩織「下北のダイエーの前で」
善之「ダイエーの前で」
詩織「赤い外車ね」
善之「うん・・でも、混んでたら途中で電車になるかもしれないけど・・」
詩織「うん・・それでもいい・・それでもいいから・・必ず来て」
善之「うん、必ず行くから」
詩織「待ってる」
善之「じゃ、また後で・・」
  と、二人、同時に受話器を置いた。
  善之、動こうとしない。
  そして、また次の電話を待って、腕を組んで待っている。
  そして、善之の方の照明が少し落ちた。
  詩織、また携帯を掛ける。
  コール音。
  と、再び善之の方の照明が明るくなった。
  同時に善之、受話器を取った。
  繋がった。
  オペレーターの声。
声「相手がみつかりました。それではもしもしと挨拶してからお話ください」
詩織「もしもし」
善之「もしもし」
詩織「こんばんわ」
善之「こんばんわ」
  ゆっくりと照明が落ち始める。
詩織「初めまして・・」
善之「あ、どうもどうも・・今、なに暇してんの?」
詩織「そう・・」
善之「そうなんだ・・俺も・・いくつ」
詩織「え・・」
善之「キミは幾つ?」
詩織「二十一」
善之「へえ・・声が若いから十九くらいかと思ったよ」
詩織「ホントですかぁ・・」
  暗転。