第11話  『先生の結婚式』
  明転すると、龍之介と牧野がダラっといる。
  牧野先生のワンルームマンション。
  やがて、
龍之介「しかし、思い切ったねえ」
牧野「まあね」
龍之介「結婚かあ」
牧野「いや、結婚じゃなくって、結婚式」
龍之介「ああ、ねえ」
牧野「違うんだから、結婚と結婚式は」
龍之介「あ、そうだね、そうだよね、今回の場合は、微妙に違うんだよね」
牧野「うん、結婚式にはするけど、結婚はしないからね」
龍之介「(改めて)結婚かあ」
牧野「(うれしそう)うん」
龍之介「まあ、めでたいことには変わりないよ」
牧野「うーん」
龍之介「できるんだね、結婚式」
牧野「いや、俺もほとんど諦めてたんだけどね」
龍之介「結婚式するとは思わなかったなあ、おまえが」
牧野「ねえ」
龍之介「男同士で結婚式か」
牧野「そう」
  間。
龍之介「なんでそんなさ・・急にする気になったの?前からマッキンは思ってたの?」
牧野「いや・・」
龍之介「え、これはさ、誰がやろうって言い出したの?マチャキの方なの?」
牧野「ん・・生徒達がね・・」
龍之介「うん」
牧野「ほら、俺が担任しているクラスの生徒達がさ(ここからその生徒の物真似になる)先生、俺達は認めてるんだから、ちゃんと結婚式とかした方がいいよぉ・・って言ってくれて」
龍之介「あ、そう・・人気あるんだ」
牧野「いやいや、そういうことじゃないんだけど」
龍之介「そういうことじゃん・・え、じゃあ、なに、みんな知ってるの?マッキンがホモだって」
牧野「隠してるつもりはなかったんだけどね、ほら、バレるとめんどくさいことだからさ」
龍之介「まあ、ねえ」
牧野「でも、なんかねえ・・にじみ出てたみたい」
龍之介「なにが?ホモが?」
牧野「生徒がそう言ったんだから」
龍之介「しかし・・式場ってなに、最近、そういうの問わずに貸してくれるものなの?」
牧野「いや、式場は・・(ダメ)」
龍之介「え、じゃあ、会場はどこなの?」
牧野「体育館」
龍之介「体育館?マッキンの学校の?」
牧野「そう」
龍之介「なんで?そんなところでやるの?そんなの、式場借りるより大変じゃないの?」
牧野「だから、生徒達が(物真似)先生、俺達認めてるんだから、ちゃんと結婚式やったほうがいいよぉ・・って」
龍之介「だってクラスの生徒でしょ。なんで自分達の教室でやらないの?なんで体育館みたいな広いところでやるのよ」
牧野「だって・・入りきらないもん」
龍之介「何人いるの、マッキンのクラスは?」
牧野「クラスは四十人」
龍之介「でしょ」
牧野「こういう噂ってあっという間に広がっるんだよ、学校中にさ」
龍之介「牧野先生が結婚式やるぞーって?」
牧野「広がるでしょ、すぐ、あいつらピーチクパーチク喋るからさ」
龍之介「ビーチクパーチクって」
牧野「それで・・一年生も二年生も参加したいってなっちゃって」
龍之介「全学年?が、参加するの?」
牧野「全校生徒」
龍之介「(呆れて)何人?」
牧野「三百人」
龍之介「三百人?」
牧野「三百人・・」
龍之介「それで・・体育館?」
牧野「校庭はね、雨降るから、やっぱり体育館でしょう」
龍之介「・・それでさあ・・全校生徒出席の学校行事になったわけ」
牧野「うん、でも、強制したわけじゃないんだよ。あくまで生徒の自主企画として、学校側も賛同したって形になったのよ」
龍之介「なんでそんな大事(おおごと)になるの?」
牧野「それは・・わかんないよ、俺が言い出したわけじゃないから」
龍之介「誰が言い出したの?」
牧野「だから、最初は俺のクラスの有志がね、(物真似)先生、俺達認めてるから、結婚式とかちゃんとした方がいいよぉ・・って」
龍之介「いや、わかった、その生徒の真似はもういいからさ」
牧野「似てるんだけど・・森下って生徒の物真似なんだけど」
龍之介「よくさあ、先生の物真似する奴ってクラスにいたけど、マッキンはあれだね、生徒の物真似するんだね」
牧野「するよ」
龍之介「それがマッキン人気の秘密か」
牧野「三年B組マッキン先生だからね」
龍之介「三年B組ってのは全国的に、そういうドラマチックなことが好きなのか?」
牧野「バカか!マッキン先生はいても、金八先生ってのはいないんだよ」
龍之介「え、だって・・」
牧野「おまえが知ってる三年B組ってのはないの。この世には存在しないの。腐ったみかんもないし、杉田かおるも妊娠しないんだよ」
龍之介「・・・・」
牧野「なにショック受けてんだよ」
龍之介「いや・・大丈夫、大丈夫・・それでなに、え、ちょっと待って、俺はそこで友人代表のスピーチすればいいの?」
牧野「そうそう。今、やってくれるって言ったじゃない」
龍之介「いや、言ったんだけどね、やる方向ではあるんだけどね・・え、ちょっと待って、最初さ、結婚式のスピーチって言われたらさ、普通の結婚式のスピーチを想像するじゃない」
牧野「普通の・・結婚式のスピーチでいいよ・・別に男同士の結婚式だからってね、特別なことをしてくれって言ってるわけじゃないんだから。小学校一年生からずっと知っている三十年来の友達のスピーチ・・・ね」
龍之介「いや、そういうことじゃなくってね・・ちょっと待って、全然、その会場のイメージができない・・だって、体育館なんでしょ」
牧野「そう」
龍之介「三百人の生徒がいて」
牧野「そう」
龍之介「壇上にはマッキンとマチャキの二人がいる」
牧野「そうそう・・だから、こう体育館の壇上があるでしょ」
龍之介「卒業証書を授与したりするところでしょ(と、やってみせる)こうやって」
牧野「そうそう・・そこに俺とあいつがいて、上に大っきな牧野先生結婚式っていうのが下がっているんだよ」
龍之介「そういうのはどうするの?」
牧野「今、美術部の生徒が作ってる。基本的にクラス会費でやるからね、金はないの。みんな手作り感覚って感じ?」
龍之介「クラス会費か・・」
牧野「それで、その俺達のいるステージの下のフロアにまず円卓があるの」
龍之介「円卓?」
牧野「親しい友人とかね、俺達の関係者席」
龍之介「うん・・俺達が座るのがそこ?」
牧野「そうそう・・あ、誰か連れて来れば?」
龍之介「誰かって?」
牧野「彼女・・なんつったっけ」
龍之介「初美?」
牧野「あ、そうそう」
龍之介「初美か・・」
牧野「席はまだあるから」
龍之介「でも、そこって親族の席とかじゃないの?」
牧野「親族はね・・あんま来ない」
龍之介「ちょっと待って、そうだよ。マッキンのご両親はなんて言ってるの、この学校行事について」
牧野「親、賛成」
龍之介「ウソ」
牧野「ホントホント、大賛成」
龍之介「あ、そう」
牧野「ノープロブレム」
龍之介「出席すんの?」
牧野「いや、それは嫌だって」
龍之介「なんで?」
牧野「いや、なんかその日に親戚の法事かなんかあるとか言ってた」
龍之介「へえ、息子の結婚式よりも大事な法事か」
牧野「まあ、認めるけど加担はしたくないってことなんじゃないかな」
龍之介「それって大賛成なの?」
牧野「大賛成だけど、加担はしたくない」
龍之介「へえ・・」
牧野「だから、誰か連れてきても大丈夫」
龍之介「大丈夫って言われても・・」
牧野「でね、その来賓席の後ろにパイプ椅子がずらっと並んで」
龍之介「生徒達がこうやって・・」
牧野「並んでる」
龍之介「卒業式みたいに」
牧野「入学式みたいに」
龍之介「あ、そう」
牧野「んで、その生徒達の席の周りに模擬店」
龍之介「模擬店?」
牧野「そう、焼きそばやら、たこ焼きやら、おでんやら・・」
龍之介「売ってるの?」
牧野「チケット制だって言ってたな」
龍之介「ちょっとした文化祭じゃねえかよ」
牧野「そうだね、演劇部の寸劇もあるし」
龍之介「演劇部が・・なにやるの?」
牧野「『ベント』って知ってる?あれを十五分くらいに短縮してやるんだって」
龍之介「いや、知らないけど」
牧野「あと、バンドも出るし」
龍之介「ますます文化祭だな」
牧野「最近、女の子だけのバンドとか多いんだよ」
龍之介「ああ、プリプリみたいな」
牧野「うん、ZONEとか」
龍之介「ゴーバンズとかね」
牧野「そう、ホワイトベリーとか」
龍之介「俺、スピーチとかじゃなくて、なにか歌おうか」
牧野「なに歌うの?」
龍之介「そりゃあれだろ結婚式の定番ソング」
牧野「『贈る言葉』?」
龍之介「そう、『テントウ虫のサンバ』」
牧野「『乾杯』とか」
龍之介「そういうの」
牧野「おまえ、高校教師にならなくてよかったな」
龍之介「なんで?」
牧野「生徒から嫌われるタイプだね」
龍之介「そうかな・・」
牧野「歌やるんだったらね、なんか派手なのがいいな」
龍之介「派手なのって」
牧野「『ハッピーサマーウエディング』とかさ」
龍之介「モー娘か」
牧野「そうそう」
龍之介「『ハッピーサマーウエディング』・・(一生懸命接点を探している)・・」
牧野「ハッピーだろ」
龍之介「うん」
牧野「サマーじゃないけどな」
龍之介「うん」
牧野「ウエディングだろ」
龍之介「まあなあ・・でもあれ、大切な人ができたのです、とかって歌詞じゃなかったっけ」
牧野「大切な人ができたじゃない」
龍之介「父さん母さんありがとうってのもなかったっけ」
牧野「ありがとうじゃない」
龍之介「ホモに生んでくれて?」
牧野「おまえ・・おまえそーゆーこと言うかな」
龍之介「『ハッピーサマーウエディング』か・・やっぱスピーチにするか・・」
牧野「歌えないんだろ」
龍之介「だってよ、モーニング娘。は一人じゃなくてさ・・全員で歌うとかしたほうがいいんじゃないの?役所の忘年会でちょっと歌って失敗した過去をもっているのよ、俺は・・だからモーニング娘。はさ、シメで、みんなで大合唱」
牧野「三百人で?」
龍之介「そうそう」
牧野「それ・・いいかも」
龍之介「うん・・俺はスピーチにしとくわ」
牧野「龍ちゃんの結婚式の時は、俺がスピーチするからさ」
龍之介「あ・・ああ・・」
牧野「結婚するんだろ」
龍之介「ん・・たぶんね」
牧野「その・・つくねさんと」
龍之介「初美だって」
牧野「あ、ああ」
龍之介「なんだよ、つくねさんって。人の名前じゃねえよ、つくねって」
牧野「その、初美さんとさ・・結婚する時にさ」
龍之介「結婚かあ」
牧野「だって、俺達にできておまえにできないってことはないだろう」
龍之介「いや・・俺もほら、三百人くらいの後押しがあればさ、踏ん切れるんだけどね」
牧野「そんなの・・そうそうないよ」
龍之介「ないよ」
  そして、龍之介、牧野をしみじみ見て、
龍之介「おまえ・・おまえ人気あんだな、生徒達にさ」
牧野「ちがうよ」
龍之介「・・・見直したよ」
牧野「ちがうよ、珍しいんだよ、ホモが」
龍之介「やめろよ、ここまではいい話なんだからさ・・素直に感動してろよ」
牧野「うん・・感動してるけどさ」
龍之介「幸せだよな」
牧野「幸せだよなあ」
龍之介「三百人が『ハッピーサマーウエディング』の大合唱」
牧野「サマーじゃないんだけどな」
龍之介「ハッピーだし、ウエディングじゃねえかよ」
  『ハッピーサマーウエディング』のイントロが流れ・・
  それは三百人の大合唱バージョンである。
牧野「先生、おめでとうとかさ、こう生徒達に囲まれて、言われちゃったら、俺、泣いちゃうかもな」
龍之介「うわ、感動的だなあ」
牧野「感動しちゃうだろ」
龍之介「しちゃうしちゃう」
牧野「泣いちゃうよな」
龍之介「泣いちゃう泣いちゃう」
牧野「どーしよう」
龍之介「え、なにがどうするの?泣けばいいじゃん」
牧野「そうかな」
龍之介「うん、泣けばいいんじゃないの」
牧野「そうか」
龍之介「そうだよ」
牧野「うん」
龍之介「泣きゃいいんだよ、泣きゃ・・」
牧野「あいつらあれか、俺の泣き顔が見たいのかな」
龍之介「そうだろ・・きっと」
牧野「よーし・・」
龍之介「なんだよ、よーしって」
牧野「泣いちゃうぞぉ・・」
  ゆっくりと暗転。