第10話  『彼女の趣味』
  そこは駅前の広場。
  雑踏の音が少し。
  拓弥と杉本が立ちつくして待っている。
  彼らだけではなく他にも待ち合わせしている人々がいる、そんな場所。
  やがて、
拓弥「もういいですよ、別に・・」
杉本「ええ・・」
拓弥「来ないと思いますよ」
杉本「・・そうですかねえ」
拓弥「来る気があるんだったらとっくに来てるか、もしなにかの用事があって遅れるんなら、連絡があるんじゃないんですかね」
杉本「ええ・・いつもはこういうことはない奴なんですけどねえ:」
拓弥「だったら、なおさらじゃないですか」
杉本「ええ・・そうなんですけどね」
拓弥「まあねえ、こういうこともありますよ」
杉本「すいません」
拓弥「いや、謝ってもらっても」
杉本「ほんと・・すいません」
拓弥「いや、そんなに気にしないでください、よくあることですよ」
杉本「そうなんですか?」
拓弥「ええ・・出会い系でね、知り合って、メールのやりとりをさんざんしてても、いざ、会うとなると、あっさりすっぽかされちゃうってのはよくあるもんですよ」
杉本「そうなんですか」
拓弥「そういうもんですね・・・まあ、お金とかね、絡むとまたそれはそれで全然違いますけどね・・」
杉本「ああ・・でしょうね」
拓弥「最近は出会い系で、待ち合わせするのって、怖いじゃないですか、ほら、女の子だったら殺されちゃうし、男の子はは美人局にあったりして・・だって、女子高生がボーイフレンドのグループと一緒になって美人局ですよ。あいつら、美人局なんて言葉も知らないと思うんですよね。出会い系でなんか金儲けしようとして、思いついたら美人局だったんでしょうけどね」
杉本「そういうの経験あるんですか?」
拓弥「いや、いや・・ボクはありませんけどね・・よくそういうホームページで被害者の談話とか手記とかが載ってるんですよ。そういうの興味半分で見るんですけどね」
杉本「ええ・・」
拓弥「バカだなって読んでる時は思いますけど、実際ねえ、自分がそうなっちゃうと、結構周り見えなくなったりするじゃないですか」
杉本「(そう)なんですかねえ」
拓弥「だから最初、書き込みを見た時、全然信用できなかったですよ」
杉本「あ、ボクの書き込みですか?」
拓弥「・・だって、ボクの彼女をボクの見ている前で抱いてくれる方、募集中です・・って」
杉本「ああ・・」
拓弥「なんか悪質なイタズラなんじゃないかってまず思いましたね」
杉本「でも、メールくれたじゃないですか」
拓弥「ええ・・やっぱり好奇心に勝てなかったんです」
杉本「みんなそうですよ」
拓弥「いっぱいメール来たでしょう?」
杉本「来ましたね」
拓弥「ものすごい数来たんじゃないんですか?」
杉本「・・読むのだけでも二、三日かかりましたから。みんな、今すぐにでもやらしてもらえると思ってるみたいで、なんか短い文面なのに欲望がギラギラしてるんです」
拓弥「そうでしょうねえ」
杉本「でも、顔写真と身元の分かる物を提示できる方に限りますってメールを返信したら、とたんに二十人くらいに絞られましたけどね・・百分の一くらいですか」
拓弥「え、それでも二十人ですか」
杉本「ええ・・それで、その二十人の中から、彼女が選んだんです」
拓弥「(拓弥、自分を示し)を?」
杉本「ええ・・」
拓弥「そうですか・・なんでだろう」
杉本「好みだったんじゃないんですかね」
拓弥「あ・・ああ・・そうなんですか」
杉本「たぶん・・」
拓弥「好みっていうのは」
杉本「いや、だから抱かれてみたいと思ったんでしょう」
拓弥「・・それは、あれですか、平気なんですか?彼氏としては?」
杉本「平気になってきました・・ね」
拓弥「独占欲がないんですかね」
杉本「いや、逆ですね・・」
拓弥「え、そうなんですか?」
杉本「独占欲はないとダメなんですよ。それがないと彼女が糸の切れた凧みたいになっちゃうんで・・嫉妬っていうか、そういうのが・・二人をつなぎ止めておく、糸なんです・・でないと、彼女が他の男に別になにされてもいいやっていうんだったら、なにもボクの目の前でやることはないんですよ」
拓弥「あ・・ああ・・」
杉本「わかりますかね・・」
拓弥「ええ・・なんとなくですけど」
杉本「だから不思議なんですよね。浮気してるわけでもないんですよ」
拓弥「それって浮気って言わないんですか?」
杉本「浮気してるんじゃないんです、エッチしてるだけなんですよ」
拓弥「そうかなあ」
杉本「そのへん、ボクも最初はわからなかったんですけど・・」
拓弥「え、どういうことですか?」
杉本「いや、理解に苦しんだっていうか」
拓弥「え、ちょっと待って・・これ、最初にやろうって言い出したのは?」
杉本「彼女ですよ」
拓弥「そうなんですか」
杉本「そうです」
拓弥「あ、そうなんだ」
杉本「最初、冗談かと思いましたけどね、でも、よくよく話聞くと、マジだったんで、さらにびっくりして・・そういうことをやってみたいんだけど、協力してくれるかって・・真顔なんですよ」
拓弥「彼女は・・また、どうして・・」
杉本「いや、前の彼氏がそういうこと好きで・・経験があったんです」
拓弥「そうなんだ」
杉本「それで、前の彼氏に説得されて・・始めたらしいんですよ」
拓弥「説得って、そういう時って、どんなふうにガールフレンドを説得するんですか?」
杉本「いや、なんか・・キミが嫌がることはしないからって言って・・それで本当に嫌な時のサインだけ決めるらしいんです」
拓弥「あ、なるほどね・・嫌がっていても、嫌がっているフリをしている時もあるわけですからね」
杉本「そういうことらしいです・・それで・・まあ、そんなの最初は彼女も全然ノリ気じゃなかったらしいんですけど・・でも、やってみたら、思ったより全然興奮したらしいんですよ」
拓弥「ああ・・」
杉本「よかったらしいんです」
拓弥「よかったんだ・・」
杉本「それで、やっぱり同じようにこうやって出会い系とかでその、前の彼氏が相手を探して・・最初はテレクラとかQ2の伝言で探してたらしいんですけど・・まだ、こんなに出会い系サイトとかインターネットの掲示板がが流行る前の話らしいんです」
拓弥「じゃ、結構前ですよね」
杉本「三年くらい前からだって言ってました・・」
拓弥「じゃあ、三年も前から」
杉本「そうです」
拓弥「へえ・・長いんですね」
杉本「ボクとつきあいはじめてからまだ、三ヶ月くらいですから・・」
拓弥「ああ・・あ、そうなんですか」
杉本「それで、ボクとつきあいはじめてから、我慢してたらしいんですけど・・ある日、やっぱりどうしようもなくなったらしくて・・」
拓弥「告白された」
杉本「そんなの嫌だって、断るってのもあったと思うんですけどね」
拓弥「まあねえ・・難しいところですね」
杉本「難しかったんですよ・・なんかほら・・そこで断ると、なんていうか前の彼氏の方がよかったって・・思われるんじゃないかって、思ったりするじゃないですか」
拓弥「ん・・それはねえ」
杉本「でも、そんなにやりたいんならやってみるかって・・彼女の言うとおりに・・サイトで呼びかけて・・」
拓弥「ボクの彼女とボクの目の前でエッチしてくれる人、募集って」
杉本「そうです」
拓弥「その・・そういう募集のやりかたとかは・・」
杉本「彼女の言う通りに」
拓弥「慣れてるんだ・・」
杉本「まあ、それはしょうがないでしょう。彼女の方がその道では先輩なんですから」
拓弥「ん・・まあ、そうか」
杉本「それで、やっぱり画像付きのメールがいっぱい来て、それを見て選んでいる彼女を見たら・・なんかケーキ屋さんでケーキを選んでいるような、うれしそうな顔してるんですよ・・その時の・・なんていうか・・違和感はずっとあるんですけどね・・」
拓弥「それで、やってみて、どうだったんですか?」
杉本「いや、なんていうか・・最初はもう、どうしていいかわからなかったんですけどね・・彼女はただ見ててくれればいいからって言うだけだし・・相手の男の人よりもこっちの方が緊張しちゃって・・なかなかないですからね・・自分の彼女が目の前で他の男と・・それもさっき会ったばかりの男と・・エッチしてるのを、じっと見てなきゃなんないってのも」
拓弥「ええ・・」
杉本「それで・・あいつがこっちを見てるんです。視線をずっとこっちに向けたままなんですよ」
拓弥「ええ・・」
杉本「・・それを・・ずっとビール呑みながら見てました」
拓弥「ほんとに見てるだけなんですか?」
杉本「ええ・・最初は、そんな感じでした。次の次の時くらいから、参加できるようになりましたけど」
拓弥「・・できるのかな、俺、そういうの」
杉本「できますよ」
拓弥「そうですかね」
杉本「ええ・・すぐに慣れますから・・思ったよりなんてことない事ですよ」
拓弥「そうですかね」
杉本「ええ・・それで、やってもらわないと・・」
拓弥「いや、がんばりますけど・・でもねえ、彼女が来れば、の話ですけどね・・」
杉本「すいません、ほんとに」
拓弥「いやいやいや・・」
杉本「連絡くらいくれても・・」
拓弥「もしあれだったら、また日を改めてっていうのでもいいですよ」
杉本「いえ、お会いするのは一度だけって決めてるんです」
拓弥「そうですか」
杉本「でないと・・いろいろ心配しなきゃなんないことになりますからね・・ね・・わかりますよね」
拓弥「はあ・・」
杉本「(と、封筒を取り出して)これ、交通費です」
拓弥「いや、いいですよ、そんなの」
杉本「期待させてすみませんでしたから・・これくらい受け取ってください」
拓弥「いや」
杉本「受け取ってください」
拓弥「そうですか」
杉本「どうぞ」
  と、拓弥、受け取って、
拓弥「どうも」
杉本「すいませんでした・・ほんとに」
拓弥「なんかあれですね・・・そんな話聞いてると、ひと目、お会いしてみたかったですね、彼女と」
杉本「そんな・・変な想像しないでください・・いや、変な想像ってのも変かな・・いや、見たらびっくりするくらいのごく普通の女の子ですよ。全然、そんなこと考えているなんて絶対に思えないですよ。普通なんです」
拓弥「・・想像するなって言われても、想像もつきませんよ」
杉本「ですよね」
拓弥「ええ・・・」
杉本「ディズニーシーがオープンしたじゃないですか」
拓弥「ええ・・」
杉本「あれ、オープンしてすぐ行ったんですよ」
拓弥「ええ・・」
杉本「でもねえ・・あんまり喜ばないんですよ。行こうよ、行こうよって言っていたわりには・・」
拓弥「・・・・ええ」
杉本「でも、こうやって他の人を呼んですると、ものすごく満足した顔するんですよ。それで、ありがとうっていうんですよ。楽しかったっていうんですよ。だから、なんていうか、もうしかたないんです。彼女が喜ぶ顔を見るには、ボクにはこの方法しかないんですよ」
拓弥「・・しょうがないですよね」
杉本「ええ・・」
  と、拓弥、あたりを見回して。
拓弥「なんかあれですよね」
杉本「はい?」
拓弥「こうやって人を待っている間、みんなメールしたり、どっかに電話したりしてるじゃないですか」
杉本「ですね・・」
拓弥「携帯電話が発売される前って、どうやって人と人は待ち合わせしてたんでしょうかね」
杉本「ああ・・なんかちょっと前のことなのにねえ・・どうしてたんだろう」
拓弥「全然思い出せないや」
杉本「ああ・・そうですよ。それと一緒なんです」
拓弥「なにがですか?」
杉本「いや、ほら、彼女が求めているモノもそうなんですよ。携帯っていう便利な物を手にしてしまったらもう携帯のない生活なんて考えられないじゃないですか・・それと同じです。彼女はなにか、知ってしまったんですよ。それで・・後戻りできなくなっちゃったんですよ」
拓弥「そうか・・そうなのか・・」
杉本「罪なことはいけないことだったのに、彼女は罪なことと遊べるようになってしまったんですよ」
拓弥「大変な人を好きになっちゃったもんですねえ」
杉本「ええ・・でも、好きになったんだからしょうがないですよ」
拓弥「ですよね」
杉本「好きになったんだからしょうがないし、知ってしまったんだからしょうがないでしょう」
拓弥「じゃあ、ボクはこれで・・」
杉本「ほんとにすいませんでした」
拓弥「いえ・・彼女によろしく」
杉本「はい」
  拓弥、立ち去って・・
  杉本、しばし立ちつくし。
  暗転。