第9話  『新人研修』



  イメクラの一室。
  咲美が一人、座っている。
  部屋を見回しているがやがて、
  詩織が入ってくる。
詩織「・・お待たせ」
  咲美、咄嗟に立ち上がり、
咲美「あ、あの・・咲美です。今日はよろしくお願いします」
詩織「あ、はいはい・・」
  と、手で椅子に座るように勧め、自分もその隣に座りながら、
詩織「こういうお店で働くのは初めてなの?」
咲美「あ、はい」
詩織「あ、そう」
咲美「はい」
詩織「え、まったくまったく初めて?」
咲美「風俗は・・初めてです」
詩織「今まではなにやってたの?OLなんか?」
咲美「キャバクラです」
詩織「あ、そう、そうなんだ」
咲美「はい」
詩織「え、キャバクラって風俗じゃないの」
咲美「ちがいますよ」
詩織「え、じゃあ、なに?」
咲美「・・水商売かな」
詩織「あ、そうか」
咲美「キャバクラは、やりませんからねえ」
詩織「やるかやらないかっていったら、うちもやらないんだけどさ」
咲美「あ、まあ・・そうですけど」
詩織「やってるの、見つかったら怒られるからね」
咲美「はい」
詩織「よくねえ、リピーターを作ろうとして、やっちゃうコがいるけど、ダメだからね」
咲美「はい」
詩織「ここはイメクラだから、イメクラってわかる?」
咲美「イメージクラブです」
詩織「そう、だから、基本的にはいろんなかっこして、それで、それっぽくやるってことかな」
咲美「はい」
詩織「他に質問は?」
咲美「え?」
詩織「いや、なかったらこれで終わりだけど」
咲美「え、いや・・ちょっと・・」
詩織「なに?」
咲美「もう終わりなんですか、あの・・新人研修って言われたんですけど」
詩織「うん・・あんまり教えることないんだよね・・あとはその場その場に応じて臨機応変に、がんばるって感じかな」
咲美「え、でも、さっき店長さんに(詩織に)教えてもらうようにって」
詩織「うん、教えたじゃない。がんばりなさいって」
咲美「でも、なにしていいか・・」
詩織「え、店長から聞かなかったの?」
咲美「はい・・一生懸命やるようにって」
詩織「それが一番大事だからね・・結局ね、お客さんがやりたいことをやってもらって、すっきりしてもらう商売だから」
咲美「でも、あの三十六もコースがあるとかで」
詩織「いろんなコスチュームを着るけど、やることは一つだからね」
咲美「あの、どんなコスチュームがあるんですか?」
詩織「いや、よくあるコスプレ・・ナース服着て看護婦さんやるとかね」
咲美「はい・・」
詩織「この場合、男の人が患者さんやったり、お医者さんやったりするんだけどね」
咲美「はい」
詩織「あとスクール水着とか」
咲美「その場合は男の人は?」
詩織「先生やったり、あと、好きなんだけど、それを告れない同級生とか・・」
咲美「告れない同級生・・がなんで、スクール水着なんですか?」
詩織「スクール水着着ている子に告れなかったトラウマがあるんじゃないかな」
咲美「どういうトラウマなんですか?」
詩織「よくわかんないけど・・ほら、トラウマって人それぞれだから」
咲美「まあ、そうですけど」
詩織「それからブルマー」
咲美「ああ・・ブルマー・・」
詩織「好きな人多いのよ、ブルマー、あれなにがいいのか全然わかんないんだけど、まあ、履いてりゃ喜ばれるからねえ、私はねえ、ブルマープレイの時は、赤いはちまきを巻いたりするの、するとね、さらに喜ばれるのよ」
咲美「ああ・・」
詩織「運動会プレイね」
咲美「それは・・なにするんですか?」
詩織「だから、運動会みたいにするのよ」
咲美「運動会みたいに何を?」
詩織「お弁当食べたり」
咲美「お弁当?」」
詩織「お弁当、作ってくるのよ、お客さんが。赤いウインナーとかタコちゃんの形にして」
咲美「それで?」
詩織「それで午後の競技が始まるまで二人で校舎の陰に行って・・とかね」
咲美「そういうの考えるのは」
詩織「お客さん。お客さんが考えて、シナリオ書いてくる人もいるから、その時はその通りにやってあげればいいの・・適当にアドリブ入れてね・・それはもう経験していくしかないから」
咲美「そうなんですか」
詩織「そうそう・・それからミニスカポリスでしょ、パジャマでしょ、ウエディングドレス、コギャル私服、コギャル制服、ブレザー、Yシャツ、チャイナドレス。チャイナドレス、なにやるかわかる?」
咲美「チャイナドレスですか、チャイナでしょ?」
詩織「うん」
咲美「中国だからアヘンとか」
詩織「アヘン?」
咲美「アヘンなだけに、吸ったり吸われたり」
詩織「あのさあ、うちは『笑点』の大喜利じゃないんだから。そんなの円楽しか笑わないよ」
咲美「やだ!」
詩織「あとはねエプロン、ハイレグ、レースクイーン、テニスウエアとかね」
咲美「テニスウエアってのは・・」
詩織「『エースをねらえ』プレイね」
咲美「ああ・・お客さんはなにを?」
詩織「お客さんが宗方コーチ、私達イメクラ嬢が岡ひろみ」
咲美「ああ」
詩織「岡!エースをねらえ。って言われるから、その時は元気良く、はい!っていうの」
咲美「・・お蝶夫人は?」
詩織「一度だけやった」
咲美「あるんですか?」
詩織「うん。お金持ってるお客さんが、イメクラ嬢二人指名して、それで、一人が岡ひろみ、で、私がお蝶夫人。こんな縦ロールのウィッグつけて」
咲美「それで、なにするんですか、お蝶夫人は」
詩織「見てるの・・お客さんと岡ひろみがやってるところ、それで時々『ひろみ、なかなかやるわね』とか言ってあげるの」
咲美「それでお客さんは喜ぶんですか?」
詩織「もう、もう・・大喜び。夢がかなったって言ってたね」
咲美「夢なんだ」
詩織「あと上下ジャージってのも意外に人気があるの」
咲美「それは、休みの日プレイとか」
詩織「なにそれ」
咲美「いや、休みの日にだらだらしているフリーター同士がエッチしはじめる・・」
詩織「ああ、ダメ、そういうのダメ」
咲美「え、ありますよ、こういうの」
詩織「あるけどね・・ちがうあるからダメ。あのね、ここに来るお客さんは現実よりも一ランク上の夢を見にくるの。普段は実行できないような夢、昔、実行できなかった夢を果たしにくるの。だから、休みの日のごろごろしたエッチなんか誰も求めないの」
咲美「そうなんですか?」
詩織「そうそう」
咲美「難しいんですね」
詩織「あとはねえ・・根強いのはやっぱりスチュワーデスかな」
咲美「スチュワーデスって、どうやってやるんですか?」
詩織「アテンションプリーズって・・」
咲美「はい・・それで?」
詩織「アテンションプリーズって・・言って・・あとは救命胴衣の付け方とかの説明とかね」
咲美「それから・・どうやってエッチな体勢に持っていくんですか?」
詩織「そんなのどうやったってできるでしょ」
咲美「すいません、わかりません」
詩織「お客様、乱気流です・・ああっ(と、客の方に倒れ込む)お客様、気流が乱れております。シートベルトをしっかりお締めください。今、私が確認しますね・・」
  と、詩織、起きあがり、
詩織「ね・・これでこのままいけるでしょ」
咲美「はい」
詩織「あとエレベーターガールもやるね」
咲美「エレベーターガール」
詩織「ちょっとやってみる、エレベーターガール」
咲美「上へ参ります・・って」
詩織「できるじゃない、それでいいの」
咲美「でも、それしか知りませんよ」
詩織「それだけ知ってればもう大丈夫」
咲美「え、そうなんですか?」
詩織「いいのよ、次は四階、無印良品のフロアでございますとか言ってれば」
咲美「なるほど」
詩織「八階は八百屋でございますとかとんでもない見当違いのことさえ言わなきゃだいたいオッケーだから。相手に合わせてりゃいいのよ。だって、キャバ嬢やってたんでしょ。できるでしょ、相手の話に合わせて適当言うのなんて」
咲美「ええ・・まあ・・結構成績はよかったんです」
詩織「じゃあ、大丈夫、大丈夫」
咲美「あの・・あと、一つ」
詩織「ん、なに?」
咲美「お客さんと恋愛関係になったりしませんか?」
詩織「しないよ、そんなもん」
咲美「そうなんですか?」
詩織「だって、お客さんは制服とかコスチュームが好きで来るんだから・・中身はあんまり関係ないもん」
咲美「やっぱり、そうですよね」
詩織「え、なんで・・」
咲美「私、すぐに好きになっちゃうんですよね・・お客さん」
詩織「なんで?」
咲美「なんでだろ・・惚れっぽいってキャバクラの時はよく言われましたけど」
詩織「もしかして、それでキャバクラを・・」
咲美「ええ・・クビになっちゃって・・行く店、行く店・・」
詩織「そうなの?」
咲美「成績はいいんですけどね」
詩織「だってそんな、ホントに好きになっちゃったら、お客さん、必死になって通ってくるでしょ」
咲美「そうなんです・・それでお客さん同士がお店でケンカになったりして」
詩織「結構、爆弾娘なんだ」
咲美「ああ・・それも言われました。店長とかに、おまえ店潰しにきたのか・・とか」
詩織「へえ・・でも、まあここではそんなことないから」
咲美「ですかね」
詩織「だって、外で会ったら全然わかんないと思うよ。だいたい、お店の中の私をお店の外で期待されてもねえ・・ちがうんだから」
咲美「ほんとに、誰でもいいんですかね、お客さんは」
詩織「じゃないの?」
咲美「それってでも、虚しくないですか?」
詩織「なんで?」
咲美「だって、目の前に私がいるのに、お客さんは私の事をみてないわけでしょう?」
詩織「そうそう」
咲美「コスチュームしか目に入っていないわけでしょ」
詩織「それが目当てだからねえ」
咲美「私がそのお客さんのこと、ちょっといいなあって思っても、お客さんは私のコスチュームしか見てないんですよ」
詩織「え・・え・・え?」
咲美「これ、どこまで行っても、なにも発展しませんよね」
詩織「発展しないからいいんじゃないの?だいたいさあ、お店でやっているキャラクターってほら、作ってるからさ、私じゃないんだもん。私じゃないからやってられる部分があるんだもん」
咲美「そうなんですか?」
詩織「そうそう、違うコスチュームを着る度に、私は別人になっていくんだから」
咲美「そうか・・看護婦さんとスチュワーデスが同じキャラクターってことないですよね」
詩織「でしょ・・おかげで毎日発見があるのよ。ああ、自分の中にこんな自分がいたんだって」
咲美「じゃあ、お店の中では素の自分は」
詩織「出さない」
咲美「お店を出ると」
詩織「ん・・お店を出ても出さない」
咲美「え?」
詩織「素の自分になることはないから」
咲美「え?こうやって話している時も」
詩織「もちろん、素であるわけないじゃない。今は新人にあれこれお店について説明している、先輩イメクラ嬢をやってるの・・いろいろやっていると、どれが素の自分だかわからなくなっちゃったんだけどね」
咲美「ああ・・」
詩織「毎日毎日いろんな服来て、いろんな人になってるでしょ・・私が私になるためにはどんな服着ればいいのか・・わからなくなっちゃったから」
咲美「それ大変じゃないですか」
詩織「どうして?」
咲美「だって・・」
詩織「いいじゃない、どんどんいろんな人になってって・・」
咲美「でも、自分って大事でしょ」
詩織「そんな中で、どっかいっちゃうような自分なら大した自分でもないんじゃないかな」
咲美「そうなんですか?」
詩織「そうそう・・」
咲美「よかったですね・・イメクラがあって」
詩織「ほんとだねえ・・」
咲美「イメクラなかったらなにやってたんでしょうかね」
詩織「わっかんないなあ・・だって、元の自分がどんな人だったのか、今となってはもうあやふやだからね」
咲美「どんなコスチュームを着ていても、私は私を見て欲しいんですけど・・それってイメクラに向いてないんでしょうか」
詩織「ああ・・どうかな」
咲美「やっぱキャバクラの方が私にはいいのかな」
詩織「そうかもね・・話聞いてると」
咲美「すいません、なんだか・・新人研修なのに、人生相談みたいになっちゃって」
詩織「研修しなきゃいけないのに・・向いてないって結論になっちゃった」
咲美「どうしましょう」
詩織「どうしよう・・またやっちゃったか・・」
咲美「・・でも、お話できてよかったです・・おもしろかったし」
詩織「そう?」
咲美「はい・・あの・・」
詩織「なに?」
咲美「今日、何時までお店ですか?」
詩織「今日?今日は十時くらいかな」
咲美「じゃあ、その後で一緒にご飯食べませんか?」
詩織「え・・いいけど」
咲美「もっといろいろお話聞きたいし」
詩織「アフター?」
咲美「ちがいますよ」
詩織「うれしいけど・・でも、次に会ったらもう私、また違う人になってるかもよ」
咲美「あ・・・ああ・・そうですよね」
詩織「そうなのよ」
咲美「でも、まあ、またそれはそれで・・」
詩織「え、いいの?」
咲美「はい・・じゃ、その頃、お店の外で待ってますから・・」
  と、出ていく。
咲美「ありがとうございましたぁ!」
詩織「なるほどね、キャバクラにこういう女の子いたら、男はころっといくわ・・店長になんて言おう・・(と、声色を変えて)店長!ごめんなさぁい!(また変えて)店長、ごめんね・・(変えて)店長、ごめんなさーい」
  暗転。