第8話 『その夜の出来事』
  
  明転すると悦子が一人いる。
  彼女のワンルームマンション。
  ピンポンと呼び鈴が鳴る。
悦子「はい」
龍之介「俺・・」
悦子「待って、今、開ける」
龍之介「あ、ちょっと待って」
悦子「なに?」
龍之介「開ける前にちょっと聞いて」
悦子「なに?」
龍之介「驚かないで欲しいんだけどさあ・・俺、今、血塗れなんだ」
悦子「え?」
龍之介「落ち着いてね。俺、今、血塗れなの・・でも驚いて声とか出さないで欲しいんだ」
悦子「なんで、なんで血塗れなの」
龍之介「うん、それはねえ、それはまあ、話すから、とにかく・・いい・・約束して、驚かないって」
悦子「う・・うん・・」
  そして、玄関のドアを開ける。
  本当に血塗れの龍之介が入ってくる。
悦子「う・・うわ・・」
龍之介「大丈夫、大丈夫・・ちょっと、ちょっと横にならせて」
悦子「どうしたの?」
龍之介「ちょっとやられた」
悦子「やられたって?なに?」
龍之介「オヤジ狩り」
悦子「え?」
龍之介「オヤジ狩り」
悦子「うん」
龍之介「オヤジ狩りだよ、狩られたんだよ、俺」
悦子「うん・・(しかし、理解していない)え、ええ!」
龍之介「タオル・・それと救急箱あったよね」
悦子「ないよ、そんなの」
龍之介「なんで?怪我とかしないの?」
悦子「しないよ・・うわ・・顔、こんなに・・」
龍之介「いや、顔はたいしたことない、かばったから・・」
悦子「これで?」
龍之介「うん・・背中とかの方がひどい」
  と、シャツをめくってみる。
悦子「うわ・・ほんとだ」
  そこには無数のアザ。
龍之介「痛たた・・触わんないの・・痛いんだから」
悦子「相手は?」
龍之介「三人・・」
悦子「三人に!」
龍之介「それ以上」
悦子「え?何人?」
龍之介「わかんない・・五、六人・・か、七人か八人くらい・・いきなりだから・・引きずり回されて・・バットみたいなのでボコボコ・・」
悦子「骨とか折れてないの?」
龍之介「たぶん・・歩けるし、打撲の痛みで、骨折の痛みじゃないから」
悦子「その違いってわかるの?」
龍之介「骨折だと、こんなもんじゃないよ・・でも、脊髄とか割られなくて良かったよ。背骨とかやられちゃうと、一生車椅子かもしれないからね」
悦子「・・(ようやく事態を把握したらしい)大変じゃない」
龍之介「うん・・ちょっとね・・でもまあこうやって押さえていれば、血も止まるはずだから」
悦子「どうするの、病院行く?」
龍之介「いや」
悦子「でもさあ・・」
龍之介「病院行くと、理由聞かれるし」
悦子「オヤジ狩りにあいましたって言えばいいじゃない」
龍之介「ん・・そうなんだけどね」
悦子「だって、オヤジ狩りにあったんだからオヤジ狩りにあいましたって言えばいいじゃない」
龍之介「うん・・でも、そうすると病院から警察に連絡が行くでしょ」
悦子「そうなの?」
龍之介「そうだよ・・」
悦子「なに、病院と警察ってそんなに癒着してるの?」
龍之介「癒着じゃないよ・・そういうの癒着って言わないと思うよ」
悦子「繋がってるわけでしょ」
龍之介「うん、繋がっているっていうか、そんなさ、だってさ、暴行受けて怪我している人が運び込まれたら、連絡するでしょう」
悦子「なんかあったみたいですよって」
龍之介「そうそう」
悦子「それでオヤジ狩りにあいましたって言えばいいじゃない」
龍之介「うん、それはいいんだけどさ」
悦子「だって、オヤジ狩りにあったんだから、オヤジ狩りにあいましたっていうしかないでしょう」
龍之介「どこで?」
悦子「どこで?」
龍之介「いや、やられたのはさ、高速道路みたいなの作ってるじゃない」
悦子「うん」
龍之介「あの高架の工事してるとこ」
悦子「暗いもんね、あそこ」
龍之介「あそこだよ・・あそこで狩られちゃったんだよ」
悦子「・・・うん」
龍之介「あそこで俺、オヤジ狩り」
悦子「・・・うん」
龍之介「だからさ・・警察でさ」
悦子「うん」
龍之介「どこ行く途中だったんですかとか聞かれちゃうと思うんだよね」
悦子「え?」
龍之介「どこ行く途中でオヤジ狩りにあったっていえばいいの?」
悦子「女の家?」
龍之介「うん、そうなんだけどね」
悦子「まずいの?」
龍之介「ん・・・」
悦子「まずいか」
龍之介「ちょっと、面倒かなって」
悦子「女って誰ですかって言われたらね」
龍之介「いや、ガールフレンドだって言うけどさ」
悦子「聞かれちゃうよ。どんな関係ですか? いつからおつきあいなさっているんですか?とか」
龍之介「そうなの?」
悦子「聞かれちゃうよ・・それであることないこと書かれちゃうよ」
龍之介「いや、それは・・それはないだろう。相手は警察だよ。TVレポーターじゃないんだから」
悦子「警察だからさ・・」
龍之介「なんだよ」
悦子「変な嘘つくと調べられちゃうんじゃないの」
龍之介「なにを?なにを調べるんだよ」
悦子「ガールフレンドじゃなくて、女なんじゃないんですか?そういうの愛人っていうんじゃないんですか?」
龍之介「そんなTVリポーターの口調じゃないと思うよ」
悦子「でも、それ話ししてさ、まずいの?」
龍之介「いや」
悦子「警察はさ、そういうの言いふらしたりしないんじゃないの?」
龍之介「うん」
悦子「個人情報なんだしさ」
龍之介「そうなんだけどね」
悦子「正直に言えば?女の家に行くとこでした。だいたい週に一回くらい通って、もう三年くらいになりますって」
龍之介「それ・・それ言わないとダメなの? 俺、オヤジ狩りにあって、その上そんなことまで言わなきゃダメなのかな・・」
悦子「でも、しょうがないじゃない」
龍之介「しょうがないの?しょうがないって思わなきゃなんないの?」
悦子「だって、どーしよーもないじゃない」
龍之介「そうなんだけどさあ・・」
悦子「病院行こうよ」
龍之介「どうしようかな」
悦子「だって、きちんと検査してもらった方がいいんじゃないの?そんなボコボコにされてるんだったら」
龍之介「うん・・」
悦子「警察にも全部話して・・捕まえてもらった方がいいよ、そんな奴ら」
龍之介「捕まえられるのかな、警察」
悦子「でないと、いい気になってまたやるよ」
龍之介「そうかな」
悦子「またやられちゃうよ」
龍之介「俺が?」
悦子「かどうかわかんないけどさ」
龍之介「俺、またやられちゃうかな」
悦子「か、他の人か」
龍之介「他の人ならいいけどさ」
悦子「いや、そういうことじゃないでしょう」
龍之介「いいんだよ・・どうせ俺はそういう自分のことしか考えられない心の狭い人間だよ」
悦子「なに言ってんの?」
龍之介「だからね・・だから狩られちゃうんだよ」
悦子「いいから病院行こうよ」
龍之介「うん・・もうちょっとしてからでいい?」
悦子「いや、私はいいんだけどさ」
龍之介「なんでかな」
悦子「え?」
龍之介「なんで狩られちゃったんだろ、俺」
悦子「・・なんでかねえ」
龍之介「俺がオヤジだからかなあ」
悦子「オヤジっていうのともちょっとちがうんじゃないのかな」
龍之介「そうだよ」
悦子「そうかな・・世の中にはもっとオヤジらしいオヤジは腐るほどいるんじゃないの?」
龍之介「なんでその代表に選ばれたの、俺」
悦子「わかんないけど」
龍之介「キングオブオヤジだから?・・痛てて・・」
悦子「ちょっと、湿布とか買ってこようか?」
龍之介「ダメ」
悦子「え?」
龍之介「ダメ・・今は俺を一人にしちゃダメ・・」
悦子「どうしたの?」
龍之介「ダメ・・ここにいて、側にいて」
悦子「はい・・」
龍之介「俺、そんなにオヤジかなあ」
悦子「問題はそこなの?」
龍之介「違うかな」
悦子「違うんじゃないかな」
龍之介「違うよなあ」
悦子「違うよ」
龍之介「そうだよな・・違うよな(と、体を起こす)違うよな(だが、また体に痛みが走って)た!たたたっ・・・」
悦子「横になっていた方がいいって」
龍之介「その通り・・」
  間。
悦子「少しは・・落ち着いた?」
龍之介「落ち着いた・・・落ち着いたら、なんかすげー怖くなってきた」
悦子「・・うん・・怖いよね」
龍之介「あのさあ」
悦子「なに?」
龍之介「レイプとかされたことある?」
悦子「ないよ」
龍之介「こんな感じなんだろうな」
悦子「・・わかんないけど」
龍之介「怖いんだろうな」
悦子「そりゃ・・怖いよ」
龍之介「怖いよね」
悦子「当たり前でしょ」
龍之介「・・・怖(こわ)・・」
悦子「・・うん」
龍之介「これはあれだね、俺はあれだね、心に傷を負ったね」
悦子「傷なら体にも負ってるじゃない」
龍之介「まあ、そうなんだけどね・・怖ええなあ」
悦子「怖いね」
龍之介「襲われた理由がさ、わからないのが怖いよ」
悦子「うん」
龍之介「なんで俺が選ばれたのかわからないのが、怖いよ」
悦子「うん」
龍之介「こんなことして・・なんになるんだろうな・・なに考えてるんだろうな・・これやらずにはおれないのかな・・かわいそうってのも変だよな。かわいそうなのは俺なんだからな」
悦子「なんかさ、混乱してるよ」
龍之介「してるよ。してるから今、自分で整理してるんじゃない。殺す気だったのかな」
悦子「まさか」
龍之介「殺す気だったら、ずっと殴ってるよな」
悦子「殺そうと思ったら殺せたんじゃないの・・向こう人数多かったんでしょ」
龍之介「そう・・そうなんだよな」
悦子「・・あのさあ」
龍之介「なに?」
悦子「私、引っ越したほうがいい?」
龍之介「なんで?」
悦子「だって・・もう来れなくなっちゃうんじゃないの?」
龍之介「ああ・・そうかな」
悦子「ねえ・・夜、同じ道、通れないでしょ、もう」
龍之介「かもな」
悦子「引っ越すよ」
龍之介「え、でもどこに?」
悦子「近所」
龍之介「うちの?」
悦子「そう・・そしたら今よりももっとマメに会えるじゃない」
龍之介「や、ややや・・」
悦子「まずい?」
龍之介「まずいだろ・・それは」
悦子「・・初美さんにはなんて言うの?」
龍之介「それもね・・ある・・さっきからね、頭の中がね、高速回転・・」
悦子「警察にはさ、女の家に行ってましたって言ってもねえ」
龍之介「なんて言うかな、初美には・・階段で転んでこんな傷、できないよなぁ。『蒲田行進曲』ごっこやってたって言ってもなあ・・」
悦子「なにそれ」
龍之介「な、通じないだろ、通じないんだよ・・」
悦子「・・・・・」
龍之介「正直に言うか」
悦子「なんて?」
龍之介「いや・・・正直になんて言うんだ?」
悦子「知らないよ、そんなの」
龍之介「だいたい、今日、泊まるとか言ってないからな・・」
悦子「連絡すれば?」
龍之介「なんて?」
悦子「だから知らないってそんなの」
龍之介「なんて?オヤジ狩りにあったっていったら来ちゃうもんな、心配して」
悦子「おっ!ついに(自分と)ご対面?」
龍之介「・・ごめん」
悦子「え?」
龍之介「帰るわ」
悦子「なんで・・」
龍之介「いや・・まだその方がごまかしがききそうな気がするから」
悦子「やだ」
龍之介「やだ?ってなに?」
悦子「ダメってこと」
龍之介「・・・・(理解した)あ、ああ・・」
悦子「絶対にダメ」
龍之介「どうしても?」
悦子「ダメ・・ダメに決まってるじゃない。バレンタインとかさ、龍ちゃんの誕生日とかさ、クリスマスとかさ、一人でいてもいいの。でもね、今日みたいな日に一緒にいてあげられないのなら、なんのためにつきあってるのかわからない。こんな不利な恋愛してるのかわからない。なんのために好きになっているのかわからない。なんのために私が生まれてきたのかわからないもん」
龍之介「・・・・・なんかさあ」
悦子「なに?」
龍之介「とほほほほってこういう時に使うんだね」
悦子「とりあえず病院行こう」
龍之介「それでその後、警察か」
悦子「そう・・タクシー、拾ってあげるから」
龍之介「うん・・」
  と、起きあがる龍之介。
  だが、立てない。
龍之介「あれ・・ちょっと、ちょっと、ちょっと・・」
悦子「なに、どうしたの?」
龍之介「足に・・全然力が入らない」
悦子「なんで?」
龍之介「腰が抜けた・・感じ」
悦子「大丈夫」
龍之介「大丈夫・・大丈夫だから、こうなったんだよ。安心したからだと思う・・おまえのところにきて・・安心したら・・なんか、急に押さえてたのがさ」
  と、龍之介、そのまま横になって、悦子に向かって手を伸ばす。
  悦子、その手のひらを握ってやる。
悦子「大丈夫だよ、ここはもう私の部屋だから」
龍之介「うん・・うん・・そうだよね」
悦子「大丈夫だからね」
  ゆっくりと暗転。