第6話  『その男、凶暴につき』
  明転。
  イメクラのプレイルーム。
  詩織が客を待っている。
  と、ドアを開けて入ってくる拓弥。
詩織「いらっしゃいませ」
拓弥「こんにちは・・・(部屋を見渡して)うわあ・・すごいな」
詩織「初めてですか」
拓弥「え? ええ・・・」
詩織「初心者大歓迎ですよ」
拓弥「あ、よろしくお願いします・・・あ、跳び箱だ」
詩織「これはですね『スポーツ少女の蕾はジュン』のコースです」
拓弥「ああ、これ、体育用具置き場」
詩織「そうですー」
拓弥「・・・それ、床屋の椅子」
詩織「やだ、お客様、こちらは飛行機の椅子ですよ」
拓弥「あ、そうか、スチュワーデスの・・へえ、こっちのラジコンは?」
詩織「ラジコンです」
拓弥「いや、それはわかってますけど、これはなにに?」
詩織「もう、お好きな方がいらっしゃって・・あのう、お客様は、電車・・でしたよね」
拓弥「そうです、なんか・・他のはよくわかんなくって・・」
詩織「えーっと、どちらの電車をお選びになりましたか?」
拓弥「いや、だから、電車を」
詩織「いえ、あのですね・・電車にも二つコースがございまして・・あ、じゃあ、選んで下さい。一つは『いやーん、コギャルのHな電車』もう一つは『見知らぬ女性にまさぐられるボク』」
  二人、沈黙。
詩織「あのですね、お客様。いやーんのコースは、まあ、言ってみればお客様が痴漢になりまして、わたくしコギャルを触り放題触って、いやーんいやーん気持ちよくなって、リップサービスと」
拓弥「はい」
詩織「まさぐられるボクのコースはですね、いってみればわたくしが痴女になりまして、お客様をまさぐり、まさぐり、気持ちよくなってリップサービス」
拓弥「なるほど」
詩織「どちらになさいますか?」
拓弥「えーっと・・・ボクはやっぱり初心者なんで、やりやすい方を・・どっちですか?」
詩織「そうですね・・みなさまたいてい、初めはいやーんの方をなさる方が多いですけどね」
拓弥「わかりました。じゃあ、いやーんの方でお願いします」
詩織「はい、それでは急行にしますか、各駅にしますか?」
拓弥「それは・・どういう」
詩織「急行の方はですね、二十分間ドアが開きませんので、満員電車の中、二人は密着状態のまま誰にも邪魔されずに、好きなだけ触れると・・一方各駅の方はと申しますと、もうすぐドアが開いてしまいますので、周りの乗客が乗ったり降りたりバレちゃうんじゃないかキャーという緊張感が」
拓弥「スリル」
詩織「そうです。どちらになさいますか?」
拓弥「・・じゃあ、最初急行で途中から各駅という形でお願いします」
詩織「無理ですー。時間が限られてますのでどちらか片方で」
拓弥「じゃあ、まあ、初心者なんで、急行の方を・・・」
詩織「はい、わかりました。それじゃあ、こちら、お客様に持っていただいて」
拓弥「あ、吊革・・なんか本格的ですね」
詩織「で、こちらを私が持ちまして」
拓弥「あ、マイ吊革」
詩織「それじゃあ、よろしくお願いします」
  と、詩織、口で電車の音を言い始める。
詩織「がたんごとーん、がたんごとーん、がたんごとーん、がたんごとーん」
  とまどっている拓弥。
詩織「早く来てください」
拓弥「はい」
詩織「がたんごとーん、がたんごとーん」
  拓弥、微動だにせず。
詩織「どうぞ。好きなことしていいんですよ」
拓弥「あ、はい・・わかってます。わかってるんですけど」
詩織「じゃ、いきます。がたんごとーん、がたんごとーん」
拓弥「あ、あの」
詩織「はい?」
拓弥「電車のコースっていうのは、みんなこんな感じなんですか?」
詩織「そうですよ・・なんか変ですか?」
拓弥「がたんごとーんって自分で言うんですか?」
詩織「そうですよ。なんかないと寂しいでしょ。効果音が」
拓弥「ああ、まあ、そうですよねえ」
詩織「じゃあ、いきます」
  と、また吊革を構えて詩織。
詩織「がたんごとーん・・」
拓弥「あの!」
詩織「(ちょっとむっとしながら)なんですか?」
拓弥「もしかして、各駅停車の方は・・」
詩織「ええ、そうです(と、構え)こうやってですねえ・・がたーーん、ごとーん・・がたーーん、ごとーーん・・」
拓弥「ああ、わかりました・・急行で正解でしたね」
詩織「でしょう? 私も急行の方が好きなんですよ、テンポよくて。なんかいつも各駅やってると眠くなっちゃうんですよね」
拓弥「ああ・・じゃあ、お願いします」
詩織「はあい! (と、構えて)がたんごとーん、がたんごとーん・・」
  と、拓弥も同じように構える。
  詩織の「がたんごとーん」が続く中、拓弥、あたりを気にしたりして、詩織の側に乗客の間を縫いながら近づこうとして、逆に遠回りになる。
  のに、気づいた詩織。
詩織「あの、どこ行くんですか? 私はここですよーん」
拓弥「あ、ああ・・わかってますけど、ほら、こうまっすぐには行けないもんじゃないですか、満員電車って」
詩織「え? そうなんですか?」
拓弥「乗ったことないんですか?」
詩織「ええ、嫌いなんで」
拓弥「え、でも、乗らなきゃなんないことってなかったんですか、今まで」
詩織「ええ・・」
拓弥「一度も?」
詩織「ええ・・だからこういう仕事してるんですけど」
拓弥「ああ、なるほどね」
詩織「ああ・・じゃあ、私ここで気長に待ってますんで、適当に来てくださーい」
拓弥「はい」
詩織「(構えた)がたんごとーん、がたんごとーん、がたんごとーん・・」
  拓弥、定位置からスタート。
  ゆっくりと詩織に近づいていく。
  そして、詩織の真後ろについた。
詩織「ああん! ああん、いやああん・・」
拓弥「ちがう・・ちょっと、ちがう・・ちがう、そういうんじゃない」
詩織「じやあ、どういうんですか?」
拓弥「なんていうか、緊張感がないんだよな」
詩織「緊張感」
拓弥「やっぱねえ、そうなんじゃないかって思ってたんだけど・・あの、こんなこともあろうかと思って、ちょっと、道具を一つ持参してきたんで」
  と、拓弥、ポケットから、小さなカッターナイフを取り出す。
詩織「は?」
拓弥「これを」
詩織「カッター?」
拓弥「ええ、で、これで触られて『嫌だな』って思ったら、切って下さい」
詩織「え?」
拓弥「(カッターをチキチキと軽く出し入れしながら)手、切っちゃっていいですから」
詩織「・・・・・」
拓弥「ね」
詩織「・・・いや、持つのはいいんですけど・・・切るって・・あの、これどういことでしょうか?」
拓弥「いやあ、電車の中でボク、よく触るんですけど、前に一回触ってたら、その女の子に手を切られちゃったんですよね、カッターで。スーッって。すっごい怖かったんだけど、なんか無茶苦茶ドキドキしちゃって・・でも、たいていの人は我慢しちゃうじゃないですか、まあ普通は。それでなんかもう、触っててもつまんなくなっちゃったんですよね。だからまあ、そんなわけでお願いします」
詩織「・・・え? 本当に切るんですか? いや、それはちょっと」
拓弥「いいんですよ、切っちゃって」
詩織「切るのはできません」
拓弥「いいんですって」
詩織「切らないですよ」
拓弥「じゃ、わかった。もし嫌だと思ったら、カッターの刃、出してください。それだけ、お願いします。チキチキチキチキって」
詩織「出すだけ?」
拓弥「ええ、とりあえず」
詩織「・・・・わかりました」
拓弥「じゃあ、よろしくお願いします」
  詩織、中央で吊革を持った手を挙げて、電車のマイムを始める。
詩織「がたんごとーん、がたんごとーん・・・・」
  拓弥も少し離れたところで同じように始める。
詩織「がたんごとーん、がたんごとーん・・あの、ちょっと」
拓弥「はい?」
詩織「・・・(深呼吸を一つしながら)なんかすごい緊張しちゃって」
拓弥「いつもの感じでいいですよ」
  詩織、再開しようとするが、ふとまた振り向き。
詩織「私、血、苦手なんですよ」
拓弥「いや、切る真似だけだから、それだけでいいですから・・ね、そりゃ間違って切れちゃったらしょうがないですけど」
詩織「切りませんから」
拓弥「ん、じゃあ、いきましょう」
詩織「がたんごとーん、がたんごとーん、がたんごとーん・・・」
  拓弥、ゆっくりと詩織に近づき、横に立つ。
詩織「・・・あ、あの、すいません」
拓弥「はい」
詩織「普通のコースにしましょう。わたしここで触られて、感じて、あーんとかうーんとか言いますから」
拓弥「いやややや、あのね・・そんなこと現実にはないでしょう。まあ、現場知らないからしょうがないですけどね・・リアルにやらないと、なんのためにやってるかわからないでしょう」
詩織「でも・・・」
拓弥「わかりました。あなたが痴女で、ボクがカッターを持つんですね」
詩織「もどしましょう・・・はい、じゃあ行きます・・・がたんごとーん、がたんごとーん・・・」
  徐々に近づいてくる拓弥。
  詩織のお尻を触り始める。
詩織「・・(口ごもるように)や、やめて・・・やめてください・・・」
拓弥「(もまたささやくように)いいなあ、いいですよ・・そういう感じ。それがあってカッターですから・・カッターを出すのが頂上だとすると、もう今は二合目って感じです」
詩織「まだ、二合目なんですか」
拓弥「もう二合目ですよ」
詩織「そうだ!」
拓弥「なんですか?」
詩織「カッターの刃、抜きません? それならできます、私」
拓弥「だめだよ、そんなの・・意味合いが違うでしょう。切られるって思うからいいんであって」
詩織「・・・・・」
拓弥「いきましょう」
  二人、再開する。
詩織「・・・・がたんごとーん、がたんごとーん・・」
  拓弥、近づいてきて、お尻を触り出すと詩織、たまりかねて無言になる。
  尻をひと撫でしたところで、詩織、カッターに手を伸ばす。
拓弥「(あわてて、詩織の手を押さえて)・・・早過ぎ、早過ぎる! まだそんなに嫌じゃないでしょ。そんなに触ってないもの。もうちょっと我慢して、それでもやめないからカッターでしょ・・・でも、いい感じです。さっき二合目って言ってたけど、今はもう五合目まできましたよ。満足のいく形になりつつあります・・・いきましょう」
  二人、再開。
詩織「・・・・」
拓弥「・・・がたんごとーんは?」
詩織「・・・がたんごとーん、がたんごとーん・・・(涙混じりの小さな声になっている)」
拓弥「(うれしそうに)がたんごとーん、がたんごとーん・・」
  拓弥の声、興奮をともない大きくなっていく。
  拓弥の声が唐突に止んだかと思うと、ゆっくりと、詩織に近づいて行く。
  詩織・・・恐怖!
  拓弥が横に立ち、尻をなで始めると詩織の声は止む。
  無音の中、二人の息づかいだけが高まっていく。
  そして、詩織、ここぞとばかりにカッターで切りつけた。
  飛びのくようにして離れる拓弥。
  切られたのか? と、思いきや、
拓弥「ちょっと! 刃、出てないでしょう。なんのためにチキチキ鳴るカッターを持ってきたと思ってるんですか? 音がいいんだから、チキチキ鳴って、スーッって切られるのがいいんだから」
詩織「やめてください! もう、できません!」
  と、カッターを床に置いた。
  間。
  拓弥、ゆっくりと床のカッターを拾いあげた。
  そして、再び詩織に差し出す。
拓弥「はい」
  詩織、渡されたカッターを床に投げるように放った。
  間。
拓弥「・・・・なにすんだよ・・俺のカッ ター。おまえが持たないんなら、俺が持つよ」
  詩織、意を決したように、カッターを拾った。
  そのカッターを握りしめたまま、詩織、再開する。
詩織「がたんごとーん・・がたんごとーん・・・」
  詩織、決意したのか、その『がたんごとーん』は今までになく力強い。
  そして、ゆっくりとその詩織に近づいてくる拓弥。
  ゆっくりと溶暗していく。
  闇の中、詩織の『がたんごとーん』だけがやけに響いている。
  暗転。