第3話  『9mm×2』
  明転。  
  拓弥の部屋。
  しかし、薄暗い。
  コタツが下手に天板を向けて立てて置かれている。
  赤い明かりを頼りに、マンガの本を読んでいる加藤。
  しばらくすると拓弥が帰ってくる。
  ドアのノブに手がかかる音。
  加藤、一瞬にして硬直する。
  拓弥、蛍光灯が消えているので誰もいないのか思った。
拓弥「(誰もいないかと思ってはいるが)ただいま」
加藤「あ! 拓ちゃんか」
拓弥「なに(してんだよ、そんなとこで)」
加藤「・・・・・」
  はいれ、のジェスチャー。
拓弥「どうしたの、なんで明かり、豆球だけなの?」
  そして、部屋の真ん中に行き明かりをつけようとするが、
加藤「ダメ!」
  声を殺しながらもするどい加藤の声。
拓弥「え? なんで?」
加藤「明かりつけないで・・」
拓弥「なに?」
加藤「座れ」
拓弥「なに?」
加藤「座れ」
  そして、そのまま加藤、自分の側に招く。
拓弥「なんなんだよ・・」
加藤「メール見た?」
拓弥「メール?」
加藤「見た?」
拓弥「届いてないよ」
加藤「うそ」
  と、拓弥、携帯を取り出して見てみる。
拓弥「あ・・来てる」
加藤「な」
拓弥「(読んで)大変、大変」
  拓弥、加藤を見る。
加藤「大変、大変」
拓弥「なにがあったの?」
加藤「銃、撃たれた」
拓弥「銃?」
加藤「・・・撃たれた」
拓弥「おまえ?」
加藤「(拓弥を示した)・・」
拓弥「俺? え! 俺?」
加藤「おまえの・・部屋」
拓弥「ここ?」
加藤「(頷いた)・・・今日さあ・・俺、『スマスマ』見たくてさあ、ほら、俺、借金取りに追われてたからさあ・・まだゴロちゃんの復活見てないんだよ・・」
拓弥「(どうでもいいが頷く)・・・」
加藤「十時に間に合うように、コンビニで鍋焼きうどん買ってきて作ったんだよ。コタツつけて・・鍋焼き作ってたんだよ。ちょっと鍋焼き時間かかっちゃってさあ・・それで、食おうとした時だよ。十時三分、コーポ阿佐ヶ尾二0一号室、襲撃される」
拓弥「襲撃って?」
加藤「十時三分、そこにあった貯金箱がふっとんだんだ」
拓弥「あ・・ない」
加藤「それで俺も、あ、ふっとんだと思った次の瞬間、ここにあった鍋焼きが・・パン!っていって」
拓弥「鍋焼きが?」
加藤「ふっとんだんだ」
拓弥「え?」
  と、加藤がその空になり穴の開いている銀の器を取り出してみせる。
拓弥「窓に穴が・・」
加藤「二つ」
拓弥「・・うそ」
加藤「ごめんな」
拓弥「なに?」
加藤「鍋焼きこぼしちゃって・・部屋、汚しちゃって・・」
拓弥「いや・・いやいやいや・・」
加藤「・・・どうしようか」
拓弥「・・・(すでに落ち着いている)どうしようかね」
加藤「警察にさあ・・」
拓弥「連絡したの?」
加藤「いや、まだ」
拓弥「あ、そう」
加藤「うん」
拓弥「・・よかった」
加藤「なんで?」
拓弥「あ、いや、だってほら」
加藤「なに?」
拓弥「面倒くさいじゃん」
加藤「え?」
拓弥「警察って結構面倒くさいんだよ」
加藤「そうなの?」
拓弥「うん・・俺、大学の時、アパートの隣がさ、なんか運動やってて、内ゲバあってさあ、全然関係ないんだよ俺、でもちょっと話聞かせてくださいとか言われて・・・同じ話、何回もしてうんざりだったよ・・顔も見たことないって言ってんのにさあ」
加藤「そうなんだ」
拓弥「根ほり葉ほり聞かれるだけだからね・・だって、ほら、おまえ根ほり葉ほり聞かれたらまずいじゃん」
加藤「そう・・ちょっとそれもあってさあ」
拓弥「ねえ・・借金あって、アパートなくて、ここの大家に黙って一緒に住んでるんだからさあ・・」
加藤「拓ちゃん帰ってきたら相談しようと思って」
拓弥「相談って?」
加藤「いや、警察になんて言ったらいいのかな」
拓弥「いいよ、言わなくて」
加藤「だって、どうするのよ」
拓弥「なにを?」
加藤「その・・窓ガラスの穴とか・・」
拓弥「ガムテ貼っとけば?」
加藤「いや、そういう問題じゃないじゃない」
拓弥「じゃあ、どういう問題なの?」
加藤「なんで、銃弾撃ち込まれるの? 二発も・・警察に言ってさあ」
拓弥「言ってどうするの?」
加藤「なんかしてくれるんじゃないの?」
拓弥「警察はねえ・・なにもしてくれないからね」
加藤「そうなの?」
拓弥「なにもしてくれないっていうか、まあ、向こうは向こうで何かしてくれてはいるんだけど、いざって時にはねえ」
加藤「自分で守るしかない?」
拓弥「守るって?」
加藤「だから、銃撃たれた時」
拓弥「銃撃たれたら守れないよ、ダメだろ。K1クラスでも勝てないよ」
加藤「じゃあ、どうすればいいんだよ」
拓弥「ちょっと待って、落ち着いて考えてみなよ」
加藤「う、うん」
拓弥「(加藤を指さし)おまえが狙われたの?」
加藤「いや・・」
拓弥「狙われるようなことした?」
加藤「いや・・」
拓弥「借金は?」
加藤「百十万・・」
拓弥「いや、金額じゃなくて・・狙われるようなことなの?」
加藤「いや、ちゃんとした街金」
拓弥「返してるんだろ」
加藤「うん、きちんと・・血のにじむ思いをして利子は毎月入れてるから」
拓弥「おまえやっちゃったら、金戻ってこないだろ」
加藤「俺は生かしておいて働かせたほうがねえ」
拓弥「だろ」
加藤「うん・・」
拓弥「あとは・・」
加藤「あとは・・まったく、身に覚えはない」
拓弥「借金があるくらいで、あとは普通の人だろ」
加藤「そうそう・・」
拓弥「とすると(自分を示し)?」
加藤「前にもこんなこと、あった?」
拓弥「ない」
加藤「思い当たることは?」
拓弥「ない」
加藤「じゃあ、なに?」
拓弥「それは俺が聞きたいけど・・」
加藤「どうしよう」
拓弥「流れ弾とか?」
加藤「流れ弾?」
拓弥「だってほら、よくあるじゃないニュースとかで・・住宅街で抗争があってさ」
加藤「抗争? 誰と誰が?」
拓弥「知らないけどさあ・・」
加藤「だって、こんな住宅街で? 暴力団が?」
拓弥「いや、暴力団とは限らないじゃない・・このあたりアジアの方々も多いしさあ」
加藤「そうか・・日本人とは限らないか」
拓弥「流れ弾だよ」
加藤「そうなの? ほんとにそうなの?」
拓弥「だって、(おまえ)身に覚えないだろ」
加藤「ない」
拓弥「俺もないもの」
加藤「だから流れ弾なの」
拓弥「ちがうの?」
加藤「他に可能性はない?」
拓弥「どんな?」
加藤「わかんないけどさあ」
拓弥「試してみるか」
加藤「どうやって?」
拓弥「明かりつけようよ」
加藤「まだ、まだまずいって」
拓弥「だって、いつまでこんなことやってればいいの?」
加藤「しばらくはさあ・・」
拓弥「大丈夫だって」
加藤「なんで? なんで拓ちゃんはそうなの? 貯金箱割れるとこ見てないからだよ。鍋焼きうどんを(目の前の)ここでふっとばされるとこ見てないからだよ」
拓弥「・・・(そんなこと言われても)」
加藤「まずいって」
拓弥「大丈夫だって、明かりつけようよ」
加藤「まずいって」
拓弥「やってみようよ、おもしろそうじゃない」
加藤「なにが?」
拓弥「ロシアンルーレット」
加藤「・・・(なに言ってんだ?)」
拓弥「ここでジャンケンして負けたら、立ち上がって、明かりをつけて・・しばらく立ってるってどお?」
加藤「いやだよ」
拓弥「やろうよ」
加藤「いやだよ」
拓弥「やろうよ」
加藤「・・(負けつつある)やだって」
拓弥「(やろうとする)ジャンケン・・」
加藤「やだって」
拓弥「ジャンケン・・」
加藤「・・・」
拓弥「ジャンケン」
加藤「やめようよ・・」
拓弥「おまえ、ジャンケンしないんならこの部屋から出てけよ」
加藤「・・・」
拓弥「ほら、ジャンケン」
加藤「・・・」
拓弥「最初はグー」
加藤「・・・」
拓弥「頭がパー」
加藤「・・・」
拓弥「ジャンケンポン」
  ほとんど反射的に加藤がグーを出した。
  拓弥はチョキ。
  拓弥、しばらくチョキを出したまま。
  そして、チョキでチョキチョキしたりしているが、やがて、おもむろに立ち上がる。
加藤「!(見上げる)」
  そして、明かりに手を伸ばした。
  部屋は通常の明るさに戻る。
  (ちょっと、明るすぎるくらいの方がいいのかもしれない。明反応。目が慣れてしまっているために明るすぎるくらいに感じる)
  突っ立ったままの拓弥。
  少し揺れてみたりもする。
  加藤、気が気ではない。
  拓弥、窓の方に寄ってみる。
  しばし、窓の方をうろうろしたりもする。
拓弥「・・・(加藤に振り返り)大丈夫だろ」
加藤「(頷いていいものかどうか)・・・」
拓弥「撃ってこないぞ」
加藤「・・・危ないって」
拓弥「・・・そうかな」
  そして、拓弥、立ててあるコタツを元に戻した。
拓弥「おい・・」
  加藤に手伝えというジェスチャ。
  すぐに、コタツは元通りになり、まったくの日常的な空間になる。
  二人、そこに入る。
拓弥「・・今日さあ、バイト一人休んでさ・・十二時間労働だよ」
加藤「あ・・ああ・・」
拓弥「疲れた・・」
  と、拓弥、コタツに入ったまま横になる。
加藤「おかしいよ」
拓弥「なにが?」
加藤「拓ちゃん(がおかしい)」
拓弥「なんで?」
加藤「怖くないの?」
拓弥「なにが?」
加藤「銃、撃ち込まれたんだよ」
拓弥「うん・・でも、ほら、実感ないし」
加藤「実感なくてもさあ、貯金箱とさあ・・」
拓弥「ああ・・あれ、二十四時間テレビ用だからなあ、また夏までに貯めれば武道館でモー娘と握手が・・」
加藤「愛は地球を救うか・・」
拓弥「改めて口にするとおもしろいねえ『愛は地球を救う』・・」
加藤「・・ああ・・」
拓弥「ねえ・・」
加藤「明日は何時からバイト?」
拓弥「十時・・起こしてよ、また」
加藤「十時・・の前に・・明るくなったら俺、ここ出てくわ」
拓弥「なんで・・」
加藤「・・・俺、怖いもん」
拓弥「なにが・・」
加藤「いろんなこと・・」
拓弥「え、俺がいるじゃん」
加藤「いや、おまえも・・怖いよ」
拓弥「俺が?」
加藤「おかしいよ」
拓弥「なんだよ・・」
加藤「拓ちゃんさっき立ち上がる時、おもしろいじゃんって言ったでしょ」
拓弥「うん」
加藤「俺、おもしろいって、思わないんだよ」
拓弥「・・・・」
加藤「おかしいよ、それ」
拓弥「そうかな」
加藤「おまえだけじゃない・・俺もおかしい・・なんかずれてきてる気がする」
拓弥「なにが、ずれてきてるの?」
加藤「わかんない・・俺、なんで金借りちゃうのかわかんないんだ。返せないのにさあ、借りちゃうんだよね・・普通に考えたらおかしいのに・・ねえ、そういうのない、普通に考えたらおかしいのに・・普通とかさあ・・どこ行っちゃったんだろうって思うんだよね・・」
拓弥「おまえはあれだよ、金なくてさ、心がすさんでるからだよ・・な、明日あれだ、『千と千尋』でも観てこいよ、あれ、まだやってるだろ。俺なんかもう三回も観ちゃったよ・・癒されるぞ」
加藤「・・・・」
拓弥「・・・出ていくんだ」
加藤「・・世話になったな」
拓弥「いいけどさあ・・なんか、みんな去って行くなあ俺の周りから」
加藤「そんなことないだろ」
拓弥「やっぱり俺、ずれてんのかなあ」
加藤「そんなことないよ」
拓弥「さよならだけが人生だからな」
加藤「そんなこともないって」
拓弥「やっぱずれてるか、俺」
加藤「・・それはそうかなあ・・」
拓弥「やっぱねえ・・ま、いいんだけどさ」
  間。
  ゆっくりと暗転。