第2話  『父の葬儀』
  明転。  
  柳沢家の二階
  喪服を着た龍之介が喪主の挨拶を朗読して練習している。
龍之介「本日はご多用中のところ、ご多用中のところ父、虎夫の葬儀に御会葬いただき、最後までお見送りたまわり、故人もさぞ喜んでいることと思います」
  と、やはり喪服姿の妹、未知が入ってくる。
未知「お兄ちゃん、どお?」
龍之介「うん・・言葉がね・・ご多用中・・ご多用中なんて使ったことないけど」
未知「ちゃんと言ってよ」
龍之介「言うよ。ご多用中・・ご多用中って、虫みたいだな・・ご多用虫って・・」
未知「やめてよ」
龍之介「ご多用、虫! って感じだよな」
未知「やめてって」
龍之介「化石みたいだよな。ご多用虫が発見されましたって・・そんな感じだろ」
未知「全然、そんな感じじゃないわよ」
龍之介「うれしそうだな、おまえ。(と、手紙の文面に戻る)ご多用中のところ・・・父、虎夫の・・お見送りたまわり・・たまわりもひっかかっちゃうんだよな」
未知「お兄ちゃん、見ながらやってもいいのよ」
龍之介「え、そうなの?」
未知「憶えるの?」
龍之介「憶えるよ」
未知「もう始まるよ。関口のおばさんも来ちゃったよ」
龍之介「関口!」
未知「そう」
龍之介「関口のババア!」
未知「そう」
龍之介「うっひゃっ!」
未知「あと十分くらいだよ」
龍之介「よし、一分で一行づつ憶える」
  憶えようと集中するが、その側に座り込んだ未知に、
龍之介「あれ、おまえはいいの(下に行かなくて)」
未知「だって、関口のおばさんうるさいんだもの。始まる頃に行けばいいんでしょ」
龍之介「うん・・故人もさぞ喜んでいることと思います・・なんかほら、あれじゃねえの。生前のエピソードとか入れた方がいいんじゃねえの?」
未知「ああ・・・」
龍之介「死に至る経過とかさ」
未知「コロっといっちゃったからねえ」
龍之介「怖いねえ・・歯磨いてても死ぬんだからねえ」
未知「歯磨いて死んだんじゃないの、脳溢血で死んだの」
龍之介「歯、磨いてて脳溢血だろう。なにもしないで脳溢血じゃないじゃない」
未知「でも、そう言ったら、死に至る歯磨きみたいじゃない」
龍之介「そんな・・そんな・・そうか?」
未知「触れなくていいよ、そんなの」
龍之介「享年何歳とかは?」
未知「あ、それ入れた方がいい・・いくつ?」
龍之介「六十、七、八だ・・」
未知「享年、六十、七、八?」
龍之介「それまずいだろう。享年、六十七、八歳でこの世を去り・・じゃあ」
未知「書いてあった」
龍之介「どこに?」
未知「祭壇の横に享年って・・」
龍之介「何歳だった?」
未知「(小首を傾げている)・・・」
龍之介「見とけよ! 見たんなら見とけよ!」
未知「後で嫌でもじっくり見るからその時でもいいんじゃないの」
龍之介「(納得した)ま、まあな・・」
未知「お兄ちゃん、言う前にちろっと見ればいいじゃない」
龍之介「・・兄妹、力を合わせてがんばり・・とか入れた方がいいんじゃないか?」
未知「笑っちゃうね」
龍之介「私達、一人っ子同士・・」
未知「母を何年前になくしとか」
龍之介「あ、それ言うか・・」
未知「母を亡くし・・また亡くし・・」
龍之介「それぞれに男の子一人」
未知「女の子一人の子をもうけ・・」
龍之介「やめるか」
未知「ややこしいからね・・」
龍之介「やめやめ・・(文面に戻る)故人も喜んでいると思います・・ありがとう! (猪木のように)ありがとー! ありがとー!いくぞー!!」
未知「やめてよ」
龍之介「この文章の流れだと・・やっちゃうかもな」
未知「やめてよ・・絶対やらないでよ!」
龍之介「だっておまえあれだよ。俺、どこの宴会でもやっちゃうんだよ。この前の役所の忘年会だってさ、俺、救急車で運ばれたんだぜ。それくらいやっちゃうんだからさ」
未知「お兄ちゃん、なにやったの?」
龍之介「それはいいんだけどさあ。それぐらいやっちゃう俺がさあ、こんな喪主の挨拶なんかでペキっと折れるわけにはいかないんだよ」
未知「・・そお・・」
龍之介「なんとか盛り上げないと」
未知「盛り上げる?」
龍之介「あ、時間がない。本日はご多用中のところ・・」
未知「ダメだ、私、笑っちゃいそう」
龍之介「おまえ、笑うか」
未知「笑っちゃいそう」
龍之介「おまえ、笑ってくれると助かるかもしれない」
未知「助かるってなにが?」
龍之介「だって、ほら、人の葬式行ってもさあ、やばいんだよ。笑っちゃって。今日だってさあ、坊主の後ろだろう。坊主の後ろが一番ヤバイんだよ」
未知「ヤバイって?」
龍之介「そういう場だからさあ、目の前に坊主の頭なんかあったらさあ、きれいな頭によ、生え残りとかあったらさあ」
未知「だからそういうこと言うのやめてったら」
龍之介「手が出ちゃうよ」
未知「蠅なんかいたらどうするのよ」
龍之介「そうだろ! そうだろ!」
未知「私、止まっている画しか浮かばない」
龍之介「そうだろ、そうだろ!」
未知「ダメ・・ダメ、そんなんじゃ・・ダメ・・もっとさあ、お父さんのこととか思いだして・・お葬式よ」
龍之介「お葬式だよ」
未知「そうだよ」
龍之介「なんかさあ・・悲しくねえんだよな・・ヤバイな・・全然悲しくねえよ」
未知「忙しかったからね」
龍之介「実感ねえんだよな・・嫌いだった?」
未知「お父さんのこと?」
龍之介「うん」
未知「そんなことないよ・・結構めちゃめちゃな人だったけどね」
龍之介「そう言っちゃうとねえ、そうだっただけに、どうしようもねえな・・やべえ・・全然悲しくねえよ」
未知「大丈夫だよ、最後に顔とか見たら悲しくなるって」
龍之介「花とか添えたらな」
未知「でも、ぽっくりって良かったかもね」
龍之介「まあなあ・・一年も闘病、二年も闘病とかよりはねえ」
未知「ねえ」
龍之介「ま、よかったんじゃねえの? よかっったんじゃねえのって思えるから悲しくねえのかなあ・・(と、また文面に戻る。今度は上を見ないで)・・本日はご多用中のところ父、虎夫の葬儀に御会葬いただき、最後までお見送りたまわり、故人も・・さぞかし・・あの世で」
未知「(ちがう、ちがうと首を振る)・・」
龍之介「この世で?」
未知「(ちがう、ちがう)・・」
龍之介「さぞかし・・さぞかし・・」
未知「(嬉しい、ジェスチャー)」
龍之介「嬉しいかぎりで・・喜んでいることでございましょう」
未知「うん・・・だいたい合ってる」
龍之介「こんなんでいいのかな・・(と、二枚目の紙を見る)これからは私達一同、故人の遺志を継ぎ・・継いでくか?」
未知「継がない方がいいんじゃないの?」
龍之介「継ぐ継がない以前にオヤジの意志はなんだったんだ?」
未知「意志?」
龍之介「どんな意志だよ。どうしていくつもりだったんだろうなあ」
未知「・・・最近、お兄ちゃん、どんどん似てくるよね」
龍之介「・・・誰に」
未知「お父さんに」
龍之介「顔?」
未知「うん・・顔も体も・・」
龍之介「そうか?」
未知「うん・・あ、あのねえ・・咳のしかたとかそっくりだよ・・案外、繰り返していくのかもね、お父さんみたいな事」
龍之介「どういうこと?」
未知「わかんないけど・・さっきも言われちゃった関口のババアに」
龍之介「なんて?」
未知「お兄ちゃんはまだ身を固めないの?」
龍之介「あいつ誰にでもいうじゃんかよ」
未知「まあ、そだけどね」
龍之介「関口の息子は?」
未知「来てたよ」
龍之介「図体ばっかりでかくてな」
未知「見るたんびに太って行くしさあ」
龍之介「そうそう」
未知「ハゲてくしさあ」
龍之介「あいつは結婚したのか?」
未知「まだじゃないの?」
龍之介「あ、そう! 手前の息子に言えよ。早く結婚しろよって・・」
未知「ねえ・・」
龍之介「おまえは言われなかったの、関口のババアに」
未知「なにを?」
龍之介「結婚」
未知「ああ・・」
龍之介「早かったけど」
未知「なによ」
龍之介「破局も早かったですねって」
未知「うるさいなあ、言われないよ」
龍之介「なに、破局に関しては触れないわけ、あのババアは」
未知「目、合わせてくれなかった」
龍之介「ああ、そう」
未知「関口の息子はねえ、目が合ったんだけど、そらした(と、やってみる)こんなふうに」
龍之介「ああ、そう・・」
未知「似てるよね、あの親子も」
龍之介「似るのはしょうがねえよなあ、親子だからさ・・」
未知「私も似てんのかな」
龍之介「じゃないの?」
未知「似てんのか・・どの辺が?」
龍之介「咳したりするとこ」
未知「ほんとに?」
龍之介「ウソ、言ってみただけ」
未知「やめてよ、もう・・あたしとお兄ちゃんって似てるのかな」
龍之介「そりゃ似てないんじゃないの、お母さん違うんだから」
未知「でも、ヤッ君がさあ、似てるって」
龍之介「どこがよ」
未知「ボケ方」
龍之介「それはおまえ、俺の方が頭いいに決まってんだろ」
未知「私も言った。私の方が頭いいに決まってんでしょって」
龍之介「言った?」
未知「言った」
龍之介「そういうところはな」
未知「あんがいさあ、よく見てるよねヤッ君もさあ」
龍之介「ヤッ君いいやつだよなあ・・パチンコ、開店する十時前に並んでくれてたからなあ」
未知「そんなことさせてたの?」
龍之介「させてたっていうか、してくれるんだもの・・ヤッくんと仲悪くはないんでしょ」
未知「悪くないよ」
龍之介「よく食事とかしてるんでしょ」
未知「なんで知ってるの?」
龍之介「だって言ってたもん」
未知「お兄ちゃんヤッくんと会ってるの?」
龍之介「会うよ、よく。競馬場で」
未知「あ、ああ・・そうなんだ」
龍之介「来ればよかったのにね、葬式」
未知「ええ・・」
龍之介「来てもよかったんじゃないの?」
未知「でも、別れちゃったんだし」
龍之介「最後にオヤジに会ってもらってもよかったんじゃないの?」
未知「そうか・・」
龍之介「うん・・あれ?」
未知「なに?」
龍之介「おまえ、もしかして今つきあっている人いるの?」
未知「うん、いる」
龍之介「もう?」
未知「もうって・・」
龍之介「だからヤッくん呼ばないの?」
未知「そういうわけじゃないけど」
龍之介「それはなに、結婚するの?」
未知「うん、する」
龍之介「また?」
未知「またって言わないでよ・・お兄ちゃんの初美さんはどうなのよ」
龍之介「どうってなにが?」
未知「連れてくればいいじゃん」
龍之介「うん、まあ、来てもいいんだけど、オヤジに初めて会うのがさ・・死顔ってのもさあ」
未知「ああ、そうか」
龍之介「来るのは全然やぶさかじゃないんだけどね」
未知「ついでに紹介すればいいのに」
龍之介「ついでってなんだよ、ついでって・・こちらが長い間同棲を続けている、長谷川初美さんです。籍も入れずにずるずるとおつきあいさせていただいております・・って、関口のババアの格好の獲物じゃねえかよ」
未知「そうだね」
龍之介「ついばまれて骨も残らねえよ」
未知「でも、そうやって公表しちゃえば結婚しなきゃなんないじゃない」
龍之介「そんな・・関口のババアにせっつかれて結婚なんかしたくねえよ」
未知「だって・・かわいそうじゃない、初美さん・・」
龍之介「かわいそうって」
未知「幾つになるの、初美さん」
龍之介「三十八」
未知「これでお兄ちゃんと別れたら・・四十前でさあ」
龍之介「別れないもん」
未知「絶対考えてるよ・・この人、私をどうするつもりなのかしら・・きぃ! って」
龍之介「このままだもん」
未知「もう・・」
龍之介「結婚してなにが変わるんだよ」
未知「籍入れるって大事なことだよ」
龍之介「籍入れて、一年してまた籍が戻るの?」
未知「うるさいな!」
龍之介「だって、おまえ・・」
未知「そうとは限んないでしょう!」
龍之介「その後はあれだ、たまに会って食事するんだろ」
未知「もおおおおお」
龍之介「初美をそんなふうにはさせたくないよ、俺はね・・」
未知「もういいよ」
龍之介「初美はね呼んでやってもよかったんだけど、忙しかったのよ」
未知「そうなんだ」
龍之介「週末からまた海外だから」
未知「また?」
龍之介「どこ行くか知らないんだけど・・今度はどこ連れていってもらえるのかな」
未知「ついていくの?」
龍之介「そうだよ」
未知「仕事じゃないの?」
龍之介「向こうは仕事、俺は観光」
未知「役所は?」
龍之介「休暇」
未知「休んでばっかじゃん」
龍之介「いいじゃない、給料安いんだから」
未知「すぐやる課なんでしょ」
龍之介「そうだよ、すぐやらなければならない事は、すぐにやります」
未知「なにそれ」
龍之介「市民相談室すぐやる課のモットー」
未知「でも、そんなしょっちゅう海外行ってたら、すぐできないじゃない」
龍之介「いるときに来てください」
未知「なんだよ、それ」
龍之介「いいの、それで」
未知「私もやっぱ役所に就職しようかな」
龍之介「おまえに役人が務まるか・・山ばっかり登ってるくせに」
未知「いいじゃない、好きなんだから」
龍之介「いくら好きでもなあ、凍傷で足の小指なくすか?」
未知「いいのよ、あと四本あるんだから」
龍之介「歩きにくいだろう」
未知「慣れたもん」
龍之介「よく結婚してたな、ヤッくんはおまえなんかと一年も・・俺なんか二秒ともたないね(と、タップしてもいい)こんな、こんな・・(と、気づいた)おまえ、今、つきあっている人とも結婚するんだよな」
未知「するよ」
龍之介「なんで結婚するの?」
未知「好きだから」
龍之介「好きだから結婚するの? それだけ?」
未知「そうだよ」
龍之介「なんで一緒に住むだけじゃだめなの」
未知「なんか足んないじゃない」
龍之介「なにが足んないんだろう・・おまえ、あれだろ、山と一緒だろう」
未知「なにそれ」
龍之介「山があったら登るんだろう」
未知「男がいたら結婚するの?」
龍之介「それでまた下ってくるのな」
未知「下んないよ!」
龍之介「下ったじゃねえかよ。下ったから次の山があるんだろ?」
未知「お兄ちゃん・・」
龍之介「なに」
未知「うまい!」
龍之介「・・・まあでも、オヤジに孫の顔、見せてやりたかったなあってのもあるけどね」
未知「ああ、ねえ・・楽しみにしてたんじゃないの?」
龍之介「おまえがさあ、おまえが生めば良かったんだよ、孫。孫生めよ、孫」
未知「今、言わないでよ、今。今から孫作ってもさあ・・」
龍之介「千代子さんがいるじゃん」
未知「初孫ですよって?」
龍之介「千代子さん・・困るぞ」
未知「四人目の奥さんと私たちって、関係はどれくらい深いものなの?」
龍之介「俺、だって今日会ったので三回目だよ」
未知「私、さっき、どれが千代子さんだかわからなかった」
龍之介「おまえ、母親だよ、戸籍上は」
未知「お兄ちゃんわかった?」
龍之介「わかったよ・・・たぶんあれ千代子さんじゃねえかなって」
未知「わかってないじゃん・・そんな人に初孫見せてどうするのよ」
龍之介「喜ばないかな」
未知「血のつながり全くないしねえ」
龍之介「それで顔も知らないわけだからさ」
未知「それ、他人だよねえ」
龍之介「他人、他人・・千代子さんも困っちゃうよな。初孫ですよ、って見せられてもさあ・・向こうも、どうも・・とか言ったりしてさ・・」
未知「ねえ、ここってどうすんのかなあ」
龍之介「ああ・・でもまあ、あげなきゃしょうがねえだろう・・千代子さんに」
未知「もう千代子さんにはさんざん迷惑かけたんだからさ」
龍之介「ねえ、オヤジ押しつけて、なんの親孝行もせず・・」
未知「さんざん迷惑かけたしねえ」
龍之介「ねえ・・」
未知「じゃあ、ここにももう戻ってこれないのか」
  二人、しばし部屋を見回す。
  間。
龍之介「あ・・なんか、ちょっと悲しくなってきた」
未知「・・私も」
龍之介「もう・・行かないとな」
未知「うん」
  と、龍之介、立ち上がり行きかけるが、
未知「お兄ちゃん・・」
龍之介「なに?」
未知「足、しびれた・・」
  暗転。