『俺なら職安にいるぜ』

 作・じんのひろあき


 台詞の最後についている『/』は。その次の台詞によって、カットオフされるという印です。
 なお、上演時には同時に各所で喋る部分がありますが、台本上は並列に表記してあります。

●塚本(職安の職員)
●岡本(職安の職員)
●篠原(職安の職員)
●洋子(塚本の奥さん)
●金砺(おやじと呼ばれている人) 
●坪井(遊び人のカズヒロさん)
●平林(坪井の連れ) 
●三田村大朔(職を求める男)
●中川和美(会社が潰れていくOL) 
●美咲(街娼)
●福本博史(自警団設立メンバー) 
●加藤れい(職安の総務の女の子) 
●中西俊彦(劇団関係の人) 
●きくりん(闇米屋さん)
●川島早貴(万年フリーター)
●吉久直志(元ボディガード)
●宇佐美雅司(自衛隊勧誘員)
●ツボル(鉄砲売り)
●吉田学(職安の職員)
●高橋祐子(早貴の友達の浮浪者) 

君よ知るや、
大砲の花咲く国を。
その国の人は、
顔はあるが頭はない。
その国では、
二人に一人の男は子供らしさを残している。
その子供が、
鉛の兵隊で遊びたがる。
その国では、
自由が成熟していない。
そこでは、
自由が青いままだ
何を建てても常に兵舎になる。
君よ知るや、
大砲の花咲く国を。

         エーリッヒ・ケストナー

 みんなどっちへ走ったらいいのかわからない。
 何千人が人を突き倒して走る。
 ガス雲が近づく、何千人が倒れる。
 雲が襲うところでは、全てが黙する。
 四時十五分に深い静寂。
 灰色のガスが全てを覆う。
 戦争が始まった!
 戦争だ!
 なぜいったい誰も『万歳』と叫ばないのか?
         
         エーリッヒ・ヴァイネルト

 私は頭の先から足の先まで愛に向いている。
 なぜならそれが私の世界で他にはなにもないのだから。

         『嘆きの天使』



第一幕『ある種のシャンパンのきらめき』
  舞台は職安の一階。
  舞台のセンター奥から下手にかけて、斜めにカウンターがあり、その向こうが、職員達のいるスペース。
  そして、それ以外が、無職の人々がうろうろし、たむろするスペースとなっている。
  外は快晴。
  月曜日。
  壁に掛けられている時計は、十二時五十分頃を示している。
  職員のいるはずのカウンターには、『昼休み』のプレートが置かれている。
  しかし、誰もいないわけではなく、職員の篠原がスポーツ新聞を読んで、休憩時間を満喫している。
  金砺と宇佐美がベンチに座っている。
宇佐美「全然、景気が回復しないね」
金砺「俺のせいじゃねえよ」
宇佐美「そうきたか…」
金砺「今度さあ・・孫が誕生日なんだけど、何買ってやったらいいかな」
宇佐美「なんだよ、孫って?」
金砺「孫は、孫だよ」
宇佐美「あんた、本当は幾つなんだよ」
金砺「幾つに見える?」
宇佐美「…いいよ、別に(聞かなくっても)」
金砺「いいのか?」
宇佐美「謎は謎のまま残しておくよ」
金砺「なにがいいのかな」
  と、立ち上がる金砺。
金砺「あ!」
  と、言って硬直する。
宇佐美「どしたの?」
金砺「いや、ちょっと…」
宇佐美「なに?」
金砺「立ちくらみ……」
宇佐美「大丈夫かよ」
金砺「大丈夫、大丈夫…いつもすぐ治るから」
宇佐美「そんなにしょっちゅう立ちくらんでて、あんた、危ないんじゃないか?」
  と、金砺は『大丈夫』等と言いながらも、『ああ…』『ああ』と、訳のわからない声を発している。
篠原「野菜、食え」
金砺「え?」
篠原「野菜食え、野菜」
金砺「ああ…・どうも(宇佐美に)野菜も最近妙に高いよな」
宇佐美「不景気だからね」
金砺「俺のせいじゃねえよ」
宇佐美「しつけ~よ、おやじ」
金砺「ああ…失業保険をいただいたら、真っ先に野菜を買って…レバー買って…」
  と、坪井やって来る。金砺達を見つけて。
坪井「ちーす」
金砺「あれ?」
坪井「ごぶさたしてます」
金砺「坪ちゃん、なに?」
坪井「なにって、職安に来てんだからさあ…あれ? 俺達がほら、こんなに明るい
うちに会うのって、もしかしたら、初めてじゃないですか?/」
宇佐美「職ならあるよ…・いいのが」
坪井「なんですか?」
宇佐美「俺と一緒に、国、守らない?」
坪井「国守ってもいいですけど、国は俺を守ってくれるんですか?」
宇佐美「そりゃもう、ピャーっとだね/」
坪井「(外にいるらしい平林に向かって、今までとはうって変わってキツイ声で)おい! なにやってんだ、こっち、来いよ」
  金砺、宇佐美、その方向を見る。
  おずおずと、平林が入って来る。
坪井「なにつっ立ってんだよ、座れよ」
  またも、おずおずと、座る平林。
坪井「(平林に金砺達を紹介する)雀友(じゃんゆう)」
  平林、慌てて立ち上がり。
平林「はじめまして、平林です…」
金砺「あ、ども…」
宇佐美「ち~す」
平林「いつも、いつもこの人が御迷惑おかけしてます」
坪井「御迷惑じゃねえだろ、いつもお世話になってますだろ、まったく、口の利き方をしらねえんだからよ、この女は…すんませんね、どうも」
金砺「なに、身固める気になったの?」
坪井「なに言ってんですか…勘弁して下さいよ、わけの分からない事を言うのは」
金砺「わけ分かるだろうが…」
宇佐美「身固めるのもいいんだけどさあ、この前の、あれ、返してもらってもいいかな」
坪井「(すっとぼけて)あれ、あれ、まだだっけ?」
宇佐美「まだだよ」
坪井「いくらだっけ?」
  と、宇佐美、坪井に向かって七の数字を出す。
 坪井、平林の肩を叩いて。
坪井「わりい、ちょっと、出しといてくれよ」
金砺「なに、なに?」
宇佐美「宇部商とPL」
金砺「ああ…」
坪井「なんか今回全然だな…・八百長やってんじゃねえか?」
  と、坪井、宇佐美に七枚渡す。
宇佐美「(それを受け取り)なんて事言うんだよ、神聖な高校野球に向かって」
  宇佐美、それを数えながら。
宇佐美「(金砺に)あんたも一口どう?」
  と、カウンターの向こうに現れる総務の加藤れい。
加藤「お昼休み中、失礼しま~す」
篠原「どしたの、れいちゃん」
加藤「三千円、カンパお願いしま~す」
篠原「なんの?」
加藤「中山さんの送別会」
篠原「中山って、中山妙子?」
加藤「そう」
  と、平林が求職票を書きに立ち上がる。
篠原「送別会?」
加藤「そう」
篠原「やめるの?」
加藤「そうなんですよ」
篠原「入ったばっかじゃない」
加藤「オフィス内不倫発覚」
篠原「うそお…誰と? 誰と?」
加藤「吉田学」
篠原「へえ…やるじゃん…・」
加藤「奥さんが職安に来たんですよ」
篠原「あらら」
加藤「それで、中山さんが責任とって…」
篠原「なによ、責任って」
加藤「辞めるって事ですよ」
篠原「そんなの両方の責任じゃないの、なんで女が責任とって辞めなきゃなんないのよ」
加藤「総務はほら、ただでさえ、いづらい所だから…」
篠原「そりゃわかるけどね…」
  と、三千円を出す。
篠原「れいちゃん」
加藤「なんですか?」
篠原「バレないようにやんなきゃよ」
加藤「ですよね」
篠原「そうか…・中山、吉田か…・」
加藤「他(の男達)は?」
篠原「お茶の時にまた来れば?」
加藤「そうします」
篠原「ねえ」
加藤「はい?」
篠原「中山さんと飲みたいね」
加藤「いいですね…篠原さんのおごりですか?」
篠原「いいわよ…私、この前、宝くじで百万円当たったから」
金砺「百万?」
坪井「景気いいな…・」
加藤「またですか」
篠原「都合聞いてみて」
加藤「はい…・じゃ、また後で…」
  と、出ていく加藤。
金砺「今だったら、なんとなに?」
宇佐美「もうPLと帝京しか残ってねえよ」
金砺「どっちもやだな」
宇佐美「やっぱり高校野球はいいよ…」
金砺「まあ、景気悪くてもやってるからな」
宇佐美「そうそう…」
坪井「見た? あれ?」
宇佐美「見た見た、すごかったよね」
金砺「…・見た」
  と、やって来る和美。
  カウンターまで行って、篠原と目が合う。
和美「あの…・」
  篠原は『昼休み』のプレートを指でトンと叩く。
和美「あ、すみません…・」
  と、和美、金砺達の方に戻る。
金砺「職探し?」
和美「(あまり話したくなさそうだが)はい…」
金砺「今ねえ、不況だからねえ、あんまないよ」
和美「そうなんですか?」
宇佐美「最近はね、婦人自衛官が一番人気だね」
金砺「…仕事の鬼だな」
宇佐美「勤務中だもん」
金砺「休めよ。だから働きバチとか言われちゃうんだよ」
宇佐美「誰に言われるんだよ」
金砺「外人さんだよ」
宇佐美「いいぞ…婦人自衛官は…」
篠原「こらこら…」
金砺「(和美に)そこで求職票を書いて、一時になったら、そっちの窓口に並ぶんだよ、姉ちゃん」
和美「はい…」
  和美、そうする。
金砺「今まで、何やってたの?」
和美「OLを少し」
金砺「少しってどれくらい?」
和美「のべ十年…ってとこですか」
金砺「十年…十年か、けっこう我慢強いんだ」
宇佐美「自衛隊には向いてるかもしれないね」
金砺「十年っていったら、石の上にも三年が三回か…悟りが開けるな/」
宇佐美「次もOLやんの?」
和美「ええ…」
  と、岡本がカウンターの向こうに帰って来る。
篠原「おかえんなさい」
岡本「ただいまっと…」
篠原「外(に食べに)行ってたの?」
岡本「ラーメンライス…」
篠原「また?」
岡本「ええ…好きなもんで…外、すごい天気ですよ」
篠原「そう…じゃ、出るかな」
岡本「なにが?」
篠原「光化学スモッグ」
岡本「あ、それでか…なんか目がシバシバすると思った…」
篠原「お茶、煎れないの、今日は?」
岡本「煎れて欲しいなら、そう言って下さいよ、素直に」
  と、出ていく岡本。
坪井「(平林に)おい!」
  と、何か飲むジェスチャーをする。
平林「ウーロン茶?」
坪井「コーヒーだよ」
平林「ああ…ごめんなさい…自動販売機、来る時、あったよね」
  と、財布を持って出て行く。
  金砺と宇佐美がすぐさま坪井にすり寄ってきて。
金砺「(去って行った平林を示して)新しいの?」
坪井「でもないけど…」
金砺「とっかえひっかえ…この男は…何であんたにあの女かね…」
坪井「でも、(あの女は)全然駄目だよ」
金砺「なんで?」
坪井「金持ってないもん…だから、その辺で、すぐけんかになっちゃうからさあ」
金砺「前に連れてたのは?」
坪井「金はあったんだけどね…」
金砺「どうしたの?」
坪井「バイバイした」
宇佐美「売っちゃったの?」
坪井「さよならした」
宇佐美「そっちのバイバイか」
金砺「どーして?」
坪井「一身上の都合」
金砺「なんだ、そりゃ」
坪井「しかし、いるとうっとおしいけど、いないと、なんかな…」
金砺「寂しいんだろ」
坪井「物足りないんだよな」
金砺「物足りないってなんだよ」
宇佐美「どーやったら、女が切れずに続くんだよ」
金砺「なんかあるんだろ、秘訣が…またあれか、言うこと聞かなかったら、問答無用で、殴る蹴るか」
坪井「もう蹴ったりはしないよ…この前で懲りたもん…」
  と、平林が帰って来る。
平林「(坪井に)ごめんなさい、熱いのがいいの、冷たいのがいいの?」
坪井「冷たいのに決まってんだろ」
平林「ごめんなさい」
  また出て行く。
  間。
金砺「(ボソりと)かわいそうに…」
  と、やって来る三田村。
  と、塚本と岡本が帰って来る。
岡本「お茶です」
篠原「どうも」
岡本「熱いっすよ」
篠原「(そこに)置いて」
塚本「あーあ、毎日毎日、よくもこんなに無職の奴等がつめかけるよな」
岡本「塚本さん、聞こえますよ」
塚本「聞こえるように言ってんだよ」
岡本「ハローワークに無職が集うのは当たり前でしょう」
塚本「そうか、そりゃそうだよな、岡本さんに一本取られたよ」
岡本「やめて下さいよ、そういう冗談」
塚本「ばーか、お役人のギャグなんて、こんな感じなんだよ」
  求職票を書き終えた和美がベンチに戻ってくる。
金砺「(和美に)わかんないことあったら、なんでも聞いてね」
和美「どうもありがとうございます」
岡本「塚本さん、やっぱり、公務員にあんまりいないタイプの人ですよね」
塚本「そりゃ、俺に辞めろって、遠回しに言ってんのか?」
篠原「問題発言だな」
岡本「とんでもないですよ」
塚本「おまえ、俺にそっち側に回れって言ってんのか?」
岡本「やだな、塚本さん、今日はやけに絡むな…」
塚本「どーもなあ…月曜日の昼下がりに無職の人間を多量に見ると、気分がこうドーンってなるんだよ」
岡本「聞こえますよ」
塚本「聞こえるように言ってるんだよ」
金砺「あいかわらず、ひどい言われようだな」
岡本「塚本さん、たまたま塚本さんとこに、働く意志のないくせにここにやって来る者が、いっぱい当たっただけですよ」
塚本「だといいがな。午後には働く意志のある奴に丁寧に職を紹介してやりたいよ、俺は…」
  と、やって来る金砺。
金砺「塚本さん…いつもいつもすまないね…」
塚本「なんだよ」
  と、吉久が入って来て、金砺が座っていたところに座る。
  宇佐美の隣である。
金砺「はい、これ、失業保険ちょうだい」
塚本「失業保険っていうのはねえ…職がなくなって、次の職を探すまでの生活の補助のために支給されるものなんだよ」
金砺「知ってますよ、何度ももらってるから」
塚本「職は探してるんだな」
金砺「探してますよ、信じてくださいよ」
塚本「本当か?」
金砺「本当ですよ」
塚本「絶対か?」
金砺「絶対ですよ、信じて下さいよ」
塚本「ま、俺、個人が払うわけじゃないから、ハンコぐらい、押してやってもいいんだけどね」
金砺「押して下さいよ」
塚本「押さない」
金砺「どうしてですか?」
塚本「今、お昼休みだから」
金砺「そんな」
塚本「あと、五分しないと仕事しないの、俺」
  金砺、しかたなく戻ろうとするが、場所がなく、そのままいる。
  と、やって来る吉田。
  吉田の途中でツボルが入ってくる。
吉田「塚本さん」
塚本「吉田君」
吉田「今年、冬物、どうします?」
塚本「冬物って、まだ夏も来てないだろう」
吉田「なに言ってんですか、塚本さん。なんでもね、早め、早めなんですよ。冬が来てから、冬物の事を考えて、どうするんですか。ねえ、また共同購入しましょうよ…絶対、絶対その方がいいですよ」
  と、わけのわからないカタログを広げて。
吉田「これ、見て下さいよ。これ、今なら、これが付いて、二人で二千五百円もお得なんですよ。(と、岡本を見て)岡本君、君もどうかね」
岡本「いいですよ、僕は」
吉田「そんな事言わないで」
岡本「いいですよ」
吉田「てめえ、岡本、そんな事言ってんとな、俺はあれだぞ、この前の『ウーロンハイで酔っ払って、ナンパしようとして大失敗作戦』、あの事、全部バラしちゃうぞ」
岡本「別にいいですよ」
吉田「お、開き直ったか。おまえに開き直られるとな、俺は黙って引き下がるだけだぞ…じゃあ、塚本さん、考えといて下さいよ。もう仕事始まっちゃうから…ね」
  と、去ろうとする。
篠原「吉田君、私は誘ってくれないの?」
吉田「大金持ちには関係ない話ですよ」
篠原「なに、それ」
吉田「また当たったんでしょ? ド岡本と」
篠原「あのおしゃべりが…」
吉田「じゃ、岡本ちゃん、また行こうね、飲みに」
岡本「はい…内線で連絡下さい」
吉田「秘密の飲み会ね」
  と、去る吉田。
塚本「二千五百円で必死だな」
岡本「二千五百円は不倫の費用なんですかね」
塚本「それ以上言うと、お役人にあるまじき発言になるよ」
岡本「はいはい」
篠原「なんだ、結構有名な話なんだ、それって」
岡本「ひどい話ですよね」
篠原「まあね…二千五百円ケチる男に捨てられた女の送別会が三千円か…」
岡本「送別会やるんですか?」
篠原「みたいよ、あとで会費集めに来るから」
岡本「出たくないな、そんなの」
  ツボル、宇佐美の隣、吉久とは反対側に座る。
宇佐美「(吉久に)職探し?」
吉久「ええ…」
宇佐美「見つかりそう?」
吉久「(塚本達のいるカウンターを示して)まだ、わかんないですけど…」
宇佐美「いい体格してるね」
吉久「自衛隊ですか?」
宇佐美「そう」
吉久「本当にいるんですね、自衛隊の勧誘って」
宇佐美「不景気だからねえ…」
吉久「そうですね」
宇佐美「職、ないよ」
吉久「……」
宇佐美「あってもね、条件悪いよ、本当だから…俺、毎日ここにいるんだから、間違いないよ」
三田村「そうなんだ…」
宇佐美「…不況が続くとね、何が起きるか知ってる?」
三田村「失業ですか…」
宇佐美「失業が起きて…どうなる?」
  金砺が向こうの方から、まるで当てられて答えられない生徒に協力してやる奴のように。
金砺「戦争…」
宇佐美「起きるよ、もうすぐ…」
吉久「本当ですか?」
宇佐美「そうなったら、もう自衛隊の天下よ」
篠原「岡本君、このお茶熱い!」
岡本「熱いって言ったでしょ」
篠原「聞いてないよ~」
岡本「いいましたよ」
篠原「うそぴょん」
岡本「なんですか、それは?」
篠原「お役人ギャグ」
塚本「(全然笑わずに)今、すごい笑っちゃった」
篠原「でしょ?」
岡本「楽しそうですね…みなさん…」
三田村「だって、戦争起こったら、戦争行かなきゃなんないじゃないですか、自衛隊入ってたら…」
宇佐美「…と、思うでしょ。でもね、(ここでフッと笑って)そう思うよな、普通は」
金砺「戦争始まったら、民間人を徴集して、兵隊に仕立てて、送り込みゃいいんだから…」
坪井「なるほどねえ…」
  坪井と金砺はサクラの役割を果たしている。
宇佐美「自衛隊、自衛隊ってバカにしてるけどね、戦争始まりゃ、軍隊になるんだから、軍隊っていったら、戦争のプロでしょ、戦場の一番前行って、撃ち合いして、死んで行ったら、後にはわけのわからない素人の集団しか残らないでしょ。そしたら、なにも出来なくて全滅よ。全滅しないためには、どうすればいい?」
  坪井、手を挙げる。
坪井「はい」
宇佐美「(指名して)はい」
坪井「戦争のプロは最後まで生かしておく、そのために、民間人を徴集する」
宇佐美「そのとおり。生き残りたければ、自衛隊に来なさい、悪い事は言わないから…生き残りたくなければ、そっちのカウンターで、なんか条件の悪い仕事でも、紹介してもらえば…」
三田村「そ、そんな事言われたら…」
宇佐美「じゃ、また。戦争が始まったら、また会う事になるよ…必ず。あんたたちがどこにいてもね…」
塚本「おーい、宇佐美」
宇佐美「はあい」
塚本「ここで商売すんなって言ってんだろ、出てけ。表でやる分には文句は言わねえよ」
宇佐美「そんな、邪険にしないで下さいよ…同じ国家の犬じゃないですか」
岡本「やめて下さい、その言い方」
宇佐美「なんか兄弟で、お前のかーちゃン出べそって言ってるみたいだな」
岡本「俺って、国家の犬だったのか…」
  と、宇佐美、隣のツボルにいきなり話を振る。
宇佐美「ねえ…」
ツボル「はい」
宇佐美「なにげに聞いてたでしょ、今の俺の話…」
ツボル「ええ…まあ」
宇佐美「どーするの? 戦争だよ、戦争」
ツボル「どーしましょうかね」
宇佐美「なに人ごとみたいなこと言ってんの…ああ、わかった、コンピューターゲームとか好きでしょ。多いんだよね、ああいうので育って来てると、人が死ぬって事が実感できないんだよ。うん…」
ツボル「そんな事ないですよ」
宇佐美「いや、そうだ」
ツボル「そうですかね」
宇佐美「そうだよ」
ツボル「そうかなあ…」
宇佐美「そうだよ」
ツボル「そうか…」
坪井「なんでそこで、押しきられちゃうんだよ」
宇佐美「ちょっと、あんた、大丈夫かよ、なんか、優柔不断だぞ」
ツボル「いや、僕はあれですよ」
宇佐美「なに」
ツボル「優柔不断じゃないと思いますよ」
宇佐美「だめだよ」
ツボル「え?」
宇佐美「だめだ」
ツボル「はあ」
宇佐美「だめだよ、それじゃあ」
ツボル「なんで、だめなんですか?」
宇佐美「だめだよ、それじゃ、な、だめだろ」
ツボル「ええ…」
宇佐美「だめだよな、だめだよ、だめだろ」
ツボル「だめですかね…」
宇佐美「それはもう、例えば自衛隊とかに入って、叩き直してもらわないと、治らないものだよ」
ツボル「どうしてですか?」
宇佐美「だって、(岡本を指差して)だめだろ」
ツボル「だめかなあ…」
宇佐美「もう、自衛隊だよ」
ツボル「そうなんだ」
宇佐美「そうだろ、誰がどう考えても…」
ツボル「でもなあ」
宇佐美「自衛隊行ってビシッっとしたほうがいいよ」
ツボル「考えてもみなかったなあ…」
金砺「(宇佐美に)こいつ、落ちそうで、落ちないよ、きっと」
宇佐美「なんで?」
金砺「のらりくらり、最終的に逃げられちゃうよ」
宇佐美「そうかな」
金砺「そうだよ」
ツボル「そうなんですか」
金砺「あんたの話をしてんだよ」
岡本「塚本さん、最近お弁当じゃないんですね」
塚本「え?」
岡本「ほら、、いつもは愛妻弁当だったじゃないですか」
塚本「俺とラーメン食うのが嫌だったら、そう言ってくれて構わないんだよ」
岡本「(びびって)いや、そういうわけじゃないんですよ」
  と、帰って来る平林。
  坪井にコーヒーを渡す。
平林「はい…」
坪井「おお…」
平林「これで良かったでしょ」
坪井「ああ、これだよ、これ」
  と、飲む坪井。
平林「探して遠くまで行っちゃった…」
塚本「もう、手料理にも飽きたよ」
岡本「そんな、贅沢な…」
塚本「お前も結婚してみりゃわかるよ」
岡本「そりゃあねえ…僕だって、できるものなら(結婚したい)…」
塚本「あのラーメン屋にも飽きたけどな…全メニュー食ったけど、どれもこれもイマイチだよな」
岡本「昼時でも、いつも楽勝ですいてますからね」
塚本「なあ、ラーメンの大盛りって、いつから駄目になったんだよ」
岡本「先月…くらいかな…」
塚本「なんで? やっぱあれかな、麺が足りないからかな…麺不足?」
岡本「麺っていうか、小麦が足りなくなってるみたいですよ。パン屋だって、最近限定販売になっちゃったし…」
塚本「米もねえ、麺もねえ、パンもねえじゃあ、なに食って生きてきゃいいんだよ、俺達は…」
  と、やって来る洋子。
  篠原、今までにないような笑顔と態度で洋子を迎える。
篠原「あ、こんにちは? どうも、ごぶさたしてます…塚本さん…奥様がおみえに…」
塚本「おお…なんだよ」
洋子「ごめんなさい、遅れちゃって…もうお昼、食べちゃった?」
塚本「食ったよ」
洋子「お弁当、持ってきたんだけど…」
塚本「遅いよ。今日、お前が弁当持って来るって言うから、俺は十二時十五分まで待ってたんだぞ…これがお前、どういう事か分かってんのか?」
洋子「すみません…」
塚本「俺はな、毎日決まった時間にメシを食わないと、リズムが狂うんだよ…毎日、毎日、きちっ、きちっと暮らして行きたいんだよ」
洋子「わかってます」
塚本「なにやってたんだよ」
洋子「今お米って、並んで整理券取ってからじゃないと買えないのよ。すごい列で」
塚本「遅れたのか?」
洋子「私は十二時までには絶対届けようと思ったんだけど…」
  と、ここで始業のチャイムが鳴る。
岡本「さあ…お仕事、お仕事」
塚本「(洋子に)もういいから、帰れよ」
洋子「お弁当は?」
塚本「もう食えねえよ…」
洋子「三時のおやつの時にでも…」
塚本「三時は、お茶だよ」
洋子「お茶の時にでも…おなかがすいたりしたら…」
塚本「そんな時に間食したら、体のリズムが狂うだろう?」
洋子「すみません…帰ります…今日は何時に帰る?」
塚本「いつもと同じ時間だよ」
洋子「はい、ごめんなさい…(篠原達に)お邪魔しました」
篠原「(そのやり取りをまったく聞いていなかったかのように明るく)またいらしてください」
 と、出て行く洋子。
塚本「さあ、さあ、仕事でもすっかな」
  と、塚本、金砺の失業保険給付の手続きをしてやる。
岡本「早く五時になんないかな」
篠原「私、月曜の午後が一番嫌いよ、一週間の中で」
岡本「そうかな…僕は日曜日の夜寝る前が一番やですね…眠れないもん…睡眠薬飲まないと…」
篠原「睡眠薬飲んでんの?」
岡本「ええ…」
篠原「飲み過ぎないでね…」
岡本「当たり前じゃないですか…そんなの…」
金砺「(塚本に)どうも…」
  職安の業務が始まる。
  篠原の前へ、坪井が行く。
篠原「どういった職をお探しですか?」
坪井「どんなのがあるの?」
篠原「いえ、いろいろありますけど…」
坪井「なかなか俺に合うのがなくってさあ…」
篠原「今までは、どんな…」
坪井「いろいろやったけど、どれもこれも長続きしなくってさあ…」
  和美が塚本の所に行く。
  塚本、和美の書類を一瞥して。
塚本「あ、これ、記入漏れ。枠の中は全部書く」
和美「はい」
坪井「(篠原に)希望って言っていいの?」
篠原「そうですね、できるだけ、具体的にあると、こちらも御紹介しやすいんですけど…」
坪井「そうだな…楽で、休みが多くて、給料がいいやつ」
  と、平林が寄ってきて。
平林「すいません、冗談なんですよ」
篠原「あ…はい…」
坪井「冗談じゃねえよ。俺、そういう仕事じゃないと、長続きしねえんだよ」
平林「そんな仕事があるわけないでしょ…今度こそ、まじめになるって約束したじゃない…」
坪井「だから、今日は朝早く起きて、ここに来たじゃねえかよ」
平林「もうお昼過ぎなのよ」
坪井「俺にとっちゃ、朝なんだよ」
平林「全然変わってないじゃない、前と…どうして、心入れ変えるって言ったじゃない…またウソだったの?」
坪井「ウソじゃねえよ」
平林「だったらなんなの?」
坪井「うるせえよ、バカ」
平林「(もう泣きそうに)もうやだ…」
篠原「(平然と)まだ話し合いが足りないようですね、お二人の…」
平林「(篠原に)すみません…(坪井に)ちょっと…」
坪井「なにがちょっとなんだよ」
平林「話をしよう、ちゃんと…」
坪井「うるせえんだよ」
平林「ほら、ここでそんな事言うと、他の人にも迷惑がかかるじゃない…迷惑かけるのは、私だけにして…ね、早く(外に行きましょう)」
  坪井、しぶしぶ立ち上がり、平林と一緒に、出ていく。
  きくりんが入って来る。
金砺「どうしようもないね、あいつも」
篠原「人のこと言えんのか? おい」
金砺「(驚いたふりをして)あら、お叱りを受けちゃったよ」
  と、塚本のカウンターにつく吉久。
塚本「(一瞥して)いい体してるね」
吉久「(一礼して)どうも」
塚本「自衛隊に行ったら?」
吉久「は?」
岡本「塚本さん」
宇佐美「それがいいよ、これからね、戦争になるよ」
塚本「冗談はさておき…」
宇佐美「冗談で言ってないからね、俺は」
塚本「何やってたの、前は?」
  と、書類を見る。
塚本「ボディガード?」
吉久「ええ…」
塚本「変わった仕事ですねえ…なんで辞めたの?」
吉久「それ、言わなきゃなんないんですか?」
塚本「まあね、同じような原因でまた次の仕事を辞める事にならないようにね…」
吉久「それはないと思いますが…」
塚本「なんで辞めたの?」
吉久「それ、どうしても言わなきゃなんないんですか?」
塚本「さしつかえなければね」
吉久「御存じかもしれませんけど…」
塚本「なにが?」
吉久「任務が遂行できなかったんですよ」
塚本「どういう事?」
吉久「ボディガードの任務が遂行出来なかったんですよ」
  一瞬の間。
  皆が一斉に聞き耳を立てる。
吉久「体でかばったんですけど、(自分の左肩に指を当て)ここと、(自分の左股に指を当て)ここと、(左目の上を示し)ここに命中して…」
金砺「それって、あの社会党のあの人なんじゃないの?」
吉久「そうです…」
塚本「一か月くらい前の…」
吉久「そうです、あれは自分らのミスです」
塚本「で、次もやっぱりそんな感じの職に就きたいわけですか?」
きくりん「あ、じゃあ、ちょうどいいや、うち来ない? 今、倉庫番探してるんだけど」
吉久「倉庫番ですか?」
きくりん「そう」
塚本「ちょっと待てよ、あんたら、勝手に話まとめて行くなよ。ここは職安なんだから、サロンじゃないんだからな。求人と求職の登録をして、それから我々が斡旋するから」
金砺「いいじゃないの、求人してる人と、職を求める人で直に話し合った方が全然早いじゃない」
塚本「じゃ、口頭でもいいよ、なんの仕事なの?」
きくりん「だから、倉庫番だって」
  三田村が手を上げて。
三田村「じゃあ、それ、僕も…」
きくりん「(見て)君じゃあ、無理だな、いざって時に…」
三田村「いざって時?」
塚本「たかだか倉庫番に、こんなにごっつい男がいるの?」
きくりん「最近、ほら、物騒だからね」
塚本「その倉庫って、なに入れてんの?」
きくりん「(当然のように)荷物ですよ」
塚本「襲われて、盗まれるような物を入れてるんだろう?」
宇佐美「なに隠してんだ?」
金砺「おおかた、米とか、麦とかだろう…最近、一番価値のあるもんだからな」
塚本「ちょっと待て、あんた、闇米屋か?」
きくりん「やめて下さいよ、そんな」
塚本「でなきゃ、なんでこんな職のない時代に、倉庫番なんて誰にでもできるような仕事に、元ボディガードが必要なんだよ」
きくりん「ただ、今、ここの話を立ち聞きしてたら、そういう事だからって、私は言ったまでで…」
金砺「間違いないな、闇米屋だ」
きくりん「(開き直った)待って下さいよ、なんか証拠でもあるんですか?」
吉久「やりますよ、自分でよければ」
きくりん「(他の連中に)だってよ」
金砺「いいな、晴れて闇米屋に就職かよ」
吉久「自分がちゃんと、体張って、なにかを守る事をもう一度やってみないと、このままじゃ、自分がだめになるって感じがするんですよ」
きくりん「じゃ、何の問題もないわね。(吉久に)行こうか…」
吉久「はい…よろしくお願いします」
きくりん「こちらこそ…」
  と、出ていく二人。
  一礼して、篠原の前のカウンターに座る三田村。
三田村「あの…三田村って言います」
篠原「(椅子を勧めて)どうぞ…」
三田村「これが職歴です…」
篠原「はい(と、見る)…」
三田村「今まで、十一社変わってきまして…」
篠原「多いですね、何か問題が…」
三田村「いや、僕が悪いんじゃなくって、会社の方が…」
篠原「よくありませんね、責任転嫁は…」
三田村「いや、会社の方がですね…なくなっていくっていうか…」
篠原「なくなる?」
三田村「潰れてるんですよ、不思議と…」
篠原「行く先々?」
三田村「そうです」
篠原「十一社も?」
三田村「そうです」
篠原「なんでそんな事になるんですか?」
三田村「僕に聞かれてもですね…」
篠原「十一社…偶然の産物じゃないなあ…」
三田村「いや、僕が潰したんじゃなくってですね…会社の方が…」
篠原「二、三社なら、まあ、この不況の時期、確かにそういった事があっても、おかしくはありませんが…十一社…十一社…十一…」
三田村「僕はいつも働く意志があるんですけど…」
篠原「でも、この職歴と退職理由を聞いたら、どんな会社だって、きっと嫌がりますよ」
三田村「そんな、僕が就職したら、会社が潰れるみたいな言い方はやめて下さいよ。働く意志は人一倍強いんですから…」
  と、その隣で、和美が岡本に求職票を差し出している。
岡本「全部会社が潰れてるんですか?」
三田村「(岡本に)僕のせいじゃありませんって!」
岡本「え…あ、いや」
和美「ええ…全部なんです…不思議でしょう?」
岡本「(和美に)二十一社、全部ですか?」
和美「ええ…行く先々、次々と…」
篠原「(三田村に)上手がいましたね…」
三田村「はあ…(和美に)…大変でしたでしょ、気持ちの整理とか…」
和美「ええ…でも、まあ、気の持ちようですから」
三田村「そうなんですか? 気の持ちようで、何とかなるもんなんですか?」
和美「私も、十一、二社くらい潰れた頃が、一番落ち込みましたけどね…」
三田村「やっぱりそうですか…同じですよね…僕も、今ですね」
和美「自殺、考えましたからね、実際」
三田村「いや、僕は自殺までは…」
和美「真剣に考えてましたから、私は…」
三田村「いや、僕も真剣に考えてはいますけどね…真剣に考えるのと自殺っていうのとはちょっとまた、違う…」
和美「でも、それ越えちゃったら、もう、あとはどおって事ないですよ」
三田村「そうですか」
和美「大丈夫、頑張って下さい」
岡本「頑張って、会社潰さないでくださいよ」
三田村「いや、僕は別に、会社潰すのが目的で、生きてるわけじゃありませんからね、言っときますけど」
和美「大丈夫ですよ、慣れちゃえば…」
三田村「慣れるのもやだな、そんなのに…」
和美「会社なんて、潰れていくもんだと思えばいいんですよ…形ある物は、いずれ滅びるんですから…なにもかも」
篠原「(岡本に)さすが、二十一社、言うことが違うわね」
和美「別に、私が何かしたわけじゃないですよ」
篠原「でもまあ、働く意志はあるみたいだから…」
  と、書類と幾つか取り出して渡す。
篠原「じゃ、この中から、選んで決まりましたら、またいらして下さい」
三田村「はい……」
岡本「(も、またファイルを渡して)じゃこの中から…」
  と、受け取る和美。三田村、そのファイルをパラパラとめくっっていたが。
三田村「こんだけ、なんですか?」
篠原「そうです」
三田村「この中から選ばなきゃなんないんですか?」
篠原「そうです」
三田村「今、職はこの五つしかないんですか?」
篠原「そうですよ」
三田村「ここの五つしか紹介してもらえないんですか?」
岡本「午前中は、七つあったんですけどねえ…」
篠原「嫌ならいいんですよ」
  と、篠原、ファイルを三田村からもぎ取ろうとする。
三田村「あ、いや、ちょっと待って下さいよ、見せて下さいよ」
  ファイルを取り戻す。
三田村「(また自分のファイルをめくって)まいったなあ…五つかよ」
和美「ちょっと(向こうのベンチで読んで)いいですか?」
岡本「どうぞ、ごゆっくり…」
和美「じゃ…」
  と、立ち上がってベンチの方に行く。
三田村「じゃ、僕も…」
  と、立ち上がりベンチに向かう。
篠原「どうぞ、ごゆっくり…でも早く決めないと、五つが四つになって、四つが三つになって…」
三田村「焦らせないで下さいよ、(と、ベンチに向かいながら)やなこと言う人だなあ」
  と、ツボルがようやく重い腰を上げた。
  そして、岡本の所に座ろうとする。
塚本「こっち」
ツボル「は?」
塚本「こっち(に座んなさい)」
ツボル「いや、僕はここに…」
  と、岡本の方に座る。
塚本「こっちがさっきっから空いてるんだから、こっちに来なさい」
ツボル「いや、僕はここの方が…」
塚本「どうして?」
ツボル「だって、なんか(塚本が)怖そうだから」
塚本「なに?」
ツボル「なんか怒られそうだし…」
塚本「怒りゃしないよ」
ツボル「本当ですか?」
塚本「本当だよ」
ツボル「怒られるの、やなんですよ」
塚本「そりゃ、誰だって嫌だよ」
ツボル「じゃ、よろしくお願いします」
  と、来所してくる人々に混じってやってくる洋子。
  求職票を書く。
塚本「(ツボルに)自衛隊に行ったら?」
ツボル「え?」
宇佐美「冗談で言ってないからね」
  篠原、洋子に気づいた。
篠原「忘れもんですか?」
洋子「いえ…」
ツボル「(塚本に)自衛隊って、今、どうなんですか?」
宇佐美「もうぴゃーっと、上り坂よ」
塚本「なんだ?」
篠原「塚本さん…奥様が…」
塚本「(と、見て)なにしてんだ、おまえ…」
洋子「ああ…」
塚本「『ああ』じゃないよ、お前なにやってんだよ、そんな所で…」
洋子「ちょっと、求人を見に…」
塚本「なんで?」
洋子「そりゃ、働くために決まってるでしょ」
塚本「なんで…」
洋子「少し働こうかなって思って…パートとか…」
篠原「パートなら、今、結構ありますよ」
  と、篠原、分厚いファイルをドン! と、カウンターの上に出して見せる。
洋子「本当ですか?」
篠原「ええ…今なら…」
塚本「ちょっと待て、ちょっとまてい! そこで話を進めるな、(洋子に)いいか、お前は求職票を書いてこっちに来い」
洋子「はあい…」
三田村「正社員が五件しかなくって、パートがあんなにあるんですか?」
篠原「正社員にして、ボーナスだのなんだの払う余裕が企業になくなってきてるんですよ」
塚本「ああ…もういい、求職票書かなくてもいいから、こっち来て座れ」
ツボル「え? 僕は?」
塚本「(岡本の所を示して)こっちへ移動」
ツボル「え?」
塚本「こっちに行きたかったんだろう?」
ツボル「え、でも…」
塚本「行っていいよ」
ツボル「だってえ…」
塚本「こっちに行かないと怒るぞ…怒られるの、嫌なんだろう」
ツボル「(しかたなく)はい…」
  ツボル、岡本の前に。
  洋子、塚本の前に。
和美「すいません、そっちも見せてもらえますか?」
篠原「どうぞ」
  と、和美、ファイルを取りに行く。
宇佐美「自衛隊行って、体鍛えれば、今、やり返せたぞ」
  その言葉に思わず振り向くツボル。
  宇佐美、微笑んでやる。
塚本「(あらたまって)で、どういう職をお探しで?」
洋子「(あらたまるのは)ちょっと、やめてよ」
塚本「(怒ってる)……」
洋子「怒ってるの?」
  塚本、うなづく。
  と、三田村が篠原の所にやって来て。
三田村「本当に、この五件なんですか?」
篠原「(明るく)そうなんですよ…ありませんか?いいの?」
三田村「いいも悪いも…五件じゃ…」
洋子「怒ってるの?」
塚本「……」
三田村「ひと通り、二十回くらい読んだんですけど、年齢制限とかに引っかかっちゃって…」
篠原「年齢制限とかありましたっけ?」
三田村「五十五才以上の住み込みのビル警備員とか…夫婦で住み込みのパチンコ屋とか…そんなんばっかですからね…」
篠原「不況ですからね…」
三田村「できそうなのは、このひとつだけなんですけど…」
篠原「じゃ、それにしますか…」
三田村「でも、仕事が、各種イベントプランニングなんですよ…」
篠原「はあ…」
三田村「この不況の時期に、各種イベントプランニングですよ。なんか、今にも潰れそうじゃないですか…」
篠原「じゃ、やめますか?」
三田村「いえ…ちょっと、まだ少し考えてみます…」
  と、ベンチに戻る。
洋子「来月から、また公共料金が上がるのよ…知ってる?」
塚本「なんかで読んだよ…」
洋子「五割もよ…」
塚本「なんでそんなに上がるんだよ…」
洋子「私に聞いてもわからないわよ…不況だからでしょ…」
岡本「(ツボルに)で、自衛隊がいいの?」
ツボル「ええ…なんか、どこ行っても、状況は同じみたいだし…」
岡本「じゃ、紹介しましょうか? (と、宇佐美に)すいません」
宇佐美「あい」
岡本「お一人様」
宇佐美「まいど」
岡本「じゃ、頑張って」
ツボル「え? 今のが紹介なんですか?」
岡本「そうですよ」
  宇佐美、ツボルの所に行く。
  と、早貴がギターのケース持って入って来て、求職票を書く。
宇佐美「(ツボルに)ハンコ、今持ってる?」
ツボル「ええ」
宇佐美「身分証明、ある?」
ツボル「免許証で(いいですか?)」
宇佐美「充分。足のサイズは?」
ツボル「二十六です」
宇佐美「(ツボルを上から下までなめるように見て)服はLだな」
ツボル「はあ…」
宇佐美「じゃあ、行こうか」
ツボル「え? もうですか?」
宇佐美「今からすぐ行きゃ、夕方には不動産屋に行けるよ」
ツボル「なんで不動産屋に行くんですか?」
宇佐美「(求職票を見て)自宅じゃないだろ」
ツボル「ええ」
宇佐美「アパート? マンション?」
ツボル「アパートです」
宇佐美「引き払う手続きがいるでしょ」
ツボル「なんで?」
宇佐美「食事付きの部屋が支給されるから」
ツボル「ちょっと待って下さいよ…一度そこに入ったら、逃げらんないとかじゃないでしょうね」
宇佐美「人聞きの悪い…自衛隊はそんな事はしませんよっと…住み込みで戦争すると思ってもらえば、平気でしょ」
ツボル「どうして、それで平気なんですか?」
宇佐美「さ、行こうか、急がないと不動産屋がさ…」
ツボル「え、待って下さいよ…」
宇佐美「ほら、行くぞ」
ツボル「はあ…」
宇佐美「ほら、早く…」
ツボル「はい…」
宇佐美「(金砺に)じゃ、またね」
金砺「じゃね…また(麻雀)やろうね」
  宇佐美、ツボル、去る。
和美「(三田村に)パートなら、ほら、一杯ありますよ」
三田村「本当ですね」
和美「パートで働いてみたらどうですか? そっちにあんまり良いのがないんだったら…」
三田村「そんな、俺、三十前で、パートで働くなんて情けない事、できませんよ。それじゃ、ただのフリーターじゃないですか」
和美「フリーターじゃ、駄目なの?」
三田村「駄目でしょ…だいの大人が…そんな…」
和美「しっかりしてらっしゃるんですね」
三田村「え…いや…そんな事もないですけど…」
  と、早貴が岡本の前に行き、求職票を差し出した。
早貴「よろしくお願いしま~す」
岡本「はい(と、求職票を読む)」
早貴「なんか、わくわくするなあ…」
  岡本、なんだか嬉しそうな早貴を一瞥して。
岡本「こういうとこ、初めて?」
早貴「ええ…カタギじゃない生活が長かったもので…」
岡本「ヤクザだったんですか?」
早貴「フリーターです。(自慢気)今まで一度もきちんと働いた事はありませんよ」
岡本「どうして、今回就職する気になったの?」
早貴「アルバイトがみんな首切られて、フリーターの生活もままならなくなって来たんですよ…」
岡本「不況ですからね…」
和美「(それを聞いていて)フリーターのみなさんも就職するようになっちゃったら、職がなくなるのも当たり前か…」
三田村「そうか…正社員はおろか、もしかしたら、俺、フリーターにもなれないかもしれないのか…」
洋子「(塚本に)今日は何時に帰る?」
塚本「いつもと同じ時間だよ」
洋子「無理よ」
塚本「どうして、俺はな、毎日きちっ、きちっ、とだな…」
洋子「そこの地下鉄の駅、燃やされたのよ」
塚本「なんで?」
洋子「午前中、ずっとサイレンが鳴ってたでしょ」
金砺「あ、そうだ…燃えたらしいね、駅」
洋子「燃えちゃったのよ、地下鉄の駅」
塚本「なんでそんな事件が起こってるのに…(考えて)あのラーメン屋は、『笑っていいとも』をやってたんだ?」
洋子「十二時から十五分くらい、特番やってたのよ」
塚本「十二時十五分だろ! 俺はお前の弁当を待ってここにいたよ…なんで、地下鉄の駅が燃えるんだ?」
金砺「テロかね」
洋子「不況だからじゃないの」
塚本「ちょっと待てよ、おい、どおなっていくんだよ、どおすりゃいんだよ、俺達は…」
岡本「しょうがないですね…最寄りのJRまで歩くしかないんじゃないですか」
塚本「岡本君、俺はそういう事を心配してるんじゃないんだよ」
洋子「私、働くね…私になにかできる事ある?」
岡本「(早貴)フリーター、長かったんでしょ」
早貴「ええ…」
岡本「正社員できる?」
早貴「それなんですよ、問題は…私はできると思うんですけど、周りが、なんかやめとけって…」
塚本「今日、人が少ないと思ったよ…」
洋子「そうなの?」
塚本「駅が燃えてるんだろ…」
  と、帰って来る坪井と平林。
金砺「終わったの? 話し合いは?」
坪井「まあね…もう、やんなっちゃうよ…」
  と、言いながら、坪井は金砺の隣に座る。
  平林は篠原の前へ。
金砺「なにが?」
坪井「生きて行くって事がさ…」
金砺「まあなあ…人間そう簡単には死ねないからなあ」
坪井「本当、そうだよね」
塚本「お前、それをわざわざ言いに来たのかよ」
洋子「それって?」
塚本「地下鉄の駅が燃えたって事だよ」
洋子「そういうわけじゃないけど」
塚本「それで、俺の帰る時間がズレるんで、うれしいんだろ」
洋子「なんで、そんな事がうれしいのよ」
塚本「わ岡本ねえよ、お前が考える事なんてよ」
洋子「でもね」
塚本「なんだよ」
洋子「あなたの思い通りにならない事だって、世の中、一杯あるのよ」
塚本「わかってるよ、そんな事、ガキじゃあるめえし」
洋子「うそ」
塚本「なにがうそなんだよ」
洋子「私、仕事したいの…わかる? 私も、自分の生活費くらい稼いで、あなたと対等にならないと、ろくに意見も聞いてもらえないじゃない」
塚本「意見って、なんだよ。言いたい事あるなら言えよ」
洋子「もうお米が買えないとか」
塚本「それがお前の意見か」
洋子「大事な事でしょ」
塚本「誰が大事じゃないって言ったよ、俺だって、そんな事なら分かってるよ。裏のラーメン屋でなあ、大盛りができなくなってるんだよ、世の中、麺不足でな…」
洋子「地下鉄の駅が燃えてるのよ…」
塚本「それが俺と何の関係があるんだよ」
洋子「関係あるでしょ」
塚本「どう関係あるんだよ」
洋子「だって、あなた、今日、いつもの時間に『ただいま』って、言えないのよ」
塚本「そんな事はな…そんな事は、些細な事じゃないか」
洋子「あなたはいつも、それが重要だって言ってたじゃない」
塚本「だいたいな、俺は家に帰って『ただいま』なんて言わないだろう」
洋子「そうね、そうよね、何も言わないもんね、家に帰ると」
平林「あの、どういった職があるんでしょうか?」
篠原「どなたの職をお探しですか?」
平林「(坪井を示し)…なんですけど」
篠原「どうして、御自分でいらっしゃらないんですか?」
平林「なんて言うか、人と話すのが苦手なタイプなんですよ」
篠原「失礼とは思いますけど、(坪井を示し)働くのに向いてらっしゃらないんじゃないですか?」
平林「……ええ…でも、本当はいい人なんですよ」
篠原「考え直された方が…」
平林「でも、このままじゃ、あの人が駄目になってしまうんじゃないかって」
篠原「今でも、じゅうぶん駄目だと思いますよ」
平林「…それも、わかっているんですけど…」
  と、坪井がやって来て。
坪井「いつまでも何やってんだよ、お前が食わしてくれりゃ、それで済むんだろうがよ、早い話が…納得したか!」
平林「だから、言ってるでしょ、私がどんなに頑張っても、今以上の収入は無理なんだって…あなたの遊ぶお金まではとても…」
坪井「それはお前、俺がなんとかするって言ってんだろ、バカヤロウ」
平林「なんとかするって、どうせ真紀子さんから借りたりするんでしょう?」
坪井「違うよ、バカヤロウ」
平林「じゃあ、どうするつもりなの?」
坪井「いいだろ」
平林「やっぱりそうなんでしょ、真紀子さんの家にはもう行かないでよ、お願いだから…」
坪井「しつけーよ」
篠原「…まだ、お話し合いが足りないようですね、お二人の…」
平林「私、がんばるから…」
坪井「おお、がんばれよ…」
平林「だからね…」
坪井「おめえに、もう少しかいしょがあれば、丸く収まるんだからよ」
金砺「言いたい放題だな」
篠原「また、いらして下さい」
  平林、しかたなく一礼して立ち上がる。
坪井「もう、お前、帰れ」
平林「あなたは?」
坪井「(金砺を示し)ちょっと、おっさんと遊んで帰るよ、な」
金砺「お、遊んでくれんの?」
坪井「友達じゃん」
平林「遅くなる?」
坪井「わかんねえよ」
金砺「(平林に)お借りします」
平林「鍵、持って来た?」
坪井「持ってねえよ」
平林「持ってく?」
坪井「いいよ、俺すぐなくしちゃうから」
平林「じゃ、玄関あけとくから」
坪井「締めとけよ、あぶねえだろ…お前になんかあったらどうするんだよ」
平林「(うれしい)心配してくれてるんだ」
坪井「鍵ちゃんと掛けとけよ」
平林「でも、じゃあ、帰って来た時、どうするの?」
坪井「起きて待ってりゃいいじゃねえかよ」
金砺「(坪井に)お前が鍵を持ってりゃいいんじゃねえか?」
坪井「おっさんよ、これは家庭の問題なんだからよ」
金砺「お、わりい、わりい」
平林「じゃ、待ってるからね」
坪井「おお」
平林「あんまり、無茶しないでね」
坪井「あ」
平林「なに?」
坪井「俺のいない間に、男なんか引っ張り込んだら、ブッ殺すからな」
平林「(驚いて)私がそんな事するわけないでしょ」
坪井「心配して言ってんだよ」
平林「なにを心配してるの?」
坪井「もういいよ、行け」
平林「(金砺に)すいませんが、よろしくお願いします」
金砺「あ~い、またね」
  と、平林、去りかけるが、急に思いついたように財布から、少し金を取り出して、坪井に握らせる。
平林「これ、今日の分ね…」
坪井「お、サンキュー、サンキュー」
平林「じゃ」
  と、平林、去る。
金砺「いい女だねえ…」
坪井「もうぞっこんだからね」
金砺「そんな感じだったな」
坪井「俺がだよ」
金砺「あ、お前がか…」
坪井「もうメロメロよ…」
金砺「本当かよ」
坪井「なんか、俺の最後の女に、なる…かもしれねえよ」
金砺「この前もそんな事言ってなかったか?」
坪井「ああ、これって、俺の口癖だな…」
  と、中西が塚本の所へ求職票を持っていく。
中西「よろしくお願いします…」
塚本「はい…(と、見て)あ、これ、ダメ」
中西「え? すいません、どこですか?」
塚本「演劇やってたとか、書いちゃダメよ」
中西「ああ、そうなんですか?」
塚本「こういう所で、そういう事を書くと、自殺行為だからね」
中西「そうなんですか?」
塚本「不真面目だと思われますよ」
中西「すいません、知らなかったもので」
塚本「ハローワーク初めて?」
中西「ええ…まあ」
塚本「今までは、アルバイトとかで、生活を?」
中西「ええ…」
塚本「どうしてまた、就職する気になったの? お芝居じゃ食えないの?」
中西「いえ、そんな事はないんですけどね…仕事さえ選ばなきゃ…」
塚本「選んだあげくに、就職を決意?」
中西「ええ…まあ…」
塚本「バイトも減ってるでしょ」
中西「もう全然ですね…フロムAとか、デイリー・アンが潰れるなんて、想像もしませんでしたよ」
塚本「だよねえ…」
中西「いよいよ、年貢の納め時ってやつかなって、思いまして…」
塚本「なるほど…わかりました。じゃあ、就職したら、演劇はおやめになるんですね」
中西「ええ…そうですね」
塚本「あの…正直に言って下さいね…」
中西「やめなきゃなんないんでしょうかね、やっぱり…」
塚本「ま、どっちかでしょうね…就職するってのは、野暮な言い方かもしれませんが、歯車の一つになるって事ですからねえ…御存じでしょう?」
中西「え?」
塚本「和をもって、日本と成すんですよ」
中西「はあ…」
塚本「書き直して下さい」
  中西、書き直しに立ち上がる。
三田村「唯一、年齢制限に引っかからずに、各種イベントプランニングじゃないものといったら、これだけなんだけど」
和美「あるんですか?」
三田村「夫婦で住み込みなんですよ」
和美「今、独身でいらっしゃるんですか?」
三田村「ええ…それどころじゃなかったですから、僕の青春は…会社が次々に潰れていくんで、就職して、職場のみなさんと仲良くなったと思ったら、皆の話題は一つなんです」
和美「…」
三田村「『この会社、どうも危ないらしい』」
和美「やっぱりそうですよね…私も、そういうチャンスがなかったわけじゃないですけど…」
三田村「今、お一人なんですか?」
和美「ええ…会社が潰れて、ヤクザみたいな人に履歴書とハンコ取られそうになったり…」
三田村「え? そんな事あるんですか?」
和美「(全然大変そうじゃなく)もう、大変でしたよ…よく言うじゃないですか、あれって本当なんだなっていつも思ってましたよ」
三田村「なんですか?」
和美「さよならだけが人生だって…」
三田村「そんな…そんな悲しい事、言わないで下さいよ…そんな事ありませんよ…」
和美「そうですかねえ…」
三田村「そうですよ…きっとそうですよ、こんにちわだって人生のはずですよ」
和美「そうですかねえ…」
三田村「……ちょっと、気晴らしにでも行きませんか…」
和美「はい?」
三田村「外はもう、やんなるくらいの快晴ですよ…少し、外に出ましょう…明日は明日の風が吹くはずですよ…」
  三田村、和美、カウンターにファイルを返しに行く。
三田村「これ、どうも、また来ます」
篠原「今、五つあったものも、夕方には…」
三田村「十個になってるかもしれないじゃないですか…」
篠原「この不況時に?」
三田村「いつまでも、続きやしませんよ、こんなどん底…(と、和美に)行きましょうか…」
 と、篠原、それを見送って。
篠原「ちぇ!」
岡本「外はやんなるくらいの快晴なんですよね…」
  と、中西が書き直した求職票を塚本の所に持っていく。
  塚本、その求職票に目を通して。
塚本「(中西に)この中から、自分に合って、長続きしそうなやつを探して、見つかったら、またここへ(来なさい)」
  中西、それを受け取って。
中西「はい……」
  と、中西、金砺の側に座る。
岡本「今日はなんか、人が少ないですよね…」
  と、パートのファイルを見ながら、早貴がリリー・マルレーンを口ずさみ始める。
塚本「地下鉄の駅燃やして、なんのメリットがあるっていうんだろうね…」
岡本「職安が、しばし暇になるって事じゃないですかね…」
  と、立ち上がる岡本。
塚本「どこ行くの?」
岡本「トイレ」
塚本「サボリだな…」
岡本「違いますよ…やだなあ…」
篠原「ごゆっくり…」
  と、岡本、去る。
金砺「(中西に)いい職ある?」
中西「駄目ですね」
金砺「金のためだったら、割りとなんでもやっちゃう方?」
中西「ええ…割り切れば…」
金砺「そう…」
中西「あ、でも金額によるって言った方が、いいかもしれませんね…」
金砺「焦げついたのを、取り立ててくれる奴、今、ちょっと探してるんだけど…」
中西「ええ……」
金砺「最近、世の中が、こんなあれだからさあ…多いんだよ、焦げつき」
中西「でしょうね…」
金砺「やらないかな…」
中西「なんか、ゴムの焼ける匂いがしませんか?」
金砺「あんた、何で来たの?」
中西「え?」
金砺「あんた、ここにどうやって来たの?」
中西「家から、歩いて…」
金砺「じゃ、知らねえか…」
中西「なんですか?」
金砺「地下鉄の駅が燃えてるんだってよ」
中西「へえ…」
金砺「驚かないね…」
中西「JRの駅も燃えてましたよ」
金砺「JRって?」
中西「(と、示して)この道をまっすぐ行った…」
金砺「あらら…どうやって帰ろうかな…ま、ゆっくり考えるか…」
坪井「おっさん、家泊まりに来るかい?」
金砺「お、いいのかい? お邪魔しちゃおうかな」
坪井「ま、ゆっくり考えましょうや」
洋子「あなた…」
塚本「聞こえてるよ」
  早貴、あまりノリノリにならずに、なんだか呆然としているような感じで、いつの間にか『リ リー・マルレーン』を口ずさんでいる。
  歌詞は歌わずに、鼻唄のように。
  ただ『リリー・マルレーン』という単語だけは歌っている。
早貴「Un~~~~~、Un~~~リリー・マルレーン~~~リリー・マルレーン~~」
 ってな感じである。 早貴、けっこう長く歌っているが、やがて。
金砺「それ、最近流行っているらしいな」
早貴「ええ…マドンナの歌です」
金砺「ちがうよ、マドンナの前に歌った奴がいるんだよ」
早貴「へえ…そうなんですか?」
金砺「ああ、昔ね」
早貴「マドンナのオリジナルだとばっかり思ってましたよ」
金砺「まあ、若い奴は知らねえか」
早貴「誰が歌ってたんですか? 有名な人なんですか?」
金砺「有名だよ、大ヒットしたもん」
早貴「へえ…誰なんですか?」
金砺「ん~、誰だっけな」
早貴「有名なんでしょ」
金砺「ん~、思い出せんな…」
早貴「なんだ…」
  間。
  早貴、また口ずさみはじめる。
  やがて、ゆっくりと暗転して行く。暗転し切ったところで、曲カットイン。
  近藤等則『CHINA DEMONSTRATION』

第二幕『神はダイスをなさらない』
  明転すると、職安のロビーに金砺と坪井がいる。
  昼休み中である。
  一幕とほとんど変化はない。
金砺「誰がどう見てもさあ…」
坪井「うん」
金砺「三色なわけよ」
坪井「うん」
金砺「流局まで待っちゃったんだよ」
坪井「そんなんばっかですね」
金砺「反面教師だろ」
坪井「ええ…」
金砺「な」
坪井「ああ…こんな話してると、ちょっと囲みたくなるねえ」
金砺「お、いいねえ…」
坪井「待ちましょうか…待ってりゃ面子が向こうからやって来るでしょう」
金砺「そうだね…煙草、ある?」
坪井「ええ…」
金砺「一本恵んで」
坪井「キャッシュで払って下さいよ」
金砺「当たり前だろ? 今の俺には、現金しかねえよ」
  と、金砺、客席から死角になっているところに隠してあった大きなボロいアタッシュケースを引っ張り出して来る。
  そして、それを開ける。
  中には、札束が乱雑に詰め込まれている。
  坪井、それをなにげに覗き込んで。
金砺「…いくらで売る? 煙草一本」
坪井「八百万円」
金砺「八百万円?」
坪井「と、言いたいとこだけど、俺とあんたの仲だ…六百万円にまけとこう」
金砺「へえ、二百万円も負けてくれるのか…」
坪井「俺とあんたの仲だからね」
金砺「安いね」
坪井「お友達価格よ」
金砺「あと百万円くらいま岡本ないかな」
坪井「俺とあんたはそこまでは仲良くはないでしょう? もう二百万円まけてあげてる事を忘れないで下さいね」
  金砺、諦めたらしく、トランクの中から、百万円の束を六つ掴み出す。
金砺「…三、四、五、六百万と…」
  それを渡す金砺。
坪井「はい…」煙草と交換する坪井。
  そして、坪井、その札束をパラパラとめくって行く。
坪井「中に新聞紙を挟んだりなんかしてないでしょうね」
金砺「やめてよ、信用してよ…」
  と、坪井、二つ目の札束の中に、新聞紙が挟まっている事を発見する。
坪井「これ、挟まってますよ」
金砺「あ、ごめん、それダミーだ」
坪井「ダミー? ダミーってなんに使うの?」
金砺「いや、信用出来そうもない相手と取り引きする時…」
坪井「俺は信用してよ…」
金砺「わかってる、わかってる…」
  と、本物を取り出して、交換しようとする。
坪井「(また別の札束を見て)あ、これもダミーだ…」
金砺「あれ、おかしいな…」
坪井「あんた、そういう人間なんか?」
金砺「いやいやいや…」
坪井「なんだ、そのいやいやいやってのは…お友達価格で一千万くらいにしときゃよかったかな」
金砺「今、煙草一箱って、どれくらいするの?」
坪井「二億円くらいじゃないかな」
金砺「どひゃ~いつの間に…一昨日は、一億弱とかいってたのに」
坪井「もう、坂道を転がり落ちるようなインフレだからねえ…この調子なら、一週間後は、煙草一箱、百億とか、一千億とかになってるんじゃないの」
金砺「そんなになるかな」
坪井「だって、予想してました? こんな超インフレになるなんて…」
金砺「いや、俺、政治とか、経済とかに弱いからな…特に数字関係はね…」
坪井「でもオッズ読むのは得意じゃない」
金砺「それくらいかな…」
坪井「もう世の中大変なんだから…」
金砺「お前が大変って言っても、全然大変そうには聞こえないなあ…」
  と、やって来る篠原。
篠原「煙草?」
金砺「煙草」
篠原「一本いくらで売ってるの?」
金砺「六百万…友達価格で…」
篠原「キャッシュ?」
金砺「そう」
篠原「じゃ、私は売らない」
金砺「キャッシュじゃなけりゃ、何がいいんだよ」
篠原「物々交換に決まってるでしょ」
坪井「そうだね、ほんと言うと、物々交換の方が、今は安心かもね」
篠原「今、一本六百万で売っても、夕方には一千万出しても買えなくなってるわよ」
坪井「…そうか、世の中は今、そんなふうになってるのか」
金砺「あんたさっき、世の中大変ですよとか言ってたくせに、本当は何も知らないんじゃないのかよ」
坪井「揺れ動いてるんですよ、世の中は…(篠原に)仕事紹介してよ、仕事」
金砺「あ、俺も、俺も」
篠原「何言ってんの、あんたたち…」
金砺「何でもするよ、今なら俺、より好みしないから…」
篠原「バカじゃないの?」
坪井「あー、仕事してえなあ…」
篠原「うるせえよ。冷やかしなら帰ったら? 無駄口叩いてると、腹減るだけだよ。だいたいあんた達、この超インフレの時に、いったいどうやって暮らしてるの? 何食ってんのよ」
金砺「いや…まあ…いろいろ…(坪井に)なあ…」
坪井「まあ、着る物と、食う物と、寝るとこは、なんとかなるもんですよ」
篠原「何でなんとかなるの? 街じゃ、なんとかならない連中が暴動起こしてるのに…」
金砺「あんまり関係ないんだよ、俺達にはバブルとか、超インフレとか。ほら、俺達社会の底辺で生きてるでしょ?」
篠原「何が『でしょ?』よ」
坪井「社会の深海だからね」
金砺「そうそう、深海だからねえ…いくら海面に台風が来て、シケててもさあ…深海はほら、いつもいつも穏やかなもんだから」
坪井「海面あたりから、落ちて来る物を、こう、見つけて食えば、全然生きていけるんだな、これが」
篠原「変な理屈…」
金砺「あのさあ…前から不思議に思ってたんだけどさあ…あんたこそ、どうやって生きてるんだよ」
篠原「どうやってって?」
金砺「こんな職安の給料なんて、たかだか、二、三十万くらいだろ…今、二、三十万じゃ、本当に何も買えないぞ」
篠原「だからって、仕事を放り出すわけにはいかないじゃない」
金砺「どうして?」
篠原「仕事は仕事でしょう?」
金砺「金にならなくても、仕事は仕事か?」
篠原「給料をちゃんともらっていますから」
金砺「でも、その給料じゃ、今時なにも買えんだろう…その給料じゃ、二年働いても、煙草一本買えんだろうが…今の世の中じゃ…」
坪井「二百五十兆円」
篠原「え?」
坪井「今、煙草一本六百万だとすると、あんたの給料は、二百五十兆円でないと、成り立たないはずなんだよ」
金砺「今、どうやって計算したんだ?」
坪井「俺、暗算得意なんですよ…」
篠原「日本の国家予算より多いんじゃない」
金砺「もう、日本なんて国は、あってないようなものだよ」
坪井「それでも、二、三十万なんて単位の金額で、働こうって奴の気がしれんぜ」
篠原「あんたらみたいな、無職の人間に言われたくないね…労働の意味なんて、わからないでしょう」
金砺「労働に意味なんてないね」
坪井「その意見に…賛成…」
篠原「別にあんたらに分かって欲しいなんて思っちゃいないわよ」
  と、入って来る吉久。
金砺「おお、おはよう…」
吉久「どうも」
金砺「夜勤明けか?」
吉久「ええ…」
金砺「今日はまだ、誰も来てないよ」
吉久「待ちますよ」
  と、やってくる岡本。
  篠原に。
岡本「おはようございます」
篠原「(時計見て)社長出勤ね」
岡本「え…あ…いや」
篠原「お茶でも煎れましょうか?」
岡本「やめて下さいよ」
金砺「なに、今、来たの?」
岡本「ええ…まあ…」
篠原「給料引かれちゃうぞ…」
金砺「給料引かれても、もう、痛くもかゆくもないだろうが…」
岡本「市役所で配給があるとかで、並んでたんですよ」
篠原「なんの配給?」
岡本「トウモロコシですよ」
篠原「コーン?」
岡本「ええ、トウモロコシです」
篠原「市役所が? なんで?」
岡本「ほら、うちの市って、競馬場があるから、結構それで儲かってるんですよ」
篠原「それを市民に還元」
岡本「そういう事です」
金砺「(吉久に)そういやあ、あんたが昔ボディガードをやっててさあ、失敗したじゃない」
吉久「ええ…」
金砺「あれ、なんで守れなかったの?」
吉久「いや、自分は体でかばったんですけど、かばいきれずに、ここと…ここと…/」
金砺「今、思うと、あの暗殺から、始まったんだよね、平成の暗殺ブームがさ…
暗殺ブームって言い方も変だけどさ…」
岡本「ああ、そう言われると、そうかもしれませんね」
篠原「二週間で、十三人でしたっけ?」
金砺「そうそう」
岡本「ヤクザの出入りみたいに、死んで行きましたよね」
金砺「ヤクザの出入りだって、あんなに死にはしないだろ」
篠原「あの後だもんね…ニューヨークがあんなになっちゃって」
岡本「あれ、ヨーロッパが先になったんですよ」
篠原「そうだっけ?」
金砺「まあ、いいじゃない、そんな細かい事」
岡本「全然、細かくないですよ」
金砺「あの暗殺ブームから、日本全土が、いや、世界中が、暗い気持ちになっていったんだよねえ…」
篠原「十三人っていうのも、なんだか不吉な数字ですよね」
金砺「十三ねえ…(吉久に)あんたがあの時、守っていれば……」
吉久「自分が任務遂行出来なかったから、この恐慌が起こったわけですか?」
金砺「いや、俺達は、それとこれが関係あるなんて一言も言ってないよ」
吉久「みんなで言ってるじゃないですか」
金砺「(周りに)言ってる?」
岡本「言ってませんよ」
坪井「俺、さっきからずっと黙ってるでしょ…こういう話題苦手だからさあ/」
篠原「言ってませんよ…偶然にしちゃ、ちょっと、ねえ、って言ってるだけですよ」
吉久「言ってるじゃないですか」
金砺「まあ、ここでそんな事を言い合いしてもさあ…」
吉久「あんたが言い出したんですよ」
金砺「あと五十年もすりゃ、歴史のひとコマなんだから」
坪井「あ!」
金砺「なに?」
坪井「でも、教科書には載るかもしれませんよね」
金砺「あ、それはあるなあ」
吉久「何が載るんですか?」
金砺「恐慌の現場」
岡本「凶弾に倒れる瞬間…」
篠原「結構、こう(と、やって見せる)、ああいう時って、どこから撃ってくるのか探すじゃないですか…だから、顔とかも、ねえ…」
金砺「それでその写真の下に書いてあったりするんだよな…この一発の凶弾により、平成の大恐慌は始まった」
篠原「文字通り引き金が引かれたんですからねえ」
金砺「お! うまい事、言うねえ…」
吉久「でも、ここにいるあんたたちは、その現在進行している歴史とは、関係なさそうだし、被害も受けていないわけでしょう」
坪井「そんな事もないぜ」
吉久「そうですか?」
坪井「社会の底辺も社会のうちなんだから…」
  と、やって来る平林。手には紙袋を提げている。
坪井「おお…遅かったなあ」
平林「うん……」
坪井「一晩中かよ…」
平林「ううん…少し寝たけど…(明るく)なんか、ちょっと、しつこい人だった」
  と、平林、幾つかの煙草を取り出す。
坪井「これだけ?」
平林「うん…」
坪井「一晩でこれだけ」
平林「でも、これってすごく奮発してくれた方よ…今、煙草二箱とかでも、平気でヤッちゃう若い娘とかいるから…」
坪井「帰って寝ろよ」
平林「うん…でも」
坪井「今晩は?」
平林「出てみるけど…今日はどうするの?」
坪井「これ(煙草を)食い物に換えて来るよ」
平林「うん…」
  と、出ていこうとする坪井。
坪井「(金砺に)じゃ、またね…」
金砺「マージャンに使うなよ」
平林「あ、待って…」
  と、平林、持っていた紙袋を坪井に渡す。
平林「これ、今日の分ね…」
坪井「お、サンキュー、サンキュー」
  と、坪井、紙袋の中を見てみる。
坪井「これで、いくらある?」
平林「二百五十万くらいかな…」
坪井「パチンコの玉が買えるかどうかだな…」
平林「ごめんなさい」
坪井「元手の足しくらいにはなるか…(金砺に)昔はこんだけ見せ金がありゃ、大きく出れたのにね…」
金砺「だねえ」
岡本「飽きないねえ、マージャンも」
坪井「最近、夜が前よりも長いよ」
金砺「酒もねえ、腹も減る…正気で素面で、眠れねえからなあ…そりゃ長えよ」
坪井「テレビもデモの衝突とか、内乱とか、そんなのの中継ばっかになってきたからなあ」
金砺「そうだね、ばかの一つ覚えみたいに…」
坪井「じゃ」
  と、去る、坪井。
金砺「(平林に)大変だね、姉ちゃんも」
平林「そんな事(ありませんよ)」
  と、美咲が入ってくる。
  美咲は見るからに、街娼の格好をしている。
美咲「あぶね~」
金砺「なに?」
美咲「今、そこで三人組に襲われてさあ」
篠原「襲われた?」
岡本「それで、どうしたの?」
美咲「キンタマに、ここで(膝)蹴り入れてさ、んで、消火器があったんで、振り回して殴って、逃げてきたの」
平林「大丈夫ですか?」
美咲「あぶね~、あぶね~、本当にあぶね~よ。白昼、襲われたの、初めてだからすんげえびっくりしたしさあ」
岡本「怖いなあ…」
美咲「男のあんたが怖がってど~すんのよ」
金砺「幾つくらいの奴?」
美咲「(思い出して)中学生くらいかな」
金砺「中学生? ずいぶん若いな」
美咲「うん、結構ちっこかったからね…三人組でさ、こっちに向かって、一直線に走って来るから、何かと思ったら、集団強姦魔っていうか、集団強盗だったの…」
金砺「どっちだったの…」
美咲「いや、両方じゃないかな…一人が私を、こう、羽交い絞めにしてさあ…一人が足抑えようとして、一人がスカートの中に手を入れながら、『金出せ!』って、言ってたからねえ…まあ、今日はまだ客取ってなかったから、金は持ってねえし、三人にただでヤられちゃったらさあ、商売がさあ…」
平林「それ、どこで?」
美咲「すぐそこよ。変だと思ったのよ、道の向こうからさ、こっちに向かって、一直線に走って来るからさあ。みんな三人とも、スキーの時にかぶるじゃない、こんな目と口んとこだけ開いてる帽子」
岡本「スキー帽?」
美咲「スキー帽、スキー帽…あれかぶってんの、黒の」
金砺「そりゃ、相当変だよ」
美咲「変でしょ?」
平林「なんで逃げなかったの?」
美咲「だって、白昼だったしさあ…まさかそんな事になるなんて、夢にも思わなかったからさあ…そしたら、いきなりその三人に、バブルの塔に連れ込まれちゃってさあ」
岡本「なに? バブルの塔って?」
美咲「だから、そこのバブルの塔…」
平林「あるのよ、バブルの塔が…」
美咲「廃墟みたいなビルで、そう呼ばれてんのよ(平林に)ね」
平林「バブルの時に建ったんだけど、誰も入らないまま弾けちゃって」
岡本「へえ…そうなんだ…」
金砺「バブルの塔ねえ」
平林「しばらく(ここに)いた方がいいかなあ」
美咲「だね…ここが一番だよ。仕事探すフリしてりゃ、何時間いても文句言われないし、なんたって、物騒じゃないからね。駅だの、百貨店だのってのは、爆破されたり、燃やされたりするけどさ、まさか、職安は燃やされないでしょう…職安なんか燃やしても誰もなんとも思わないもんね」
岡本「そんな事ないですよ…職安の職員の中にはね…あれ、今日、塚本さんは?」
篠原「ラーメンライスでも食べてんじゃないの?」
岡本「あのラーメン屋、燃えましたよ」
篠原「(金砺に)おやじ!」
金砺「俺じゃないよ…火事はみんな俺のせいか?」
岡本「なんですか?」
篠原「火災保険に入ってる家に、放火して、何割かもらってたのよ、その家の人に…」
岡本「なんですか、それ」
篠原「おやじの副業」
金砺「もうやってないよ…ちょっと前の話だよ…」
篠原「バイト募集してたのよ、聞かなかった?」
岡本「聞いてませんよ…」
金砺「結構ドキドキするんだよ…放火ってね…」
岡本「その、燃やされる家の人が頼むんですか?」
金砺「そりゃそうだよ、関係ない家に火をつけたら、ただの放火だろ…」
篠原「捕まっちゃうじゃない…」
金砺「仕事でやってんだからさ…」
岡本「それ、結構お金になるんですか」
金砺「ならなきゃ、やんねえよ」
岡本「(篠原に)やってたんですか?」
篠原「口が裂けても言わない」
岡本「信じらんないな」
金砺「大変なんだよ…最後の柱一本残すわけにはいかないからな…下りないからね、全焼しないと…」
  と、入ってくるツボル。
ツボル「あの…」
岡本「今、『お昼休み』です」
ツボル「あ…はい」
岡本「あれ、あんた、自衛隊行ったんじゃなかったっけ?」
ツボル「ああ、あれ、辞めました」
岡本「なんで?」
ツボル「入った時は陸上だったんですけどね」
岡本「ああ…陸上自衛隊ね」
ツボル「今じゃ、陸軍ですからね」
岡本「それで?」
ツボル「だってもう軍隊なんですよ」
金砺「時期が時期だったからねえ…キナ臭くなってきたねえ…」
ツボル「不況で、活気づいてるのは、あそこだけなんじゃないんですか?」
金砺「でも、食い物とか、待遇とか、良くなってるんだろ?」
ツボル「ええ…あそこ入って、5キロ太りましたから」
金砺「なんで辞めたの、もったいない…」
岡本「軍隊ってそんなに簡単に辞められるものなの?」
ツボル「あの、僕、辞めるのとか、断るのとかって、すごい得意なんですよ…ズルズルといつの間にかっていうのが…」
岡本「変なことが得意だな…」
金砺「自衛隊って、国産米が食えるって本当なの?」
ツボル「ええ…三度、三度ってわけじゃありませんけどね」
金砺「いいなあ…」
岡本「紹介しますよ、今からでも」
金砺「駄目だよ、俺」
岡本「どうして?」
金砺「箸より重い物持った事ないから…」
篠原「オヤジが戦場行ったら、一発も弾を撃たずに、死んじゃうんだろうね」
金砺「そう簡単には死にません」
篠原「世の中間違ってるよな」
金砺「どういう意味だよ」
篠原「神様がいないって事だよ」
金砺「なんだ、そういう事か…」
篠原「わかったのか、今の説明で…」
岡本「今、戦争するって言ったって、どこと戦争すんの」
ツボル「どこでもいいんですよ」
岡本「そんな意味ナシ戦争なんてやっていいんですか?」
ツボル「皆が一つの目標に向かって、一つになるためだから、目的なんて別に…ねえ…」
岡本「あ、なるほどね…いいですよね、一つの目標に向かって、皆が一つになるってのは…」
篠原「そうか?」
岡本「協調性のない人にはわからない心理かもしれませんけどね」
篠原「紹介したげようか、今からでも」
岡本「やめて下さいよ…(ツボルに)自衛隊辞めちゃったんだったら、また無職に逆戻り?」
ツボル「ええ…まあ、そういう事ですけど…つまらないアルバイトで食いつないでるとこですよ」
金砺「アルバイトがあるだけいいじゃん」
ツボル「ええ…自衛隊にいた時の知り合いが、紹介してくれた仕事なんですけどね…」
美咲「(ツボルに)おお…」
ツボル「ども…」
美咲「もう、ちょっと、聞いてよ、あぶねえ、あぶねえ…さっきさあ、そこでさあ、その道の向こうからさ、スキー帽の三人がさあ」
ツボル「なにがいいか、決まった?」
美咲「ん、なんでもいいんだけどさあ」
ツボル「値段は、まかんないよ」
美咲「いいよ、もう、買うわ、買う、買う。だってさあ、だってよ、危なくってしょうがねえんだから…」
ツボル「トカレフでいい?」
美咲「いいよ」
ツボル「オマケで、弾、三発つけたげるから…」
美咲「三発? 三発! 三発しか売ってくんないの?」
ツボル「そう」
美咲「三発っていったら、パアン、パアン、パアンでおしまいじゃない」
ツボル「三発だからね」
美咲「たった三発で…もしよ、襲われてる時に弾、なくなったら、どうすんの? どうやって身を守るのよ」
ツボル「撃ち終わっちゃったらしょうがないな…それを投げつけるとか、それで殴るとか…」
美咲「バカ言ってんじゃねえよ」
ツボル「あ、あとね」
美咲「なに?」
ツボル「トカレフだからね…あんまり銃の精度がよくないよ」
美咲「どーゆー事?」
ツボル「二発に一発はジャムるから」
美咲「ジャムる? なに?」
ツボル「不発で弾が出なかったりするの」
美咲「なんで弾が出なかったりするの?」
ツボル「いや、だから精度が悪いから」
美咲「弾、三発しかなくって、二発に一発は弾、出なかったら、使い物になんないでしょ」
ツボル「でも、二発に一発ってのは、ほら、確率の問題だからさ」
美咲「だからなに?」
ツボル「全部撃てる場合も、当然あるわけよ」
金砺「一発も撃てない場合もあるんだ」
美咲「っていうことなの?」
ツボル「そん時はあれだよ」
美咲「投げつけるんか? それで殴るんか?」
ツボル「そう」
美咲「ちょっと、それさあ…」
ツボル「やめる?」
美咲「(考えて)いいよ…」
ツボル「いいって?」
美咲「買うって言ってんの」
ツボル「じゃ、これ」
  と、ツボル、無造作に紙にくるんだトカレフを取り出す。
美咲「金は今晩でいい?」
ツボル「まあね…信用してるからね…あ、そうだ」
美咲「なに?」
ツボル「死ぬなよ…金払う前に…」
美咲「やめてよ」
  と、三田村が入って来る。
三田村「ども!」
金砺「お! 新婚さん、いらっしゃい!」
三田村「やめて下さいよ…今日も、いやになるくらいの快晴ですよね」
金砺「光合成にはもってこいの日だねえ」
三田村「明日もこの天気が続くといいんですけどねえ」
ツボル「死ぬなよ、金払う前に」
金砺「明日、なんかあるの?」
三田村「ええ…僕と、和美で仕切ってるフリーマーケットをまたやるんですよ」
と、急にビラを配り始める三田村。
金砺「物々交換か?」
三田村「ええ…でも、食料もありますよ」
美咲「(吉久に)今日はどう?」
吉久「今日は違うな」
美咲「なんで…サービスするって」
吉久「自分で探すよ」
美咲「徹夜明け?」
吉久「寝てないよ」
美咲「まだ来るの? 倉庫襲いに」
吉久「来るよ」
美咲「米って、白いダイヤだもんね…」
吉久「武装してくる奴はいいんだけどね」
美咲「うん、うん」
吉久「ただ、腹が減って、自分で稼ぐ事のできないやつらをね…撃つのが、やっぱりね」
美咲「結構来るの?」
吉久「ああ…明け方とか、多くてね…」
美咲「そうなんだ…」
吉久「嫌なもんだよ…人を撃つのは…」
美咲「参っちゃった?」
吉久「神経に来るよ」
美咲「ピリピリしてんだ」
吉久「寝てないしね」
美咲「(吉久に)今日は?」
吉久「(一瞥する)…」
岡本「朝からずっといたんですか?」
篠原「当たり前でしょ」
岡本「ご苦労様です」
篠原「遊びでやってんじゃないんだから」
岡本「遊びじゃないっていっても、俺、全然食えないですよ、ここに来ても」
篠原「苦しいのはみんな一緒よ」
岡本「篠原さん、本当に教えて下さいよ、どうやって食ってんですか?」
篠原「いろいろ」
美咲「サービスするよ…」
吉久「ああ…」
岡本「ほんと、不思議だなあ」
篠原「どうして? だって、塚本さんだって、朝から定刻まで、ちゃんと仕事してるわよ…私だけじゃないじゃない」
岡本「うそですよ。あの人だって、奥さんに何だ岡本だいって、食わせてもらってるじゃないですか」
篠原「私は一人モンですけど、きちんと生きてますよ」
岡本「だから、不思議だって言ってるんじゃないですか」
美咲「(吉久に)ねえ…」
吉久「(美咲に)いいよ…」
篠原「岡本くん」
岡本「何ですか?」
篠原「教えてあげるよ」
岡本「どうやって食べてるんですか」
篠原「世の中、うまく立ち回らないと、だめよ」
岡本「なんですか、それ」
篠原「今の私に言えるのは、ここまでね」
岡本「さっぱりわかりませんよ」
  と、やって来る洋子。
篠原「あ、どうも!」
洋子「あ、こんにちは、どうも」
篠原「塚本さんは、今ちょっと…」
洋子「あ、いいんです、今日は…」
  と、岡本を示す洋子。
  と、早貴が来る。
早貴「もう駄目だ」
金砺「なんだ、こいつ」
早貴「仕事ないし…バイトもないし…明日もないよ…」
金砺「ないものはないよ」
早貴「いやだ、いやだ…ああ、どっか行きたい、景気のいい国」
金砺「行きゃいいじゃん」
早貴「ほんと、この国には愛想が尽きたよ」
  岡本、鞄から次々にコーンを取り出して。
岡本「で、これなんですけどね…」
洋子「(それを見て)へえ、いいなあ、こんなの市が配給してくれるなんて…」
岡本「うちの市、ほら、競馬場があって…」
洋子「あ、馬のエサだ」
岡本「え?」
篠原「あ、そうか、そうか」
岡本「そうなんですか」
洋子「でも、馬ってトウモロコシ食べるのかな」
篠原「消化に悪そうですよね」
洋子「これ、三本?」
岡本「ええ」
洋子「三本でいくら?」
岡本「いくらになります?」
洋子「そんなに新しくもないから、六億円か、七億円でどう?」
金砺「六億と七億の間に、一億あるぞ」
篠原「(岡本に)現金で売っちゃうの?」
岡本「そうですけど。(洋子に)現ナマですよね」
洋子「うん…現ナマがいいんなら、現ナマで…」
  と、洋子自分のナップザックから札束を取り出す。
篠原「危険よ、食べ物を現ナマに換えるのって」
岡本「ええ…でも、僕、トウモロコシって昔から食えないんですよ」
篠原「なんで?」
岡本「消化に悪いから」
篠原「なに贅沢言ってんのよ、もともとは馬のエサなんでしょ、馬が食べれて、どうして君が食べられないの?」
岡本「馬が食べるからって、言われても…」
洋子「はい、六億円」
  と、洋子は一掴みの札束を岡本に渡す。
岡本「あれ? こんだけ?」
洋子「そうだよ」
岡本「こんだけで六億円?」
洋子「よく見てみなさいよ。一千万円札よ。朝、刷り上がったホヤホヤよ」
岡本「誰が刷ったんですか?」
洋子「そりゃ、造幣局に決まってるでしょ」
篠原「一千万円札?」
金砺「おお、ついに発行か、一千万円札」
  と、皆がドヤドヤとカウンターの方に集まってくる。
篠原「(岡本に)いつ発行になったの? こんなの」
早貴「今日から出回るんだ…(何か喜んでいる)これ、私が刷ったやつかもしれない」
金砺「なんだ、そりゃ」
早貴「この前、造幣局で一日バイトしたんです…お札作るバイト」
金砺「今、お札って、バイトが作ってんのか?」
早貴「あとは、百万円札と、五百万円札も出てるはずですよ」
篠原「(お札の肖像を見て)これ、誰?」
岡本「手塚治虫じゃないですか?」
早貴「五千万円札が美空ひばりで、一億円札が黒澤明なんです」
金砺「美空ひばりのやつって、透かしが川の流れかやっぱり」
早貴「なんだよ流れって…」
洋子「(岡本に)それ、一千万円札、六十枚で、六億円ね」
岡本「なんか、うそくさいな」
洋子「なにが?」
岡本「一千万円札なんて」
洋子「だって、ここに書いてあるでしょ、日本銀行券って…」
岡本「六十億が片手でもてる時代になっちゃったんですねえ」
  そして、岡本、立ち上がって、その六十億を持って出ていく。
岡本「じゃ、ちょっと…」
篠原「どこ行くの?」
岡本「お金が目減りしないうちに、なにかもっといい物と交換してきますよ」
金砺「わらしべ長者」
岡本「すぐ戻りますよ」
洋子「(トウモロコシを金砺に差し出し)これ、買わない?」
金砺「いくらで?」
洋子「今なら十億にまけとくよ」
金砺「あんた、さっき六億で買ったばかりじゃないかよ」
洋子「だから、私の手数料が、四億なんですよ」
金砺「アホらし、売る気もねえくせに」
洋子「だって、これが家の晩御飯なんですよ」
早貴「少しくすねてくりゃよかったよ…一億円くらい。一億円ポケットにあったら、今の私はもっと幸せだったのに…もうさあ、みんなさあ、ほんとに好きなことやっちゃった方がいいよ」
美咲「やってるよ」
洋子「今晩のご飯はこれでいいかな」
早貴「やったもん勝ちだよ、こんなの。滅んでからじゃ遅いんだから」
平林「滅んじゃうの?」
早貴「滅ぶ、滅ぶ。私、幼稚園の頃から、楽天的な子って言われてたけど、その私が言うんだから…ああ、もう外行くのもやだ。光化学スモッグで空が見えない」
金砺「大げさな奴だな」
早貴「どこ行っちゃったんだろ、私の青空」
と、また座り込んで。
早貴「私、ここに根を生やして、地球から養分とって、生きよう。もう、コケが生えるまでここにいちゃおう…だってさあ/」
  と、やって来る福本。
  福本、美咲に。
福本「襲われたんだって?」
美咲「そうなの。もう、大変だったんだけど…なんで知ってるの?」
福本「うん、うちの若い奴等が見てたらしいから…スキー帽の三人組」
美咲「見てたんだったら、助けてくれりゃいいじゃないのよ…人としてさあ」
福本「だって、お前、ほら、払ってないからさあ…」
美咲「払ってたら、助けてくれたの?」
福本「そりゃもちろんよ、そのための組織なんだから…」
平林「なにを払うの?」
美咲「街の私設自警団だって…」
平林「ジケーダン?」
福本「最近、ほら、治安が悪いからさ、街に立つ女の子も多くなってきたし…ここ
はひとつ、俺達の手で、街に立つ女の子を守ってやろうかって…みんなが街角で安心してお仕事ができるようにね」
美咲「何割か払えって言うのよ」
金砺「そりゃ、新手のヤクザじゃねえかよ」
福本「自警団ですよ、いやだなあ…今までの秩序が崩れたんだから、新しい秩序が必要なんだよな…」
美咲「襲われるのも大変だけど、客引く方がもっと大変よ」
福本「客引けって?」
美咲「同じピンハネするんだったら、少しでもあんたの取り分が多い方がいいんじゃないの?」
福本「お前、いつから、これやってんの?」
美咲「私は長いよ」
福本「いつからだよ」
美咲「恐慌の前からよ」
福本「どこで?」
美咲「川口」
福本「ソープ?」
美咲「ううん、ヘルス」
福本「ぬるま湯につかって、風俗やってたか」
美咲「あんただってそのスジでしょ」
福本「俺は、ヤクザじゃないよ」
美咲「もう、どっちでもいいよ、そんな事」
福本「どれくらいやってた?」
美咲「恐慌の前?」
福本「そう」
美咲「八か月くらいかな」
福本「ヤクザの怖さも知らずに八か月か」
美咲「ヤクザだって来たわよ」
福本「客でだろ」
美咲「そうよ」
福本「俺はヤクザが嫌いだ」
美咲「自警団って言ったって、やってる事は同じじゃないの?」
吉久「(平林に)あんたもそう?」
平林「え…ええ」
吉久「いくら?」
平林「お金ですか?」
吉久「米でいい?」
平林「できれば、その方が」
吉久「三合」
平林「そんなに?」
吉久「その代わり、生でヤらしてくれないか?」
平林「生…ですか?」
美咲「やめときな」
平林「…はい」
美咲「生き延びようとしてやってる事で、命落とす事になるよ」
吉久「(美咲に)お前は黙ってろよ」
美咲「目先の事に、ついふらふらっとしてしまう事ってあるけどね、でもね、わたしらは死ぬためにやってるんじゃないんだからね…わかるでしょ?」
吉久「あんたは黙ってろよ」
美咲「やよ」
吉久「うるせえんだよ」
平林「やめて…やめて下さい」
  と、吉久、おもむろに銃を取り出し、美咲を狙う。
吉久「殺すぞ」
  一瞬にして水を打ったような静寂。
吉久「殺すぞ」
  吉久、急にその美咲に向けた銃を福本に向ける。
  福本、観客に背を向けていたため分からなかったが、吉久が銃を抜くと同時に、福本も吉久に銃を向けていたのだ。
吉久「おまえに撃てるか? お前、人殺した事あるか」
福本「それ、(ツボルをいなし)こいつから買ったろ」
吉久「(肯定)……」
福本「二発に一発は、弾出ねえぞ」
ツボル「だからそれは確率だって」
福本「試してみるか?」
  と、美咲も銃を取り出し、吉久に向ける。
  吉久、反射的に美咲に銃を向ける。
美咲「二分の一と、二分の一」
  吉久、銃を持った手をゆっくりと上げていって、撃つ。
  カチン!
  不発!
  福本の銃と美咲の銃がその時、少しまた吉久に近付いた。
  吉久、立ち上がった。
金砺「また来いよ」
吉久「もう来ませんよ」
金砺「じゃあ、さよならだね」
吉久「あんた、あの時、あのビルの屋上にいませんでしたか?」
金砺「どの時?」
吉久「俺が振り返った時ですよ」
金砺「人違いだろ」
吉久「…ですかね」
  出ていく吉久。
ツボル「不発かあ…まあ、たまにはあるかなあ…そいうことも」
美咲「(ツボルに)全然だめじゃねえかよ」
ツボル「おかしいなあ…」
  と、立ち上がる平林。
美咲「どこ行くの?」
平林「(去っていった方を示し)私、買ってくれそうだったから」
美咲「やめときな」
平林「ちゃんと、着けてもらうから大丈夫よ」
美咲「そういう問題だけじゃないって…」
平林「でも、ああいう時の方が買ってくれるものじゃない、男の人って…」
美咲「そういうもんかな…」
平林「そうよ………けっこう単純よ」
  と、出ていく平林。
美咲「…まあね」
平林「どうもありがとうね」
美咲「お互い様よ」
福本「金、払う気になったかよ」
美咲「なんねえよ」
福本「なんで?」
美咲「だって、あんたら、金があっても食えねえだろう」
福本「どういう意味だよ」
美咲「食い物やるよ」
福本「…なるほどね」
美咲「金よりも食い物の方がいいだろ」
福本「女に食い物もらって、女を守ってやるってか…」
美咲「守ってくれたら、食べ物あげるよ…それだけでいいよ」
福本「(それで)いいよ」
美咲「絶対だぞ」
福本「ああ…」
金砺「守れなかったらどうする?」
福本「なんだよ、オヤジ」
金砺「守れなかったらどうする?」
福本「守れねえ事もあるよ」
美咲「そん時はどうしてくれるんだよ…私はあんたを食わせるんだぜ」
福本「そん時は」
美咲「どうするんだよ」
福本「後悔するよ…それしかできねえだろ」
美咲「じゃ、私も…」
福本「なんだよ」
美咲「あんたの事恨んで死ぬよ」
福本「…いいよ」
美咲「じゃ、今日から働いてね…」
福本「OK…今日はどの辺に出る?」
  と、やってくる高橋。
  段ボールを抱えている。
美咲「四丁目の、燃えた吉野家の辺り」
福本「(立ち上がり、篠原に)どうもね」
篠原「見なかったことにしといてやるよ」
  福本、去る。
高橋、隅に隠れるようにいた早貴を見つけ。
高橋「あ、サボリ」
早貴「あ、バレた」
高橋「(と、段ボールを見せて)見つかったよ、ほら」
早貴「え? どこにあったの、そんなきれいなの」
高橋「結構歩き回ったからねえ、日差しがきつくて、バタバタ道端に人が倒れててさあ、なんか…なんかだよねえ」
早貴「私、家建てんの、今日はやめよう」
高橋「じゃあ、今日は家に泊まってもいいよ」
早貴「そんなに簡単にできるの?」
高橋「うん、すごいの作るからね。私さあ…今日、これ拾いながらさあ、どんな間取りの家にしようか考えて、わくわくしちゃったよ。なんか、おままごとやってた時の気持ちが蘇ってきたよ…応接間と」
早貴「うん」
高橋「寝室と」
早貴「うん」
高橋「居間と」
早貴「うん」
高橋「玄関がさあ」
早貴「うん」
高橋「小さいながらもある家にしたいんだよね」
早貴「あそこに?」
高橋「そう、JRの高架下」
早貴「JRまだ動かないの?」
高橋「うん…静かでいいよ…じゃ、陽が落ちたらおいでよ」
早貴「なんか、手土産でも持ってけるといいんだけどねえ…」
  と、和美が入ってくる。
和美「こんにちわ…」
高橋「じゃあ…」
  と、出ていく高橋。
  と、やって来る和美。
  みんなに挨拶して。
三田村「終わった?」
和美「午前中のやつはね」
三田村「なんのデモなの?」
金砺「デモ?」
和美「ええ…バイトなんです」
金砺「デモのバイト?」
和美「一緒に行進すると、ゴールの所でチョコレートとワインがもらえるんです」
  一同『いいなぁ』という感じになる。
金砺「いいバイトだね」
三田村「午後から、俺行くよ」
金砺「それ、なんのデモなの?」
和美「なにかに反対してましたよ」
金砺「なんのデモか分からないまんま、行進してんの?」
和美「ええ、バイトですから」
三田村「午後もあるんですよ。また、少し規模を拡大するんだよな」
和美「募集の数も多かったよね」
早貴「(手を挙げて)行きまーす。はい、はい、はい」
三田村「来る?」
早貴「得意ですデモ」
三田村「やった事あるの?」
早貴「いえ、言ってみただけです」
和美「じゃ、みんなで行きましょうか」
三田村「和美ちゃんは、家帰って、休んでた方がいいって、もう」
和美「どうして?」
三田村「最近、食べる物があれだから、栄養も偏ってるし…結構きついだろ、午後のデモは長い距離歩くみたいだし…」
早貴「え? きついんですか」
金砺「楽して金儲けしようなんてのは甘いよ」
  と、帰ってくる坪井。
坪井「あれ? あいつは?」
金砺「今さっき、商談まとまって、仕事行ったみたいよ」
坪井「あ、そうなんだ…よく働く奴だなあ」
金砺「食いもんにしてきた?」
坪井「うん、結構いい感じで…(と、和菓子の箱を見せて)これ、くず餅」
金砺「あ、いつも、いつも、すまないねえ」
坪井「あげませんよ、あいつの分なんですから」
金砺「あ、なんだ…」
坪井「好物なんですよ、くず餅が」
金砺「本当に、くず好きなんだねえ」
坪井「どういう意味ですか」
和美「(三田村に)うん、わかった。家で待ってる…ねえ」
三田村「うん?」
和美「気をつけてね」
三田村「大丈夫だよ、行進するだけだから…明日も天気だよね」
和美「きっとね」
三田村「(他の連中に)じゃ、明日(チラシを示し)フリーマーケットよろしく。(と、早貴に向かって)行くよ」
早貴「はあい」
  と、三田村と早貴、出ていく。
金砺「楽しそうでいいね…新婚さんは」
和美「ええ、まあ、生活は大変ですけど」
金砺「今はどこでもそうだよ」
和美「明日どうなるか分かんないなんてのは、別に、昨日今日が初めてってわけじゃないですからね…会社が潰れていく時もそうでしたし、もっと前の、高校とか、短大の頃も、そんな事を考えて、悶々としてましたから…その頃に戻ったような気がしますよ。自分になにが出来て、なにが向いてるのか分からなくって…自分がこれからどうなっていくのか分からなかった頃に…あの人と一緒に住むようになって、荷物の整理とかしていると、昔よく聞いてたCDとか出てきたりして…この前も、出てきたRC一枚かけただけで、すっごいいろんな事を思い出しちゃって…それで、夜遅くまで二人で、お互いの昔話をして、次の日、寝坊して、でも、誰に怒られ
るってわけでもなくって、世の中、みんな職がないわけだから、誰にやましい訳でもなくって…」
坪井「うらやましい限りだね、そんな生活」
金砺「(坪井に)お前の生活も、そんなに変わんないだろう」
  と、篠原、黙って座っている洋子に。
篠原「塚本さん、呼んできましょうか?」
洋子「いえ、いいです…お気遣いなく」
  と、やってくる宇佐美。
  ツボルを見つけて。
宇佐美「なにお前、こんなところで油売ってんだよ…油売る暇あったら、銃を売れよ」
ツボル「売ってますよ」
宇佐美「月末までには、残り、全部さばけよ」
ツボル「月末まで?」
宇佐美「約束したよな」
ツボル「…大丈夫ですよ」
宇佐美「サブマシンガンは?」
ツボル「あれはまだちょっと…」
宇佐美「なにがまだちょっとなんだよ」
ツボル「失礼します…」
  と、走って出ていくツボル。
宇佐美「ったくよお…(坪井に)ちいーす…いくらだっけ・」
坪井、指を八本出す。
宇佐美「おお、わりい、わりい、気にはなってたんだけどさ」
  と、金を取り出す。
坪井「忙しそうじゃん」
宇佐美「もう、ぴゃーっと、ぴゃーっと(と、金を渡す)。はい」
坪井「(受け取って)はい」
宇佐美「どう? 手の切れるような一千万円札でしょ。初めて? 一千万円札見るの?」
坪井「へえ、初めてだよ」
金砺「俺は、さっきそこで見たよ」
宇佐美「ありがたみのないオヤジだよな。ほんと」
金砺「(坪井の手元を覗き込んで)結構あるね…最近、負けが込んでない?」
宇佐美「もう、全然駄目」
金砺「なんでかね。あの負け知らずのうさぴょんが」
宇佐美「ハングリーじゃなくなったからだよ、きっと」
金砺「あー、あるかもね」
坪井「羽振り、いいもんね」
宇佐美「おかげさんでね」
金砺「じゃ、そんなわけで、カモも来たことだし、ちょっと囲みますか」
宇佐美「ごめん、本当に、ごめん」
金砺「なに?」
宇佐美「すぐ戻んなきゃなんないの」
坪井「ほんとにぃ?」
宇佐美「ほんと、マジでいないとマズイんだ、ほんと、ごめんちゃい」
金砺「用事なら後回しにしてよ。どっちが大事なの?」
宇佐美「いやねえ、これから、デモ隊潰しにいかなきゃなんないの…今、途中で抜けてきたんだけど」
金砺「デモ隊?潰しに?」
宇佐美「うん、ちょっとうるさいのがいるんだよ、それを潰しに」
和美「デモ隊潰すって、どうするんですか?」
宇佐美「潰すっていうのは、あれだよ…戦車でぴゃーっと、鎮圧するっていうか」
和美「鎮圧って?」
宇佐美「(なんでそんな事を聞くんだろう?)」
金砺「(和美を指差して)こいつの彼氏が、今、参加してるんだよ、それに、バイトで」
宇佐美「あ、そうなんだ」
和美「鎮圧って?」
宇佐美「いや、詳しい事はわ岡本ね。だって、俺、何のデモかも知らねえもん」
金砺「なにかに反対しているデモなんじゃねえか?」
坪井「デモって、普通なにかに反対してやるもんじゃないの?」
  と、和美が宇佐美を凝視している事に気づいた。
宇佐美「なんだよ、俺のせいじゃねえよ」
  立ち上がり外に出ていこうとする和美に。
宇佐美「今、行くな」
和美「?」
宇佐美「今、行っても、巻き込まれて、何がなんだか分岡本なくなるだけだよ…悪い事いわねえから、二時間したら、現場に来な」
  と、立ち上がって、宇佐美。
宇佐美「(金砺達に)じゃあね」
金砺「またね」
坪井「気ぃつけて…」
  去る、宇佐美。
  一人、その場に立ちつくす和美。
金砺「ま、そんな訳らしいから、ここで待ってなよ、姉ちゃん」
和美「……せっかく……ようやく…」
  と、出て行く。
  間。
金砺「助けられるものなら、助けてやりたいね…」
坪井「俺達に出来ることならね」
篠原「本気で言ってんの?」
金砺「当たり前だろ、人間として」
坪井「右に同じ」
金砺「みんな生きててくれよん」
  と、帰ってくる塚本。
  洋子を見つけて。
篠原「(塚本に)おかえんなさい」
塚本「(洋子に)なにやってんだよ、人の職場で」
洋子「行商」
塚本「ハンコを押してくれる気になったのかと思ったよ」
洋子「なんで?」
塚本「なあ」
洋子「なに?」
塚本「頼むから、訳のわかんないことを言うのをやめてくれよ。こうなってしまった以上、俺達が夫婦でいる必要がどおにあるんだよ」
洋子「必要があるとかないとか、まだそんな事言ってんの?」
  と、始業のチャイムが鳴った。
篠原「さ、お仕事、お仕事」
  と、塚本が立ち上がり、所内の無職の人々に。
塚本「本日は、みなさまにご紹介できる職はございません。よって、ここにいるみなさまは、こっから出て行け」
金砺「塚本さん…」
塚本「とっとと出て行け」
  金砺と坪井は、渋々立ち上がり出口に向かう。
  洋子もまた、出ていこうとするが。
塚本「(洋子に)お前は残ってろ」
洋子「どうして?」
塚本「話がある」
  金砺と坪井は、出口付近のベンチにまた座り込む。
  二人、肩を寄せて。
洋子「わかりました」
塚本「(金砺と坪井に)さっさと出て行け」
  金砺と坪井、しょうがなく…
坪井「なんか、公私混同してねえか」
金砺「出るとこ出てもいいんだよ、俺は」
坪井「どこに出るのよ」
金砺「外……」
  二人出ていく。
塚本「(洋子に)座れよ」
塚本の前に座る洋子。
  塚本、篠原を見る。
  篠原、その視線を感じても、けして塚本の方を見ずに。
篠原「お茶煎れてこよっと」
  と、出ていく。
塚本「いいんだよ、俺の事なんか気にしなくっても」
洋子「どうして? どうして気にしなくっていいの? 私達夫婦なんだから、なにかあったら助け合わなきゃなんないはずよ。そうでしょ」
塚本「俺は、おまえを助けられはしないよ」
洋子「わかってるわよ」
塚本「だったら」
洋子「あなた、私のどこが好きで結婚したの?」
塚本「やめろよ」
洋子「もう、忘れちゃった?」
塚本「バカで悪かったな」
洋子「悪いとは言ってないわよ」
塚本「バカなところが好きで結婚するって事があるのかよ」
洋子「あるわよ、私がそうだもの」
  と、洋子自分のナップザックの中をまさぐり、ハンコを取り出す。
洋子「ハンコ、どこ押すの?」
塚本「ちょっと待て…おまえはこれに同意してるのか?」
洋子「これって?」
塚本「だから離婚だよ」
洋子「してないわよ」
塚本「だったら、なんで」
洋子「だから言ってるでしょ、あなたが別れてくれって言うから、別れるだけよ。私はずっと一緒にいたいもの…私ね、恐慌が起こってよかったと思ってるの」
塚本「なんで?」
洋子「あなたの面倒を、全部見てあげられるのがうれしいの。それが楽しいの。今、あなたが生きていられるのは、私のおかげよ。そうでしょう。私は、自分を大事にしなくちゃいけないなって、最近思うの。そう思えるようになったのは、あなたのおかげよ」
塚本「おまえはそれでいいのか、こんな俺でいいのか?」
洋子「いいって言ってるでしょ」
塚本「どこがいいんだよ」
洋子「だからバカなところだって」
塚本「いい加減にしてくれよ」
洋子「私がよくても、あなたがよくないんでしょ…それが息苦しいんでしょ」
塚本「…そうだよ」
洋子「別れてあげるって言ってるじゃない」
塚本「どうして、どこまでも俺を優先させようとするんだよ」
洋子「それが分からないでしょう」
塚本「わからんよ」
洋子「だからバカだって言ってるのよ」
塚本「もうそれはいいよ」
洋子「あなたが好きよ、ただそれだけ」
塚本「……」
洋子「これ書いて、ハンコ、押しとくね」
  と、ハンコを押す洋子。
洋子「どう? パンチドランカーみたいな気分でしょ」
塚本「一つ…いいかな」
洋子「なあに?」
塚本「おまえ、今までそんな事、言ったことなかったよな。それは、ずっと昔から、考えてた事なのか?前からずっと、そんな事、思ってたのか?」
洋子「もちろんよ。私はね、あなたと初めて出会った時から、何も変わってないのよ」
  と、荷物をまとめて立ち上がり、
洋子「今日、何時に帰ってくる?」
塚本「……」
洋子「ちょっと、聞いただけ」
  と、出て行く洋子。一人になった塚本。やがて、
塚本「こらこら、立ち聞きしてんじゃねえぞ」
篠原「お茶入りました」
  と、お茶持って入ってくる。
  そして、所内をわざとらしく見回し。
篠原「あれ? 奥様は?」
塚本「帰ったよ」
篠原「あらあら、ご挨拶もせずに」
塚本「全部聞いてたくせに」
篠原「二十四時間受け付けてくれるんですよ」
塚本「なにを?」
篠原「離婚届」
塚本「そうなんだ」
篠原「見せて」
  と、塚本、篠原に離婚届を見せてやる。
  篠原、それをしみじみ眺めて。
篠原「そうそう、これこれ、私もこれ書いて、ハンコ押したもん。これで、同じバツイチ同士ね」
塚本「それを出せばな」
篠原「仲良くしましょうね」
塚本「どういう意味だよ」
篠原「だって、これで私、拓弥さんに結婚を申し込むことが出来るのよ」
塚本「もう結婚なんかしねえよ」
篠原「ずるい…さんざん待たせて」
塚本「人聞きの悪いことを言うなよ」
篠原「でも、そう言うと思ってた」
  と言うなりライターで離婚届の端に火をつける。
  あっと言う間に燃え上がる離婚届。
塚本「あっ!」
篠原「燃えちゃった」
塚本「なんて事を」
篠原「だったら、もう少し夫婦でいなさい」
  と、追い出された坪井が帰ってくるなり。
坪井「塚本さん…」
塚本「?」
坪井「塚本さん、あんた人殺しだよ」
塚本「え?」
坪井「あんた、人殺しだよ」
塚本「…人殺し?」
篠原「まさか…奥様が…」
  と、よれよれになった金砺が、戻ってきてベンチに転がる。
金砺「大丈夫、大丈夫ただの日射病だから」
坪井「あんたが今、いやになるくらいの青空の下に無理矢理、追い出したりするから」
   そして、金砺に。
坪井「大丈夫か、おやじ」
金砺「ちょっと、横になってりゃ…ああ…天井が回る」
   と、岡本が入ってくる。
塚本「(岡本を見て)あれ?」
岡本「あ、塚本さん」
塚本「今日初めて会うよな」
岡本「おはようございます」
塚本「今、何時だ」
岡本「いや、あの…」
塚本「今、何時だ…」
篠原「午前中、市役所で馬のエサの配給があったんだって…」
塚本「馬のエサ?」
金砺「さっきの六億円、なにと交換してきたの?」
岡本「トウモロコシと…」
篠原「コーン?」
岡本「ええ、トウモロコシ4本と」
金砺「一本増えただけじゃねえか」
岡本「現代のわらしべ長者はそんなもんですよ…」
塚本「早くこっち来いよ…」
岡本「はい…」
  と、岡本、外に出ていく。
  (外から回らないと、カウンターの中には入れません)
金砺「なあ、塚本ちゃん」
塚本「なんだよ」
金砺「紹介する職のない職安ってのも、虚しいもんだな…」
塚本「別にここだけが虚しいわけじゃないだろ…スーパーだって、デパートだって…売るものなんかありゃしねえじゃねえか…」
  と、喪服を着た加藤が来る。
加藤「(篠原に)どうも」
篠原「お疲れさま。どうでした?」
加藤「なかなか盛大でしたよ」
岡本「すいませんね、なんだか」
加藤「いいんですよ、ジャンケンに弱い私が悪いんですから」
篠原「今でも信じらんないね」
加藤「香典! 凄かったですよ。九百八十兆円」
岡本「九百八十兆円ね」
塚本「労災っておりるの? 仕事の帰りにテロにあうと」
加藤「出るらしいですけどね…支払いがね、今、難しいですからね」
  と、香典返しを取り出して、
加藤「はいこれ、香典返し」
篠原「パンストだ」
加藤「気の利いた遺族よね」
篠原「最近ないよね、パンストって」
加藤「はい」
  と、加藤、岡本と塚本にも香典返しを渡す。
岡本「え、僕にもパンストですか?」
加藤「そうよ」
塚本「俺がパンストもらってどうするの?」
加藤「奥さんにあげればいいじゃないですか」
塚本「……」
加藤「そういえば、吉田さんの葬儀に来てましたよ」
篠原「だれ?」
加藤「中山さん」
篠原「中山妙子?」
加藤「そう」
篠原「どうしてるの、今?」
加藤「元気そうでしたよ」
篠原「そう…」
加藤「総務にも遊びに来て下さいよね」
篠原「うん、行く行く」
加藤「とっておきの日東紅茶煎れますから」
  と、やって来るきくりん。
  塚本に。
きくりん「求人にやって来たんだけど」
塚本「え?」
きくりん「求人にやって来たんだけど」
  と、加藤が出ていく。
加藤「じゃあね」
塚本「どうもね」
岡本「お疲れさま」
  きくりん、辺りを見回して。
きくりん「こんだけなの、無職の方々は」
坪井「さっきまでは人がいっぱいいたんですけどね」
きくりん「この時代、職安なんて、無職の人々であふれ返ってるかと思ったのに…」
  と、やってくる中西。
中西「ども…」
金砺「ああ…生きてるかい?」
中西「おかげさまでね…」
金砺「おかげさんでって、俺はなにもしてないけどね」
中西「(見回して)なんだか、みんな元気ないな」
坪井「あんた一人元気そうな、口ぶりだな」
中西「元気ですよ」
坪井「なんで?」
中西「うちの劇団に、外貨が流れ込んできましてね」
金砺「なんだ、そりゃ」
中西「香港ドルですよ。ものの五十ドルもあれば、うちの劇団員全員に箸の立つ雑炊を食わせてやれるんですよ」
金砺「月々五十ドル? パトロンでも見つけたのか?」
中西「まあ、そんなとこですよ…しかもお客は連日超満員。どこへ行くにも、かさばる金を持ち歩かなきゃならない時代に、ただ同然の入場料で、二時間弱時間がつぶせるんですからね」
きくりん「食べ物もない、明日もない今だからね、お客が何かを求める力も強くなる
んでしょうね…そんな時代が良いのか悪いのか分かりませんけどね…」
金砺「悪くはなさそうな口振りだな」
中西「とりあえずは幸せですからね」
塚本「その、幸せなあんたが、今日は何をしに職安に来たんだよ」
中西「業務拡張につき、一緒にお芝居の出来る仲間の募集です」
金砺「ギャラはどうなってんの?」
中西「稽古に入れば、オニギリ食べ放題です。稽古終了後にビールも出ます」
坪井「タイ米?」
中西「カリフォルニア米です」
金砺「すげえな…」
中西「だから言ったでしょう。我々には、月々、五十香港ドルを出してくれるパトロンがいるんですよ…」
きくりん「五十香港ドルがいくらだかわかる?」
坪井「見当もつかねえよ」
金砺「俺達、社会の深海で生きてるからさ」
篠原「オヤジ…ずいぶん簡単に回復するなあ」
金砺「な、なにが」
篠原「なにがじゃねえよ、日射病だよ」
金砺「あ…ああ」
篠原「仮病だったな」
金砺「そんな事ないよ…外はもう、うんざりするような快晴なんだから…出てみりゃ分かるよ」
篠原「駄目よ、私、仕事中だもん」
塚本「なあ、岡本君」
岡本「はい」
塚本「なんだか、ここにいるのが、だんだん馬鹿らしくなってきたな」
岡本「塚本さん…」
きくりん「しょうがないわね。(中西に)じゃ、行こうか」
中西「そうしますか」
塚本「悪いね、役に立てなくて」
篠原「…おにぎり食べて、ビール飲みたいのもやまやまだけど…そろそろ、夜、外出できなくなるわよ」
きくりん「どういう意味?」
篠原「戒厳令が出るって」
きくりん「噂でしょ、そんなの」
塚本「それでも、あんたは、芝居をやるの?」
中西「もちろん」
きくりん「そしたら、私は手を引くわよ、もちろん」
金砺「あんたら、どういう関係なんだよ」
きくりん「大人の関係よ」
中西「そういう事です」
きくりん「じゃ、駅の方へ行って、告知してみよっか。あっちの方が、無職の連中は多いかもね」
中西「そうですね」
  と、きくりんと中西は出ていく。
中西「(金砺達に)それじゃ、またね」
塚本「演劇やってて食えて、なんでまじめに働いている俺達が食えないんだよ」
岡本「なんか、革命でも起きたみたいだよな」
篠原「なに言ってるのよ」
塚本「え?」
篠原「起きたのよ、革命は」
塚本「いつ?」
篠原「お金っていうのはね、経済の流れの中の交換手段として重要なだけじゃなくってね、社会がそれによって、私達の仕事を評価して、さらにそれによって、私達自身が、自分を評価する基準として重要なのよ。だから今みたいに、お金の価値がなくなっちゃったら、人間一人一人の自己評価の基準までなくなっちゃうのよ。あくせく貯めた貯蓄が、ほんの数ヶ月でゼロになったのよ。考えてもみなさいよ。一瞬にして、みんな平等になったのよ。これは今まで、どこの革命も成し得なかった事なのよ。日本の社会は、根底から覆されたのよ。日本における本当の革命はインフレーションだったのよ」
岡本「そうなんですか」
塚本「言いたい事はそれで終わりか」
篠原「残された価値はただ一つになったのよ」
塚本「なんだよ」
篠原「人間性よ」
  と、早貴の声。
早貴「すいましぇーん」
  そして、三田村に背負われた早貴が帰ってくる。
坪井「あれ? あんたら」
金砺「デモは? 大丈夫だったの?」
三田村「いや、行きそびれちゃったんですよ」
早貴「すいましぇーん」
三田村「日射病になっちゃったんですよ」
坪井「日射病?」
金砺「体弱いんだね…野菜食え、野菜」
坪井「会わなかった?」
三田村「誰に、ですか?」
坪井「女だよ、あんたの」
三田村「和美ですか?」
坪井「あんた探しに行ったよ」
三田村「どうして?」
坪井「あんたがバイトで参加しようとしてたデモ、鎮圧されちゃうとかで」
三田村「……」
坪井「知らねえ?」
三田村「じゃあ、のぞみは俺を探しに?」
金砺「戦車が、出るって」
三田村「本当なんですか?」
金砺「ぴゃーって」
三田村「どこですか?」
金砺「今、行くな」
三田村「でも!」
坪井「今、行っても…巻き込まれて…何がなんだか分岡本なくなるだけだってよ」
三田村「でも、じゃあ、どうしたら!」
坪井「…二時間したら、現場に行きなって」
三田村「そんなわけにはいきませんよ、どのへんなんですか? せっかくですね、ようやくですね!」
篠原「落ち着けよ!」
  と、篠原、坪井達を見る。
金砺「なんだよ」
坪井「オヤジがさっき、姉ちゃんが出てった時、止めないからさ」
金砺「後悔、先に立たず」
篠原「後の祭りよりはいいんじゃないの」
三田村「どこ…どこに…戦車が…」
金砺「あんたはここにいな!」
三田村「でも!」
金砺「宇佐ぴょんがどういう人間か知らねえだろう?」
坪井「あいつ、打ち筋がストレートで乱暴だからなあ」
金砺「そうそう、素人さんの手には負えません…ここにいな」
坪井「(早貴に)よかったんじゃねえか、日射病になって」
三田村「すいません、じゃあ、ここにいるって、伝えてもらえますか」
金砺「あんたが、ここにいるって知ったら、安心するだろう」
坪井「そうですね…俺なら―」
金砺「―職安にいるぜ…か」
  金砺、弾倉の弾を確認して、銃に叩き込んだ。
  『リリー・マルレ-ン』が小さく流れ始める。
金砺「急ごう」
坪井「ええ…」
  そして、出ていく金砺と坪井。
  その後ろに深く頭を下げる三田村。
三田村「すみません」
  『リリー・マルレーン』次第に大きくなる。
  やがて、塚本が立ち上がり。
塚本「ちょっとトイレ」
岡本「サボりですか?」
塚本「バカ言ってんなよ…二時間で戻る」
  出て行く塚本。
篠原「岡本ちゃん」
岡本「なんですか?」
篠原「お茶、煎れないの?」
岡本「煎れて欲しいなら、欲しいって言ってくださいよ」
  と、岡本、立ち上がり給湯室へ。
  『リリー・マルレーン』盛り上がって、暗転。  
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