『キタイ』 脚本 じんのひろあき
 登場人物

 伏姫

 イキタイ 犬塚信乃
 テキタイ 犬山道節
 ユキタイ 犬坂毛野
 キキタイ 犬飼現八
 カキタイ 犬村大角
 ウキタイ 犬田小文吾
 トキタイ 犬江親兵衛
 ナキタイ 犬川荘助

 、大法師

 ケキタイ
 コキタイ
 チキタイ

 ロキタイ
 ニキタイ

 フルタチイチロウ

  客電。
  宇宙ロケット打ち上げの実況が流れ…
声「9…8…7…6…5…4…3…2…1…」
  発射の爆音、ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
  その音と共に暗転。

  舞台奥に台。
  床は様々な色の風船で埋め尽くされている。

●地球の衛星軌道上
  ソ連の人工衛星スプートニク二号。
  その中に女の姿。
  彼女は人ではなくライカという名の犬。
  であり、伏姫。
  そのスプートニクから伸びたロープの先、八人の犬士。
伏姫「マイライフアズアドック。一人の少年が毎日の日記の最後に書き記す。
マイライフアズアドック、僕の人生はその犬よりはましだ、と。その犬、ライ
カ犬はある日、ロケットで打ち上げられた。九十分で地球を一回りする周回軌
道へ。そして、そのまま、ずっと、ずっと地球を回り続けている。もちろん、
そんなことを犬が望んだわけではない。少年はスエーデンの片隅で日記を書
き、その最後に書き添える。マイライフアズアドック、僕の人生はその犬より
はましだ。と。スエーデンの片隅で生きる少年は自分の人生があまりめぐまれ
たものではないことを知っていた。けれども、と彼は思った。あの、わけもわ
からずに宇宙にロケットで飛ばされてしまった犬よりは、ましな人生なのでは
ないか。マイライフアズアドック。あの犬よりはましな人生。…私は二度と…
戻れない…青い地球。青い地球には戻れない。青い地球には二度と戻れない。
あの大地に…帰って…キタイ」

●秋葉原の地下・ロボット格闘場
  薄暗いアンダーグランドの競技場。
  金を賭け、ロボットを戦わせる競技場。
  ライト明滅。コントラスト激しい。
  金を握りしめた、ここよりほかに行き場のない者達の罵声と怒号。
  スプートニク二号のロープはこの格闘場のリングのロープへ。
  そして、煽るように司会者フルタチの声。
フルタチ「さぁ! いよいよ第十二試合、メインイベントの時間がやってまい
りました。ここアンダーグラウンドロボットバトルはさらに白熱、ヒートアッ
プしていきます」
リングアナ「青コーナァァァァーの格闘ロボットォォ、犬山道節ぅぅぅ、入場
です」
フルタチ「短い花道を巨大な装甲人型ロボット犬山道節。コントローラーによ
って操縦されて、ゆっくりと、ゆっくりと歩みを進めてゆきます」
  まとわりつく観客達。
  テキタイを囲む後の期待外れの面々(ケキタイ、チキタイ、コキタイ)が
その観客を威嚇し、吠る。
  その真ん中を歩くリモコンを持った男、テキタイ。
  背後に立つテキタイのロボット犬山道節。
フルタチ「さあ、変わりまして赤コーナー、背丈三メートルの人型ロボット犬
塚信乃の入場です。道節と信乃、互いが三勝三敗一引き分けというまさに互角
の実力、互角の戦いに今日、決着をつけたいと思うのは、この八角形のリング
の周囲に詰めかけた、しわくちゃの金を握りしめて雄叫びを上げる人々ばかり
ではありません。さあ、今、控室で、心のゴングを自ら鳴らそうというのか
…」
  イキタイ登場。
  テキタイがリング上から煽る。
テキ「犬塚信乃、怖じ気づいたか、早いとこ出てきやがれ」
イキ「るせぇ…」
テキ「しょんべんちびってんじゃねえぞ、おらぁぁ」
イキ「うるせえって言ってんだよ」
テキ「出てこい、おらああ」
イキ「待ちやがれ! 行ってやるぜ、信乃、来い!」
  イキタイのロボット犬塚信乃の駆動音。
  ぐおおおおおおおお…
リングアナ「赤、コオナアアアァァ、犬塚シイィィノォォ」
フルタチ「犬を戦わせる闘犬の伝統の末裔、場末のこのリングにおいて、鉄と
ステンレスと、ボルトとナットで作られたまさに闘犬のようなロボット犬塚信
乃と犬山道節のデスマッチのゴングが今、打ち鳴らされようとしています。天
下無双のロボットバトル。電流オーケー、火薬オーケーのデスマッチ。さあ、
おまたせいたしました、赤コーナー、犬塚信乃! 今、見参です」
観客の声「信乃!」
観客の声「信乃!」
観客の声「信乃!」
観客の声「犬塚信乃に五百!」
観客の声「こっちは八百!」
観客の声「俺はこっちにあと五百追加だ!」
  などなどと口々に…
  その花道を来るイキタイに襲いかかるテキタイ。
テキ「いつまで待たせんだよ、ばかやろう」
フルタチ「おっと、試合開始前にもかかわらず、殴りかかっていく、これは掟
破りのフライング戦法だ」
イキ「まだゴングが鳴ってねえだろうが!」
テキ「先制攻撃だよ!」
イキ「てめぇぇ、今日という今日は…」
テキ「ほざけ! ぶっ潰されてぇかぁ」
フルタチ「まだゴングは鳴っていない、まだゴングは鳴っていない、しかし、
戦いの火ぶたはすでに切って落とされています」
テキ「くらええぇぇ」
イキ「うおおおおお」
フルタチ「二人がもつれあい、殴り合っていたかと思うと、二人、同時に身を
よじらせて倒れ込んだ。これはどういうことか、なにが起きたか、なにが起き
たか…」
イキ「熱い、熱い。体が熱い、まただ…燃えるように…」
テキ「俺の体が…熱いんだ…」
  この地下競技場の客席の後ろ、すっくと立つ、大法師、その側にユキタ
イ。
、大法師「あれか…あの男達か」
ユキ「そう、私の体に浮かぶ文字が告げる…ユの文字が熱く痛んで私に告げ
る」
、大法師「あの者達は…兄弟」
テキ「おまえと戦う度に、いつも俺の左の肩が火照る」
イキ「俺の右の胸が痛む」
、大法師「あの男の胸に、イの文字」
イキ「(痛みに)う、う、うわぁぁぁ…」
、大法師「あの男の肩に、テの文字」
テキ「それでも! 俺はおまえをぶっ潰す!」
イキ「この痛みこそ、俺の怒りのガソリンだ!」
、大法師「そこまでだぁ!」
  、大法師、リングに降り立った。
  組み合おうとするイキタイとテキタイを手にした六尺棒で右に左にとなぎ
払う。
フルタチ「おっと、リング上に乱入者だ」
、大法師「おまえ達は戦ってはならぬ!」
テキ「なんだてめえは!」
、大法師「我が名は、大法師(ちゅだいほうし)!」
イキ「どけ! 邪魔すんじゃなねえ!」
、大法師「ならぬ。おまえ達のその力は、兄弟で殺し合うために与えられたモ
ノではない!」
イキ「兄弟?」
テキ「こいつと俺が兄弟だと?」
イキ「笑わせるな!」
ユキ「冷たい空に走る雷のごとく、その犬は天駆けた。その胸の内には火をた
たえた、雷火の犬」
イキ「ライカの犬!」
テキ「ライカ犬!」
、大法師「戦うな、引け、引くんだ」
イキ「俺に命令するんじゃねえ、俺は俺の自由にイキタイ。今は目の前のそい
つを叩きのめしたい。ただそれだけだ」
テキ「俺はこいつを潰す。叩きつぶす。戦っテキタイんだ」
  と、そこで警報がけたたましく鳴り響く。
警察1「警察だ! 動くんじゃない!」
客の声「手入れだ!」
客の声「警察だ! 逃げろ」
客の声「逃げろ!」
客の声「逃げろ、逃げろ、逃げろ!」
  だが、その喧噪、一瞬にして無音へ。
  イキタイの目の前にひらひらとアゲハ蝶。
イキ「待て、蝶がいる…アゲハ蝶がいる…秋葉原の地下四十五メートルに蝶が
…舞っている」
ユキ「その蝶に付いていって…」
イキ「なんだと?」
ユキ「この蝶について…逃げて、早く!」
イキ「犬塚信乃を! 俺の、俺のロボットを置いてはいけねえ!」
ユキ「逃げて!」
イキ「信乃!」
、大法師「急げ! その蝶に続け!」
  、大法師に突き飛ばされるようにしてイキタイ、駆け出す。
  ××  ××  ××
  一方、テキタイ達。
ゲキ「こっちはダメだ」
コキ「こっちもダメです」
チキ「絶体絶命!」
テキ「くそおお…しかも」
ゲキ「しかも?」
テキ「俺の体の痣が、テの文字の痣の熱と痛みがましている」
  カキタイ、キキタイが登場。
カキ「なにをしている、こっちだ」
テキ「てめえは誰だ?」
キキ「逃げたい? 逃げたくないの?」
チキ「もちろん、逃げたいです」
キキ「ならばこっち」
コキ「わあああい」
  と、はける。
ゲキ「続け!」
  と、はける。
チキ「ありがとうございます」
  と、はける。
カキ「なにをしている、テの文字を持つ者!」
キキ「遅れるな、手遅れになるぞ」
テキ「おまえらいったい、何者なんだ?」
キキ「それを私に聞くか、聞きたいってのは私のほうさ。私は体にキの文字を
持つキキタイ」
カキ「私は体にカの文字を持つカキタイ」
カキ・キキ「我ら、ツンドラの大地、ソ連の果てから打ちあげられた、人工衛
星スプートニク二号に乗せられし、ライカ犬の子供」
  テキタイを連れてはけていくカキタイとキキタイ。
テキ「意味わかんね~よ~」

●秋葉原ネオラジオシティ
  迷路のようなその作り。
ユキ「ひらりひらりと、舞い遊ぶように姿みせたアゲハ蝶」
イキ「待て、待ってくれ…いったいいくつの階段を上り、いくつのドアを開
け、いくつの角を曲がる?」
ユキ「ここはアキバの九龍城」
イキ「クーロン城?」
ユキ「電子のパーツが売られている魔窟。今はなき香港九龍城を真似て作られ
てる。一歩足を踏み入れたら最後、出口にたどりつける者は、わずか数パーセ
ント。誰でも体験できる迷惑な脱出ゲーム付きのショッピングセンター、それ
が秋葉原ネオラジオセンター」
イキ「おまえは…迷わないのか?」
ユキ「ワタシはこのネオラジオセンターで生まれ育った、魔窟の娘。この中は
目をつぶってても歩いて行ける」
現れる、大法師。
イキ「誰だ!」
、大法師「おまえか、イの文字を持つ八犬士の一人は」
イキ「八犬士? なんだそれは?」
、大法師「天駆けるライカの犬が放つ、雷火の光落つる先、八人の子らの命が
生まれた。雷火の犬、伏姫の子」
ユキ「私たちはその八人の子の一人」
イキ「なにを証拠に?」
、大法師「口を開けさせろ」
  ユキタイがイキタイの口を開けさせる。
  イキタイは口を開けまいともがきながら。
イキ「俺をどうするつもりだ!」
、大法師「歯の治療だ。おまえが犬の子かどうか、診断してやる。言ってなか
ったか? 俺は歯医者だ」
イキ「負け犬か!」
、大法師「負ける敗者ではない、デンティストの歯医者、日々、虫歯と戦う歯
医者だ」
イキ「俺に悪い歯はない」
、大法師「ないわけはない」
ユキ「とっとと開けてぇぇ、おら、おら、おら、おら、おら」
イキ「(口を開いた)んがっ!(そして、口を開いたままで)ホレハ…ワルヒ
ハハナヒ(俺は悪い歯はない!)」
、大法師「みろ、こいつの歯を。立派な糸切り歯じゃないか」
イキ「ホレハ…ワルヒハハナヒ」
、大法師「立派な糸切り歯を持つ犬士」
ユキ「立派な犬歯。間違いない、立派な八犬士の一人だ」
、大法師「おまえは自分が立派な犬士であることに気づいちゃいない」
ユキ「犬の侍、それが犬士」
、大法師「犬歯は牙」
ユキ「牙は武器」
、大法師「いざとなったらこれで戦うことだってできる」
ユキ「それがキバ戦」
伏姫「イキタイ」
テキ「イキタイと…俺の耳に囁く、あの声は誰だ?」
、大法師「おまえの親、雷火の犬だ」
イキ「ホレノ…ホヤハ…犬ジャナイ…」
ユキ「親が誰かまだ知らないだけよ」
、大法師「親を知らない」
イキ「ほやほ、ひらなひ…」
、大法師「どうりで…おまえの立派な犬歯と同じくらい、立派な親知らずがあ
る」
ユキ「親知しらずの犬士よ」
、大法師「この、親知らずの、親知らずを、今、抜いてやる」
  、大法師、イキタイの親知らずを抜く。
イキ「は、は、は、ああぁぁ!」
  、大法師、抜く。
ユキ「ぐりぐりぐりぐり」
イキ「は、あ、ああ…」
ユキ「ずぼっ! (それを捨てた音)からん、ころん、からん…」
イキ「親知らずが抜かれて…俺は、親を知る」
伏姫「イキタイ」
イキ「ライカの犬…俺の…親」
、大法師「親だけではない、おまえはおまえ自身を知るのだ」
イキ「俺は誰より俺が一番よく知っている」
、大法師「それは本当か?」
イキ「なんだと?」
、大法師「本当におまえはおまえのことをわかっているのか、と、訊いている
んだ」
イキ「なんだと?」
、大法師「じゃあ、この奥歯の奥はどうだ」
イキ「奥歯の奥?」
、大法師「親知らずがあった奥歯の奥、さらに、もう一本、余計な臼歯があ
る」
イキ「親知らずの奥に?」
、大法師「我知らず、という余計な歯だ」
ユキ「ワレシラズ」
、大法師「我知らずがある限り、おまえは、おまえのことなぞ、わかっちゃい
ない」
ユキ「ぐりぐりぐり」
イキ「うおおおおお」
ユキ「すぽん、からからから~ん」
イキ「奥歯の奥、我知らずを抜かれて、俺は我を知る…」
、大法師「おまえは誰だ?」
イキ「熱い、俺の体の、イの文字が熱い」
、大法師「今、まさにキタイが高まっている。イの文字がおまえの体で燃えて
いるだろ」
ユキ「、大法師は、キタイを集めるのが仕事」
イキ「キタイを集める」
キキ「それが使命」
カキ「おまえの体のイという文字にキタイを寄せる」
伏姫「イキタイ」
、大法師「イキタイ、それがおまえ」
伏姫「出会いなさい、イキタイ」
イキ「出会う? 誰と?」
伏姫「おまえとおなじように、体に一つの文字を持つ者達と…」
ユキ「私の体にも、同じように浮かび上がる文字」
イキ「それは!」
ユキ「ユ、の文字」
、大法師「その体に浮かび上がる熱を持つ文字に、キタイを寄せてみろ」
ユキ「私は…ユの文字を持つ、ユキタイ。八犬士の一人。あなたはイの文字を
持つイキタイ」
伏姫「八人の子らよ、立派な牙を、犬歯を持つ八犬士よ。北へ。北へ。そこは
おまえ達にしかたどり着けぬ場所…」
テキ「そこは…いったい…」
伏姫「城へ?」
テキ「城へ」
伏姫「城の中へ、そして天守閣を下れ」
テキ「天守閣へ…(怪訝)それを下る」
伏姫「それはおまえとおまえのロボット犬塚信乃にしかたどり着けぬ場所」

●テキタイの側
  カキタイとキキタイに導かれ、とある場所に逃げ延びたテキタイとその仲
間達。
  場所は違えど先のイキタイが拘束されているのと同じ光景。
  テキタイが捉えられ、その両脇にキキタイと、カキタイ。
  期待外れの面々はそれを取り囲むように居る。
  キキタイが葡萄の房のように連なった小さな風船を手に持ち、それをテキ
タイの頭の後ろに差し出している。
  カキタイ、銀色に鈍く光る鋏を取り出し、一瞬、チャキチャキ言わせたか
と思うと、キキタイが持っている風船を鋏で次々割っていく。
カキ「はい(パン!)、はい(パン!)、はい(パン!)、はい(パン!)、
はい(パン!)、はい(パン!)、はい(パン!)、はい(パン!)、はい
(パン!)、はい(パン!)、はい(パン!)、はい(パン!)、はい(パ
ン!)、はい(パン!)、はい(パン!)、はい(パン!)」
  テキタイも一つ割られるごとに、
テキ「わっ! わっ! わっ! わっ! わっ! わっ! わっ! わっ!わ
っ! わっ! わっ! わっ!わっ! わっ! わっ! わっ!」
  ついに、
テキ「やめろ、やめろ、やめてくれ」
ゲキ「テキタイの兄貴になにしやがる!」
  と、ゲキタイ、飛びかかろうとする。
  が、それをすっとカキタイが伸ばした手の先の鋏の切っ先が制した。
コキ「なにをする気だ」
チキ「兄貴~」
カキ「毛繕いだよ(割る)グルーミングだよ(割る)トリマーだよ(割る)」
テキ「トリマー?」
キキ「あれ、知らないかな。犬の毛並みを整え人のこと」
テキ「俺は犬じゃない」
カキ「はあぁ?」
キキ「今、なんと」
カキ「俺は犬じゃない?」
キキ「そう聞こえたけど、間違いだよね」
テキ「取り巻くな」
カキ「トリマーだから取り巻きますとも」
テキ「だからなんでトリマーが取り巻く」
キキ「あれ、知らないかな。犬の毛並みを整え人のこと、またはその行為」
  と、また、風船を一つ割る。
テキ「やめろ、なにをする、俺は犬じゃない」
キキ「犬が犬として身ぎれいにするに越したことはないじゃない」
カキ「身繕い、身繕い、こぎれいにしてないと、恥カキタイ?」
キキ「脇の下、内股など目立たない場所で、毛玉になりやすいもんなんです
よ、ワンちゃんは」
テキ「だからワンちゃんじゃねえって言ってんだろ!」
カキ「おまえはテの文字を持つテキタイ」
テキ「俺はそんな名前じゃねえ!」
キキ「テの文字にキタイを寄せろ。おまえはテキタイ。俺達の仲間だ」
テキ「離せ、離せ、俺はおまえ達の仲間なんかじゃない」
  と、テキタイ、キキタイに噛みつく。
テキ「ぐわっ、ぐぐぐ」
キキ「うわ、こいつ噛みついた、私に齧り付いてる。たたたたた…」
カキ「離せ、キの文字を持つキキタイを聞き囓るな」
テキ「体に文字なら、俺のセコンドについていた、こいつらにだってみんなあ
るさ」
キキ「なんだと?」
カキ「本当かそれは」
テキ「見せてやれ」
ケキ「俺の体にはケの文字」
キキ「ケだと?」
カキ「その文字にキタイを寄せてみろ」
ケキ「ケキタイ」
キキ「どういう意味だ」
チキ「私の体にはチの文字」
カキ「その文字にキタイを寄せてみろ」
チキ「チキタイ」
キキ「なんだと、聞こえねえな」
チキ「チキタイ! チキタイ! チキタイ!」
カキ「意味わかんねえな」
コキ「俺の体には、コの文字」
カキ「その文字にキタイを寄せてみろ」
コキ「コキタイ」
キキ「あああん?」
コキ「コキタイ! コキタイ! コキタイ!」
キキ「うるせえ、コキタイ、コキタイって、屁でもこくのかよ!」
カキ「おまえらみんな、キタイを添えても意味をなさねえ」
キキ「キタイするだけ無駄ってこった」
カキ「そういうのをなんて言うか知っているか」
キキ「期待外れっていうんだよ」
テキ「てめえら…俺の手下を馬鹿にすんじゃねえぇぇ」
キキ「おお、大きく開けたおまえにも立派な糸切り歯があるじゃないか」
カキ「立派な犬歯があるじゃないか」
キキ「それはまるで牙のごとく」
テキ「立派な俺のこの犬歯が牙であるなら、せいぜいその牙を向くだけさ」
カキ「こちらに牙をむくな」
キキ「こいつ刃向かう気だ」
カキ「自分の運命も知らずに」
テキ「運命? 俺の運命?」
キキ「そうだ、おまえの運命だ」
カキ「運命とは運ばれた、命」
テキ「どこから運ばれた?」
カキ「地球の衛星軌道上から」
テキ「それはどこに運ばれた」
キキ「おまえの肩に…」
テキ「この肩にあるのはテの文字」
キキ「千九百五十七年十一月三日ソビエト連邦によって打ち上げられた宇宙船
スプートニク。そこに乗せられたの一つの命」
カキ「それに乗せられた犬の名前はライカ、雌、三歳、人間の年齢で言うなら
十七歳」
キキ「千九百六十年十一月のあの日…あの空を流れていく雷火の犬のキタイを
背負いし者よ」
テキ「うわああぁぁ」
カキ「スプートニク二号より運ばれし命、運命の子よ」
テキ「運命は俺に…なにを命じる?」
カキ「仲間を集めよ。おまえ達と同じように体にライカ犬の願いの文字を持つ
八人の者を」
テキ「八人が集まると、どうなる…」
伏姫「城へ向かえ」
テキ「城へ向かう?」
伏姫「天守閣を目刺し、そこを降りろ」
テキ「天守閣を…降りる? すまんが…親の期待には背くことにしてるんだ」
  と、踵を返すテキタイ。
キキ「逃げ去る気か、おまえは仲間だ」
テキ「おまえらは仲間じゃない。俺には仲間がいる、おまえらが期待外れとの
のしる奴らが…俺の仲間はこいつらだ。おまえらは仲間じゃない、敵だ。俺に
あれこれ指示する俺の敵、テキタイの敵、敵の前からは逃げ出すに限る」
キキ「敵前!」
カキ「逃亡!」
テキ「その通りだ!」
  テキタイ、身を翻した。
  ケキタイ、チキタイ、コキタイも後に続く。

●再び秋葉原ネオラジオセンター
  、大法師、ユキタイ、そして、イキタイの前でテキタイを逃した報告をし
ているカキタイ、キキタイ。
、大法師「テキタイが敵前逃亡だと」
カキ「甘かった…ライカの犬の子供である証、文字の痣の熱と痛みが引き合う
なら、志を共に、城へ向かってくれると信じていたのに…」
キキ「いや、それでも奴も八犬士の一人であるなら、たとえ一人でも城へ向か
ってくれるはず…スプートニク二号から運ばれた命、運命により、やつは命を
この地に宿した」
ユキ「宿した命に宿る宿命」
キキ「宿る宿命を飛び出した宿無しの犬」
、大法師「テキタイに敵前逃亡された今、残る犬士はウの文字を持つ、ウキタ
イ、ナの文字を持つナキタイ、ト、の文字を持つトキタイ」
キキ「ウキタイとトキタイの居場所はわかってる…」
ユキ「手分けして、とっつかまえて仲間に入れないと、だね」
キキ「そして、一刻も早く、城を目指さねば」
イキ「城へ…向かえ…城とはなんのことだ…」
キキ「イキタイ…」
カキ「親を知ったか…」
イキ「天翔るライカの犬」
キキ「そうだ」
イキ「おまえ達も、親知らずを抜き親を知ったというわけか」
カキ「ちがうな」
イキ「違う?」
キキ「親知らずを抜き本当の親を知ることは、それまで育ててくれた、育ての
親を忘れるということだ」
キキ「そんな情け知らず、礼儀知らず、世間知らずは犬畜生に劣る…」
カキ「私達は生みの親を親と思い、育ての親を親と思う…見ず知らずの私達を
大切にここまで大きくしてくれた…」
キキ「父さん!」
カキ「父さん」
  と、ここで、、大法師が六尺棒でドン!と床を突いた。
イキ「そういう話か!」
、大法師「育ての親とて、親は親。親の心子知らずだとばかり思っていたが、
父さんと呼んでくれる日が来ようとはな」
  そして、出て行こうとするイキタイ。
ユキ「イキタイ、どこへ?」
イキ「城へ向かう戦いの話ならいざしらず、俺は家族がどーしたとかって話が
でえっきれえなんだよ。俺はイキタイ。俺は俺のロボット、犬塚信乃を取り戻
しにイキタイ」
、大法師「ユキタイ、付いていけ」
ユキ「あいあいさー」
イキ「おまえはなんなんだ」
ユキ「私はユの文字を持つユキタイ、あなたに付いてユキタイ。おいで毛野」
イキ「このアゲハ蝶…」
ユキ「私が作った羽ばたき型マイクロロボット、犬坂毛野」
イキ「これが…ロボット、まるで本物のアゲハ蝶のように…ひらりひらりと舞
い遊ぶように…」
ユキ「喜びのとしてのイエロー、憂いを帯びたブルーに、世の果てに似ている
漆黒の羽…ポルノグラフィティさん、お借りしました」

●ロボット格闘場
  警察の手入れ後。
  キープアウトの黄色と黒のテープが貼られている中で、机にアナウンサー
の男フルタチと警察が向かい合い、フルタチ、執拗な取り調べを受けている。
警察1「ロボットを戦わせる」
フルタチ「そうです」
警察2「詰めかけたお客は強いロボットに金を賭ける」
フルタチ「そうです」
警察1「勝利したロボットに賭けた者は配当金を受け取る」
フルタチ「そうです」
警察2「そして、そのロボットの持ち主にも配当が渡される」
フルタチ「そうです」
警察1「だからそのロボットの持ち主は、どこの誰だって聞いてるんだよ」
警察2「それをさっきから聞いているんじゃねえか」
フルタチ「ですから…それは、わからない、と」
警察1「わからないじゃ、わからないだろう!」
  と、やってくるナキタイ。
ナキ「ども、ども、ども…(そして、犬塚信乃を見つけ)こいつですか、産業
廃棄物は」
警察2「おお、産廃業者」
ナキ「はい、はい、毎度ありがとうございます。産業廃棄物のあるところ、ど
こでも参上、参拝いたします。一度ならず、二度三度、三拝九拝いたします、
産廃業者のス、でございます。いらない物をば捨て去る産業、ステル産業
『ス』でございます。ステルスとお呼びください」
警察2「そこにある人型ロボットを捨ててくれ。犬塚信乃だ」
ナキ「こんな立派なロボット達が産廃に」
警察1「持ち主が置き去りにして逃げてしまったんだ」
ナキ「こんなモノを残して…」
警察2「二度と取りに戻ることはない」
ナキ「それはまたどうして?」
警察1「戻れば捕まえてやるさ」
ナキ「なるほどねえ」
  と、気配を消して戻って来ているイキタイとユキタイ。
イキ「あった…俺のロボット、犬塚信乃」
ユキ「ダメだってば、身を乗り出しちゃ、見つかっちゃう」
ナキ「はいはいはいはい…それはもうわたくしめ、ステル、ス!におまかせ下
さい。この巨大な産業廃棄物、人の気づかぬよう…人の目に触れぬところへと
葬り去らせていただきます」
イキ「待て! 待て待て待てぇ!」
ユキ「ダメ! 今、出ていくと捕まってしまう」
イキ「どうしたんだ、さっきから、ずっと…俺の体のイの文字の痣が疼いてい
る」
ユキ「それは…私のユの文字も…」
  ナキタイもまた自分の痣のあるあたりを押さえて、もだえる。
ナキ「熱い、どうした…俺の体の痣が、さっきからうずく、激しく、熱く、う
ずく…」
  ナキタイが右の太ももを押さえ、はだける。
  そこに『ナ』の文字。
イキ「あれは!」
ユキ「私達と同じ痣」
ナキ「うぐぐ!」
イキ「奴の文字はナ!」
ユキ「ナキタイ…ここに居たのか」
ナキ「産業廃棄物達よ。うち捨てられた、いらナい物達よ」
  信乃と道節の駆動音。
  グオオオオオオオオオオ!
ナキ「いざ行こう、我と共に。七番目の夢の島へ。おまえ達産廃物が永遠に眠
る、その場所へ。我は廃棄の王。廃棄の王が捨てに行く道、ハイキングの道、
キングロードへ」

●テキタイのアジト
  視察していた期待外れの面々が戻ってきてテキタイに報告している。
ケキ「産廃業者…いえ、ナの文字を持つ男が信乃と道節を廃棄するため、ハイ
キングロードをひた走っております」
コキ「ナの文字を持つ」
チキ「そいつはナキタイ」
ケキ「その後を追う、我々の敵、犬塚信乃を作りし、イの文字を持つ男…」
チキ「そいつはイキタイ」
テキ「体に文字の痣、俺には…テ」
ケキ「テの文字にキタイを寄せれば、それはテキタイ。対抗すること、刃向か
うこと。そんな強い意志を持った言葉になる。テキタイ、キタイを寄せれば、
それは素敵な言葉。でも、おいらの痣に、例えキタイを寄せたとしても…ケキ
タイ、ケキタイなんだ。ケキタイ(自嘲する)ケキタイ、ケキタイ、なんだ
よ、ケキタイって、ケキタイ、どういう意味なんだよ」
チキ「私の体のチの文字だって」
ケキ「チキタイ」
チキ「チキタイじゃ意味がわからない。チキタイ、チキタイ、なにがチキタイ
なんですか」
コキ「俺のコの文字だって同じ事…このここにコの文字が」
テキ「なんだって?」
コキ「このここのここに、はっきりとコの文字が!」
テキ「コキタイ…」
コキ「僕は意味があります。ケキタイやチキタイと違って、キタイを寄せると
意味を持ちます。ただ…コキタイのは屁です、(大声で)屁をこきたい」
ケキ「だから、テキタイの兄貴、おいらは兄貴についてキタイと言ったところ
で」
コキ「誰が屁をこきたい奴を連れて行キタイと思いますか。それでも俺はテキ
タイの兄貴についてキタイ、少し後ろからついてくならかまやしないでしょ」
チキ「だけど、そんな私達が側に居ちゃ迷惑でしょ、距離を置キタイでし
ょ?」
テキ「誰がそんな事を言った」
コキ「わかってはいました、俺達がどんなに、あなたについてキタイと言った
ところで、おまえを連れてキタイと言ってもらえるわけもないことを」
ケキ「おいら達はキタイにそぐわない、字を体に持つ期待外れでしかないんで
す」
テキ「おまえ達は期待外れじゃない…いいか、ケキタイ!」
ケキ「はい、ケキタイです」
テキ「ケキタイじゃ確かに意味がわからねえ…なんでだかわかるか?」
ケキ「まだ、それがわかるには修行が足りないかと」
テキ「真面目だな」
ケキ「それだけが、おまえの取り柄なんだから、と、死んだおばあちゃんが褒
めてくれました」
テキ「おまえは良い奴だな」
ケキ「そうですか?」
テキ「悪い意味で…だ」
ケキ「そんな!」
テキ「だいたいおまえは、清らかすぎるんだよ。もっと汚れろ、もっと濁れ、
濁れ、もっと濁れ、ケキタイの文字よ濁れ、濁って、濁点をつけるんだ」
ケキ「ケの文字が、ゲに…」
テキ「そうだ、ケの文字を濁らせろ」
一同「ゲ」
テキ「そして、キタイを寄せろ」
ゲキ「ゲ…キタイ」
一同「ゲキタイ!」
ゲキ「俺は…ゲキタイ」
テキ「ゲキタイよ」
ゲキ「はい!」
テキ「俺の、テキタイの右腕となれ、いいな!」
ゲキ「喜んで」
テキ「チキタイよ」
チキ「はい、チの文字を持つチキタイはここに」
テキ「チキタイ、チキタイ、確かにチキタイじゃあ意味がわからん」
チキ「期待外れですよね」
テキ「キタイを寄せれば、チキタイとなる。だが、ここが思案のしどころだ」
チキ「思案のしどころ?」
テキ「思いを巡らせろ…おまえの体に浮かぶチの文字を巡らせろ」
チキ「チの文字は巡ってどこへ」
テキ「キタイの後ろへ」
チキ「キタイの後ろ?」
テキ「キタイに続け」
コキ「チの文字がキタイに続く」
チキ「キタイ…チ」
  他の期待外れ達が口々に「期待値…期待値…期待値…」
チキ「期待値の私…私は私にどれだけ期待できるのか? を問い続ける…」
テキ「期待値」
チキ「はい…」
テキ「コの字を持つおまえ…」
コキ「コの文字はここに」
テキ「コキタイ!」
コキ「はい! コの文字も思案のしどころ。コの文字を後ろにつけたとて、キ
タイコ…」
ゲキ「ダメだ、キタイコじゃ意味をなさない」
テキ「おまえは俺の前に並ぶんだ」
コキ「テキタイの前に…」
テキ「さすれば、おまえは」
コキ「コ…テキタイ」
他の期待外れの面々「鼓笛隊…鼓笛隊…鼓笛隊…」
テキ「俺の前で…いや、この期待外れの皆の前で、笛吹き鳴らせ、ドラムを叩
いて、皆を鼓舞しろ、なぜならおまえは…」
コキ「コテキタイだから…鼓舞する…」
ゲキ「皆を元気づける」
コキ「鼓笛隊」
テキ「先頭に立て」
チキ「旗を振れ…」
ゲキ「期待外れを率いる、テキタイの一派がここに居るぞと」
テキ「笛吹き鳴らせ、ドラムを叩いて、皆を鼓舞しろ、なぜならおまえは…」
コキ「鼓笛隊だから! (コテキタイ、狂ったように)パンパカパーン、パン
パンパン、パンパカパーン、ズンチャン、ズンチャン、ズンチャカチャン、は
い!」
ゲキ「いざ続け、テキタイに。七番目の夢の島へと向かうぞ。捨てられし産廃
物が永遠に眠る、その場所へ。ナの文字を持つ廃棄の王がゆく、ハイキングの
道の果てに、俺たちはテキタイと共に…」
テキ「期待外れの者達が、そこに居場所を見いだした時、桁外れの力を出すだ
ろう」
ゲキ「俺達は期待外れ、期待外れの名の通り、おまえ達の期待にはそぐわぬか
もしれん。だがな、仲間はずれにされ続けた者だけが持つ力がある。それは並
外れた力」
チキ「外れ者の、訪れを刮目(かつもく)して待ちやがれ」

●ジギスムント学校
  そこは小学校か中学校かの教室。
  この学級は小学生に見えたり、中学生に見えたり、高校生に見えたりす
る。
  学級委員の神田ほのかが日誌を読み上げている。
  ほのかは赤い眼鏡をかけていたりする。
ほのか「(が読み上げる学級日誌)リンゴ月ヒラメ日(にち)今日、私たちの
六年うるし組に転校生がやってきた」
先生「はーい、みんな、静かに、先生来てるよ、ここにいるよ。さて、今日は
転校生がこのクラスにやってきます」
益子「えーまじーでー」
田尾「うっそ、転校生なんて聞いてねえよ」
宇佐見「男の子かな」
松井「女の子かな」
吉田「仲良くなれるかな」
越中「友達になれるかな」
ほのか「男子、静かに」
先生「はい、じゃあ、入ってもらいますよ。今日からこのクラスのみんなと暮
らすお友達です」
一ノ瀬「クラスのみんなとクラスだって」
吉田「ダジャレだ」
宇佐見「ダジャレだ、ダジャレだ」
先生「言葉遊びです」
ほのか「(学級日誌)転校生の紹介をほっぽらかして、うるし組はいったいな
にをやっているのだ…と、学級日誌に書いたが消しゴムで消した。そして、か
わいそうに廊下で待たされていた転校生が教室へと入ってきたのだた」
  やってきた転校生平川、黒板の前で礼して。
平川「今日からこの学校に転校してきます。みなさん、よろしくお願いしま
す」
先生「はい、みんなよろしくね…」
宇佐見「男の子だ」
田尾「男の子だね」
宇佐見「男の子だ」
ほのか「(学級日誌)転校生は一人じゃなかった」
おおさき「よろしくお願いします」
ほのか「(学級日誌)二人でもなかった」
越中「よろしくお願いします」
田尾「何人いるんだよ?」
松井「おいおいおいおいおい…」
益子「どんどん来るよ、どんどん来るよ」
石田「よろしくお願いしま~す」
ほのか「(学級日誌)次々と現れる転校生達。その数は十一名だった。このク
ラスは少子化により今や十名しか生徒がいないのに…ただし、その少子化のお
かげで、うちのクラスは空いている席がいっぱいあった…」
先生「じゃあ、みんな、自分の席に座ったね…じゃあ、授業を始めるよ。教科
書がまだ届いていないから、転校生のみなさんは隣の人に見せてもらってくだ
さい。隣の人も見せてあげてください」
一同「はーい」
宇佐見「はーい、はーい、はーい」
  授業が終わった。
益子「ねえねえ、どこから来たの?」
一ノ瀬「どっから来たの? どっから来たの?」
おおさき「どこから?」
吉田「どこから? どこから?」
松井「前の学校はどんなとこ?」
ロバート「今日、学校終わったらなにする? なにする?」
松井「転校生が十一人いる」
田尾「十一人いる」
はるか「『十一人いる』は一人多い物語」
宇佐見「十一人多い」
ほのか「(学級日誌)それは突然やってきた…その現実を受け止め、やってい
くしかなかった…仲良くするしかない…彼らと…みんなで…それは、私は…と
ても悲しいことのように思えた。その日、雨、私達のクラス、うるし組に転校
生がやってきたその日は雨。天候は悪天候だった」

●海洋研究所
  それは海の側にある。
  『ウ』の文字を持つ者は港に近い海洋探査の研究所で見習いをやってい
た。
  深海作業用のロボットを作っているウキタイ。
ウキ「ダイオウイカめ、まとわりつくな。ちがう、俺のロボットはおまえの食
べ物じゃない…ロボットを急速浮上させろ! 引き上げるんだ、早く、早く、
早く上がげるんだ」
  振り向いたウキタイ、グラサンをかけている。
やってくる、大法師。
ウキ「歯医者さんが、私を訪ねてきたと聞いたもので」
、大法師「歯科医の、大法師という者です」
  、大法師もまたサングラスをかけた。
ウキ「歯はどこも悪くはありませんが」
、大法師「親知らずはどうですか?」
ウキ「とっくの昔に抜きました」
、大法師「ということは、親知らずでないと」
ウキ「そうですね、親は知っています。私の脇腹にはウの文字。ごらんになり
ますか?」
、大法師「いえ、結構です」
ウキ「母なる伏姫は、我々に城へ向かえと」
、大法師「ゲンという名の城へ」
ウキ「その天守閣を目指せ、と」
、大法師「天守閣とは名ばかりのその場所。天に守られることのなかった核」
ウキ「天が守らざる核」
、大法師「だからこそ、そこへ人工衛星で打ち上げられたライカ犬の子供達
が、その手で作りだした分身によって辿り着キタイと」
ウキ「私は深海作業用のロボットが専門です。私のロボット…犬田小文吾」
、大法師「この小文吾で村正を運んでもらいたい」
ウキ「村正…」
、大法師「名刀と言われている村正です」
ウキ「名答とは、正しき答えのことですか?」
、大法師「ご名答」
ウキ「村正とは何のコードネームで?」
、大法師「これです」
  と、、大法師、ウキタイに向かって右手の人差し指と中指を突き出してみ
せた。
、大法師「村正とは染料のこと」
ウキ「なにを染める」
、大法師「線量を」
ウキ「線量を?」
、大法師「放射線の線量を」
ウキ「放射線の線量を染める」
、大法師「さよう、これは放射能に色をつける、染料」
ウキ「それが村正」
、大法師「抜けば玉散る氷の刃、それがこの名刀村正のキャッチコピーだ」
ウキ「抜けば玉散る」
、大法師「赤い玉散る…大地に玉散る…」
ウキ「まるで血を流したように…」
、大法師「血は…とっくに流れている…ただ…見えないだけだ」
ウキ「それを見せることが…」
、大法師「天駆けるライカの犬の願いだ…やってくれるか」
ウキ「遅いぜ」
、大法師「なに?」
ウキ「遅かったと言ってるんだ…この命を使う使命を告げる使者、、大法師さ
んとおっしゃいましたかね。あんた登場が遅すぎますよ」
、大法師「遅すぎる…」
ウキ「俺の人生への登場が遅すぎると言ってるんだ」
、大法師「申し訳ない、待たせてしまったか…」
ウキ「遅い…遅いよ…遅すぎる…あんた、俺がどんな思いで俺の本当の仕事が
何かを知る時を待ちわびていたか…」
、大法師「すまない」
ウキ「親知らずが抜け、親を知り、そのさらに奥の我知らずが抜け、我を知っ
た十二の春から、いったい幾度の春が巡り来たというのか…どれだけの時が無
駄に流れたというのか…」
、大法師「無駄ではない…」
ウキ「どれだけの時が…」
、大法師「無駄ではない、その日々があり、今日がある…ちがうか?」
ウキ「…行きますよ、原子炉ですか」
、大法師「ウキタイ」
ウキ「やりますよ、なんでも…その母なるライカの犬の意志のままに…俺は…
俺はウの文字を持つウキタイ…八犬士の一人…ライカの犬の思い、叶う、キタ
イ」

●トキタイの登場
  ユキタイとトキタイ。
ユキ「アンドロイドが電気羊の夢を見るのなら、ロボットのアゲハ蝶はどんな
夢を見ると思う?」
トキ「蝶の見る夢、それは胡蝶の夢」
ユキ「大げさに誇張された胡蝶の夢に登場する私は、蝶が見た夢? それとも
…」
トキ「それはこいつが知っている。私のロボット犬江親兵衛。夢かどうかを寝
ずに見る」
ユキ「寝ずに見る、ねず、み? 犬江親兵衛は手のひらに載るサイズ」
トキ「そうさ、こいつはロボットマウス。迷路に放てばたちどころに角を曲が
り、角を曲がり、角を曲がり、角を曲がり、ゴールに辿り着く。それはコンマ
百秒を争う世界。出来るだけ早く、ゴールに辿りつキタイ。その思いが込めら
れているロボットマウス。迷路の中の最短の道を読みトキタイ」
ユキ「と、この機械仕掛けのネズミを作った、犬の子の体に文字」
トキ「ト。確かに俺の左手のひらにはトの文字がある」
ユキ「ト、立派な尖った犬歯もある」
トキ「ト、八犬士の一人として、その瓦礫の迷路を駆け抜けろと…」
ユキ「ト、の文字を持つあなた…期待通りだ」
トキ「私はトキタイ、世界の謎を、からくりを、からくりのネズミによって…
トキタイ」

●産業廃棄物捨場第七夢の島
  夢の島へと廃棄された自分のロボットを回収に行くイキタイとユキタイ。
  冷蔵庫、クーラー、クーラーの室外機、電子レンジ、テレビ…といった家
電品の墓場となっている場所。
  やってくるイキタイとユキタイ。
イキ「どこだ…どこだ…どこだ、どこだ」
ユキ「イキタイ、こっち! ここに信乃がいる犬塚信乃がうち捨てられてる」
イキ「信乃…信乃…」
  だが…
コテキ「(鼓笛隊として登場)パンパカパーン、パカパンパンパカパーン! 
ドンチャンドンチャンドチャドチャドンチャン…」
イキ「おまえ達は?」
ゲキ「俺達は期待外れ」
イキ「期待外れ…」
ゲキ「体にゲの文字を持つ、ゲキタイ」
ユキ「ゲの文字?」
イキ「ゲ、とかありなのかよ」
ユキ「ゲゲゲゲ」
ゲキ「ケキタイ、ケキタイと、ずっと俺は自分がなぜここに居るのか、を自分
に問い続けていた。だが、その答えは簡単な事だった…清らかでなくていい、
濁っていていい、そうテキタイの兄貴が教えてくれたとたん、俺は俺の居場所
を見つけた…俺だけじゃない、期待外れと言われた者達が集った時、期待を上
回る活躍をするだろう!」
ユキ「ゲキタイが、激を飛ばす」
コテキ「(曲を演奏しながら鼓笛隊)パンパカパーン、パカパンパンパカパー
ン! ドンチャンドンチャンドチャドチャドンチャン…」
イキ「うるせえよ、ちんどん屋」
コテキ「ちんどん屋、言うな!」
イキ「期待外れだと、なにを的外れなことをほざいてんだよ、みんなまとめて
相手してやる」
チキ「やってみろ、おらあぁぁぁ」
ゲキ「おらああああぁぁ」
コキ「おりゃああああぁぁ」
イキ「だが、ちょっと待て! 俺のロボット、犬塚信乃を起動させるまで待ち
やがれ! おまえ達はテキタイの手の下の手下かなんだか知らねーが、ゴング
が鳴るまえに襲ってくるのは、まさしくテキタイの卑怯な戦い方だ…まっとう
に戦っても勝てやしないからだろう、ちがうか?」
テキ「廃棄物の捨て場で、聞き捨てならねーな」
ユキ「テキタイ!」
テキ「期待外れの者どもよ。犬塚信乃が起動するまで待ってやれ」
  その一言で引き下がる期待外れ。
テキ「この前は、警察だの、大法師の邪魔が入ったこの戦い、場所は夢の島へ
と移ったが、ここで改めて勝負だ」
イキ「望むところだ」
ユキ「イキタイ、ダメだってばさ、戦うためにここに来たわけじゃない」
イキ「うるせえ、すっこんでろ」
ユキ「あなた達は一つの命から生まれた、兄弟なのに」
フルタチ「さあ、イキタイのロボット犬塚信乃、テキタイのロボット犬山道節
が、起動していきます。戦いの舞台をここ、産業廃棄物の捨て場である第七夢
の島に移し、積み重なる冷蔵庫、室外機、PC、畳、洗濯機、さらに廃材など
の狭間でデスマッチのゴングを待ちましょう。空には厚い雲が垂れ込めて、ぽ
つり、ぽつりと大粒の雨が、兄弟で戦う悲劇に涙を流しているかのようです。
この涙はすぐに滂沱となり、なにもかもが押し流していくことでしょう…」
  ロキタイ、ニキタイがその様子を見下ろしていた。
ロキ「見ろ、廃棄物の山の狭間でうち捨てたロボット達が戦っている」
ニキ「あれは、捨てる産業ステルスのトラックで運んだ産業廃棄物」
ロキ「ただ、ロボットが格闘しているだけなのに…この心になぜかさざ波が立
つ」
ニキ「おまえもか…そして、俺の首筋が火照り、そこにかすかに浮かび上がる
ニの文字」
ロキ「俺のくるぶしにうっすらと浮かぶロの文字がうっすらと熱を持つ」
ニキ「産業廃棄物の捨て場の上、厚く垂れ込める雨雲」
ロキ「今にも降り出しそうな…」
ニキ「今が、ふりだしだ、どこへ向かうか、サイコロを振れ」
ロキ「半か丁か」
ニキ「半ならば?」
ロキ「反抗する、たてつく、あらがう、テキタイへ」
ニキ「丁ならば?」
ロキ「挑戦する、挑む、立ち向かう、イキタイへ」
ニキ「勝負!」
ロキ「三、六」
ニキ「サブロクの半」
ロキ「反抗する、たてつく」
ニキ「あらがう、テキタイの元へ」
イキ「うおおおおお」
テキ「うおおおおお」
ユキ「やめて…二人とも…」
イキ「どけ、邪魔をするな…」
テキ「うおおおおお」
フルタチ「戦いの野に放たれた、狂犬二匹。組み合い、もつれ合い、溜まった
雨水が腐敗して熱を持った温い汚水の飛沫をあげて、戦いは続きます」
  と、その戦いを俯瞰できる場所に登場するナキタイ。
ナキ「悲しいねえ…まったくもって悲しいねえ…戦うことがこんなに好きだっ
たら、争いがなくなるわけはない。なあ、そうだろ、、大法師さんよ」
  ナキタイの後ろに、大法師。
ナキ「俺があいつらの仲間、八犬士の一人だっていうのかい?」
、大法師「(空の様子をうかがい)雨か…」
ナキ「今日は降るっていう予報だ。さっきまでの天気はどこへ行ったか…空の
様子はくるくる回る輪転機だ。だが、ちょうどいい…俺の体のナの文字も、さ
っきから熱を持って火照ってかなわねえ…この雨が冷やしてくれる…産業廃棄
物の山で暮らすこんな汚い俺にも雨は等しく降ってくる」
、大法師「おまえは汚くはない…おまえは立派な八犬士の一人だ…おまえはキ
タナイではない、ナキタイだ」
ナキ「キタナイとナキタイ、どっちも同じもんじゃねえか。雨が…雨が激しく
なってきた…」
  イキタイの犬塚信乃、テキタイの犬山道節、二体のロボットが組み合い、
もみ合っているそこへ、土砂降りの雨。
  ザアァァァァァ…
  そこでロボット達の咆吼。
  ぐおおおおおおおおん…
イキ「どうした! 信乃」
テキ「動け、道節!」
ナキ「ふははははは…奴らは地下のそのまた地下で戦うために作られた。悪天
候には対応してない」
  ショートし、スパークする信乃と道節。
フルタチ「これは予期せぬ出来事、人々の罵詈雑言の嵐にはびくともしない強
靱なボディを装備しております犬塚信乃と犬山道節が、先ほどから強くなる雨
脚、湿気は彼らのアキレスの踵であったというのでしょうか。あちこちから火
花を散らしたかと思うと、その動き、ぐっと悪くなっております。互いに組み
合っていたはずのバトルが、今や互いが互いを支え合っているようでありま
す」
イキ「信乃~」
テキ「道節~」
  コキタイの鼓舞がひとしきり。
ゲキ「雨が…道節の体に」
チキ「道節は耐水構造になっちゃいねえ」
コキ「そもそもこんな雨の中で戦うために作り出されたもんじゃねえ」
ナキ「育ちのいい、お坊ちゃんロボットだこと…戦いなんて、いつ、どこであ
るかわかりゃしない…ここで戦えと囲いがある中での戦いが本当の戦いだと思
うかい? 俺のロボット犬川荘助はこの産廃の捨て場に運ばれた廃品で作った
…雨の中で生まれた犬川荘助は雨の中で動けなくなることはない…そして…奴
は自分が汚いことを知っている…だから、その姿は誰にも見えない…ナの文字
を持つ俺が作った、汚いロボット…それが犬川荘助」
、大法師「おまえの体のナの文字…なぜキタイの中に置く…ナを置く」
ナキ「ナの文字が期待を抱けば、汚いとなるだろう」
、大法師「試しにキタナイを洗濯してみろ」
ナキ「汚いを選択する」
、大法師「それは綺麗になるけだ。洗濯して綺麗さっぱり」
ナキ「綺麗さっぱり、なにが悪い?」
、大法師「綺麗さっぱり、何も残らない」
ナキ「それのなにが悪い?」
、大法師「汚いを洗濯して綺麗になったところで、綺麗さっぱり何も残らない
さ、だが」
ナキ「だが?」
、大法師「ナキタイは残る」
ナキ「なにが?」
、大法師「悔いが残る」
ナキ「ろくなもんじゃねえ」
、大法師「悔いなら可能性がある」
ナキ「可能性? なんの?」
、大法師「悔いに火をつけろ。焼けぼっくいってやつは何度でも火がつくもの
と決まってる」
ナキ「悔いに火がつく」
、大法師「燃えろナキタイ、おまえはナキタイ…キタナイじゃない…」
ナキ「産業廃棄物のゴミ捨て場。うち捨てられた産廃達の声が俺には聞こえ
る。もう使えない、もういらないと、ここに捨てられた物達。産業廃棄物の山
は雨に打たれ、そこから滴り落ちる雫。それは涙ではない」
、大法師「それは雨。それは涙ではない」
ナキ「俺は泣いているように見えるか?」
、大法師「見えるよ、ナキタイ」
ナキ「俺は汚い男だ」
、大法師「その男を降りしきる雨が綺麗にしてくれる。キタナイからナキタイ
へと」
ナキ「雨に打たれる俺は八犬士の一人、体にナの文字を持つ者。ナの文字にキ
タイを寄せろ。そう、そして、俺はナキタイ。心から…ナキタイ。声を上げ
る、この産業廃棄物の狭間で、ナキタイ、キタイを寄せ、ナキタイと俺は自己
紹介する。ナキタイ…ずっと、これから…俺はナキタイ…」
イキ「うおおおおお」
テキ「うおおおおお」
ナキ「、大法師さんよ」
、大法師「どうした、ナキタイ」
ナキ「この兄弟けんか、俺が止めてやる」
、大法師「頼んだ!」
  ナキタイの犬川荘助が登場する。
イキ「な、なんだ」
テキ「どうした? ひるんだか?」
イキ「違う! 居る、そこに…なにか居る…」
テキ「なに? なにが居るんだ?」
イキ「居る、そこに確かに何かが居る」
テキ「確かに居る…」
イキ「見えない…機体」
ナキ「はははは…俺のロボット犬川荘助、人の目に付かぬ…」
ユキ「もしかして、光学迷彩?」
イキ「なに?」
テキ「光学迷彩だと?」
ナキ「行け、犬川荘助、こいつらのけんか、鉄拳制裁で仲裁するんだ」
犬川荘助「ぐおおおおおおぉぉぉ」
イキ「うわあぁぁ」
テキ「うごおぉぉ」
  犬塚信乃、犬山道節、犬川荘助の一方的な攻撃にぼこぼこにされていく。
イキ「うおおおお」
テキ「くそおおぉぉ」
イキ「見えないのにもってきて、この産業廃棄物の捨て場は奴のホームグラン
ドだ…」
ナキ「ははははは…」
テキ「雨も激しくなっていきやがる…」
イキ「この犬川荘助、どんな形をしてやがるんだ?」
テキ「どういうスペックなんだ?」
イキ「まったく見えない…」
ナキ「産業廃棄物を捨てる業者、その名も『ス』ステル、スとお呼びくださ
い」
イキ「ステルス…その上、光学迷彩ときたか」
フルタチ「おっと、イキタイの犬塚信乃、テキタイの犬山道節が、文字通り翻
弄されている。赤子の手が今、ひねられていく」
イキ「うわああああ…目に見えぬ刺客、目で見る視覚では捕らえることができ
ない刺客」
テキ「くううううう」
  ユキタイ、取り出したのは犬坂毛野。
ユキ「私のロボット、犬坂毛野。アゲハ蝶のロボット。さあ、おまえの出番だ
…人の目に見えぬなら蝶であるおまえの蝶覚で、おまえの触角でめちゃくちゃ
にしてしまうんだ」
フルタチ「おっと、この産業廃棄物の掃きだめに蝶が舞う。これがまさにゴミ
捨て場という荒野に咲いたアゲハ蝶でしょうか。ユキタイのロボット蝶、犬坂
毛野の登場です」
ナキ「蝶…だと?」
ユキ「雨が激しくなってきた…犬坂毛野はこの雨の中、長時間は持たない…急
げ、毛野」
フルタチ「おっと、宙に静止したかに思えたロボットアゲハ蝶の足下の風景が
揺らいだ…」
ナキ「あの蝶、高圧の電流を放電している!」
  犬川荘助の悲壮な声。
犬川荘助「うぐおおおおおお」
ナキ「なんだ…たかだか蝶、一匹に、なぜ」
、大法師「八人の犬士が八台のロボットを操る…これは現代の南総里見八犬伝
だ。たとえ蝶の姿形をしていても、その力、他のロボットと互角」
  フルタチ、死屍累々の中で。
フルタチ「またしてもポルノグラフティから歌詞の導き通りの展開か、荒野に
咲いたアゲハ蝶、揺らぐその景色の向こう、近づくことはできないオアシス、
冷たい水をください、できたら愛してください、僕の肩で羽を休めておくれ、
の言葉通り、ナキタイの犬川荘助の肩で、ユキタイの犬坂毛野、羽を休めるご
とく…いや、守るべき、イキタイの信乃、テキタイの道節のため、高圧電流を
放出して羽根を震わせるその姿、あなたが望むのならこの身などいつでも差し
出していい、降り注ぐ火の粉の楯になろうというのか!」
イキ「雨が激しくなってきやがった。これ以上、俺の犬塚信乃は持たない」
テキ「俺の犬山道節も、ここは撤退する」
イキ「初めて話が合ったな」
テキ「撤退するだけだ、退散するわけではない」
イキ「うるせえ、こっちだってそうだ。覚えてやがれ」
テキ「おまえこそな!」
フルタチ「捨て台詞を産業廃棄物の捨て場に吐き捨てて、去っていきます。兄
弟対決、またしても決着つかず。イキタイと犬塚信乃、テキタイと期待外れと
犬山道節が戦いの場を後にします。残るは遺恨。悔いが残るとはまさにこのこ
とでしょう」
ナキ「悔いは、いずれまた火が付く、焼けぼっくいは、いつか燃え上がる」

●学校がない
ほのか「(学級日誌)あの日の前日、私は間違って、この学級日誌を鞄に入れ
て持って帰っていた。でも、そのおかげで、私のおかげで、この日誌だけは私
達の手元に残ったのだった…日誌以外のものがあの朝、なくなってしまった。
私達の学校がなくなっていた」
益子「ここ…に…あったよな、学校」
吉田「ない…なんでないんだ?」
田尾「だって…ない」
松井「ここに、ない」
ロバート「なんでないんだ?」
ほのか「学校がなくなってる…」
田尾「学校がなくなった?」
おおさき「ないんならしかたがないよ」
益子「しかたがないって」
おおさき「また私達は別の学校を探さなきゃなんないのか」
越中「またか」
石田「まただ」
吉田「君達は…それで…転校してきたの?」
越中「そうだね…」
石田「探すしかない」
益子「なくなった学校を?」
おおさき「どこかにある学校を」
松井「あるの?」
越中「学校はたくさんあるよ」
吉田「僕らが転校できる学校が?」
平川「ある…さあ、出かけよう」
おおさき「学校を探しに」
ほのか「…学校を探しに?」
越中「勉強する場所を探すんだよ」
松井「…僕たちは転校生になるの?」
おおさき「そうよ」
田尾「転校生に?」
越中「そうだよ、僕らと一緒だ」
平川「僕らの仲間入りってことだね」
石田「そうだね、そういうことだね」
ロバート「転校してきた君たちが僕らの仲間入りをするはずだったんじゃない
のかい?」
おおさき「そのはずだった…でも、今じゃ、君達が転校生の仲間入りだ」
在校生一同「えええ」
ほのか「(学級日誌)そして、私達は歩き始めた。学校を探す…旅が始まっ
た。私達はこの日誌がある限り、うるし組はどこに行ってもうるし組だ」

●八犬士が揃う
  舞台上にイキタイ、テキタイ、ユキタイ、キキタイ、カキタイ、ウキタ
イ、トキタイ、そしてナキタイの姿。
  八犬士が揃った。
  そこに、天からの伏姫の声。
伏姫の声「東の果ての国に散らばりし八犬士よ、我は伏姫。おまえ達は、城を
目指せ」
イキ「その城はいずこ?」
伏姫「北緯三十七度二十五分十七秒 東経百四十一度ゼロ二分ゼロ一 福島県双
葉郡大熊町大字夫沢字北原二十二番地」
テキ「それは…」
、大法師「福島第一原発…八台のロボットは城から十キロ離れた場所からスタ
ートする」
テキ「十キロ圏外」
、大法師「我々は君達にキタイする」
イキ「それは…人が行けない場所…」
、大法師「その天守閣にある核の核心を村正で突くんだ」
ユキ「村正?」
、大法師「放射線量に色をつける染料だ」
トキ「染料?」
伏姫「汚れに、色をつけるんだ。この大地は汚染されている、だが、それは見
えない」
カキ「それを染めろ、と」
ナキ「汚染を染める」
、大法師「色をつけるんだ」
ウキ「放射能の可視化」
、大法師「それがおまえ達、八犬士に与えられた使命だ。地球の周回軌道上の
スプートニク二号から放たれた命、その命を使う使命がこれだ」
イキ「、大法師、放射能に色をつけ可視科を歯科の歯医者のおまえが指図して
んのか」
テキ「いくつの顏を持つ歯医者なんだ?」
キキ「可視化の歯科医であり」
カキ「同時に八犬士を集める、大法師」
トキ「その顏はいくつあるのか」
ナキ「顔の下に顏が、そのまた下に顏が…」
ユキ「顔の下に顏、その下に顏、この歯科医、マトリョーシカのよう」
、大法師「線量が多ければ多いほど、染料の色は濃くなる。なにがそこで起き
ているかを、目で知ることだ。放射線量を染めろ…なにが今、そこで起きてい
るか、目の当たりにできるように…おまえ達にキタイする」
イキ「核心に辿り着くまでに必要なロボットのスペックはなんだ」
、大法師「瓦礫を乗り越えなければならん」
トキ「そのためのスペックは?」
、大法師「そのロボットは段差百五十センチ以上を乗り越えていけること」
キキ「段差百五十センチ以上」
カキ「百五十センチって、かなりのもんだな」
、大法師「辿り着け…どんな手段を使っても…そして」
テキ「まだあるのか?」
、大法師「防水加工を施し、水の中を進むことができる駆動装置を装備するこ
と。上下前後左右に可動するカメラをつけること。画素数は一億一千万画素以
上」
ユキ「そんなのロボットっていうより…」
イキ「惑星探査機だ」
、大法師「さらに」
テキ「さらに?」
、大法師「…放射線の電子機器への影響が大きい。なまじの装甲では電子機器
が壊れる」
カキ「鉛での装甲」
キキ「湿度、熱への対策ってこと?」
、大法師「誰にも、炉心の中がどうなっているのかわからない」
イキ「わかったよ…」
テキ「わかった? なにがだ?」
イキ「中がどうなっているか、わからないということがわかった…」

●テキタイの側
ゲキ「…汚染された」
コテ「汚染されたモノは、もうそこで終わりなのか?」
テキ「そんな言葉を鵜呑みにするな!」
コテ「鵜呑みにしない?」
テキ「(一語一語区切ってはっきりと)う、呑みに、する、な!」
ゲキ「う、を呑まないで、う、を出して」
チキ「う、を出す? どういうことですか?」
テキ「オセンの中に、ウ、を入れてみろ」
ゲキ「それで、オ、ウ、セン」
チキ「応戦!」
コキ「汚染されたと鵜呑みにしないで」
チキ「うを入れれば応戦」
テキ「我々は…応戦する」
ゲキ「汚染に応戦」
コキ「汚染への応戦、その戦いはいつまで続くんですか?」
テキ「下降線をたどる、その日まで」
ゲキ「その日は…いつ来るんですか?」
テキ「おそらく…何万年か後に…」
、大法師「同時多発に起きている戦争、それが除染という戦争だ」
チキ「その戦争に勝ち目はありやなしや…」
コテ「応戦に勝ち目もくそもあるか」
ゲキ「戦わずにはおれない、だから応戦するのだ」
テキ「他の八犬士とやらが、あの城をめざすつもりなら、俺達はそいつらより
も早く辿り着キタイ。期待外れの者どもよ。俺に続け…ここに居る意味を見つ
けるために。ここに俺達が居る意味を…」
ロキ「テキタイの兄貴、意味は俺にもありますか?」
テキ「おまえの文字は」
ロキ「ロ…俺はロキタイ。濁れないロ。キタイの後に付いても、テキタイの兄
貴、あんたの前についたとて、ロテキタイ、これでは意味をなさない」
ニキ「それは俺も同じだ」
テキ「おまえの文字は?」
ニキ「俺の文字はニ、ニキタイ、キタイニ」
テキ「俺の前についてみろ、テキタイの前にニの文字を」
ニキ「似てきたい…ぎりぎりです。ぎりぎり、意味をなしてやしません」
テキ「諦めるな、意味はある、必ずある。おまえ達は今、そこに居る、それに
意味があるはずだ…」
ニキ「意味を早く、意味がないと、忌み嫌われるのがこの世の中」

●イキタイのロボット工房
  イキタイとユキタイ。
イキ「ロボットの目、それはセンサーだ」
ユキ「センサーはなにを見る?」
イキ「千の差を見る」
ユキ「それがセンサー」
イキ「千の差を見極めことができるようになった。ここまで来るのにずいぶん
掛かった、最初の一行(いちこう)錯誤」
ユキ「二行(にこう)錯誤」
イキ「三行(さんこう)錯誤」
ユキ「試行錯誤」
イキ「その繰り返しだ。一行錯誤のセンサーは、百の差どころか、十の差すら
も見極められなかった」
ユキ「十の差すらわからない、ぐちゃぐちゃに混ざって見える目」
イキ「千の差を見極めるセンサーにはほど遠い、十の差を見るジューサー」
ユキ「ジューサーで物は見れない」
イキ「なに見たって、瞳の中で撹拌されてしまう」
ユキ「使った後に家族は誰も洗おうとはしないしね」
イキ「どういうこと?」
ユキ「いやそれは家庭の事情ってやつで」
イキ「二乗してみても、十掛ける十」
ユキ「百にしかならない」
イキ「ジューサーの百倍ないと」
ユキ「センサーにはほど遠い」
イキ「そんな大量のセンサーを積んだら、もうロボットはそれだけで一杯にな
っちまう」
ユキ「作業用のアームも」
イキ「サンプルを採集するトランクも」
ユキ「電子機器の温度を保つサーモスタットも、記録のカメラも」
イキ「それにバランサーだって必要だ」
ユキ「それをどうやって搭載するの? もっともっと頑丈にしないと」
イキ「違う」
ユキ「違う?」
イキ「もっと、軽くするんだ…」
ユキ「軽く?」
イキ「そう、犬塚信乃のカスタマイズ、それは軽量化だ」

●学校を探す旅
  まるでそれはジプシーが移動するように…
  その中、ほのかは学級日誌を書き続けている。
ほのか「(日記を読み上げる)三月ヨモギ七日。学校を探し求める旅は続く。
テントを畳み、沸かしたほうじ茶をポットに詰めて、さあ出発。一夜の宿をあ
りがとうございました、と。オフシーズンのキャンプ場には誰もいない。だ
が、いなくても礼儀正しく私たちは挨拶して歩き出す」
宇佐見「そろそろ休憩しない?」
ほのか「まだ、歩き出したばっかりじゃないか」
田尾「分かれ道だ」
ロバート「右、細く険しい山道、左、街」
松井「どっちにする?」
益子「僕らの学校はどっちにあると思う?」
ほのか「右ね」
吉田「そっちは細く険しい道だってば」
宇佐見「左じゃないの?」  
ほのか「苦労は買ってでもしろって言うじゃない」
一ノ瀬「売ってるの? 苦労って」
ロバート「買ってきたのは三百円分のおやつだけだよ」
松井「どーしよう」
田尾「どーする?」
益子「どーする?」
宇佐見「どーしよう」
越中「ちょっと休もう」
元在校生達「わーい」
宇佐見「わーい、わーい、わーい、おやつだ、おやつだ、おやつを食べよう」
吉田「なにがある? なにがある? なにがある?」
ロバート「えーっとねえ、えーっとねえ、えーっとねえ…」
益子「おやつは三百円までだ」
一ノ瀬「バナナはおやつに入るんですか?」
ほのか「あなた達はどんなおやつを持ってきたの?」
平川「僕はダース」
石田「僕は森永のキャラメル」
おおさき「私はルックチョコ」
ロバート「他には?」
転校生達「それだけ」
ロバート「え?」
平川「それだけ」
宇佐見「ええええええ」
一ノ瀬「だって、おやつは三百円までだよ」
石田「そうだよ」
田尾「三百円までってことは三百円までは使っていい、ってことなんだよ、わ
かってる?」
越中「もちろんだよ」
松井「じゃあ、なんで、チョコひと箱とか、キャラメルひと箱だけなの?」
おおさき「三百円あるからって、三百円使わなくてもいいかなって思って」
ロバート「え?」
宇佐見「なんで?」
田尾「だって、三百円あるんだよ」
石田「だって、そんなにいろいろあっても、食べられないし」
一ノ瀬「それはそうだけど」
宇佐見「いや、食べられるよ」
ロバート「うん、そんなには食べられないよね」
宇佐見「え! ええ?」
平川「キャラメル持ってる人がいたら、チョコ一個とキャラメル一個を交換し
てもらえばいいし」
おおさわ「ポッキー持ってる人がいたら、交換してもらえばいいし」
松井「それはそうだけど…」
宇佐見「じゃあ、持ってきたのはチョコひと箱だけ…キャラメルひと箱だけっ
て事?」
石田「あとは…これかな…」
益子「それは…なに?」
石田「キュウリ…の種」
ロバート「なんだ、そりゃ」
石田「学校が見つかったら、校庭の片隅に撒こうと思ってるんだ」
一ノ瀬「キュウリを?」
石田「これは僕の家で育てていたキュウリの種だ…」
そして、同じような袋を取り出す、平川、越中、おおさき。
平川「僕はナス」
越中「僕はネギ」
おおさき「私は…トマト」
田尾「学校に植えるの?」
石田「どこか、空いている土のあるところに」
宇佐見「キュウリなんか、売ってるのを買えばいいじゃん」
石田「ちがうんだ」
田尾「ちがう?」
石田「…ちがうんだ、それじゃあ」
一ノ瀬「たいへん」
ほのか「どうしたの?」
一ノ瀬「私、植える種をなにも持ってきてない」
益子「バナナがあるよ」
田尾「バナナ植えるの?」
吉田「バナナ植えて、バナナが成るものか?」
益子「え? じゃあ、バナナはどうやって栽培するの?」
宇佐見「あ!」
益子「なに?」
宇佐見「バナナ、もう全部食べちゃったよ」
松井「なんてことするんだよ!」
吉田「こいつ、本当に!」
益子「おいおい、おいおい」
宇佐見「だっておやつだよ、おやつのバナナだよ、なんで食べたからって、そ
んなこと言われるの?」
ロバート「バナナの皮は残ってるんじゃないか?」
宇佐見「皮はある!」
松井「皮を植えれば…」
一ノ瀬「ちょっと待って、それって!」
ほのか「なに?」
一ノ瀬「バナナの皮が成るんじゃないの?」
宇佐見「そうか!」
ロバート「そうか?」
石田「さあ、休憩おしまい、おしまい」
ほのか「行きますか、学校へ」
おおさき「学校を探しに…」
石田「キュウリが植えられるところへ」

●ソ連・ロケット発射場(回想)
  ライカ犬の打ち上げの様子。
  スプートニクに収容されているライカ犬。それを囲んでいる四人のスプー
トニク作業員。
スプートニク作業員1「人工衛星スプートニクの狭い部屋の真ん中で犬はじっ
としていた」
スプートニク作業員2「出してくれ、と、ドアを叩くこともなく」
スプートニク作業員3「息が苦しいと、壁をかきむしることもなく」
スプートニク作業員4「ただ、部屋の真ん中でライカ犬はじっとしていた」
伏姫「ワン…」
スプートニク作業員3「待っていた」
スプートニク作業員2「待っていた?」
スプートニク作業員4「なにを待っていた?」
スプートニク作業員1「この科学の犠牲者は何を待っていたというのだ」
伏姫「ワン、ワン…」
スプートニク作業員4「そんな目で見るなよ。なぜ、おまえが行かなければな
らない? それがなぜ、おまえなんだ? 安全だと人は言う…本当にそうなの
か…それはわからない…それでもやってしまう…犬のおまえから見たらおかし
なことかもしれないが、それが人間だ」
伏姫「ワン…そのために私は…ワン…飛ばされる?」
スプートニク作業員2「そうだ」
伏姫「飛んだ私を…誰かが助けに来てくれるの?」
スプートニク作業員3「おまえは空を飛ぶ犬。高い空を飛ぶ犬。人だってまだ
飛んでいない高い高い空を飛ぶ犬。その空は素敵な空であるはずだ…」
伏姫「それで…私は…どうなるの? 私は安全?」
スプートニク作業員1「安全だ」
  スプートニク作業員1、去る。
スプートニク作業員2「安全だ」
  スプートニク作業員2、去る。
伏姫「本当に安全?」
スプートニク作業員3「安全だ」
  スプートニク作業員3、去る。
スプートニク作業員4「おまえに続いて、やがて、人が宇宙へと飛び出してい
くだろう」
  スプートニク作業員4、去る。
伏姫「…またそんな夢を見た…なぜ、こうなったのか…あの時、もしかしてこ
うしていたら…私が悪かったのか…心のどこかで繰り返している…地球の周回
軌道をどれだけ回り続けても、その夢は追いかけてくる。スプートニク二号と
いう小さな小舟で航海に出た私。航海する私を後悔が襲う…無限の追いかけっ
こ。けれども…けれども、私の子供達よ…イ、ユ、テ、カ、キ、ナ、ウ、ト…
の文字を持つ八人の子らよ。地球を回る私を、越えて行け。キタイを上回れ。
おまえ達に望むこと…それは期待以上だ」
、大法師「宇宙へと飛び出したライカ犬はキタイした。いつの日か、その体に
文字を持つ子が生まれるであろう。彼らは見ることになる、聞くことになる、
そして、知ることになる…閉じ込められた犬の代わりに…」
  そして、イキタイの声。
イキ「空を巡るライカ犬…俺の姿が見えるかい? 俺の声が聞こえるかい?」
伏姫「イキタイ」
イキ「地球の周回軌道に打ち上げられてしまった、犬よ…おまえは生きたかっ
たかい?」
伏姫「イキタイ」
イキ「生きたかっただろうな…」
伏姫「おまえは?」
イキ「…俺はイキタイ。親知らずを抜き、親を知り、ワレシラズを抜いて…俺
は俺を知る…俺はイキタイ…」
伏姫「おまえはイキタイ。イキタイならやることがあるはず」
イキ「線量を染料で染める」
伏姫「汚れた赤い色を目の当たりにしろ」
イキ「見えてどうする?」
伏姫「見れば、知ることができる」
イキ「見て、知る…」
伏姫「赤い大地はなにが起きているかを告げる…大地が赤くなったことを知る
だけではない、大地はシルエット…そのシルエットはなにが落とした陰である
かを知る」
イキ「知れば?」
伏姫「知れば人は覚悟する」
イキ「覚悟?」
伏姫「どうすればいいか、その選択肢が見える」
イキ「選択肢を吟味する?」
伏姫「違う」
イキ「違う?」
伏姫「見ることによって知る。道はたった一つしかないことを知る…」
イキ「道を知るため…」

●八犬士、出陣
  伏姫の台詞の間に八犬士が舞台上へ。
  立ち止まりたたずむ。
伏姫「マイライフアズアドック。少年は毎日の日記の最後に書き記す。マイラ
イフアズアドック、僕の人生はその犬よりはましだ。と。その犬はロケットで
打ち上げられた。九十分で地球を一回りする周回軌道へ。繰り返される九十分
の百九十二万七千二百回目のことだった」
カキ「原子炉に向かい立つ。この足が震える。あれが福島第一原発。十キロ手
前に立つ、私の足が震える。伸び放題の雑草が揺れ、そこに立つ私の足が震え
る。ムキ出しの荒れた大地が陽炎に揺れる。揺れる大地に私のロボット、犬村
大角、リフトダウンだ! 協力、千葉工業大学ロボット研究会、国際薬科大学
サバイバルゲーム研究会、都立鷺宮西航空高専有志、月刊モデルフラフィック
ス、ありがとうございました! いざ進め! 犬村大角!!」
フルタチ「戦うロボットがいるところにこのフルタチあり…さあ、今日もお送
りしましょう、ロボット報道ステーション。四方八方八方(しほうはっぽうは
ちほう)から、八犬士は十二方位からやってくる。目指すはゲンという名の
城、その天守閣へ。降臨せんがため…さあ、十キロ圏内、キープアウト、関係
者以外立ち入り禁止の標識を越えて、今、入ってきました、カキタイの重火器
ロボット、犬村大角を乗せたトレーラーであります。デッキアップがゆっくり
と行われ、犬村大角が降臨してまいります。モスグリーンの迷彩に彩られたそ
の機体。キャタピラで駆動するまるで戦車のような下半身、上半身から突き出
た砲塔が右に左にと、あたりの様子を伺うように、敵の姿を探すように小さな
旋回を続けております。汚染に応戦するという戦いの花道を行きます。その背
後に立つコントローラーを握りしめたカキタイのその勇姿。ふてぶてしい表情
であります」

●イキタイのロボットの工房
  まだ信乃を改造中のイキタイがこのフルタチの放送を聞き。
イキ「もう向かい始めた奴がいるのか? 八犬士いるなら、みんなで足並み揃
えてとかはねーのか?」

●十キロ圏内
  実況中のフルタチ。
フルタチ「早いもんがちの一番手は犬村大角。カキタイのロボットでありま
す。それは…重火器を備えた、戦車隊。今、重火器が瓦礫の大地を進んでい
く。これぞ重火器隊」
カキ「行く手を阻む障害物を越えようなどと思うな、破壊しろ、吹き飛ばせ。
十二ミリ装甲弾用意! 犬村大角、重火器一斉掃射」
フルタチ「おっと、ここでもう一斉掃射だぁ! この先制攻撃、どう見ます
か? 、大法師さん!」
  フルタチの横には解説者の、大法師がいる。
、大法師「そうですね、カキタイはあの瓦礫を越えて行く、という発想を捨て
て、破壊して道を作るという逆転の発想できましたね」フルタチ「なるほど、
普通ならこの瓦礫の山を越えていく、乗り越えようとするものですが、カキタ
イの場合は」
カキ「道を作れ」
フルタチ「自らの道を自らの分身であるロボット犬村大角に作らせると。目の
前に道はなく、自らが進んだ跡に道はできる、と。爆撃が続きます…が、しか
し…どうした? おっと、ここでカキタイの犬村大角の履帯の足が止まった。
キャタピラの耳障りな音が止まった」
カキ「ここまでか…」
フルタチ「瓦礫のバリケードはやは一筋縄ではいかないか。重火器の一斉掃射
の進撃はここで限界というのか」
カキ「後に続くキキタイよ、犬飼現八よ。トキタイよ、犬江親兵衛よ。道は作
った、さあ、俺を越えていけ、重火器隊犬村大角を越えて城へ、天守閣へと辿
り着いてくれ」
キキ「行くんだ、トキタイ、カキタイの上をいけ、上書きして進むんだ」
トキ「行け、ロボットマウスよ、犬江親兵衛よカキタイの重火器の上を上書き
して進め…」
フルタチ「トの文字を持つトキタイの手のひらの上にロボットマウス、迷路か
らの脱出にかけてはこのロボットに今、敵う者なしと言われた犬江親兵衛。紫
の流線型のボディ、流れ落ちる一滴の涙のような美しいデザインのの犬江親兵
衛が大地に置かれます」
トキ「紫、それが世界で一番美しい色」
フルタチ「流線型のボディに散りばめられた南国の鳥の羽の装飾が福島の風に
そよいでいる」
トキ「さあ、総員、出撃だ!」
フルタチ「トキタイの腕が宙に高々と掲げられた。おっと、それが合図だった
というのか、トキタイの背後の四トントラックの荷台に積まれたコンテナ、
今、ドン! と鈍い音を立てて四方が開いた。その中から、紫色の滝が地面へ
と流れ落ちていく」
、大法師「これは滝じゃありませんね。ロボットです、無数のロボットマウス
です」
フルタチ「これは驚愕の展開…トキタイが用意したロボットマウスは手のひら
の上の一台ではなかった…滝のように大地に零れ落ち、染みのように広がって
いく、このすべてがロボットマウス犬江親兵衛だというのか…」
トキ「ロボットマウスが一台だと誰が決めた? ネズミってのは元々、群れて
動くものなんだよ。ただし、このネズミは群れでペストを運ぶのではない…放
射線量を染める染料を運ぶ。進め、犬江親兵衛達よ…レミングのごとく」
フルタチ「トキタイの口から今、レミングという言葉が発せられました。日本
では旅ネズミという名称が用いられております、この北極圏ツンドラ地帯を生
活圏とするネズミ。レミングといえば、集団で海に飛び込み自殺すると誤解さ
れれおりますが、そのような習性が生きとし生ける生物にあるわけもなく、大
いなる誤解を世界で受けている動物であります」
トキ「レミングよ」
フルタチ「それどころか、レミングは泳ぎもうまく、川を渡ることもできると
言われております」
、大法師「すごい数ですね…千や二千じゃきかないでしょうね」
フルタチ「そうですね、、大さん。これは相当な数だ。レミングの波、いつし
か陣形を作り、足並みを揃えての行進となっていきます。今、鶴翼(かくよ
く)の陣から鋒矢(ほうし)の陣へ」
テキ「…十キロ圏内。瓦礫を渡る海風。潮の香りが鼻をくすぐる。陽炎が揺ら
ぐここには道節の姿しかない。海からの強い風が吹いている。俺のロボット道
節から伸びたアンテナの先、巻き付けた布きれの吹き流しがはためく。目指す
城はまだ遠い」
フルタチ「強い絆で結ばれているはずの八犬士から早々に敵前逃亡したテの文
字を持つ一人独立愚連隊、テキタイのロボット道節。古今東西、ロボットは人
型であるべきか、それとも人型こそナンセンスか、といった議論にとどめを刺
そうというのか、テキタイが設計し、生み出した人の姿をしたロボット道節
が、瓦礫をよじのぼり、沼地に足を取られることなく…確実に歩みを進めてゆ
きます。慎重に瓦礫の間を進む人型ロボットの姿は、まるで前人未踏の山を登
る登山者の姿を見るようであります。足場を確保し、手を伸ばし、つかみ、体
を押し上げ、また次なる足場へ、ゆっくりとではありますが、確実に進んでゆ
く。辿り着キタイ、という期待を胸に、道節は進んでいきます」
  しかし、
フルタチ「おっと、ここで」
トキ「ここまでだ…」
キキ「どうした、トキタイ、おまえの犬江親兵衛はこの先に行けるだろう…お
まえが行かなくてどうする…」
トキ「僕のマウスは小さく、賢く美しい…そうだ…僕は美しいロボットが作り
たかったんだ」
フルタチ「目の前には泥の沼、津波の海水を浴びた塩」
トキ「下の土はぬかるんでいる…泥だ…」
の大地」
フルタチ「抜け道を探して走り回るロボット、それが犬江親兵衛」
キキ「天守閣へ向かうなら防水、耐熱はほどこしておけと、言ってあったはず
だ」
トキ「それはできてる。水をかぶっても壊れやしない、ただ」
キキ「ただ? なんだ?」
トキ「汚れるのはごめんだ」
カキ「なんだとぉ!」
トキ「僕の名はトキタイ。そのトキタイが汚れてしまえば、ドキタイとなる。
ドキタイとなると、僕がここに居る意味がちがう。トキタイならば、直面する
問題を解く、説得する。読み解きたい、と、すべては僕が自ら解決する方向へ
と向かうもの、けれども、もしもトの文字が濁って、ドとなり、それに期待を
寄せて、ドキタイとなった日には。ドキタイ。そこをドキタイ、そこからドキ
タイ…退くことしか頭になくなる」
キキ「故に泥をかぶりたくはないと」
トキ「当たり前じゃありませんか」
カキ「トキタイ」
トキ「なんですか?」
キキ「おまえのロボットは」
カキ「マイクロマウスの犬江親兵衛は」
キキ「泥をかぶっても美しいとなぜ思えない」
トキ「泥をかぶっても…美しい…」
カキ「そうさ、トキタイ、おまえが濁り、ドキタイになったとて、心のそこか
らドキタイと思っているわけではないことを俺達は知っているぞ」
キキ「…ドキタイという汚名。自らその道を他の者に譲ってしまう、という意
味。だがそれは泥によって汚れた汚名であって、おめえの本心であるはずがな
い」
  トキタイ、泥の中へ、トキタイからドキタイへ。
トキ「泥をものともせず…進め犬江親兵衛。進め、進め、進め…泥の汚れな
ど、汚れのうちに入らない…たとえ泥をかぶって汚れたとしても、それは洗い
落とせる汚れ。だが、汚染された汚れは洗い落とすことすらできない…俺達が
戦うのは、その汚れだ…」
、大法師「フルタチさん、フルタチさん」
フルタチ「はい、こちらフルタチです」
、大法師「こちらシーサイドのカメラですが、今、海からウキタイのロボット
犬田小文吾が姿を現しました」
  ウキタイの手にひときわ大きな白い風船。
フルタチ「おっと、ウキタイが普段手がけているロボットは深海作業用であり
ます。今回、与えられたこのミッション」
ウキ「ゲンという名の城へ向かえ、天守閣を下れ、というこの命題」
フルタチ「それをいかにクリアしようというのか? ウキタイのロボット犬田
小文吾、海からの登場であります。ギリシャ神話の海の神ポセイドンの上陸を
思わせます」
ウキ「汚染水の流出により、漁業は制限、すでに四年以上、この海に大漁旗は
翻っていない。この悲劇の海からの上陸作戦だ」
フルタチ「浮上してきた犬田小文吾のボディはなんと白」
ウキ「白、白…真っ白だ。白き羽毛のガウンのごとき素材に包まれた、我が深
海作業ロボット犬田小文吾」
フルタチ「もこもことした大きな体が今、水面に白い飛沫を吹き上げ、海面へ
と浮かんでいきます。日々、深海においてダイオウイカとの死闘を繰り広げて
いるウキタイの愛機、犬田小文吾が今、浮上して参ります」
ウキ「見よ、この姿、汚染が進んだとはいえ、青い海がまるで空のようだ。そ
の空に浮かぶ、雲のような我が犬田小文吾」
フルタチ「深海作業ロボットという触れ込みからのイメージを大きく裏切って
の登場です。、大さん、これはどうですか?」
、大法師「そうですね、深海の作業ロボットを設計するということは水圧との
戦いですからね。この雲形のロボットの白く、柔らかい素材は、そのために開
発されたものですね」
フルタチ「なるほど、そして、深海用ロボットを陸で運ぶのではなく、海から
の上陸、考えましたね、、大法師」
、大法師「ここから、どうやって建屋に辿り着くかですよね」
フルタチ「ウキタイの犬田小文吾、海面からさらに浮きます、浮上します。ウ
キタイ、浮き雲作戦、浮き雲オペレーションとでも申しましょうか。海面から
その巨体を海面の上へ…浮かび、いや、ちょっと待ってください、浮いたわけ
ではありませんね、、大さん」
、大法師「足が出てます」
フルタチ「ウキタイの浮き雲から足が出てます、二本、いや、四本、いや六本
の足…」
、大法師「八本ですね」
フルタチ「ウキタイの浮き雲、八本の足に支えられ、ゆっくりと上陸していき
ます。八本の足、四方八方へ広がり、その姿はまるで、這い回るタランチュラ
のよう…」
、大法師「浮き雲が、蜘蛛のように八本足で進んでいますね」
ウキ「映像を送れ。浮き雲の目、蜘蛛の目で建屋の中を見渡すんだ。な、なん
だ!」
フルタチ「おっと、これはどうした、浮き雲の蜘蛛の足、もつれております」
ウキ「放射線という一線を越えることができないというのか」
フルタチ「足を取られたように浮き雲、ゲン城への進路を外れた…はぐれ雲に
…ここで、ででんでんでんか…」
  犬田小文吾、空気が抜けて小さくなっていく…
ウキ「よくやった、背中のコンテナを解放しろ、積み荷を放て。蜘蛛の子を散
らせ」
、大法師「蜘蛛の子? 浮き雲の子機か?」
フルタチ「蜘蛛ではない、蜘蛛ではありませんね、これは蝶です」
イキ「蝶だと? ユキタイの蝶か?」
ユキ「私のロボットアゲハ犬坂毛野」
フルタチ「浮き雲から放たれた蝶」
イキ「ウキタイのロボットに犬坂毛野を積んでいたのか」
ユキ「私の蝶は、十キロ圏内の端から天守閣までバッテリーが持たない」
ウキ「同時に私の浮き雲、犬田小文吾では、天守閣にたどり着けたとして、そ
の奥の核心にたどり着けるか確信がない」
ユキ「私、ユキタイと、ウキタイが力を合わせてれば、きっとこのミッション
をクリアすることができるんじゃないかって」
イキ「ユキタイとウキタイのユ・ウ・キタイ」
フルタチ「おっと、これは予想外のタッグを組んだ。そして、タッグの名前、
ユニットの名前が今、発表されました、その名は」
ユキタイ・ウキタイキ「有機体」
フルタチ「有機体。それは命ある個体、つまり生物がそれぞれ各部分において
互いに関係を持つことであります。そして、それは単なる部分の寄せ集めでは
なく、一つの統一体のことであり、それはさらに広義において、社会・国家・
民族、人のつながりにも応用する。まだにこのユキタイとウキタイは単なる寄
せ集めでなく、統一体。互いが違いに関係を持ち相互に影響する」
ユキ「抜けば玉散る氷の刃、名刀村正を抱えて、私のロボット犬坂毛野よ、飛
べ!」
フルタチ「小さな、小さな蝶がゲン城へ向かってひらひらと飛びます、その六
本の細い絹糸のような足に、しっかりと抱きかかえられている染料、村正」
イキ「途中までウキタイの犬田小文吾に運んでもらう、それも海からってのは
よく考えた…だが、どこから入る?」
キキ「ユキタイの犬坂毛野に搭載されたカメラからの映像が届きます」
カキ「画質悪いな、とても悪い」
フルタチ「建屋のいくつもの扉をひらりひらりと抜けていくが、それでも、つ
いには閉ざされた扉の前へ」
ユキ「進めない、これ以上…」
フルタチ「その真下で同じく、ネズミの大群が進路を閉ざされて立ち往生して
いる」
ナキ「騒ぐんじゃない、今、開けてやる」
フルタチ「扉、目の前でゆっくりと開いていく。まるで待ち構えていたかのよ
うに、開いていく」
トキ「なにが…なにが起きているんだ?」
、大法師「よく見てください…ナキタイの犬川荘助です」
フルタチ「おっと、よく見ると、建屋の中で電子系に故障により、ところどこ
ろ、その輪郭、その黒い皮膚がノイズ混じりに見え隠れしているぞ」
ユキ「ナキタイ」
ナキ「さあ、ドアは開けたぞ…」
ユキ「ありがとう…さあ、ナキタイの犬川荘助も一緒に」
ナキ「俺と犬川荘助はここまでだ…」
フルタチ「ここで、力尽きるのか、ナキタイの犬川荘助、激しく痙攣してその
場に崩れ落ちてていった。同時に犬川荘助の体を包んでいた光学迷彩がその機
能を失い、今、初めて犬川荘助の姿があらわになる」
倒れ行くナキタイに助けの手を差し伸べるユキタイとトキタイ。
  だがナキタイその手を払いのけ、倒れ込みながらも…
ナキ「行け、行くんだ」
ユキ「ありがとう…」
フルタチ「犬坂毛野は中へ、ゲン城建屋の最深部へと舞い込んでいく、そして
続くはトキタイの犬江親兵衛の群れ。そして、ここで、ユキタイのロボット犬
坂毛野搭載のカメラの映像が届きます。相当な蒸気がまだ立ちこめています
ね」
ユキ「どこに…どこに村正を投下すればいいいの? 見えない…なにも…なに
も見えない」
イキ「待ってろ、今、俺が行く、俺の犬塚信乃が今、そこへ行く」
ユキ「イキタイ! 今、どこに?」
フルタチ「十キロ圏外に、ようやくスタンバイしました、イキタイと彼の機
体、犬塚信乃」

●テキタイの道節
フルタチ「おっと、建屋の中、最深部、天守閣の真上で、ついにテキタイの犬
山道節の動きが止まった」
コキ「ここまでか」
テキ「ここまでなわけねえだろ…道節、どうした、動け、道節、道節、道節、
道節、道節、動け、行け、動いてくれ、道節、道節…俺のロボット…動け…犬
山道節…どうしたんだ…戦いは終わっていない、放射線の前で終戦するな、道
節、道節、道節、道節…」
フルタチ「悔しい、口惜しいとはこのこと、だが、テキタイの道節の動き、完
全に止まってしまっている」
ユキ「断線してる…」
テキ「なんだと?」
ユキ「見えない? 私の犬坂毛野のカメラで捉えているこの映像の中」
ロキ「この火花を散らしている線を繋げば…」
コキ「どうやって…」
ロキ「誰かがいかねば…」
ニキ「俺が行きます」
ロキ「俺も行きます」
テキ「ニキタイ、ロキタイ」
ロキ「テキタイさん、あなたは言った、意味を見つけようと」
ニキ「意味をなさないと諦めるな、と」
ロキ「意味はあると」
ニキ「必ずある、と」
ロキ「だから俺達はゆきます」
ニキ「これが俺達の意味、ここに居る意味ってやつじゃありませんかね」
テキ「待て、俺も行く」
ゲキ「いえ、テキタイさん、ここは俺が」
テキ「ゲキタイ」
ゲキ「ここはテキタイさん、あんたの右腕の出番ってことじゃないですか? 
それはこのゲキタイの出番ってことじゃないんですかね」
ゲキ「ロキタイ」
ロキ「はい!」
ゲキ「ニキタイ!」
ニキ「ここに!」
ゲキ「鉛のスーツを身にまとえ。行こう。これは意味のあることだと俺は思
う」
  ゲキ、ロキ、ニキ、去る。
テキ「ゲキタァイ!」
  そして、
イキ「お待たせして申し訳ございませんでしたなあ。おまえら、俯いてんじゃ
ねえぞ、顏を上げろ、空をみろ…そこに俺の犬塚信乃の姿があるはず」
ユキ「イキタイ! 犬塚信乃! 空からの登場ですか!」
キキ「無数のドローン、幾つものプロペラが誘蛾灯に集まる虫達のように羽ば
たき回る」
ユキ「軽量化に成功した犬塚信乃、そのファンにぶら下げられ、大空を飛ぶ」
、大法師「それでどうするつもりだ…まさか」
イキ「真上から降りる…いや、正確には炉心に向かって落っことす」
テキ「なんだと?」
トキ「その手があったか」
ウキ「確かに、それが一番、確実で早い…」
イキ「ドローン、切り離し…建屋の上。そこで丸まり…落ちていく。姿勢をま
っすぐに、核心に没入するように…」
フルタチ「青い空、小さな点がみるみる大きくなっていき…それは人の形へ、
それは人よりも大きく」
トキ「それは空中で膝を抱え」
ウキ「丸まり…一気に落ちて」
キキ「建屋の天井を突き破った」
イキ「落ちた…その瞬間、失われた、それは一瞬のことだった……失う…奪わ
れる…なくす…痛む…重い思い出となるだろう…核心により近づいた…」
テキ「ニキタイ! ゲキタイ! ロキタイィィ!」
チキ「ロキタイが倒れています」
コキ「ニキタイも倒れたまま、動きません」
チキ「ゲキタイも…伏したまま、動こうとしません」
コキ「ただ」
テキ「ただ?」
フルタチ「彼らが助けたロボット道節が天守閣へと降りてゆきます」
  冒頭の打ち上げのカウントダウン再び。
アナウンス「10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…」
  発射の爆音。
テキ「ニキタイ、ロキタイ、ゲキタイはどうしてる!」
イキ「なにも起きない」
テキ「失敗したのか?」
イキ「信乃に搭載したカメラは?…ダメだ、使いものにならん」
、大法師「本当に核心に辿り着いたのだとしたら、カメラの映像など、こちら
に送れるわけはない…」
フルタチ「静寂があたりを包み込んでおります」
テキ「たどり着けたのか、核心に」
イキ「なにも起きない」
テキ「静かだ」
イキ「静かだ」
ユキ「静かね」
イキ「とても静かだ…」
キキ「失敗したのか?」
カキ「成功したのか」
ドキ「わからない」
ナキ「すぐには結果がでない…ということか」
テキ「それはいつだ…」
伏姫「…世界を赤く染める名刀村正。それはいつ…その答え、名刀の名答はす
でにおまえ達に授けた文字にある」
、大法師「八犬士の文字に、最初からそれは託されていたというのか…」
ユキ「私のユ」
ウキ「ウ」
トキ「ト…いや、今や僕はド、ドキタイのド」
、大法師「もとい」
ユキ「私のユ」
ウキ「ウ」
トキ「ド」
キキ「キ」
カキ「カ」
ナキ「ナ」
イキ「イ」
テキ「そして、テ」
  テンポよく一人一人が自分の文字を発していく。
ユキ「ユ」
ウキ「ウ」
トキ「ド」
キキ「キ」
カキ「カ」
ナキ「ナ」
イキ「イ」
テキ「テ」
、大法師「夕時、叶いて」
伏姫「願いは…」
、大法師「願いは、夕時、叶いて…」
フルタチ「日は確実に西へ傾き、夕時を迎えようとしております」
フルタチ「夕時、それは逢魔が時、黄昏時」
ウキ「夕日だ…」
トキ「空が染まっていく…」
ユキ「見て!」
キキ「大地も染まっていく」
テキ「大地は汚れて染まる」
ユキ「汚染」
イキ「夕日よぉぉぉ!」
、大法師「村正は核心を突いた」
フルタチ「原子炉建屋から吹き上がる真っ赤な煙。赤い、赤い入道雲が鎌首を
もたげるよう上がってゆきます」
チキ「取り返しは…つかない」
伏姫「マイライフアズアドック。少年は毎日の日記の最後に書き記す。マイラ
イフアズアドック、僕の人生はその犬よりはましだ。と。その犬はロケットで
打ち上げられた。九十分で地球を一回りする周回軌道へ。繰り返される九十分
の百九十二万七千二百回目のことだった。極東の島国の一部がぽっと赤く染ま
った。赤く、赤く、赤い血を流し始めた。大地へと染みた。海へと流れ出し
た。遠くまで広がっていく。青い海は赤く、紫色へ。まだらの紫。やがて、日
は沈みゆき、その紫に染まった海はどす黒い染みへ。青い地球。百九十二万七
千二百回、回った青い地球に…赤い染み、染み、汚れた染み、お…せん…それ
でも帰ってキタイ…その思いが地球を回る。見上げれば宵闇迫る暗い空に落ち
る流れ星のごとく…これからも何百万回と、この星の周回軌道を巡りながら、
私はつぶやき続ける。帰ってキタイ…」
テキ「建屋で力尽き横たわるロキタイ、ニキタイ、ゲキタイの体をも、また赤
く染めていく」
コテキ「ロキタイ!」
チキ「ニキタイ!」
テキ「ゲキタイ!」
、大法師「動かぬ彼らの体に…これまでになく、鮮明に文字が浮かぶ」
キキ「ニキタイの、ニ」
カキ「ゲキタイの、ゲ」
ウキ「ロキタイの、ロ」
テキ「に、げ、ろ」
トキ「彼らが残した文字…それは」
ユキ「逃げろ」
テキ「ニキタイ! ゲキタイ! ロキタイィィ!」
そう叫んで駆け出そうとするテキタイを止めるイキタイ。
イキ「やめろ、テキタイ」
テキ「離せ、離せ!」
イキ「行くな、テキタイ」
テキ「離せ、離せぇえ!」
イキ「おまえをあそこに行かせないために奴らは…奴らは…」
テキ「離せ、離せ…」
イキ「テキタイ、逃げるぞ」
テキ「倒れた期待外れ達よ…にげろの言葉…忘れることはない」
イキ「逃げろ…逃げろ…逃げろ…逃げろ…熱い…これまで以上に、俺の体の文
字が…イの文字が熱を持つ」
テキ「熱い、俺のテの文字までも赤く発熱していく」
ユキ「イキタイとテキタイの体の文字が交差する…」
ウキ「イキ」
トキ「テ」
キキ「タイ」
ナキ「(鳴き声)おおおおぉぉ」
カキ「泣くな、ナキタイ」
フルタチ「やがて夕日は沈みきり、あれだけ鮮明に染まった大地はどす黒い赤
い色へと変わっていきます」
キキ「帰レナイ」
ウキ「紅(くレナイ)の大地には帰レナイな」
カキ「十キロ圏内に人は誰もいない」
キキ「イキタイとテキタイ以外は…」
イキ「イキ…」
テキ「テ…」
イキ・テキ「タイ…」
  ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと暗転していく。
  闇に溶けていく中、イキタイとテキタイの慟哭が刺さる。

●エピローグ
  転校生達のジプシー。
籾山「見えた…新しい学校だ」
宇佐見「新しい学校だ」
吉田「新しい学校だ」
平川「新しい学校だ」
越中「また、そうして、僕らは新しい学校の、新しい教室の、見慣れない黒板
に名前を書く」
益子「よろしくお願いしますと言った僕らを見つめる目」
松井「目」
一ノ瀬「目」
ロバート「目」
田尾「目」
籾山「目」
宇佐見「それはちょっと怖い目…」
松井「だけど、怖いのは僕らも彼らも一緒だ」
吉田「うまく行くことを」
平川「キタイするしかない」
知「仲良く出来ることを」
洋志「キタイするしかない」
宇佐見「キタイ」
籾山「気体、一定の形、体積をもたず、流動性に富むもの」
松井「キタイ」
石田「期待」
おおさわ「望みをかけて待ち受けること」
籾山「八人の犬士は、十一人居た」
松井「十一人いる」
洋志「八犬士が十一人?」
知「数が合わない」
越中「十一引く八は三」
籾山「三余る」
一ノ瀬「三、三とはなにの三?」
宇佐見「に・げ・ろの三…散開の三」
平川「散開する…」
益子「新たな土地へ」
おおさわ「…種と共に」
石田「やがて、見知らぬ校庭にキュウリの小さな芽が出ることだろう…キタイ
とは、そのキュウリの芽のことだ…」
おしまい。