『引いて勝つ人々』  上演時間 30分

  明転すると客入れの時にはなかった、縦、半間、横、三間の赤い布に白字で『所沢ファイターズ』と殴り書きされている大段幕が広げられている。
  横断幕を持っているのは恭子と志保。
  (持っているか、棒がついていて立てかけるか、御相談)
  その横断幕の前に立つ三津子。
  三津子は両手に黄色のポンポンを持っている。
  明転と同時に板付いている人達がみんな歓声を上げる。
一同「おおっ!」「いいんじゃない、いんじゃない」「すごい、すごい」「かっこいー」等々口々に適当に。
  そこは・・・
  体育館を含む市民のための総合施設の中にある会議室ようなところ。
  長テーブルが端に寄せられ、その上にペットボトルのお茶やらアルカリイオン飲料などが並べられている。
  下手の端の方に適当に並べられたパイプ椅子にちか子と美代子。
  上手の方に国村秀夫がパイプに座り、その妻、温子が、その後ろに立って主人の肩を揉みほぐしている(この肩を揉んでいる動作はしばらくつづけていること)
  少し離れたところに冬美が座っている。
  適当に歩いている、あや。
  そして、三津子がポンポンを振り回しながら、
三津子「引け、引け、レッツゴー、引きまくれー、とっ、とぅ、と・こ・ろ・ざ・わーファイターズ、オー!」
恭子・志保「引け引け、所沢、引け引け、所沢」
三津子・恭子・志保「オオー!」
  そして、最後の「オオー!」のところでめいっぱいポンポンを振りまくる。
  一同、再び歓声を上げて拍手。
  ちか子もどこからか、クラクションやらを取り出してパフパフ! やって盛り上げてやる。
  その中、一人だけノリが悪いというか、どうノッっていいのかわからない冬美。
  と、美代子、デジカメを取り出して、横断幕と三人を入れ込んで写真を撮ろうとする。
美代子「はーい、そのまま、そのまま、笑って、笑って」
三人「せーの、キ・ム・チ!」
  (言い終わった瞬間に、ストロボが光ってくれると嬉しい)
好太郎「あ、じゃあ、みんなで一緒に」
  言われて、その場にいる人々が横断幕の前へと集まってくる。
温子「ほら、あや、あんたも入りなさい」
あや「え? 私も?(と、言いながら入ってくる)」
好太郎「(冬美に)タケさんの奥さんも、どうぞ、どうぞ」
冬美「あ、いえ、私は・・」
温子「いらしてください。一緒に、ほら」
冬美「え、でも、私は・・・」
ちか子「いいじゃないですか、初めましての記念に」
冬美「そ、そうですか・・」
  と、並んだ。
美代子「はい、じゃあ、いいですか、みなさーん、せーの」
一同「キ・ム・チ!」
  光るストロボ。
冬美「あ、あの、チーズじゃないんですね」
好太郎「ええ、うちはずっと写真撮る時は『キムチ』なんです」
美代子「チ! って言った時に笑顔になるでしょう、チ! チ! ほら、チ!」
冬美「(横断幕を見て)この『所沢ファイターズ』っていうのが・・」
三津子「チームの名前です」
冬美「すいません、なにも知らなくて」
温子「いいんですよ、そんなの。これから徐々にね」
好太郎「でも、タケさんも人が悪いよな、奥さんにずっと黙ってたなんて」
志保「驚ろかそうと思ってたんじゃないの?」
三津子「三年近くも?」
冬美「まさか、ねえ、みなさんと毎週日曜日に綱引きの練習をしてただなんて」
恭子「いつも、日曜とか休みの日の練習に出かける時は奥さんになんて言ってでかけてたんですか?」
冬美「なんか会社のつきあいがあるとか、同窓会の幹事をやるからとか・・」
秀夫「(温子に)あ、ああ、もういいよ、ありがとう、ありがとう、だいぶ、肩、楽になったよ」
温子「こんだけ只でマッサージしたんだから、勝ってよね、あなた」
秀夫「まあ、がんばるけど、勝負ってのは時の運だからね」
温子「なに言ってんのよ、引けばいいのよ、引けば」
秀夫「そう簡単なもんじゃないんだよ、綱引きったって」
温子「勝負は勝たないと意味がないのよ。あなたは人生で負けたんだから、せめて綱引きくらいは勝たないと」
あや「お母さん、なんてことを・・」
好太郎「タケさんから、いつも奥さんの話、聞かされてますよ」
冬美「(至極曖昧な返事)ああ、そうですか・・」
恭子「オードリーヘップバーンの映画がお好きなんですよね」
三津子「そうそう『ローマの休日』とかですよね」
志保「タケさん言ってた、言ってた」
冬美「(曖昧に)ああ・・ええ」
  基本的に冬美の台詞が終わるのを待たずに会話を進めていきます。
秀夫「奥さんの誕生日にタケさんがね、『ローマの休日』のDVDをプレゼントしようと思ったら」
ちか子「九百八十円だったから、がっかりしたって」
一同「そうそうそうそう・・・」
志保「今、昔の映画、安いですからねえ」
冬美「(笑顔のまま、ぼそりと)そんな話、初めて聞きました」
  と、やってくる夏枝。
夏枝「おはようございます、岸川でございます。今日も主人がお世話になります」
  一同、口々に「おはようございます」
  と、冬美、立ち上がり。
冬美「三浦の家内です、いつもお世話になっています」
夏枝「三浦・・タケさんの奥さん!」
冬美「はい」
夏枝「ヘップバーンのお好きな」
好太郎「そうそう」
夏枝「(改めて)岸川の家内でございます。いつも主人が『所沢ファイターズ』でタケさんにはお世話になっています」
秀夫「岸川さんとこは奥さんも綱引きの選手なんですよ」
夏枝「うちは夫婦で(綱引きのまね)やってますんで」
冬美「そうなんですか」
三津子「ちょっとじゃあ、チアリーダーは着替えてきますね」
温子「はいはい」
三津子「(恭子と志保に)行こ」
  恭子と志保、頷いて出ていく三津子に続く。
美代子「急いでくださいね、そんなに時間、ありませんよ」
三津子「はいはーい」
  と、はけていく三人。
冬美「女性もなさるんですね、綱引き」
夏枝「女子と男子は分かれてるんですよ」
あや「へー、女子もあるんだ」
秀夫「あやは本当に何も知らないから」
夏枝「お嬢さん?」
あや「知らないよ、綱引きのことなんて」
温子「毎週、練習に誘ってるんですけど、友達となんかするとかなんとか言って、来やしないんですよ」
あや「女子もあるんだ」
ちか子「あやちゃんもやりたくなった?」
あや「いえ、全然」
夏枝「私は今『国分寺エンジェルス』っていう女子のチームにお世話になってます」
秀夫「いろんなチームがありますからね、全国各地に」
冬美「綱引きがそんなブームだなんてしりませんでしたから」
好太郎「綱引きそのものは誰でも知っているんですけど、実際、チームを組んで練習している人達がいて、全国大会まであるっていうのを知らない人は多いんですよ」
美代子「スポーツって思ってない人の方が多いんじゃないの?」
ちか子「私も主人が綱引きやりたいんだけど、って相談されてた時は、綱引きってどういう綱引きって、真面目な顔で聞いちゃいましたもの」
美代子「綱引き競技って言わないと家では主人に怒られるんですよ」
美代子「そうそう、うちもうちも」
好太郎「厳重に体重のウエイトでクラス分けされているんです。一チームは八人で、基本的には時間制限なし」
夏枝「姿勢はこんな感じなんです」
  と、自分が肩に掛けていたバスタオルの端を好太郎に渡すと、綱引きの姿勢を二人でとって見せてあげる。
  いろいろルールの説明を聞いている間、冬美の台詞は特に書きませんが、適当に頷いていて適当に相槌のような声を発するのはありです。
  説明してくれてている人の邪魔にならないように。
好太郎「それで・・」
  と、夏枝を相手にバスタオルを引き合って、その綱引き競技独特のポーズをやってみせる。
  (本気でやると本当に危ないかも知れないので、いい感じで形だけ見せればいいです)
好太郎「こうやってぎりぎりまで体を倒して、上手く自分の体重を利用して綱を引く」
夏枝「ちょっと、ちょっと、好太郎さん、なに本気出してんのよ、女子相手に」
  徐々に好太郎が引き始める。
好太郎「う、うーっ!」
  と、さも必死そうに引く。
  そして、その好太郎の後ろに来て、説明の続きをする秀夫。
秀夫「この後ろに八人が並んでいるんです。同じ姿勢でね」
  と、同じ姿勢をとってみせる。
  (姿勢のみです、バスタオルを引くことには参加しないこと)
秀夫「こんなふうに」
  と、見ていた美代子もちか子もその後ろに参加して同じ姿勢をとり。
美代子「こんなふうに」
ちか子「こんな感じで」
秀夫「八人が並ぶんです、ずうっと・・」
美代子「一番後ろの選手だけが体に一回だけロープを巻いていいんですよ」
冬美「けっこう、思ったより激しそうなスポーツなんですね」
夏枝「ちょっと、ちょっと、なに本気だしてんのよ・・ってば」
  まだ引き続けている好太郎。
好太郎「(引きながら)・・で、自分達の方へ四メートル引き込んだ方が勝ちになります」
  と、さらに少し引いたところで。
好太郎「うっ!」
  と、叫んで左膝に手を当てて倒れ込む。
  急に力を抜かれるが夏枝が倒れ込むことはない。
夏枝「ちょっと、大丈夫?」
秀夫「また膝か?」
ちか子「また膝?」
美代子「全然完治しないねえ」
夏枝「私のせい? 私のせい?」
好太郎「い、いや、違う、これは前からなんだ。大丈夫、大丈夫」
  と、無理して立ち上がる好太郎。
  だが、あんまり満足には立ってられない。
温子「座ったら、ここに」
  と、好太郎の後ろにパイプ椅子を持ってきてあげる温子。
好太郎「あ、ああ、すんません」
秀夫「どれ、見せてみろ」
好太郎「あ、いや、大丈夫です、本当に大丈夫ですから」
  と、秀夫が好太郎の前にしゃがみ、膝に手を触れてみる。
  好太郎、思わず短い悲鳴を上げる。
好太郎「あっ!」
  そして、みんなが絶句しているのを見てあわてて好太郎。
好太郎「大丈夫です、大丈夫ですって、本当に大丈夫ですって」
夏枝「ちょっと、冷やしたりした方がいいかもね」
温子「ああ、そうね、そうね」
好太郎「一応、もう湿布はしてあるんですけどね」
秀夫「これは・・そういえばタケさん、どうしたんだろうねえ、ちょっと見てくるよ」
  出ていく秀夫。
と、やってくるミスドの箱を二つ持った敵チーム『世田谷ドリフターズ』の奥さん応援団の孝江と瑤子。
孝江・瑤子「失礼しまーす」
美代子「ああ、こんにちは」
ちか子「こんにちは」
孝江「これ(と、ミスドの箱を差し出し)差し入れ」
温子「あ、どうもすいません」
ちか子「いつもいつもありがとうございまーす」
瑤子「敵に塩を送りに」
ちか子「塩って、ドーナツじゃん」
瑤子「あたりまえでしょう、敵に塩を送るって言って、本当に塩もらってうれしいの?」
あや「あ、ドーナツ! これいただいていいの?」
温子「もう始まるんだから、あとで、あとで」
  と、二人、横断幕を見つけ。
孝江「あ、なにこれ」
瑤子「あ! すごー!」
孝江「なにこれ」
美代子「横断幕! 作ってみましたぁ」
瑤子「うちの『世田谷ドリフターズ』も作りゃよかったな」
好太郎「(冬美に)ライバルのチームの世田谷ドリフターズに御主人が参加している奥さん(そして、孝江と瑤子に)あ、こちら、タケさんの奥さん」
孝江「えー! タケさんの奥さん?」
瑤子「あの、噂の?」
冬美「噂・・になってるんですか?」
温子「噂じゃなくて、タケさんの自慢の、でしょう」
瑤子「あ、そうそう、ヘップバーンのね」
冬美「そんなに有名なんですか?」
孝江「いつもお世話になっています『所沢ファイターズ』のライバル『世田谷ドリフターズ』です」
温子「『世田谷ドリフターズ』って長いから、私達はいつも『ドリフ』って呼んでるんです、『ドリフ』の人達とか、『ドリフ』の奥さん達とか」
瑤子「それやめてください、短くしないで下さいっていつも言ってるじゃないですか」
孝江「やっぱりチームの名前決める時、もうちょっと真剣に考えればよかったかなあ」
ちか子「今日の飲み屋は決まった?」
孝江「駅前の庄屋くらいしかなくて」
ちか子「ああ、いいんじゃないの?」
瑤子「いいっすかね」
ちか子「いいでしょう」
瑤子「いいか!」
ちか子「ああ・・早くビール呑みたいわね」
孝江「(と、携帯を取り出し)じゃあ、もう予約しときますね。いつもの通りに『市川ドルフィン』さんも『町田バッファローズ66』も行くって」
瑤子「大所帯だ」
孝江「六十人くらいで予約しておきます」
ちか子「(冬美)楽しいんですよ、相手チームを罵倒しながら呑むビールってのが」
瑤子「おっと、塩を送りに行って油を売っていたら、また怒られちゃう、じゃ、ちか子さん、また後で」
ちか子「はい、また後ほど」
  と、出ていきながら、
孝江「もしもし、恐れ入ります、今日の夕方に宴会の予約を入れたいんですが・・」
冬美「みなさん、仲、よろしいんですね」
ちか子「ええ・・」
冬美「全然・・知りませんでした」
ちか子「早く終わらないですかね」
冬美「あの、このあたりに売店とかありませんですか」
温子「あ、そこでて左に行くとエレベーターがあるんで、地下に」
冬美「ちょっと、行ってきます」
あや「あ、買ってきましょうか、私が・・なにを?」
冬美「あ、いえ、大丈夫です、自分で・・」
  と、出ていく冬美。
  と、入れ替わるようにチアリーダー姿になって帰ってくる三津子、恭子、志保。
  両手にポンポンも持っている。
三津子「膝」
好太郎「え?」
三津子「膝、痛めてるんだって」
好太郎「誰に聞いたの?」
三津子「今、国村さんに、そこで」
好太郎「ああ、ちょっとね」
三津子「ちょっとってなによ、昨日今日の話じゃないんでしょう? なんで隠してたの?」
好太郎「だって・・そんなに大したことないって」
三津子「痛いんでしょ」
好太郎「痛くないよ」
  と、その膝の部分を殴りつけようとする三津子。
  それを咄嗟によけて好太郎。
三津子「痛いんでしょう?」
好太郎「そんなふうに殴られたら痛いよ」
三津子「どうするのよ、それで仕事とかに響いたら」
好太郎「響かないよ」
三津子「綱引きなんかやってて仕事できなくなったらどうするつもりなのよ」
好太郎「なんかってなんだよ」
三津子「綱引きやってても、ローンは返済できないのよ」
好太郎「大丈夫だって」
  と、出ていこうとする好太郎。
三津子「待て、逃げるの?」
好太郎「逃げるんじゃない、行くんだよ、試合に、もう時間なんだよ」
三津子「やましいからでしょう?」
好太郎「なにバカなこと言ってんだ」
  と、出ていく好太郎。
美代子「でも、ベスト十六まで来たんだから、ここで勝っても負けてもいいんじゃないの?」
温子「よかーないでしょ、試合なんだから勝たないと」
ちか子「まあ、どちらにせよ、早いとこ終わって呑みたいですね」
温子「ちか子さんは、なにかっていうとすぐにビール呑みたい、ビール呑みたいって。応援しに来てるのか、ビール呑みに来てるのかわかんないじゃないの」
ちか子「どっちかっていうとビールかな」
美代子「それをはっきり言っちゃっていいもんなの?」
ちか子「いんじゃないの?」
美代子「まあ、どっちかっていうと私もビールだけど」
恭子「だって、御主人の膝なんでしょう?」
三津子「そうよ」
恭子「自分の膝ってわけでもないし」
志保「おいおい」
三津子「自分の膝じゃなきゃ、どうなってもいいの? ちがうでしょ?」
恭子「いや、そういうことじゃなくて」
三津子「じゃあ、どういうことなの?」
志保「まあ、そういうことがあったとしてもね、ここで三津子さんが御主人を応援しなくてどうすんのよ」
恭子「ああ、そうそう、そうでしょう。ここが応援のしどころってもんでしょう」
三津子「そう?」
恭子「そうだよ」
志保「そうそう」
三津子「そんな膝に爆弾抱えている夫の綱引きを、こんなポンポン持って応援していいのかなあ」
恭子「三津子さんが応援しなくて、この世の誰が応援するっていうのよ」
あや「綱引きでそんな体を壊したりするんですか?」
美代子「あんまないけどね」
ちか子「だって、綱引きだから、所詮」
恭子「あ、でも、『市川ドルフンスペシャルクラブ』のさあ、あれ、あの人なんてったっけ」
美代子「ああ、いたいた、膝やっちゃって」
ちか子「そうそう」
恭子「三ヶ月くらい松葉杖だったらしいよ」
温子「なんでそんないらんことを今、思い出して言うかなあ」
恭子「しかも腰痛が激しくなるからビールが飲めないって言ってましたよ」
志保「そうそう、子供ビールで我慢だって」
ちか子「なに子供ビールって」
美代子「子供用のビールよ」
恭子「ちがうわよ」
美代子「え? ちがうの?」
恭子「あれは子供ビールっていう大人用のビールよ」
  秀夫に連れられて現れる武。
美代子「あ! タケちゃんさん」
温子「タケちゃん」
ちか子「タケちゃんさん」
武「あれ、うちの女房は?」
美代子「今、売店に」
武「売店?」
ちか子「なんか買いに」
武「あ、そうなんだ」
  と、パイプ椅子に腰を下ろす。
温子「タケちゃんの奥さんって、話に聞いて想像してた通りの人だったわね」
武「え、ああ、そう?」
美代子「なんだか、ちょっと、とまどっているみたいだけど」
温子「だって、黙ってたんでしょ」
武「え、うん、まあねえ」
温子「黙ってることを私達にも黙ってるんだから」
ちか子「なんで黙ってたんですか、今日の今日まで」
武「黙ってたわけでもないんだけどね、話すきっかけがなかっただけだよ」
あや「まあ、綱引きやってるから、って確かに言いにくいことは言いにくいですよね」
秀夫「あや、おまえ、父さんのこの高尚な趣味をバカにする気か?」
あや「バカにするもなにも、綱引きだよ」
温子「たかが綱引き、されど綱引き」
あや「わかんない、その綱引きの位置づけがわかんない」
  帰ってくる冬美。
冬美「あ、あなた」
武「どこ行ってたんだ? もう始まるぞ、ほら、みんなも行った行った」
  と、みんな急にばたばたと出ていく。
三津子「よーし、所沢ファイターズ」
恭子「ファイト!」
志保「おー!」
温子「あや、あんたも早く」
あや「はいはい・・」
  などなどといいながら。
  そして冬美、売店で買ってきたよくわからない子供のおもちゃを武に見せて。
冬美「これ、買ってきたの」
武「なんだ、それ」
  冬美と武の二人きりになっている。
  冬美、その買ってきたものをちょっと振って見せて。
冬美「応援の・・どうぐ」
  振って見せて。
冬美「がんばれー」
武「・・・・・」
冬美「がんばれー・・って、なんか私も持ってた方がいいかなって」
武「いらないよ、そんなの」
冬美「なんで・・」
武「え?」
冬美「・・なんで隠してたんですか?」
武「隠してたって・・そんな人聞きの悪い」
冬美「隠してたわけじゃないですか」
武「言うチャンスがなかったっていうか、逃しちゃっただけじゃないか」
冬美「四六時中、顔を合わせているのに・・」
武「顔合わせてりゃ、なんでも話せるってもんでもないだろう」
冬美「そんな・・そんなこと言ったら・・」
武「それに・・」
冬美「それに?」
武「ほら、年とっちゃったらとっちゃったで言いづらいことだって出てくるだろう」
冬美「・・どういうことですか、もう、なにもかもはっきり言って下さいよ」
  と、そこにやって来る三津子。
三津子「タケちゃんさん、なにやってるんですか、もう始まりますよ、開会式」
武「あ、ああ、今、行く」
三津子「早く、ですよ!」
  と、言いながら去っていく三津子。
  だが、武はまだ立ち上がろうともせずに話を続ける。
武「みんなでね・・」
冬美「・・・(急がなくていいのか?)」
武「練習が終わった後、ビールを呑みに行って、それでそれから何度か、カラオケに行ったんだ」
冬美「・・ええ」
武「それで、さっき足を痛めているとか言ってたあいつ、あいつがね、尾崎豊って人の曲が好きでよく歌うんだ。尾崎、知ってるか?」
冬美「知ってます」
武「『シェリー』って曲なんだけど、良い歌詞があってね」
冬美「ええ・・」
武「(絶対に歌わないで歌詞だけ喋って下さい)シェリー、俺は上手く笑えているか、っていうんだ」
冬美「ええ」
武「俺は上手く笑えているか、って」
冬美「・・ええ」
武「上手く笑えているか・・そんなことなあ、年とっちゃうと面と向かっては聞きづらいだろう」
冬美「・・そういうことですか」
武「そういうことだよ。じゃあ、行って来る」
  と、ようやく越しを上げる武。
冬美「・・じゃあ、応援席で見てますから」
武「うん」
冬美「俺は未だ上手く笑えているか・・」
武「(気づいたように)あ、あのなあ」
冬美「なによ」
武「別に笑いながら綱引きやってるわけじゃないからな」
冬美「わかってるわよ」
武「必死にやってるんだからな」
冬美「わかってるわよ、必死にやってなきゃ、ベスト十六まで残れるわけないじゃないの」
武「必死だからさ・・勝つよ、おまえのためにもね」
  武、言い終わっても照れないでじっと冬美のことを見ている。
  間。
冬美「そういうことは面と向かって言えるのにね・・未だ上手く笑えているかどーかなんて、そんなことが言えなかったなんて・・バカね」
武「行かなきゃ・・始まるから」
冬美「ええ・・」
  二人、歩き出す。
  唐突に暗転。