『私バカじゃないよ』

作・じんのひろあき

登場人物 松浦詩子

例えば、その女の子は、路地裏に座っていて、遠くのビルボードをボオッと眺めていたりする。この女の子の隣に、同い年くらいの女の子、早智子がいる。

私バカじゃないよ・・私バカじゃないよ・・・

バカそうに見える? よく言われる・・最初玄関で靴はいて、紐とかこんなちゃんと結んだと思ったら、
電話鳴りやんの、最初自分の部屋だとわかんなくって、うちどの電話が鳴ってるのかわかんないんの!
それで

四つんばいになって、家に上がっていく感じで。

こんなになって二階まで行ったの・・・・私、これで歩くの早いんだ・・・ポケベル、トイレにおっこと
しちゃって、でも拾うの気持ち悪いから、そのまま流しちゃった・・新しいの買わなきゃなんないと思っ
てたらさ・・こういう時に限って、連絡回って来るのよね・・

タクシー強盗で捕まったんでしょ・・なんだろ・・タクシー強盗って・・全然・・ピンと来ないな・・手
錠とか掛けられたのかな、現行犯かな、執行猶予とかよくいうじゃない、執行猶予三年とか、執行猶予じ
ゃないの? 私に聞いてもわかんないよ、私がわかんないから、早智子に、早智子がさ、早智子って、悲
しい? まち子さん捕まって・・私バカじゃないよ・・バカじゃないよ・・

ああ・・もう本当になんにもしたくない・・私・・歯も痛い・・歯軋りし過ぎかな・・まち子さん、整形
してもらったんだよ・・うちのお父さんに・・只で・・

簡単、簡単・お父さんの愛人になればいいのよ・・お父さんの愛人になんないと、只で整形はしてもらえ
ないの・・お父さん、自分の好みの顔に作り替えちゃうからさ・・勝手だよね・・鼻? なるなる・・ラ
クショー、チョー簡単、そんなの・・家のお父さんの愛人になったら、スタイルだってよくなるよ・・ま
ち子さんって、まえああいう人じゃなかったもの・・胸とか・・

私、やっぱ結婚しよう・・マサヒロと・・南青山のマンションに住もうかな・・あれ、私んちのビルだか
ら、上の方に住みたいから、上の方の人に出てってもらって、私、マサヒロとあそこに住むんだ・・カン
ケイないよ! だって、私、幸せな家庭作るんだもの・・私、マサヒロの白いTシャツ洗うんだ・・私バ
カじゃないよ・・バカじゃないから、出来るよ・・

もうクスリ配れないね・・・まち子さんもう家で看護婦できないかもしんないな・・今度来る新しい看護
婦さんも、処方箋自分で書いて、私にオクスリくれないかな・・そういう話のわかる看護婦さんだったら
いいな・・友達みたいな看護婦さんだったらいいな・・うそうそ・・早智子にはあげるよ・早智子だって
どうするの、この先、いつまでもこのまんまじゃいられないでしょ、じゃあ、早智子も今度生まれて来る
時は、整形外科のうちに生まれて来ればいいじゃないの・・知らないよ、そんな事・・・

と、ポケットを探り。

こんだけになっちゃった・・クスリ・・これってさあ、どっちがシャキッとする薬だっけ? こっちだっ
け? こっちって、気持ちよくなる方じゃなかったっけ? あれ、混ざっちゃったよ・・これと・・これ
と・・これも違うでしょ・・あれ何種類あるんだ?・・物々交換してるうちにこんなに種類増えちゃった
よ・・あれ・・わかんないよ・・嘗めてみればわかるんじゃないの?

と、その小さなビニール袋を開けて、嘗めてみる。

うっ! なんか、舌の先がジンとなる・・なにこれ・・なに、なに? なんだろこれ?うわ・・うわ・・


ペッ! ペッ! と、吐く。

あ、そうか・・燃やしてみようか・・燃えるのがマリファナ?・・そうなんだ・・火? あるある・・・
マッチがあるよ・・・マサヒロが配ってたの・・道で・・よくやってるでしょ・・はいどうぞ・・とかい
って・・マサヒロが配り切れなかった、ティッシュとかマッチとか家に一杯あるの・・・

と、マッチを取り出して、擦ってみる。
つかない・・・

あれ? あれ? つかない・・・駄目だ、湿ってる・・マサヒロが配ってるマッチ、湿ってる・・あつい
た・・・

と、たぶんマリファナに火を直接つける。
そして、それをふうふう吹く。

ついた? ついたよね・・煙がほら・・出てきたもんね・・・

と、その煙を胸一杯に吸い込む。
更に、ふうふう吹く。

これ、気持ちよくなる方じゃないかな・・まだなんないけど・・・

と、しばらく、その立ち上る煙を見ている。

なんか・・この煙って不思議・・・

と、その煙を手のひらで受けて、自分の頭になすりつける。

こうやると賢くなんないかな・・頭よくなんないかな・・あーっ!

と、その煙を覗き込んで。

なんか見えない・・この煙の中・・・見えるよ・・ほらほら・・ああ・・・これ・・私が昔住んでた部屋
だ・・そうだよ・・私が昔住んでた部屋だよ・・なつかしー・・・ああ・・私もいる・・子供の頃の私
が、ベッドで寝てる・・あ・・消えちゃう・・消えちゃう・・火が・・

と、またマッチで擦って、火をつける。
そして、ふうふう吹く。
煙が立ち上ってきたよう。それをまた頭になすりつけて。
と、側の早智子に。
早智子・・早智子
・・どうしたの? 眠いの?
ねえ・・この煙の向こうに・・見てよ・・これ、私の部屋なの・・私が昔住んでた部屋なの・・こんなに
広かったんだ・・広い・・すごい広い・・・
私も子供が生まれたら・・マサヒロと結婚して、子供が生まれたら、子供部屋作ってあげるんだ・・そう
だよ・・このベッドのここのところに、シールいっぱい貼って、怒られたんだ・・
ああ・・また・・火が弱くなって・・・

と、またマッチを擦る。
湿っててつかない・・・

ああ・・・ああ・・・ああ・・これも駄目・・これも駄目だ・湿ってて・・

やっとついた。
ふうふう、必死に吹く。また、自分の頭になすりつけ、そして覗き込む。

ああ・・いろいろ思い出す・・そうだよ・・このクローゼット・・早智子・・・私この部屋にいる頃・・
ほんと幸せだったな・・何にも考えなくってよかったんだもん・・
私、結婚しよう・・本当に結婚しよう・・・早智子・・早智子だけはこれからもクスリあげるよ・・だっ
て・・だって親友だもん・・・
早智子、私達、結婚しても、仲良くしようね・・

と、そのマリファナを覗き込んで。

ああ・・・ああ・・・火が消えちゃう・・・私が住んでた部屋が消えちゃう・・消えちゃう、消えちゃう
・・・・
ああ・・マッチがもうない・・

暗転

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