『it's alive Unicorn ドードーの旗のもとに 外伝』
 作 じんのひろあき
  暗転。
暗闇の中、キャスト名のクレジットがあがってくる。

トノダ「インコが初めて記述された最古の書物は今から三千年ほど前にインド
で書かれたものだ。特筆されているのは、やはりインコやオウム類がおしゃべ
りをする能力を持っているという事で。これは他の家畜らとは大きく異なり、
遥かに優れた動物として、宮廷の人々にもてはやされた。おしゃべりオウムや
インコはカトリックの総本山であるバチカン市国教会などから特別なステイタ
スを与えられ、金貨百枚と交換されたという記録も残っている、千四百九十二
年、スペインのコロンブスが新大陸を発見、そこには『カロライナパラキー
ト』と呼ばれるインコが生息していたが、最後の一羽が百年前の千九百十八年
二月二十一日にシンシナティの動物園で息を引きとった」

●バハマの沖

檸檬「その時、私達、私檸檬と双子の妹パセリが居た場所、海の上、サンサル
バドル島の沖、北緯二十四度六分ゼロゼロゼロゼロ秒 西経七十四度二十九分
ゼロゼロゼロゼロ秒、西インド諸島のバハマ、ここはね、かのコロンブスがア
メリカ大陸を発見した時に通った海の道。そこで、ボートを操っているのが
私、檸檬・美々羅原、その後ろ、極彩色の小さなパラシュートを背負って、大
空に飛び立とうとしているのがパセリ、パセリ・美々羅原。天気、快晴。突き
抜けるような青空、私達が向かう先の空、小さな、色とりどりの、、七色以上
のチョコレートスプレーをこぼしたような、てんてんてん、が、舞っている」
パセリ「来た、来た、来た、来た、来たぁ」
檸檬「上げるわよ」
パセリ「オッケー! ユキノシー、しっかり捕まって」
ユキノシー「大丈夫です、でも高いとこ苦手」
パセリ「海に落ちないでね、あんた、本当にその背負ってる貝殻が頼りの、た
だのヤドカリになっちゃうからね」
ユキノシー「大丈夫ですって、海に落ちようがなにしようが、ヤドカリにはな
りません、僕はね、サソリなんですから」
パセリ「サザエの殻に潜り込んだ、内気なサソリ、ユキノシーをおなかのポー
チに入れました、と」
檸檬「大丈夫?」
パセリ「大丈夫、さあ、飛ぶわよ、あのインコの群れの中へ、絶滅したと言わ
れているカロライナパラキートの中へ。上げて! 檸檬!」
檸檬「しゃ! 言われて私は、ウインチを解放するレバーを回し蹴り。十八歳
の女子にしては、お行儀がいい仕草ではないけど、いーの、いーの、だって、
見渡してもだーれもいないんだもの。ギャアアァァァ、と音がして解放され
た、ワイヤーが空中へとみるみる伸びて行く、それと同時に、目の端に映って
いた、パラシュートとその下のパセリの姿が空へと吸い込まれるように、上が
る、みるみる、上がる」
パセリ「ひゃーああぁぁぁ」
ユキノシー「ひぇえぇぇぇぇぇ」
檸檬「私達は動物写真家。世界中を旅して、珍しい動物の写真を撮るのが仕
事。今日の獲物、コロンブスが発見したというインコ。私達は今、あのコロン
ブスと同じものを見てるってこと」
パセリ「檸檬、聞こえる?」
檸檬「聞こえてる、うるさいくらいにね」
パセリ「あんたが言った、この極彩色迷彩のパラシュート、正解だった、カロ
ライナパラキートの中、まったく違和感なく溶け込めてる」
檸檬「写真は?」
パセリ「撮れてる、寄っても引いても、シャッターチャンスだらけ、すごい画
が撮れてる。カロライナパラキート、翼を広げると二メートルくらいはみんな
ある」
檸檬「デカイな!」
パセリ「デカイ、デカイ」
ユキノシー「すごいデカイですぅ」
檸檬「やったね、にしても、悔やまれる」
パセリ「なにが?」
檸檬「あんたにジャンケンで負けたことが」
パセリ「はっはー!」
檸檬「上空で無邪気な声を上げているパセリと違い、私は風向きの微妙な変化
を気にしながら、ハイブローな操舵に神経を使う。だから、異変に気がついた
のは当事者のパセリではなく、私の方が先だった…なに? あれ?」
パセリ「どうしたの?」
檸檬「急に集まって来た、インコが」
パセリ「え? どういうこと?」
ユキノシー「あれ、なんだか、急にインコ達がこっちに集まってくるよ」
パセリ「網で捕まったみたいだ」
檸檬「パセリ、あんた網で捕獲されてるよ」
パセリ「なに、この網、こんなの見たことない」
檸檬「それ! 動物捕獲用に開発された、網だ!」
ユキノシー「どんどん、どんどん引き上げられていくよー」
パセリ「空に引き上げられるって、どーゆーこと?」
檸檬「だから、青空にね、いや、ちがう、なにこれ」
パセリ「なにこれ、ってなに!?」
檸檬「上にあるのは青空じゃない、青空とほとんど同じ色をした、飛行船、そ
れもものすごく大きい」
パセリ「飛行船? 捕まったのか、私、これが…噂の……」
檸檬「密猟団…マックスウェルカンパニーの飛行船…」
パセリ・ユキノシー「あああぁぁぁ」
檸檬「そこで、無線に耳障りなジャミング音が、ざざざざって入ったかと思う
と、それっきり、なにも答えなくなった」
パセリ「うわあああぁぁ」
ユキノシー「うわあああぁぁ」
檸檬「トノダ、大変なの」
トノダ「聞こえてるよ、とんでもないとこで、えらい奴らに会っちまったもん
だな」
檸檬「まさか、カロライナパラキートを、あいつらが狙っていたなんて」
トノダ「マックスウェルカンパニー、相手が悪すぎる…」
ユキノシー「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあうるさいな、インコは、一緒の檻に入
れないでくんないかな」
パセリ「ユキノシー、あんたの出番だよ」
ユキノシー「出番? 僕の?」
パセリ「この檻の隙間から這い出れるのは、ユキノシー、あんたしかいない」
ユキノシー「え? でも、この檻の隙間だと僕のサザエの貝殻がつっかえちゃ
うよ」
パセリ「貝殻は私が持っててあげるから、あんたはサソリなんでしょ、そもそ
も、貝殻は関係ないんだから」
ユキノシー「そのサザエの貝殻は僕の心のよりどころっていいましょうか」
パセリ「いいから、早く、人がこないうちに、あの見張りの男をちょっと眠ら
せて、ちくっとでいいよ、ちくっと、本気で刺したら死んじゃうからね」
ユキノシー「持っている鍵を奪ってくればいいんだね」
パセリ「カードキイだから、それっぽいのを探してきて、お願いよ」
  SE 警報が鳴る。
エゾイチゲ「ゾイヌナ様」
ゾイヌナ「なにごとだ?」
エゾイチゲ「捕らえたカロライナパラキートがこの飛行船の船内を乱れ飛んで
おります……」
ゾイヌナ「なにをしている!」
パセリ「今度はこの船から外へ出してあげるからね、そして、ユキノシー、私
達もそっから逃ちゃお!」
ユキノシー「がってんだー」
パセリ「ここは? 飛行機のカタパルトがある、ってことはこの正面が出
口!」
トノダ「檸檬、聞こえるか檸檬」
檸檬「こちら檸檬、聞こえてる」
トノダ「で、様子はどうだ? パセリは捕まったままか?」
檸檬「そのよう、ずいぶん時間がかかってる」
トノダ「時間がかかる? なにに?」
檸檬「めちゃくちゃにするのに」
トノダ「まさか、相手はマックスウェルカンパニーだぞ。動物を捕獲する軍隊
と言われている」
檸檬「動いた!」
トノダ「なにぃ」
檸檬「後部のハッチが開いた! 七色のチョコレートスプレーが吐き出されて
くる!」
トノダ「七色のチョコレートスプレー?」
檸檬「やったぁ、パセリの奴、捕まえられたインコ達の解放に成功!」
パセリ「こちらパセリ、聞こえる? 檸檬!」
檸檬「聞こえるよ、うるさいくらいにね」
パセリ「今から飛ぶ!」
檸檬「待ってるよ、パセリ」
ユキノシー「飛びます、飛びます、飛びます」
トノダ「飛べ、パセリ! 檸檬の元へ」
檸檬「七色のチョコレートスプレーに混じって、一つの点、その群れから離れ
て、落ちてくる、ゆっくりと。双子の妹の無事の帰還を待ちわびて、太陽のま
ぶしさにめげずに、ずっと上を見ていた私の視界をふいに遮る、飛行機の姿。
ぶるるるるるって、プロペラをめいっぱい回すエンジンの音、シルエットにな
っている、翼が三枚の飛行機、色は……紫」
トノダ「紫、紫の三枚の翼!」
檸檬「プロペラの飛行機、急上昇していく」
パセリ「パラシュートを開いて、そのまま落下していく私、この時、その紫の
三枚の翼の複葉機とすれ違った。赤道の近く、青い空の中、あいつと、この
時、実はすれ違っていた。この紫の飛行機に乗る男と!」
トノダ「それは…カラミティ・カラベル、マックスウェルカンパニーのカラミ
ティ」
カラミティ「こちら、カラミティ、海の上でペットショップでも始める気か?
 逃がすな、すべてもう一度、網で捕らえるんだ。私が手伝おう、今行く」

●トノダの家・トノダの部屋
  トノダの机の前に檸檬とパセリ。

檸檬「ユニコーン?」
トノダ「そうだ」
パセリ「え、ちょっと待って、ちょっと待って、あれって本当に実在する生き
物なの? 伝説の生き物なんじゃないの?」
トノダ「それが実在しているらしい」
檸檬「本当に?」
トノダ「おそらく」
パセリ「確かな情報なんでしょうね」
トノダ「おそらく」
パセリ「うわ、嘘っぽい」
檸檬「デマだね、デマ」
トノダ「信じない?」
パセリ「信じるもなにも」
トノダ「じゃあ、話はここまでだ、そこのダージリンティを飲んだら、帰って
いい」
パセリ「紅茶にパックを入れたまま出すのやめてくんないかな」
トノダ「残念だな、君達が誰よりも適任だと思ってわざわざ呼んだんだがな」
檸檬「私達が適任って言われるのはね、悪い気はしないけどね」
パセリ「今、私達、褒められてるのかな」
檸檬「圧倒的とかさ、世界中どこを探してもとかさ、唯一無二とかさ、そうい
う形容詞がつかないと、褒められた気にならないんだけど」
ユキノシー「プライド高いなー」
トノダ「圧倒的、世界中どこを探しても見あたらない、唯一無二の二人に頼ん
でるんだよ」
檸檬「唯一無二の二人って、おかしくない?」
トノダ「ユニコーンの写真なら、驚くほどの高値がつく、そして、なにより
も、動物写真家としての歴史に必ず残る」
檸檬「でも、どうして、この仕事に私達が唯一無二なの?」
トノダ「知らないか? ユニコーンは処女が好きなんだよ」
檸檬「好き…ってどーゆーこと?」
トノダ「どーゆーこともこういう事も、そういうことだ、処女が好きなんだ、
処女になつく、処女に心を許す。処女であるなら、膝にその角のある頭を横た
えて、うたた寝すらすることがあると言う」
パセリ「はあ?」
檸檬「なにそれ!」
トノダ「だから君達が唯一無二、この仕事に適している二人だ」
檸檬「それって、どーゆーこと?」
トノダ「どーゆーこともこーゆーことも、そーゆーことだ」
パセリ「(理解した)マジで?」
トノダ「もちろん、マジで、だ」
檸檬「あのさあ……(うんざり)えー! えー!」
パセリ「喉が急に猛烈に乾いた」
トノダ「そこお出しした、ダージリンティはいかがかな」
パセリ「だから! リプトンのパックを入れたまま、遠路はるばるやってきた
客に出すなよな」
檸檬「酒飲みてえ」
パセリ「ウオッカはないの? ズブロッカでもいい」
檸檬「処女が好きだから、私達? それって、完全、個人情報じゃないの? 
なんでトノダ、あんたが知ってんの?」
パセリ「どうせ私達……二人して、いまだにね……」
ユキノシー「まだまだお二人ともこれからですよ、果物も熟れた方がおいしー
っていうし」
檸檬・パセリ「ユキノシー」
トノダ「ユキノシー、同行してやれ、悪い虫がつかないようにな」
  
  曲、イン。
  映像、飛行機(古き良き早い旅客機、コンコルド)が飛ぶ、背景に世界地
図がオーバーラップ、赤い線が伸びていき、二人がこれから向かう先…

トノダ「今回、君達は写真を撮りに行くハンターであると同時に、獲物をおび
き寄せる、餌でもある」
ユキノシー「セビリアの教会博士の聖イシドールス『語源集』第十二巻第二章
第十三節、ユニコーンの強大な角の一突きは象を殺すことができる」
檸檬「マジで本当ですか?」
パセリ「ドイツのスコラ哲学者、自然科学者のアルベルトゥス・マグヌス『動
物について』第二十二巻第二部第一章第百六節、ユニコーンは角を岩で研いで
鋭く尖らせて、戦闘に備えている。ユニコーンは人の力では殺すことは出来て
も、生け捕りにすることは出来なかった。たとえ生きたまま捕らえられたとし
ても、絶対に飼い馴らすことはできない、激しい逆上の中、自殺してしまう」
檸檬「おいおい」
パセリ「フランスの文学者、啓蒙思想家のヴォルテールは『バビロンの王女』
の中で、ユニコーンを。この世で最も美しい、最も誇り高い、最も恐ろしい、
最も優しい動物」として描いている」
檸檬「ノアの箱船に乗せられるも、他の動物を角でつついて、ノアに船から突
き落とされた」
パセリ「伝説からも見放されてる動物かよ」
  
  映像、山岳部を走る電車の外景。
  そして、その窓から見えるだだ広い風景。

トノダ「エダルト山脈の麓まで、首都レムレムから五時間半、そこで山岳列車
に乗り換える。二両編成の列車で、一日に三本しかない、今、このユニコーン
景気によって席は満席。かろうじて、無座の切符を二枚確保、現地についたら
ガイドにしたがってくれ。優秀なガイドらしいぞ」

  SE 海外の列車が走り出す前の汽笛。
  そして、走り出す列車。

パセリ「逢えない確率、高そうだなあ」
檸檬「ねえ、処女に弱い、ってどーゆーことだろ」
パセリ「あたしもそれ、ずっと考えてた」
檸檬「わかるのかな、処女か処女でないか」
パセリ「わかるんじゃないの?」
檸檬「なにが違うんだろう」
パセリ「檸檬」
檸檬「なに?」
パセリ「あんた、処女? ってこういう話、私達してないよね、今まで」
檸檬「処女かどうかなんて話は、そうじゃなくなった時に話すもんだよから、
してないってことは」
パセリ「そういうことだよね」
檸檬「今回の仕事さ」
パセリ「うん」
檸檬「私達、圧倒的に勝ち目があるよね」
パセリ「それは確実…でも、これがさ、なんで素直によろこべないんだろう
ね」
檸檬「なにもさ、卑屈になることでもなんでもないじゃない」

  SE 列車が到着した。

ユキノシー「着いたです、ここがユニコーンの里」
パセリ「すっかり日が暮れた、駅の明かり以外、なにもない」
檸檬「(男達の声真似)着いた、着いたぞ、ようやくかよ、回りの乗客達、大
きな荷物を抱えて私達と共に降りる。一癖も二癖もありそうな人達ばかり。顔
に傷のある者、色の濃いサングラスをはずさない者、髪の毛も髭も伸び邦題の
男」
パセリ「すっかり観光地になっちゃってるね、この街」
檸檬「観光地に来た気がしない、どっちかっていうとさ…」
パセリ「どっちかっていうと?」
檸檬「行ったことはないけど、刑務所の食堂に並んでいる感じ」
パセリ「言えてる」
ユキノシー「空気が冷たい、サザエの殻の奥にいますから、必要な時は呼んで
下さい。なんだか眠いです」
パセリ「ユキノシー、あんたやっぱりサソリだなー」
マルビーナ「檸檬・美々羅原様、パセリ・美々羅原様ですね」
檸檬「そうです!」
パセリ「もしかしてあなたが」
マルビーナ「はい、こちらでお二人のお世話をさせていただきます、マルビー
ナです。双子のお嬢さまだと伺ってましたけど、本当にそっくりですね、とて
も美しい」
パセリ「よろしく、マルビーナさん」
檸檬「よろしくお願いします」
マルビーナ「では、宿になる小学校にご案内します」
檸檬「宿になる」
パセリ「小学校?」
檸檬「小学校に泊まるの、私達」
パセリ「ホテルとかじゃなくて?」
檸檬「どーゆーこと? トノダ!」
トノダ「いや、言ってなかったかな、それについて」
パセリ「聞いてないよ」
檸檬「宿が小学校?」
トノダ「そのムニハムって村でユニコーンが目撃されて半年。我も我もとユニ
コーンを狙って世界中から一攫千金とばかりに、人々が押しかけてて、宿なん
かありゃしないんだ」
パセリ「それで、小学校に?」
トノダ「昼は子供が授業、夜は民宿として素泊まりの宿」
マルビーナ「元々、なにもない貧しい山の中の村、一年前にここに小学校がで
きたこと自体、すごいことだったんです。なにもなかった、ここには本当にな
にも。教科書もノートも鉛筆も」
トノダ「ユニコーン景気とでも言えばいいのかな。そんななにもなかった村が
いきなり人で溢れ、皆が金を落としていくようになった」
マルビーナ「でも、それは悪い事じゃない。それで、今まで買えなかったもの
が買えるようになったし。私もこうしてアルバイトができるようになったんで
すから」
パセリ「アルバイト?」
マルビーナ「私は本当はその小学校の先生なんです」
檸檬「学校の先生」
マルビーナ「そうです、一年生から六年生までの二十三人の子供達の、先生な
んですよ、これでも」
檸檬「今、マルビーナさんは幾つなんですか?」
マルビーナ「間もなく十九になります」
パセリ「うっそ、同じ年だ」
檸檬「私達ももうすぐ十九です。年はとりたくないんですけど」
マルビーナ「年をとりたくない?」
檸檬「ええ、だって、嫌じゃないですか」
マルビーナ「でも、大人にならないと、ほら、信用されないことってあるじゃ
ないですか」
パセリ「そう…かな」
マルビーナ「大人にならないと、戦えないですから、若いからってだけで、相
手にされないのは悔しいじゃないですか。だから、私は早く…」
檸檬「マルビーナさん、十分大人な感じですよ」
マルビーナ「そんな、同じ年じゃないですか」
檸檬「年は同じかもしれないけど」
パセリ「なんか、眩しい」
マルビーナ「眩しい?」
檸檬「そう、歩いている道は真っ暗で、遠くにその小学校の明かりがぽつり
と、灯っているだけだったけど、私達と共に歩いている彼女は…この土地の人
で、慣れているからっていうのももちろんあるんだろうけど、歩くスピードは
ちょっと速くて、私達はついていくのに精一杯だった」
マルビーナ「ああ、そういえば、もうお二人が使うあのバイク、届いてます
よ」
檸檬「早い」
トノダ「君達がユニコーンの里を駆け回るには、サイドカーがないと、だから
ね、送っておいたよ」パセリ「私達は無座の切符だったのに、サイドカーはも
う届いてる?」
トノダ「君達が着いた一週間後に届けても意味がないだろう」
檸檬「それはそうだけど、え、それで泊まるところが…」
マルビーナ「これが私達の小学校です」
檸檬「山の中の村に建てられた小学校と聞いて、想像していた校舎とは違って
いた」
パセリ「八角形?」
マルビーナ「そうです。ここが教室、女性のお客様ははここに宿泊を。それ
で、向こうに体育館兼講堂があるんですけど、そこにもやっぱりユニコーンを
探している人達が泊まっています。夕食はすまされましたか?」
パセリ「いえ、着いたらどっか食べるところくらいはあるだろうって」
マルビーナ「基本は素泊まりなんですけど、もしよろしかったら、今日の子供
達の給食の残りが少しありますから、いかがですか? 一緒に食べてくださる
と、嬉しいです。カメラマンさんなんですよね、お話も聞かせてもらえます
か?」
檸檬「そりゃもちろん、喜んで」
パセリ「給食!」
マルビーナ「残りモノですいませんけど」
檸檬「いえいえ、なんだろう、この感じ。ユニコーンの里に来て、小学校の給
食が食べられるなんて」
マルビーナ「私は毎日、給食ですよ」
パセリ「給食かあ」
ユキノシー「楽しみです」
パセリ「ユキノシー」
ユキノシー「給食、給食…」
パセリ「給食、食べるのか? サソリが」
トノダ「良かったな、ユキノシー、給食食べさせてもらえるサソリは世界中探
しても、そうそういるもんじゃないぞ」
檸檬「トノダ」
トノダ「良い経験だったじゃないか」
檸檬「本当、それはね、本当」
トノダ「どうした、檸檬、給食はお気に召さなかったかい?」
檸檬「とんでもない、おいしかった、とってもおいしかった、使い込んで傷だ
らけになっているプラスチックの食器で、雑穀の御飯で、薄いスープで」
パセリ「おいしー」
ユキノシー「おいしーです」
檸檬「おいしかった、本当に」
トノダ「良かったんじゃないか?」
檸檬「うん、よかった、話もした、彼女の話を聞いて、私達の話もした。この
小学校は彼女が通っていた高校の生徒会で建てたんだって」
トノダ「高校の生徒会で? 小学校を建てたのか?」
檸檬「すごいでしょ」
トノダ「できるのか、そんなことが」
マルビーナ「二年生の時、文化祭の実行委員長をやってたんですよ、私、それ
で、秋の終わりに文化祭が終わって、一年に引き継いで、引退して大学受験っ
ていうのがそれまでのコースだったんですけど、でも、私は、なんていうか、
そのまま文化祭を続けたいな、って、でも、それはただのバカ騒ぎじゃなく
て、なにか意味があることでありたいって」
パセリ「でも、それで学校が建つの?」
マルビーナ「そりゃ大変でしたけど、企画書みたいなのを作って、企業を回っ
てお金を集めて」
檸檬「でも、それで学校が建つの?」
マルビーナ「建ちましたよ、ほら、この通り」
檸檬「そこで、彼女は手を広げた、八角形の教室で。二十三の小さな机と小さ
な椅子で、給食を食べながら、彼女はちょっと笑った。次の瞬間、ストロボの
閃光。いつの間にかデジカメを起動させてたパセリが、その笑顔の一瞬を切り
とった」
パセリ「見て、いい笑顔だよ、マルビーナさん」
マルビーナ「あ、本当、え、私、こんな顔して笑うんだ」
パセリ「写真を撮る時に、はい、チーズってやると、みんな余所行きの顔にな
るから」
マルビーナ「そうか、これは私の余所行きじゃない顔か、へえ…」
檸檬「良い笑顔」
パセリ「かわいい」
マルビーナ「かわいい? そんな」
檸檬「かわいいよね、ねえ」
パセリ「うん、かわいい、かわいい」
マルビーナ「本当に?」
パセリ「本当、本当」
マルビーナ「嬉しい、そんなこと、最近、言われないから」
檸檬「せっかくだから、並んで写真撮ろうよ」
パセリ「あ、いいね、いいね」
檸檬「ね、撮ろう、撮ろう」
パセリ「余所行きの顔じゃなくていいから」
マルビーナ「できるかな」
パセリ「さっきできたじゃない」
檸檬「そして、私達は写真を撮った、並んで、交互に、そして、オートシャッ
ターで三人で、何枚も、何枚も写真を撮った。笑って、ピースして、カメラに
寄って、肩なんか組んだり、手を繋いだり、抱き合ったりして、写真を撮っ
て、その夜は更けた。マルビーナはすぐ側に建っている給食室が下にある宿舎
の二階の自分の部屋に戻っていった。寝袋に入って、目をつぶってみたけど、
なんだか眠れなかった」
パセリ「檸檬、もう寝た?」
檸檬「いや」
パセリ「なんか眠れないね」
檸檬「うん」
パセリ「なんかね」
檸檬「眠れないね」
パセリ「楽しかったね、給食」
檸檬「うん」
パセリ「私達、小学校ちゃんと出てないって、言えなかったね」
檸檬「そうそう、なんかね、話してて、最後のほうで、同じ年の女の子と喋っ
てる気がしなくなって」
パセリ「そうそう」
檸檬「先生と喋ってるみたいで」
パセリ「そうそう」
檸檬「まあ、先生だから、先生と喋っているみたいなのは当たり前なんだけ
ど」
パセリ「朝になったら、先生って呼ぶ子供が来るんだよね、同じ年でもう先生
か」
檸檬「(回想、以下)これの教室が八角形っていうのは、マルビーナさん達が
考えたの?」
マルビーナ「そう、もう少しすると雪が降るので、ある程度の強さも必要だか
ら」
パセリ「八角形は雪に強いの」
マルビーナ「ええ…だって、雪の結晶って見たことある?」
檸檬「ある、かな」
パセリ「あるけど」
マルビーナ「八角形なんですよ、雪の結晶は」
パセリ「そうだ」
檸檬「そうだ、そうだ」
パセリ「八角形には八角形ってことだ」
檸檬「それは、そうなの?」
マルビーナ「(笑って)そうでもないんだけど、こうやって説明すると、納得
する人も多かったから、その、お金を出す企業のおじさんとか」
檸檬「あははは、なんかわかる」
マルビーナ「だって女子高生がね、真面目な顔して、言うんですよ、雪の結晶
と同じ八角形の学校を建てたいんです、って。なんか根拠がありそうでしょ」
パセリ「でも、建築物としての耐久性だって本当は八角形はあるんでしょ」
マルビーナ「それはもちろん」
檸檬「八角形って、どうやって計ると一番てっとり早いのかな」
マルビーナ「正方形を作って、その四つの隅を斜めに切るんです、それで正、
八角形」
パセリ「なるほどね」
檸檬「(回想から戻る)山の中の村の八角形の小学校の教室。それは雪の結晶
と同じ形」
パセリ「正方形の四隅を切って作る」
檸檬「そう言えば、学校ってところは、そんなことを知るところだったね」
パセリ「私達が小学校をやめたのはさ」
檸檬「うん」
パセリ「そんなふうに知りたいことよりも、知りたくないことばかり先生が言
うようになったからだったね」
檸檬「そうだった」
パセリ「そうだったよね」
檸檬「そうだった、そう…そうだった」
パセリ「(つぶやく)バカヤロウ…」
檸檬「朝、その出会いは劇的、ではなかった。いや、出会い、でもないか、再
会だった…小学校の校舎の外の水飲み場。歯ブラシをくわえた彼と歯ブラシを
くわえた私」
ムラニシ「おはよう」
檸檬「おはようございます。最初の会話はこれだけだった」
檸檬「なぜならば、その時、マックスウェルカンパニーがこのユニコーンの村
へとやってきたのだった」
ゴヨウ「(歯ブラシをくわえたまま)来た。マックスウェルカンパニーだ」
檸檬「歯を磨いている彼が言った。マックスウェルカンパニーと」
ゴヨウ「飛行船が上に居る」
檸檬「そう言って彼は口に水を含み、一瞬うがいして、ばーっと吐き捨てるな
り、駆け出した。どこへ? と、思うのと、八角形の教室からユキノシーの貝
殻を掴んだ、パセリの奴が駆け出てきた」
パセリ「ユキノシーが、感じるって、なにか来てるって」
ユキノシー「本当です、信じて下さい!」
檸檬「信じてるよ、これのことでしょ? 私は天を指さしてみせた」

●飛行船エターナルズーの中
  ゾイヌナがブリッジに立つ。
  やってくるカラミティ。

カラミティ「ゾイヌナ様、お待たせしました、到着のようです」
ゾイヌナ「この下にユニコーンが?」
カラミティ「おそらく。しばらくまだお休みなられていてはいかがですか」
ゾイヌナ「カラミティ、私にとっては久々の狩りなんだよ」
カラミティ「それは私達の仕事、ゾイヌナ様は他にやることがおありだ。あな
たにしかできない、事が」
ゾイヌナ「フィールドを走り回って息を詰め、獲物を捕らえるあの感覚がない
んだよ、カンパニーの中で、人を陥れることもよくは似ている、だが、決定的
に違うことがあるものだ、この二つには」
カラミティ「カタルシス、ですか」
ゾイヌナ「その通りだ」
カラミティ「このユニコーン狩り、ゾイヌナ様、存分に」
ゾイヌナ「言われぬとも…楽しみで楽しみで、寝てなどいられるものか」
カラミティ「わかります、ですが、まず、私が降ります、様子を見て、すぐに
連絡を」
ゾイヌナ「見つかるか? 幻の動物だぞ」
カラミティ「見つけます、必ず。降ります」
ゾイヌナ「またバイクでか? この山道を?」
カラミティ「行けないところはありません、行こうと思えば、どこへでも行け
るものです、では、先に…」

  SE バイクの音。

マルビーナ「檸檬さん、パセリさん」
檸檬「おはよう、マルビーナさん」
パセリ「おはよう、マルビーナさん」
ユキノシー「おはようです、マルビーナさん」
マルビーナ「こんなに朝早くからどこへ?」
パセリ「ちょっと、行かなきゃなんなくなって」
檸檬「来ちゃったのよ、やっかいなのが」
マルビーナ「やっかいなの?」
パセリ「マックスウェルカンパニー」
檸檬「動物の密猟団なの」
パセリ「キャッチフレーズは、どんな動物を、何頭でも、どこへでも」
檸檬「世界中をまたにかけて大活躍している、私達からすると悪の組織」
マルビーナ「悪の組織?」
檸檬「そんな私達の側を猛烈なスピードで駆け抜けていく自転車、マウンテン
バイクがあった。その後ろ姿を見た瞬間、私はなにかを思い出しかけた、男の
子が自転車で走り去っていく。わけもわからず、せつない気持ちで胸がいっぱ
いになった、なんだっけ、これ、同じ気持ちになったことがある、いつだっ
け、あれは、どこでだっけ…なんだっけ、え、あれ、なんだっけ…あった、
昔、これ、え、え、え…」
パセリ「私達も後を、檸檬、早く」
檸檬「わ、わかった!」

  SE 再びバイクのエンジンを吹かす音。

檸檬「行くか」
パセリ「行って来まーす」
ユキノシー「レッツゴーです!」
檸檬「小学校の裏のうっそうとした森の中へとマウンテンバイクの姿が消え
た。その頭上にのしかかるように、ほんの少しだけ空の色が巨大なピーナッツ
型に違う」
パセリ「マックスウェルカンパニーが来たってことは、このユニコーンの話、
まんざら信憑性がないってことじゃないわけだね」
檸檬「いる、ってことだ、ユニコーンは」
ユキノシー「なんか、落ちてきたです、上から」
パセリ「バイクだ!」
檸檬「来た、来た、来た、っていうか、そう来なくっちゃ、ね!」

  SE 遠くでバイクの音、ブルルルルン!

ユキノシー「パラシュートが開いた」
パセリ「あの後を追って行こう」
檸檬「もちろん! ひゃっほー」
パセリ「行け、行け、行け、行けぇ!」
トノダ「双子ちゃん達、いかん、いかん、焦るな、焦るな」
檸檬「トノダ? なに?」
パセリ「え? どうして? 私達、焦ってないけど」
トノダ「相手はマックスウェルカンパニーのカラミティだぞ」
パセリ「だからなに?」
トノダ「カラミティというのはな、奴の本当の名ではない。厄災という意味
だ。そんな言葉がニックネームとなっている男なんだぞ」
檸檬「厄災の男」
トノダ「とにかく、あの男の後をつけたとしても、そこには厄災しか待っては
いない」
ユキノシー「あれ、あれ、みるみる離れていく」
檸檬「早い、すごく、こんなにでこぼこの道を」
パセリ「滑るように森林を走る」
ユキノシー「どんどん離れてく…あ、ああ…ああ…」
檸檬「遙か前方、さっきのマウンテンバイクがいく。早い、ぐいぐい漕いでい
く」
パセリ「なにしてんの、檸檬、あんたがこんなに離されるなんて」
檸檬「だって、だって、早いんだもの、これ以上、こっちがスピードをあげる
と、ハンドルを押さえつけていられなくなる。道が悪いよ」
パセリ「ああ、見えなくなった。もう…」
ユキノシー「ああ、置いて行かれたです」
檸檬「ダメだ、ここまでか、トノダ、あんたが言う、厄災を見失ったよ」
トノダ「残念がるんじゃない、相手は厄災だ、見失った方が幸いってもんだ」
パセリ「そんなに?」
トノダ「そうだ、そんなに、だ」
檸檬「その日、一日、森を回った。サイドカーで行けるところは限られてい
て、奥へ行けば行くほど、深い原生林、コケやシダが密生していて、黒ずんだ
緑の世界。薄い霧が立ちこめていて、ここに幻の一角獣がいると言われたら、
信じてしまいそう。時が止まっているかのような静寂に包まれて、その日は夕
暮れを迎えた。体育館まで戻ってみると、すでに、あのマウンテンバイクが停
まっていて、あの今朝の歯磨きの彼が戻っていることがわかった。いつの間
に?」
ユキノシー「給食、給食、給食……」
マルビーナ「いいんですか、毎日、給食の残りで」
パセリ「ユキノシーおまえ、なんかこの数日でめっきり重くなったんじゃない
か?」
トノダ「良かったな、ユキノシー、給食を食べられるサソリはそうそういない
ぞ」
檸檬「仕事、忘れてしまいそう。そうつぶやいたの
が何日前だったのかすら、忘れてしまいそうな、森の中の生活の日々だった
…」

  SE 飛行船の音。

ゾイヌナ「カラミティからの連絡はまだか」
エゾイチゲ「まだ、なにも」
ゾイヌナ「いつまで待たせるつもりだ、あれだけ自信ありげに降りて行って、
何日になる」
エゾイチゲ「水を調べていらっしゃるようで」
ゾイヌナ「水を?」
エゾイチゲ「はい…(過去回想、カラミティに聞く)水質の調査で、ユニコー
ンの所在がわかると?」
カラミティ「おそらく、だがな。湧き水を探す、どこかで体を、角をユニコー
ンは洗っているに違いない、角には水を清める力があるという、あるはずだ、
水質が違う湧き水が、それをたどっていけば、どこかで会えるはず。ユニコー
ンを捕らえるには、水だ、清らかな水を探せばいいんだ」
ゴヨウ「バイクで走り回っては、ずっと、水ばかり調べている…水溜まり、川
の水、湧き水。水質から、ユニコーンの所在を?」
カラミティ「これか……あった、恐ろしい純度だ。他の湧き水とはまったく違
う。一般の細菌、大腸菌群、カドミウム、水銀、セレン、鉛、バリウム、ヒ
素、六価クロム、シアン、硝酸性窒素および亜硝酸性窒素、フッ素、ホウ素、
亜鉛、銅、マンガン、カリウム消費量、硫化水素。素晴らしい。純水というや
つだ。この水の上流に奴は居る。まもなく会えるな、ユニコーン。しかし、そ
の前に……」
カラミティ「なあ、君、そこの上にいる君だよ」
ゴヨウ「なに?」
カラミティ「降りてきたらどうだい、私はマックスウェルカンパニーのカラミ
ティだ」
ゴヨウ「気づいているとは思っていた」
カラミティ「後をつけられるのはあまり良い気持ちはしないし、そうやってず
っと一挙手一投足を見下ろされているのも、好きではない」
ゴヨウ「今、そこへ行く」
カラミティ「若いな…ユニコーンを目当てに?」
ゴヨウ「目当て…と言えば目当て」
カラミティ「私のバイクを着かず離れず追ってくる。君は何者だ? 私は名乗
ったはずだが」
ゴヨウ「ゴヨウ。トゲ・ゴヨウ」
カラミティ「で、何者だ?」
ゴヨウ「トラフィックの者だ」
カラミティ「トラフィック。野生動物絶滅動物保護国際連盟」
ゴヨウ「そうだ…」
カラミティ「トラフィックのトゲ・ゴヨウ、聞こえたか、エゾイチゲ」
エゾイチゲ「もちろんです」
カラミティ「調べろ」
ゴヨウ「なんだと!」
カラミティ「おや、人の跡をつけ回して、手柄をあわよくば横取りしようとす
る者が、どういう奴なのかを私が知ることはいけないことかな」
ゴヨウ「いや、構わない」
カラミティ「野生動物絶滅動物保護国際連盟がユニコーンを見つけて、どうす
る、保護するつもりか」
ゴヨウ「保護の前に調査を」
カラミティ「調査をして?」
ゴヨウ「それから保護できるかどうかの検討を」
カラミティ「遅い」
ゴヨウ「なに?」
カラミティ「そんなことをやっているから、動物が次々とこの世界からいなく
なるんだよ」
ゴヨウ「では、マックスウェルカンパニーはなにを」
カラミティ「見つけたらすぐに収容する、準備はすでに整っている。そのため
にこの上空に何日も浮いているんだ。我々の移動動物園である、エターナルズ
ーが」
ゴヨウ「そして、売る」
カラミティ「どうかな、それは」
ゴヨウ「マックスウェルカンパニーは動物の密猟販売を」
カラミティ「それだけじゃない。私達のカンパニーを子供番組の悪の組織みた
いに言うでない」
ゴヨウ「ではどうする?」
カラミティ「ここではもう生きていけないことは確かだ、違うか? 人間が見
つけてしまったのだからな」
ゴヨウ「それはそうだ」
エゾイチゲ「カラミティ様」
カラミティ「どうした?」
エゾイチゲ「トラフィックにゴヨウという男は……おりません」
カラミティ「なんだと…」
エゾイチゲ「似た名前も見当たりません。あとは顔写真かなにかで照合を」
カラミティ「それはできないな……奴は」
エゾイチゲ「奴は?」
カラミティ「消えたよ」
エゾイチゲ「消えた?」
カラミティ「気配もない。立ち去ったか。だが、エゾイチゲ、ゾイヌナ様に伝
えろ、お待たせした。とうとう見つけましたと、ユニコーンというやつを」
ゾイヌナ「まさか」
カラミティ「この上流におります、間違いありません」
ゾイヌナ「今、降りる」
パセリ「檸檬、マックスウェルカンパニーの飛行船のハッチが開いた!」
檸檬「そう言ってパセリが空を指さす」
  曲。
パセリ「落ちてきた……や、降りてきた、パラシュートのついたバイク、二
台、三台、それから緑の迷彩の4WDが一台」
  SE その車のエンジンの咆吼。
  ブルン、ブルン、ブルン、ブルン……
檸檬「見つけたんだ」
パセリ「だね」
檸檬「どうする? もなにも行くしかないか」
パセリ「その通り」
檸檬「乗って、サイドカーに」
パセリ「あいよ」
ユキノシー「乗りました、運転お願いです」
檸檬「任せときな」
  SE エンジン音。
檸檬「よおし、ちろっとやるか」
パセリ「ちろっと、大立ち回りね」
エゾイチゲ「こちら、セカンドバイク、エゾイチゲ、間もなく着地」
カラミティ「見えるか、私のバイクの先を行く白い馬が」
エゾイチゲ「見えます、あれが」
ゾイヌナ「あれが、ユニコーンか」
カラミティ「そうです。あれが幻の一角獣。谷へと駆け下りて行きます」
パセリ「バイク、下の谷へ落ちていく」
ユキノシー「車が谷の下に着地!」
檸檬「ユニコーンは」
パセリ「まだ逃げてる。でも、危ない」
パセリ「行くか!」
檸檬「行くんだ」
パセリ「行くでしょ」
檸檬「行くよね。サイドカーで追うよりも飛び降りた方が早い」
パセリ「だね!」
ゾイヌナ「美しい、この白馬。恐ろしく長いたてがみ。逃げろ、逃げろ、逃げ
てみろ…この私から逃げられるものならば、な」
パセリ「行くよ、檸檬、こっから下に」
檸檬「はいはい、パラシュート持ってて良かった!」
ユキノシー「行きまーす」
檸檬・パセリ「うわああああ!」
パセリ「檸檬、この緊急用のパラシュート、一人用だからね、めいっぱい私
に、しがみついてちょ!」
檸檬「ぎゅゅうぅ」
パセリ「もっと、強く」
檸檬「めいっぱい抱きついているよ」
パセリ「二人の体重をパラシュートのおもりに変えて……な・ん・と・か……
バランスを取る」
檸檬「パセリ」
パセリ「(力んでる)なにぃ?」
檸檬「あんた、ちょっと太った?」
パセリ「ちょっとだよ」
檸檬「ちょっとか?」
パセリ「それ以上、なんか言ったら、突き落とすよ」
檸檬「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
パセリ「見て、下」
檸檬「4WDの車、迫る!」
パセリ「迫ってるんじゃない、私達が落ちて近付いてるだけ」
檸檬「向こうが、気づいた…車の荷台の捕獲用の網を打つでっかい銃みたいな
のにしがみついている奴が」
パセリ「うろたえてる、今だ、くらえぇ! 一撃必殺、パセリィ、キッィィィ
ク! パセリィ、キッィィィク! パセリィ、キッィィィク!」
檸檬「何発蹴ってんだよ、一撃必殺じゃねえのかよ」
パセリ「パセリィ、キッィィィク! パセリィ、キッィィィク! パセリィ、
キッィィィク!」
檸檬「待て待て待て待て、もう相手はダウンしてるよ、タオルだ、タオル。パ
セリ、待て! タオルだ、でも、なんで私がタオル投げるセコンドなんだよ、
相手は敵だろうが(と、パセリに)とにかくやめい!」
パセリ「(最後の一蹴り)パセリ、キックゥ!」
檸檬「最後の、そして、一番強い蹴りが見事にマックスウェルカンパニーの雑
魚キャラの顎にヒット、やられ役はこうでなきゃ、っていうくらいに見事なリ
アクション、奴は車の外に転がり出た、すぐさま異変に気がついた助手席の男
が後ろの荷台で何事かと顔を出す」
パセリ「パセリ、キック!」
檸檬「パセリ、キック、今度は踵落とし」
パセリ「パセリ、キック!」
檸檬「踵落とし二連発」
パセリ「パセリ、キック」
檸檬「三連発」
パセリ「パセリ…」
檸檬「やめやめやめ、相手はとっくにダウンしてる」
檸檬「パセリは助手席の窓から体半分出して、失神しているこれまた雑魚キャ
ラの服を掴んで、むりくり引きずり出す」
パセリ「(力んでいる)んぐぐぐぐ……」
檸檬「男を投げ出すと、代わりにその窓から自分の体を車の中へと滑り込ませ
た、すぐにこの声」
パセリ「パセリ、キック!」
檸檬「それが何回続いたか」
パセリ「パセリ、キック! パセリ、キック!」
檸檬「運転席側のドアが開いて、運転していた男が外へと勢いよく転がり出る
のもすぐのこと」
パセリ「うりゃぁ! 檸檬、おいで!」
檸檬「今、行く!」
エゾイチゲ「ゾイヌナ様、4WDが!」
ゾイヌナ「見えてる、騒ぐな」
檸檬「行けぇぇ!」

  SE 車が迫る音。

ゾイヌナ「追ってくるか! エゾイチゲ、道を外れろ、バイクでなければ通れ
ないところへ」
エゾイチゲ「こいつら、どこまでも追ってくる」
ゾイヌナ「まだ年端もいかぬ女が二人、ここまでやるか、しつこい、好かれぬ
ぞ、世の中の男には」
檸檬「行け、行け、行け、行けぇ」
パセリ「よっしゃぁ! 檸檬、運転代わって」
檸檬「どうするの?」
パセリ「あの先頭を走ってるごついバイクに近づけて」
檸檬「で、どうすんのよ」
パセリ「走るバイクの上で、格闘」
檸檬「できるのそんなの? 見たことないよ」
パセリ「見たことない、やったことはもちろんない、だから……やる。近づけ
て」
檸檬「わかった」
ゾイヌナ「追い上げてくる、こんな道をあのスピードで」
檸檬「おりゃおりゃおりゃおりゃぁぁぁ!」
ゾイヌナ「窓から人、ボンネットにしがみついて」
パセリ「檸檬、もうちょい、もうちょいで横に並ぶ、頑張って」
檸檬「行ける、行ける!」
パセリ「追いついた」
ゾイヌナ「(驚愕)並んだ、この、私のバイクと?」
パセリ「飛ぶ! うおりゃ!」
ゾイヌナ「なにぃ!」
パセリ「抱きついて、それで……この後、どうすれば」
ゾイヌナ「どうする気だ」
パセリ「それを考えてなかった!」
パセリ「し、しまった、バイクの上の格闘だと、足が使えない。得意のパセリ
キックが、打てない…これ、女?」
ゾイヌナ「肘を叩き込んでやる、ふん!(打ってます)」
檸檬「パセリ! 後ろから抱きついて、そのまま、肘くらって、どーすんだ
よ」
パセリ「いた、いた、いたた……」
ゾイヌナ「ふん! ふん! ふん!」
檸檬「パセリ、エルボーそんなにもらってどうするのよ」
ゾイヌナ「ふん! ふん!」
パセリ「ここまでか」
檸檬「パセリ!」
ゾイヌナ「落ちろ」
パセリ「落ちる」
檸檬「落ちるなパセリ!」
パセリ「落ちる…」
ゾイヌナ「落ちろ!」
パセリ「落ちる…」
ユキノシー「こいつ、こうしてくれる、くらえ、ユキノシー毒針」
パセリ「ユキノシー毒針? 殺さないで」
ユキノシー「殺しはしませんよ、人聞きの悪い」
ゾイヌナ「あ、ああ!」
ユキノシー「ちょっと眠ってもらうだけ」
ゾイヌナ「あうっ! なにをした!」
パセリ「サソリが刺しただけ」
ゾイヌナ「サソリ?」
パセリ「あんた名前は?」
ゾイヌナ「ゾイ……ヌナ…」
パセリ「私はパセリ・美々羅原。またどこかで会うことになりそう、落ちる
よ、ユキノシー」
ユキノシー「あいな」
パセリ「さらばだ、ゾイヌナおばさん」
ゾイヌナ「なんだと!」

  SE 車がやって来て、停まる音。

檸檬「パセリ」
パセリ「檸檬、ユニコーンは? 私とユキノシーはいいから、追って!」
檸檬「ダメ」
パセリ「ダメ? どうして」
檸檬「奴は、奴とマックスウェルカンパニーのあの速いバイクは獣道を通って
さらに下に」
カラミティ「逃すか、ユニコーン」
檸檬「その時、走るユニコーンの横に不意に並んで走るマウンテンバイクの姿
が現れた!」
カラミティ「貴様!」
檸檬「あの人……」
ユウバリィ「来るな! 私を追うな!」
ゴヨウ「頭に直接、声が」
カラミティ「これがユニコーンの、能力!」
ゴヨウ「思った事が合流する、やめろ、追うな!」
ユウバリィ「捕獲する、私を、それが唯一の方法だと?」
カラミティ「ゴヨウ、おまえの考えも読める、思念がこの場で合流する」
ゴヨウ「ユニコーン、走れ!」
カラミティ「ゴヨウ、いや、その名は違う。おまえの本当の名は」
ユウバリィ「ついて来るなら、来てみろ」
ゴヨウ「ユニコーン、その先は…崖」
ユウバリィ「飛べばさらに下の川に」
ゴヨウ「飛ぶのか」
ユウバリィ「一角獣をあなどるでない」
カラミティ「飛んだ!」
ゴヨウ「追うよ、ユニコーン、どこまでも」
カラミティ「ゴヨウ、いや……自転車ごと」
ゴヨウ「うわあぁぁ」

  SE 水に落ちる音。

●小学校・教室(夜)
  檸檬が一人。

檸檬「教室の明かりを消した、寝袋に潜り込む。パセリの奴、ウオッカを探し
て街のバーへ。私一人で寝ることにした、その時、なんか部屋が寒いと思って
ドア見た、開いている、え? と思って隣を見たら、そこに彼? 彼でいいの
か、彼が居たのだ」
ユニコーン「やあ、起こしちゃったかい?」
檸檬「うそ!(語り)そこに居た。探し回る必要なんてもしかしたらなかった
のかもしれない。そうだ、最初からその答えを私達は言っていたんだ」
トノダ「処女が好きなんだ」
檸檬「それってどーゆーこと?」
トノダ「どういうこともこういうことも、そういうことだ」
檸檬「目の前に突きつけられた角。横たわる馬の額から伸びているそれ、あな
たがユニコーン?」
ユニコーン「そうだ」
檸檬「居たんだ、本当に」
ユニコーン「いるよ、ずっと昔からね」
檸檬「その真っ黒い瞳」
ユニコーン「昼間はありがとう、おかげで助かった」

●街に出たパセリ

パセリ「しっかし、ほんとに山の中の寂れた街なんだなあ、ちっちゃなメイン
ストリートにレストランが一件、カフェが一件、バーが一件」
ユキノシー「バーの人口密度が高いですね」
パセリ「ユキノシー、サソリのくせに人口密度なんて言葉よく知ってるわね」
ユキノシー「あのね、サソリはなんでも知ってるってギリシャのことわざ知り
ませんか?」
パセリ「知らない、そんなの。初めて聞いた」
ユキノシー「でしょね、今、僕が作ったことわざですから」
パセリ「ことわざって、あんた、勝手に作っていいもんじゃないんだからね」
ユキノシー「ああ、パセリちゃんのめざすバーも人が溢れて」
パセリ「道端で飲んでる」
ユキノシー「残念でしたね」
パセリ「え、なにが?」
ユキノシー「まさか、あの人達みたいに道端で飲むんじゃ」
パセリ「酒だけ買おう、それで、道端で飲もう、ちょっと寒いけど」
ユキノシー「しまった、暖かいところに行けると思ったのに、ついて来るんじ
ゃなかった」
パセリ「飲めばすぐに私が温かくなるから大丈夫。まず、酒を手に入れない
と」
カラミティ「酒はもうあのバーにはないそうだよ」
パセリ「え? バーに酒がない? そんなバカな!」
カラミティ「私が買ったこのウオッカ四本が最後の酒らしい、よかったら、こ
れを一緒に飲まないか?」
パセリ「いただきます、えっとおいくらですか?」
カラミティ「金などいいよ、私が誘ったんだ」
ユキノシー「ちょっと、ちょっと、ちょっと、本当についていくんですか?」
パセリ「うん、酒くれるっていうし」
ユキノシー「大丈夫ですか?」
パセリ「いざとなったら、守ってくれるでしょ、ユキノシー殿!」
ユキノシー「それはもちろんです、おまかせください」
カラミティ「では、乾杯」
パセリ「あ、あの」
カラミティ「どうした?」
パセリ「お名前は……伺ってもよろしいですか」
カラミティ「名前? 名前はいいじゃないか」
パセリ「でも…」
カラミティ「私はキミをキミと呼ぶ、キミは?」
パセリ「私は、あなたを…あなたってずっと呼ぶのはなんか堅苦しいかな」
カラミティ「どうとでも、構わない、ゆっくり考えてくれ、とりあえず、目の
前に酒があるんだ、飲まないか?」
パセリ「ですね」
カラミティ「乾杯!」
パセリ「乾杯! んー、うまい」
カラミティ「そんなに一気に飲んで大丈夫か? この酒、四十五度はあるとい
うのに」
パセリ「ん、おいしー」

●小学校・教室(夜)

檸檬「ねえ、一つ聞いてもいい? っていうか、絶対聞きたかったことなんだ
けど」
ユウバリィ「なんだい?」
檸檬「なんで、処女が好きなの?」
ユウバリィ「好きなものは好きだ、今に始まったことじゃない、私だけが好き
なわけじゃない、そういう動物なんだよ、ユニコーンってのはね」
檸檬「解せないの、納得いかないの、なんか気持ち悪い」
ユウバリィ「君は、処女だろう?」
檸檬「そうだけど」
ユウバリィ「君は今、自分が処女であることが解せないかい?」
檸檬「え-!」
ユウバリィ「君は今、処女であることがなっとくいかないかい? 気持ち悪い
かい?」
檸檬「タイミングっつーかね、こういうのは」
ユウバリィ「タイミング?」
檸檬「うーん、そうねえ、良いなって思った人は確かにいたけどね…ジュニア
スクールの二年の頃。ショウタ・ムラニシって子、なんかかっこ良かった」
ユウバリィ「どんなふうに?」
檸檬「チャリで、すごい長い階段を駆け下りるの、それも早いの、びっくりす
るくらい。あれはねー」
ユウバリィ「あれは?」
檸檬「惚れたよ」
ユウバリィ「ジュニアスクールって、幾つの時?」
檸檬「七歳」
ユウバリィ「惚れたんだ」
檸檬「惚れたね、なんていうか、側にいるだけで心臓がばくばくした」
ユウバリィ「(笑う)ふっふっふっ…」
檸檬「なんで私、こんな話をさ、ユニコーンにしてるの? 初めて会ってまだ
そんなに時間も経ってないし、なにより、あんたさ、幻の動物なんでしょ。こ
の世の中でさ、っていうか、人類でさ、ユニコーンと会った人もめっちゃ少な
いわけだし」
ユウバリィ「そうだね、それはそう、君達の言葉でいう、砂漠でダイヤモンド
を拾うようなものだ」
檸檬「でしょ、でしょ、でしょ、そうだよね、なのになに、これ、なんで私、
そんな幻の動物とムラニシ君が階段をチャリでさ、猛スピードで前と後ろのタ
イヤ、ガタガタ言わせて駆け下りて行く姿に、心臓がばくばくして、ちょっと
惚れたね、なんて、どうでもいい話しているの?」
ユウバリィ「どうでもいい話じゃないさ」
檸檬「どうでもいいでしょ」
ユウバリィ「素敵な話じゃないか」
檸檬「素敵か?」
ユウバリィ「素敵さ」
檸檬「ムラニシ君、今頃、どこでどうしてるか、まさか自分の話をユニコーン
にされているとは想像もしてないよ、きっと」
ユウバリィ「たぶんね」
檸檬「今頃、予備校生とかやってると思うよ。全然、消息は知らないけど、で
も、なんか順調に大学生にはなっていない気がするもん、っていうこういう話
もどーだっていーんだってば!」
ユウバリィ「もっと話してくれないか、その話、おもしろいね」
檸檬「本当に?」
ユウバリィ「本当さ」
檸檬「えー、でも、なんでこんな話、してんだろ。でも、なんだか嬉しい、こ
の気持ちなんだろ。あの時ね、私、本当にムラニシ君が好きだったんだ」
ユウバリィ「そうみたいだね」
檸檬「本当に、本当に」
ユウバリィ「うん」
檸檬「時は、戻らないんだね」
ユウバリィ「そうだ」
檸檬「大人になる、人は」
ユウバリィ「そうだよ」
檸檬「女になるのかな、私は」
ユウバリィ「そうなるかもしれない、でもね」
檸檬「うん」
ユウバリィ「ムラニシ君が君の思い出からいなくなるわけじゃない」
檸檬「良かったな、って今、思える」
ユウバリィ「なにがだい?」
檸檬「あの頃、エッチなことなんかまったく、まったく全然考えないで、ただ
ただ、男の子の事が好きになれてた。思いつく最高の事は、側にいることだっ
た(と、突然明るく)あ、そうだ、また変なことを思い出した、ムラニシ君の
こと」
ユウバリィ「(やはり微笑んで)なんだい?」
檸檬「ムラニシ君、ある日、前歯が抜けてね…それで、その抜けたところにす
ごくおっきな大人の歯が顔を出してた。びっくりした。顔は子供なのに、そこ
だけ大人になってた。大人になるんだって、その時、私は思った。側にちょっ
といれないなって思った」
ユウバリィ「どうして、そんなふうに思ったのかな」
檸檬「だって、私はまだ、そんな大人の前歯を覗かせているムラニシ君に比べ
たら、子供でしかなかったから。偶然だと思うけど、そんな時、ムラニシ君の
自転車が壊れた。なんたって毎日、長い長い階段をがたがたがたがた勢いよく
降りてたから、自転車だってたまったもんじゃなかったんだと思う、前輪の軸
が折れて、後のタイヤは曲がってしまった。すぐに新しい自転車を買ったけ
ど、それはハンドルがこんなこんな曲がってて、十段くらいの変速機がついて
て、すごく早かった。私の側を走り抜けていって、遠ざかっていくその後ろ姿
に声を掛けても届かないくらいに、早かった。でも、もうその変速機のついた
格好いい自転車で、私の好きだった男の子は階段を駆け下りることはしなくな
った」

●街の枯れた噴水側

カラミティ「動物の写真を撮ってる?」
パセリ「はい、世界中を回って」
カラミティ「私も動物を追って、ずっと世界を旅している」
パセリ「ですよね、この山の村の人じゃない」
カラミティ「ユニコーンの噂を聞いて、駆けつけた野次馬だ」
パセリ「動物は好きですか」
カラミティ「キミは?」
パセリ「好き、です。でも、なんだかそれって昔っから胸張って言えないんで
す」
カラミティ「どうして?」
パセリ「好きっていう動機が不純だから、です」
カラミティ「動物が好きっていう動機に、不純なものってあるのかい」
パセリ「あります」
カラミティ「ちょっと思いつかないな」
パセリ「不純で、単純な理由です」
カラミティ「ますます、わからない、ウオッカのボトル、もう空いてしまった
のか。もう一本差し上げるから、その不純な動機とやらがなんなのか、教えて
くれないか」
パセリ「ありがとうございます。おいしい、このウオッカ」
カラミティ「外の、こんな水の涸れた噴水に腰掛けて飲むからなおさらだ。気
温はもう氷点下だろう」
パセリ「ですね、でも、暖かい」
カラミティ「ウオッカのおかげだ」
パセリ「あなたがくれたウオッカのおかげです」
カラミティ「で、その不純な動機ってのは、なんなんだい?」
パセリ「私、モコモコしたものが好きなんです、モコモコしたものと、モフモ
フしている時間がとっても幸せな時間なんで」
カラミティ「モコモコでモフモフ」
パセリ「わかんないですよね、こんなんじゃ」
カラミティ「いや、わかるよ」
パセリ「モコモコでモフモフですよ」
カラミティ「モコモコでモフモフなんだろう」
パセリ「動機、不純ですよね」
カラミティ「いや、今、それを聞いて、キミがどんなふうに動物と接する人な
のか、ちょっと見えた気がするよ」
パセリ「そうですか?」
カラミティ「ああ……好きなんだね、動物が」
パセリ「好きです、動物」

●小学校・教室(夜)

檸檬「まだ見ぬ土地、まだ見ぬ動物に逢えるのは嬉しい。でも、どんどん人は
あらゆる場所にでかけていく。空気は汚染され、草木は刈られて、人が住みや
すいようになればなるほど、動物は住みにくくなる。動物を守るために、保護
地区を作って、その中は開拓しないで、自然そのままにしておこうって。でも
ね、そのある一つの区域に線を引いて区切ったところで、空気も水も汚れれば
同じこと。だからね、の動物が暮らしやすい環境を人工的に作り出して、その
中で生活することの方が良いかもしれないっていう人もいる。私も、私の妹も
それはそうかもしれないと思い始めている」
ユウバリィ「動物園を作りたい?」
檸檬「できれば、だけど、でも、私達じゃ無理、誰か、強い意志を持ってて、
それでもちろん動物が大好きな人がね、それを作らなければダメだと思ってい
る人が」
ユウバリィ「そんなが人いるのかな」
檸檬「いる、きっと、私達は探している。きっとどこかにいると信じて」
ユウバリィ「そこに入れられた動物ははたして、幸せなのかな」
檸檬「それは……それがわからない。だから、迷う。本当の幸せとはなんなの
かを、考えてる、いつも」
ユウバリィ「答えは?」
檸檬「それがね、出ない……今のところは」
ユウバリィ「生きることと、生かされることは違う」
檸檬「それはそう」
ユウバリィ「生きているためには、生きている意味が必要なんだよ」
檸檬「わかる。だから悩む、考えるし、だから、だから……時々、涙が出る」

●酔っ払ったパセリを送ってくるカラミティ。

カラミティ「足下に気をつけて」
パセリ「あ、はい、大丈夫です」
カラミティ「一本路地を入っただけで、明かりがなにもなくなる」
パセリ「メインの大通り、っていっても数えるほどしか観光客用の宿はないら
しくて。あ、どこにお泊まりなんですか、送っていただけるのは嬉しいんです
けど、帰れますか?」
カラミティ「私は大丈夫だ、バイクで来ているから」
パセリ「バイクで? でも、あんなに飲んだのに」
カラミティ「なに、この寒風が頬を撫でてくれれば、さっきの酔いなど…」
パセリ「強い、でも本当にお酒、強いですね」
カラミティ「キミもだ」
パセリ「あ、見えた、あの八角形の建物です…あの教室の……」
カラミティ「中に、居る!」
パセリ「馬?」
カラミティ「ちがう、あれは、ユニコーンだ」
パセリ「ユニコーン」
カラミティ「あれは、ユニコーン、間違いない、額から突き出た見事な角! 
やはり実在したのか、一角獣は…」

●小学校・教室(夜)

ユウバリィ「体育館に行くといい?」
檸檬「体育館?」
ユウバリィ「そこに居るよ」
檸檬「居る? 誰が?」
ユウバリィ「今日、また自転車をなくしてしまった男が……」

●その外

パセリ「拳銃! 撃たないで」
カラミティ「弾は出ない。奴が出てきたところで、追跡用の発信器を飛ばすだ
けだ、痛みもない」
パセリ「本当に?」
カラミティ「本当さ、来た」

  SE 発射音。

カラミティ「よし、これで後を追う」
パセリ「どうやって?」
カラミティ「さっきのバーの側にバイクが停めてある」
パセリ「私も連れて行って」」
カラミティ「いや、これから、私は仕事だ、女性同伴で仕事はできないんで
ね」
パセリ「私も私の仕事がある、もしかしたら、行く先で会えるかもしれません
ね」
カラミティ「かもしれないな」

  SE バイクの音、カットイン。

カラミティ「酔いがみるみる抜けていく、やはり、私はこちらのほうが好きら
しい……良い娘だった、だが、狩りをするこの胸の高ぶりにはかなわない、こ
れに勝るものはこの世にはない…見つけたぞ、あの白い影!」
ユウバリィ「なぜ追ってくる。この獣道を迷うことなくまっすぐに」
カラミティ「エゾイチゲ、起きているか」
エゾイチゲ「はい、もちろん、今日は朝の交代まで」
カラミティ「私の位置を上から確認して、エターナルズーをよこしてくれ」
ゾイチゲ「どうなされました?」
カラミティ「決まってるだろ、見つけたんだよ、奴を」
エゾイチゲ「奴?」
カラミティ「幻の……ユニコーンだ」
ユウバリィ「追ってくるな、私を」
カラミティ「そうもいかない。だが、今は追いつけそうもないがね」
ユウバリィ「命が惜しければ、私を怒らせるんじゃない」
カラミティ「今のうちだ、そうやって威勢良くいられるのも」
ユウバリィ「こうして私はこれまで生きてきた、そして、これからも生きてい
く」
カラミティ「気のせいか、他人に思えんな、一角獣さん」
ユウバリィ「ユニコーンがどんな動物か知らないな」
カラミティ「知ってることといえば、ユニコーンってのは、この世で最も美し
い、最も恐ろしい、最も優しい、最も誇り高い……動物」
ユウバリィ「その通りだ、追われたとして、逃げ惑うばかりであると思う
な!」
カラミティ「なに? こちらに向かうか! 一角獣が向かって来る。恐れもせ
ずに。こんな動物は久しぶりだ」
ユウバリィ「逃げない、真正面から来る」
カラミティ「中世の騎士はこんな気持ちで一騎打ちを、悪いものじゃない、い
や、ときめくものだ、想像を遙かに超えて!」
ユウバリィ「くらえ!」
カラミティ「うあっ!」
ユウバリィ「突き立てたぞ、角を、奴の腕に」
カラミティ「かすめただけだ」
ユウバリィ「かなり深く」
カラミティ「かすめたんだよ」
ユウバリィ「右肩の下をざっくりと」
カラミティ「かなり深くな……バイクのアクセルが絞れない」

  SE バイクの止まる音。

ユウバリィ「そして、吹き出る鮮血」
カラミティ「久しぶりの流血だ。かなりの量。鼓動と共に吹き出てくるな。動
脈か…」
ユウバリィ「さあ、これで、動きはとまった」
カラミティ「考えることを読まれるのは、なんとも恥ずかしいものだ。だが、
そっちの考えも、手に取るようにわかる。裏がない闘い、これは初めてだ」
ユウバリィ「すべてわかるわけではない」
カラミティ「これはまたご謙遜を」
ユウバリィ「考えなければ、それは受け取れない。おまえは考えないようにし
ている」
カラミティ「なにを、考えないようにしていると?」
ユウバリィ「一番肝心なことだ」
カラミティ「一番肝心なこと?」
ユウバリィ「それをひた隠している」
カラミティ「隠している? 言わずもがな、のことだからじゃないか」
ユウバリィ「なるほどね」
カラミティ「わかってはいるんだよ、おまえが知りたいことがなんなのか、
は」
ユウバリィ「私が知りたいことはただ一つ」
カラミティ「それは私がなぜおまえを追うか?」
ユウバリィ「そうだ」
カラミティ「おまえを生かすためだよ
ユウバリィ「生かす、捕らえて、生かすだと?」
カラミティ「そうだ、空に浮かぶエターナルズー、あの飛行船の中に広々とし
た人工の牧場がある。日照時間、温度、湿度はこの土地の一年の気候を完全に
再現してある。流れる川の水質もまったく同じ。一角獣、おまえはそこで生き
るんだ」
ユウバリィ「よく調べている、本当に、ユニコーンというものをな。だが、一
つ、一番大切なことを知らないのか」
カラミティ「ユニコーンは飼育ができない、捕まえると狂い死ぬ」
ユウバリィ「その通りだ」
パセリ「待って!」

  SE バイクの音。

ユウバリィ「なに?」
カラミティ「なんだと?」
ユウバリィ「さっきのお嬢さんと……そっくりな、この子は」
パセリ「ユニコーン! 私ははパセリ、パセリ・美々羅原」
カラミティ「パセリ・美々羅原」
パセリ「あなた……ウオッカのあなた…腕から血が、すごい血が! 私は乗っ
てきたサイドカーから飛び降りると、肩の下からずいぶんな量の血を流して草
むらの中に腰を下ろしている彼の側に駆け寄った」
ユウバリィ「その男、カラミティ……マックスウェルカンパニーのカラミテ
ィ」
カラミティ「やめろ、心を読むな!」
ユウバリィ「この娘、カラミティ、おまえのことを」
カラミティ「心を読むんじゃない」
ユウバリィ「カラミティ、おまえはこの娘のことを……」
パセリ「腕から血を流し、その場にしゃがみ込んでいるカラミティは、力尽き
てそこにいるように思えた。だが、次の瞬間、駆け寄ってきた私の腕を掴む
と、くるりと素早く回った。なにが起きたのか、一瞬のこと、わかったのは、
その後、カラミティが私の腕を極め、後ろに回り込み、盾にして立った、とい
うことだ」
カラミティ「すまない、あまり紳士的なやり方ではないが、ジェントルマンで
ありたいとは思ってないんでね。いつがどれほど凶暴であろうと、女性のキミ
には手を出さないはずだ。いや、ご自慢の角を出すわけにはいかないだろう」
ユキノシー「パセリ、パセリ、サソリの僕はおなかのポーチにいるからね」
パセリ「ポーチの中にいなさい、ユキノシー。もう巻き貝から出てきてるじゃ
ない」
ユキノシー「一刺しだよ、こんな人間、すぐに自由にしてあげる」
パセリ「ありがとう、でも、今日はあんたの助けはいらない」
ユキノシー「どうして、今、盾にされてるんだよ」
パセリ「わかってるわよ、そんなことは」
カラミティ「今日は残念だが、これで退散だ。迎えが到着してくれた」
パセリ「迎え? どこに?」
カラミティ「上に、来てる」
パセリ「上に?」
エゾイチゲ「カラミティ様、エターナルズーです。今、ホバーエレベーターを
下ろしました」
カラミティ「獲物を前に撤退するのはハンターとしてあまり格好良いものでは
ないな」
ユウバリィ「女を盾にしておいて、逃げ出す奴に、格好いいもわるもあるもの
か」
カラミティ「すまないな、パセリ」
パセリ「いいんです、カラミティ…これはさっきもらったウオッカのお返し、
楽しかった、一緒に飲める人に初めて会えたから、私」
カラミティ「私もだ」
パセリ「それが、こんな形になるなんて」
カラミティ「まだ終わったわけじゃない。なにしろ、なにも始まってないんだ
から」
パセリ「どうして、どうしてあなたはマックスウェルカンパニーに? なぜ動
物を狩る?」
カラミティ「狩るのは私の仕事ではない、私は動物を集めているだけだ」
パセリ「集めて…どうするの?」
カラミティ「いつか、作る」
パセリ「作る? なにを?」
カラミティ「私の、私が思う最高の動物園だ」
檸檬「動物園を……作る…」
パセリ「あなたはユニコーンから自分の身を守るために、私を盾にしている。
そんな扱いをされているけど、それでも、それでもね、私は、あなたのことを
嫌いになっていません……むしろ、その逆…その…あなたが作る動物園で、私
は働きたいと思う……あなたが作るその動物園は、職員の募集をしてません
か? 私、パセリ・美々羅原! 五体満足健康です。食べられないのは、セロ
リとネギとピーマンとニンジンとパクチーと大根おろしとピスタチオとピクル
スだけです。写真の腕はプロ。それで、それで私は動物の言葉を少し話すこと
ができます。これでどうですか? これじゃあダメですか? あなたの動物園
はいつできるんですか?」
カラミティ「その時になったら、連絡する」
パセリ「…待ってます。今度こそ、飲みましょう」
カラミティ「おたがい、ぶっ倒れるまで、思う存分にね」
パセリ「望むところです」
カラミティ「ユニコーン、また会おう」
パセリ「空の星は遠く、数限りなく輝いている星空が真っ黒い巨大なピーナツ
の形の闇で切りとられている。あれがマックスウェルカンパニーの飛行船。そ
して、その影に向かって、カラミティの姿はみるみる小さくなっていった」

●エターナルズー

エゾイチゲ「しっかりしてください、すごい血です」
カラミティ「大袈裟に騒ぐな、今、止血した。ゾイヌナ様はまだ起きてらっし
ゃるか」
ゾイヌナ「ゾイヌナだ。聞いていたよ、カラミティ今、降りようとしたところ
だった」
カラミティ「残念ながら、今日はここでゲームオーバーです。奴はこちらで検
討していた情報よりも、凶暴です。なにより考えを読まれる。これはやっかい
です。今、後を追っても、奴にこちらの手の内を知られるのがおちです」
ゾイヌナ「なにか策はあるか、カラミティ」
カラミティ「無心に狩りをする、これが一番ですが、そうそうできることでは
ない」
ゾイヌナ「無心に狩りをする」
カラミティ「追い詰めること、捕らえること、仕留めること、それだけを考え
ることです、奴の前ではね」
ゾイヌナ「できるのか、そんなことが」
カラミティ「ゾイヌナ様、あなたなら」
ゾイヌナ「カラミティ、今の私に必要なのはそのおまえの甘い、人をそそのか
す言葉だ」

●小学校・体育館

マルビーナ「ゴヨウさん、夜分にすいません、でも、これを見て欲しくて」
ゴヨウ「名前?」
マルビーナ「学校のお友達全員の名前を今年、一年生になったサマカネ君が書
けるようになったの。(感無量)ようやく、ようやく書けるようになったの」
ゴヨウ「名前を書くことが、大変なんだな」
マルビーナ「大変なこと、義務教育が整備されているとか、きちんと給食を一
日一食、食べることができるってのも大事なこと」
ゴヨウ「給食を毎日、人数分作り、名前を書けるように教える」
マルビーナ「それが私の仕事だから」
ゴヨウ「立派な仕事だ」
マルビーナ「好きで始めたことだから」
ゴヨウ「人生は文化祭」
マルビーナ「そう、そうそう。次はね、ゴヨウさん、あなたの名前を書きたい
んだって、サマカネ君は」
ゴヨウ「私の名前を?」
マルビーナ「あの子達のお父さんもお兄さんもこの街には仕事がないから出稼
ぎの日々。年上の男性と遊んだことがないから」
ゴヨウ「サッカーを何回かしただけだよ」
マルビーナ「その何回かのサッカーのことを、みんなが画に描いてるの、何度
も何度も、よっぽど嬉しかったらしい。絵を描いた次、あの子達はあなたの名
前を書きたい、って。ゴヨウさん、ありがとう、また遊んでください、ってそ
のうちに手紙が体育館のあなたの寝袋にそっと置かれていると思う」
ゴヨウ「ゴヨウさん」
マルビーナ「そう、みんながまたサッカーすることを夢みている」
ゴヨウ「違う…違うんだ」
マルビーナ「違う? なにが?」
ゴヨウ「私の名前はゴヨウじゃない」
マルビーナ「え、だってゴヨウさんは」
ゴヨウ「私の本当の名前は…ムラニシ、ショウタ・ムラニシ。子供達に私の偽
の名前を書かせないでくれ」
檸檬「ムラニシ君…ムラニシ君…ムラニシ君だ! そんな、こんなところに、
ムラニシ君がいるなんて…私はずっと、そのマルビーナさんとのやりとりを体
育館の外、ドアに耳を押しつけるようにして聞いていた。なんだか怪しい感じ
だけど、でも、でも、こんんばんは、って入れるわけないじゃない。こんばん
は、あなた…あなたはあの私の初恋の…ムラニシ君ですか、って言って、入れ
るわけないじゃない」
マルビーナ「なんのために、名前を変えて」
ムラニシ「私の仕事のためだった」
マルビーナ「あなたの仕事のため?」
ムラニシ「そうだ。そうだった」
マルビーナ「だった? あなたの仕事は、だって、ユニコーンがいるかどうか
を確かめることじゃ」
ムラニシ「そうだ」
マルビーナ「だから、ユニコーンに出会うまではここに居ると」
ムラニシ「そうだ」
マルビーナ「だった……ユニコーンにもしかして」
ムラニシ「会えた、居たんだユニコーンは、本当にこの村に、あの森に」
  
●回想

ムラニシ「教えてくれ、ユニコーン、おまえはどんなところだったら、生きて
いけるんだ?」
ユウバリィ「私はここで生きる」
ムラニシ「ここではもう生きられない」
ユウバリィ「どうして?」
ムラニシ「わかるだろう、わかっているだろう、おまえだって」
ユウバリィ「認めたくない」
ムラニシ「しかたがない、人間がおまえに気づいた。金になるんだよ、おまえ
は」
ユウバリィ「わかってる」
ムラニシ「みんなが群がる、おまえに…」
ユウバリィ「だからって、どこへ行けばいいっていうんだ、ムラニシ。怖い、
怖いんだよ、私は生きていけるのか、違う土地で、違う場所で、星の並びが違
う夜空を見て眠るのか?」
ムラニシ「そうするしかない」
ユウバリィ「怖いだろう、そんなのは」
ムラニシ「それとも、マックスウェルカンパニーのあの動物園の中がいいの
か」
ユウバリィ「わからないよ。でも、生きていたいな、なんだろう、それでも生
きていたいと思うこの気持ちは」
ムラニシ「行こう、私も一緒に行く」
ユウバリィ「どこに?」
ムラニシ「ここではないどこかに」
ユウバリィ「それはどこのことだ」
ムラニシ「わからない、行ってみなければわからない。おまえが安心して生き
ていける場所だ」
ユウバリィ「そこで、生きる」
ムラニシ「そうだ、ここでは生きていけない」
ユウバリィ「なぜ。どうしてこんなことになった」
ムラニシ「落ち着けよ、ユニコーン。一つの土地にずっと居られるならそれは
それで素晴らしいことだ。だがな、必ずと言っていいほど、旅立ちの時っての
が来るんだ。ここに居られなくなり、どこかへ向かわなければならない時が
ね」
ユウバリィ「どうしても、か」
ムラニシ「どうしても、だ」
ユウバリィ「どうしても……」
ムラニシ「泣くな、ユニコーン、おまえに涙は似合わない」
ユウバリィ「泣きたくて泣いてるわけじゃない。涙が零れてくるんだ、止めら
れないんだ。そう、止められない、涙も、ここに居たいという気持ちも」
ムラニシ「数日のうちに、夜明けに旅立とう、朝もやに紛れてこの村を出よ
う、マックスウェルカンパニーに見つからぬよう」

●回想あけ

マルビーナ「じゃあ、もうあなたは、行ってしまうの?」
ムラニシ「ああ…」
マルビーナ「ユニコーンと一緒に?」
ムラニシ「そうだね」
マルビーナ「どこへ」?」
ムラニシ「どこへと言えないのがつらい。ここではないどこか、としか言えな
い」
マルビーナ「寂しくなるな、ユニコーンもムラニシ君もいなくなると」
ムラニシ「子供達がいるだろ」
マルビーナ「そうね、私はあの子達を置いては行けないから」
ムラニシ「置いていく?」
マルビーナ「ついて行きたかったな、本当は…本当は、本当は、本当は……」
檸檬「ムラニシ君とマルビーナさんの話が私に聞き取れたのはここまでだっ
た。私は私がここにいると言わないでいるのも悪くはないと思った。ムラニシ
君は、相変わらずかっこ良かった。だから私も格好良くいたかったからだ」

●ムラニシ君、最初で最後の授業。

ムラニシ「ども、おはようございます。えーっとムラニシです。今までみんな
が呼んでくれていたゴヨウさんっていうのは、あだ名みたいなもので、本当は
ムラニシって名前なんです。ムラニシ、ショウタ・ムラニシ。今日はね、とう
とうみんなとのお別れの時がやってきたんで御挨拶をしたいといったら、先生
が授業を1時間やってくれないか、って言われて、授業なんてやったことはな
いんですけど、でも、がんばってやってみます。ムラニシ先生の最初で最後の
授業ってやつです。えっとあの、四十日の間、体育館を貸してくれてどうもあ
りがとう。やっぱりこんな山の上の学校の体育館ですから、寒かったし、あの
広いところで一人で寝る夜が続いた時は、ちょっと夜中に泣きそうになりまし
た。泣きそう、っていうか、ちょっと泣きました。僕が住んでいるところでは
男の子は泣いちゃいけないと、言われるんです。おかしいですよね、どうして
女の子は泣いてよくて、男の子がないちゃいけないんでしょうかね、僕は思い
ます、その時、とても悲しくて、切なくて、どうしようもなくなったとした
ら、その時は、泣けばいいんじゃないかって。そこで泣いてすむのなら泣けば
いいのではないかと思うんです。泣くことを我慢することに意味があるのかな
って思います。悲しくて泣いたとしても、何日も何日も泣き続けることはでき
ないんですからね。泣けなくなる日が来るまで泣いていいんじゃないかって、
僕はあの体育館でそんなことを考えていました。そして、毎日、森へと出かけ
ていき、ユニコーンを探していました。僕はユニコーンを捕まえようとか、売
り飛ばそうとか、思っていません。僕の仕事は、いるのかいなのかわからない
動物が、本当はいるんだ、とはっきりと言うことです。それはいる。それは生
きていると。君達の森には秘密があります。そこにいるんです。あそこで生き
ているんです。これからも、いろんな人が探しにくるはずです。だから、君達
も探して下さい。秘密のある森の側に君達は住んでいるんです、それを誇りに
思ってください。いつか、君達がどこか別の土地の別の国の誰かを好きになっ
たり結婚したりすることになった時、あなたの生まれたところはどんなところ
かと聞かれると思います。その時、この森の話をしてあげるといいと思いま
す。僕の、私の生まれた村には秘密の森があってね、その奥に居るんだ、ユニ
コーンがね、ユニコーンって知っている? いつか、一緒に見に行こうよ、っ
て。僕はこの秘密の森の側で生まれて育ったんだよって」
マルビーナ「ショウタ・ムラニシ様。
 あなたの名前を初めてこうして書きました。
 ショウタ・ムラニシ、素敵な音、あなたの国ではどんな意味があるのか、聞
き忘れました。ショウタ、空でも飛びそうな音ですね。
 この前、お話しした、ようやく学校のみんなの名前を書けるようになった一
年生のサマカネ君のことを覚えていますか?
 彼が今日、私に手紙をくれました。
 くしゃくしゃのわら半紙に書かれた手紙。マルビーナ先生、って書いてあり
ました。サマカネ君はようやく学校のみんな、二十三人の名前を書くことがで
きるようになったんです。それで、ずっと彼は、次にはあなたの名前を書くん
だって言って、私にあなたの名前の書き方を教えて欲しいって、放課後、居残
ってずっと練習していました。でも、彼は…彼の目的はあなたの名前を書くこ
とではなかったんです。
 その手紙にはこうありました。『マルビーナ先生、は綺麗です、だから、け
っこして欲しい』…けっこ、けっこってなんだろう、ってその意味がわかるま
で、時間がかかってしまいまいした。けっこは、結婚でした。サマカネ君は初
めて書いた手紙を私にくれました。それはプロポーズの手紙でした。
 綺麗だ、と言われるのは嬉しいです。
 生きていて良かったと思える瞬間です。
 そして、私を綺麗にしてくれたのは、ショウタ・ムラニシさん、あなたで
す。ありがとう、お元気でいてください。忘れない、いつまでも、ずっと、あ
りがとう、ありがとう、百万回のありがとうをあなたに、ショウタ・ムラニシ
に。マルビーナより。
 そっとあの朝、いなくなっていたあなたへ。
 届かぬ手紙をここに……」

●朝靄の中

ムラニシ「覚悟はいいか、ユニコーン。まだ泣いているかい?」
ユウバリィ「いや、涙はつきた」
ムラニシ「だろう」
ユウバリィ「行くこう」
ムラニシ「行こうか、乗せてくれるかな」
SE バイクの音。
ムラニシ「誰だ?」
檸檬「ムラニシ君!」
ムラニシ「君達!」
檸檬「途中まで送ります、送らせてください」
ムラニシ「ありがとう」
ユウバリィ「行くぞ」
SE いななき。
  走り出す馬。
ムラニシ「早いな、ユウバリィ」
檸檬「飛ばし過ぎじゃない? ユニコーン」
ユニコーン「行くしかないんだ」
ムラニシ「そういうことだ」
パセリ「ユニコーン、綺麗、走る姿が、美しいよ」
ユニコーン「ありがとう。君達に会えて良かったよ」
檸檬「私も」
パセリ「私だって」
檸檬「ムラニシ君、聞こえる?」
ムラニシ「ああ、ユニコーンがいれば、言葉は頭の中に直接届く」
檸檬「ジュニアスクールの時、同じ学年に双子の女の子がいた事、覚えて
る?」
ムラニシ「え? 私のジュニアスクールの時?」
檸檬「そう、その時!」
ムラニシ「居た、あの子達か、あの双子か!」
檸檬「そう、その双子が、今、あなたの目の前にいる双子の姉妹」
ムラニシ「覚えてる! いつも木の上にいたあの双子だ」
檸檬「そう、私達はとにかく高いところがあると、二人で競争して登ってた。
あの頃、どんな男の子達よりも、私達は男の子だったし。女の子だった」
カラミティ「動いた、奴に打ち込んだ発信器の信号が復活した! エゾイチ
ゲ! 南南西だ」
エゾイチゲ「オブジェクト、捕捉、エターナルズー、南南西に転進、エンジン
出力八十パーセントへ」
カラミティ「九十五パーだ」
エゾイチゲ「九十五パーセントへ」

SE 動く飛行船の音。
  大きくなっていく。

ムラニシ「覚えてる、覚えてるよ、あの双子だ」
檸檬「よかった、覚えていてくれて!」
パセリ「上! 来た!」
檸檬「もう?」
パセリ「マックスウェルカンパニーが!」
ムラニシ「カラミティか、あいつ、しつこいなあ」
カラミティ「待っていたぞ、しびれをきらして動き出すこの時を」
ユキノシー「ついて来ますよ、飛行船がずっと」
檸檬「逃げ切れない」
パセリ「早い、飛行船がこんなに早いなんて」
カラミティ「甘く見るな、時速百八十キロまで平気で出せるんだよ」
ユキノシー「すぐ上まで来てます、来てます」
檸檬「のしかかってくる」
パセリ「ついて来る、どこまでも」
ムラニシ「これ以上は早く走れない」
ユウバリィ「まだ、まだ行ける」
ムラニシ「無理するな」
ユウバリィ「駆け抜けなければ、どうしようもない」
エゾイチゲ「捕獲の網、いつでも打ち出せます」
ゾイヌナ「まだ早い、追い詰めて、疲れ果てて、もうどこにも逃げられないと
観念してからでも遅くはない」
ユキノシー「迫ってくるよ、見て、見て」
檸檬「ハンドル握ってるんだから、上、見られないんだよ」
ユキノシー「うお、うお、うお、うおおお」
パセリ「ユキノシー、なんだって?」
ユキノシー「ひ、ひ、ひ、ひー」
パセリ「ユキノシー、あんた、焦るだけだから、声出すんじゃない」
ユキノシー「黙ります、黙ります、黙ります」
檸檬「ユキノシー、黙って黙れ!」
ユキノシー「ん……ん……ん…ん…ん…」
檸檬「ムラニシ君、行って、奴らは、マックスウェルカンパニーは、私達を追
うことになる」
ムラニシ「どういうことだ?」
パセリ「奴らはユニコーンに打ち込んだ発信器でこちらの位置を確認している
はず」

●回想

パセリ「…待ってます。今度こそ、飲みましょう」
カラミティ「おたがい、ぶっ倒れるまで、思う存分にね」
パセリ「望むところです」
カラミティ「ユニコーン、また会おう」
パセリ「空の星は遠く、数限りなく輝いている星空が真っ黒い巨大なピーナツ
の形の闇で切りとられている。あれがマックスウェルカンパニーの飛行船。そ
して、その影に向かって、カラミティの姿はみるみる小さくなっていった。ユ
ニコーン」
ユウバリィ「君も……だな」
パセリ「そう、あなたの好きな」
ユウバリィ「良い香りだ」
パセリ「香り? そんなのあるの?」
ユウバリィ「ある……」
パセリ「あなたに打ち込まれた発信器があるはず、それを私にくれる?」
ユウバリィ「おまえの膝で少し寝かせてくれるなら」
パセリ「いいわ、それで、もしかしたら、私はまた会えるかもしれないから、
お守りにとっておく。発信器を……」

●回想あけ

パセリ「それを、私が持っている」
檸檬「さよなら、ムラニシ君」
ムラニシ「ああ、ありがとう」
檸檬「またいつか」
ムラニシ「走れ、ユニコーン」
檸檬「行け、ユニコーン、どこまでも!」
エゾイチゲ「オブジェクト、森の奥深くへ」
カラミティ「森の向こうで待ち伏せる、発信器からの信号だけを見失うな!」
エゾイチゲ「了解です」
SE バイクの走る音。
パセリ「檸檬」
檸檬「なあに?」
パセリ「行ってもよかったんだよ」
檸檬「ばあか!」
パセリ「恋するのは、悪いもんじゃないね」
檸檬「そうね、そうかもね。さて、今度はあんたの番よ」
パセリ「わかってる」
エゾイチゲ「オブジェクト、森を抜けました」
  SE 走るバイクの音。
カラミティ「なんだ、あれは…」
エゾイチゲ「発信器の信号はあのサイドカーから出ています」
カラミティ「あの、サイドカーは!」
パセリ「カラミティさーん、厄災さーん、愛してまーす! うふ!」
カラミティ「バカな!」
パセリ「まったねー、今度、飲みましょう!」
檸檬・パセリ「あはははははは……」

  暗転。
  そして、檸檬が一人、立ち。

檸檬「私達は旅をしてまわる。旅は闘いだと私は思う。旅には勝ち負けがある
と私は思う。それは例えば、帰りの飛行機の窓の外、ずっと続く厚い雲を見下
ろした頃に、判定が下る。今回の旅は勝ったな、とか、今回はダメダメだった
な、とか。そして、このユニコーンを巡る旅はというと、はたして、勝ったの
か負けたのか、ちょっとよくわからないというのが本当のところ。失ったモノ
が多かった。得たモノも多かった。友達ができた。同じ年の友達、子供達から
先生と呼ばれている友達、そんな彼女に、またね、と言って別れたけど、また
会うことは、たぶんない。でも、それでも、別れる時は、またね、と言うもの
だと、そんなことを学んだ。そして、そして、そして、私は私の初恋と再会し
た。初恋の相手に会ってみたら、さんざんだったなんて話はよく聞くけど、で
も、私の初恋の人は、そのままだった。あの時は自転車で颯爽と階段を下る
彼、今は、幻の一角獣にまたがり、やっぱり颯爽と走り去っていった。どこか
へ。ここではないどこかへ。幻の動物が安心して住める土地を探して、駆けて
いった。彼は彼のままだった。私はこれまで、自分でもちょっと無理してるか
なって思うこともあった、でも、無理して頑張っていなければ、きっと私は彼
と向き合うことができなかったと思う。頑張ってきてよかったと思う。だか
ら、これからも頑張れる、まだ、やれるはず。もしも、もしも、彼とまたね、
っていうことがあったとしたら、その時もまた、きちんと向き合える私であり
ますように。我が青春に今のところ悔いはない、厚い雲を見下ろしながら、檸
檬・美々羅原の秋の終わりはこんな感じだった…」
  檸檬、ゆっくりとバインダーを閉じて、まっすぐに前を向いたまま、暗
転。



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