『ドードーの旗のもとに 第2章』




 
  〜流れよ我が涙、背に残る君の熱き思い出〜

 
 映画監督 篁耕太郎   伊藤栄次


 ボンパ・アルカイエ   下釜千昌

 ドードー鳥       久木田佳那子

 シロン・カッサブ    森双葉

 ノタカ・ウラジロ    村田昇磨

 キシリ・リベラ     早瀬弥生

 フロウソウ・グロッソ  丹聡

 レイコ・グロッソ    久保田さおり

 ケルビン・カルバナ   一ノ瀬景子

 マトリカ・カルバナ   長澤美加

 ウイリアム・リー    浜田洋平

 ロビンソン       木村大介

 レオン         西田博威

 ジョン・ボップ     原田達也

 スワン・ロマン     新田英里香

 ポール・ボロンコ    岡本広毅

 メラミル・レイミ    池本しらべ

 ロブサ・ジャッカル   肥後マコト

 ゴルティア・ニネルケ  松井真城



 葉山鈴南        あづみれいか




  客入れの曲、盛り上がって暗転していく。

  暗転中に全員板付き、と、同時に出演者全員がウオーミングアップとして自分の台詞を一斉に喋り始める。

  曲、やや落ちるが薄く掛かったまま。

  監督の声が入る。

監督「ようこそ、私のレコーディングスタジオへ。初めての方ははじめまして、そして、『ドードーの旗のもとに』第一章のプレスコに協力してくれ、そのまま今回続投してくれるキャストの方、ごぶさたしていた、その節はありがとう、そして、今日もまた、よろしくお願いする」

キャスト全員「よろしくお願いします」

監督「今回、現場を仕切ってくれる録音監督を紹介しておこう、葉山鈴南だ」

葉山「葉山です、よろしくお願いします。さっそくですが、みなさん、台本にとりかかりましょう。『ドードーの旗のもとに』第二章『流れよ我が涙、背に残る君の熱き思い出』」


  メインテーマ、カットイン。

ボンパ「(マイクON)はあ、はあ、はあ……」

  落雷の音。

ボンパ「はあ、はあ、はあ…」

  落雷の音、もう一発。

ボンパ「はあ、はあ、はあ…」

  このボンパの荒い息の音、この後もずっと続いていて。
監督「事の始まりは、遥か南方、四つの島からなるアルカイエ王国。王子、ボンパアルカイエ、九歳の誕生日、パーティの最中、海底油田の採掘量を巡り、クーデターが発生、軍の将校カッサブが、王宮へと乗り込んで来たのだった。鳴り響くファンファーレ。首謀者フィー・カッサブ、騒然とする皆を一喝する声を響かせた、みなさま、突然の出来事にさぞや驚かれたことでしょう。静粛に、ただし笑顔を忘れずに、前国王の王子、ボンパ・アルカイエ君の誕生パーティは皆様、お楽しみいただけたかな。だが、それもここまで、ただ今より、この国の新しい王の就任パーティに移らせていただく。この国はアルカイエ王国という名を捨て、カッサブ王国と呼び称されることとなる、たった今、アルカイエ国王と王妃は射殺された」

ボンパ「射殺!」

監督「執事、世話役を含め、関係者も皆、射殺の上、トラックに山積みに! 王子ボンパは絶滅したと言われているペットのドードー鳥の雛を抱え、王宮の屋根裏に身を隠す。ここは六十年前、亡命作家ボロンコが匿われていた場所、この天井裏に身を潜め、自らの逃亡生活を一冊の本として書き上げたその部屋。クーデターの首謀者カッサブには、ボンパと同じ年の子供、シロンがいた。屋根裏からボンパはシロンが勉強する様、そして、成長する様をのぞき見て生活することとなる。やがて、ボンパはドードー鳥の言葉を覚え、会話ができるようになる。シロンはペットに山猫を飼い、ボンパはその山猫の言葉すらもマスターしてしまう。ついに千日千夜の後、ボンパはまるまると太り大きくなったドードー鳥を抱えて、王宮の屋根裏から脱出する。大陸へ渡る船に乗るのだ。その夜、かつてないほどの嵐。密航船に乗るべく、ボンパは横なぶりの雨の中をひた走る……」

ボロンコ「王子が持つ少ない荷物の中にまだ読み終えていない屋根裏の部屋で亡命作家の書いた一冊の本『おそれを知らぬ陽気なヤギが一頭の痩せたロバを救い、痩せたロバ、世界を救う』!」

監督「吹きすさぶ豪雨の中、ボンパの腕の中のドードーが遙か彼方の宮殿に向かって力の限り叫ぶのだった」

ドードー「ここが僕達の国、僕達の居場所、僕達を待ってくれている人がいる。僕は帰ってくる。ボンパ王子と共に、いや、ボンパ・アルカイエ国王とともに」

ボンパ「みんな! 生きていてください! 必ず生きていて、もう誰も死なないで、必ず、必ずここへ帰って来ます、そして、あの王宮に、このドードー鳥の国旗をかかげ、みなが幸せに包まれた笑顔で暮らせるその日まで、しばしの辛抱を、いつか、みなが、僕の王国である証、ドードーの旗のもとに、集うその日まで…はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

ドードー「ボンパ、まだ? まだなの?」

ボンパ「見えた! あの船だ」

ウラジロ「小僧、おまえか、大陸へと運ぶお宝は、急げ、この高波だ、船は桟橋に叩きつけられちまうから、沖で待ってる」

ドードー「ボンパ!」

ボンパ「危ない、ドードー、僕から離れるんじゃない」

ウラジロ「俺の腕に掴まれ!」

ボンパ「ありがとう!」

ウラジロ「そっちの鳥も俺の腕に掴まるんだ!」

ドードー「腕? 腕はでも両手でボンパを抱えているのに!」

ウラジロ「まだ、こっちに腕は二本ある」

ドードー「腕が……多い」

ウラジロ「そうとも、俺には腕が四本ある。この腕のために俺は海の密輸専門の運び屋となった」

ボンパ「四本腕の男…」

ウラジロ「この嵐の中、船長がどうしても船出するといって聞きやしねえ。急げ、こんな嵐、俺も初めて見る嵐だ!」

  曲、さらに盛り上がって、

ボンパ「う、うわ、うわ、ドードー、僕の腕の中に居ろ、でないと、床や壁に叩きつけられちゃうぞ」

ドードー「床が揺れてる、床が揺れてるよ、ボンパ!」

監督「船底に近い狭い部屋。窓の外、海か波か、わかりはしない」

ウラジロ「お宝!」

ドードー「あ、四本腕の男!」

ウラジロ「おまえ達を大陸へ届けることができないらしい」

ボンパ「どういうこと?」

ウラジロ「この嵐に、船がもたない、俺達は逃げ出すことにした」

葉山「入り口に立ちそれだけ告げる四本腕の男、その足下、もうかなりの水が入ってきて、ボンパ達の部屋へと流れ込んでいく」

ボンパ「僕達は、僕達はどうなるの?」

ウラジロ「おまえ達の行く末はおまえ達で決めるんだ。この扉の鍵だけは開けといてやる。俺にできることはここまでだ、そして言ってやれることもただ一つ」

ボンパ「それは! いったい!」

ウラジロ「生きろ! 必死でな、生きて、生きて、生きるんだ、さらばだ!」

ボンパ「待って!」

監督「と、後を追おうとするボンパに、流れ込んできた波が襲う」

ボンパ「うわっ!」

ドードー「辛い! 辛いよこの水」

ボンパ「外に、出ろ、ドードー、早く、早く!」

葉山「その後、いったい、どこをどう昇り、なににしがみついたのか、ボンパは今となっては憶えてはいない。長かった夜、飛沫を浴び、目に刺さり、何度も、もうダメだと思った。気がつくと、朝。波のない海、照りつける太陽、板の上に転がるボンパとドードー」

監督「回りに散らばっている板を泳いで集め、ボンパは筏を作った。ちょうどその頭上に無数の海鳥。ボンパは鳥の声を聞く」

葉山「喉が渇いても人間は海の水を飲んじゃダメだ、夕方になれば一時、激しい雨が降るから、それをなにかにためておくんだ」

ドードー「おなかすいたよ」

葉山「俺達がとってきた魚でよければ、食べるがいい」

ボンパ「ありがとう、でも、できたら早く大陸に辿り着きたい。僕を待ってる人がいるんだ」

監督「大陸? この板で海を漂って大陸へ行く? そりゃ気が遠くなる話だ。岸は遠くはないが、なかなか辿り着けないね、ま、気長に漂うことだね、幸運を祈る」

葉山「大陸のとある港町が遠くに見えるところまで流れていくのに三十五日。それから五日、漁師達がたむろする市場の裏へと辿り着く」

監督「港街。壁に貼られたカッサブ王国の王子シロンの顔写真。王子を保護した場合に与えられる莫大な報奨金の金額が赤い大きな文字で殴り書き。それを立ち止まって見ている女の子、キシリ・リベラ。そばかす、赤い髪、やせぎすな、でも、瞳に光、その子がふっと微笑んだ」

キシリ「シロン・カッサブ王子、嵐の夜から行方不明、消息を知らせるだけで三千。三千もあれば、どんな贅沢が出来るっていうのかしら」

葉山「その張り紙の向こうに、かろうじて港へとたどり着いたボンパの姿」

キシリ「待って!」

ボンパ「え?」

キシリ「よく顔を見せてもらえる?」

監督「少女はボンパ王子の顔を覗き込む」

キシリ「どう見て、シロン王子とはほど遠いわね」

ボンパ「なんだって?」

キシリ「そうよね、シロン王子はこんな丸っこい鳥を連れているなんてどこにも書いてないもんね」

ドードー「シロン…王子?」

キシリ「君は名前は? 名前はなんていうの?」

ボンパ「名前? えっと…ワンパ」

ドードー「ワンパ? ワンパってなんだよ、ボンパ」

ボンパ「ボンパ・アルカイエとは名乗れないよ、ここではね、僕はワンパ、ワンパ・アルシード」

キシリ「ワンパか、私はキシリ、町から町へ残酷な人形劇を持って旅をしている」

ボンパ「残酷な人形劇?」

キシリ「グロッソグランギニョールっていうちょっと変わった人形劇。あなた達、寝るとこはあるの?」

ボンパ「いや、それは」

キシリ「それはちょうどよかった」

監督「案内された街の広場、七色の布をでたらめに張り合わせた大きなテント、周囲を背の高い雑居アパートに囲まれている」

葉山「幾つもの原色の幟、掲げられた看板『グロッソのグランギニョール怪奇人形劇場』。今日の演目のタイトル『人の命はもともと粗末なモノ』」

キシリ「一度、見てみるといい、どんなものか、きっと気に入るはずだから」

葉山「すでにテントの側にはお客さんの行列」

キシリ「ようこそいらっしゃいました、もう少々お待ちください!」

葉山「劇場といえども、そう呼んでいるのは人形劇の劇団員達だけ、急ごしらえのテントはテント。階段状に組んだ板に座布団がしかれただけの客席」

ドードー「ボンパ、どこに座る? どこに座る?」

ボンパ「目立たないようにね僕達は後ろの席だ」

ドードー「えー! 前で見ようよ、一番前で」

ボンパ「ダメだよ、ドードー、落ち着きなよ」

ドードー「これ、なんの臭い?」

ボンパ「果物の香りだ」

ドードー「王宮の天井裏に居た時、ギンベルの厨房から上がって来た匂い、色とりどりのフルーツ満載、あのデザートの香りだ」

葉山「客席の明かりが落ちていく、ざわめきが静まる、舞台の上。一条のスポットライトが、つぎはぎだらけの人形を闇に浮かび上がらせた」

ドードー「ボンパ、見て! 人形が、人形が立ってる!」

ボンパ「よく見てごらよ、ドードー、あれは糸で操られてるんだよ」

グロッソ「はっはっはっはっ! さあ、どうした! これでもうどこにも逃げることも、できやしない!」

レイコ「来るな! こっちへ来るな! みんなみんな、おまえが殺したんだな!」

葉山「お話はこんなお話。繰り返し起きる、理由なき連続殺人。残虐な手口、見境なく起きる殺し、殺し、殺し、怯える街の人々。その正体が明かされた、男はなりふりかまわず、殺戮を繰り返す」

キシリ「果物はいかがですか? 腐った果物はいかがですか?」

葉山「場内ではキシリにより腐った果物が売られ、観客はそれを買い罵声を浴びせ、人形に向かって投げつける」

コロス1「あいつにぶつけろ!」

コロス2「あいつを殺せ!」

コロス3「死ね、死ね、死ね、死んでしまえ!」

グロッソ「ははははははははははは!……」

コロス4「逃げろ、早く逃げろ!」

コロス5「人殺しめ!」

監督「人々の怒りははじける。ボンパは客席の熱気に圧倒された」

ドードー「それで、どうするつもりなんだい、ボンパ」

ボンパ「どうするって、それでも、あの子が言うように、ここにお世話になるしかない。僕達は今晩の宿と、今晩のご飯すらない、ここがどんなとこでも、とにかくなんでもやるしかないんだよ」

監督「夜も更けた広場、人形劇団の住居も兼ているキャンピングカーとトラック」

  と、キシリ、グロッソとその夫人、レイコに。
キシリ「お願いします団長、お願いです奥様、この子がうちの劇団員になれば、今よりもう少し、みんな楽になると思うんです」

グロッソ「楽になる? 楽になるのは誰だ? 良く聞け! 今いる劇団の人間を食わしていくだけで精一杯なんだよ、できるなら誰かの首を切ってしまいたいくらいだ、ギルバキアとスタントンの絶えない口喧嘩、うんざりだ、メズロ婆さんはお菓子をぼりぼり食って、ユモシの奴ときたら、人の倍の飯を食う。モグマ爺さんがいなくとも、人形は俺にだって作れる」

キシリ「一生懸命、この子は劇団のために働きます」

グロッソ「ダメだ、ダメだダメだダメだ。こんなガキが何の役に立つ! というんだ、帰れ、帰れ、帰れ」

監督「足下のドードーは、ボンパの足の後ろへと隠れ、いつもの半分くらいの大きさ」

ドードー「……ドゥドゥ」

グロッソ「ん? なんだ、その生き物は?」

レイコ「まあ、まあ、まあ、まあ……この奇妙な生き物はなに?」

ボンパ「ドードー鳥です」

レイコ「これは坊やの鳥?」

ボンパ「そうです、僕の友達です」

レイコ「ドードー鳥? 聞いたこともない。で、いくらなの、この鳥は?」

ボンパ「いくら?」

レイコ「いくら払えばこの鳥を譲ってくれる? この滑稽な鳥は、いくらで売るかって、聞いてるのよ」

ボンパ「ドードーを売る? そんなこと……今まで一度も考えたことはありません」

キシリ「奥様、ドードーを買って、それでどうなさるおつもりなんですか?」

レイコ「決まってるじゃないか、この鳥を我が劇団のマスコットにするんだよ」

グロッソ「マスコット! マスコット、そりゃあいい。見たこともない不格好な鳥だ。子供の人気者になれる。大きな鳥かごを作れ。そして、街の中でできるだけ大きな声で鳴け、人々の目を集めるんだ」

  町中の宣伝活動。

  ドードーを先頭に街を練り歩く子供達。

ドードー「ドードー、ドードー、ドードー」

キシリ「人形劇がやって来ましたぁ、残酷な残酷な人形劇がやって来ましたよー」

ボンパ「残酷だよー、残酷がやってきたよー、悲惨だよー、悲惨な出来事がこの街の広場にやって来たよ」

葉山「ボンパの押すドードーの乗った台車。ドードーは不満たらたら」

ドードー「なんでよりによって僕がこんなことをしなきゃならないんだ」

葉山「夜 公演が始まる。街の広場のテントに人々は列をなす」

キシリ「さあ、どうぞどうぞ、どうぞどうぞ、ようこそみなさんいらっしゃいました」

監督「その頃、ドードーは舞台のテントの裏、楽屋代わりのグロッソのキャンピングカーに一時避難」

ロッソ「なんだ、おまえか、丸々鳥か」

ドードー「丸々鳥だと? なんて失礼な」

グロッソ「出てけ、出てけ、出てけ、出てけ。ここはおまえみたいな鳥が入ってきて良いところじゃないんだぞ」

ドードー「わかってます! 言われなくても出て行きますよ、すぐにね!」

グロッソ「(すみっこ君の声で)待って!」

ドードー「え?」

グロッソ「待って、出ていかないで」

ドードー「な、なんだ」

グロッソ「僕はね、毛布の端に住んでいるすみっこ君だよ、よろしくね」

ドードー「生きてる。毛布の端が生きてる」

グロッソ「どうしたのかな、すみっこ君を見るのは初めてかい?」

ドードー「初めて、だよ、そんなの、もちろん」

グロッソ「ドードー、ドードー」

ドードー「ドードー、ドードー」

グロッソ「おまえは一人ぼっちかい? 僕もひとりぼっちだ。君は他の人と違って、僕を裏切ったり、ののしったりしない、僕の友達だよね」

  と、やってくるレイコ。

レイコ「今日もお客さんは超満員。さあ、早く着替えて袖に居てくれないと」

監督「奥様と呼ばれているレイコ、グロッソが被るつぎはぎの袋を引き抜くようにして取り去った。その下から現れる顔」

ドードー「な、なんだ、この……顔」

グロッソ「ドードー鳥が見ている」

レイコ「え?」

グロッソ「ドードー鳥が俺を見ている」

レイコ「おやおやおや……初めて見るかい? これが、世にも恐ろしい象人間だ、みなから石を投げられて追われ、棒で叩かれる、。怖いねえ、恐ろしいねえ。こいつは、夜中になると、おまえの枕元にそっと立っているよ。そして、ささやく。おまえは本当は悪い奴だな。俺はおぞましい男だ、だが、おまえの心ほど醜くはないぞ」

ドードー「来ないで、来ないでぇ」

グロッソ「出て行った……あいつは、すみっこ君を置いて出て行った。すみっこ君はまたひとりぼっちだ」

監督「次の日も、次の日も、ボンパは言われるまま、怒鳴られるまま、くたくたになるまで朝から晩まで働いた」

コロス6「おい、いつまで待たせんだ!」

コロス7「早く入れろ!」

コロス8「なにをぼやぼやしてやがんだ」

葉山「そして、幕が開いたら開いたでボンパは肩から籠を下げて山盛りに積んだオレンジをはじめとする果物を客席で売って周る」

監督「ボンパが売る果物はクライマックスにかけて、飛ぶように売れていく。ナイフを持ったグロッソの人形、投げつけられた果物が当たり、倒れ込む。客席「やったぞ!」と歓喜の声、投げつけたオヤジ「俺がやってやったんだ」と声高に叫ぶ」

コロス9「きゃああぁぁ!」

監督「次の瞬間、倒れたはずのグロッソの人形、ゆっくりとその体を起こした。再び、果物が勢いよく投げつけられる。これでもか、これでもか、これでもか、とばかりに……」

  曲。

監督「ボンパが一日のすべての仕事を終えるのはいつも午前零時を回っていた。劇場に、ボンパはたった一人。そこはとても広々とした冷たい場所。その疲れ切った体を、誰もいない舞台に横たえる」
グロッソ「いいか、ワンパ。人間てのはな、元々残酷な物語を好む生き物なんだ、金を払ってでも、自分の背筋に鳥肌を立ててみたいんだよ。俺達は残酷な物語を語り継いでいく、みなは思う、ああ、世の中ってのは、なんてひどい事が起きるんだ。ひどい目にあうんだ、それに比べたら、俺の人生はそんなに捨てたもんじゃない、そして、酔っぱらって寝る、やがて、朝日に起こされ、また一日が始まる、まんざら捨てたもんじゃない、新しい一日、俺達はそいつらが仕事に行く様を見ながら、人形をトランクに詰め、また新しい街へ旅立つ、人々が待ち望む、古くて新しい残酷な物語をみやげにな……」

監督「夜更け、キャンピングカーの後ろ、大道具と大道具の間にボンパの寝床、窓から差し込む、外灯のオレンジ色の明かりが強く。ボンパは王宮の屋根裏からずっと携えてきた一冊の本『おそれを知らぬ陽気なヤギが一頭の痩せたロバを救い、痩せたロバ、世界を救う』を開く。そして、本の中の主人公であるポールボロンコと共に今宵もまた旅に出る」

ボロンコ・ボンパ「これが線路なき荒野を走る蒸気機関車」

ボロンコ「信じられない」

メラミル「陸を行く黒い鯨と言われている密航用の鉄道、国から国へ、旅券もいらず、持ち物をどれだけ持ち込んでもおとがめはなし、ただし、自分の身は自分で守ること、それがこの列車の原則」

葉山「ボロンコはそこで我が目を疑った」

ボロンコ「お、おい、この列車の向こうにもう一台停まっているぞ」

メラミル「あれはなに?」

ボロンコ「あれも、機関車だ。客車を引いている。同じ型。見比べてもわからない、メラミル、どっちに乗るんだ?」

メラミル「どっち? そんなの私に聞かれても」

ボロンコ「おまえに連れられて、女人の村からここまで二日かけてやってきたんだぞ」

  SE 発車のベル。

コロス10「発車するぞ」

コロス11「急げ」

メラミル「乗って」

ボロンコ「どれに?」

メラミル「こっちの列車に」

ボロンコ「なんでこっちなんだ」

メラミル「いいから、早く乗って、でないと発車しちゃう! 切符を二回買うお金はないんだから!」

  SE 鉄道の走る音。

ボロンコ「窓は全部閉じられ、煤の匂いがする。乗り込む、所狭しと人がひしめき、立ち尽くしている者、なんとかして割り込むようにして、とりあえずメラミルと私は狭いながらも自分達の居場所を確保した。寄りかかる車両の壁から伝わってくる電車の振動、服を通して肌を振るわせ次第に血行を促進して痒くなってくる」

メラミル「先生、どうして誰に聞いても、この列車の行き先を教えてくれないの?」

ボロンコ「おいそれとは口に出来ない所だからじゃないか」

メラミル「どうしよう、先生」

ボロンコ「どうもこうも…メラミル、それよりもな、俺のことをいつまで先生と呼ぶつもりだ。私達のことを人に聞かれた時、なんて答えればいいんだ?」

メラミル「小さな村の…次の長になる娘、その伴侶を捜す旅、娘を守るために、側に居る作家の先生」

ボロンコ「最初の目的地、南の国レモルドアに着くのならそれでもいい、それ以外の土地に着いた時は、なんて言う」
  SE 機関車の停まる音

  ガシャン、ガシャン、ガシャン、シュプーッ!

ボロンコ「停まった」

メラミル「ここが駅?」

コロス12「急げ!停車時間は長くはないぞ!」

コロス13「停車時間は二十八秒だそうだ!」

ボロンコ「二十八秒? なんだそりゃ!」

メラミル「降りよう!」

ボロンコ「降りる? だってここは何処だか分からないんだぞ!」

ボンパ「乗車口、雪崩れるようにやって来る人の波に、押し流されるようにして、メラミルとボロンコはもみくちゃにされながら、線路はもちろんプラットホームすらないただの荒涼とした石畳の広場に人々に混じって降り立ったのだった」

ボロンコ「ここがどこなのか、私は知っている。ここは……ここは…北の国。その中央広場。我々はそこに下ろされた挙句置き去りにされてしまった」

監督「ボロンコは命からがらオーウェンと必死の思いで逃げ出したあの場所に再び降り立ったのだった」

メラミル「寒いよ、ボロンコ」

ボロンコ「当たり前だ。ここは北の国だ。明かりはもちろん燃料もない。金もなければそう、生きていく上で最も大切なもの、人情、というものすらない場所、それが北の国なんだ」

監督「メラミルは荷物を担ぎ上げその場から移動しようとする人々の群れについて歩き始めた」

ボロンコ「どこに向かう?」

メラミル「みなと一緒に、ついていけば、きっとましな場所があるはずよ」

監督「彼らが向かう先に、今、建築が進んでいる大聖堂。天蓋となる丸い天井がまだ枠組みしかできておらず、天井のない建物には粉雪がしんしんと降り注いでいる。中には長く厚い一枚板が幾つも並べられただけの机、そこに並ぶ炊き出しの鍋や釜、湯気の上がるスープやお粥、汁物を次々受け取り、順番に移動していく」

葉山「(シスター)みなさん召し上がってください、さあ、スープをどうぞ」

ボロンコ「ありがとうございます」

監督「で、あんたはなにを売りに来た?」

ボロンコ「なにも……売れる物は持っちゃいない」

監督「ここならなんでも売り買いできる。武器であろうと、人であろうと」

ボロンコ「この施しのスープは」

監督「その商売が繁盛している証拠だ」

ボロンコ「メラミル、空いているところに座って早く食っちまうんだ」

メラミル「どこか行く宛てを見つけたの?」

ボロンコ「いや、だが、ここは長く居ていいところではなさそうだ」

監督「薄いスープだ(別の男)もっとましなものを出せないのかここは(さらに別の男)もう食えない、捨てちまえ(また別の男)飯がまずいとなにもやる気が起きやしない」

ボロンコ「おい、待てよ、おまえら」

監督「なんだ、おまえは(別の奴)なにか用か?」

ボロンコ「今、なんて言った?」

監督「なんて言おうが俺達の勝手だろうが」

ボロンコ「おまえら、いいか、いいか良く聞け! この国の収容所に入れられてみろ、これはごちそうなんだよ」

監督「だからなんなんだよ」

ボロンコ「食え!」

監督「なんだと」

ボロンコ「食え! 一皿残さず、食え、全部たいらげろ」

監督「食わなければどうする?」

ボロンコ「殺す」

監督「この不味い飯を、残さず食えと?」

ボロンコ「殺されたくなかったらな…おまえ、鼻の穴にフォークを奥まで突っ込まれたことはあるのか?」

ロブサ「(遠くから)そこまでだ」

ボロンコ「誰だ?」

ロブサ「ここは教会の中だ、ほどこされた飯を食わないのもどうかと思うが、それにしても殺すと叫んだりするのも、いかがなものか。俺はロブサ・ジャッカル」

ボロンコ「ボロンコ……ポール・ボロンコだ」

ロブサ「あんた、どうして、あの収容所の飯が不味いことを知ってる? 食った者にしかわからないはずだがな。ボロンコと言ったな、こっちに来たまえ」

葉山「ロブサはボロンコとメラミルを懺悔室の一つへと案内する、その床、穴が開いている」

ロブサ「その梯子で下に降りてくれ」

ボロンコ「どこまで行くんですか? これで」

ロブサ「遙か地下、僕らの家に」

ボロンコ「家? この地下に?」

ボンパ「ただひたすら、どれくらい降りたのか、長い長い距離を下った。そして、降り立った、地の底。木が敷き詰められた床、壁、天井の廊下、そこでまたロブサは手招きする」

ロブサ「こっちだ、ここで僕らの家族、親戚、そして、隣の幾つかの家族、四十八人が一緒に暮らしている」

ボロンコ「四十八人が? こんな地下で」

ロブサ「そうだ、もう五年近い日々ね」

メラミル「五年も?」

ロブサ「北の国の圧政が始まる前、僕らは地下へと逃げた。だが、そんな暮らしも間もなく終わる、我々はこの国を出るのさ。希望者である三百七名と一緒にね」

ボロンコ「国を出る?」

ロブサ「この北の国を出てさらに北、そして東の方向へ」

メラミル「そこに…なにが?」

ロブサ「長い長いツンドラを越えられたら、そこに火山があるという、その火山の麓に新しい、俺達の国を作るんだ」

ボロンコ「三百七名で?」

ロブサ「そうだ。この地下に住む家族は地下の通路でつながっている、一つの大きな家族だ、紹介しよう、これが、僕の三百七名の家族だ」

コロス「(子供)ロブサ!」

ロブサ「ケラン」

コロス14「(ケラン)この人達は、誰?」

ロブサ「お客さんだ、こちらがボロンコ、そして、このお嬢さんがメラミルだ」

コロス15「(子供)どこに行ってたのロブサ!」

コロス16「(子供)赤頭巾ちゃんがもうすぐ来るよ」

ボロンコ「赤頭巾ちゃん?」

ロブサ「物資の補給部隊を赤頭巾と呼んでいる。ちょうどいい、収容所の飯よりましな、教会の飯よりももっと旨い我が家の飯をごちそうしよう」

ボンパ「地下に大家族、老人からここで生まれたという子供達まで四十八名の屈託のない笑顔。天井からぶら下がる小さいが数の多い白熱灯……そこで、彼らが『赤頭巾』と呼ぶ者を目にした」

ボロンコ「赤頭巾、レンガ色のフードを被った若い男の姿」

監督「その赤い頭巾がロブサに小声で言った。まずい、ニネルケが捕まった」

ロブサ「なんだと?」

監督「止めるのも聞かずに、このままでは気が済まないと、赤い頭巾をかぶり、奴は北の国の軍の前に踊り出た」
ニネルケ「どうした、おまえ達がやっきになって探している赤頭巾の男がここにいるぞ! 撃ってこい、銃の弾でも、戦車の弾でも、俺を撃て、そして、倒せ、でなければ、おまえ達は無能な軍人と呼ばれて、明日には収容所送りになるぞ!」

監督「ニネルケは捕まった。ニネルケはゆっくりと顔を歪ませ、一瞬の恐怖の顔、そして、次の一瞬の負けじと笑う顔、突き飛ばされ、転がり、雪だまりに顔が突っ込む、そして、その上にのしかかる、飛びかかる北の国の兵士達、何人も」

ロブサ「助けに行く、赤頭巾をくれ」

葉山「ロブサ、この際だから言っておく、いくら幼なじみとはいえ、もうニネルケの事は諦めろ」

ロブサ「そうはいかない」

葉山「そもそも、あいつをみなと一緒に列車に乗せこの国を出るのはどうかと思っていたところだ」

ロブサ「どういうことだ?」

葉山「あいつは危険だ」

ロブサ「そんなことはない、俺にはわかる、あいつが好きな平和は、俺達が考える平和を越えた平和なんだ」

葉山「やつは、確かに立派な平和主義者だ。ただし戦いをこよなく好む平和主義者だ」

ロブサ「ちがう、それを俺が証明してみせる。助けに行く、誰か俺について来る奴はいないか?」

監督「だが、その呼びかけに、部屋にひしめく人々は誰一人応じることなく、俯き、沈黙するだけだった」

葉山「やめとけ、ロブサ、ニネルケの事は諦めろ、そもそもあいつの自業自得」

ロブサ「赤頭巾をくれ、俺は一人でも行く」

メラミル「私を連れて行ってもらえませんか?」

ボロンコ「メラミル!」

メラミル「私、行きます、そして、私が行くとなると、このボロンコも一緒です」

ボロンコ「お、おいおい」

メラミル「そうよね」

ボロンコ「そうだけど」

メラミル「これでも、山で獣を追いかけて獲って食べていた村で育ったんです」

葉山「再び長い梯子で今度は地上へ、ボロンコ達は車両が並ぶ納屋の中へ、ロブサは、軍用のジープにエンジンを掛けた」

ロブサ「後ろの席に赤頭巾がある、それを使うといい。これのおかげで奴らは我々の顔が印象に残らない。赤い物を探して、赤い物を捕らえようとする。路地を曲がって、頭巾を取れば奴らは見失う、そうして我々は生き延びた、この五年。それももう終わりだ」

ボロンコ「三百七名の北の国からの大脱出、勝ち目はあるものか…」

ロブサ「機関車を知っているか? 線路なき荒野を行く、蒸気機関車だ」

ボロンコ「私達はそれでこの国に来た」

ロブサ「あの列車を強盗する」

メラミル「列車強盗?」

ロブサ「列車強盗は列車に乗る人から金品を奪う、だが、我々はあの列車そのものを奪う、列車そのものの強盗だ」

ボロンコ「それで、そのままツンドラ地帯を駆け抜けるつもりか」

ロブサ「資金は貯まった。あまり後味の良いやり方ではなかったがな。何台もの軍用車両をこの国に送り込んだ。装甲車、高射砲、他の国の軍隊から買い取り、それをこの国に売る。その金で俺達はこの地下で暮らす家族を養ってきた……自分達が売った戦車の砲塔は、自分達の仲間である国民に向けられる、この国はそういう国。列車を奪うまであと二十時間。それまでにあの跳ね返りのニネルケを奪い返す」

ボロンコ「あと二十時間でこの国とおさらばするというのに、なぜ、今、捕まる」

ロブサ「あいつはそういう奴だからさ」

ボロンコ「私はこの北の収容所に五年いた。それこそ蟻の這い出る隙間もなかった。いったいここにどうやって忍び込んで、そのニネルケって奴を救い出すんだ?」

ロブサ「こういうところはな、出るのは難しい。だが入るのは簡単なもの」

声「動くな」

メラミル「はあっ!」

声「声を出すな」

ロブサ「背中に当てた銃を下ろせ」

声「銃なんか持っちゃいない」

ロブサ「なに?」

声「そこの竹林の枯れた太い枝だ」

監督「そう言われてロブサは振り返って、そこでまた驚愕した」

ニネルケ「あきれたな、ロブサ、もうこんなとこまで来たのか」

ロブサ「ずいぶん殴られ、蹴られたもんだな。まったくなんて顔をしてるんだ。俺でなければ、ニネルケ、おまえだとはわからないくらいだ」

ニネルケ「俺を助けには来るとはな」

ロブサ「どうして? 来るさ、助けに、おまえがいつも言っているじゃないか『赤頭巾の絆は絶対だ』と」

ニネルケ「俺は残る。この国は、この国の野郎は、なぜこんなになっちまった。なぜこうなることを誰も止めなかった。俺だけでもここに残って、この国を一からやり直す。ロブサ、長いつきあいだったな、楽しかった川遊び、橇で滑り降りた雪の斜面、橇は大破、俺もおまえも大怪我を負った。そのなにもかもの想い出も、今日、この時に二人の心の中に封印されて、二度と開くことはないんだ」

  と、遠くで汽笛の音。

ロブサ「まもなく強盗列車が出る、今、三百七人が乗り込んでいる」

ニネルケ「二十八秒間で三百七人が?」

ロブサ「機関車の前に、雪像を運び倒した」

ニネルケ「道をふさいだのか」

ロブサ「時間稼ぎにね、もちろんバックできぬように後ろもだ」

ニネルケ「で、発車するときはどうするつもりだ」

ロブサ「爆破して粉々にする」

ニネルケ「機関車は」

ロブサ「氷でできた雪像と鋼鉄の機関車、どっちが強いと思う」

ニネルケ「なるほどね、ロブサ、送ろう、機関車まではな。俺の車にあるだけの手榴弾を使って援護する。あとに続け」

SE 車が発進する音。

メラミル「あの人は、ニネルケはここに残ってどうするの?」

ロブサ「一人で闘うつもりだ、奴はそういう奴だ」

メラミル「北の国、全部を敵に回して」

ロブサ「奴はそれをやる男だ」

葉山「猛スピードで、電力がなく薄暗い街のメインストリートをアクセルを踏み続け、ハンドルを力任せに切り、タイヤを軋ませてロブサの車は行く」

ボロンコ「見えた! 機関車だ!」

監督「次の瞬間、全員が乗り終えた機関車の先頭に火柱が上がり、堰き止めていた氷の塊が吹き飛んだ、すぐ後、その機関車の後ろの小さな氷山もまた、爆発音と共に粉々に砕け散った」

  SE ドドーン! ドドーン!

  機関車の走り出す音。

監督「監督動輪が空回り、だがすぐに列車は急加速して発進した。頑丈な石畳が砕け、あたりに石の破片が飛び散っていく。機関車の後ろについて走るしかない、ニネルケ、ぎりぎりまで寄せて叫んだ」

ニネルケ「あの機関車に飛び移れ!」

監督「みるみる速度を上げて行く機関車。そこに全速力で近付いていくニネルケ達のジープ。機関車の乗客が後ろから追ってくるニネルケやロブサのジープに気がついた。集まってくる人々「早く」「急いで」「手を手を伸ばして、私を掴んで」」

ロブサ「掴んだ! すまん、引き上げてくれ! ボロンコ、続いて」

ボロンコ「ありがとう、捕まえた! 引っ張ってくれ、もう少し、もう少し!」

監督「無事に機関車に辿り着いたボロンコ、メラミルを振り返り」

ボロンコ「メラミル、こっちだ! もうすこし、もうすこしだ、メラミル、手を伸せ」

葉山「メラミルはボロンコに腕を掴まれ、客車の後部へとようやく辿り着いた、だがその瞬間」

メラミル「ボロンコ!」

ボロンコ「どうした?」

メラミル「私、今、とても大切な決断の瞬間にいる。一つはこちら側で生きていくことか! そして、もう一つ、この手を放して、あそこにいるニネルケと共に生きることか! 今の私は迷わず答える! 私は、私はこの手を放す、ニネルケの車に戻る、それに後悔はしない!」

ボロンコ「メラミル!」

メラミル「ありがとうボロンコ、さようなら、先生」

監督「メラミルは機関車の客車の最後尾を蹴った、そのまま背をのけぞらせ、思いっきり背後で待ち受けるであろう、ジープのボンネットの上に見事に落ちた、すぐさまフロントガラスにしがみつく。その時、列車の後ろから誰かが布を投げた、真っ赤な布、ひらりと舞い、それをボンネットにしがみつくメラミルの手がはっしと掴んだ」

ボロンコ「赤頭巾!」

監督「その赤い布を手に、ボンネットを越え助手席へと転がり込んだメラミル、やがて、そこからゆっくりゆっくりと赤い頭巾を被った女性の後ろ姿が起き上がった」

ボロンコ「……あれは!」

葉山「風に赤い布をなびかせ、緩やか振り返る赤い頭巾、頬が見え、切れ長の瞳の長いまつげが風になびく、その奥に目、瞬きもせず、ただ一点を凝視する目、宿る決意、潜む敵意、それは鋭く、射る、刺す、そして、貫くほどのかつて誰も見た事がない、赤頭巾の目。狼を見据える、その目。だがそれも一瞬のこと、そこには微笑み、その顔は見なれたメラミルの豊かな微笑み」

メラミル「ありがとう、先生、私はここに残る。この国で頑張る人が、ここにいる。私のこれからの人生を賭けてみようと思う人に、出会えた気がする。ありがとうポールボロンコ」

ボロンコ「メラミル!」

メラミル「私達の村に伝わる言葉があるの、私がとても好きな言葉、聞いてボロンコ、それはね」

ボロンコ「それは!」

メラミル「おそれを知らぬ陽気なヤギが一頭の痩せたロバを救い、痩せたロバ、世界を救う」

ボロンコ「おそれを知らぬ陽気なヤギが一頭の痩せたロバを救い、痩せたロバ、世界を救う、メラミル……幸せに、そして、死ぬな」

監督「メラミルが客車の後尾に集う人々に向かって言い放った」

メラミル「聞こえるか、この車は北の国に戻る。そして、闘う、力の限り、命の限り。少なくともニネルケはその覚悟だ。その列車に乗って新天地で穏やかな日々を暮らすもいいだろう、だが、ここはあなた達がこれまで暮らしてきた、想い出がつまった国、なによりも、この世に生を受けた国。ここで生ろと、この地でがんばれと、歯を食いしばって、生きてみるがいいと、この場所に選ばれあたな達は生まれた、この先どうなるかはわからない。それでも、なんとしてでも、この土地を、この国を蘇らせようじゃないか、自分達の国を、生まれた故郷を、この手で、汗を流し、涙をぬぐい、今一度、我が手に、この国を取り戻してみないか!」

監督「列車の最後部、押し寄せる人々で、ごったがえしていた身を乗り出し、列車の後方を蛇行する車の助手席に立つ、真っ赤な頭巾を被った女のあらんかぎりの叫び、彼女は訴えた、それが、動かした、人の心を、人の体を、人の思いを、人であるために忘れていたなにかを、突き動かした。そして、さらに彼女は最後の力を振り絞って、天に向かって拳を突き上げた」

メラミル「長きにわたり、日の当たらぬ地下において虐げられし者達よ……今こそ、今こそ(絶叫)我に続けぇ!」

監督「人々は列車の最後尾から、飛び出した。ある者は地上に転がりながらも、蛇行するジープにしがみついた。ある者はジープのボンネットに着地した、その上にもう一人、さらにその上にまた一人」

ボロンコ「赤き者が貫く、空を、大地を、人の心を、そして、そこにこそ、また一つ新しい、人の平和が、暮らしが、微笑みが待っている」

  曲。

葉山「キシリはこの街やはり漁港へと向かった。魚の市場の裏の壁、これでもかとばかりに張られている、王子シロンの顔写真と注意書き」

キシリ「(それを読み上げる)カッサブ王国王子、シロン・カッサブ、台風サファイアが襲った夜より行方不明……」

ボンパ「シロン、あの嵐の夜、旅立って行ったシロン・カッサブ」

シロン「僕は旅立ちます。ここに居たら気が狂いそうになる」

キシリ「ねえワンパ、シロン王子はどこに行ったんだと思う?」

ボンパ「キシリ、もしかして、もしかして、君はシロンを主人公にしてグランギニョールを作ろうとしているのかい?」

ドードー「シロンを主人公にお芝居を?」

キシリ「誰かこの貼り紙の少年を見かけた人はいませんか?」

監督「この貼り紙の王子かどうかはわからないがな、港の食堂の裏で、残飯を回収していた男。あの嵐の夜、一人、男の子を船でこっちの大陸へと運んだ男の事なら聞いた。そんな密航を専門に扱う伝説の男が居るって話しはずいぶん前から、あちこちの港で噂になっていた。なんでもその男には腕が四本あるという」

キシリ「(大興奮)四本腕! 密航専門の伝説の男?」

監督「四本腕の男は舵をなくした小舟に乗り込んだ。何人かの仲間と一緒にな、海の上を漂うこと四十日、近くを通りかかった漁船に発見されたって話だ。その時、小舟に乗っていたのは、四本腕の男だけ、何人かいた仲間の姿はなく、船の底には無数の骨、骨、骨」

キシリ「あった! 物語が! それは私が探していた物語!」

監督「だが、その四本腕の男は警察で取調中に脱走、今は行方知れずという」

グロッソ「ほほう、でかした、いい話だな、キシリ。素晴らしいじゃないか」

レイコ「シロン王子が王宮から旅立った話、この噂話を知らない者はいないよ、キシリ(でかした)」

グロッソ「四本腕の男となると、操る糸もちと増えるが、なあに、見た事もない動き、お客が気味悪るがらせることもできるってわけだ」

葉山「次の日から、朝の買い出し、朝御飯の準備はすべてボンパの仕事となり、キシリは新作の台本執筆にかかりきりとなった。それでも、昼近くなると、ドードーを連れて街へと今宵のグランギニョールの宣伝に出かける」

ボンパ「残酷だよ、残酷な人形劇がやってきたよ」

ドードー「ドードー、ドードー」

ケルビン「うわ、なんだこの鳥」

キシリ「変な鳥でしょう」

ケルビン「別に変じゃないよ、このぐわっと曲がった嘴が、すごく格好いいよ」

キシリ「今晩、僕が大好きな残酷な人形劇に君も来てくれないかなって、鳴いてるのよ、ドードー、ドードーって」

ドードー「そんなことは朝から一言も言ってないよ」

ケルビン「でも、僕はお金がないから」

キシリ「お父さんやお母さんにもらって、見においでよ」

ケルビン「お父さんは居ない、お母さんは働いてる。僕も本当は仕事を抜けて来ているくらい、でも、とっても見たいな、いいな、いいな、きっと面白いんだろうな」

ドードー「ねえ、ボンパ、この子を今晩、そっと劇場に入れてあげることはできないかな」

キシリ「宣伝を手伝ってくれるとかしたら、考えてあげてもいいけどね」

ボンパ「君、名前は?」

ケルビン「僕はケルビン」

ボンパ「ケルビン、やってみな、大きな声で、みんなに呼びかけるんだ」

ケルビン「さあさあ、街のみなさん、お仕事中、お昼寝中、お騒がせして誠に申し訳ございません。こちらはグロッソのグランギニョールの宣伝でーす。街から街へ、世にも恐ろしくて、楽しい人形劇をお見せしている一座が、今週はとうとうこの街へとやって来ました。もう御存じの方は御存じ、そして、目にされる方は、なんだこれはと思われるかもしれません。ケルナル広場に一夜にして現れた、七つの色のプリンのお化け。そうあれこそが、グロッソグランギニョール。怪奇人形劇場なのです」

ボンパ「ケルビン、うまいじゃないか、いいぞ、その調子だ」

ケルビン「ここでドードー、ドードーと鳴くコロコロとした鳥、こんな鳥、見たこともないし、誰も知らない、羽根も短く飛ぶこともできない。はいはいはい、みんな、あんまり近づき過ぎない、近づき過ぎない!」

キシリ「さあさあ、グロッソグランギニョールのテントにようこそ。皆さん、押さないで、押さないで、テントの横にずらっとお並びください」

ケルビン「キシリさん」

キシリ「ケルビン、来てくれたの? ありがとう!」

ケルビン「でも僕、やっぱりお金ないし」

キシリ「いいのよ、だって今日、宣伝のお手伝いをしてくれたじゃない」

ケルビン「本当に? 本当にただで見られるの?」

キシリ「(唇に人差し指をあて)しー!」

ケルビン「(小さな声で)ありがとう」

キシリ「本日は御来場、誠にありがとうございまーす。お子様一名様、ずいぶん素敵なお召し物ですね」

ケルビン「ああ、これかい? これは僕の二番目のお兄ちゃんの一張羅をちょっと借りてきたんだ。いつもの格好のままじゃ、なんだかもったいない気がしてね。だって今夜、僕は街の広場でグランギニョールっていうお芝居を見るんだから」

ボンパ「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、果物はいかがですか? 果物は…(と、ボンパ、ケルビンを見つけた)ケルビン!」

ケルビン「ワンパ!」

ボンパ「来てくれたんだね、さあ、こっちの席に座りなよ。ここが本当は一番よく見える席なんだ。それから、このマンゴーをあげるよ。お芝居が始まって悪い奴が出てきたら、そいつにぶつけるんだよ、思いっきりね」

コロス17「殺せ!」

コロス18「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

コロス19「叩き殺せぇ」

ケルビン「(息荒く)は、は、は、は」

コロス「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

ケルビン「殺すな! 殺しちゃダメだ! 誰も、誰かを、殺しちゃダメなんだ!」

監督「ケルビンはそう叫んで、手の中の腐った果物を真上に、テントの闇へと投げ上げた。だが、その果物はいつになっても落ちては来なかった」

ボンパ「どうだった、ケルビン、グランギニョールは」

ケルビン「体が熱い、でも、頭の中はもっと熱い。汗が出た、涙もでた、なんでかよくわからないけど。でも、ありがとう、さようなら、キシリさん、ボンパ、そして、ドードー本当にありがとう」

監督「だが、この時、ボンパはこのケルビンと長い旅を続けることになろうとは思いもしなかった。そのきっかけとなったのは、その夜、ケルビンの母がグランギニョールのテントに訪ねてきたことがはじまりだった」

マトリカ「息子のケルビンが…夕飯の時間になっても、帰って来ないんです」

監督「(住民)おまえさんのとこの変な鳥について歩いて、そのまま行方不明なんだよ」

コロス「子供をどこへやった!」

コロス「おまえ達、子供をさらって劇団員としてこきつかうつもりだな」

レイコ「そんな、そんなことありません」

コロス「昔からいるんだよ、この手の輩が、子供をさらってどこかへと旅立つ」

グロッソ「そんな犯罪を、我々が?」

コロス「家の隣の鶏が四羽いなくなった、あれもおまえらのせいだろ」

レイコ「濡れ衣です」

マトリカ「返してください、私のケルビンを、可愛い息子を、返してください」

コロス「人さらいめ」

マトリカ「ケルビンはどこですか?」

ボンパ「家に帰ってるはずです」

マトリカ「帰っていないから、探しに来てるんです」

コロス「返せ、子供を」

コロス「ケルビンはどこだ?」

コロス「醜い男は心まで醜いのか!」

グロッソ「その尖った鋤や、包丁を下ろしてください、我々はなにもしません」

コロス「子供を返せ、でなければ、明日、このテントをゴミの山に変えてやるぞ」

監督「言いたいことだけ叫び散らし、住民は帰っていった、そして一人残ったのはケルビンの母」

マトリカ「息子を、返してください、かけがえのない、私の息子なんですよ」

葉山「グロッソはキシリとボンパに言った」

グロッソ「おまえ達、なんとしてもそのケルビンって子を見つけるんだ。でなければ俺達はこのままでは犯罪者扱いだ、いいか、見つけるまで、帰ってくるんじゃない」

ドードー「なんだよ、自分が出来るだけ大きな声をだして、人を集めるんだって言っておきながら」

ボンパ「ケルビン…いったい、どこへ」

ドードー「街の鳥達に聞いてみるのはどうかな、ボンパ」

監督「ボンパは広場にパン粉を撒き、そこに集まってくる鳥たちに聞く」

ボンパ「子供を捜しているんだ、見てないかな、ケルビンていう子、背はこれくらいで」

葉山「ボンパはあちこちでパン粉を撒き、数多くの雀達に聞いてはみたが、みんな」

監督「知らないね、わかんないよ、だいたい人間の顔なんてよく見て飛んでるわけじゃないからね、あいつらが俺達のことを、みんな同じ雀に見えるって思ってるのと同じさ、人間の顔なんて、みんな同じに見えるのさ」

葉山「小鳥達への聞き込みは収穫なしに終わったが、ケルビンの目撃者は街の教会の裏路地で見つかった」

監督「(猫の鳴き声)にゃあ!」

キシリ「猫?」

監督「我が名はガブリエル。この街の教会の裏路地で生まれ、人々の恵みのパンで大きくなった」

ボンパ「ガブリエル、聞かせてくれないか、君は見たんだね、ケルビンの姿を」

監督「(ガブリエル)見た、夜遅くにね、こっちだ」

葉山「猫は教会の重く分厚い裏口の扉のわずかな隙間に体をねじ込む」

ボンパ「教会の中?」

監督「聖堂の中、ひと気はなく、ひんやりとした空気、正面、そして左右の壁を彩るステンドグラス」

キシリ「この中に…ケルビンがいるの?」

監督「(ガブリエル)いや、ここはただの私の通り道、ここを通るのが近道なんだ」

ドードー「なんだよ」

監督「だが、見たまえ」

葉山「ガブリエルが足を止めて、左の壁いっぱいに正面のドアから、後ろのドアにかけての長い長いステンドグラスの絵を仰ぎ見る。ボンパ達も足を止めて見た」

監督「先頭に居る笛を吹く男、そして、それにはしゃぎながら続く子供達。さらに続くネズミの群れ。これはこの街に古くから伝わる寓話を描いたもの。笛を吹き、街中を練り歩くと、子供達が続き、ネズミが続く、この笛吹き男に付いていった子供とネズミは二度と街に戻ることはなかったという。昔、この街を伝染病が襲った。病を運んだのはネズミ、街の人々はネズミを片っ端から殺した。毒を盛った餌、煙でいぶし出す、様々な方法を使って。殺して、殺して、殺しまくった。そして、子供達だ。親は病にかかった子供を捨てた。この街の人々は子供がいなくなるのは、誰かのせいだと信じている。笛を吹く男がなんの罪もない子供達を連れ去ってしまうものだと信じている」

ドードー「ドードー、ドードー」

監督「この街にやってきた、見たこともない鳥が、子供達を連れ去っていったと人々は言う」

ボンパ「ドードーが人さらいだと?」

キシリ「どうして? どうしてケルビンは連れ去られなければならなかったの? 今また、この街に伝染病が流行っているとでも言うの?」

監督「ああ…この伝染病はこれまでの伝染病とは違う、微笑みを帯びる伝染病。この病にかかった人々は、どんなことでもする。どんな酷いことでもね。そう、この伝染病の名前は、金だ」

ボンパ「金?」

キシリ「金という名の伝染病」
監督「少年はその伝染病の被害者だ。彼は売られたんだ、親にね、食い扶持を減らすためにも、少しばかりの金のためにも、彼は売られていく。来たまえ、彼はまだここに居る」
葉山「町のどぶのような淀んだ水路に浮かぶボロ船の中へとボンパとドードーとキシリがこっそりと侵入する。そこで手首を縄できつく縛られ、水の入ったアルミのお椀の側で、うずくまる子供達を見つけた。彼らの瞳は完全に光りを失っていて、さあ、ここから逃げろとボンパが言っても、動こうとはしない。彼らは口々に「どうせ、どこに行ってもダメだ」と言うだけだった」

ボンパ「ケルビン、ケルビン、しっかりしろ」

ドードー「ドードー、ドードー」

ケルビン「ドードー…(はっきりと)ドードー!」

ドードー「そうだよ、ドードーだよ、僕はドードーだよ」

ケルビン「ドードー! どうしてここへ?」

ドードー「ボンパ、こっちに誰かが、誰かが来るよ」

ボンパ「逃げよう、早く!」

  曲。
  湾岸へ

ウラジロ「静かにしろ! 声を立てるんじゃない、殺されたくなかったらな」

監督「よ、四本腕の男、わ、わかった、わかったから首を押さえるのをやめてくれ」

ウラジロ「俺のことを嗅ぎ回っている小娘には会ったか?」

監督「人形劇団の女の子」

ウラジロ「人形劇団?」

監督「今、街の広場に来ている、グロッソグランギニョールの」

ウラジロ「グロッソグランギニョール、グロッソグランギニョール、グロッソグランギニョール……」

葉山「グロッソグランギニョールのテントの中、新作『青い海で飲む赤い水』の稽古中」

グロッソ「そうだ、俺には腕が四本ある。俺は生まれつきの四本腕。俺はこの体のために、いつも独りぼっちだった。生きるためにこれまで、どんなことでもやってきたさ。海の上で食べ物がないだと? 目の前に肉があるじゃないか、さあ、食え、これを人間だと思うな、海亀の肉だとでも思って食うんだ。なんだ、どうした、誰も食わないのか? 人として食えない? 人として? 俺は、俺は人だ!」

レイコ「(母)ウラジロ、ウラジロや」

ウラジロ「海の上に、浮いているあの女の人形は…」

レイコ「ウラジロ、ウラジロや」

グロッソ「母さん!」

ウラジロ「母さん? そうだ、俺はあの時、人の肉を目の前にした時、母さんを思った。俺は母さんと話をした。なぜ、それが、こいつにわかる?」

レイコ「キシリの書いた脚本にウラジロの母はいない」

グロッソ「良いんだ、これで良いんだ奴は見たんだ、母の姿を、俺にはわかる。…おまえは、この作品で、歪んだ男が夢見る母をやるんだ。それは優しい、それは美しい。歪んだ男の中の母の姿」

ウラジロ「母さんの姿…」

グロッソ「見るな! 俺を見るな! 母さん!」

レイコ「私はおまえをこの世に生んだことを後悔はしていないよ」

グロッソ「俺だって生まれてきたことを悔やんじゃいない」

ウラジロ「悔やんだりするものか」

グロッソ「生まれてきて、良かった。俺は感謝している」

ウラジロ「生まれてきて、良かった、本当に良かった」

グロッソ「たとえそれがどんな姿であったとしても」

ウラジロ「たとえ、四本腕であったとしても」

レイコ「本当かい?」

ウラジロ「本当だ」

グロッソ「本当です」

ウラジロ「だからこそ、生きたい、精一杯」

グロッソ「だから俺は食う。生きるため。それが人の肉であったとしても」

レイコ「食べなさい」

ウラジロ「母さん」

グロッソ「母さん」

ウラジロ「でもね、母さん、世間の奴らは俺の生きるこの方法を許しはしない……この芝居を持ってあちこちを周られたら、自分が人肉を食べて生き延びたことが、世界中に知れ渡ることになる」

葉山「ウラジロは油を買う。両手に、いや四つの腕の諸手に四つの樽を下げてテントの裏に戻る」

ウラジロ「この芝居の上演をなんとしてでも……止めさせる、どうしても、どうしても」

レイコ「まっとうな人間に生まれなかったおまえ、だから、まっとうではない生き方が、おまえのまっとうな生き方」

葉山「ウラジロはテントの裏に油を撒きながらも、自分の目から涙が溢れて止まらないことに驚いていた」

レイコ「食べることに必死な者だけが、明日の朝の日が昇るところを見ることができるのよ」

監督「そして、テントの端に火が放たれた」

ウラジロ「これで…よかったんだ……これで…」

ボンパ「急いで、早く!」

ドードー「ボンパ、なんだか、あっちの空が赤いよ」

ボンパ「なんだ? なにを騒いでいるんだ?」

コロス「火事だ、火の手が上がっているぞ」

コロス「広場で火事だ」

コロス「人形劇団のテントが燃えてる」

コロス「火事だ、火事だ、火事だぁ!」

ボンパ「火事? テントが? キシリ、ケルビンを家まで送って行って、僕は劇場に戻る」

ケルビン「僕も行く、行っていいよね、ワンパ」

キシリ「ケルビンは家に帰らない方がいい。お母さんに、私が話しをしなければならないと思うから」

ボンパ「わかった、ケルビン、行こう」

キシリ「ドードー、おいで、だっこしてあげる」

ドードー「だっこ? え? キシリにだっこされるのなんて、もしかして初めてかも」

監督「キシリがドードーを抱えてケルビンの家へ、腕の中のドードー、頬に当たる胸の柔らかさ、髪から香る甘い匂い。これが…生まれて初めて少女のぬくもりをドードー鳥が感じた瞬間。だが、これもまた一つの運命、この瞬間は同時にドードーがキシリのぬくもりを感じた最後の時」

キシリ「こんばんは、グロッソグランギニョールの者です、お子さんが、見つかりました、ケルビン君を発見しました……ご迷惑だったかもしれませんが」

マトリカ「余計なことを」

キシリ「余計なこと?」

マトリカ「あんた達は子供を連れ去ったわけではないと、子供が居なくなったのは自分達のせいではないと、最後まで弁明してこの土地を去ればよかったんだ」

キシリ「そんなことはできない」

マトリカ「そうすれば、あんた達の名前は子供をさらってしまう恐ろしい怪奇劇団として語り継がれ、次にこの土地を訪れた時、人々は怖いモノみたさに、そして、子供達も誰一人よりつかないくせに、様子を探りに来る、そんな劇団になっていたはずだ。そして、そんなことがありながらも、人々はテントに集う、あんた達にとっても願ったりかなったりじゃないか」

キシリ「街の皆さんは、手に手に腐った果物を持って、今度はそれを人形ではなく私達に向かって投げつけることになるっていうの?」

マトリカ「その時、あなた達の劇団そのものが、聞くも恐ろしい街の伝説の劇団となってこの地に訪れることになる。黙って去ってくれればよかったんだ。あの子、ケルビンが帰ってきたところで、またあの男達に引き渡さなければならない。もうすでにもらうものはもらっているのだからね、半分は貯まりに貯まりった家賃に、半分は残りの兄弟達が口にする食べ物に変わるんだよ」

キシリ「あの子を…ケルビンを売ったんですね、あなたは、あなたという母親は」

マトリカ「しかたがなかった。人買いの男にうちの子を全員並べて見せた。一番高値がついたのがあの子、ケルビンだった。三番目の子、ケルビンだった」

キシリ「だからって、親は子供を売るんですか!」

マトリカ「なにもかもが知られてしまった以上、しかたがない、怪奇人形劇団の明るい元気な娘さんは、この街の路地の裏で迷子になったっきり帰ってくることはなかった。って、ことだ」

   SE 火事の喧噪 火の燃え盛る音。

ケルビン「燃えてる! テントが燃えてるよワンパ!」

葉山「炎の勢いは増すばかり、テントの正面に掲げられているドードー鳥のシルエットの看板『グロッソグランギニョール』と書かれた文字がたった今、炎の中で、焼け落ちた。グロッソやレイコ、劇団員のギルバキア、スタントン、ユモシはもちろん、モグマ爺さん、メズロ婆さんもまた懸命に火を消そうとしてはいるが、燃えるテントの中に足を踏み入れることはできない」

監督「そんな中、それでも、燃え落ちる布をかいくぐって突入するグロッソ、頭に肩に落ちた火の付いた布、グロッソの布のマスクを燃やす。そのマスクの下から現れるエレファントマンの素顔。燃えさかるテントの中の異形の男。その姿は、消火に駆けつけた街の人々からは、はっきりと見えた」

コロス20「化け物だ!」

コロス21「人の形をした悪魔がいる」

コロス22「化け物が炎の中に居る」

葉山「手にしている水の入った桶を投げだして、次々に火事場から逃げ出していく街の人々」

ウラジロ「燃えろ、燃えろ、燃えろ、こんな物語は真っ赤な炎の中で燃え尽きてしまえばいいんだ!」

  SE バチバチバチバチ……

ボンパ「燃えている、テントが燃えている」

グロッソ「人形達だけは、人形達だけは醜い姿にさせはしない」

ボンパ「僕も行く」

ケルビン「ワンパ!」

ボンパ「ケルビンはそこに居て、来るんじゃない!」

ウラジロ「燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ……」

監督「崩れていくテントの中、ボンパはグロッソと共に、人形を一体でも多く救い出そうとする、だが人形を操るための糸がからまり、もつれる、長い衣装の裾に火が付き、炎は広がり、燕尾服のしっぽ、ドレスの裾、長く伸ばしている髪、手離そうにも、人形達から伸びる操りの糸が絡み合い、落ちることなくゆらゆらとボンパの足下で揺れる、仲間はずれにしないでぇ、見捨てないでぇ、聞こえぬ声を上げ、からみあう人形達、紅蓮の炎に舐められ、人形の腕や足を繋いでいた糸が次々と焼き切れ、解体されたごとく、ばらばらの部品となり果てた、ボンパの足下へ次々転がっていく。腕だった腕、足だった足、すぐにそれが元はいったいなんだったのかすらわからない、四方八方、見渡す限りの炎、炎、炎、炎…グロッソグランギニョールの劇団員達の阿鼻叫喚、人形達は物語のためではなく、熱い風に髪の毛をなびかせ、思うがままの感情をむき出しにして顔を歪ませる。彼らを救いに来たボンパの方が、巨大な少年の形をした人形に思える。ここで立ち尽くすボンパ自身が、誰かに操られている人形なのではないか、自分は今、ただこの炎の中にただ立っている。地面が見えない、炎で見えない。立っているという実感はどこに、炎の中に漂っているようにしか思えなくなる。不意にボンパは上を見上げる。あの遙か上、なにもかもが、誰かに操られているのではないかと、この瞳に映るものすらも、本当は誰かが僕に見せている、悪夢なのではないのか、上を見上げたままのボンパ。自分を操っているであろう糸、そこにいったい誰がいる、炎の中、ただ一体の人形すら助け出せない、自分はいったいなぜここにいる、呆然と立ち尽くしているボンパを遙か上の闇で、笑っている。唇の端を歪めて笑っているあなたはいったい誰だ。この僕の人生は、本当に僕の人生なのか。ボンパに向け大きな支柱の丸太が炎を荒々しく吹き出て燃えさかりながら、ゆっくりと傾いてきた」

ボンパ「あ、ああぁぁぁ」

監督「ボンパはその場から駆け出そうとするが、その時、自分の体が思うように動かない。自分がそれまでどうしていたのか、どうやって動いていたのか、立つとはなにか、歩くとはなにか、走るとはなにか、逃げるとはなにか、守るとはなにか、そして……生きるとはなにかがわからない、わからなくなっていた。ボンパ・アルカイエ、十二歳の少年を押しつぶすかのように燃える丸太は襲い、左肩から背中、右の尻にかけてまずは激しい衝動、そして、それが痛みなのか、熱さなのか区別がつかない、だが、ボンパはそこで自分の体が焼ける匂いをはっきりと感じた、後ろ半分が失われていくのがわかり、それが二度と戻らないのではないかという恐怖が心を満たした」

ボンパ「(ここから痛み)ああああぁぁぁぁ」

  SE ノイズ、曲、カットオフ。

  ボンパの悲鳴だけが赤い明かりがゆっくりと消えていく中で響く。

ボンパ「ああああああぁぁぁぁぁ!」

  曲、一度盛り上がって、おさまり。

ケルビン「あ! ワンパ! 気がついた?」

監督「目覚めるボンパ、背中に走る激しいびりびりとした赤い痛み」

ボンパ「ああっ、ううぅ…」

ケルビン「ワンパ! 大丈夫?」

  と、ドードーが離れたところで、

ドードー「ドードー、ドードー」

ボンパ「ドードー…ドードー、どうしたんだい、こっちにおいでよ」

  だが、ドードーはボンパの側へと寄りつこうとはしない。

ケルビン「ドードーはね、ワンパのやけ焦げた匂いがたまらなくて、こっちに来ることができないんだ」

ボンパ「僕は、やけ焦げた?」

   そして、スクリーンに直接、赤とオレンジの明かりが当たる。

   曲、いったん下がり、

ボンパ「僕はやけ焦げた?」

  暗転。

  暗闇の中、ドードーの声。

ドードー「ドードー、ドードー。ボンパ、ボンパ、聞こえるかい? ボンパ、あのね、キシリは……死んだ。本当さ、僕は見た。このクリクリとした丸い目で。キシリが死ぬところを、キシリが殺されるところを、見たんだ」

  ドードーにサスが入る。

マトリカ「許してね、私を」

キシリ「は、はぁ!」

マトリカ「許してね、許してね、でも悪いのはあなたよ」

キシリ「あ! ああ!」

マトリカ「まだ、動いている……なかなか死なない」

キシリ「もういい、もういい……もういいから来ないで、来ないで、来ないでぇ!」

マトリカ「すごい血の量、流れ落ちていく、あまり道を赤く汚さないでね、あとで掃除するのが大変だから」

キシリ「はあ、はあ、はあ、はあ、ドードー、来ちゃだめ、逃げて……逃げて」

ドードー「ドードー! ドードー!」

マトリカ「私はこんなことをする人間じゃなかった、でも、私は母になった、あの子達の母に。ロネ、アンダース、ティム、ニコレッタ、モニカ、そして…ケルビン、許しておくれ、おまえを手放した母さんを。なんでもするから、許しておくれ、たとえ、人を殺すことだって、なんでもするから、なんでもするから(刺す)はぁ!(刺す)はぁ!」

キシリ「あう! あうぅ! 神様……神様、まだ、ですか?」

ボンパ「キシリ!」

キシリ「でもね、ボンパ、私は本当のことを言うと、神様なんて信じてないんだ。だからね、こんな時に、みんなはきっと、神様の元へ召されていくんだろうけど、そんなの信じていない私は、どこへ行くんだろう。
私、どこにも行くところがなくて、一人ぼっちで迷子になっちゃうのかなあ」

ボンパ「そんなことはない、そんなことはないよ、キシリ」

キシリ「私はいったい、誰の元に」

ボンパ「キシリ、君が行くところは、ただ一つ」

キシリ「誰の……元に」

ボンパ「キシリ、おいで」

キシリ「誰の…元に」

ボンパ「(叫ぶ)ドードーの、旗のもとにぃ!!」

キシリ「ボンパ!」

ボンパ「ドードーの旗のもとに、僕達は集うんだ、いつの日か、必ず!」

葉山「死亡報告、性別、女性、年齢、推定十四才、住所不定、職業、旅回りの人形一座、名前、キシリ・リベラ」

グロッソ「いえ、その子の名前はキシリではありません。本当の名はイザベラ・ヤン、九才になる日、八人の兄弟を抱える彼女の父と母は、借金取りの男達に彼女を引き渡しました」

レイコ「残酷だよ、人間がどれだけ酷い生き物なのか、とくとご覧あれ」

グロッソ「この子の寝言を私どもはよく聞きました」

キシリ「間違いだよね、お母さん、嘘だよね、お父さん、私は信じないよ、そして、私は信じているよ、お母さんのことを、お父さんのことを」

レイコ「残酷だよ、目を背けたくなる、悲劇がここにあるよ」

グロッソ「とある街で人形劇の公演が終わり、テントをたたんで移動しようとした時、なにもない広場にこの子が立っていた。やせっぽちでぎすぎすのよく喋る女の子が一人、親から逃げてきた子供が一人」

ボンパ「キシリ、ドードーの旗のもとで…笑ってくれ、僕に笑って、みんなに笑って、笑って、笑って、君は笑っている方が……綺麗だ」

  立ちつくすボンパ。

  キシリの明かりが落ちていく。

ドードー「ドードー、ドードー、ドードー、ドードー、ドードー、ドードー、ドードー、ドードー……」

  暗転。

  シロンの激しい息づかい。

コロス23「どこへ行った」

  明転。

コロス24「探せ、そう遠くには行ってないはずだ」

コロス25「あいつを捕らえるんだ」

コロス26「金になる」

コロス27「金は俺がもらう」

コロス28「いや、俺だ」

コロス29「尋ね人、シロン・カッサブ」

コロス30「年齢11歳、今年4番目にして、観測史上最大の台風サファイアが接近した日より、カッサブの王宮から忽然と姿を消した」

コロス31「確かな消息の情報については三千、生存している王子を傷ひとつつけることなく、無事に保護し、カッサブ国の使者に引き渡したら、七万の謝礼」

コロス32「七万の謝礼」

コロス33「七万の謝礼」

コロス34「あいつこそ、海底油田の亡者、フィー・カッサブの息子、シロン王子だ」

シロン「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

  そして、登場する大型犬ロビンソンを連れたウイリアム・リー。

  犬の独特の呻り声。

ロビンソン「ふぅぅぅ…御主人、二人増えました」

リー「大人気だな、シロン王子」

ロビンソン「見知らぬ夜の街、路地裏、子供の足、追っ手は土地勘のある者達、そして、大人数。これでは時間の問題かと」

リー「それはそうだな。しかし、これは良い手だったな、やっきになってあの王子を自分で探し出すよりも、探している奴らの後を追えば、おのずと王子は見つかる。追っ手の連中とて、自分に追っ手がついているとは夢にも思うまい」

ロビンソン「行きましょうか」

リー「行こうか」

  再び走り出しているシロン。

シロン「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

葉山「シロン、建物の屋上から、隣の低い屋上に向かって、ジャンプ、洗濯物が干された交差したロープ、そこに飛び込み、二度三度バウンド、転がり落ちて走り出す」

シロン「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

葉山「屋根の斜面を滑り落ち、シロン、体は勢いがついたまま、屋根の端から宙へと放り出された」

シロン「はあぁ!」

葉山「階下のベランダ、並べられた植木鉢を粉々にして倒れ込む、窓の向こうオレンジ色の光が灯る部屋「なんなの?」「どうしたんだ?」こちらへ向かってくる男女のシルエット、シロンはベランダの外に飛び降り、また駆け出す。路地裏へ、店と店の間、カーゴを蹴散らし、つまづき、起き上がり、また走る。が、追っ手は確実に距離を縮めてくる、確実に、着実に」

シロン「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

監督「ロビンソンは追っ手の男達のふくらはぎにくらいつく。地を這うように走り、障害物を右に左にと避け、突進、膝の後ろの肉を噛み千切る。ロビンソンの口の中、血の滴り落ちるそれを吐き捨て、次の追っ手の足下を目指す。あちこちで起きるのは男の短い悲鳴、強烈な痛みから発する、息を呑む声。ロビンソンは足先の爪が石畳の道に当たる小さなカツカツカツカツ…という音を響かせるだけで、追っ手の男達は目の前にいた男や、すぐ側に居たはずの男がふいにその場に崩れ落ちていくことをなんら不思議に思うこともない」

葉山「一方のシロン、もう駄目だ、これで捕まってしまうと観念しながらも、それでも走る足を止めない、だが、いつしか自分を追ってくる気配が急に途切れてしまったことに気づき、ようやく振り返ってみる余裕ができたのだった」

シロン「あの、僕を追っていた男達が……一人もいない、よし、この隙に!」

監督「そのシロンの目の前に、立つ人影」

リー「初めまして、シロン王子、そして、ここまでだ」

シロン「おまえは?」

リー「おまえは…誰? と聞きたいのかな? 名前なら教えよう、俺の名はL、E、Eと書いて、リー、そいつはロビンソン」

シロン「犬、後ろに、いつの間に」

リー「忠実な僕(しもべ)だ」

ロビンソン「(唸る)うぅぅ…」

シロン「口から血が出てる」

リー「それはロビンソンの血じゃない、おまえさんを追ってた者達の血だ」

シロン「殺した…ってこと?」

リー「そんな物騒な。殺しはしないさ、立ち上がれなくはなっているがな」

シロン「おまえもどうせ僕を捕まえてもらえる報奨金が目当てなんだろう。さっさと僕の王国の者に連絡をつけたらどうだ?」

リー「王子の父、カッサブの使いの者は、知らせりゃそれこそ、すっとんで来るさ。問題はアルカイエの残党、反乱軍の者達だ」

シロン「反乱軍?」

リー「アルカイエがカッサブに乗っ取られて、三年近い月日が経った今も、前のアルカイエ王に忠誠を誓う者、また家族や恋人をクーデターの最中に失った者が、この大陸の地で活動を続けている」

シロン「そいつらと僕がなんの関係が?」

リー「反乱軍の奴らは、カッサブを王の座から引きずり下ろして、今一度、アルカイエの国を再建しようと虎視眈々と狙っている。あの非道なカッサブ王が、それこそ目に入れても痛くないほど溺愛している息子、王子シロンの身柄をその反乱軍が手に入れたとしたら?」

シロン「僕を人質に父を脅す」

リー「そうしたいのは山々だが、いかんせん、奴らは金がないときている。なにせ寝耳に水のようなクーデター、命からがらこの大陸へと逃げ延びて、そこから仲間を集めるも表立っての活動などできはしない。
近隣諸国は皆、カッサブの国の海底油田から採れる油がなければ、産業が成り立たないときているからな」

リー「腹は減ってないのか、王子様。もっとも、堅いパンしか持ち合わせちゃいないが」

シロン「食べる、いただけると嬉しい」

リー「ほらよ」

シロン「ありがとう」

リー「王宮でさんざん旨い物をたらふく食ってきた王子の口にはあわないかもしれないがな」

シロン「食べられるものは食べる。自分の歯で噛み砕いて、飲み込む。そうしておかないと、人の生きる意志は胃の中にある」

リー「ほお」

シロン「そう教わったんだ。ジュードに、家庭教師にね」

リー「王宮の家庭教師はそんなことまで王子に教えているのか」

シロン「たまたま、そんな話になった時に聞いただけだ」

リー「コルダイ…」

シロン「え?」

リー「あいつの本当の名前だ」

シロン「なぜそれを知っている?」

リー「奴は我々の組織の人間だ」

シロン「僕の家庭教師は反乱軍だったってことか?」

リー「そうだ。頑張ってはみたものの、王子ボンパ・アルカイエを探し出して助け出すことはできなかった」

シロン「アルカイエの王子はだって…」

リー「死んだ、という証拠が見つからない」

シロン「そんな」

リー「だから反乱軍はそこに一縷の望みをかけている」

シロン「僕を天秤に掛ける、つもりか」

リー「王子をカッサブに引き渡し金を手にするか、反乱軍に引き渡し、カッサブとの交渉の手段に使うか……しばらくは、一緒にいてもらうことになる。もちろん、その間、できるだけのおもてなしをするつもりでは
いるがね」

シロン「これ以上、堅いパンはさすがに勘弁してもらえるかい」

リー「約束しよう、だが、逃げることは考えるな、ロビンソンからは逃れられない」

シロン「逃げる気はない。むしろ、ロビンソン、君の言葉を僕に教えておくれ」

リー「王子はなぜ旅にでた? なぜあの何不自由のないカッサブ国から、たった一人で旅立たなければならなかった?」

シロン「僕には夢がある」

リー「ほう、どんな夢かな?」

シロン「僕は…僕はいろんな動物と言葉が交わせる獣医になりたいんだ動物には言葉がある。動物と人はわかりあえる。いや、わかりあえるということじゃないかもしれない。わかりあえないことがわかる、ってことかもしれない」

リー「嫌な事を聞いちまった」

シロン「嫌なこと?」

リー「子供の……まっすぐな夢だ」

シロン「それが、どうして嫌なことなの?」

リー「あまり…叶うためしがないからさ」

シロン「これから僕はどこへ連れて行かれるんだ?」

リー「反乱軍のたまり場だ」

シロン「そんな」

リー「立ち止まるな、後ろのロビンソンがおまえのズボンでよだれをぬぐうぞ」

 一方、グロッソと共に移動中のボンパ達。

監督「グロッソのキャンピングカーがのろのろと。陽は落ち、あたりを闇が包んだ。テントも人形もなくしてしまった人形劇団の唯一残ったトレーラーをトラックが牽く」

  SE そのトラックが行く音。

グロッソ「この先、どうするって、人形のない人形劇団にいったいなにができるっていうんだ。一から出直すしかない。そのためには金がいる。ちょうどな、二つ離れた国のはずれで、サーカスが集って見本市をやっている。そこでみなの職を探すんだ。ドレスクルスっていう城塞都市の中だ。そもそも、中世の頃、国と国の戦争がまだ絶えず、敵の襲撃から守るために、ぐるっと石造りの高い城壁が囲っていた、このサーカスの見本市はな、その今も残る高い城壁に囲まれた街で、世界中から集まったサーカスのテントが幾つも集っているんだ」

葉山「それから何日目かの朝早く、城塞都市が目前に迫った時、グロッソが皆を起こした」

グロッソ「見えたぞ、あれだ。みんな起きろ、あれが、サーカスの見本市をやっているドレスクルスだ」
  曲。

監督「扉の向こうから聞こえて来る、楽しい音楽、入り口には青と赤と黄色のピエロ」

葉山「お待ちしておりましたぁ!」

監督「大きく描かれた真っ赤な唇を奇妙な形に歪め、笑いを誘う。ピエロが手をくるりと回し」

葉山「このバッチを胸に付けてお進みください、入場チケットの代わりです」

監督「車がサーカスの市場の中へと進んでいく。ボンパの目に入るもの、見たこともない夢の国、極彩色に飾られたテントの群れ、街の大通りはもちろん、裏路地にいたるまで、多種多様な大道芸がさかんに行われ、火を吹く者、ありとあらゆるものを空中に投げるジャグラー、高い高い一輪車を雑踏の中でさっそうと乗りこなしていく者、数限りない風船が宙を舞う世界、三十七のサーカス、屋台、野外の小さなステージ、そして、広場の中央には、巨大な飲み屋が出現していた」

グロッソ「この市場のどこかで、ほら、グランギニョールで培ったものを見せてやるがいい。すぐに、うちで働いてみないか、こういう奴をずっと探していたんだ、ってな、働き口なんかいくらでも見つかるはずさ」

監督「だが、劇団員達はグロッソの姿が見えなくなると口々に力なくつぶやくのだった。僕らは人形遣いだ。でも、見せるべき人形がいない、ユモシの奴なんか、女を怖がってばかりだ、人形がいなければ、話だってできやしない。メズロ婆さんはお菓子を食べるだけだ」

葉山「グロッソ夫人のレイコもまた、居並ぶどこかのサーカスで、見世物小屋で誰か自分の劇団員を雇ってはくれないか、と頭を下げて回る。だが、そんな中」

監督「(小サーカスで応対にでた男)あれ、あんたの姿、どこかで見たことがあるな……あれ、待ってくれ、待ってくれ、待ってくれ。あんたもしかしたら、レイコ・ビビレラ? あの『逢えない時、愛する時間』のレイコ、レイコ・ビビレラ、そうだ、そうだよな、あんた、あのレイコじゃないか」

レイコ「そ、そうです。私がレイコ・ビビレラ『逢えない時、愛する時間』でヒロインの女の子マルーシカ・デビネを演じていたビビレラです」

監督「ちょっと、え、本当に? あの天才子役の女優がどうしてこんなサーカスの市場なんかに? でもって、人を雇ってくれだって? その前に、サインしてくれるかな、いや、俺はずっと子供の頃にあんたの芝居を見て泣いてたよ。こりゃ驚いた、とんだ有名人じゃないか」

葉山「『逢えない時、愛する時間』またあれをやってくれ、あれがまた見たい、あれをやってくれるんだったら、是非、うちのカンパニーが高額の契約料をお支払いしましょうと言い出す輩も多かった」

監督「いやあ、ビビレラも大きくなったもんだ、あの『逢えない時、愛する時間』の熱狂ったらなかったね」

レイコ「そんな事ばっかり言われて、肝心のみんなの働き口にはありつけやしない」

グロッソ「おまえは戻ればいい、グロッソ夫人でいなければならない理由は一つもない」

レイコ「そんな事言わないで、これはもうとっくの昔に決めたこと。そしてね。理由はある、一つ、一つだけ。でも、その一つが、すべて、なんです」

グロッソ「ありがとう、こんな男と一緒に暮らしてくれて」

レイコ「なんですって!」

グロッソ「もういい、もう十分だ」

レイコ「こんな男、あなたはこんな男ですか?」

グロッソ「こんな男だ、醜い、人が忌み嫌うこんな男だ」

レイコ「だったら、だったら、私はなんなんですか、あなたの目の前にいる私はなんなんですか、こんな男に、こんな男に心底惚れた女は、やっぱりあなたがいうようにこんな女なんですか。じゃあ、答えてください。本当のことを、こんな女は、こんな女は醜いですか?」

グロッソ「いや、そんなことはない」

レイコ「醜い女なんですか?」

グロッソ「おまえは美しい、俺には、俺には言葉にできないくらいに、おまえは、美しい、美しすぎるほど、美しい、とても、とても美しい」

レイコ「だったら、だったらいいじゃないですか……」

グロッソ「だが、俺には今、なにもない、俺には今、おまえの美しさが……正直眩しい、美しいおまえに、何一つできることがない自分。醜いだけの自分」

レイコ「醜いなどと、自分でおっしゃらないで、人は確かにそう言うかも知れない。それでも、それでもあなただけは、あなた自身だけは、自分を醜いと絶対に口にしてはいけない、なぜなら、あなたは、醜くはないのだから…そういう私の言葉が信じられませんか、もしもそれが信じられないのなら、私達が夫婦でいる必要なんてないんです。あなたは私を美しいと言ってくれる。私はあなたを醜いなんてこれっぽっちも思っちゃいない。これがね、これが夫婦ってものなんですよ、あなた、愛し合い、共に生きていこうとする二人をつなぐ、絆というやつなんですよ」

  曲。

  SE 重いドアのノックの音

声「誰だ?」

リー「こちらが、カッサブ王国の反乱軍のアジトって、その角の煙草屋の娘に聞いて来たんだがね」

葉山「貴様、何者だ」

リー「合い言葉が必要かい? 燃え盛る松明の灰の中ダイヤモンドの残らんことを」

監督「(ムゾルカ)どうした!」

葉山「不審な者が」

ムゾルカ「リー、おまえ、リーじゃねえか」

ロビンソン「ううぅぅ」

ムゾルカ「ロビンソンも、元気そうだな」

リー「よお、ムゾルカ、去る者は日々に疎し、もう反乱軍の犬を連れたリーという男のことを知らない者の方が多いかな」

ムゾルカ「久しぶりだ、二年…ぶりか」

リー「入れてくれ、今は物騒な物を抱えていて、追われる身なんだ」

ムゾルカ「この子は?」

リー「紹介しよう、シロンだ」

ムゾルカ「シロン?」

リー「おや、おやおや、ご存じないか、カッサブ王国の王子様だ」

ムゾルカ「まさか、シロン・カッサブ」

リー「シロン、自己紹介するかい」

ムゾルカ「こちらに、来てくれるか、リー」

リー「ロビンソン、ちょっと行ってくる、シロンを頼む」

ロビンソン「気をつけてください」

リー「どうした?」

ロビンソン「奴は嫌な汗をかいている」

リー「嫌な汗? 匂うか?」

ロビンソン「あまり良い話は待っていないかと」

リー「行ってくる」

  行く、リー。

シロン「嫌な汗? 犬は敏感だな」

ロビンソン「驚きましたね、こんな…御主人との静かなやりとりまで、おわかりになるとは」

シロン「僕は僕で命がけなんだ、動物の言葉を勉強するために、国を捨ててここに居るから」

ロビンソン「もう、どんな犬とも話せますよ、王子は。私は犬としてきちんとした教育を受けてきた。私の言葉は犬の中の一番格調高い言葉。これがわかるなら、ほとんどの犬と話ができる、たとえ…野良犬とさえもね」

シロン「野良犬? 僕が野良犬と話す機会があるのかな」

ロビンソン「いつか、野良犬達をしたがえる王となる日が来ます」

シロン「どうしてそんなことがわかるんだい、ロビンソン」

ロビンソン「あなたは、従うべき者を当然のごとく従えて、それを動かすことができる。犬とはそもそもそんな御主人を求める。心に曇りのない主人、王子はその素質があります。おそらく、良い父と良い母に愛され、誰にも頭を下げることなく、育った証」

シロン「野良犬が僕の元に集まる日が来る…」

ロビンソン「そんな運命の匂いが、王子あなたからする。最初に会った時から、そして…その匂いは日々、強くなっている」

シロン「それがどうして、野良犬なんだ?」

ロビンソン「それは、あなた自身が、本当は育ちの良い野良犬だからです」

   SE 銃声

リー「俺に近付くな」

監督「(ムゾルカ)リー、落ち着け、銃を下ろせ」

リー「うるせえ、うるせえ、うるせえ、動くな、一歩でもこちらに近付いてみろ……殺すぞ」

監督「リー、しかたないことだ、我々の資金は、それほどまでに底をついているんだ」

リー「だから? カッサブにシロンを引き渡す、その金でまた、反乱軍が生き延びる。それは生き延のびるための手段でしかないことがなぜわからん、シロンを使えばきっとカッサブと取引きができる、なにかしら前進できるはずだろ」

監督「リー……金がないんだ、本当にな。哀れと思え、我々の仲間の誰もがアルカイエの復興を片時も忘れてはいない。ようやく消息がわかったボンパ王子は、再び嵐の中、行方不明だ」

リー「ボンパ王子が生きている?」

監督「おそらく、どこかの地で、必ず…捜したいのはやまやまだが、反乱軍とて人の集まり。まず、食べるに事欠いては身動きがとれない」

リー「なんだと?」

監督「ないんだよ、金が」

リー「金なんかない。金はないさ、どこにもない、だがな、だからといって目の前の事に目がくらむことこそ、貧しいと言うのだ。見せてやろう、守る物のためにこそ、人が立ち上がるその姿を。ロビンソン!」

ロビンソン「ここに(居ます)御主人」

リー「お暇しよう…ムゾルカ、これでおまえ達もまた、賞金稼ぎの連中と同じように、俺とシロン王子を追うか?」

監督「おまえは我々を貧しい者と呼ぶ、ならば言おう。金を欲しがらぬ貧しい者はいない」

リー「走れ、王子!」

シロン「わかった!」

リー「走れ、ロビンソン!」

ロビンソン「(吠える)わうおぉぉぉん!」

監督「(その去りゆく背に)おまえ達はこれで、カッサブ王が掛けた報奨金目当ての男達から追われ、そして、昔の仲間である反乱軍の俺達からも追われる。どこへ行っても安らぐ時はない。逃げ回ることに疲れはて、やがて、誰の手も届かないところまで逃げてしまうことを選ぶだろう、もう一度、会うことがないことを祈る。その時はどちらかが命を落とす時だからだ……」

   サーカス市場。

ケルビン「ドードー、どのサーカスのテントも、楽しそうで目移りするね、どれを見ようか、なにから見ようか」

葉山「体のあちこちに包帯を巻いた男が松葉付けをつき、サーカスのテントに片腕をついたまま、じっとして動かない、獣医、ジョンボップ、その目の前」

ケルビン「あれ、どうしたんだろう?」

葉山「と、その男、突いていた松葉杖がズルりと滑り、その場に受け身を執ることも出来ずに倒れ込んだ」

ケルビン「だ、大丈夫ですか?」

葉山「駆け寄るケルビン、その後に続くドードー。男がしばらく苦しげに呻いた後、ゆっくりと目を開けたその前にドードーのまんまるの瞳」

ボップ「ドードー鳥」

ケルビン「え?」

ボップ「どうして、こんなところにドードー鳥が?」

ケルビン「ドードー鳥を知っているの?」

ボップ「これでも獣医でね、しかも犬や猫や、フェレットなんかの愛玩動物は診察しない、変わった動物が専門の医者なんだよ」

ケルビン「そのお医者さんがどうしてこんな怪我をして、包帯をぐるぐるに?」

ボップ「医者だからといって、動物に包帯を巻いたりするだけじゃないんだよ、自分が包帯まみれになる時だってあるさ(ドードーの言葉で)おまえはドードー鳥なのか?」

ドードー「そうだ、僕はドードー鳥だ。よくわかったな」

ボップ「私はね、つい最近、ドードー鳥を診察したことがある」

ドードー「本当に?」

ボップ「ある島、動物しかいない変わった島でね。我が目を疑ったよ、目の前にいるボロボロの羽根、欠けた嘴、本来は真っ黒の羽毛がすり切れて、全体が灰色の絵の具をハケでこすりつけたような色。こんな鳥、見たことがない、何科の鳥なんだ? これじゃあ、まるでドードー鳥じゃないか、それでもまだ信じられなかった、生きていた……ドードー鳥が?」

監督「ドゥドゥ…」

ボップ「まるでハトが啼いているみたいだ(気づいた)そうだ、ドードーは鳩科だ」

葉山「だったら鳩の言葉で話てみれば少しは通じるのではないか、自分の喉元を絞るようにして、なるべく鳩が出す声に近い音にして、カタコトの鳩の言葉で話しかけてみた、「オマエハ、どーどー鳥ナノカ?」」

ドードー「ドードー鳥だったんだ、その鳥は」

ボップ「今も生きているかどうか、だけどね」

ドードー「え? どういうこと?」

ボップ「変な期待を持たせちゃ悪い、かなりいろんな危険な目に遭っていたようだし、それまでもいつも命からがら生きてきたらしい、体中、傷だらけのドードー鳥だったからね」

ドードー「その島はどこに? もしも行けるのなら、僕はそこへ行きたい」

ボップ「行って、それでどうする?」

ドードー「君は君だけじゃない、君はね、一人じゃないんだって、ただ、その一言を伝えたい」

ボップ「君は一人じゃない、か」

ドードー「そんなことだけど、でも、それを、どうしても、言いたい」

ボップ「わかるよ、その気持ちはね」

ドードー「本当に?」

ボップ「言ってみたいね、私も、その一言を(ケルビンに)頼みがある」

ケルビン「僕に?」

ボップ「手を貸してくれないか、私一人じゃ体が起こせない」

ケルビン「なんだ、そんなの、おやすいご用だ(と、起こす)よいしょっと」

ボップ「お礼、といっちゃなんだが、その二つ先のテントでサーベルタイガーのショウをやっている、御招待しよう。よかったら来てくれたまえ」

ケルビン「ありがとう、ありがとうございます」

ドードー「ボンパぁ!」

ケルビン「ワンパ、大丈夫なの、出歩いて」

ボンパ「大丈夫だよ」

  そして、

ケルビン「サーベルタイガーを見に行こうよボンパ」

ボンパ「サーベルタイガー?」

ケルビン「招待してくれるんだって、ワンパ、サーベルタイガーって知ってるかい?」

  と、ケルビン、ビラに書かれている宣伝文句をたどたどしく読み始める。

ケルビン「サーベルタイガーは猫の仲間だ。だけども、おうちで飼われている猫ちゃんや、野良猫とは大違いだ。豹や虎に近くて獰猛。身長はというと二・五メートルはゆうにある、なにより、上顎からサーベルのような大きな牙。この牙を獲物に突き立てて倒し、その肉を食べていたのだ。だけども残念なことに、サーベルタイガーに関する資料が世界中どこを探しても、何も残ってはいないサーベルタイガーはこの世から消え去った動物」

ボンパ「絶滅動物」

ドードー「だね、僕と一緒だ。絶滅したと思われているけど、どっこい生きてる動物だ」

ケルビン「ねえ、ワンパ、見に行こうよ早く早く早くぅ」

ドードー「これ誰に招待されたと思う、ボンパ」

ボンパ「え? ピエロの人じゃなくて?」

ドードー「ボップだよ」

ボンパ「ボップ? あの山猫エンゲルスの獣医だった、ジョンボップ?」

ドードー「そうだよ、ボップがこの城塞都市に来ているんだ」

ケルビン「ワンパ、ドードー、早く、早く」

ボンパ「わかった、今、行く」

監督「我がファンサルサーカスのメインプログラム、白いサーベルタイガー、レオンの曲芸でした」

  SE 拍手と歓声の音が盛大に。

  そして、それが尾を引くように後ろへと消え去る感じ。

レオン「はあ、はあ、はあ…」

ボップ「お疲れ様、相当、おつかれのご様子だ、早く横になるといい」

レオン「ボップ、いつ戻ってきた、そして、どうして俺の檻にいる、いや、それより…はあ、はあ…どうしたその姿は、頭も、体も包帯だらけ、そこに転がっているのは松葉杖だろう」

ボップ「お互い様、満身創痍、なおかつ、人に追われている。傷だらけの獣医が、サーベルタイガーの検診にやってきたというわけだ…久しぶりだな、体調は、どうだ、相変わらずよろしくはないか」

レオン「こうして横になっていれば、楽になる、次のステージまで、そう時間もない」

ボップ「なあ、レオン、おまえさん、もうステージに出て行ける体じゃないってことくらい自分でもわかっているだろう」

レオン「俺が出て行かなければ、このサーカスのメインイベントは誰が務めるというのだ。みなが待っている、鋭く長い牙を持つ虎を、この俺を」

ボップ「右の牙は私が作った入れ歯なのにな」

レオン「おまえが忽然と姿を消した後、もう一人獣医を雇った、サーベルタイガーを診ることができる獣医をな」

ボップ「まさか、私以外にこんな古い猫の言葉が話せる獣医がいるものか」

レオン「いない、というか、絶対に」

ボップ「いや、一人いる。確実に一人だけ、私が教えた、というと本人は即座に否定するがね」

レオン「教え子か、あの獣医は」

ボップ「スワン…スワン・ロマン」

レオン「美しく、聡明な獣医だ」

ボップ「スワンが、ここに?」

  と、やってくるスワン。

スワン「お久しぶりね、ドクタージョン・ボップ」

レオン「スワン」

スワン「レオン、そのまま、寝ていなさい、次のステージまでは絶対安静、いつも言ってるでしょ、ボップ! しばらくぶりに会ったっていうのに、どうしたの? その姿?」

ボップ「ごらんの通り、満身創痍とはこのことだ」

スワン「いったいどこで」

ボップ「本人の意志を無視して、連行されてこのざまだ。噛み傷が二十六、左足の大腿部にひび、同じく左足首捻挫」

スワン「噛み傷? 動物に?」

ボップ「爬虫類、両生類、有袋類の子供、かろうじて、ヤドクガエルには触らなくてすんだがね」

スワン「あなたの意志を無視して連行? 拉致された?」

ボップ「動物の言葉が話せる数少ない人間として白羽の矢が立ったというわけさ」

スワン「もしかして、密猟団、マックスウェルカンパニー」

ボップ「俺はやつらのお気に入りらしい」

スワン「じゃあ、あなた行ったのね、動物の島に」

ボップ「行きたくはなかったがね、それで、このざまだ」

レオン「動物の島?」

スワン「大陸から離れた島によくあるのよ、島の中で生物は環境に合わせて独自の進化を遂げる。その島固有の個体が生まれる。マックスウェルカンパニーがあさっている珍しい動物の島、その場所はわかっていない、そこにいけば、世にも珍しい動物がいくらでも手に入る。世界中の動物学者、ペットのマニア、みないくら出してもおしくないと、小切手を切る。その島を動物学者が血眼になってさがしているけど、未だわからない。知っているのは、マックスウェルカンパニーだけ」

レオン「マックスウェルカンパニー、俺も奴らに麻酔銃を撃ち込まれ、ここに売り飛ばされた。だが、今ではここで良かったと思っているがね」

スワン「動物の島に行ったのね」

ボップ「行きたくはなかったがね」

スワン「それはどこにある?」

ボップ「まさか、乗り込んで行こうってわけじゃないだろうな」

スワン「珍しい、あの島にしか生息しない動物がごまんといるのよ」

ボップ「そいつらのおかげで俺は今、このざまだ」

スワン「それでもかまわない、見たこともない動物にあえるなら、私は地の果てだってでかけていく」

ボップ「その綺麗な顔に傷をつけてくれるな」

スワン「私のこと、まだ綺麗と言ってくれるの?」

ボップ「もちろんだ、まだ、じゃない、これからも、だ」

スワン「じゃあ、なぜ別れることになったの、私達?」

ボップ「おまえが俺を振ったからだ」

スワン「物覚えがいいのね、そういうことは」

ボップ「バカ、そういうのを心の傷っていうんだよ」

レオン「ぐは、ぐはぐはぐは(笑ってます)あばらの下が痛い。笑わせないでくれ、内臓が、痛い、ぐふぐふぐふ……」

そして、レオン、立ち上がろうとする。

レオン「カーテンコールだ……行かねば」

スワン「無理しないで、レオン」

レオン「スワン、あんただけだ、俺の首に手を回し、力一杯抱きしめてくれる人間は」

スワン「あなたを楽にしてあげる」

レオン「楽に? どうやって?」

スワン「カーテンコールの明かりを浴びて来て、忘れないで、このまばゆさを、満場の拍手を、もしかしたらこれが最後かもしれないから」

レオン「どういう意味だ?」

スワン「さあ、行きなさい、あなたを待っている人々の元へ、そして、その居並ぶ顔を瞼に焼き付けてくるのよ」

葉山「サーカスは満員御礼の大盛況だった、火の輪くぐりをやるというサーベルタイガー。カーテンコールの最後に深紅のカーテンの奥からゆっくりと姿を現した、歓声があがるが、二、三歩歩み出たかと思うとそのままその場に崩れた、息を呑む場内。サーベルタイガーは横たわったまま、大きな腹をゆっくりと上下させ、呼吸だけかろうじてしている」

ボンパ「行ってくる」

ドードー「ボンパ!」

ボンパ「あのサーベルタイガーは、なにか言ってる。僕にはそれがわかるんだ。行ってくる」

ケルビン「ワンパ!」

レオン「ここまでか…もう、ダメだ、立っていることも、できない、それに、左の牙が痛い」

レオン「う、ううぅ」

ボンパ「しっかりして、サーベルタイガー」

レオン「おまえ、俺の言葉が話せるのか?」

ボンパ「古い猫の言葉…だね」

  と、やってくるスワン。

スワン「檻に運んで、あ、君!」

ボンパ「僕、ですか?」

スワン「君は居て、他の人はみんな出てって、すぐにね!」

レオン「スワン……スワン…」

スワン「(そして、ボンパに)君は、どうして猫の言葉を? 飼っていたことがあるの?」

ボンパ「飼われている猫をずっと見ていた」

スワン「見ていて、憶えたの? たいしたものね、君、向いてるよ」

ボンパ「向いている? なにに?」

スワン「動物に関わる仕事、共に生きる仕事にね、レオン、つらい?」

レオン「少し、な」

ボンパ「体が重そうだ、それと歯だ、特に左の牙が痛いんだね」

スワン「檻に一緒に入ってくれる」

ボンパ「あ、はい」

ボップ「レオン、だから言っただろ、この子は?」

スワン「あなたより優秀な獣医、の卵みたい」

レオン「なんとかして、なんとかして次のステージには立ちたい」

スワン「無理よ、この体じゃ」

ボンパ「休まないと」

レオン「小僧、おまえになにがわかる」

スワン「レオン、この子の言う通り、あんたは、もうそんなに頑張らなくてもいい。このサーカスの看板だからって、なにもかも背負い込もうとしても、背負いきれるもんじゃない」

レオン「しかし……しかしだな」

監督「スワンはサーベルタイガーの目の前に膝をつき、残された片方の左の牙をぐっと握った」

スワン「この牙があるから、あんたはサーベルタイガーとして振る舞わなければならない。この牙がなければ……あんたはなにになる」

レオン「よせ、よせ、やめろ!」

スワン「おまえは虎になるんだ」

レオン「やめろ、やめろ、やめろ!」

スワン「一瞬だ、我慢しなさい」

ボップ「スワン、よせ、スワン!」

スワン「はあぁ!」

  SE 残響の残る、牙を折る音。

  バキィィィン!

ボンパ「そんな…」

ボップ「折った、折りやがった、サーベルタイガーの牙を折りやがった…」

スワン「これで……あんたはただの虎」

レオン「虎になった俺は、どうやって、どうやってこの先、生きていけばいいと言うんだ」

スワン「特別である者は特別であることを捨てる自由があるのよ」

レオン「考えも……しなかった」

スワン「で、あんたはこれから始まる新しい、虎としての人生でなにがしたいの?」

レオン「なにがしたい?」

スワン「これまでやりたくてもできなかったことがこれでできるのよ。押し殺して諦めていたことの一つや二つ、あるもんでしょう?」

レオン「それは…」

スワン「それは?」

レオン「……人間に吠えてみたい」

スワン「(興味を俄然持った)人間に吠える?」

レオン「人間に思いきり吠えてやりたい。吠えたかった。これまでも……夜ごと夜ごと俺を見つめる人間達の目。どこかしら笑いの走る顔、顔、顔、あの顔をすべて凍らせてやりたい。俺にはそれができる。一声でやつらの笑顔を、平和を、粉々にできる」

スワン「おもしろいね、あんた、ずっとそんなこと思っていたの?」

レオン「みんなのためだ。俺がこのサーカスで看板をはってさえいれば、みんなが生きていける」

スワン「もうあんたは、みんなのことを心配しなくてもいい。これまで十分つくしてきた。それをみんなだってわかっている。これからは自分のことだけ、考えて生きていけばいい。これからの人生はあんただけのもの」

レオン「どうやら、そうらしいな」

スワン「なにかやり方があるはず」

  SE 虎の吠える声。

コロス35「虎だ!」

コロス36「虎が街に逃げ込んだぞ」

コロス37「追い詰めるな、奴は飢えて怒っている」

コロス38「誰か、誰か助けて!」

コロス39「嫌あぁぁぁ」

コロス40「殺せ!」

コロス41「そうだ、殺せ、あの虎を殺してくれ」

レイコ「あの虎を殺したとしたら?」

コロス42「いくらでも、いくらでも払う!」

コロス43「そうだ、払う、金なら払う」

コロス44「いくらでも払う」

グロッソ「その言葉を待っていた。あの虎は我々におまかせを」

レイコ「あの虎を見事、この街から追い出してご覧にいれます」

コロス45「おー!」

コロス46「おおおぉぉ!」

レイコ「一つの街で、一度きりしか上演できやしないよ、こんな芝居」

グロッソ「いいじゃないか。これならば人々は自分の命と引き替えに、喜んで金を差しだす。しばらくの辛抱だ。すぐに金は貯まるまたテントが買える。人形達だって作り直すことができる」

レイコ「あの虎はその時、どうするの?」

グロッソ「その時が来て、まだ吠え足りないか、それとも、気が済んでいるか。そればっかりはその時になってみないとわかりゃしないさ、それまではとりあえず」

  SE 虎の吠える声。

グロッソ「吠えることだ、吠えて吠えて吠えることだ。気づかせてやれ、安らぎはただで手に入るものではないことを」

  今一度、

  SE 虎の吠える声。

ボップ「街中を巻き込んでの芝居が始まる」

スワン「そういうこと」

ボップ「人々は好むと好まざるとにかかわらず、この芝居の観客となる」

スワン「うらやましい」

ボップ「なにが?」

スワン「サーベルタイガーが、サーベルタイガーでなくなるためには、あの牙を折ればいいこと」

ボップ「君のような大胆な人間がいればね」

スワン「私にも牙がある。目には見えないけどね。いつもいつもこれがやっかいでしょうがない」

スワン「先に進めと私に告げる、おまえが行くところはただ一つ」

ボップ「それは?」

スワン「私が行かなければならない場所、動物の島」

ボップ「今の私のように傷だらけになる君を見たくはない」

スワン「傷を負うのは仕方がないことよ。それが本当のコミュニケーションというものだから……動物の島はどこにある?」

ボップ「言わなあい」

スワン「殺すわよ」

ボップ「どうぞ」

スワン「と思ったけど、やめた」

ボップ「なに?」

スワン「私、これから少し長い旅に出るから」

ボップ「旅?」

スワン「あのドードー鳥の後を追う。あの鳥は知っている。ドクタージョンボップ。あなたはあの鳥に動物の島の場所を教えた」

ボップ「あの珍しい鳥を、君がとっつかまえて、あれこれ調べないのはおかしいと思った」

スワン「あなたはあの鳥に、私には口が裂けても言えないことを教えた、それは何故?」

ボップ「あのドードー鳥は言ったんだ。もう一羽のドードー鳥が本当にこの世のどこかで生きているんだとしたら、会って伝えたいことがあるってね…ちょうどそれは俺も言いたかった一言」

スワン「なんて?」

ボップ「君は一人じゃないと……」

スワン「それを誰に?」

ボップ「もちろん、君にさ」

スワン「私は一人じゃない、私には動物がいる」

ボップ「俺も立派な動物だよ」

スワン「そりゃそうだ」

ボップ「だから、君に好かれないわけはない。お供するよ、なに、行き先はわかってるんだ」

葉山「その頃、ついにドードー鳥に、サーカスのブローカー達は目を付けたのだった」

コロス47「おい、あれ、ドードー鳥じゃないのか?」

コロス48「まさか、絶滅した、あのドードー鳥?」

コロス49「おい、坊主、そいつはいくらで売る?」

ボンパ「売りません、ドードー鳥は売りません(ケルビン達に)逃げよう」

コロス50「待て! いくらでも出すといってるんだ」

コロス51「うちのサーカスの目玉にしてやる」

ボップ「動物の島に私は密猟団マックスウェルカンパニーによってほとんど連れ去られるようにして行った。専用の輸送機で長い長いツンドラ地帯を越え、火山をよけ、その向こう、ぽつんと火山によって暖められた海に浮かぶ切り離された島、ブラネカブラ、時に忘れ去られた場所という意味だ」

ドードー「ボンパ、お願いだ、一生のお願いだ、もう僕はこの先、なにかをボンパに無理に頼んだりすることはない、だけど、これだけは、これだけはお願いだ」

ボンパ「動物の島に行きたいんだね」

ドードー「そのために、アルカイエが立ち直ることが遅れてしまうかも知れない、それもわかってる、悪いと思ってる、でも、でもね」

ボンパ「動物の島に行きたいんだね」

ドードー「そうなんだ」

ボンパ「もう一羽、この世に生きているというドードー鳥に会いたいんだね」

ドードー「そうなんだ、ダメかな、ダメなのかな、どうしても、ダメなのかな」

ボンパ「行こう、そこへ、動物の島へ」

ドードー「ボンパ」

ボンパ「行けるところまで、行きたいと思うことは、僕は決して悪い事じゃないと思う。アルカイエの復興も、なしとげる、だから、ドードーはその事は心配しなくてもいいさ」

ドードー「本当に? 本当に?」

ケルビン「ワンパ、僕も…僕も連れて行って、僕もその旅に、お願いだ、僕も、連れて行ってくれないか」
ボンパ「ケルビン」

ケルビン「僕は行きたい。あなたと一緒に、ドードーと一緒に、でも、僕は今、お金がない、あなたの側でなにか役に立つことができると、今は言えない。悔しいよ、本当に悔しい、僕には今なにもないってことが、こんな時になにができると言えない僕が。これは、キシリが僕に書いてくれた手紙、キシリが最後に書いたもの」

ボンパ「そんな、そんなものがあったなんて」

ケルビン「(読む)ケルビン、驚かないでね、私は人肉を食べた四本腕の男の事を調べている時に、偶然、あることを知った。カッサブがクーデターを起こしたアルカイエの国には一人の王子がいた。その王子は今も生きているのだと。四本腕の男がもらした一言、その王子は、丸くて、黒くて、もたもた歩く、嘴が大きく曲がった鳥を、いつも抱えて旅をしている。ケルビン、もうわかったかな。今、君の側に居る男の子は、生き延びた王子なんだよ。アルカイエ王国の跡継ぎ、ボンパ・アルカイエその人なんだ。だから、ケルビン、彼の側を離れちゃいけない。いつか、いつかあの王子は自分の国を取り戻す、そして、人々が心の底から笑いあい、慈しむ国を作り出す、人だけじゃない、動物もまた彼を慕い、優しい国を必ず作るから、どうか、彼の元で君が出来る限りのことを一生懸命やるんだ。それが、それが私の最後のお願い、そして、それが君が生まれてきた意味だと、私は思うよ(そして、ボンパに姿勢をただし、はっきりとした口調で)ボンパ・アルカイエ王子様。僕を! ケルビン・カルバナをあなたの元に置いていただけませんか? それとも、やっぱり、なにもできない僕は、どこにも連れて行ってはもらえないんですか?」

ドードー「……そんなことはない」

ボンパ「ドードー!」

ドードー「ケルビン、一緒に来るんだ、今はなにかできないかもしれない、それはそうかもしれない、でも、君が今、持っていなきゃなんないのは二つだ、一つは希望」

ボンパ「もう一つは?」

ドードー「あとは、勇気だけだ」

ケルビン「ドードーは、ドードーはなんて言ってるの?」

ボンパ「ケルビン、君と共に進もうと!」

ケルビン「(驚喜)ドードー!」

ボップ「ここからまっすぐ北へ向かい、北の国を抜け、ツンドラを走りきり、火山の麓へ、そこへ行くには」

ボンパ「そこへ行くには?」

ボップ「線路なき荒野を行く機関車で」

ボンパ「…それ、もしかしたら!」

ボップ「噂は耳にしたことがあるかい」

ボンパ「六十年前、ボロンコが乗り込んだ、あの列車!」

ケルビン「列車にはどうやって乗るの?」

ボップ「この城塞都市を出て、通りかかる車に乗せてもらいな、そして、七つ先の炭鉱の町ジズーフへ、そこで聞け、列車が停まる湖はどこかと」

ボンパ「列車が停まる湖はどこか?」

ボップ「そうだ、だが、おまえさん、切符を買う金は持ってるんだろうな、値は張るぞ」

ボンパ「お金はある、国を出る時、僕のポケットにギンベルがねじ込んでくれたんだ……すいません、このあたりに列車が停まる湖はありませんか?」

監督「大きな声を出すんじゃない、小僧、あの列車に乗るのかい?」

ボンパ「どこに行けば乗れる?」

監督「あそこに見える滝があるだろう、あの奥にもう五時間前から機関車は待機している、で、切符を買う金は持ち合わせているのかい?」

ボンパ「お金ならここに」

葉山「そう言ってボンパはボロンコの本を取り出した。そのカバーの裏にギンベルがくれた紙幣の束が隠してあるのだった。だが、鉄道員の男は本をめくるボンパの腕を止めて言った」

監督「待て、その栞として挟んであるのはなんだ?」

葉山「ボンパはそう言われて、読み進んだところに必ず挟む、黒い小さなカードを初めてまじまじと見た」

監督「これはこの列車の乗車券だ。日付は六十年前、ずいぶん年代物だが、記載されている期限は無期限。つまり、これは今でも有効、というわけだ、乗りたまえ、間もなく発車だ」

  SE 機関車が発車する音。

ドードー「ボンパ、窓の外を見て、景色が見える」

ボンパ「風が横に流れている、機関車の蒸気を反対側の窓へと流しているんだ」

監督「ドードーは窓を嘴を器用に使ってこじ開け、顔を思いっきり外に出した。ドードーの黒い羽根が激しい風になびく」

ドードー「(叫ぶ)僕がね、僕が生まれたのは、卵の中だ、そして、殻を破り外に出た、冷たい空気が僕を包んだ。外の空気、目の前に大きな瞳の少年。それがボンパ・アルカイエ、僕とこの先、長い長い旅をする少年。彼は言った。ドードー、がんばって、出ておいでこの世界に、この広い世界にね、でもその時、僕の瞳はまだ濡れていて、あまりよく見えてはいなかった。目の前の、ボンパの笑顔も、僕を取り囲む世界も、まだよくわからなかった。そして、しばらくの間の屋根裏の生活、そこでの千日千夜、王宮の屋根裏からの脱出、外は嵐、猛烈な嵐、見たこともないような荒れた海、広い広いどこまでも続く海、次の日に見た天空の眩い太陽、大陸に渡り、グロッソのテント、遠くの雲、色を変えていく空、まだ見ぬ物、まだ会ったことのない人、動物、空、海、河、山、清らかな水、そして、どうしようもない、行き止まりの時が幾度も、幾度も。でも、僕にはボンパがいる、ケルビンがいる。列車は走る。僕がのたのたと走るよりも何倍も何倍も早く、風景は飛び、駆け抜けていく。世界の向こうを目指して。まだ見ぬものを見るために、まだ会うことのない人々に出会うために、よろしく、初めましてあなたは誰、笑わないで、でもわらってもいいよ、僕らは仲良くなれる? 共に生きていける? 食べるものがあればわけてあげる、飲み水があれば交互に飲もう、君の話を聞かせて、これまで生きてきて、いろんなことがあったろう、嬉しいこと、悲しいこと、なんでもかまわない、話そう、語り合おう、時間は限られている、その間、そのわずかな間、僕達は……わかり合おうよ。それはとても大切なこと。そのために、僕は自分の殻を破って、この世界へと顔を出したんだ。殻を破った、僕は、世界を見るために、より多くの人と出会うために(叫ぶ)走れ、機関車、どこまでも、僕らを乗せて、速度を上げろ、もっと早く、もっと早く、もっと、もっと、もっと、もっと、時は無限にあるわけではない。僕の短い命のある間、急がなきゃ、だから遠くへ行かなくちゃ、この重い鉄でできた列車ができるならば空高く、舞い上がればいい、遠くへ、まだ見ぬ僕達を連れて行っておくれ!」

監督「やがて風向きが変わり、ドードーは窓を閉めなければならなくなる、それでも、ドードーは窓にぴったりと顔を付けて、外の景色を眺めていた。やがて、それにも飽きたのか、車両の通路を行ったり来たり、ついには隣の車両まで探検に出かけた、と、思ったその時だった。ドードーはドタドタと彼なりに必死に走って、ボンパの元へと帰ってきた」

  SE 汽笛の音

ドードー「……ボンパ、ボンパァ!」

ボンパ「どうしたんだい、ドードー」

ドードー「シロンがいた。この列車にシロンが一緒に乗り込んでいるよ、大きな犬を連れて」

ボンパ「シロンが? どこに?」

ドードー「すぐそこに、目の前に」

シロン「やあ、この珍しい鳥の飼い主は君なのか?」

ボンパ「シロン……」

シロン「この鳥のことを僕は知っている。僕は動物のことを勉強しながら旅をしているんだ。この鳥、ドードー鳥だろう? 絶滅してしまったと言われているドードー鳥だ」

ボンパ「絶滅したわけじゃない。ここにこうして、生きている」

シロン「そう、そうだねでも、僕は絶滅したとは言っていない。絶滅してしまったと言われている、と言ったんだよ」

ボンパ「この鳥は……この一羽だけじゃなくって、仲間もいたんだ。だけど、そいつらはみんな、みんな食べられてしまった。シロン、おまえのお父さん、カッサブ王にな」

シロン「可愛いな、こいつ! 太ってて丸くて、もこもこしていて」

ボンパ「そして、この鳥の肉を、シロン、おまえも食べたんだぞ」

シロン「君も動物が好きかい? 僕も大好きだ。僕はシロン・カッサブ。僕達、友達になれるかな」

監督「ここで、二人は初めて出会う。動物の言葉を話す二人の少年。一人はやがて、世界中の絶滅動物を集めた動物園を作る、一人は捨てられた野良犬、野良猫をはじめとする人間に虐げられし獣達の王となる。まだ、そんな未来が待っていることなど、この二人が知るよしもない。物語は続く、微笑みではなく涙とともに、幾つもの傷口に唇を押し当てて、今再び、万感の思いを込めて汽笛は鳴る!」
 
  SE 汽笛の音

葉山「『ドードーの旗のもとに』次なる第三章を刮目して待たれ!」

   暗転。